【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
アンシュラオンが急所を抉られ、大ダメージを負う。
これは下界に来てから初めてのことであり、実現させたクロスライルを褒めるべきだろう。
まさに意地。
異邦人として知らない惑星に降り立ち、あらゆるものを犠牲にしてまで生きていかねばならなかった者の矜持である。
(あと、ひと押し! 完全に殺す!!)
クロスライルは甘い男ではない。
相手を殺すときは完全に殺しきるのが荒野の鉄則だ。
アンシュラオンはダメージを負っているので簡単には動けない。
圧倒的に有利な瞬間を見過ごすことなく、アグニスに力を込めるが―――
ズザザザザザッ!!
アンシュラオンを中心にして、床から鋭利な『ツララ』が大量に発生。
「ちっ!!」
クロスライルは跳躍してかわすも、それを見越していたようにツララが曲がって、足を突き刺す。
攻撃に転じていて防御の戦気も薄くなっていたため、一本一本が軽々と貫通する威力を持っていた。
このままでは串刺し確定。
銃撃でツララを破壊しながら距離を取るしかなかった。
当然ながらこれは、アンシュラオンが事前に床に仕込んだ仕掛けである。
銃弾を防御した時から、相手が必殺の間合いに入ったら起動するようにしていたのだ。
技自体は、以前リンダに使った水槍凍穴を大量に発生させる因子レベル4の
(さすがに一気にやらせてはくれんかよ! だが、このダメージならまだチャンスは…)
最後の詰めは防がれたが、致命傷は与えたはずである。
いくら技量に差があるとはいえ、もう一度くらいチャンスはあるだろう。
と、考えてしまうのも仕方ないが、この超人にこれだけの時間を与えてしまうと―――
「クククッ…あははははははははっ!!!」
ブチュウウウウッ ジュウウウッ
少年の身体から大量の『水』が溢れると同時に、傷が急速に塞がっていく。
その光景は、3Dプリンターの造形動画を数百倍速で再生したものに似ていた。
砕けた骨がくっつき、血管や神経、筋肉や皮膚が再生を始めて一秒も経たずに元通りの身体になった。
元に戻らないといえば、服くらいだろう。胸元は破れ、美しい白い肌が露わになっているので夢ではない。
いつもサナにばかり使っている命気だが、もともとはアンシュラオンが自分のために生成したものである。
ということはサナ以上に吸収率が高く、より強い効果を得られるのは当たり前のことといえる。
これも事前に身体の中を命気で満たしていたため発動も素早く、クロスライルが何もできないまま完全回復。
そして、叫ぶ。
「あーーーー!! 久々に―――きもちいいいいいい!!」
身体が生まれ変わる瞬間は、いつだって気持ちいいものだ。
風呂に入って垢すりをして、身体中の汚れを落とせば誰でもさっぱりするだろう。
出来たばかりの身体は少しばかり『むず痒い』のが難点であるも、じんわりと残った『痛み』が実に良いスパイスになっている。
「いいぞ、いいぞ!! クロスライル!! オレに痛みを与えてくれたな!! 適度は痛みは、とても気持ちいい!! ふーー、ふーーー!! ははははははははははっ!! 悶えるぅうううううう!! こそばゆいいいいい!!」
急所である胸を破壊されて喜ぶ人間が、いったいどこにいるのか?
ここに―――いた!!!
パンパンと身体を叩き、再生された身体の感触を確かめる少年の顔は、満面の笑みではないか!!!
喜んでいる。楽しんでいる。感謝さえしている。
なかなか自分を破壊するほどの相手はいないため、身体の再生など久しぶりである。
誰かが遊びに来ることが決まって、先延ばしにしていた大掃除を敢行したら思ったより爽快だったような気分だ。
これにはクロスライルの顔も歪む。
いつも余裕の顔を崩さない彼にしては、極めて珍しい表情である。
「もしかして『所有者』なのか? あんたも石を…」
「石? 何の話だ? 命気による回復じゃないか。ただの技だよ」
「これが…か? この回復力はJBのやつと変わらないぜ!? いや、オレの一撃なら石だって破損させられるはずなのに!! これが単なる技だってのかよ!!」
「オレを殺したいなら、これと同じ攻撃を二千回以上叩き込め。それなら少しは死にそうになるかもな」
「冗談だろう!?」
「本気だよ。駆け引きでもなんでもない事実だ。お前ほどの武人ならば理解できるだろう? これが嘘じゃないってな。ほれ、命気なんていくらでも出せるぞ」
そう言って、命気を使って猫を作ってみる。
この世界ではあまり見かけない普通の猫だが、元日本人にとっては馴染みのある愛らしい造形だ。
「マジで…ただの命気かよ」
「下の世界では命気は珍しいのか?」
「いや、うちの組織にも最上位属性を使えるやつはいる。いるが…次元が違う。本当に同じ技なのかと疑うぜ。こんなにすぐ再生はできないはずだ」
「単に修行不足だな。よくそれで生きていけるもんだ。こんなの毎日使っていれば慣れるだろうに」
「そう簡単に使えないから最上位なんだぜ」
「そういうものか? オレにとっては必需品だけどな」
ただ命気を生み出すだけでも伝説級と言われるのに、それを自在に操る。
あらかじめ細胞内に充満させておけば、今のように一瞬で再生も可能となるのだが、それはごくごく一部の人間にだけ許された特権である。
あまりの力の差に、さすがのクロスライルも動揺を隠せない。
「…オレは…オレは…!! 生き残るために闘ってきた!! 殺してきた!! どうしてあんたはそこまで上回れる!! 何が違う!! あんたとオレの何が違う!」
「さてな。人の魂が永遠に上昇し続ける宿命にあるのならば、歩んだ道のりが少しばかり違っただけだろうさ」
「これが少しかよ!!」
「少しさ。本当にたった少しの違いだよ。逆にいえば、それだけ宇宙は広いのさ」
自分とクロスライルの違いは宇宙から見れば、ほんの一ミリ程度のものだろう。
しかし、天体望遠鏡で見える一ミリの溝が、近づいてみれば数万キロに及ぶように、それは果てしない差であるともいえる。
そして、その一ミリを埋めようと努力する人間を、アンシュラオンはけっして馬鹿にしたりしない。
「見事だよ、クロスライル。本当に見事だ。よくぞここまで鍛えた。お前がいかに独りで努力し、叫び、憎しみ、あがき、悶え、欲してきたかがよくわかる闘い方だ。同じ転生者だからこそ、どれだけの死闘を経験してきたかなんて、見ればすぐにわかる。お前の傷が、血が、痛みが、すべて力になっているんだ。その力は誇るべきものだ」
クロスライルの身体は、傷だらけだ。
賢者の石といった『偽りの力』に頼らず、ひたすら自身を鍛え、時にはファルネシオの軍門にも下り、ただただ独りで闘ってきた。
生き残るために。闘争本能を満たすために。
それがどれだけの苦労か、同じ異邦人の自分にはわかる。
たった独りで言葉も文化も違う異国に放り出されるようなものだ。
いくら自分が望んだこととはいえ、この荒野で生きていくのはつらかっただろう。
ただし、同じくアンシュラオンも苦労してきたが、クロスライルとは決定的に違うことが一つだけあった。
アンシュラオンは、【独り】ではなかったのだ。
「オレはお前と違って寂しがり屋でな。独りで生きてきたわけじゃない。その点はお前のほうが自立しているといえる。心から尊敬するよ。だが、だからこそ『比較』ができた。独りは強いが、独りの限界があることをオレは知っているんだ」
独りで何でもできることは素晴らしいことだ。誰にも頼らずに生きていければ、そのほうがいいに決まっている。
されど、神は【家族】というものを作った。他者を生み出した。
その理由は簡単だ。
自分に足りない要素を必ず家族は持っている。良い面を見習い、悪い面を反面教師とするためである。
独りでは、それができない。弱点を知ることも長所を知ることもできなくなる。
クロスライルは無頼者として生きることで強くなったが、逆にそうだからこそ自ら限界を生み出してしまったのだ。
それに気づいたアーブスラットは、プライリーラという弱点をあえて背負った。
たしかに能力的にクロスライルはアーブスラットを超えているが、人生としての深みは老執事のほうが上であり、同様に充実もしているだろう。
どうせいつか死ぬのならば、人生は豊かであったほうがいいに決まっている。
どちらが本当の勝ち組かは、言うまでもないだろう。
「お前の中には【渇き】がある。それこそが強さの源泉でありながらも、永遠に満たされない欲求となって自身を苦しめている。お前が強者を求めるのは『負けたい』からだ。自分ではもう止まれないんだ。麻薬中毒者と同じさ。闘争は麻薬みたいなものだからな」
「…そうだ!! それくらいわかっている! だからあんたみたいなやつを探していた!! とんでもない化け物をな!」
「あまり買いかぶるなよ。お前はオレの強さに驚いているようだが、これでもオレは【最弱】だぞ」
「おいおい、それはさすがに悪い冗談だろう?」
「それが冗談でないから困るのさ。特に肉体能力では魔獣込みで、あの山の生態系では下から数えたほうが早かったからな。ほんと、いつもいじめられていたんだ。『本物の化け物』たちに毎日殴られてさ。あの人たち、笑いながらボコボコにするんだぜ? やばいだろう、そんなやつら。何が楽しいのかわからないよ。そんなこったで闘うのが嫌で嫌で逃げ回っていたから、逃げ足の速さだけは自慢できるようになったよ」
「あんたが…ボコボコ? 逃げ回っていた?」
「そうだ。腕も折られて足も砕かれて、腹や内臓が吹っ飛ぶなんて日常茶飯事だ。顔の形が変わることなんて当たり前。頭部が潰されても誰も助けてくれないからな。しょうがないから、いつしか自分で治す癖がついちまったんだ…。そんなことがあった次の日も、また笑顔で殴りかかってくるんだぜ? あの人たちの人間性を疑うね」
「…いじめのレベルが違いすぎて笑えねぇ」
「うっ、思い出しただけで吐き気がする……トラウマだよ、まったく。他人の痛みがわからないやつってのは怖いよな。ああはなりたくないよ」
アンシュラオンに人間性を疑われるとは、ガチでやばいやつらといえる。
その話は置いておくとしても、姉、ゼブラエス、陽禅公の三人組の中でアンシュラオンが最弱なのは事実である。しかも相当の差を広げられての最下位だ。
肉体能力も下界では化け物に見えても、最低HPが五万を超える撃滅級魔獣がうようよいる火怨山においては、自分よりも硬い相手など山ほどいる。
忘れてはいけないのが、この都市で怖れられている四大悪獣など所詮、第二階級の殲滅級でしかないことだ。
その上に鎮座する火怨山の撃滅級魔獣がやってくれば、彼らなど捕食対象にすぎない【雑魚】と化す。
魔獣同士でさえこれである。【人類最強三人組】たちに毎日フルボッコにされていたアンシュラオンが勘違いなど起こすわけがない。
もしうっかり「今日は体調がいいなー」などと言ってしまった日には、姉が「それなら私とたっぷり遊びましょうねぇええええ!」と襲いかかってくるし、ゼブラエスは「じゃあ、今日は本気出していいよな?」とか言ってくる。
当然、半殺し。
場合によっては本当に死ぬんじゃないかと思ったことも百回や二百回では済まない。
彼らは最高位の神狼級の武人でもあるので、一週間くらいは普通にぶっ通しで殺しにやってくるのだ。その恐怖は確実に刻み込まれている。
そんな環境で肉体能力を自慢したことなど一度もない。するわけがない。
であれば、【アンシュラオンの強み】とは何だろうか。
「今度はこちらからいくぞ」
「っ!!」
アンシュラオンがクロスライルに急接近。
その速度も鋭いが、もっと鋭いのは―――
ゴンッ メキッ!!!
「ぶはっ…!」
鋭く抉るような一撃が、クロスライルの脇腹に叩き込まれる。
それで重心が崩れたところに、反対側の脇腹に拳が炸裂。
ドゴンッ メィイイッ!
骨が悲鳴を上げて泣き叫ぶ。
これで折れなかったのはクロスライルの肉体が強いのと、最低限の防御態勢を取ったからだ。
だが、これはほんの挨拶程度。ここからアンシュラオンの体術が唸る。
クロスライルの顎、鎖骨、胸、鳩尾、下腹部、膝、足首。
そういった人間の急所に向かって、次々と拳や蹴りが叩き込まれる。
クロスライルは防御で手一杯。
否、すぐに防御すら間に合わなくなっていき、打撃痕が刻まれていく。
(質が変わった!!)
明らかにアンシュラオンの攻撃の質が変わった。
今までも殺しにいく本当の攻撃だったが、今はそこに「相手の弱点を狙って」が加わっている。
簡単にいえばこれまでの攻撃は、「相手が防ぎやすい場所」を意図的に狙ったものだった。
たとえるならば、ボクサーがボクシングのルールに則って拳を放つのと同じだ。
されど殺し合いならばルールは存在しない。相手を殺すためにどこでも狙うし、どんな角度から何をやっても許される。
戦いにおいては普通のことなのだが、アンシュラオンがこれをやり始めると、まずいのだ。
ただでさえ対応するのが難しい速度なのに、フェイントまで交えれば―――
ズブッ
視線のフェイントに引っかかったクロスライルの鳩尾に、貫手が突き刺さる。
腹を庇おうと防御を下げれば、即座に目を抉りにやってくる。
首を捻ってかわすものの、すでに攻撃目標は変わっており軌道が変化。
今度は無防備な首を狙って手刀が叩き込まれる。
こちらも戦刃を使っているので、首を刎ね飛ばすつもりだ。
クロスライルは必死に回避。
ヴァルナークで凍気を発動させ、手刀の動きを少しばかり遅らせたが、完全にはよけきれずに頚動脈を切り裂かれる。
優れた肉体操作で大量出血は免れたが、正直生きた心地がしない。
(なんだよ、これは!!!)
たまらずクロスライルが、アグニスをアンシュラオンに突き刺す。
今回も気づけば突き刺さっていたが―――
バキバキバキッ
すでに展開されていた凍気によって、アグニスの刀身が凍りつく。
凍気を使えるのはクロスライルだけではない。アンシュラオンもお得意としている気質である。
(炎の聖剣が凍るっておかしいだろうが!!)
アグニスは自身の熱によって凍気を溶かしたものの、これだけ時間がかかってしまうと、再度アンシュラオンの急所を捉えるのは極めて困難となる。
仕方なくクロスライルは蹴りを選択。
蹴りもまた見事にアンシュラオンの顔面にヒット。直撃だ。
「くくく…はははは!!」
だが、それをくらった相手は『笑って』いた。
痛みを愉しんでいる。闘争を心から愉しんでいる。
ぞくりっ
その姿に背筋が凍りつくような恐怖を感じる。
(オレからすれば、あんたも同類だぜ!! どっちも化け物だろうに!! ああ、オレって案外まともだったのかもな)
アンシュラオンは散々姉たちを非難していたが、クロスライルから見れば同じ穴のむじな。同様にやばい連中の一人だ。
彼らと比べれば、殺し屋なんて可愛いものである。
殺しが当たり前にある世界において、わざわざ殺し屋など存在しない。
差別がない国では、わざわざ平等を訴えないのと同じだ。
ただただ生と死が生活の一部として存在し、その中で生きてきた者とは価値観が違う。まったく相容れない。
クロスライルは打つ手がなく、一度後退するしかなかった。
しかし、これはまだ序の口。
「『お前の力』は見せてもらった。次はオレが得た力を見せよう」
次の瞬間―――アンシュラオンが【増えた】
まったく同じ姿の存在が一人、身体から分かれて出てきたのだ。
ご丁寧に破れた服まで完全にコピーしているので見分けがつかない。
闘人操術、奥義『
闘人操術をそのまま使うと戦気で出来た大雑把な闘人が出現するが、それを極めると鏡体にまで至る。
普通に手駒として扱う分には前者でよいが、高度な戦闘を行う際はこちらのほうが便利である。
(―――やべぇ!!)
思わずクロスライルが戦慄。
敵がこういう技を出してきたということは、すでに『自分の力』がどんなものであるかを見抜かれている証拠だ。
バババンッ!!
クロスライルは、すかさず銃撃で妨害しようとする。
この弾丸も途中で速度が変化。
止まったと思ったら急加速したり、また突然止まったりして間合いをずらしてくる。
「見れば見るほど面白い技だ。だが、もう通用しない」
アンシュラオンは、これを回避することは諦めた。
その代わり生み出した闘人を使って壁にする。
闘人は銃弾に当たれば損壊するが、すぐさま復元して元通りになる。
モグマウス二百匹程度の力は与えたので、いくらクロスライルの銃弾がミサイル並みとはいえ、削りきることは難しかった。
その間にアンシュラオンは接近。肉薄する。
「くそっ!!」
クロスライルはヴァルナークを使って迎撃。
凍気をまとった銃剣が振り払われる。
ズブッ!!
その剣先が、アンシュラオンに突き刺さる。
(見切っているのによけられない。これもやつの力だな)
さきほどからクロスライルの攻撃は、すべて当たっていた。
完全にかわせるタイミングだったにもかかわらず、なぜか避けられないのだ。
この正体がわからずにいささかダメージを負ってしまったが、これだけもらえば推察も容易であった。
(おそらくクロスライルの能力は、最低でも『二つ』ある。『止める能力』と『加速させる能力』だ。同じ能力の違う側面かもしれないが、使い分けているところを見ると別の能力の可能性が高いな。どちらも使用条件があるはずだ)
実はクロスライルには異能、【特異能力】がある。
これも考えてみれば当然のことである。
アンシュラオンにも『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』や『情報公開』といったチート級の特異能力が存在している。
『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』は姉にもあるため、『情報公開』の部分がアンシュラオンのユニークスキルであろうか。
加えて効果は不明瞭だが『女神盟約』なるものも存在しているので、計二つあるといえる。(『記憶継承』は異邦人ならば共通して持っていそうなので除外)
ならば同じ異邦人であるクロスライルも、何かしらのユニークスキルを持っていてしかるべきであろう。
―――『時間操作』および『空間加減速』
この二つが、クロスライルが保有している特異能力だ。
『時間操作』は、自身が干渉している物質の時間を操作するもので、たとえば銃弾を止めているのもこの能力の効果である。
使用条件は、自身が手の平で触っている『物体』および、戦気で干渉している状態のものにのみ効果を発動できる。
セクトアンクが投げた大納魔射津が爆発しなかったことも、この能力で説明が可能だ。
また、質量の保存も行われているため、止まった弾丸にはミサイルと同じだけのパワーがしっかりと維持されている。
現実で予測されるように時間停止中の物質は簡単には動かせないので、展開されるだけで逃げ道が塞がれてしまう厄介な技といえるだろう。
ただし、それ以上の質量で破壊および相殺すれば、ただ止まっているだけの物体でしかない。
生み出した闘人のパワーは桁違いなので、力づくで突破が可能となる。
そしてもう一つの『空間加減速』は、文字通りに一定範囲内の空間の速度を操るものだ。
気づいたら剣が突き刺さっているのは、この力で途中の空間の時間を加速させているからであろう。
この能力があれば敵のガードを掻い潜って、いつでも好きなときに必殺の一撃を入れられることになる。
武人の高速戦闘では、一瞬の判断ミスが命取りになる。
それを考えれば極めて凶悪な能力であり、アンシュラオン並みにチート級スキルといえる。
だが、これもすでに通用しない。
(恐ろしい能力だ。正直怖いな。ただし、こうして実際に受けてみるとわかるが、効果はかなり限定的だ。加速できる時間はせいぜいコンマ一秒程度だろうし、範囲も銃弾の射線上と剣の間合いを含むごくごく小さなものだ。これくらいならば十分『予測』できる)
武人の世界ではコンマ一秒でも長い時間ではあるが、わかってしまえば対応は可能だ。
コンマ一秒先を予測して戦えばいい。それだけのことである。
突き刺さったヴァルナークが凍気を放出して、再びアンシュラオンを凍らせようとするが―――
ビシビシビシッ!!
凍ったのは、ヴァルナークのほうだった。
自身よりも何倍も強い凍気に襲われ、氷の聖剣が凍ってしまったのだ。
アンシュラオンはすでに攻撃を予測し、そのポイントに力を集中させていた。
これは聖剣自体も驚いたに違いない。『彼女』が造られて何千年経ったかは知らないが、きっと初めての体験だったことだろう。
そのまま力を入れてやれば、たやすく折れる。
バキィンンッ!!! ハラハラハラ
折れたヴァルナークは、粉々に砕け散って役目を終えた。
まるで氷のように冷たく見えた女が、処女を奪われてあっけなく服従する光景に似ている。
「聖剣を折るかよ!!! オレの給料半分だぞ!!」
「ヤキモチか? オレの前では、どんな女も屈するものだ。仕方ない」
「ちくしょう! こっちも好き勝手できると思うなよ!!」
続いてアグニスを使っての攻撃。
これも『空間加減速』によって軌道が見えない。
このままだったならば、刃はアンシュラオンに突き刺さるだろう。
がしかし、クロスライルもまた見えていない。
背後に―――闘人
銃弾を潜り抜けてきた闘人が背後に回り、クロスライルを蹴り飛ばす。
ドゴーーーンッ!!
「がはっっ!!」
クロスライルは吹き飛ばされながらも体勢を整えるが、すでにアンシュラオンは攻撃態勢に入っており、水覇・
硫酸の濁流が、クロスライルに直撃。
戦気でガードするも、本気のアンシュラオンの技は恐ろしい威力である。必死で防御していても身体が焼けていく。
これを耐えて反撃。
などと考える余裕もない。
闘人が濁流の中に突っ込み、追撃。
もともと同じ戦気で生み出した闘人である。自身もダメージを受けるが痛みはないし、失っても惜しくはないので平然と入ってくる。
接近した闘人は、クロスライルに殴りかかった。
水圧があるので闘人の動きも制限されるが、硫酸で肉が焼け焦げた箇所を狙って抉ろうとしてくる。
(こりゃひでぇええ!! 傷口に塩を塗り込むようなもんだぜ! どんな性格してやがる!! このままじゃ、なぶり殺しだ!)
クロスライルは戦気を爆発させて緊急回避。
なんとか脱出に成功するが―――
「やあ、お帰り。次はオレが相手だ」
そこにはまたもやアンシュラオンが構えており、六震圧硝を叩き込む。
JBも使っていた技をここで披露する皮肉付きだ。
ドドドドドドッ!! ミシミシッ!!
クロスライルはガードで精一杯。殴られるたびに骨にダメージが入る。
だが、それで油断してはいけない。
背後に―――闘人
前方にガードが集中している状態で手薄になった背中に、拳を叩き込む!!
「げぼっ!!」
強烈な一撃を受けて、呼吸が一瞬止まる。
身体を捻って背骨は守ったが、完全に脊髄を狙ってきた攻撃であった。
だが次の瞬間には、前方にいた本体が再び攻撃を仕掛ける。
それを防いでも背後から攻撃されれば、いつかは耐えきれなくなる。
常に前後から挟み撃ち。
しかも当人が操っているためコンビネーションも完璧である。
(肉体の強さなんてオマケだぜ!! まったく頼ろうともしちゃいない!! どんな環境で生きてきたんだよ!!)
拳や蹴りが叩き込まれるたびに、【アンシュラオンの武】を痛感する。
アンシュラオンの強さは、肉体能力を前面に出したものではない。
そんなものはゼブラエスのようなガチムチの十八番であって、わざわざ小柄な者がやることではない。
そもそも普通に戦ったら殴り負けてしまうため、アンシュラオンは自分なりの戦い方を編み出した。
格上に対してまともに打ち合うなど自殺行為だ。まずはこうして闘人を生み出して囮や壁にして損害を防ぐのがセオリーとなる。
真骨頂は、今やっているような【超高速の連携戦闘】だ。
相手が狙いをつけたら、素早く動いて射線をずらす。
けっして正面を向かず相手の死角に入り込み、攻撃できそうならば隙を見て攻撃して注意を逸らし、その間に闘人を使って背後から攻める。
それで駄目そうならば闘人を犠牲にして間合いを広げ、さらに駄目そうならば罠を張りつつ逃げて様子をうかがう。
なんとも姑息であるが、ガチでやばいやつらと戦うにはこの方法が一番だ。
そして、これを実行するには圧倒的なスピードと敏捷性が必要なのである。
まったくの誤算かつ正反対の実情。
クロスライルが賞賛して怖れた肉体の強さなど、アンシュラオンはまったく気にもしていない。むしろ褒められると、こそばゆくて嫌になるほどだ。
また、クロスライルのような格下の場合は、そのまま闘人を武器として使うだけで脅威となる。
間断なく攻める続けることで、ひたすら反撃を許さない。
攻撃型の武人の戦いのようだが、被害を好まないアンシュラオンにとって攻撃が最大の防御になるのならば、それも選択肢のうちとなる。
アンシュラオンの本当の武器とは、あらゆる状況にその場で対応できる柔軟性と分析力にある。
だからこそ彼が望んだユニークスキルが『情報公開』だったのだ。
相手の能力がわかれば、少なくとも負けることはない。
(これは無理だ。万に一つも勝ち目がないぜ!! よし、逃げよう!!)
アンシュラオンが本来のスタイルに切り替えたことで、勝ち目が完全になくなった。
自分よりも何倍も強い相手が、防御重視の安全策を採用するのだ。最悪である。
よって、逃げることにした。
勝ち目がないのならば逃げる。これも生存競争の激しい荒野の鉄則である。
(狙うのならば偽者だ。なんとか切り崩して逃げるしかない)
このあたりはクロスライルも経験豊かな猛者である。
狙うのならば本体ではなく、生み出された闘人であると理解していた。
なぜならば闘人は【技】が使えない。
戦気で生み出されたものなので、それ単体では格闘しかできないのだ。
そうした知識も百五十年の積み重ねによって得たものだ。
クロスライルはアグニスを構えると方向転換。闘人のほうに突きを放った。
もうなりふりを構ってはいられない。ここで打破しなければ負けるため、全力の攻撃である。
だが次の瞬間、目を疑った。
闘人が、【技の構え】に入った。
闘人が掌を突き出す。
クロスライルもアグニスを突き出す。
両者が激突。
アグニスは爆破能力を使って闘人の胸を吹き飛ばすが、戦気が吹き飛んだくらいで臓器がなくなるわけではない。
そのうえで闘人が放ったのは、水覇・波紋掌。
掌から水気が振動し、クロスライルの身体に浸透。
「んなっ…馬鹿な!!」
驚いている暇はない。
距離を詰めてきた本体であるアンシュラオンも水覇・波紋掌。
前から水覇・波紋掌。
背後からも水覇・波紋掌。
波紋が―――共鳴
二つの覇王技の合体戦技、共振波紋掌。
水覇・波紋掌は因子レベル3の技だが、共振することで因子レベル6に匹敵する技となる。
前後から放たれた波紋がうねりとなり、波となり、激突し、飛沫を上げる。
それが体内で発生するのだから、まさに激震!!
ビィイイイイイインッ!!
「ご―――ぼっ!!」
クロスライルの身体の中が蹂躙され、内臓が破壊される。
水覇・波紋掌は生物に対して特効を持っているので、これは効いた。
しかしながら、ここで終わりではなかった。
アンシュラオンの戦い方は、こうした技を連続して叩き込むことだ。
これはまだコンボの一つ。
動けなくなったクロスライルを、本体と闘人が一緒に蹴り上げる。
ドガガガガガガッッ!!
蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る!!
赤覇・
風龍馬にも使ったが、相手を連続して蹴ることで空中に放り上げる技である。
これも二人分の蹴りなので、クロスライルはまったく対応できず、天井に叩きつけられる。
それでもまだ蹴りが収まらない。
蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る!!
とことん―――蹴る!!!
メキバキバキッ!! ボゴーーーーーーンッ!!
あまりの衝撃と圧力に、ついに天井が破壊!!
ドドドドドドドドドッ!!
そのままさらに蹴り上げ、地中を突き抜けて、地上部分の収監砦にまで到達。
地上部に達しても蹴りは止まらない。
収監砦を破壊し続け、屋上さえ貫き続け、ついに【空】が見えた。
いつしか空は、赤に染まっていた。
アンシュラオンがだらだら試合を延ばしていたため、夕刻になっていたようだ。
ただし、収監砦の周囲に人はいないため、ここで戦っても問題はない。
どのみち空だ。わざわざ見上げる物好きも少ないだろう。
がしっ
ここで闘人が、両腕でがっしりとクロスライルをホールドする。
相手を固定し、逃がさないための措置だ。
(こいつはまずい! 大技がくる!!)
少し古いが、合体ロボット物の定番といえば「相手を動けなくしてからの大技」である。
正義の味方にしてはやり方がえぐいが、大技を出してよけられるほうが問題だ。
当然アンシュラオンは正義の味方ではないので、平然と汚い手を使う。
「はぁあああああ!!」
アンシュラオンが爆発集気。
身体中が赤白く燃え上がり、強大な戦気を練る。
こんなものを受けたら、どうなるかわかったものではない。
しかもクロスライルには、もう逃げ場がない。絶体絶命のピンチだ。
「オレは…オレはぁああああ!! ここで終わらねぇえええええええええ!」
がしかし、ここでクロスライルは驚異の粘りを見せた。
今まで必死に生きてきた。這いつくばってでも強くなってきた。
どんな困難も自分自身の力だけで切り抜けてきた。
こんなところで負けられない! 死ねない!!
クロスライルは上腕だけを使って、なんとか右手を闘人に突き刺すと―――
【吸収】!!
あまりの戦気量のためにすべてを吸収することはできなかったが、六割程度は奪い取る。
それによって赤白く輝く美しい【弾丸】を生み出し、銃剣に装填して発射。
これぞクロスライルの【奥の手】。
彼が持つユニークスキル『クロスアブリシオ〈交錯せし撃鉄〉』の能力だ。
クロスライルの能力は、なにも『時間操作』と『空間加減速』だけではない。
相手の戦気を吸収し、そこに自分の戦気を上乗せした特殊な銃弾を生み出す能力があった。
アンシュラオンの力を吸収したため、その銃弾の威力は恐ろしいものとなる。
まるで、ぶっといレーザービーム。
今までに感じたこともない威力のエネルギーが放たれ、下にいるアンシュラオンに向かっていく。
下手をしたら収監砦自体が吹き飛び、地下にも甚大な被害が出るかもしれないほどのパワーである。
バリンッ ボンッ
ただし、これは奥の手。
放った瞬間に、アグニスが粉々に砕けた。
銃剣自体が吹き飛んだだけにとどまらず、クロスライルの左手も弾ける。
レイオンが輸血を受けた段階であれだけのリスクがあったのだ。相手の戦気を吸収することにも同様の危険性がある。
これだけ強大な戦気ならば、相応の対価を支払うのは当たり前だ。
だが、たかが左手一本。それがなんだというのだ。
「どうだよ!! 勝つためだ!! これがオレの―――」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
アンシュラオンは飛んできた白い閃光を―――蹴り返す!!!
力が反転し、再び上昇する力となった。
「それは…ないよ」
うっかり本音が出てしまったクロスライルが、光の渦に飲み込まれ、天に舞い上がる。
上がる、上がる、上がる!!
上がれ、上がれ、もっと上がれ!!
上がって―――しまえ!!!
バリンバリンバリンッ!!
激しい光の奔流に呑まれたクロスライルは、グラス・ギースに展開されていた防護結界すら貫通し、上空五百メートルにまで飛ばされた。
ただ、まだクロスライルは死んでいなかった。
ここで幸いだったのが、アンシュラオンが蹴り飛ばした段階で、銃弾の威力が大幅に軽減されていたことだ。
といっても弾けて拡散した残りカスでさえ、これだけの威力を保持しているのだ。
放たれた弾丸の威力が、いかに強かったかがうかがい知れる。
だが、だが、だが!!!
本気になったアンシュラオンが、ここで終わらせるわけがない。
最後にやってきた『それ』を見たクロスライルは、こう呟いた。
「オレ……ようやく死ねる…かな?」
その日、夕闇に一つの星が流れ落ちた。
広大な『空の海』からこぼれ落ちた、小さな小さな流れ星だ。
「ああ、また流れ星か。すごいね。この前もたくさん降ったのに。女神様が僕たちの結婚を祝福してくれているのかな?」
それを見た旅人の男女二人は、美しい景色に思わず祈った。
どうか旅路が安全でありますように。家族が健康でありますように。
彼はちょっと前にも【流星】を見たことがあった。
隣にいる女性はそのときにプロポーズをして、見事伴侶になってくれた相手だ。今は新婚旅行から戻ってきたところである。
こうした流星に祈りを捧げる習慣はこの星にはなかったので、かつて転生した異邦人が教えたものだと思われる。
しかし、その異邦人自体が流れ星になったなど、誰も思いもしなかっただろう。
覇王彗星掌。
アンシュラオンがコンボの最後に使った技こそ、デアンカ・ギースをあっさりと葬り去った覇王流星掌の対となるもの。
流星がばらけるのに対し、彗星は一つの大きな力となってクロスライルに直撃。
そのまま数百キロ先の荒野にまで吹き飛ばし―――激突!!
激しい衝撃で大地が揺れ、巨大なクレーターがまた一つ増えたのであった。
これにて決着。
アンシュラオンの完全勝利である!!!