【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
サナは闘争を放棄しなかった。
彼女の瞳には、敵と対峙しても怯まない『何か』が宿っていた。
これが明確な意思かはわからない。怒りを基盤にした生存本能なのかもしれない。
だが、それでも決死に立ち向かおうとする姿勢は―――【意思】となる。
ボオオオッ
サナの体表を強い戦気が覆う。
アンシュラオンからは何も与えられていない。今は素の彼女とジュエルの力しかない。
なればこそ紛れもなく、彼女が生み出した【戦う意思】であった。
(まだまだ身体は子供。生体磁気にも限りがある。受けたダメージを思えば戦闘不能になってもおかしくない。それでも立ち向かうのか。彼女の生い立ちなどは知らぬが、この恐ろしいまでの純朴さが偉大なる因子を呼び起こしたのだ)
その光景を見たジュンユウの心に、熱いものが込み上げる。
初めは粗野な少女かと思った。戦い方も荒く、冷徹で残忍だ。あまり興味はなかった。
しかし、そんな彼女は『剣の因子』に愛された。
グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉は、そう簡単に起こることではないのだ。それだけで彼女が特別であることを示している。
(やはり剣はいい。剣だけが私を満たしてくれる。だからこそ手は抜かない。すべてを出しきる!!)
ギギギッ ボゴンッ
ジュンユウの筋肉が盛り上がる。
腕に力が漲り、ふくらはぎが大きくなり、フル稼働した心臓から大量の血液が全身に送られる。
レイオンでさえやっと回避したサナの速度に対応できたのは、彼自身だけの力ではない。ルールに則り、彼も身体強化のジュエルを使っているおかげだ。
当然ジュエリストではなく、使っているジュエルもせいぜいC級どまりのものだが、彼の身体能力を二割り増しにはできる代物だ。
それを予備を含めて三つ持参しており、交互に使用している状態にある。(特異能力者を除き、ジュエルの同時発動は通常できない)
互いが、再び睨み合った。
ゆらゆら
ジュンユウが剣を揺らして挑発する。
が、サナは動かなかった。
傷の修復に時間をかける腹積もりだろう。
(まだ時間はたっぷり残っている。彼女の一発の怖さを考えれば、そのほうが得策であろうか。それに彼女の突進はすでに見切った。これだけ叩きのめせば学習もしよう。戦いはよほどの差がなければ、あとから攻撃するほうが有利となるものだからな)
防御側が有利なのは今も昔も変わらない。完璧な防備を固めた砦を落とすのに苦難するのと同じだ。
また、『攻撃パターン』が読まれていることも痛かった。
サナはジュエルの力を完全に使いこなしていない。怖いのは突進くらいであり、それも直進しかしないのならば怖くはない。
打つ手がない以上、今はこうして回復するのがベストの判断である。
が、それを黙って見ているジュンユウではない。
ジュンユウがすっと前に出ると、突きを放った。
「…っ!」
サナは刀を盾にしつつ、後方に回避。
かろうじて直撃を免れたが、問題はそこではなかった。
シュンッ!
剣先が渦を巻くようにしなると、瞬時に加速してサナに襲いかかる。
シュンッ! シュンッ! シュンッ!
うなる、うなる、うなる。
小刻みに放たれた突きは、一撃こそ軽いが―――
スパッ スパッ!!
戦気を貫通し、防具を切り裂いていく。
サナは防御に必死で反撃できない。ずるずると後退していく。
ここで明らかな変化が起きた。
ジュンユウが防御主体から【攻撃主体に転化】したのだ。
彼はたしかに普段から防御主体の戦い方をしているが、攻撃ができないわけではない。
あくまで試合でのパフォーマンス、賭けの一環としてあのような真似をしているのであり、相手を仕留める技も持ち併せている。
そして、彼の攻撃がサナの防御を貫いているのは、相変わらず『戦気の揺らぎ』を狙って攻めているからだ。
シュンッ!! ズブッ!!
ジュンユウの一撃が、サナの左肩に直撃。
防御を貫き、骨にまでダメージが浸透する。
サナは下がるが、ジュンユウはさらに間合いを詰めて突きのラッシュ。
シュンッ!! ズブッ!!
シュンッ!! ズブッ!!
シュンッ!! ズブッ!!
剣が唸るたびに、確実にサナに手傷を負わせていく。
すでに彼女の身体は傷だらけ。
胸骨、左脇腹、右肩、左肩、右手の甲と、満身創痍に近い状態にある。
シュンッ!! ズブッ!!
シュンッ!! ズブッ!!
シュンッ!! ズブッ!!
さらに腕、胸、太もも。
少しでも戦気に揺らぎがあれば、そこを徹底的に攻められる。
もともとサナは戦気の集中と維持が苦手だ。揺らぎが生まれるのは仕方がない。
それでも彼女は耐え続けた。
何度攻撃されてもギリギリのところで踏ん張り、驚異の粘りを見せる。
それどころか「目で反撃」さえする。
「…じー」
「っ…!」
サナの視線にジュンユウが気圧され、思わず数歩下がった。
(これが怖い。彼女の瞳は、常に私を倒そうと狙っているのだ。だからあと一歩が踏み出せない)
ジュンユウが仕留めきれない理由の一つが、これである。
一方的に攻めているように見えても、実は『あと一歩』が足りていない。
本当の致命傷を与えるには、もう一歩踏み出して必殺の一撃を繰り出す必要があるのだが、相手もそれを狙っているような視線を見せる。
ここでジュンユウにも弱点があることがわかった。
彼の本質は、やはり防御主体なのだ。いや、それを強要されてきたから、そうするしかなかった。勝つことしか許されなかったからだ。
(地下に自由などは存在しない。どんなに物が送られてきても、所詮は監獄にすぎない。そして今は、この狭いリングが私の世界そのもの。そこで勝ち続けるためには、この戦い方が一番なのだ。それは正しい。間違ってはいない。間違っては…いない。いない…が、それは私にとっての望みだったのか? こんな私は剣に愛されているのだろうか?)
彼にとって剣に愛されるとは、剣の因子が覚醒することを示している。
地下に来てから無敗のキングにはなったが、それで何か変化があったのだろうか。
(なぜ、私にグランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉が起こらない? あんな刀の握りさえ知らないような彼女に舞い降りて、日々剣を振るっている私には、どうして偉大なる剣聖は微笑んでくださらない? なぜだ。なぜだ。なぜだ)
サナにグランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉が発生した時、彼の心の中は驚愕と羨望で一杯だった。
ずっと忘れていた不満の感情と欲求が、急激に刺激されていく。
何のために生きているのか。何のために剣を振るうのか。武人として完成することを願っていたのではないのか。
剣を愛している。だから剣にも愛されたいのだ。
対戦してみたい。
その時に、決めていた。
アンシュラオンの思惑など彼にはどうでもよかった。単純にジュンユウは、サナとの戦いを望んでいたのだ。
(知りたい。あなたに何があるのか! あなたの何が偉大なる因子を引き寄せるのか!! それを知りたい!!!)
―――ザッ!!!
一歩、出る。
(彼女は自らを追い込んで因子に愛された!! そこに秘訣があるのか! ならば私も!!)
答えを知りたくて、ジュンユウが必殺の間合いに踏み込む。
ぼおおっ ゆらっ
サナの戦気には、やはり揺らぎがある。隠そうとしているが、鍛錬を重ねた自分にはどうしても見えてしまう。
見えてしまうのだから、相手の弱い場所を攻めるのが道理。反射。習慣。
シュンッ ズブウウウウッ!!
ジュンユウの鋭い一撃が、サナの右腕に突き刺さった。
重傷を負った左側に戦気を集中させるのは致し方のないことだ。そこを攻められれば致命傷である。
かといってそうすれば、右側がおろそかになって攻撃力を削がれる。
肩と利き手に引き続き、腕までも失えば完全に無力化されて勝負は終わる。
(勝ってしまう!! 私はそれでいいのか!?)
『勝ってしまう』とは、なかなか不思議な感情であるが、彼が求めているのは勝利以上の何かである。
そうした感情が思わず浮かんでしまうことも、人間の面白さというものだろう。
がしかし、それはあまりに『なめすぎ』だ。
サナの赤い目に―――殺気
ぐっ!!
剣が右腕に突き刺さるのを待っていたかのように、サナが左手で日本刀の棟を押し出す。
日本刀の柄はサナの右手に固定されているため、梃子の原理でジュンユウの剣を押しのけながら―――加速。
「なっ!!」
ガリリリッ! ぐらっ!
それによって剣が外側に流され、押し出される形で完全に体勢が崩れてしまう。
もしここでジュンユウが剣を手放していれば、かろうじて回避が可能だっただろう。
が、生粋の剣士である彼にそのような習慣はなかった。
―――激突
ドーーーーーンッ!! ごろごろごろっ
とりあえず当たればいいと突っ込んだため、頭部ごとジュンユウの身体に激突。
その衝撃によって両者はリングの中央にまで吹っ飛び、床に崩れ落ちる。
これはサナ自身にも大きなダメージがあった。
腕に剣が突き刺さっていたところを強引に動いたため、右腕がぱっくりと引き裂かれて骨が露出するほどの大怪我となった。
左肩も砕け、首にも強い圧力がかかって頚椎捻挫を負ってしまう。
相変わらず、まっすぐ全力である。遠慮などまったくない。
がしかし、不意打ちを受けた相手のほうがダメージは大きかった。
「ぐううっ!!」
右脇に突っ込まれたジュンユウの肋骨が、粉々に砕けた。
呼吸が苦しく、若干の眩暈もする。
防御主体だからといって防御力が高いわけではない。
むしろ身体的に防御が脆いからこそ、防御主体で戦うしかないのである。
そこにジュエルの力で強化された人間が突っ込んでくれば、重傷を負うのは至極当然だろう。
(馬鹿な…あそこから玉砕覚悟で…! いや、これはわかっていたことだ。私はどこかで期待していた。彼女ならば何かやってくると。何かをしてくれると。ふふ、おかしなものだ。床に転がりながら、こんなことを考えるとはな)
思わず、ジュンユウは笑っていた。
この少女ならば何かやる。そんな期待感があった。
そして、実際にやってのけた。
(私が戦気の揺らぎを狙っていることに気づいた。だから意図的に攻撃を誘発させたのだ。こんな初歩的な罠にかかるとはな。ふふふっ…)
わざと隙を見せて相手の攻撃を誘発し、反撃の一撃を与える。
戦いでは常套手段であり、さして珍しいものではない。
だが、それをここまで劣勢に陥った少女がやるとは思わなかった。その点は完全になめきっていたのだ。
彼女はこの戦い方を、【戦闘中に覚えた】のだから。
戦気の集中さえ満足にできない少女が、それを逆手に取る戦法を選んだ。
逆に考えれば、意図的に弱い箇所を生み出すすべを身に付けたことを意味する。
「ダウン!!! 両者、ダウン!!」
二人が完全に倒れたため、レフェリーが割って入ろうとするも―――
「来るな!!」
砕けた右脇を押さえながら、ジュンユウがレフェリーを一喝。
「え…?」
「下がっていろ!!」
「い、いや、だが…ダウン……」
「この勝負に、そんなものはない!! 互いの剣をかけた勝負の結末は、我々自身が決める!!」
「あ……え?」
「聞こえなかったのか! 下がれ!」
「は、はい!!」
むくりとジュンユウが立ち上がって睨みつけるものだから、怖がったレフェリーは下がってしまった。
彼は単に職務に忠実であろうとしただけなので、本当にただのとばっちりだ。
キングだからといって審判を退ける権力はない。あくまで選手の一人でしかない。
しかし、この戦いを誰にも邪魔されたくなかったのだ。
「さあ、立ちなさい。あなたもまだ戦う意思があるはずだ!」
ぐぐ むくり
ゆっくり、ゆっくり、それでも最速でサナが立ち上がってくる。
ぎろり
目には、まだあの鋭い輝きが残っていた。
「…ふーー、ふーーー!」
サナは練気で回復に努めているが、ダメージは大きい。
発せられる戦気も揺らぎが多く、満身創痍の状況は変わっていない。
されど、そんな中でも微細な変化をジュンユウは見て取った。
(戦気の質が…上がっている?)
ゆらゆらといまだ不安定であるが、それが時折ぎゅっと引き締まることがあるのだ。
「…じー」
(私の戦気の動きを見ている? 真似をしようというのか?)
こうしてダメージを負った際、ジュンユウも練気によって回復を図っている。
その時の戦気の動き、収縮度、密度といったものを、じっと観察して真似ようとしているらしい。
普通ならば簡単に真似などできないが、彼女は【特別】だった。
ゆらゆら ぎゅぎゅっ!! ボシュッ!!
戦気が一段、濃縮されたように濃くなった。
戦気の段階は無数にあり、天にまで続く頂のわずか一歩を上がったにすぎないが、その速度があまりに異常であった。
サナは―――ジュンユウの能力をコピーしている
彼女の特異な体質は、魔人であるアンシュラオンと接触して生まれたものである。
初めて生まれた自我、まっさらな赤ん坊が、周囲のものを手当たり次第に認識し、知覚し、受け入れようとする習性と同じだ。
(この少女は―――【天才】だ)
そこで初めてジュンユウは理解した。
(間違いない。戦いのセンスが違う。まだまだ粗ばかりが目立つが…なんという原石なのだ。剣の女神よ。今この瞬間、あなたの意思を感じました。『私が』彼女に会ったのではない。彼女が『私に』出会ったのだ)
自分の視点から見れば、サナが現れたように見える。
しかし、違うのだ。そうではない。
彼女の前に、自分という存在が【置かれた】のである。
それに気づいた瞬間、すべての霧が晴れた気がした。
「…いくぞ!」
ジュンユウがすっと剣を構え、戦気が弱い場所を狙って突きを放つ。
サナは戦気を集中させて攻撃を防ぐ。
ジュンユウは、それを見越して素早く剣を切り返すと、さらに弱い場所を狙って攻撃。
サナはそれに対応。即座に戦気を集中させると攻撃を防ぐ。
それを数度繰り返すうちに、サナにも少し余裕が出てきたのか、刀を動かして切り払うようになっていった。
右腕はボロボロなので、両手で柄を握って懸命に剣を振る。
シュンッ キンッ!!
シュンッ キンッ!!
シュンッ キンッ!!
ジュンユウも肋骨が砕けているので剣の振りは数段遅くなっていた。
それによって、かろうじて均衡が生まれているにすぎない。
ただし、ここで明らかな変化が生まれたことに気づいた者が、はたしてどれだけいるのだろうか。
ジュンユウは依然として的確に攻撃を続けている。常にサナの弱い部分を狙っている。
そこに遠慮も手加減もない。全力で叩こうとしている。
されど同時に【導こう】としている。
執拗に攻めながらも殺意はまったくない。むしろ剣筋からは愛情さえ感じさせる。
まるで彼女に弱点を教えるために、あえてそうしている【教師】のように。
サナは傷つきながらも、徐々に戦気の動きが滑らかになっていく。
一つの実戦は万の練習に勝る。
それを体現するごとく、彼女は急速に戦気の集中力が増していった。
―――シィイイイインッ
それに対して観客は、とても静かだった。
足音一つ、叫び声一つしない。
しらけているのではない。
その光景に、すべての観客が【魅了】されているのだ。
シュンッ キンッ!!
シュンッ キンッ!!
シュンッ キンッ!!
鳴るのは、互いの剣がぶつかる音だけ。
そして、そのたびに急激に成長していく少女。
満身創痍なのに、なぜか動きだけが良くなっていく彼女に、誰もが視線を外せないのだ。