【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
刺激臭によって、サナはまったく動けない。
このままでは危険だと移動するも、行動を読んだように剛糸が張られており、動きを阻害してくる。
そこに銃撃。
セクトアンクは新しい短銃を取り出すと、離れた距離から攻撃を続ける。
サナは雷撃で防ぐも、力を使った瞬間には水流波の術符が発動。水浸しにされて雷気が外に逃げていく。
魔石のエネルギーも無尽蔵ではない。こうして少しずつ力を削がれていけば、そのうち燃料が枯渇して使えなくなる。
しかし、劣勢を覆すには力を使うしかなく、使えばこうして対策をしっかりと取られてしまう。
八方塞がりとは、まさにこのことであった。
「こ、これは!! 黒姫選手が手も足も出ません!! イケダさん、この状況はいったい!? 」
「さすがですね」
「その口ぶりですと、この展開を予想していたと!? たしか試合前はセクトアンク選手を推していましたね!!」
「ここまでの予測はしていませんが、薄々はこうなるのではないかと思っていました。なにせセクトアンク選手は、グランハム氏が指導を仰ぐほどの人物ですからね」
「グランハム!? まさかあの第一警備商隊の?」
「はい、あのグランハム氏です。彼がこの都市に来て間もない頃の話ですが、そうした現場を見かけたことがあるのです」
「で、では、セクトアンク選手はグランハム氏よりも強いと?」
「いえいえ、そんなことはありません。グランハム氏の実力は突出していました。総合的な武人としての実力では、間違いなくハングラスで一番だったはずです。ただし『護身術』という意味では、セクトアンク選手のほうが上です」
「護身術…ですか?」
「戦いの目的はそれぞれ違うでしょう。相手を倒すための技もたしかに重要です。しかし、多くの戦いは『防衛』を目的としているのです。失わないために戦っています」
「なるほど。グラス・ギースが城壁を張っているのも、外敵からの進入を拒むためのもの。リスクもありますから、よほどの理由がなければ他の場所に攻め込むことはしませんね」
「はい。私たちは日々魔獣に怯えています。それに対抗するための力を求めているのです。セクトアンク選手は、その道のプロフェッショナルといえるでしょう。ハンターの経験もあるそうですし、これが年季の違いというものです」
「もとより道具の扱いに優れているキングですからね。それも頷けます。ですが黒姫選手も、このままでは終わらないのではないでしょうか?」
「その通りです。そこはぜひ期待したいポイントです!」
「さあ、試合はどうなっていくのか!! ここから挽回なるか!!」
サナは完全にセクトアンクの術中にはまった。
普通の相手ならば、ここで終了となる。もう手の打ちようがない。
しかし、相手は魔人の寵愛を受けた少女。
魔石が―――激しく明滅
バチバチッ!! バババババババッ!!
いっそう激しい雷が放出され、あまりの出力でサナの身体が浮き上がる。
サナはまだ刺激臭によって目を開けられない。そんな状況ではない。
であればこれは、【魔石が自発的に行っている】のである。
そして、サナの身体を覆うように、うっすらと青い狼の姿が見えた。
―――「グルルルルルルルッ!!!」
バチバチッ! ドーーーーーーーンッ!!
青雷狼の出現と同時に、周囲に今まで以上の落雷が発生。
あまりのエネルギーの強さに、煙は一瞬にして消失し、剛糸も簡単に破砕していく。
それを観客席から見ていたマザー・エンジャミナは、ため息をつく。
(相性が良すぎるのも問題ね。私が施した『封印』を強引に捻じ伏せようとしているわ。そんな弱いものではないのだけれど…なんて力なのかしら。彼の思惑もわかるけど、これ以上追い込むのは危険ではないかしら?)
サナの魔石は、エンジャミナが迂回ルートを作って力を封じている状態にある。だからこそ暴走しないで運用が可能なのだ。
しかし、彼女と魔石との融合が強まってくれば、そこに境目がなくなっていく。
こうして防衛本能が刺激された場合、魔石自身が生き残るために力を捻出してしまう場合もあるのだ。
普通はこんなことは起きないのだが、注いだアンシュラオンの思念が強すぎるので仕方がない。
「…ふー、ふーーっ!」
とはいえリミッターが外れたのは、この一瞬だけだった。カーリスの封印術は伊達ではなかったようだ。
それでもサナの目には、さらに強い「獣性」が見て取れた。
非常に激しい攻撃本能が彼女を刺激しているのだ。
その証拠に、手には―――雷爪
爪は、魔獣や動物だけが持つ生まれ持った攻撃手段の一つであり、人間には無いものだ。
ぐぐぐっ バンッ!!
突進。
今までとは加速力が違う。本物のサンダーカジュミロンが走ったように、一瞬で間合いを詰める。
その途中には剛糸も張られていたが、獣化した彼女には関係ない。強引に引きちぎってしまう。
セクトアンクも銃撃を放つが、それも簡単に『雷迎撃』で破砕。
そこから雷爪一閃。
ズバッ!!
セクトアンクは回避するが、あまりの速さによけきれない。装束が破れ、爪は体内にまで侵入する。
バチーーーンッ!!
続けて雷の衝撃。
凝縮された雷は、もはや雷にして雷にあらず。それ以上の破壊力となって襲いかかる。
肉が焼け焦げ、噴き出す血液すら一瞬で蒸発させる。体内に雷を直接流すのだから凄まじい破壊力である。
常人ならこの段階で即死なので、セクトアンクはかなりのダメージを負ったと見るべきだろう。
人間とライオンが向かい合ったらどうなるか。
その答えがここにある。最初の爪の一撃で、ほぼ致命傷となってしまうのだ。
がしかし、それが【普通の人間】であったら、と注釈が必要だ。
「人は獣にあらず」
とてもとても珍しいことが起きた。
セクトアンクが、しゃべったのだ。
普段ほとんど口を開かない男が、サナを見て思わず言葉を紡いだ。
ただし、その言葉には畏怖や恐怖、感嘆の念はまるでなかった。ただ獣となった相手を下に見るだけの言葉だ。
セクトアンクが術式を発動。
床に大量に貼られた術符同士が共鳴し、一つの術式を生み出す。
それが完成したと同時に、大きな針が大量に出現。たとえるならば、直径五メートルくらいはある大きな【剣山】であろうか。
貼られていたのは下だけではない。上の天井部分にも貼られていた術符が発動し、大きな二つの剣山がサナの上下に出現。
―――結合
ガシャンッ!! ブスブスッ!!
「―――っ!?」
一本一本の針が、剣士が使う剣と同じ。
それが上下から押し潰すように迫ってくるのだから、なんとも恐ろしいものだ。
サナは咄嗟に身体を回転させ、雷爪で頭部と胸の部分に迫った針だけは切り裂いた。
が、全部に対応はできない。太ももにぶっすりと針が突き刺さってしまう。
「―――!!」
慌てて抜け出そうとするが、仕掛けられた罠はこれだけではない。
ブーーーンッ! ぐるぐるっ
セクトアンクが、先端にジュエルが付いた剛糸をいくつも投げつけてきた。
これが銃弾ならばたやすく爆散させられたが、単に身体に巻きつけるだけのものだったため、簡単に破壊することはできなかった。
ジジジジジッ
そして、糸を通じてサナの雷気がジュエルに吸収されていく。
あまりの出力の強さにいくつものジュエルが壊れていったが、それはもう何十何百といった数を投げつけてきたため、数によって脆さを補っていた。
「…ぐいぐい!! ぐいぐいっ!!」
逃げようとしても、剣山が足に突き刺さっているので逃げられない。
魔石からもどんどん雷が逃げていき、力が湧いてこない。
その姿は―――トラバサミに食いつかれた獣
それもそのはず。これは『
討滅級魔獣でも、一度引っかかれば十秒は動きが束縛される代物なのだから、人間がかかれば身動きなど取れないに決まっている。
しかも、黙って見ているハンターはいない。その間に攻撃を仕掛けて仕留めるためのものである。
「…ふー! ふーーー!!」
じたばた じたばた
もがけばもがくほど弱っていく。疲弊していく。抵抗する力がなくなっていく。
野生動物は強い。魔獣も強い。人間とは素の力が違う。
だがしかし、彼らによって星が制圧されたことが一度でもあっただろうか?
少なくとも人間が出現してからは、無い。ありえない。不可能だ。
なぜならば人間のほうが強いからだ。
人はその数と【知恵】と【道具】によって、自分たちよりも能力に優れた存在に打ち勝ってきたのである。
ただ真正面からぶつかるだけが戦いではない。闘争とは、正真正銘の【生存競争】である。生き残るためならば何だってやる。
それこそが何でもあり。
荒野の日常であり、強い者が弱い者を踏みにじる世界なのだ。
それが今、サナに襲いかかっているだけにすぎない。
(セクトアンク、よくぞここまでやってくれた!!)
アンシュラオンは、この光景を見て驚いていた。
サナが負けている現状は面白くないが、それ以上にセクトアンクの戦い方があまりに見事だったため、称賛の言葉しか出てこない。
もし自分がセクトアンクの立場だったならば、同じような戦術を取るだろう。
それと同じ、いや、それ以上のことをしているのだから、手放しで褒めるしかない。
(あの男には勝算があった。だからこそ、このルールを【提案】してきたんだ)
実は今回のルールは、アンシュラオンが提案したものではない。
対戦を受ける代わりにと、セクトアンク自身が言い出したことである。
普通に考えれば、魔石を完全解放したサナと戦うのは自殺行為だ。が、勝てないかといえばそうではない。
戦いに絶対はなく、その場の状況によって戦況は常に変化する。人類史においては、絶対に有利と言われていたほうが負けた戦いも数多くあるだろう。
それにこれは時間制限のある『試合』だ。【負けなければよい】のならば、いくらでも対策はある。
そのためにセクトアンクは、しっかりとサナを研究していた。
今までの試合をすべて見て特徴を把握し、レイオン戦では魔石の性質も理解した。
ジュンユウ戦も一時間以上前の出来事なので、サナの新しい動きを見ることもできた。これは極めて大きな収穫といえる。
試合順が後ろであることは、それだけ相手の手の内を見るチャンスに恵まれることを意味する。
(荒野で敵対する武人が出会えば、互いが死ぬまで戦いをやめない。自分の情報が漏れる危険性が思った以上に大きいからだ。こうして対策を練られると何もできなくなるからな)
どんな強者でも、対策を練られてしまえば不利となる。
しかも特性が何か一つに傾いている場合は、その傾向がさらに強くなるのは道理だろう。
物理攻撃が主体なら、物理を封じてしまえばいい。属性攻撃が強いのならば、耐性を整えてしまえばいい。
戦罪者たちがやられたことと同じだ。しっかりと準備すれば、圧倒的に差がない限りは対応できてしまうのだ。
アンシュラオンも陽禅公に最初に教わったのが、相手の裏をかくことであった。
自分は水系がもっとも得意だが、それだけにこだわらずに火も使えるし、雷神掌や風神掌といった多様な技も扱うようにしていることからも、いかに柔軟に対応する姿勢が重要かがわかるだろう。
(そして、それを可能にしているのは『ハングラスの物流』だ。あいつが使っているのは第一警備商隊のものと同じ道具で、どれもがグラス・ギースでは高級品だ。それを大量に『複数のポケット倉庫』にしまっているんだから、相当な金額になっているだろうな)
セクトアンクは、あらかじめ術式弾を装填した銃をいくつもポケット倉庫に入れ、使い捨てにすることで銃の連射を可能としていた。
これはアンシュラオンがサナに教えたものと同じだった。
頭の良い人間なら誰だって思いつくことだが、実際にそれをやられると脅威であることを再認識する。
これには莫大な財力が必要なのも重要な点である。ハングラスという物を扱う派閥だからこそ、これだけのものを平然と扱えるわけだ。
何でもありのルールならば、あらゆる道具を使っていいのならば、ジュエリストにだって対抗できる。それをセクトアンクは証明している。
ハングラスは―――強い
物がなければ戦いは始められない。物量は巨大な力である。
ソブカがゼイシル・ハングラスを高く評価しているのは、ハングラスの力をよく知っているからだろう。
また、ハングラス側にしても本気で戦う理由があった。
ここでサナを叩けば、ハングラスの力を周囲に認めさせることができる。地上が劣勢だからこそ、大金を注ぎ込む価値があるのだ。
そしてこの展開は、アンシュラオンが望むものでもあった。それがサナのためになるからだ。
(サナは確実に強くなっている。魔石という強力な武器を手にした今、ますます顕著になっていくだろう。でも、それだけじゃ駄目なんだ。今のままではすぐに限界がやってくる。だからこそのセクトアンクという駒だったが…期待以上だったよ)
サナが短期間で、ここまで強くなったことは素晴らしいことだ。
しかし、強くなればなるほど違う問題が生じてくるものである。
それは彼女の【戦い方】にあった。
(サナ、オレはお前に何を教えた? それを思い出せ。戦いとは何のためにあるのか。どんな力がもっとも優れているか、すでに伝えたはずだ。サナ、オレは信じる。お前の中にも『その輝き』があることを信じる。そのための『試練』なんだ。乗り越えてくれ!)
もがく。もがく。もがく。
罠にかかった獣が必死にあがく。噛み付く、引っ掻く。
だが、人間はそれ以上の力を使って獣の力を削いでくる。
牙を折り、爪を剥いで、足を縛り、首輪を付ける。
―――「アオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!」
魔石の中で、かつてサンダーカジュミロンであった『本能』が鳴いている。自由を奪われて叫んでいる。
その感情がサナに伝わってくる。漆黒の世界に共鳴していく。
「………」
サナと呼ばれている意識がある。
それは全体の中の一部であり、とても小さなものだ。
この黒い世界にいると自分がわからなくなる。知覚できず、何も聴こえない。
ただ、魔石を通じて強い感情が伝わってきたことで、彼女の中にも『怒り』が芽生える。
怒りは爆発する。呻き声となり、喚き声となり、暴力的な衝動となる。
されど、それによって現状は何も変わらなかった。
だから―――【考えて】みた
考える。
考えるという行為。
今までも考えたことはたくさんある。目の前で起こったことを見て、原因と結果を予測してきた。
だからこそアーブスラットを出し抜くこともできた。チンピラに勝つこともできたし、地下闘技場でも勝つことができた。
しかしながら、これは考えることとは少し違う。
計算機のように物事を計測したにすぎず、本当の意味で考えることとは違う。
思考とは、【自分を見つめなければ】生まれてこない。
自分という存在を知覚し、認識し、その比較対象として他者を見なければ、本当の意味で考えるとは言わないのだ。
ゆえに、考えた。
「―――?」
初めて、自分を見た。
黒髪で肌は浅黒く、まだ子供の自分。
鏡では見たことがある。【彼】の瞳を介して見たこともある。
しかしながら、自分自身で自分を見たことがなかった。
犬猫が、鏡に映った自分を他者だと誤認してしまうように、それが自分であるとは認識していなかった。
―――小さい
そう、思った。
なんて小さいのだろう。
周囲の観客たちのほうが、よほど大きいではないか。
もちろん大きさだけがすべてではない。小さい中にも力を感じる。
自分を愛してくれる人の、強い強い想いの力が宿っている。
この宝石に宿った力も、すべては【彼】が与えてくれたものだ。
それが通じない。
彼が与えてくれたものは、どれも他者を圧倒していた。
強引にごり押しても勝ててしまっていた。特に宝石が力を放ち始めてからは、その力をずっと利用していた。
でも、小さかった。
まだ自分は幼く、小さい。か細く、弱い。
こんな小さな自分が、大の大人のように戦うほうがおかしいのだ。
―――「考えるんだ」
【彼】の声がする。
―――「考えろ。生き延びるためにどうすればいいのか、常に考えろ。生き延びたら勝ちだ。守ったら勝ちだ。殺されなければ勝ちだ」
彼は自分を大切にしてくれる存在だ。
その彼がいつも言っていたことがある。
―――「死ぬな」
ああ、なんという率直で実直な言葉なのだろう。
シンプルでストレートで、これ以上はない【愛の言葉】だ。
そうだった。
サナという存在が戦うのは、けっして勝つことが目的ではない。
強くなる最大の目的は―――負けないこと
自分を守ることにあるのだ。
この瞬間、サナは自分を自分として理解した。
これによって世界がまた一つ輝きを増した。
視野が広がり、視界が明確になり、意識が鮮明になった。