※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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600話 「団体戦をぶち壊す者」

 

 リングの上では、サナが簀巻(すま)きにされて寝転がっている。

 

 当然死んではいない。神経毒が回って身動きが取れないだけだ。

 

 

「…ふぃ。はぁ…はぁ……」

 

 

 その傍らでセクトアンクが腰を下ろす。

 

 身体中は傷だらけ。左腕もだらりと垂れ下がり、脇腹はほとんど吹っ飛んでしまっている。

 

 それでも生きているのだから、武人の生命力というものは恐ろしい。

 

 セクトアンクは頭巾に手をかけると、そのままずらして素顔を現す。

 

 

「やれやれ、そろそろ引退かな」

 

 

 そこにいたのは初老の男。

 

 髪の毛こそこげ茶色ではあったが、顔には深いシワがいくつも刻まれている。

 

 才能がなくても知恵だけで戦い抜いた男の苦悩が垣間見えるようだ。

 

 

「この歳で若い子の相手はつらいな。それが才能豊かな子だとね」

 

 

 セクトアンクが、リングに上がってきたアンシュラオンを見て苦笑する。

 

 試合中はまったくしゃべらないことで有名な男だが、それは単に思考の海に埋没しているだけで、平時は普通に接しているらしい。

 

 

「それに勝ったんだ。あんたも強いさ」

 

「明日にはもう勝てないね。あまりに成長が早すぎる」

 

「かもしれないな。だが、結果は結果だ。実戦なら終わっていた。あんた、元ハンターか?」

 

「昔はね。ブルーハンターにも届かないレベルだったよ。才能がないからね」

 

「あんたがキングでよかった。手加減してくれたんだろう?」

 

「さあ? そんな余裕はなかったね」

 

「そういうことにしておくよ。怪我、治そうか?」

 

「お願いしよう。もう無理はできんよ」

 

 

 ジュンユウとは違い、セクトアンクはアンシュラオンの治療を受け入れた。

 

 戦い方にこだわりがない以上、こういうことにも遠慮しないのだろう。思っていたより清々しい男である。

 

 そんな男だからこそ、サナにとどめを刺さなかった。

 

 当人ははぐらかしていたが、最後に温情をかけたのは事実である。

 

 

(これだけの戦いだ。衝動で最後の詰めをしても無理はない。だが、この男は最後まで理性を保っていた。簡単にできることではないよ。そこはオレも見習わないとな)

 

 

 毒が回って動けないとはいえ、あのサナである。魔石の力が暴走すればどうなるかわからない。

 

 自己の安全を優先するのならば、とどめの一撃を加えておくべきだっただろう。

 

 それをしなかったのはこれが試合であることと同時に、自負があったからだ。

 

 言葉にはしづらい「長年の経験」というものが、セクトアンクを支えていた。

 

 

(心臓の位置が変わっている。肉体操作で動かしたのか。体内もいろいろと改造しているな。恐れ入る)

 

 

 命気で治療すると、相手の身体のことがよくわかる。

 

 セクトアンクは自分の欠点を知性と準備で補っていた。

 

 雷爪を耐えたことも偶然ではない。魔石の消耗度を冷静に観察し、一撃ならば耐えきれると判断したのだろう。

 

 だから『死んだふり』までしたのだ。

 

 心臓の位置を動かして致命傷を避けつつ、意図的に仮死状態を生み出した。

 

 擬態、偽装、なんと呼んでもかまわないが、猫に捕まったネズミが死んだふりをして油断させるのと同じである。

 

 これもサナの自我や知性の発達度を観察して、心臓を止める時間を決めていた。

 

 彼もあらゆる努力をして勝ち取った勝利なのだ。簡単に得たものではない。

 

 

 

「サナ、大丈夫か?」

 

 

 セクトアンクを治療しながら、アンシュラオンが剛糸を取り除いてサナを救出。

 

 彼女も身体中が傷だらけ。正真正銘のボロボロだ。

 

 すぐさま彼女にも命気を発動させ、毒を取り除く。

 

 やはり身体が頑丈なのか、あるいは魔石の力が彼女を癒すのか、それ以外で命に関わる大きな外傷はなかった。

 

 

「………」

 

「よくがんばったな」

 

「…ふるふる」

 

「今やれることは全部やった。その結果だ」

 

「…ふるふる」

 

 

 サナを労うが、下を俯いたまま顔を向けてくれない。

 

 ぽた ぽた

 

 見ると、目から涙が零れていた。

 

 表情はそこまで変わっているわけではなかったが、明らかに『感情』を表現していた。

 

 

 

―――悔しい

 

 

 

 彼女はそう言っている。

 

 言葉ではなく、心がそう響いている。

 

 

 

(―――サナ!!)

 

 

 

 その姿に心打たれ、思わず抱きしめた。

 

 妹に明らかな変化が生まれている。今までよりも強い感情の波が見て取れる。

 

 知性が生まれたことで感情にも刺激が与えられたのだろう。

 

 一般人と比べれば、たとえば感情を押し殺すタイプのセノアと比べても、まだまだ圧倒的に弱いものである。

 

 焚き火にする前の種火、それ以下のものかもしれない。

 

 されど、サナにとっては貴重で重要な一歩といえた。

 

 

「ごめんな。お兄ちゃんを許してくれ!」

 

「…ふるふる」

 

「勝たせてあげたかった。本当に…本当に勝たせてあげたかった! いつだって勝つために戦わせてやりたい!」

 

「…ふるふる」

 

「だが、これが戦いなんだ。いつだって思い通りになるわけじゃない」

 

「…ふるふる」

 

「サナ…サナ…! ごめんな…! ごめんな…!」

 

 

 サナ自身が己の感情に戸惑っているようで、首を横に振り続ける。

 

 兄との会話がまったく成立していないが、これもまた大きな変化だろう。

 

 ここでアンシュラオンは確信した。

 

 

 

(サナは―――【健全】だ!!)

 

 

 

 成人向けとの対比で『健全』が使われてしまう昨今、健全の意味が定義しづらいが、ここでは『正しい人間としての機能を備えている』という意味である。

 

 幼い子供の頃は誰だって不安定だ。自分を表現するのが難しいことも多い。

 

 場合によっては、自閉症やら精神疾患だと決め付ける大人もいるだろう。

 

 だがしかし才能ある者は、総じて子供の頃に正当な評価を受けていないものだ。

 

 ピカソ然り、天才は天才にしか理解できない。子供の頃の評価など意味はないし、まったくあてにはできないことは立証済みである。

 

 サナという巨大な器を満たすには、アンシュラオンという強大な力が必要なのだ。

 

 

 二人は出会う【宿命】にあった。

 

 

 ただそれだけのことである。

 

 そして、サナにとってこの地下での戦いは大きな意味があった。

 

 武人としての成長もそうだし、彼女自身の感情の発露にも大いに役立ったのだ。

 

 

 

 その後の試合結果は、いつもと同じ。

 

 

 中堅のレイオンは勝ったが、大将のカスオが負けて敗北。

 

 結果、ラングラスの【三連敗と最下位】が決定した。

 

 

「イケダさん、ラングラスにとっては残念な結果になってしまいましたね」

 

「そうですね。今年は期待が大きかった分、ショックも大きいでしょう」

 

「戦力不足だったのでしょうか?」

 

「難しい質問ですね。しかし、結果を見ればそうだったのかもしれません」

 

「カスオ選手が全敗でしたが、そこが誤算でしたか?」

 

「たしかに誤算でしたが、あの耐久力は脅威です。対戦カードを難しくさせるという意味では悪くなかったでしょう。私としては調整が間に合っていない印象も受けました」

 

「試合に出るのも初めてでしたしね。そこは無理もありませんか」

 

「そして、全敗したのは黒姫選手も同じです。相手が悪かったので単純に比べるわけにはいきませんがね」

 

「ずっとイケダさんがおっしゃっていたように、キングは強かった、ということですね」

 

「そういうことになります。キングの名は伊達ではありません。才能だけではなく努力と経験でもぎ取った勝利だといえるでしょう」

 

「さて、これでラングラスの最下位が決定してしまいましたので、見所は他派閥となります。これからの展望はどうでしょう?」

 

「やはりキング・ジュンユウ次第だと思われます。彼の怪我は相当酷かったものですから心配です」

 

「たしかに心配ですね。キングに万一のことがあれば、マングラスも例年通りの結果になりかねません。賭けのほうも低調になりそうですね」

 

「盛り上がるための要素が欲しいところです。それがなければ、このままハングラスの独走が予想されます」

 

「なるほど。マングラスの出方に注目ですね!! では、休憩が終わりましたら、マングラス対ジングラス戦が始まります! どうぞご期待ください!!」

 

 

 

 

 

 ラングラス控え室。

 

 

「ちくしょう、負けちまったじゃないかーーーー!! うう、おぇええ! おぇええええ!」

 

「おい、汚いだろうが。こんな場所で吐くなよ」

 

「だってよ! これじゃおいらたち、ずっと貧乏生活じゃないか!! それを考えると…おぇえええ!」

 

 

 全敗が決まり、あまりのショックでトットが嗚咽を漏らす。

 

 わずかな期待があったからこそ、失敗した時のダメージは大きいものだ。

 

 だが、何もしていないトットが言うことではない。

 

 

「まったく、何もしないくせに文句ばかり言いやがって。お前の評価は現状だとカスオ以下だぞ」

 

「そこまで酷くないだろう!?」

 

「カスオはそれなりに役立ったからな。まあ、それなりだけど」

 

「あいつ、ずっと寝てるけど…死んでるわけじゃないよな?」

 

「治療はしておいたぞ。サナほどまともに治療したわけじゃないから傷は残ったが…男だし、べつにかまわないだろう」

 

 

 カスオは適当に治療したため、引きちぎられた腕の箇所は治ったには治ったが、かなり目立つデコボコになってしまっている。

 

 それもまた彼にトラウマを与えるだろうから、すべて計算ずくだ。

 

 むしろ自分に逆らって、それくらいで済んだことを感謝してほしいくらいだ。

 

 

「ところでお前、この地下に残るつもりか?」

 

「そりゃ、おいらたちはここしか行き場がないからね。それとも、あんたが何とかしてくれるのか?」

 

「甘えるな。男のお前を養うつもりなんてない。だが、オレはここから出ていくぞ。もう用事は済んだからな」

 

「なんだよ! 掻き回すだけ掻き回してさ! 責任取れよ!」

 

「男に言われると気持ち悪いだけだな。ちなみにマザーとニーニアも連れていく予定になっている。他の子供たちとソーターさんたちもだ。弱い人たちを地下に残してはおけないしな」

 

「え? そうなのか!? どうやって出るんだよ!?」

 

「べつに普通に出ていくだけだぞ。そのへんは気にするな。もう根回しはしてある。だからお前はお前でがんばれよ」

 

「がんばれ…って? おいら、何をがんばるんだ?」

 

「がんばって地下で暮らしていけよ。お前ならやれる!! オレは信じているからな!! きっとたぶんおそらく、絶対に万に一でも独りでも生きていけるはずだ!!」

 

「…え? お、おいら…は? 地下? おいらだけ?」

 

「そうだ。お前は地下のままだ!!」

 

 

 アンシュラオンがマザー・エンジャミナを手に入れた以上、外に連れていくのは自然なことである。

 

 彼女がいればサナの魔石はもとより、スレイブ・ギアスの安定供給も可能となるのだ。これほど優れた人材はいない。

 

 が、彼女は子供たちを守るために地下にやってきた。彼らを置いていくわけにはいかない。

 

 よって、ニーニアの祖父であるソーターを含めて、世話になったグループのメンバーは全員外に送り届ける予定になっていた。

 

 すでに運営側であるハングラスへの根回しは終わっているので、安全が確保されている状況にある。

 

 これに関しては地上の情勢もかなり影響しているらしく、ソブカがゼイシルにコンタクトを取っていることも一つの要因といえる。

 

 ハングラスも物流を回すには資金が必要となる。アンシュラオンによって多大な負債を背負った彼らにとって、ソブカの資金力は魅力的だろう。

 

 表向きには「ホワイト」は死んだことになっているため、ここではラングラスとハングラスの関係で話が進んでいる。

 

 また、地下にとってもアンシュラオンは魅力的だが、かなり危うい存在ではあるため、無理にとどまってほしいとはいえない状況であった。

 

 そこに目を瞑ればハングラス側のメリットは大きい。

 

 今回セクトアンクがサナに勝ったことで、事実上の優位性を示すことにもつながり、彼らの面子も保たれた。

 

 商人気質の強いハングラスとはいえ、マフィアはマフィアだ。なめられたら終わりの世界で面子は重要である。

 

 べつに負けるつもりはなかったが、どちらに転んでも利益になるように調整したアンシュラオンは、さすがに小賢しいものである。

 

 

(問題は外に出てからだが…これもソブカに丸投げでいいか。ただ、あまりあいつに任せるのも不安だな。こっちは違う伝手で保護したほうがいいかもしれない。それはオレたちの今後にも関係することだけどな)

 

 

 グラス・ギースの情勢はすっかり変わってしまった。

 

 これから先は自分が表立って関わることは少なくなるだろうから、できるだけ距離を置きたいと考えている。

 

 そして、そのための【拠点】が必要なのも事実。

 

 ホテルが潰れた以上、新しい住処を見つけねばならない。それも次の課題であろうか。

 

 ただ、まずは外に出ることが重要だ。

 

 予定では、団体戦が終わる今夜にでも外に出る手筈となっている。

 

 今頃はマザーが中心となって、ラングラスエリアでは荷造りが行われているはずだ。

 

 ということで、トットは地下である。

 

 

「なんでだよおおおおおおおお!! おいらも連れてってくれよおおおおおお!」

 

「地下でやる気満々だったじゃないか。よかったな。ここにはゲイ仲間もいるぞ」

 

「そんなの欲しくないよおおおおおお!!」

 

「大丈夫だ。奥の連中はそのまま残しておくからさ」

 

「そっちのほうが危ないだろう!! 子供一人を残していくなんて、おかしいだろう!」

 

「ったく、うるさいやつだな」

 

「…先生はどうするんだ?」

 

 

 ここで話を聞いていたレイオンが重要な話題に触れる。

 

 外に出るのは悪いことではないが、なかなか複雑な問題がついて回るのだ。

 

 その最たる例が、地下に逃げ込んだバイラル・マングラス。

 

 マングラス本家の最後の生き残りであり、グマシカたちにも狙われている最重要人物の一人だ。

 

 

「もちろん連れていく。今回の一件で、すでに場所が割れてしまったからな。残るのは危険だろうさ」

 

「連れ出して身の安全は保障できるのか? やつらが来たらどうする?」

 

「オレがセイリュウごときに負けると思うか?」

 

「俺の前でよく言ってくれる」

 

「そこは認めろよ。セイリュウってやつの実力は知らないが、双子のほうと同じ程度だろう。その程度ならば守りながらでも問題はないさ」

 

「………」

 

「そうへこむなって。…しょうがないな。安心させてやるよ。オレだって無意味な戦いはしたくない。今動く理由があるんだよ」

 

「その根拠は何だ?」

 

「マングラスが今、動けないからだ」

 

「動けない? なぜだ?」

 

「正しくいえば、セイリュウたちは動けないんだ。だからその間に連れ出す」

 

「その理由を答えていないぞ。もしかして、お前がグマシカを叩きのめしたからか?」

 

「多少は関連があるかもしれないが、それとは別件だ。ちょっといろいろあったからな。あいつらも警戒して動けないようだぞ」

 

「警戒だと? また何かやらかしたのか?」

 

「今回ばかりはオレのせいじゃないよ。オレよりもっと怖い人のせいだな」

 

「お前より悪いやつがいるのか?」

 

「おいおい、オレなんてあの人と比べれば仏様みたいなもんだ。世の中には『人間の理屈』が通じない相手もいるってことさ。ああ、恐ろしい」

 

「よくわからんが、外には安全に出られるんだな?」

 

「そうだ。今すぐにも出られる」

 

「…そうか。それならばそちらのほうが…いいか」

 

「お前はどうする?」

 

「ミャンメイを助けるまでは外には出ないつもりだ。お前たちがマザーたちの面倒を見てくれるのならば話は早い。俺は地下でミャンメイを捜す。やつらの本拠地が地下にあるとわかった以上、まだそこにいると思っていいはずだ」

 

「だが、道は閉ざされた。あれはやつらにとっても想定外だったようだ。また戻すとは到底思えないな」

 

「そんなことはわかっている。しかし、地下に誰かいなければ、万一の場合に対応できないだろう。それに奥の連中だけを野放しにするわけにはいかない。ラングラス側に流れてくる弱者もいるだろうし、俺がいなければまた荒れる」

 

「わかった。お前がそこまで覚悟しているのならば何も言わないさ。オレは地上から捜索してみる。地下はお前に任せる。それでいいな?」

 

「ああ、頼む」

 

 

 ミャンメイのことなので、レイオンは素直に頭を下げた。

 

 もともとは面倒見の良い裏表のない男である。さまざまな不幸がなければ、兄妹そろって静かに暮らせていただろう。

 

 こうして団体戦を終えたアンシュラオンたちは、静かに地上に出られる―――

 

 

 

 

―――わけがない

 

 

 

 

 アンシュラオンたちが控え室でそんな会話をしている間、団体戦はとんでもないことになっていたのだ。

 

 リング上には、何かが大量に散乱している。

 

 一つ一つの大きさは、子供ががんばれば投げられるような庭石程度だが、それは石よりも遥かに生々しいものであった。

 

 

「―――っ!! …っ!!!」

 

 

 その光景を見ていたソヨコ・スズキは、半ばショック状態で声も出ない。

 

 無理もない。

 

 目の前で大切な魔獣が【バラバラ】にされれば、誰だってそうなる。

 

 そうである。

 

 

 ここで散乱しているものは、『かつてレプラゴッコ1号であったもの』だ。

 

 

 彼らの皮一枚にしても人間のものとは異なり、銃弾くらいならば簡単に弾いてしまう代物だ。

 

 筋繊維も人間とは違うので、普通の包丁で切ろうにも何度も刃こぼれするだろう。

 

 それがすべてバラバラにされてしまった。

 

 

 そして驚くべきことに、これをやったのは【一人の男】。

 

 

 

 

「なんだい。魔獣っていうからさ、もっと強いのかと思ったじゃんよ。素手で引きちぎれるなんて随分とやわいんだねぇ。カカッ!!」

 

 

 

 

 ライダースーツに身を包み、タバコを吹かした人物。

 

 彼はどこにいても誰と会っていても態度を変えない。

 

 荒野だろうがオフィスの一室だろうが、果ては一国の元首と面会中だろうが、いつだって自分を貫く。

 

 なぜならば、彼は【無頼者】。

 

 すべてが力だけで成り立つ世界で暮らしている無頼の男だからだ。

 

 

「さあ、どんどんこいよ。ウォーミングアップにはちょうどいいからさ。全部まとめてやっちまおうぜ」

 

「じょ、冗談じゃ…! なんなのこいつは!! そ、それに団体戦のルールじゃ、一回しか戦えないのよ!」

 

「ルール? ははっ、結局ルールなんてもんは強いやつが作るもんだろう? なら、問題はねぇよ」

 

「な、何を…! 審判! 試合は終わったわ! 早くそいつを下げてよ!」

 

「い、いえ…それが…」

 

「何をしているの!! それが仕事でしょう!!」

 

「ちょっとお待ちを…!!」

 

 

 慌ててレフェリーがリングを降りて、運営側の人間と話し込む。

 

 

「これはどうなっているのですか!? 彼が『キングの代理』なのはわかりますが、ルールは変えられませんよ」

 

「しかし、上からの命令なんだ。そのまま続けさせるしかない」

 

「上からって、ハングラス本家ですか?」

 

「いや…本家ではない。マングラスのほうだ」

 

「マングラス? 地上の?」

 

「そうだ」

 

「いくら上のマングラスだからって、ここは地下ですよ! こっちにはこっちのルールがあるはずです! 好き勝手させていたら示しが…」

 

「こっちだって好きでやっているわけじゃない! …かなり圧力がかかっているんだ。今、地上はマングラスが牛耳っている状況だ。こちらとしては迂闊に逆らえん」

 

「そんなこと―――」

 

 

 どうやら運営側も状況を理解していないようで、かなり困惑している様子が見て取れた。

 

 まずライダースーツの男、クロスライルがどうしてここにいるかといえば、彼が【ジュンユウの代理】だからだ。

 

 あれだけの激闘である。ジュンユウの回復は間に合わなかった。

 

 そこでマングラスは代理を申請しようとしたのだが、『上のマングラス』側から干渉があった。

 

 この上のマングラスとは、クロスライルの背後にいるワカマツたちのことである。

 

 すでに地上はマングラスの天下になっていることもあり、地下に対してそれなりの影響力があることは間違いないだろう。

 

 その証拠にクロスライルは、堂々と地下への扉を通ってやってきたのだ。

 

 ただしいくら資金があるとはいえ、一介の若頭程度に大会ルールを変える権限などはない。

 

 であれば、それだけの力が動いていることを意味する。

 

 

 

「【グマシカ様からの書状】があるんだ。従うしかない」

 

 

 

 グマシカ・マングラス。

 

 マングラスの長にして、領主すら超える都市の最高権力者である。

 

 そんな人物から圧力が加えられれば、ハングラスが牛耳る地下であっても屈するしかないのだ。

 

 

 よって、突然のルール変更が発表される。

 

 

「えー、大変申し訳ありませんが、これより先は【勝ち抜き戦】ということになります。お客様の皆様にはご不便をおかけいたしますが、どうかご了承ください」

 

「おいおい、なんだよそれは!!」

 

「どうなってんだ! そんなの聞いたことないぜ!!」

 

「ちゃんと説明しろよ!」

 

「いえ、その…こちらとしましても突然のことでありまして…」

 

「賭けはどうなるんだよ!?」

 

「そちらも急ぎ対応させていただきますので…」

 

「カカッ!! どうやら揉めてんな。面倒くさいからよ、そこんとこスッキリさせようぜ。なに、簡単な話さ」

 

 

 ドンッ

 

 その話を聞いていたクロスライルが、リングの上にアタッシュケースを置いた。

 

 ドンドンドンッ ドンドンドンッ

 

 さらにそれを積み重ね、計十個のケースが置かれることになった。

 

 

 

「ここに十億ある。オレに勝てたら全部くれてやるよ」

 

 

 

 一個一億のケースで、十億円である。

 

 クロスライルがワカマツからもらった前金の額は十五億なので、そこから五億引いた額だ。

 

 さりげなく五億は確保しておく点が抜け目ないが、デアンカ・ギースの懸賞金が三億だと考えれば、四大悪獣三匹分以上という破格の額となる。

 

 これを考えるとデアンカ・ギースの懸賞金が安く思えるが、あれはあくまで全世界に支部があるハローワークが決めた額にすぎない。

 

 全世界規模で見れば、軍隊を動員すれば倒せないこともない魔獣のため、それくらいが妥当という意味である。

 

 それよりは悪獣を倒した名声のほうが大きいだろう。タレントが売れれば数多くのCMで儲かるのと同じで、そちらのほうがメリットが大きいはずだ。

 

 と、話は逸れたが、十億は大金だ。

 

 それが地下ともなれば、価値はぐっと上がる。

 

 だが、これは単に額だけの問題ではなかった。

 

 

「オレはあんたらのことはよく知らねぇが、地下送りってこたぁ、それなりのことをやってきたんだろう? おたくらのプライドってやつを見せてくれよ。オレはたった独りでいい。【外からきた敵】を全員で打ち負かしてみな」

 

 

 クロスライルは口端を上げ、ニヒルに『嗤った』。

 

 彼が地上、それも外から来た人間であることは、ここにいる者たちならばすぐにわかる。

 

 明らかに空気が違う。都市に対する愛情も感じない。

 

 この男は意図的にそれを強調することで【挑発】しているのだ。

 

 煽っている。けしかけている。焚きつけている。

 

 

 舐め腐って―――いる!!!

 

 

 

 ドスンッ ドスンッ!!

 

 

 

 その挑発に乗ったのは、意外にもレプラゴッコ二号であった。

 

 普段は争いを好まない彼らであるも、身内がやられたら黙っている種族ではない。

 

 目には、強い強い怒りの感情が宿っていた。

 

 

「ま、待ちなさい!! こら、言うことを聞け!!」

 

 

 ソヨコが必死に止めるも、怒りが勝ったのだろう。

 

 レプラゴッコがクロスライルに向かっていく!!

 

 

「はっ、いいねぇ。ここじゃ魔獣のほうが気概があるってか? 荒れた北部の都市らしくなってきたじゃねぇか」

 

「ガオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 レプラゴッコが突進。

 

 その勢いは、今まで見せたものより数段上の速度であった。

 

 やはり彼らは手加減していたのだ。人間に合わせて試合用に調整されていたことがうかがえる。

 

 だからこれは、人間を遥かに凌駕する本気の魔獣の力。

 

 

 ドンッ がしっ!

 

 

 それを―――片手で受け止める

 

 

 しっかりと床を噛み締めた足。膨れ上がった右腕。

 

 たったそれだけのことで、三メートル近い大きさのレプラゴッコの動きが止まってしまう。

 

 

「おたく、けっこう毛深いね。これ、ちゃんと洗ってんのか? 汚くないよな? 寄生虫とかいないよな?」

 

「っ!! っ!?!」

 

「どうした。その大きな口は飾りかい?」

 

「ガオオオオオオッ!!」

 

 

 レプラゴッコが口を開き、自慢の牙でクロスライルに襲いかかる!

 

 クロスライルはさすがに頭から食われるのは嫌だったので、代わりに左腕を突き出した。

 

 ガブッ!

 

 巨木の幹さえ噛みちぎる一撃だ。

 

 本気で噛まれれば腕くらいもっていかれるのは、カスオで実験済みだ。

 

 が、もはや言うまでもないだろう。

 

 ガブガブッ ガジガジッ

 

 何度噛んでもクロスライルの表情は変わらなかった。

 

 

「顎の力が足りんねぇ。今からそんなんじゃ老後に苦労するぜ。まっ、もう食べることもないだろうがな」

 

 

 噛まれても『無傷』であった左手が、ひときわ大きい犬歯をがしっと握り締め―――引っこ抜く!!

 

 

 メキメキィッ バキンッ

 

 

「ギャオオオオオオオッ!!?!!??」

 

 

 歯医者で歯を抜く音を覚えているだろうか?

 

 あのときと同じく嫌な音がして、強引に歯がへし折られる。

 

 

「虫歯がないか調べてやるよ」

 

 

 さらにクロスライルは開いた口に足をかけ、手を使って口を開かせていく。

 

 ぐぐぐぐぐっ

 

 レプラゴッコはまったく抵抗ができない。力づくで無理やり口が開かされていく。

 

 ワニという存在は、噛む力が極めて強い。人間だってそうだ。本気で噛めば、相手の肉を引きちぎることくらいできる。

 

 ゆえに、それだけ強い力を力づくで開かせるのは極めて難しい。

 

 それには普通の何倍、何十倍もの力が必要になるのだ。

 

 つまりこの段階で、クロスライルの腕力がレプラゴッコの噛む力、咬合力(こうごうりょく)を何倍も上回っていることを意味する。

 

 レプラゴッコの口が九十度に開き、クロスライルが中を覗く。

 

 

「うーん、虫歯はないようだが…魔獣の口の中を見ても楽しくねえな」

 

 

 もう飽きたのだろう。

 

 

 ぐぐぐっと、そのまま力を込めて―――ゴキンッ

 

 

 顎の関節を外す。

 

 

「ガッッッッ!?!? ガッッ!!」

 

 

 レプラゴッコは開いた口を上を向けたまま、身動きが取れない。

 

 彼らにとって大きな口は命と同じく大切なものだ。顎が外れたまま動けなくなって死んでしまう個体さえいるほどである。

 

 ただ、それはあくまで事故であり、意図的にそんなことをする者はそうそういない。

 

 人間という凶悪な存在を除いては。

 

 

「じゃ、さようなら」

 

 

 クロスライルは、開いた口の中に発気。

 

 掌から発射された戦気弾が、レプラゴッコの口から体内を貫き、直後爆発。

 

 

 ドーーーーンッ バラバラッ

 

 

 一号と同じく二号もバラバラになってリング上に散乱。

 

 クロスライルに血肉が降りかかるも、発せられた戦気によって蒸発していくので綺麗なままであることも憎らしい。

 

 

「オレだって無慈悲じゃない。お前も仲良く送ってやるよ」

 

 

 そして、怒りと恐怖で動きが止まっていたレプラゴッコ三号に近寄ると、貫手。

 

 覇王技、羅刹。

 

 

 ブスッ!! バンッ!

 

 

 高速の貫手が胸を貫き、心臓を破壊。

 

 あまりの威力に胸に大きな穴があいた。

 

 続いて手刀。

 

 

 ブゥンンッ ズバッ!

 

 

 生み出された戦刃が二メートルほど伸び、三号の首を刎ね飛ばす。

 

 びくんびくんと残された身体が痙攣したのは、ほんの数秒。

 

 

 ぶしゃーーーーっ

 

 

 大量の濁った血が首から噴出し、身体が床に倒れて絶命した。

 

 

「飼い慣らされた魔獣は弱いね。荒野の連中のほうが活きがよかったぜ。そこは天然もののほうがいいってことかねぇ」

 

 

 新しく出したタバコを吹かしながら、クロスライルはつまらなそうに一瞥。

 

 たしかにレプラゴッコは、そこまで強力な魔獣とはいえない。

 

 いえないのだが、これだけ体力に優れた魔獣を、まったく無傷で危なげなく瞬殺することは普通の武人ではできない。

 

 それこそ超一流の武人でなければ不可能であった。

 

 

「あ、ああぁぁ……こ、こんな……こと……ぁぁぁあ…!! わ、私の……ぷ、プライリーラ様から与えられた…子供たちが……ぁああ…!! なんてこと…!!」

 

 

 大切な魔獣が惨殺され、ショックを隠せないソヨコが崩れ落ちる。

 

 サナにアイドルとしての資質の差を見せ付けられた直後に魔獣まで失う。

 

 あまりの悲劇に、まさにかける言葉が見当たらない。

 

 

 地下闘技場に、一番来てはいけない人物が現れた。

 

 

 その男は、とてもアンシュラオンに似ていた。

 

 もしアンシュラオンが独りで生きていたら、こうなっていただろうという良い見本でもある。

 

 そんな男が来れば、破壊と殺戮しか起こらないのは当然であろう。

 

 

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