【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
607話 「新たな手駒」
「何か異常があったらここを押すんだぞ」
「なんだこれ?」
「警報装置みたいなものだ。危ないと思ったら押せばいい」
「…? よくわからないけど、わかったよ」
「いいか、お前を男と見込んで頼んでいるんだぞ。みんなを守れるのはお前だけなんだ。わかるな?」
「お、おう! 任せてくれよな! おいらだって男だ。やるときはやるぜ!」
「さすがオレの見込んだやつだ。頼んだぞ!!」
「でも、意外だな。あんたがおいらをここまで信頼しているなんて思わなかったよ」
「中にいるのは老人と女子供だけだ。レイオンも動けないし、お前が守るしかないだろう。安全は確保しているつもりだが、警戒を解かないほうがいいに決まっている。朝になったら移動する予定だから、それまで寝ずに見張っていろよ」
「わかった。任せておいてくれ!」
「うむ。任せたぞ。次にサナとサリータ、こっちに来なさい」
「…こくり」
「はい、師匠!」
サナとサリータを少し離れた場所に呼びつける。
トットには聴こえないように、二人には小声で話す。
「今晩はこの穴倉で過ごしてもらうが、それまでの警備をサリータに命じる」
「はい! お任せください!」
「もし敵がやってきたら、あいつを盾にしろ。あそこの土壁は壊れやすいようにしてあるから、爆破一つで簡単に埋められるはずだ」
「ホテルから脱出する際に使ったやつですね!」
「そうだ。あれと同じものだ。ほかにもいくつか作ってあるから、遠慮なく爆破してかまわないぞ。それで時間を稼いでいる間に外に出ればいい。穴の出口は複数あるから、間違えないように地図を記憶しておくんだぞ」
「はい!」
「わかっていると思うが、最優先で守るのはホロロさんたち身内だからな。序列に従って助ける優先順位を決めろ。それ以外で何かわからないことがあったらホロロさんかマザーに訊くんだ。負傷者が出たらバイラルに言えばいいからな」
「わかりました!」
「そうそう、マザーの序列はホロロさんと同列だからな。忘れるなよ」
「了解です!!」
サリータは警備を任されたのが嬉しいのか、目を輝かせて威勢の良い返事を繰り返す。
このあたりはさすが『サリータン・ハスキー(番犬)』なのだろうが、飼い主としては心配だ。
(本当に大丈夫か? ホテルではちゃんと動けたが、まだ若干不安だな…。ようやくサナが最低限使えるくらいに成長して嬉しいものの、他の課題は多いんだよな。サリータも鍛えないと安心して使えないよな。今晩くらいは大丈夫だと思いたいけどね)
武器や道具を使ってギリギリ一般の裏スレイブと渡り合える程度では、実力としてはまだまだ物足りない。
最低でも今のサナくらいになってもらわねば、安心して任せることはできない。これも今後の課題といえるだろう。
「サナはオレと一緒に少し外に出るぞ。体調は戻ったな?」
「…こくり。…ぐっ!」
サナは拳を握ってやる気を見せた。
セクトアンク戦での怪我はすでに癒えているので、能力面ではほぼ万全のようだ。
「よし、いい返事だ。行くぞ」
アンシュラオンはサナと一緒に、薄暗い穴の中を移動する。
この穴はホテル脱出時に使った抜け道と同じく、アンシュラオンがラングラスエリアの壁を破壊して地中に掘ったものである。
仮に敵が侵入してもいいように複雑に絡み合うように道を配置しており、各所には罠も仕掛けてある。
ここまでやってくる敵がいるかはわからないが、偶然見つける可能性も否めないため警戒レベルは下げないでいた。
(グマシカたちが動けない以上、余計な心配かもしれないがな。とりあえずサリータの鍛錬になればいいか)
もちろんサリータだけでは不安なので、自動操作のモグマウスたちを配置している徹底ぶりだ。
それでも形式的に任せているのは、できるだけ実践の機会を与えるためである。
ホテル同様、彼女たちの行動を試しつつ鍛錬も兼ねる、といった具合だ。
トットは使い道があまりないので、警備員として使えれば上等だろう。
簡単にいえば『自爆要員』であるが、人間が自爆すれば誘導式爆弾と変わらないので、それなりに役立つに違いない。
(老人も多いからつらいとは思うが、夜の間はここで我慢してもらうか。地下生活が長かったから特に問題はないかな。しかし、予定より大所帯になったもんだよ。人数が増えると面倒も多くなるんだよな…)
地下から脱出したのは、ソーター(ニーニアの祖父)を含めて二十七人。
少し数が多くなったのは、バイラルが面倒を見ていた患者が加わったからだ。
多くは高齢で行き場のない弱者であり、見捨てておくわけにもいかないので連れてきたというわけだ。
ラングラスエリアは、やはり生活環境があまり良くはなかった。そのうえ地下は一種の「
それをギリギリ支えてきたのが、ミャンメイの存在だ。
特殊な能力を持つ彼女が炊き出しをしていたおかげで、子供や老人たちも最低限の栄養を摂れていたのである。
それがいなくなった今、放っておけば体調を崩すのは明白であろう。
(ミャンメイの件はオレが招いたミスでもあるからな。そこは自分のためにも責任を取らないといけないよな。後味が悪いのも嫌だしさ。でも、地下全体の損害はオレのせいじゃないし、復興は自力でがんばってもらうしかないよね)
自分が責任を負うのは、深く関わったラングラスエリアのみである。
(原因を作った当人ではあるが)クロスライルの来襲に関しては何の責任もない。あるとすればグマシカであるし、都市に連れてきたラングラス本家の責任だ。
ただし、今現在はハングラスが物資を提供して立て直しているようだ。
ハングラスもかなりダメージを負ってはいるものの、地下では最大勢力である。ここで動かないわけにもいかないのだろう。
そしてこんなことがあれば、闘技場が今後も継続するかは不明だ。
もしそうなれば、地下の勢力が『ハングラスに統一』される可能性さえ出てくるだろう。それを見越しての援助なのかもしれない。
この都市では常に派閥争いが関わってくるのだ。
(やれやれ、よく飽きないものだよ。派閥争いなんてお遊びはソブカに任せておくのが一番だね。オレは美味いところだけ吸えればいいや)
隣には、サナがいる。
自分は早足で歩いているが、彼女は小走りでしっかりとついてきていた。
その姿は、実に愛らしい。
自分の意思で見い出し、手塩にかけて育ている妹であり、娘ともいえる存在だ。
(サナが無事ならばいい。サナが成長すればいい。すべてはそのためにある)
サナを穴倉に置いていく選択肢もあったが、ここ最近は予想外のことも多かったため、今回は一緒に動くことにしたのである。
クロスライルの無頼を否定した以上、サナの面倒を最後まで見るのが筋というものだろう。
サナだけいればいい。
初志貫徹。最初に抱いた志を忘れないように、黒い少女に深い愛情を注ぐのであった。
それから少し移動。
遠隔操作で張っていた罠を解除して外に出ると、周囲は岩山だった。
その隙間から北東を覗き見れば、城壁に覆われた都市の姿が陽炎のように映る。
アンシュラオンの視力でそうなのだから、ここはすでにグラス・ギースより何キロも離れている場所である。
つまりは―――【完全なる外】
すでに城壁を越えて荒野に出ていた。
城壁とはいったい何なのか、と問いたくなる惨状であるが、地下対策が甘いほうが悪い。
時刻はすでに夜になっているため完全に暗闇。一般人が自分たちを見つけることは不可能だろう。
では、なぜこんな場所にわざわざやってきたかといえば、都市を見捨てるためではない。
たしかにこうして改めて見れば、荒野にぽつんと存在する小さな存在だ。こだわる理由はまったく見当たらない。
ただ、一応はサナと出会った『思い出の場所』ではある。そういった意味では感慨深いものもあるだろうか。
(領主は最低だけど、まだ利用価値がある場所だ。もう少し関わってもいいかな。さて、あまり悠長にしている余裕はないな。さっさと行くか)
「サナ、少し飛ばすぞ。魔石を使ってもいいから走ってついてくるんだ。ついでに耐久テストもするからな。本当に全力を出してみな」
「…こくり」
アンシュラオンが走り出すと同時に、サナも駆ける。
時速百キロくらいまでは自力でなんとかついてきたが、さらに時速が上がると難しくなり、潔く魔石を解放。
雷光の速度で走れば、時速三百キロ程度で走れることも確認する。
が、欠点も把握した。
(光ってる! すごい光ってるよぉぉおおおおお!)
走るたびに雷が発生するので、この暗闇では非常に目立つ。
これでは隠密行動は難しい。使いどころは見極めねばならないだろう。
ただし、その雷を「やばい魔獣」と勘違いした荒野の魔獣たちは逆に遠ざかっていったので、場合によっては虫除けにも使えるかもしれない。
あとは持続力の問題だ。
幸いながら目的地は一時間もかからずに到着したが―――
「…ふぅ、ふぅ」
サナが息切れしていた。
賦気を施していない状態だと、三十分程度が限界らしい。
かなり速く走ったことを考えれば十分な数字だが、戦闘時はもっと消耗が激しい。これでは不足である。
(継続戦闘能力に関しては、かなり問題があるな。そもそもサナ自体が子供で体力も低いし、今後の課題はそのあたりかな。オレの命気補助がなくても最低二時間は戦えないと話にならない)
荒野の戦いでは休憩時間など存在しない。
これからは強度の高い戦いを連続して与えることも必要だろう。
それによって持久力を養えれば、さらに魔石の力を引き出すことができるに違いない。
サナを連れてきた価値を実感しつつ、「それ」に視線を移す。
―――クレーター
そこには全長五百メートル以上はありそうな、大きなクレーターが存在した。
強力な力で強引に大地が抉られた痕跡が、ありありと残っている。
この惨状から想像するに、近辺では相当な衝撃が発生したものと思われる。その証拠に周囲には魔獣の気配は皆無であった。
こんなものが空から落ちてくれば、野生動物は即座に逃げ出すだろう。あえてやってくるような物好きは人間くらいだ。
そして、抉れた中心部には『人』がいた。
倒れたまま、ぴくりとも動いていない。
アンシュラオンは近づき、ここに来た最大の目的であるその男、クロスライルを調べる。
「やはりな。まだ生きている」
衣服はかなりボロボロになっているが、まだ死んでいなかった。
より正確にいえば―――【時間を止めている】
彼は自身の時間を止めることで仮死状態を維持。
それによって『死ぬ時間を遅らせている』のである。
「ふむ、戦っているときから感じていた違和感はこれか。どうりで打たれ強いわけだ」
覇王彗星掌を受けて死なない段階で異常であるし、戦いの途中でも妙なタフさを発揮していたものだ。
その理由はクロスライルの特異能力にある。
彼の『時間操作』は戦いの時に説明した通りであり、操作できるものは手や戦気で干渉している部分に限られる。
これを拡大解釈すると、戦気で覆っている自分自身もその対象とすることが可能、というわけだ。
これだけの闘争を百五十年続けても肉体が若いのは、このスキルが大きな影響を与えているからだろう。あるいは『空間加減速』も併用しているのかもしれない。
しかしながら、これを意図的に行っているわけではなかった。
ほとんどは無意識なので発動もまちまちで、今やっているような仮死状態などは試したこともない。(試す段階で危ない)
であればこそ、彼も戦いながら『進化』しているのだ。
アンシュラオンとの戦いによって生死の境目をさまよった結果、能力がより強く発現したと考えるべきだろう。
―――――――――――――――――――――――
名前 :クロスライル
レベル:99/150
HP :320/6200
BP :120/1460
統率:E 体力: A
知力:C 精神: AA
魔力:A 攻撃: AA
魅力:B 防御: B
工作:A 命中: S
隠密:A 回避: A
【覚醒値】
戦士:6/8 剣士:3/5 術士:3/5
☆総合: 第四階級
異名:転生無頼者
種族:人間
属性:火、炎、時、夢、虚、滅
異能:クロスアブリシオ〈交錯せし撃鉄〉、銃剣の女神に愛された者、時間操作、空間加減速、高速装填、火耐性、即死無効、毒無効、精神耐性、無頼、記憶混濁
―――――――――――――――――――――――
(強いな。武人として全体的に申し分がない能力だ)
タイプとしては、命中が高い攻撃型戦士、であろうか。数値的にはバランスタイプともいえるかもしれない。
覚醒値も三種ともに高い数値を誇っているので、さまざまな戦況に柔軟に対応できることも強みだ。
ただし、クラスが『銃戦士』となっていることからも基本は戦士タイプであり、剣王技を自在に操るマルチな戦い方はできないようだ。
むしろ下手に剣気を出して戦うと、バランスが崩れてしまうかもしれない。
当人もそれを自覚していたのか、アンシュラオンとの戦いでは剣技はほぼ使っていなかった。
それだけを見てもクロスライルは、極めて高い戦闘センスがあることがわかる。
(もっとも重要な点は、これでまだ発展途上ということだ。こいつはまだまだ強くなるぞ)
クロスライルは単純に強いが、さらに伸びしろがあることが驚異的である。
おそらくこれが『異邦人』の特徴でもあるのだろう。
女神が地球から魂を呼ぶのは、『人の可能性』を示すためでもある。
貪欲なまでの闘争本能を持つ彼らは、この星の魂よりも自我が強く、その分だけ肉体的な可能性も高く設定されているようだ。
魔戯級といえば支配者〈マスター〉たちとも戦えるレベルにあるので、十分に超人の仲間入りを果たしていた。
たまたまアンシュラオンのほうが、より強い超人だったにすぎない。
忘れられていそうなので改めて自分のステータスを出すと、こうなる。
―――――――――――――――――――――――
名前 :アンシュラオン
レベル:122/255
HP :8300/8300
BP :2230/2230
統率:F 体力: S
知力:C 精神: SSS
魔力:S 攻撃: AA
魅力:A(※SSS) 防御: SS
工作:C 命中: S
隠密:A 回避: S
※姉に対してのみ、魅了効果発動
【覚醒値】
戦士:8/10 剣士:6/10 術士:5/10
☆総合:第三階級
異名:転生災難者
種族:人間
属性:光、火、水、凍、命、王
異能:デルタ・ブライト〈完全なる光〉、女神盟約、情報公開、記憶継承、対属性修得、物理耐性、銃耐性、術耐性、即死無効、毒無効、精神耐性、扇動者、年下殺し(恋愛)、妹過保護習性、姉の愛情独り占め
―――――――――――――――――――――――
(まったく変わっていないな。…レベルってどうやって上がったっけ? 必要経験値とか表示されないから、わからないんだよな…)
何も変わってはいないが、明らかに強い。強すぎる。
が、それは下界での話であり、火怨山の中にいるとあまり目立たなくなる。
レベルも100を超えると一気に上がりにくくなるため、クロスライルがあれだけ戦闘していても100の壁を超えられないことも頷けるものだ。
また、ステータスは戦闘では常時大幅に変化するため、単純に数値では測れないものがある。あくまで目安で考えたほうがいいだろう。
(オレの修行はまた考えればいいや。それよりサナは―――)
自分はいいのだ。サナさえいればいい。
ということでサナも見てみると―――
―――――――――――――――――――――――
名前 :サナ・パム
レベル:27/99
HP :690/690
BP :280/280
統率:E 体力:E
知力:E 精神:E
魔力:E 攻撃:E
魅力:A 防御:E
工作:E 命中:D
隠密:E 回避:E
【覚醒値】
戦士:2/5 剣士:2/5 術士:1/5
☆総合:第八階級
異名:白き魔人に愛された意思無き闇の少女
種族:人間
属性:闇
異能:トリオブスキュリティ〈深遠なる無限の闇〉、エル・ジュエラー、観察眼、天才、早熟、即死無効、闇に咲く麗しき黒花
―――――――――――――――――――――――
「上がってるぅううううううううううう!!」
もはや定番といっては失礼だが、サナがまた超進化を遂げていた。
今回は単純にレベルが15から27に、12も上昇していることが判明。
それに伴い、階級が中鳴級を飛ばして『上堵級』にまで変化。魔石無しでこの段階にまで至ったことは非常に重要かつ朗報である。
覚醒値も上昇し、戦士と剣士因子もさらに上昇。
地下闘技場の戦いは無駄ではなかった。セクトアンクは死んでしまったが、キングたちとの激闘が彼女の才能を引き上げたのだ。
そのことには大いに感謝するのだが、依然として変わらぬ『問題』があるのも事実だ。
(ううむ、レベルは上がっているが、やはり上昇率が悪い。戦士因子があるから上堵級になっているのだろうが、出会った頃のラブヘイアと同レベルってところかな)
こうして見比べると、ラブヘイアが優れた武人であったことが証明される。
彼はサナより低いレベルの段階で、能力値は彼女を超えていた。剣技のキレも上だろうし、素で見ればラブヘイアのほうが強い。
そして今は『獣魔化』という謎の進化も遂げているので、戦闘力はクロスライルと同等と考えてよいかもしれない。
だが、サナにも『魔石』がある。これも強力な武器の一つだ。
(それだけでも幸いと思うべきかな。魔石を使えばマキさんを超えられるんだし、ひとまず満足しておこう。武器を新調したり技術を上げていったりすれば、まだまだ伸びるだろう。なにせ『天才』で『早熟』だしな。いいぞ、楽しくなってきた! 着実に成長しているじゃないか!)
サナが強くなるのはいつものことなので驚かず、今ではもっと強くするにはどうすればいいのか、に関心が移っていた。
人間、慣れとは恐ろしいものである。
これがあまりに異常であることには、やはり気づいていない。
火怨山が異常すぎた。周りにいた人間が本当におかしかったので、小さな数字の変化に鈍感になっているのだ。
一億円の貯金がある人間が、数万円のお年玉をもらって騒いでいる子供たちを見て、「ははは、可愛いもんだな」と思うことに似ている。
そして、地味に術士因子も1上昇しているが、これは魔石を操るようになったからだろう。
属性系の技を使う際には、術士因子があったほうがより強化されるため、こちらも高いほうがよい。
「おっと、あまり放っておいたら死ぬか。さっさと助けてやろう」
アンシュラオンが急いでここにやってきたのは、クロスライルを『助ける』ためだ。
あの闘人は相手をホールドするためでもあったが、実際は『保護』する目的もあったのだ。
覇王彗星掌をまともに放てば死ぬ可能性が高かったので、闘人をクッションにしようと考えていた。
しかし、彼が闘人を吸収してしまったために『予定』が狂ってしまった。
「相手の戦気を吸収して弾丸にする、か。あれも面白い力だな。さすがに自分の力だったから足が痺れたよ」
アンシュラオンも勢いで蹴り返したが、少し驚いたものだ。
『時間操作』と『空間加減速』に加え、奥の手まで持っている。
戦闘系のスキルを三つも保有していることからも、ここで殺すには惜しい人物だ。
アンシュラオンは命気を放出し、クロスライルを包む。
「能力を解除していいぞ。オレが回復させてやる」
声が聴こえたのかどうかは不明だが、クロスライルは本能的に助かると感じたのだろう。能力を解く。
その瞬間から彼の身体が軋み、崩壊を始めた。
が、それ以上の力で修復が開始されたため、肉体は蘇生もされていく。
破壊と再生。
両者は相反するものでありながら同一。
およそ三十分かけて、クロスライルの身体は元通りになった。
同じ異邦人のせいか相性も良く、命気の吸収率もかなり高かったようだ。左腕の再生も一時間もかからずに終了する。
(今まで命気を使ってきて思ったが、どれだけ自分と『肉体的相性』が良いかが重要なんだな。相手の能力はあまり関係がないらしい)
命気も戦気の進化系であるため、自身の生体磁気によって生み出される。
その吸収率は、肉体を構成する要素の類似性によって決まることが、少しずつわかってきた。
サナは受容性が極めて高いので言わずもがなであり、クロスライルはアンシュラオンと気質が似ているのでこちらも良好だ。
他方、ビッグの再生には思ったより時間がかかったことを考えると、かなり相性が悪いのだろう。(相手も相性が良くありたいとは思っていないだろうが)
「………」
「おい、起きているんだろう?」
「………」
「狸寝入りはやめろ。そのまま押し潰してやってもいいんだぞ」
呼びかけても応えないため、命気水槽を圧縮して肉体に負荷をかける。
その気になれば水覇・
そうして脅しをかけると、ぱちっとクロスライルの目が開いた。
やはり起きていたようだ。
「…ったく、少しくらいは油断しろよ。可愛げがないぜ」
「男に好かれたい理由もないからな。かまわないさ。で、どうする? まだ続けるか? 望むなら、とことん痛みを与えてやってもいいぞ」
「わかった、わかった。降参だ。負けたよ。あんたには勝てねぇ」
「本心か?」
「ああ、本当だ。全力を出して負けた。悔いはないし、殺されても文句は言えねえよ。…が、こうやって生かしたところをみると、まだオレに用事がありそうだね」
「簡単な話だ。オレに従え」
「ストレートだね」
「お前は使えるやつだ。こっちは手駒が少ないからな。強い武人はいくらでも欲しい」
「一応オレ、殺し屋組織の人間だけど?」
「いまさら言うことか? 裏切る気満々だっただろうに」
「カカッ、わかった? そりゃわかるよな」
「その組織についても知りたいもんだな。どんな連中だ?」
「オレも全部を知っているわけじゃない。所属していたのは末端の実働組織だからな」
「知っていることだけでいいさ。普通の組織じゃないことはもうわかっているからな」
「あとでまとめて資料を提出してやるよ。治療の礼としちゃ安いもんだ」
「はは、学校を思い出すな」
「このへんは性分でね」
「もう一度言うぞ。オレに従え。そうすれば、まだまだ強くなれる。満足はしていないんだろう? 上を見たなら、そこに到達したいと思うのが武人の心情だ」
「…なるほどね。そういう勧誘の仕方か」
「べつに部下になれと言っているわけじゃない。無頼者のお前にそんなことは不可能だ。だからギブアンドテイクでいいさ。利益があると思ったら案件ごとに契約して動けばいい。それなら今までとそう変わらないだろう? 『首輪』を付けられるよりはましだと思うけどね」
「………」
この首輪とは、JBのこと。
正しくは、JBの核として存在していた『ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉』のことを指す。
クロスライルのこの反応を見れば、その仮定が正しかったことがわかる。
何かしらの波動を出して構成員を監視していたのだ。
それがなくなった今、クロスライルはまさに自由である。
「…ま、しょうがねぇわな。負けた以上、勝ったやつの言うことを聞くのがルールだ。大将に協力するさ」
「いい心がけだ。それが一週間でももつことを祈るよ」
「さすがのオレも、もう少しはもつぜ。つーか、オレの得物が壊れちまったんだけど…どうしよう?」
「自分で稼いで買え。金払いの良い雇い主を紹介してやるよ」
「やれやれ、またやり直しか。カカッ、それもいい。こんな化け物がいるなら、まだまだ楽しめそうだしな。あー、負けた、負けた。すっきりしたよ」
クロスライルは、裸で寝転がりながら空を眺める。
晴れ晴れとした顔なので、今は全力を出して戦えたことに満足している様子がうかがえる。
が、あくまで無頼者で流れ者。いつどうなるかはわからない。
(いつ裏切るかわからないリスキーな男だが、それくらいでいい。駒が増える分には大歓迎だな)
当然ながらクロスライルを信じているわけではない。
同じ異邦人だからという仲間意識もない。
しかし、強くて『利己主義者』だ。
利益があると思ったらファルネシオの組織に入るくらいの男である。
アンシュラオンに利用価値があると思えば、少しは思い通りに動いてくれるだろう。
仮に邪魔になるようならば消せばいい。それだけのことだ。