【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「うん、だいぶ身体のキレも戻ってきたかな」
覇王彗星掌を放ったアンシュラオンは、自身の身体を確認。
多少の疲労感はあるものの、まだまだ力は漲っている。ちょっと腕立て伏せをして疲れた程度、といえば常人にもわかりやすいだろうか。
むしろウォーミングアップが終わって、身体がピークの状態に近づいている感覚があった。
覇王彗星掌は因子レベル8で放てる超必殺技なので、使えばかなりの戦気を消費する。もし普通の武人ならば、一発撃てばすべてのBPを失うほどである。
もちろんアンシュラオンも相応のBPを消費するわけだが、超一流の武人とそれ以外を分けるものがあるとすれば『継戦能力』が挙げられるだろう。
洗練された練気によって、生体磁気から急速に戦気を捻出して補充し、すぐさま戦える状態を維持する。
これができなければ、いくら強くても生き残ることはできないのだ。
「あの山と比べると、こっちは生温いからな。どんどん弱くなっていく気がするけど…しょうがないか。その意味ではクロスライルには感謝だな。いい練習になった。鏡体を出すのも久々だしね」
激闘に見えたかもしれないが、はっきり言ってこんなことは自分にとっては日常的な戦闘にすぎない。
火怨山での生活は文字通り二十四時間、生き残るために必死だった。これほど強くても気が抜けないような場所だったのである。
それと比べればここは天国のような場所だが、だからこそ心配になる。運動を三日サボれば筋肉は衰えていくものだ。
(周囲の環境は重要だよな。こんな状態じゃ姉ちゃんに襲われたら終わりだ。それとも姉ちゃんも弱くなってる…わけがないな。あの人を普通の価値基準で考えたら駄目だ。一度どこかで鍛え直さないといけないかもな)
姉の気配が色濃くなってきたことによって、危機感が芽生えてきたことも大きな変化だ。
今後はサナの育成だけではなく、自身のコンディションにも気を配らねばならないだろう。
そして、『転生者』も気になる。
(クロスライルの話によると、転生者もかなりいるようだな。全員が戦闘に特化しているわけではないと思うが、それでもあれだけ特殊な力を持っていたんだ。あいつより強いやつもいるんだろうな)
自分がクロスライルに勝てたのは、もともとの『魂の強さ』と『恵まれた環境』があったからだ。
クロスライルは百五十年前に来たそうだが、元教師ということもあり、本来は温和な人物だった可能性も否めない。
では、もし自分と同じような生来的に「危ない人間」かつ、同様に苛烈な環境で育った異邦人がいたら、どうだろうか?
当然ながら彼らにも特殊な能力が付与されているだろう。それを扱いこなせるほどに鍛錬していたらどうなるか。
(ふーむ、気を緩めてはいけないな。敵は姉ちゃんだけじゃないぞ。出会う転生者も大半が敵だと思ったほうがよさそうだ)
異邦人同士は、出会ったら闘う宿命にある。
「同郷なんですね! 仲良くしましょう!」などという寝ぼけた話をするわけがない。
戦闘能力がなければ闘いを放棄するかもしれないが、最初は対立が基本姿勢であることを忘れてはいけない。
これからは初心に戻って、より強度の高い防衛策を練るべきだろう。
と、それはこれからの課題なので、まずは【後始末】が先だ。
アンシュラオンは、穴があいた収監砦に戻る。
屋上から入り、地上部を抜けて、再び地下闘技場にまで到達。
闘技場は激しい戦いによってズタボロになっていた。
地球でも東欧などでは、紛争の爪痕が色濃く残っている場所もあるが、あれと同じように壁は穴だらけで半壊し、床も抉れて溶けている部分も見受けられる。
恐ろしいのは、これらはすべて遺跡の素材であることだ。
本当の武人同士が戦えば、旧文明の技術さえ簡単に上回ることを、あっさりと証明してしまったのだ。
この遺跡が「人間の可能性」を怖れた理由が、まさに目に見える形で示されたといえるだろう。
「さて、まだ生きているかな?」
アンシュラオンは命気で足を固定しながら壁を歩き、天井端に設置されている特別観戦席にまで行くと―――
ドンッ!!
壁を叩いた。
この壁は地球で言うところのマジックミラーになっており、こちら側から見れば壁だが、向こう側からは見通せる仕組みになっている。
ドンッ!!
ドンッ!!
そこに向かって拳が叩きつけられるたびに―――
ビシッ!!
ビシッ!!
亀裂が入っていく。
「はっ、はっ、はっ!!」
観戦席なのだから、中には『ヒト』がいた。
彼らの眼が映し出すのは、壁に張り付いて拳を叩きつけている『何か』。
見た目は少年だが、赤い瞳は血のように真っ赤に燃え盛り、口元は歪んだ笑みを浮かべてニタニタしている。
知能は極めて高く、ずる賢くて狡猾。
常に弱者の弱みを握って操ることで『闘争の舞台』を生み出し、自身は笑いながら高みの見物を決め込む。
彼も『役者』として登場するが、あくまで自身が愉しむためのものにすぎず、危険はけっして冒さない。
基本は手駒を使って状況を動かし、自身の思い通りの結果を導き出す。
そして本質は、凶悪にして凶暴。
こうして遺跡の壁さえも簡単に壊せる強さを持ち、血に飢えた化け物。
人間の世界で怖れられる殺し屋さえ、ほとんど苦戦もせずに打ち倒す戦闘能力を有する。
さらに最悪なことに、この存在は相手を苦しめることを『喜悦』としている。
今も一気に破壊できるにもかかわらず、ゆっくりと破壊することで中の『ヒト』に恐怖を与えて笑っているのだ。
ビシビシッ バゴンッ!!
ついに壁が破壊。
これで彼らの身を守るものは何もなくなった。
なんという肌寒さなのだろう。温度がマイナスになってしまったかのように、突き刺すような『こごえ』を感じる。
「ふーん、競馬場を思い出すな」
剥き出しになった観戦席を覗き見ると、競馬場の馬主席に似た豪華な造りになっていた。
ここでは地下の賭けにも参加できる仕組みがあり、まさに地上の一部の特権階級の人間の娯楽場になっていることがうかがえる。
地下の人間は生活のために必死に戦っているのに、なんともいいご身分である。
だが正直、彼らを羨む者は極めて少数だろう。
その末路が、こんな化け物との遭遇であるのならば、金を払ってでも貧民でいたいと思うに違いない。
トンッ
少年がゆっくりと中に入り、周りを見る。
そこにいたのは、六人の男たち。
もともと十数人はいたのだろうが、その半数以上はすでにバラバラにされて、入り口あたりに『物体』として散乱している。
「チュキッ!!チュッキィイー!(偉大なる指導者様に敬礼!!)
「チュキーッ!!(敬礼!!)」
扉の前にいたモグマウス隊長の号令とともに、モグマウスの兵隊たちが偉大なる主に対して敬礼をしてみせる。
あまりの激しい戦いに恐れをなした一部の男たちが逃げ出そうとしたが、待ち伏せていたモグマウスたちに惨殺され、見せしめとして晒されたのだ。
逃げ道を塞がれた彼らは、ただただ『審判の時』を待つしかなかった、というわけだ。
「サナたちのほうはどうだ?」
「チュキッ!!(異常なしであります!)」
「ご苦労。そのまま警戒を維持しろ。近づく者は全員殺せ」
「チュッキッ!!(了解!!)」
レイオンに稼がせた八分間は、極めて有意義な時間であった。
その間にモグマウスを生み出して周囲に放ち、グマシカたちの干渉がないか調べさせつつ、この観戦席の通路をあぶり出していたのだ。
その数、およそ百匹。
アンシュラオンの最大操作数が五百なので、その五分の一を使っていたことになる。
ここで重要なのが、これだけのモグマウスを維持しながらクロスライルと戦っていたことだ。
加えて鏡体で二百匹分の力を割いたため、実質半分の力でクロスライルを圧倒したのだ。その事実はまさに驚異的である。
「やぁ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
そして、くるりと向き直り、『その男』を見る。
頭に包帯を巻いた、眼球が剥き出しになった異形の男。
自分のことが憎くて憎くてたまらず、ホテル襲撃さえ企んだ陰湿な復讐者だ。
彼は目を見開きながら、こちらを凝視していた。
さすがの彼もクロスライルが簡単に負けるとは思っていなかったのかもしれないし、アンシュラオンの力が想像を超えていて仰天したのかもしれない。
どちらの理由にせよ、彼は完全に追い詰められていた。
背後にはモグマウス、前にはアンシュラオン当人。
逃げ場などは、もうない。
「はっ、はっ、はっ!!」
「どうした? オレに会いたかったんじゃないのか?」
「はーー、はーーっ!!!」
「そう遠慮するなよ。もっと近寄れよ。なぁ?」
アンシュラオンが近寄り、その男、ワカマツの眼球に指を伸ばす。
ワカマツは荒い呼吸を繰り返しながらも、微動だにしなかった。
否。動くことができなかったのだ。
一歩たりとも動けず、眼球はただ迫り来る指に向けられる。
つつ ぴた
その指は、優しく優しく黒目に触れた。
指先を命気で覆っているので痛みはない。
むしろそれによって目の乾きが潤い、痛みが和らいでいく。
「はーー!! はーーーっ!! ううう、ぐうううっ!! ああああ!!」
アンシュラオンは、いつでも黒目を焼くことができる。
またあの炎を焼き付けることができる。
ワカマツの脳裏に、頭部を焼かれた時の映像が何度もフラッシュバックしては、当時の痛みが蘇ってくる。
だが一方で、触れられて感じる『心地よさ』に相反する感情が交錯もする。
完全に頭はパニック状態だ。
そのうえで優しい言葉をかける。
「お前は本当に役立ってくれた。お前のような人材をずっと求めていた。そして、予想通りに動いてくれた。感謝しかないよ」
多少の邪魔が入ったとはいえ、ワカマツがいたからこそホテルを捨てることができた。
彼というパーツは、「ホワイト死亡」にとって重要な要素だったのだ。
だからこそ、まだ使い道はある。
「お前に頼みがあるんだ。いやいや、なんてことはない。たいしたことじゃないよ。組織に戻ったら、普通に『ホワイトは死んだ』と言ってくれればいい。それと、オレの命令があったら内部情報を流してくれるだけでいい。な、簡単だろう?」
なんと、ここに及んでさらに搾り取る腹積もりである。
彼の両足も重度の火傷も、すべてこの男がやったにもかかわらず、意図的に復讐者に仕立て上げたにもかかわらず、まだ利用しようというのか。
『ヒト』のことなんて、なんとも思っていない。
その赤い瞳の中に、人権保護やら思いやりといったものがまったく感じられない。
当然だ。
この存在からすれば、ヒトなど道具にすぎないのだ。
ただ生かしてやっているだけの下等生物であり、娯楽でたまに潰すか、ペットの餌であるゴキブリと同程度の価値しか見い出していないのだ。
自分に従わない人間は、すべてゴミ。
その価値基準にまったくブレがない。
「はーー、はーーーっ!! かっかっ…かかっ!! かっーー!!」
ワカマツは、もう声が出ない。
あまりの圧迫感に喉が絞まって、ニワトリが死ぬ時のような声を出すだけだ。
呼吸困難もあいまって、どんどん顔色が悪くなっていった。(包帯でよく見えないが)
「なぁ、オレのお願いだ。聞いてくれるよな?」
「う、うぁああああああ!!」
その時、ワカマツの背後にいた男が、入り口に向かって走り出した。
人間、極限状態に陥ると思考が完全に失われるらしい。
こんなことは何度も見てきたので、いまさら言うことでもないだろうか。
結果もいつも通り。
ザクザクザクッ バラバラバラッ
即座にモグマウスたちにバラされ、細切れの物体に早変わり。
人間とは、思考するから価値がある。思考しない肉片になれば、もう価値はない。
「ん? 何をやってんだよ。もったいない。まあ、畑の肥料にするからいいけど、せっかく人間として生きているなら、もっと役立つ死に方をしてくれよな。くだらない犯罪で死ぬくらいなら、悪党を殺す道具になれって話だよ」
物は有効利用しなければ資源の無駄になる。
常々言っているように、悪で悪を殺すためには『鉄砲玉』が必要なのだ。
たとえば無関係な人々に対する放火や殺人をするくらいなら、社会に潜む悪を殺すために命を投げ打ってもらいたいものである。
狙うのならば一般家庭ではなく、あくどい商売をして儲けている外資系の会長を狙ったほうがいい、という話だ。
あるいはそれを操っている金融街の一部の民族を狙えば、少しは世の中も良くなるに違いない。
それならば同時に駄目な人間を排斥できるので、まさに一石二鳥。合理的で無駄がない美しい手法となる。
ただし、そこにあるのは人間を人間と思わない『冷徹』さだ。
その視線に長時間晒されてしまえば―――
「はひっ、はひっ! ひっひっひっ!! ―――ヒグッ!!」
突然ワカマツがびくんと跳ね上がると、しばし停止。
何事かと思って見ていたら再度動き出し、笑う。
「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!! ヒャヒャヒャヒャッ!! アーーー、アーーーー!!」
瞳孔が常に上下左右に動き焦点が定まらず、よだれを垂らしながら床に這いつくばる。
自ら頭を床に打ちつけ、アンシュラオンの靴よりも下の位置に赴こうと試みる。
精神が、完全に破壊。
残念ながら人間の心には限界、リミッターが存在する。
極限までの恐怖と圧力から身を守るために、彼が選択したのは『自己破壊』であった。
生存本能は、命を生かすための最善の方法を選択した。
現実からの完全なる逃避および、ヒトを上回る存在に対する完全なる服従。
それを示すために、自ら精神を崩壊してみせたのだ。
「まったく、壊れたら役に立たないだろうに。まあいい。肩書きさえあれば十分だ。ほら、一応これを持っていけ」
どさっとアンシュラオンが投げ捨てたのは、小柄な『死体』だった。
これも制裁の時に仕入れた少年の死体の一つであり、ホテルで使ったものの予備である。
姉の術式によって死体まで消えてしまったため、せっかくの工作が無駄になるところだったが、ワカマツに与えるのが一番良い始末の方法だろう。
顔は潰してあるが、それなりに整えて似せてあるので、精度としては十分だろう。
「アーーー! アーーー!!」
ワカマツは謎の奇声を発しながら、死体を大切そうに抱きしめる。
彼からすれば、服従する相手からもらった大切な贈り物に思えたのかもしれない。
「次はお前たちの番だな」
「ひぃっ……」
アンシュラオンに視線を向けられた男たちが、全員失禁。
股間を濡らすだけではない。目からは涙が零れ、汗が噴き出し、ついでに嘔吐もする。
まったくもって不快な生物たちだが、駒がないよりはましだろう。
この後、全員がアンシュラオンの威圧と折檻を受けて精神が崩壊。
彼らは解放されて元の組織に戻っていったものの、半狂乱になって支離滅裂な言動を繰り返す者が続出し、正常な社会生活を送れた者は一人もいなかったという。
ワカマツに至っては、あの死体が腐乱しても抱きしめることをやめず、それを見たジャグ・モザートも体調不良を訴えて隠居を考える等々、組織自体が存亡の危機に陥ったとも聞く。
死は、魂の解放である。
この言葉をより物理的に実感できる良い見本であろうか。
彼らは肉体が壊れたのではない。強烈な恐怖を受けて【魂が破損】してしまったのだ。
こうなれば修復は簡単ではない。死んだのちも長い療養が必要になるだろう。
ともあれ、これによって『ホワイト』という人物は、完全に消失することになる。
その名は一部で語り継がれ、時折アンシュラオンが偽名として使うことがあるものの、公でこの名が表舞台に立つことは二度となかった。