【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
わずかの間、サナとジュンユウは睨み合っていた。
しかし、すでに先手はジュンユウが取った。
制限時間がある『試合』において、何もしなければ追い込まれる一方である。
それを知っているからこそ、ジュンユウは自ら攻めないのだ。
「…!!」
バチバチバチッ
サナの胸元のジュエルが青く輝くと同時に、魔石の力が肉体に宿る。
『ジュエル解放』。
グラサナ・カジュミライト〈庇護せし黒き雷狼の閃断〉の力が顕現したのだ。
多少早い判断であるが、それだけサナが力量差を感じ取った証拠なのだろう。
この状況を打開する最善策が魔石だと考えるのは自然なことである。
「青き狼。相手に不足はない。来られるがよい」
ジュンユウも、サナが魔石を使うことを知っていたため驚きはない。
ギリギリまで距離を取って、改めて剣を構える。
「…ぎゅっ」
サナが刀を握り締め、駆ける。
雷光。
足が何の摩擦もなく、すっと前に出ると同時に急加速。
一瞬でジュンユウにまで到達すると、その勢いのまま刀を振り抜く。
サナは、いつだって全力だ。
すべてを一刀にかけた攻撃力は、相当な威力となって襲いかかるに違いない。
この一撃をレイオンは横にステップすることでかわした。まともに対応するのが難しかったからだ。
では、ジュンユウはどう対処するのか?
その答えは―――
まったく動かなかった。
サナが急加速してくるのにもかかわらず、横にかわすことも下がることもなく、真正面から受け止めようとしていた。
この状況を一般人で再現すると、新幹線に取り付けられた刃が高速で向かってくるようなものだろうか。
その圧力の前に立つだけでも苦労するのに、怖れないどころか彼の【集中力】はさらに高まっていた。
目が、サナの動き全体を捉える。
身体の動き、手の動き、足の動き、剣の軌道、すべてを感覚で捉える。
その次に、彼女の中でもっとも動きが少なく、ブレていない軸を見つけ出す。
これらの動作が一瞬で流れるように行われた結果。
「そこっ!!」
刀よりも一瞬だけ早く突き出した剣が、サナの左脇腹に―――
ズブウウウウッ!!
突き刺さる。
「っ―――!!」
鎖陣羽織の装甲を貫き、肉と臓器を抉り、ほぼ貫通するに到る。
無駄な力を入れる必要はない。剣気で強化するだけで十分。
高速で突っ込むということは、その質量を自ら用意することと同じである。
サナは自分で発したエネルギーによって、自らの身体に穴をあけたのだ。
しかし、彼女は止まらない。
脇腹を突かれても、そのままの勢いで刀を振ろうとする。
ぶしゃーーー ドババ
肉と皮が裂け、傷口から血が噴き出しても止まらない。
身体ごとぶつかるように、ジュンユウを刀の軌道に巻き込もうとする。
それに対してジュンユウは、即座に剣を身体から引き抜きつつ、あらかじめ用意していた腰の小刀でガード。
刃と刃が激突。
サナは日本刀なので威力が高い。片手一本で扱う小刀で防げるはずもない。
それはジュンユウも承知の上。完全にガードできずとも衝撃を緩和できればよい。
ガギィインッ バシュッ
ガードされて流されながらも力で押した刀の一撃が、ジュンユウの肩を抉る。
刃は肩当を切り裂き、彼の肉にまで到達。赤い血がリングに舞う。
されど致命傷には至らない。
傷口を見ることもなく、彼は再び間合いを取って剣を構えた。
サナは追えない。傷が深すぎたからだ。
この勝負でどちらが勝ったかは、アンシュラオンでなくても一目瞭然である。
ジュンユウの被害は利き腕でない左肩だけ。
一方のサナは左脇腹という急所を貫通された。
ここは刀を振る際に必ず力の通り道となるため、抉られると攻撃の速度が落ちるという最悪の場所だ。
明らかな有効打をくらってしまったのだ。
「…はぁはぁ、ふー、ふー」
彼女自身は、常人よりは痛みを感じていないかもしれないが、身体に強い異変が起こったことは理解しているだろう。
練気で生体磁気を捻出して回復を図っているが、そう簡単に治るものではない。
「…ぎゅっ!」
サナが再度、雷光の速度で切りかかる。
しかし、対するジュンユウは、すでに迎撃態勢を整えていた。
シュンッ ドガッ
「…ごぶっ」
ジュンユウの剣先が、突っ込んできたサナの胸骨にぶつかる。
その衝撃でサナが浮き上がり、止まった。
剣王技、
基礎技の一つで、刃の先端に剣気で丸い保護膜を生み出し、突き刺すのではなく「打撃」を与える技である。
よく修行中の練習試合で相手を殺さないために使ったり、剣気の制御を学ぶためにもちいられることが多い。
だが、突き刺すものと違って衝撃を与える性質によって、サナの身体が止まってしまう。
ただ突き刺すだけでは、さきほどのように身体ごと向かってきてしまう。それを封じる作戦だ。
そして、これは彼女には極めて効果的。
ミシミシミシッ
当然ジュンユウの腕や肩にも強い負荷がかかるが、まだ小さく軽い彼女の身体は、彼の腕力でも十分受け止めることが可能であった。
その結果、自らの突進の威力がそのまま跳ね返ったせいで、サナが吐血。
骨に亀裂が入り、衝撃で傷ついた肺から呼吸とともに血を吐き出す。
どうやら内部にまでダメージが浸透したようだ。それだけ彼女の突進が速かったことを意味する。
されど、これは序の口。
ジュンユウは剣を素早く引くと、迷いなく突きを放った。
狙いは急所の一つである心臓だ。
「…っ!!」
シュンッ!! ブスッ!!
心臓への一撃は、咄嗟に左腕を犠牲にして防御。
防具と肉を貫いてきたものの、骨で決死のガードを見せる。
アンシュラオンに心臓は絶対に守れと言われているので、それが生きた形だ。
が、攻撃は一度とは限らない。
剣が素早く引き抜かれると、今度はさきほど貫通した脇腹に向かう。
まだ回復していない箇所を攻撃されれば、本当の致命傷になってしまう。
ここは絶対死守。
サナは大きく身体を捻ることで、かろうじて回避に成功する。
だがしかし、ジュンユウの狙いはそこではない。
サナの意識が左に偏った結果、右側の防御の戦気に【揺らぎ】が見えた。
そこに一撃。
ブシャッ!
右肩に剣が突き刺さる。
刃は貫通までは到らないが、肉をごっそりと抉る。
「…っ!!」
サナは足に力を入れて、ジュンユウに体当たりを仕掛けようとするも、すでにジュンユウは横にステップして射線をずらす。
それによってサナは動けない。
その間に横手に回り込んだジュンユウが、素早い剣撃を放ってきた。
シュンッ ブスッ!
シュンッ ブスッ!
シュンッ ブスッ!
素早く、それでいて鋭い攻撃が、サナの鎧に突き刺さる。
一撃一撃が軽いため、それだけで致命傷にはならないのだが、的確にサナの弱い場所を狙って突いてくるのがいやらしい。
彼が狙っているのは、【戦気の揺らぎ】である。
頭や心臓といった箇所はサナも防御を固めているため、それ以外の箇所を狙っているのだ。
ここで彼女の【弱点】が露呈する。
すでにアンシュラオンが何度も指摘していることだが、彼女は戦気を持続させるための集中力が欠如している。
そのため均一に戦気を集中させることが苦手で、どうしても防御に穴が生まれてしまうのだ。
意識が集中している箇所の防御力が、仮に「500(B相当)」だとしても、反対側の部分はおそらく「200」にも達していないだろう。(ジュエル込みの数値)
ジュンユウの攻撃力はさほど高くはないが、サナの未熟さゆえに穴が多数生まれている状況を突かれているのだ。
否。
これはジュンユウが自ら生み出した状況なのである。
彼の攻撃は正確で、すべての一撃に意図がある。サナの気を逸らすように剣を揺らすことも、巧みに集中力を乱そうとしているのだ。
「…ふーー! ふーーー!」
そして、すべてが上手くいかないことに、サナが【怒り】を覚える。
彼女が唯一発露した感情、怒り。すがるべきもの。
感情は力だ。怒りはパワーだ。
がしかし、荒い力だ。
ますます戦気に揺らぎが生まれ、わずかに開いた戦気の穴に剣が容赦なく―――突き入れられる。
ブスウウッ ブチブチッ!
「―――!?!!?」
サナの右手の甲に剣先が突き刺さった。
手の骨が砕け、腱が切れ、人差し指と中指が動かなくなる。
利き手への深刻なダメージ。剣士にとって、これは非常に痛い。
その結果に満足したジュンユウは、一度下がってまた剣を構えた。
一気呵成に攻め立ててもよさそうな戦況だが、あえて下がって万全を期したのだ。
固唾を呑んで見ていた観客も、この美技に歓声を上げる。
―――ワァアアアアアアアアアア!!
強い。
キングは強い。
彼の剣には、紛れもなく強い意思が宿っている。
それはアンシュラオンも認めるところである。
(強いな。どのレベル帯であろうが王者は王者。勝つ意味をよく知っている。やつの強さは慢心しない心と集中力、そして勇気だ)
キングとは、勝ち続けることで得られる称号だ。
まぐれで勝ってもキングにはなれない。名に応じた風格が必要だ。
たしかに自分から見ればまだまだだが、王者の名に恥じない心の強さを持っている。
けっして油断せず、小さな攻撃を積み重ねる大切さを知っているし、それを続ける継続力と集中力は見事だ。
アンシュラオンから見ても、ジュンユウの練気に無駄は少ない。状況に合わせて戦気を見事に操っている。
これは圧倒的にサナには足りない要素である。その差が如実に出ているのだ。
(サナの突進は速いし危険だ。レイオンでさえよけたくらいだからな。まともにくらえば一撃KOもありえる。それでも怖れない勇気は見事だ。自分の力を知るからこそ対応できる自信があるのだろう)
速いものが迫ってくると、人間は反射的に目を瞑ってしまう習慣がある。
だが、それではボールは取れないし打てない。
当たる瞬間まで軌道を見極める集中力と勇気がどうしても必要になる。
その点においてもジュンユウはサナを上回っている。観察眼があってもサナが優位に立てないのはそのためだ。
サナは才能で、ジュンユウは努力で。
どちらも同じ力であり、そこに優劣は存在しない。ただただ力があるだけだ。
そしてもう一つの要素。【ジュエルの制限】も大きな影響を及ぼしている。
(今回のルールは、『身体強化』に関してのみジュエルの使用が可能になっている。サナのジュエルにある『雷迎撃』スキルは使えない。だが、それはそれでいいんだ。封じられた際の練習になる)
このルールのミソは、身体強化に使用を限っていることだ。
実はこれ、アンシュラオンが意図的に明記した条件である。
そのせいでジュエルを経由した雷撃や、雷爪といった雷を主体とした攻撃方法は使えない。
レイオン戦で主体となっていた攻撃手段なので、これらが封じられたこともサナの劣勢の要因となっていた。
だが、それでいい。
仮に相手がガンプドルフであった場合、おそらく雷系の技は通じないと思われる。
同じ属性は、より上位で強い属性に従う性質がある。現状の青雷狼では、雷に特化した歴戦の勇士であるガンプドルフには及ばないはずだ。
そんな敵と出会ったら逃げるしかないのか?
それができればいいが、できなければ死ぬしかない。だからこそ打開策も考えねばならないし、基礎能力を上げる必要性が出てくるのだ。
ちなみにこの戦いにおいて、アンシュラオンは何の援助もしていない。
命気も抜いてあるし、外部から遠隔操作でジュンユウを邪魔立てするつもりもない。
(これはサナ自身で乗り越える壁なんだ。お兄ちゃんは手助けできない。すまない…サナ。お前に強くなってもらいたいんだ。だが、ああ…胸が苦しい。オレのサナがあんなに苦しんでいるのに、手助けできないなんて…!)
可愛いからこそ、手助けしない。
期待しているからこそ、強い壁を用意する。
血の涙をひっそりと心で流し、兄は妹の成長を願う。
(サナ、よく見ていろ。その男はお前のためになる存在だ。学べ。目で見て、身体で受けて覚えるんだ!!)
人は緩い環境では育たない。若者は苦しい状況でこそ成長を果たすのだ。
「い、イケダさん、これはすごいことになってきましたね!!」
「はい!! ジュンユウ選手の技のキレ、今までで最高かもしれません!! 失礼ながら、これほどとは思っていませんでした!」
「今まで本気ではなかったと!?」
「敵がいなかったことは確かです。彼は強すぎました」
「それは逆に、黒姫選手の実力が本気を引き出させた、ということでしょうか?」
「そうでしょうね。私には見えます。彼の武人としての血が滾っています。燃えています。戦うことに喜びを感じているはずです!」
「なんと! ついにキングが目覚めてしまったのですね!! では、このまま黒姫選手は負けてしまうのでしょうか!? すでに利き腕に傷まで…」
「ふ、ふふふ…」
「い、イケダさん? どうしました!?」
「終わるわけがない。終わるわけが―――ない!!」
「っ!!」
「彼女はいつだって何かを見せてきたんです!! 我々が思ってもみなかったこと、すっかりと忘れてしまった感覚を思い出させてくれました! そんな彼女が、この程度で終わるわけがないんです!!」
「い、イケダさん、まさか!! あなたが黒姫ファンだったとは!!」
「だからなんだっていうんですか! ロリコンだって言われようが何と言われようが、私は信じていますよ!! こんなもんじゃ終わらないんです!! 彼女は普通ではない!! そんなことはわかりきっているんですから!!!」
―――ワァアアアアアアアアアア!!
「そうだぜ! 黒姫ちゃん!! 俺らは信じてるぜえええええええ!」
「ジュンユウなんて、やっちまええええええええええええええ!!」
「K・U・R・O・H・I・M・E!!! クロヒメ!!」
―――ワァアアアアアアアアアア!!
観客は期待している。
サナがこんなものでは終わらないと知っている。
その声に応えるように、サナは再び刀を握る。
「…がぶっ! …ぎゅっぎゅっ!!」
陣羽織に付いていた紐を引きちぎると、右手と刀の柄を離れないように縛り付ける。
彼女はアンシュラオンに「刀は道具だ。捨ててもいい」と言われてきたし、ニットロー戦でもしっかりと生かした。
だが、ここで彼女はあえて刀で戦う意思を示す。
剣でやられたのだ。剣で返さねば気が済まない、といったところだろうか。
サナの目にはまだ赤い輝き、強い闘志が宿っていた。