※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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593話 「ジュンユウの壁 その4『最後の差』」

 

 サナの動きが良くなっていく。

 

 特に戦気の動きが滑らかになり、集中すべきところに迅速に集まり、一つ一つの精度が劇的に高まる。

 

 戦気はすべての能力を向上させ、補佐し、保護する重要な要素だ。

 

 身体的ダメージは相当なものにもかかわらず、それによって足捌きも機敏となり、ジュンユウの細かい動きにも対応ができるようになっていた。

 

 しっかりと振らねばならない日本刀で、レイピアのような細剣に対応できている現状を考えれば、よほどの集中力がなければできないことである。

 

 

(なんと…美しい)

 

 

 そのサナの姿に、ジュンユウの心が熱く奮える。

 

 自分が教えようとしていたことを次々と理解し、一切の拒絶なくすべてを受容して己のものとしてしまう。

 

 教師としては、これほど嬉しいことはないだろう。

 

 

(今にして理解した。なぜ『彼』が、この少女に執着しているのか。楽しいからだ。心から与えたいと思ってしまうからだ。この原石は、あれだけの存在すら魅了してしまうのか)

 

 

 彼女の成長を見ているだけで楽しくなっていく。自分のすべてを与えても何ら後悔しないと思えてくる。

 

 こうしてサナと対峙することで、アンシュラオンの気持ちが理解できた。

 

 

(おそらく数年後…いや、数ヵ月後には、私程度ではけっして手の届かない存在になっているだろう。それでいい。私はそれで十分だ。今この瞬間、彼女のためになるのならば、私の人生はそれだけで価値があったのだ)

 

 

 今まで自分のために戦い、打ち勝ち、強くなることに熱中していた男が、今初めて相手の成長を心から願っていた。

 

 自分より遥かに優れた逸材の存在を認めたからこそ、心からそう思えるのである。

 

 

「で、あれば!!」

 

 

 ジュンユウは攻撃をやめると、大きく間合いを取る。

 

 そして、万全の態勢で構えた。

 

 

 

「最大の力で打ち砕いてみよ!!」

 

 

 

 彼女はまだ打ち勝っていない。防御主体の武人である自分の本領を打ち倒していない。

 

 本気で戦えるのは、これが最初で最後。成長率を考えれば、すぐに対等ではなくなる。

 

 その前に最大の敵の一人として立ち塞がりたい。

 

 今後本当の強敵と出会った時、この体験が役に立つために全力で立ち塞がるのだ。

 

 

「…こくり」

 

 

 サナにもジュンユウの熱い感情が伝わったのか、刀を構えて攻撃の機会をうかがう。

 

 このまま時間が過ぎれば敗北は必至。判定でも負けるし、体力が尽きて自滅して終わりだろう。

 

 その前に戦いを決めねばならない。

 

 現状では、全力の攻撃ができるのは一回か二回が限界だろう。

 

 これが最後の勝負である。

 

 

 

 ぐっ!

 

 

 

 サナが刀を強く握り、足に力を入れる。

 

 

(くる!)

 

 

 戦気術に関してはジュンユウが上。

 

 成長しているとはいえ、まだまだ練度の低いサナでは隠蔽することはできない。

 

 動くタイミングまで完全に把握される。

 

 

 

―――加速

 

 

 

 予想通り、サナが雷光の速度で突っ込んできた。

 

 彼女にできることは、急加速からの攻撃。

 

 身体能力で劣る子供が頼るのは、やはりジュエルの力であった。

 

 

(今までの彼女の戦い方を見れば、このまま突っ込むほど無能ではない。で、あれば―――)

 

 

 

―――ピタ

 

 

 

 サナが途中で急ブレーキ。

 

 一度完全に止まる。

 

 レイオン戦でもやったタイミングを外す技だ。

 

 ここから急加速されると、たいていの人間は対応することが不可能となる。

 

 

(それは一度見ている! タイミングは外さぬ!!)

 

 

 しかしながら、ジュンユウはレイオン戦を見ていた。

 

 彼女がこれをやってくることを予期していたため、騙されずに体勢は崩していない。

 

 簡単にやっているように見えて、これはかなりの高等技術だ。

 

 剛速球のあるピッチャーに対して、チェンジアップを意識しながら実際に対応するのと同じくらい難しい。

 

 これもジュンユウの努力の賜物といえる。

 

 

 ぐぐぐっ!!

 

 

 サナの足に再び力が入り、急加速の準備。

 

 

(やはりな!! そこだ!!)

 

 

 ジュンユウがタイミングを合わせて剣を突き出す。

 

 ここでも遠慮はしない。狙うは眉間だ。

 

 本気で相手を殺すつもりで戦わねば、けっして彼女のためにはならない。

 

 武人の本能に従い、本気で一撃を繰り出した。

 

 

 ぎゅんっ!!

 

 

 サナが加速。

 

 

 シュンッ!

 

 

 ジュンユウが剣を突き出す。

 

 

 互いがぶつかれば、どちらかが砕けるような状況。

 

 その一瞬に誰もが注目していたが―――

 

 

 

 スカッ

 

 

 

 ジュンユウの剣が、空を切った。

 

 剣は、サナには当たらなかった。

 

 否。

 

 正しく述べれば、サナが【違う方向】に突っ込んでいったのだ。

 

 そして、激突。

 

 

 ドーーーンッ!

 

 

 突然斜めに軌道を変えたサナは、リングの端にまで突っ込んで障壁に激突。

 

 一瞬ぐらりと傾くが、気を取り直して再度こちらに向いた。

 

 

「…じー」

 

 

 視線はジュンユウではなく、軌道を変えた地点、床に向けられている。

 

 何かが気に入らなかったのか、サナは何度か足を動かして首を傾げていた。

 

 見方によれば、策を見破られたサナが『逃げた』ように見える。

 

 外部からは咄嗟に緊急回避をして壁に当たったと見えるだろうし、実際に観客もそう思っているに違いない。

 

 だが、対峙しているジュンユウの表情は、明らかに凍り付いていた。

 

 

(今、何をしようとしていた? あの動き方、ただのストップアンドゴーではない。まさか…彼女がやろうとしていることは…)

 

 

 ジュンユウは意図に気づいたが、すでに相手は再突進の準備に入っていた。

 

 考える間もなく、サナが突っ込んでくる。

 

 

 

 ギュンッ!!

 

 サナが加速。

 

 

 ピタッ

 

 止まる。

 

 

 ギュンッ!!

 

 再度加速。

 

 

 シュン!

 

 ジュンユウがタイミングを合わせて、剣を突き出す。

 

 

 スカッ

 

 サナが違う方向に行ったため剣は空を切る。

 

 

 

 ギュンッ!!

 

 ピタッ

 

 ギュンッ!!

 

 シュン!

 

 スカッ

 

 

 ギュンッ!!

 

 ピタッ

 

 ギュンッ!!

 

 シュン!

 

 スカッ

 

 

 

 このやり取りが数度繰り返されるわけだが、そのたびに少しずつ変化が起きていた。

 

 サナが徐々に、ジュンユウに近づいてきているのだ。

 

 一度ストップしてから加速する。これは今までできていたが、タイミングを外せなければ恰好の的になるだけだ。

 

 そして、ジュンユウはそれができる武人である。

 

 防御特化でカウンターが得意な、言ってしまえば彼女の天敵のような相手である。

 

 その彼を打開するためにはどうするか。

 

 戦気術では劣っている。いくらがんばってもすぐには追いつけない。

 

 剣技、技量においても負けている以上、同じ土俵では勝ち目がない。

 

 となれば、答えは一つしかなかった。

 

 

 ギュンッ ぴたっ

 

 

 真っ直ぐに加速したサナが一度止まる。

 

 

 ギュンッ!

 

 

 それから再加速したサナは、一度斜めに軌道を変えると同時に―――

 

 

 ギュギュンッ!!

 

 

 さらに角度を変えて【ジグザクに移動しながら】突進。

 

 

 ギュギュンッ!!

 

 ギュギュンッ!!

 

 

 高速で軌道を変えて襲いかかってきた。

 

 さらに途中、何度か障壁にぶち当たりながらも、ピンボールのように跳ね返り、一切速度を落とさずにリングの上を駆け回っている。

 

 

(この動きは…読めん!!)

 

 

 これにはジュンユウも困惑。

 

 サナの動きが未熟ゆえに軌道が一定ではなく、完全に無秩序に変化して向かってくるのだ。

 

 これではカウンターどころではない。逃げるのが精一杯。

 

 ジュンユウは迎撃を諦めて回避。

 

 

 ギュンッッ! ブワッ!!

 

 

 次の瞬間、サナが雷光の速度で通り過ぎていった。

 

 その風圧でジュンユウの髪の毛が舞い上がる。

 

 

 じわり

 

 

 額に汗が滲んだ。

 

 もし彼女が今、通り際に刀を振るっていたら、そのまま自分は真っ二つにされていただろう。

 

 サナがやろうとしていることは、高速直線攻撃であることには変わらない。

 

 

 だが、一番の違いは―――【高速で角度を変えて攻撃】する点にある。

 

 

 ただ真っ直ぐでは簡単に対応されてしまうため、角度を変えながら相手の死角に回り込むという【移動術】を模索しているのだ。

 

 明らかに事前に用意されたプランではない。この戦闘中に思いついたものであろう。

 

 それをぶっつけ本番で【練習】するあたり、実にサナらしいといえる。

 

 

 

「ふふ…ふふふ」

 

 

 ジュンユウは笑う。

 

 とんでもないことを考える少女だ、と。

 

 それができるのならば誰でもやっている。できないからこそ高等技術なのだ、と。

 

 されど目の前の少女は、何の迷いもなく実行しようとしている。

 

 正で勝てぬのならば、奇をもって勝つ。秩序には圧倒的な無秩序で対抗する。

 

 まさにアンシュラオンの妹に相応しい戦い方である。

 

 

「それがあなたが出した答えか。よかろう!! 全力で迎えさせてもらう!!」

 

 

 ボオオオッ

 

 サナの狙いを察したジュンユウは、残っていた力を戦気に変え、すべてを身体強化に回した。

 

 あの動きについていくためには、もはや後先を考えている余裕はない。

 

 

「…ぐっ」

 

 

 ボオオッ バチバチバチッ

 

 サナもここが勝負所だと理解したのだろう。

 

 身体中に満ちた雷気で髪の毛が逆立つほど、すべての力を集めている。

 

 

 

 最初に動いたのは、サナだった。

 

 

 

 受動的な精神性とは正反対に、彼女は能動的な戦いを好む。

 

 刀の性質も踏まえ、それが自分の最大の持ち味だと理解しているのだろう。

 

 サナが雷光の速度で突進。ジュンユウの眼前に迫る。

 

 

 ぐぐぐっ バンッ!!

 

 

 だがしかし、そこから速度を変えずに―――急旋回

 

 

 加速、旋回。

 

 加速、旋回。

 

 加速、旋回。

 

 

 ぐぐぐっ バンッ!!

 

 ぐぐぐっ バンッ!!

 

 ぐぐぐっ バンッ!!

 

 

 サナがリングの上を縦横無尽に駆け回っていく。

 

 常人では目で追うこともできないし、レイオンでさえ速度が一瞬だけ落ちる瞬間しか捉えることはできないほどだった。

 

 外から見てこれなのだ。対峙している人間ならばパニックに陥るはずである。

 

 がしかし、ジュンユウは落ち着いていた。

 

 

 ブオオオンッ

 

 

 彼の身体の周囲には、剣気による結界が張られていた。

 

 『心眼』と呼ばれる防御系の技で、アンシュラオンが使う無限抱擁に近いものだ。

 

 まだまだジュンユウのものは未熟であるが、実戦で鍛えられたため練度が高い。

 

 これならば結界内に入った、あらゆるものを探知することができるに違いない。

 

 

 グググバンっ!! グググバンッ!!

 

 

 サナは角度を変えつつ、高速でジュンユウに迫っていく。

 

 そしてついに、彼の間合いにまで侵入。

 

 

(まだまだ甘い! 付け焼刃では通じぬ!)

 

 

 ジュンユウの目がカッと見開かれ、完全に標的を捉える。

 

 サナの動きには『弱点』があった。

 

 これだけの速度で一気に方向を変えるのだ。

 

 F1のレーシングマシンが時速三百キロで走っても、ヘアピンでは急減速するように、どうしても角度を変える際は動きが鈍る。

 

 むしろ余計な移動が多くなれば体力の消耗が著しくなるし、動きを何度も見せれば嫌でも目が慣れてしまう。

 

 それを見逃すほどジュンユウは甘くはなかった。

 

 

「そこっ!!」

 

 

 完璧なタイミングでサナの眉間に剣を伸ばす。

 

 サナは加速状態に陥っているので、もうかわすことはできない。

 

 

 ズンッ!!!

 

 

 右脇が壊れていても、日々の鍛錬は嘘をつかない。

 

 流れるような一撃が炸裂する。

 

 ジュンユウも、目では結果をしっかりと確認していた。

 

 あくまで肉眼においては。

 

 

(入った!! だが、これは―――軽い!?)

 

 

 ジュンユウの剣が、サナの眉間に突き刺さっている―――ように見える。

 

 しかし、剣はたしかに刺さっているはずなのに、手応えがまるでない。

 

 それもそのはず。

 

 

 

 これは―――【残像】

 

 

 

 サナはすでに、その場にはいなかったのだ。

 

 残像が消えると同時に、左下から音が聴こえた。

 

 ブチブチブチッ

 

 何かが千切れる音。弾け飛ぶ音。

 

 サナが高速突進中に【突如直角に急移動】したため、足の靭帯が耐えきれなくなって切断された音である。

 

 そう、彼女は左足を犠牲にして、衝突する瞬間に軌道を変化させていたのだ。

 

 そうしてジュンユウの死角に回り込んでいた。

 

 

(この速度で…!!! この『距離間』でそれをやるのか!!)

 

 

 軽いジャブならば、軌道を変えるくらいは簡単だろう。

 

 だが、渾身のストレートパンチを放っている時に違う力をかけることは、極めて危険である。

 

 実際にサナの左足首は、急激な軌道変化によって骨折している。

 

 そしてさらに右足も犠牲にして、ジュンユウの眼前で急加速。

 

 

 

 その動きは―――まさに【雷】!!!

 

 

 

 斜めに真横に垂直に、一瞬で無限に変化する稲光。

 

 それを同レベル帯の人間の反射神経で対応することは、事実上不可能である。

 

 

 ブンッ!!!

 

 

 完全に自分の間合いに入ったサナが、刀を振るう。

 

 ジュンユウも強引に剣を動かそうとして対応しようとするが、間に合わない。

 

 

 

 

 ドバーーーンッ!!

 

 

 

 

「―――っ!!!」

 

 

 

 サナの一刀が振り払われ、ジュンユウが弾き飛ばされる。

 

 左腕は完全にへし折れ、衝撃が胸にまで到達。肋骨が粉々に砕け散る。

 

 右脇に引き続き、左脇まで駄目になるという深刻なダメージを負ってしまう。

 

 

「ごぼっ…げぼっ…」

 

 

 激しく内臓を損傷したためか床に倒れたジュンユウは、大量の血液を吐き出す。

 

 だが、まだ目は死んでいなかった。

 

 

(あと一歩…ずれていれば……真っ二つだった。命拾い…したのか)

 

 

 ジュンユウのダメージは衝撃によるものが大半であり、斬撃による裂傷や切断はなかった。

 

 これはサナが刀身の根元の部分を強打したからだが、べつに手加減をしたわけではない。単純に近距離で急加速したので、間合いが狂ったせいである。

 

 もし『刀の芯』の部分で斬られていたら、今頃は完全にお陀仏だったに違いない。

 

 

「がはっ…はーーはーーー!! ふふ、はははは!! 楽しい…なあああ!! そうだ。私はこれを求めていたのだ…! この戦いを…! 魂が焦げ付くような戦いを!!」

 

 

 ジュンユウは立ち上がる。

 

 練気さえまともにできない状況でも、武人としての闘争本能が刺激されていく。

 

 逆に力が漲るような不思議な現象を感じていた。

 

 

「…ふーー、ふーー!」

 

 

 サナも足を引きずりながらも、まだ刀を構えていた。

 

 互いに闘争本能は衰えていない。

 

 これが武人。これが武人同士の戦い。

 

 

 

「これが本当に…最後だ」

 

 

 ジュンユウが剣を構える。

 

 もう右手がぶるぶると震え、身体も曲がって老人のような姿勢だが、それでも戦う意思はめげない。

 

 

「…ふーー!! ふーーー!!!」

 

 

 サナは当然、靭帯が切れていようが、全力で突っ込む。

 

 へし折れた足でさえ、地面に叩きつけて加速!!!

 

 

 ドンッ!! ギュンッ!!

 

 

 ダメージも深刻で今までのキレはないが、ジュンユウにしてみれば高速であることは変わらない。

 

 そこにジュンユウは、カウンターで剣を突き出す。

 

 

 ググッバンッ!! スカッ!

 

 

 サナは軌道を変化させて間合いを外すと、その一撃を回避。

 

 次の瞬間には、逆にカウンターで刀を振るう。

 

 

 ブーーーンッ!! ガギイイッ!!

 

 

 サナの一撃が、ジュンユウの剣に食い込み―――

 

 

 バキンッ!!

 

 

 へし折った。

 

 

(剣が…!! 私の誇りが…!!)

 

 

 死に体に加えて武器の重さが違うため、真正面から当たればこうなるのは道理である。

 

 今まではジュンユウが剣気で強化し、上手く捌いていたからこそ渡り合えたのだ。

 

 だが今、もう彼にその力はなかった。攻撃を捌くだけの腕力がない。

 

 ここで差が出たのは、ジュエルの質が違いすぎたからだ。

 

 サナのためにアンシュラオンが用意した極上ジュエルと、そこらのジュエルとではあまりに違いすぎる。

 

 かわいそうだが与えられたものが違うのだ。才能も道具も。だからこれは仕方がない。

 

 

「…!」

 

 

 サナもここが勝機と悟ったようだ。

 

 最後の力を振り絞って、ジュンユウに刀を振るう。

 

 

(私の…負けか。全力を尽くした。後悔はない)

 

 

 サナという逸材に出会い、そのために尽力できたことが幸せだった。

 

 自分と戦ったことで彼女の戦気術の向上も見られた。試合前と比べれば別人である。

 

 もうそれだけで満足。ここで死んでもいい。役割は終わった。

 

 そう思った瞬間、心の中に【静寂】が生まれた。

 

 

 

―――シィイイインッ

 

 

 

 静かな場所だった。

 

 意識が朦朧としているため、よく周りは見えなかった。

 

 ただただ黒い空間だけが満ちており、自分と他の区別がつかないほどだ。

 

 

 

―――〈剣を伸ばして〉

 

 

 

 声がした。

 

 目は見えないので、誰が語っているのかわからない。

 

 だがおそらく、若い男性の声だろう。

 

 

 

―――〈あなたがやってきたことを貫きなさい〉

 

 

 

 女性の声がした。

 

 凛としていて、聴くだけで背筋が伸びそうな強い声だ。

 

 

 

―――〈流した汗と涙はけっして無駄にはならぬ〉

 

 

 

 年老いた男性の声がした。

 

 長い年月で培った深みが宿った、とても力強く優しい声だ。

 

 

 

―――〈さあ、愛するのです。愛すれば剣が応えます〉

 

 

 

 男性か女性かわからない中性的な声がした。

 

 聴くだけで感涙してしまいそうな偉大な愛が、そこには宿っていた。

 

 

 

(ああ、そうだ。私は…剣を…振らねば。愛している…から)

 

 

 ジュンユウは、いつもそうしているように剣を伸ばした。

 

 私利私欲はまったくなかった。

 

 高校球児が、目標に向かって必死に素振りをするように。

 

 世間ではまったく評価されないレベルであっても、大会で良い結果が得られるように。

 

 自分が自分であるために。

 

 ただただ剣士が剣士であるがために。

 

 

 

 折れた剣を―――伸ばす

 

 

 

 当然、折れているので剣はサナには届かない。

 

 だが、彼の意思だけは暗闇の中に『白い道筋』を生み出した。

 

 

 剣が―――伸びる

 

 

 折れた箇所から剣気によって生み出された『剣硬気』が、足りない五十センチという隙間を埋める。

 

 

 

 ゴーーーーンッ!!

 

 

 

「―――っ!?」

 

 

 

 サナの頭の中に鐘を叩いたような音が響いた。

 

 同時に、視界が揺らぐ。

 

 脳が揺られ、急速に意識が遠のいていく。

 

 これが普段の状態ならば耐えることができたかもしれない。

 

 だが今、彼女は満身創痍。

 

 ジュエルの力を使っても立っていることすらやっと。剣を一回振るのが精一杯。

 

 そんな状態で頭に一撃を受ければ―――

 

 

 

―――ぶちんっ

 

 

 

 意識が、切れた。

 

 

 ドンッ ずるる

 

 

 そして、ジュンユウに身体からぶつかると、そのまま力なく床に倒れ込んだ。

 

 

 

 彼女がこの試合中、立ち上がってくることはもうなかった。

 

 

 

 ただただ時間だけが過ぎる。

 

 

 

「………」

 

 

 ジュンユウは折れた剣先を支えにしながら、かろうじて立ち、倒れたサナを見つめていた。

 

 その目は、まだ状況を理解していないようでもあった。

 

 

 

 が、決着は決着。

 

 

 

 

 

「勝者、キング・ジュンユウ!!!!」

 

 

 

 

 

 ジュンユウが勝ち、サナの負けが決まった。

 

 

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