【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「………」
少女の傍には、一人の剣士がいた。
剣を折られ、絶体絶命にまで追い詰められた彼は、奇跡的に勝つことができた。
だがおそらく、そのことには何の喜びも感じていないはずだ。
剣士はかしずき、倒れた少女を静かに仰向けにすると、自身の折れた剣を胸に押し当て、祈るような仕草を取った。
多くの者たちは何かわからなかったが、これは【騎士の宣誓】だった。
各国各地方によってさまざまなやり方が存在するが、その内容はどれも同じ。
『自らの剣を捧げる』ことを誓う儀式である。
騎士が主君に捧げる忠誠であり、何があってもその人物に対して剣を向けることなく、命ある限り守る存在となることを誓う神聖な振る舞いだ。
なぜ彼がこのようなことをしたのかはわからないが、ここが地下であることを忘れさせるほどに厳かであった。
誰もが動けなかった。
胸がドキドキする。締め付けられるように痛む。
つらい気持ちではない。哀しい気分ではない。
心の奥底から何かが込み上げるような、湧き出るような強い感情の波が人々に迫っているのだ。
「うう…」
何人かはその感情の波に耐えきれず、呻き、涙を流してもいる。
自分の胸に手を押し当て、なぜ自分が泣いているのかを考える。
そして、知る。
これは―――【感動】
なのだと。
ここにいる者たちの多くは闘技場の戦いを見慣れている。今まで何百といった戦いを見ているし、批評することも大好きだ。
金がかかっている以上、負けたらボロクソに野次ることも珍しくはない。
そんな彼らが、ただただ純粋に起こった出来事を食い入るように見つめ、心が揺さぶられている。
苦しい。
たまらない。
感情が高ぶり、身体を揺さぶり、そのエネルギーが自然と手に伝達する。
バチンッ!!!
誰かが自らの手と手を、強くぶつけた。
あまりに強く叩いたので、ジーーンと手が痺れてしまったが、それでもこの感情を止めることはできなかった。
バチンッ! バチンッ!!
手を、叩く。
その音は、周囲の者たちを刺激し、伝播していく。
バチンッ! バチンッ! バチンッ!!
バチバチ バチバチ バチバチッ!!!
バチバチバチ! バチバチバチッ!!!
バチバチバチ! バチバチバチッ!!!
バチバチバチ! バチバチバチッ!!!
バチバチバチ! バチバチバチッ!!!
バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!! バチバチバチ! バチバチバチッ!!!
人によっては、なんとも汚い音に聴こえるかもしれない。
それもそのはず。
いい歳をしたオッサンたちが涙を流しながら、ただ夢中になって手を叩いているのだ。
猿山の何十匹の猿たちが、一斉に手を叩く光景を想像してみるといい。今起こっていることも、それと大差はない。
がしかし―――美しい
人には心がある。心があるから美しい。
人生の敗残者、落伍者と言われた者たちでさえ、心からの拍手は美しいのだ。
それが波となって、渦となって、輝きとなって、【一人の少女】に注がれている。
彼女の戦いが、懸命な戦いが、この場にいる人間を魅了したのだ。
バチバチと強い拍手が鳴り響く中、アンシュラオンはサナのもとに向かう。
自分が近づいても、ジュンユウはかしずいたままだった。頭を垂れたままサナの傍にいる。
まるで動けないサナを守るかのように。
「あとはオレが引き継ぐよ」
「………」
その言葉に、ようやくジュンユウは場を譲った。
「とても価値のある戦いだった。せめてもの礼だ。よければ傷を治そう」
敵側の人間を癒すのは、自分からすれば最大限の敬意を示したことになる。
ジュンユウの振る舞い、サナへの貢献度、どれを取っても文句はなかった。
ただ、剣士は首を横に振る。
「不要。すべてが美しい」
この痛みを噛み締めていたかったからだ。忘れたくなかったからだ。
そこに武人として、剣士として、人間としての心意気を感じてならない。
「…そうか。ありがとう」
一言だけ礼を述べ、アンシュラオンはサナをおぶってリングから降りた。
つつ ぽとっ
頬を温かいものが通り過ぎ、床に落ちる。
気づけば、自分も涙を流していた。
(サナ…お前はすごいな。本当にすごい)
一生懸命に戦った妹に対する賞賛もあるが、それ以上に『尊敬』の感情すら込み上げている。
(オレに従う人間がいるのは、力を怖れているからだ。力に魅了されるからだ。だから常に勝たねばならない。負けてはいけない。しかしお前は負けても人々を支配できるんだな。それがどれだけすごいことか…まだわからないだろう)
モヒカン然り、戦罪者たち然り、力によって支配できる者たちは多いが、一度でも負けたら終わりの世界でもある。
だがサナは、生き方そのもので人々を味方にすることができる。
愛は、暴力を超える。
女神が持つ女性的なエネルギーである愛は、男性的なパワーを超える。
愛がすべての根幹だからだ。すべてのものは愛によって生まれ、愛によって結び付けられる。
愛は、敵さえも味方にしてしまう。
ジュンユウはマングラスにいるが、彼がサナに敵対することは永遠にないだろう。それどころかこちらの味方になるに違いない。
これは自分には無い資質である。
(オレがお前に足りないものを与えるように、オレもお前から足りないものをもらっているんだな。心から思う。オレたちは本当の兄と妹なんだってね。血ではなく、魂で繋がっているんだ)
胸に熱いものが込み上げながら、ボロボロになったサナを控え室に連れて帰る。
ただただ彼女への愛だけが心の中を満たしていた。
「…イケダさん」
「………」
「そ、総評をお願いいたします」
「ええ…そうでしたね。あまりのことに…上手く頭が回らないでいます。言葉にすることが非礼で不適切に感じるほどです」
「その気持ち、わかります。観客の顔を見れば、誰もが同じ気持ちだとわかりますね」
「負けた者がここまでの感動を与えることなど、今まであったでしょうか? もはや勝ち負けを超えた戦いだといえるでしょう」
「最後は何が起こったのでしょう?」
「折れたジュンユウ選手の剣が伸びました。あれは『剣硬気』と呼ばれる剣王技だと記憶しております。達人になれば一メートルは伸ばせるという、極めて高度な剣術です」
「ジュンユウ選手の切り札、といったところでしょうか?」
「かもしれませんが…計算して使ったようには見えませんでした。咄嗟に出たものなのでしょう」
「剣気で生み出したものならば突き刺さるのでは? 黒姫選手の額は無事のようですが…」
「ジュンユウ選手が万全ではなかったこともあります。伸ばすだけで精一杯だったのでしょう。あるいは反射的に刃を消して衝撃だけを与えたのかもしれません」
「加減をしたと?」
「もともと殺し合いではありませんからね。真実はわかりませんが、キングの壁は厚かった、ということです」
「これは経験の差でしょうか?」
「その通りです。努力は嘘をつきません。大きな結果を出すために小さな結果を積み重ねるのです。それがほんのわずかの差となるわけですが、それによって勝敗が決まってしまうのが戦いです」
「逆に考えますと、黒姫選手の伸びしろは凄まじいといえますね」
「はい。驚異的です。将来のことを考えるだけで期待で胸が膨らみます。彼女の戦いを見られるのならば、全財産を払っても惜しくありません」
「倹約家のイケダさんにそこまで言わせるとは! 本当にすごい少女ですね!」
「ただ、結果は結果。今後の彼女の課題は、最後の一瞬をどう詰めるかです。足の怪我をおして猛攻を仕掛けたことは見事ですが、最後は集中力を欠いたように見えました。そこはまだ子供。まだまだこれからです」
「なるほど。今後も期待ということですね。しかし、怪我は気になりますね。次のジングラス戦がまもなく始まりますが、そこはどうでしょう?」
「試合のシステム上、不利になるのは仕方ありません。そこをやりくりするのが団体戦の見所でもあります。個人的には無理をしてほしくはありませんが、どうするかはまだわかりませんね」
「怪我というと、ジュンユウ選手もかなり危険ですよね?」
「…はい。これは非常に痛いと思います。キングの代役は存在しませんからね。マングラスもラングラスには勝ちましたが、上位進出はかなり難しいと言わざるを得ません。休憩中にどこまで回復できるかもポイントです」
「解説、ありがとうございました! では、ラングラス対ジングラス戦は、【十五分の休憩後】に始まります!! 両陣営がどう動くのか、ぜひお楽しみください!!」
この解説で興味深い言葉が出た。
今しがた試合を終えたばかりのラングラスであるが、次のジングラス戦まで十五分しかないというではないか。
これは言い間違いでも聞き間違いでもない。
この事情によって、ラングラスの控え室ではこんなやり取りがあった。
「次の試合、サナは棄権させる」
「ええええええええ!? 嘘だろう!?」
ベッドに横たえたサナを治療していたアンシュラオンが、はっきりと明言するとトットが悲鳴を上げた。
「なんで嘘をつく必要がある。お前はボロボロのサナに無理をさせろと言うのか? ああん?」
「い、いや、そうは言わないけどさ…あんたなら、すぐ治せるんじゃないのか?」
「相当酷い怪我だ。常人ならとっくに死んでいる。治せるには治せるが十五分では体力まで戻らないし、回復に必要な時間というものがある。ここが戦場ならそうするけど、試合ならば無理をすることはない。ジングラスにはキングはいないしな」
サナの怪我をわかりやすく言えば、大型トラックと正面衝突して吹き飛ばされ、その後に何台もの車に轢かれ、さらにその上から大量の鋭利な鉄材が降り注いだようなものだ。
幸いながら頭部と心臓だけは死守しているが、それ以外の箇所がボロボロである。
命気はそれ自体がエネルギーであり、急速回復も可能だ。大きな後遺症もなく治癒できることは強みである。
がしかし、十五分はあまりに短かった。
(これでもジュンユウの剣硬気が完全に発動していなかったからこそ、この程度で済んだんだ。使うのが初めてだったのだろう。技としてはまだ完成されていなかった。サナとの戦いで因子が覚醒したことで本能が刺激されたのだろうな)
試合で成長したのはサナだけではない。
ジュンユウも試合中に因子を覚醒させ、剣硬気を扱えるまでのレベルに至ったのだ。
それだけ激しい戦いだったのならば、回復にも相応の時間をかけるべきだろう。
「オレの目的は、サナに経験を積ませることだ。万全の体調でハングラスのキングと戦わせてやりたい」
「目的はラングラスの優勝じゃないのかよ!?」
「当然やるからには勝つことを目指している。が、現状では難しいだろうな。そもそもの問題として、この対戦順がおかしいんだ。昨年最下位だったチームが、先に他の三チームと戦う方式だぞ。消耗するに決まっている」
この地下では、弱い者がどんどん不利になるシステムが構築されている。公平に見せかけているが、実態は弱い者いじめになっているのだ。
よって、まずは最下位のラングラスが三連戦を強要されることになる。
対戦順は、昨年三位のマングラス、二位のジングラス、一位のハングラスとなっている。
それが終わったら今度はマングラスが二連戦を強要されるが、当然ながら休憩時間が短く、消耗が激しい状態では勝つことは難しくなる。
大会の仕様という名目で作為的に順位を動きにくくするわけだ。そうして長い間順位が固定されれば、一位のハングラスに人材や物資が集まることになり、さらに磐石になっていく。
一度一位になれば、それが揺らぐことは滅多にない。逆も然りだ。
「ちくしょう! 酷すぎるよな! なんだよ、そのシステム! 前からずっとおかしいと思っていたんだ!」
「弱いやつが悪いってことさ。文句があるなら勝てばいい。それだけだ」
「そうかもしれないけど…じゃあ、代わりにあんたが出るのか?」
「オレが? なんで?」
「だってさ、一回だけ選手の交代ってできるだろう? 予備選手ってやつだっけ?」
「ああ、そんなのあったな。連戦するチームに限って、一回だけ重傷者と交代ができるってシステムだな」
「そうそう。それを使えばいいんじゃないのか?」
「もう忘れたのか? オレはこの試合に出るつもりはない。それ以前にそんなことをしたら、サナがハングラス戦に出られないだろうが」
「そこは譲ってくれよおおおおおお!」
「ええい、うるさい! 嫌ならお前が出ろ!!」
「おいらは無理だよ!!」
「だったらおとなしくしていろ。使えないやつめ」
「レイオン、どうするんだよ? 次の試合は大将なしでいいのか?」
「…最初から頼るつもりはない。こいつらが来る前は、他のやつらはいてもいなくても同じだったんだ。何も変わらない」
「それだと順位も変わらないじゃないか…」
「どのみち最下位のラングラスでは、交代の許可も下りないさ。運営側が許可しないと何もできない仕様だ」
「なんだよそれ…ほんとひでぇよな」
「おっと、そうだった。サナの回復のために試合時間は引き延ばせよ」
「断る。俺には関係がない。お前が協力しないのに、俺に協力させるのはおかしいだろう」
「言われてみればそうだな。まあいい。それはカスオにやらせるさ。一時間もあれば回復には十分だろう」
「ええええ! またあれを見せられるのか!? 見ているほうがつらいよ!!」
こうしてサナ抜きでのジングラス戦が始まる。