※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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595話 「ジングラスの猛獣使い」

 

「さぁ、続きまして、ジングラス対ラングラス戦が始まります! イケダさん、またこの時期がやってまいりましたね!」

 

「ええ、毎年恒例ともいえるアレの時期ですね」

 

「我々にとっては毎年お馴染みの光景ですが、ついつい期待してしまうものです。言葉は不要。まずはじっくり見てみましょう!」

 

 

 

 いつもならば先鋒だけが呼ばれて入場するのだが、ジングラス戦は例外であった。

 

 会場の光が落とされ、入場口がライトアップされる。多くの観客が視線を向けると、もくもくと白い煙幕が上がった。

 

 その中に、ぬっと黒い大きな影が三つほど映り込む。

 

 人ではない。明らかにサイズが違う。

 

 その三メートル大の大きな存在が【三匹】姿を見せた瞬間、歓声が上がった。

 

 

 

―――ワァアアアアアアッ

 

 

 

 彼らが喜ぶのも当然だ。なぜならば、それは紛れもなく【魔獣】と呼ばれる存在であった。

 

 大きな頭部はワニに似ており、身体はゴリラのように筋肉質で毛むくじゃらといった、なんとも奇妙な姿をしている。

 

 最初に四本足で歩いていたそれは、突如立ち上がると大きな声を発した。

 

 

「ガオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 まるで周囲を威圧するように、大きな口の鋭い牙を見せ付ける。

 

 実際にかなり太い歯が並んでいるので、噛まれた人間などは簡単に引きちぎられてしまうに違いない。

 

 だが、すでに人々の目はそこにはなかった。

 

 彼らが次に見ていたのは、そんな魔獣に守られるように歩いていた一人の少女である。

 

 少女は視線が集まったのを見計らうとリングに上がり、胸を張った。

 

 

 

「今宵も血を求め、獣たちが立ち上がる!! 怖れよ!! 野獣の暴虐を!! 怯えろ!! 野生の咆哮を!! 漆黒と返り血に塗れた、わが業を称えよ!!」

 

 

 

 シュンッ バチンッ!

 

 少女は持っていた鞭をリングに叩きつけ、仰々しい動きで自分の存在をアピールする。

 

 身長は百五十センチにも満たない小柄で、声も高めでよく通る。それだけならば普通の少女の範疇だろう。

 

 ただし、仮面舞踏会で使われるマスク、いわゆるベネチアンマスクと呼ばれるものを付け、黒い全身鎧を着込んでいることが、彼女をなんとも奇妙で異様なものに仕立て上げていた。

 

 よくよく見れば、その鎧はどこか見覚えがある。

 

 

 プライリーラの鎧―――『暴風の戦乙女』に似ている。

 

 

 全体的に流線的で、女性が着て初めて魅力的に見えるデザインが特徴である。

 

 そして胸の部位には、しっかりと羽馬の紋章が刻まれていた。

 

 

「今一度、我らの力を見せてやろう! しかとその目に刻むがよい!」

 

 

 少女が手招きをすると、リングに一匹の魔獣、ワイルダーインパスが登場した。

 

 何か薬を打たれたのだろうか。やたら興奮している様子で、少女を睨み付けている。

 

 魔獣の鼻息が荒くなり、後ろ足でリングを数回叩くと同時に、一気に少女に向かって突進を開始。

 

 少女は真正面から見据えたまま動かない。

 

 ワイルダーインパスの突進は、身長が高いサリータでさえ吹っ飛ばすほどの威力がある。人間と魔獣は根本的に筋力が違うのだ。

 

 こんな小さな少女がまともに受ければ、それだけで全身骨折という惨状に見舞われるだろう。

 

 が、ワイルダーインパスが少女に激突する直前―――宙に浮かぶ。

 

 

「ブルルッ!?」

 

 

 ワイルダーインパスは何が起きたのか理解しないまま、くるくると空中を回転しながらリングの外に飛んでいった。

 

 そして、その場所にはさきほどの魔獣が待ち構えており、大きな口を開けて―――

 

 ガブッ!!

 

 噛み付いた。

 

 ワイルダーインパスも闘牛のごとく大きいが、その魔獣の口も同じように大きく、身体の半分を丸呑みするように咥えてしまう。

 

 さらにそこに他の二匹も群がり、牙を突き立て、強引に引きちぎる。

 

 ブチブチと筋肉が断裂する音だけを残し、一瞬にしてワイルダーインパスの姿が消えてしまった。彼らに喰われてしまったのだ。

 

 それを満足げに見つめた少女は、両手を広げて叫ぶ。

 

 

 

「ジングラスの力を見たか!! 我らに歯向かう者は、誰もがこうなると知れ!! 私は悪! 悪の華を咲かせる『アデェール・リーラ〈純潔の黒常盤〉』! 今宵も華麗に参上!!」

 

 

 

 

―――ワァアアアアアアッ

 

 

 

 

「出た出た! 今年も出たぞ!」

 

「いいぞー、もっとやれー!」

 

「これこれ、これを見ないと団体戦って感じがしないんだよなー!」

 

「ひゅー、 カッコイイ! アデェール・リーラァアアアアア!」

 

「俺たちのアイドルだああああ!! 結婚してくれーー!」

 

 

 

 解説席の言動からも、どうやら毎年恒例の『催し物』のようである。

 

 それを見ていたアンシュラオンも、即座にこれが「ショー」であることを理解する。

 

 

(初めて見たときから思っていたが、あれって完全に『プライリーラのコスプレ』だよな。鎧もワイルダーインパスを浮き上がらせるだけの力はあるから、それなりの術具なんだろうけど…所詮はそれだけだな。空を飛ぶだけの力はなさそうだ)

 

 

 まず、少女が名乗ったアデェール・リーラ〈純潔の黒常盤〉は、当然ながらブランシー・リーラ〈純潔の白常盤〉を真似たものである。

 

 あの鎧も色が白から黒になっただけでなく、明らかに本物と比べてチープ感が否めない造りだ。おそらくレプリカ(模造品)だろう。

 

 彼女の話し方自体においても、プライリーラの調子を真似たもの。本物に触れた人間には一目瞭然で偽者とわかる。

 

 せっかくなので久々に『情報公開』を使ってみよう。

 

 

―――――――――――――――――――――――

名前 :ソヨコ・スズキ

 

レベル:25/50

HP :345/345

BP :127/127

 

統率:C   体力: E

知力:E   精神: D

魔力:E   攻撃: F

魅力:C   防御: F

工作:E   命中: F

隠密:E   回避: F

 

【覚醒値】

戦士:0/0 剣士:0/0 術士:1/1

 

☆総合:第十階級 下扇級 術士

 

異名:アデェール・リーラ〈純潔の黒常盤〉

種族:人間

属性:夢

異能:地下アイドル、下級鞭捌き、若作り

―――――――――――――――――――――――

 

 

(うん、弱い。弱すぎる。しかもソヨコ・スズキって…パチもん感が半端ないな。だが、魔獣を操っているのは事実みたいだし、統率も少し高いな)

 

 

 彼女自身の個人能力は、はっきり言って弱い。サリータでも倒せる程度の相手なのは間違いないだろう。

 

 だが、彼女はあくまでジングラスのセコンドだ。実際に戦うわけではないのだから弱くても問題はない。

 

 重要なことは、彼女が『魔獣を操っている』事実である。

 

 

(アーブスラットも魔獣を操っていたが、特定のスキルを持っていたわけじゃなかった。となればプライリーラが『魔獣支配』スキルで委任したと考えるべきだな。あの子もプライリーラからの信頼が厚いってことか。…まあ、『若作り』だから何歳かは知らないけどね)

 

 

 プライリーラは、信頼が置けない相手に魔獣の管理は任せない。身内とも呼べるくらい親しい間柄の人間に限られる。

 

 ということは、ソヨコもまたプライリーラの身内といえる。

 

 ただし、ずっと地下にいるようなので地上の情報は知らず、プライリーラに起きたことを何も知らないことは、事前の対談で明らかになっていた。

 

 彼女はあくまで『地下アイドル』なのだ。地下にも癒しや希望が必要だということだろうが、それだけにすぎない。

 

 

(あの子は、どうでもいい。それよりは魔獣だな。さすがに地下に置いておくだけあって少しは強そうだが、あれくらいじゃサナには必要ない。この戦いは負け確定でいい)

 

 

 わざわざ地下で雑魚魔獣と戦わずとも、少し遠出すれば危険な魔獣が山ほどいる。

 

 あえてここで戦わせている目的は、貴重な対人戦を経験させるためだ。魔獣ならばいくらでも代わりが存在するため、無理にこだわることはない。

 

 大将のサナが棄権することが決まっていることからも、今回の団体戦としての勝負は負けが確定だ。

 

 だがしかし『罰』としてならば使える。

 

 

 

 

「では、選手入場です!! ジングラスからは、魔獣レプラゴッコ1号の登場だぁあああああああああ!!」

 

 

 

「ガオオオオオオオオッ!!」

 

 

 

 ドシドシと大きな足音を立てながら、レプラゴッコ1号がリングに上がる。

 

 人間とは体躯が明らかに違うため、生まれる影からして威圧感があった。

 

 

 

「ラングラスからは、一回戦で脅威の耐久力を見せた―――かぁあああああすぅうううううううぉおおおオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 ジングラスの先鋒は、一回戦と同じくカスオが登場する。

 

 装備もまったく同じ、あの赤い全身鎧である。

 

 

 

 

―――ワァアアアアアアアア!

 

 

 

 

 会場は、なんともいえない熱気に包まれる。

 

 地下アイドルによって盛り上がった空間に、今大会注目のラングラスから、これまた変な注目を浴びてしまったカスオが登場。

 

 この戦いがどうなるのか「薄々気づいていながら」、その興奮は隠しきれないようだ。

 

 マンネリ化していた団体戦に新しい刺激を与える。その目的は達成できていると思われる。

 

 

「両者前へ!!」

 

 

 ガシャガシャ、ドスドス

 

 両者が相まみえ、互いを見据える。

 

 そして試合開始のゴングが―――

 

 

 

「試合かい―――」

 

 

 

「ガオオオオオオオオッ!!」

 

 

 鳴る前にレプラゴッコがカスオに飛びかかった。

 

 最初に繰り出されたのは、その大きな腕を使ったフルスイング。

 

 身体部分は完全にゴリラなので、その一撃は強烈。

 

 ドゴンッ!! グシャッ!!

 

 拳が鎧にぶち当たると簡単にひしゃげ、内部にまで衝撃が伝わる。

 

 相変わらずカスオは無抵抗のまま受けてしまったため、大きく後方に吹っ飛ばされた。

 

 

「ごぼっ…ごぼぼ」

 

 

 吐血。

 

 鎧の隙間から血が流れる。

 

 

「反則行為! 減点!!」

 

 

 当然ながら、これは反則。レプラゴッコ1号にマイナス評価である。

 

 だが、そんなことは関係なしとばかりに魔獣は追撃を開始。

 

 カスオに近づくと、大きな足を使って何度も踏みつける。

 

 ゴンッゴンッ!! ゴンッ!!

 

 まるで丸太が真上から降ってきたような衝撃が、カスオに何度も叩きつけられる。

 

 そのたびにカスオの身体が揺れ、鎧も破壊されていく。

 

 

 

「今年も出たぞ!! これだよ、これ!」

 

「もっとやれーー!!」

 

「野生を解き放てーーーー!!」

 

 

 これに対して観客たちは大盛り上がりであった。

 

 どうやら魔獣がこうして暴れることを知っていたようだ。

 

 魔獣なのだから人間の命令なんて聞く必要はない。彼らが聞くのは飼い主の命令だけである。

 

 そういう意味も含めて、ソヨコもニヤリと笑いながら戦いを見つめていた。

 

 

「ふふふ。さあ、やっておしまい!」

 

 

 バチンッ!

 

 ソヨコが鞭を叩くと、レプラゴッコの攻撃はさらに過熱。

 

 両手でカスオを持ち上げ、そのままブレーンバスター。

 

 二倍以上の体格差があるため、軽々と持ち上げられて床に叩きつけられる。

 

 ドンッ! ぐしゃっ!

 

 この衝撃でカスオは骨盤を亀裂骨折。かなりのダメージを負う。

 

 しかし、攻撃はまだ終わらない。

 

 レプラゴッコは再びカスオ持ち上げ、身体を固定してからの脳天落とし。

 

 ゴギンッ!

 

 首に体重がかかったため、頚椎にダメージを受ける。これも重傷だ。

 

 それが何度か続けられ、鈍い音がリング上に響くたびに、観客から悲鳴のような歓声のような声が上がっていた。

 

 

 

(まさにプロレスだな、これは)

 

 

 アンシュラオンは、魔獣らしからぬ攻撃を見て確信する。

 

 通常の魔獣は、こんな攻撃をあまり仕掛けない。蛇が絡みつくのは見たことがあるが、投げ技を主体とした戦いを見るのは初めてだ。

 

 となれば、これは紛れもないプロレス。

 

 「殺さないために」あえて対人間用に教え込んだものに違いない。

 

 

(ジングラスは地下には力を入れていないんだな。上で権力があるほど地下には無関心なのだろう。まあ、これだけの魔獣を地下に送っているんだ。それなりに配慮をしているといえるけどね)

 

 

 最初のデモンストレーションを見てもわかるように、このジングラス戦はショーの性質が強い。

 

 ジングラスにとっては、魔獣という存在を見せ付けることが重要な要素であり、地下での覇権争いにはあまり興味がないのだろう。

 

 プライリーラが地上にいるため結束が強く、モラルも高いジングラス派閥は、そもそも地下送りになることは少ないのだ。

 

 ただ、ジングラスを頼ってきた者たちを守るために、最低限の戦力を用意しているあたり、プライリーラの人柄がうかがい知れるというものである。

 

 また、対戦する側も魔獣と本気で戦うつもりはなく、ある程度盛り上げたら終わるのが慣例だといえる。

 

 

「ガオオオオオッ!!」

 

 

 そして、ここで魔獣の必殺技が炸裂する。

 

 ブーーーンッ!!

 

 カスオを頭上に放り投げると、その大きな口を開き待ち構える。

 

 ワイルダーインパスを噛みちぎった時に使った強靭な歯が―――

 

 

 ガブウウウッ!!

 

 

 カスオの身体に突き刺さった。

 

 それはワニに噛み付かれた人間の光景。

 

 顎の筋肉が人間のそれとは圧倒的に違うため、一度噛み付いたものを逃がすことはない。

 

 

 ガブガブガブッ!!

 

 

 レプラゴッコは、さらに何度か噛み直す。

 

 もし犬や猫に噛まれた経験がある人なら、こう聞くだけでぞくっとするだろう。

 

 あの噛み直しは本当に恐ろしい。遠慮なく噛んでくるので強い痛みが伴う。

 

 

「ぎゃーーーー!! ぐえっ! ぎゃっーーーー!」

 

 

 カスオが泣き叫ぶ。

 

 薬物で身体が強化されているのだが、逆に投与しすぎた結果、感覚が鋭敏になっているらしい。

 

 だからこそ凄まじい恐怖に襲われ、極度のパニック状態に陥っていた。

 

 

「どうだ!! 我らが暴虐の牙を受けた感想は!! これぞ悪の力!! ジングラスの力だ!!!」

 

 

 ソヨコは「どうだ!」と言わんばかりにポーズを決め、周囲にアピールを続ける。

 

 どうやらプライリーラが「正義」を前面に押し出す一方、彼女は「悪」を題材にして対比を生み出しているようだ。

 

 だがしかし、彼女は知らない。

 

 本当の悪とは、もっと残酷であることを。

 

 

 

「さあ、降参するなら今のうちだ!! 泣き叫べ!! 敗北のコールを!!!」

 

「………」

 

「負けを認めたら、ここで終わりにしてやるぞ!!」

 

「………」

 

「何をしている? 怖くなったのか? だが、これは試合。ここで終わりにしてやってもいい」

 

「………」

 

「さあ、早く負けを認めるのだ!!」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「あの…聞えてる…かな?」

 

「え? オレに言ってるの?」

 

 

 ソヨコが話しかけているのは、アンシュラオンである。

 

 カスオはそれどころではないため、セコンドに向けて話しているのだろう。

 

 

「な、なんだ、聞えているではないか!! そうだ! 早くしないとそいつが食われるぞ!! いくら不死身とはいえ、食われたら戻れまい!! さっさと敗北を認めよ!!」

 

「あっ、おかまいなく」

 

「…え?」

 

「全然負けていないから大丈夫です。続けてください」

 

「いや…え? でもその…死ぬぞ!! 食われたら死ぬぞ! 痛いんだぞ!!」

 

「お心遣い、ありがとうございます」

 

「なぜかお礼を言われた!?」

 

「こっちは大丈夫なんで、どうぞ続けてください」

 

「ほ、本気で言っているのか!? あっちは大丈夫じゃなさそうだぞ!?」

 

「ははは、いやだなー。あれは演技ですよ。演技。あんなもの、まったく効いていませんから。ほら、遠慮なく続けてくださいよ」

 

「ぬぬぬぬっ、後悔しても知らないぞ!! レプラゴッコ! やっておしまい!!」

 

「ガオオオオオッ! ガブガブガブッ!」

 

「ぎゃーーーー! ぎゃっぎゃっ!? ぐあああああああ!」

 

 

 レプラゴッコが何度も噛み付く。そのたびにカスオが悲鳴を上げる。

 

 自分が食われるかもしれない恐怖もあり、その叫びは本気の本気だ。

 

 がしかし、アンシュラオンはただ黙って見ている。

 

 それも当然である。カスオに痛みを与えるのが目的なのだ。

 

 かつてアンシュラオンはカスオに言った。「逆らったら生きたまま魔獣に食わせる」と。それを有言実行しているにすぎない。

 

 それどころか注文までつける。

 

 

「おい、そこの魔獣。噛み方が足りないぞ。もっと本気で噛め」

 

「が、ガオッ!?」

 

「さっさと手足の一本くらい食えって言っているんだよ。ほら、早く噛みちぎれ」

 

「が、ガウウ?」

 

 

 レプラゴッコが、ちらりとソヨコを見つめて「どうしたらいいの?」と指示を仰いでいる。

 

 長年人間と接してきたせいだろうか。人間の言葉が多少わかるらしい。

 

 

「こ、こら! どうして負けを認めない! 死んじゃうんだぞ! 痛いんだぞ!」

 

「ありがとうございます」

 

「だからなんでお礼を言うの!?」

 

「はやくー! 早くやっちゃってよ!! ハイハイハイ!!」

 

「手拍子はやめろーーー!!」

 

「期待に応えてくれよ。なぁ、みんな? もっと先を見たいよな?」

 

 

 

―――ざわざわざわ

 

 

 

「なんだ、どうなってんだ?」

 

「『不死身の男』なんだぜ。あれくらいじゃ死なないってことだろうよ」

 

「それじゃ、もっとやらないといけないよな! うおお、もしかして人が食われるところを見られるのか!?」

 

「かもしれねぇな!! こりゃ楽しくなってきたぜ!」

 

「ジングラスの魔獣ってよ、ワイルダーインパスを食っちまうくらいだもんな。人間なんて簡単に食えるよな!!」

 

 

 アンシュラオンの煽りに観客が騒ぎ出した。

 

 しかも怖いもの見たさの視線を向け始める。人間とは残酷なものだ。特に無関係の人間ほどそういう傾向にある。

 

 

(ま、まずい…! これはまずい…!)

 

 

 その視線にソヨコは動揺を隠せない。

 

 いつもならばここで終わっているショーだ。魔獣に食われそうになって降参しない相手はいなかった。

 

 たいていの相手は負けを認めるか、食われないように立ち回って勝利を収めるものである。

 

 カスオのように無抵抗な存在など、このリングの上にはいなかったのだ。

 

 

「どうしたんだ? まだ試合は続いているぞ?」

 

「ううっ…」

 

「冷や汗が出ているようだが大丈夫か?」

 

「う、うるさい! 大丈夫よ!! こうなったら仕方ない…! か、噛み切ってやりなさい!! そ、そっちが悪いんだからね! 後悔しても遅いわよ!!」

 

 

 周囲の視線がある以上、ここで止めるわけにはいかない。

 

 ソヨコの命令によって、レプラゴッコがカスオの腕に噛み付き―――鎧ごと引きちぎる。

 

 

 ボゴッ ブチブチブチッ!!

 

 

 筋肉が断裂し、肉が骨から削ぎ落とされていく。

 

 人間が鳥もも肉を噛み切る光景に似ているだろうか。あれを想像するとわかりやすい。

 

 こうしたことは外の世界では当たり前にあるのだが、内部では滅多にお目にかかれないもの。観客の視線は釘付けだ。

 

 やはりジングラスの魔獣は怖い。噛まれたら危ないし食われる。

 

 誰もがそう思ったことだろう。

 

 しかしながら、対するレプラゴッコは表情を歪ませていた。

 

 魔獣を見慣れていない者たちにはわからないだろうが、アンシュラオンにはその「嫌悪感」がありありと見て取れる。

 

 

(まあ、そうだろうな。だってあいつ―――【草食】だし)

 

 

―――――――――――――――――――――――

名前  :レプラゴッコ〈草食鰐猿〉

 

レベル:35/40

HP :1040/1040

BP :350/350

 

統率:D   体力: C

知力:E   精神: E

魔力:E   攻撃: D

魅力:F   防御: D

工作:F   命中: F

隠密:F   回避: F

 

☆総合:第四級 根絶級魔獣

 

異名:草食系ワニ猿

種族:魔獣

属性:土

異能:噛み砕き、ドラミング威圧、草食系

―――――――――――――――――――――――

 

 

 階級は、ヤドイガニやハブスモーキーと同じく根絶級である。

 

 HPや体力がそこそこ高いため、見た目通りに体格を生かした戦いが得意なのだろう。

 

 

 だが、【草食】だ。

 

 

 いかにもワニっぽい顔で肉食かと思いきや、まさかの草食である。

 

 あの大きな歯は、彼らが主食としている大木の幹を噛み切るために使用されるものであって、生物に使うにしても外敵から身を守るものにすぎない。

 

 しかもスキル欄に『草食系』があるので、穏やかな性格だと思われる。

 

 本当なら血が口に入ることすら嫌なのだ。肉を食べることなどできるわけがない。

 

 

「―――オブッ!」

 

 

 だからこそ、吐き出す。

 

 カスオの腕から削ぎ落とされた肉が、べちゃっと床に落ちた。

 

 

「ああ、こら!! 吐き出すんじゃない!!」

 

 

 そうは言われても草食である。肉は胃の構造上消化できない。

 

 梅干を食べた人間かのように、口をすぼめて渋い顔である。

 

 

(もっと違う魔獣を派遣すればよかったのにな。でも、クラゲじゃ危ないし、ほかに選択肢がなかったのかもしれない。そんなに数多くの魔獣がいるわけでもなさそうだしね)

 

 

 ホスモルサルファだと脳みそがなさそうなので怖いし、ローダ・リザラヴァンでは強すぎて危ない。

 

 その点では、人に危害を加える可能性がないレプラゴッコのほうが使い勝手は良いのだろう。が、悪役に仕立てようとするには無理がある。

 

 ちなみにワイルダーインパスは食われたわけではなく、噛みちぎったあとに黒いゴミ袋に吐き捨てていた。室内を暗くしたのはそのためだ。

 

 当然アンシュラオンにはそれが見えたので、最初から肉食でないことは把握済みだ。(べつに肉食でもかまわないが)

 

 

「ほら、どうしたんだ? 早く食ってくれよ」

 

「うう…」

 

「しょうがないなー。食えなくてもいいけど、もっと痛めつけてよ。そうじゃないと意味がないしね」

 

「み、味方なのに!! なんでそんな!!」

 

「そんなことはどうでもいいだろう? 早く続きをしようよ」

 

「な、なんなの!? こいつら!! 頭おかしいって!」

 

 

 ジングラスは身内を大事にするため、アンシュラオンの言動が理解できないらしい。

 

 逆に理解できたら怖いので、そのままでいいと思われる。

 

 

「なんだ?」

 

「どうなった?」

 

「食べないのか?」

 

 

 この状況に周囲も違和感を感じ始めたので、それを利用してソヨコに圧力をかけてみる。

 

 

「そのままだと、お前たちの立場が危ういんじゃないのか? 強くて怖い魔獣じゃないと箔が付かないだろう?」

 

「ううう!!」

 

「プライリーラの信頼を失うぞ?」

 

「っ!! ぷ、プライリーラ様!! わ、私はあの人のためなら…!! や、やれ! やっておしまいなさい!!」

 

「ガ、ガオオ…ガオ(もう無理、きついっす)」

 

「泣き言なんて聞きたくないわ! 早くしなさい!」

 

「ガ、ガオオオオ!」

 

 

 ガブガブガブッ!!

 

 ぐっちゃぐっちゃっ、ブッチュブッチュッ!

 

 命令に背けないレプラゴッコは、致し方なくカスオを噛み砕いていく。

 

 しかしながら命気によって再生を繰り返すカスオは、死ねない。

 

 レプラゴッコが嫌々噛み砕いていることもあって、まるでガムを噛んでいるように永遠に口の中で咀嚼を繰り返すことになった。

 

 

 

 それから五十分あまり、これが続いた。

 

 

 

 

「試合終了! 勝者、レプラゴッコ1号選手!!!」

 

 

 

 

 こうしてカスオの負けが決定。

 

 

 

 

―――シィイィィイイインッ

 

 

 

 会場からは歓声も苦情も聴こえない。

 

 ただただ気まずい空気だけが充満していた。

 

 こんな謎の光景を見せられれば致し方ないことだ。イケダたちの総評も、ほぼあってないようなもので終わる。

 

 あくまでカスオへの制裁のためだけにあった戦いなので、それも仕方ない。

 

 

 そして中堅戦に話は飛ぶが、こちらはレイオンの勝利となった。

 

 

 ただでさえキングは強いのに、妙に殺気立ったレイオンにレプラゴッコ2号が戦いの最中に戦意を喪失してしまい、途中棄権の形となる。(キングに負ける、あるいは勝たせるのは通例なので問題はない)

 

 最終戦はサナの棄権により、二対一でジングラスの勝利が確定。

 

 ただし、勝者であったはずのジングラス陣営の顔色は非常に悪い。魔獣たちに大きなトラウマを与えてしまったからだ。

 

 アンシュラオンと関わると不幸になる説は、いまだ健在であることが立証されたのであった。

 

 

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