※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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609話 「それぞれの生活と『ほほーい!』」

 

「オレも挨拶しようかな」

 

 

 アンシュラオンも馬車から降りて挨拶に向かう。

 

 

「初めまして、シャイナの飼い主です。こいつの尻は白くしておきましたので、どうぞよろしくお願いいたします」

 

「尻ーーー!? ここでお尻の話はおかしいですよ!」

 

「大事なことだから伝えておこうと思って…」

 

「頭おかしいですよ! よろしくの意味がわからない!?」

 

「あらあら! いい男じゃない! シャイナのアレ? アレなの!?」

 

「お、叔母さん!! 何言ってるの! やめてよ、恥ずかしい!」

 

「いいのよ、何も言わなくて! ずっと相手がいないから心配していたのよ。でも、お尻を洗ってもらうくらいなのだから親しい仲なのね。よかったわ!」

 

「だから尻とか言わないでぇえええ!」

 

 

 今日もシャイナの尻は輝かんばかりに白い。

 

 これで掴みはOKである。

 

 

「突然やってきて申し訳ないけど、受け入れてもらえるのかな?」

 

「ああ、手紙に書いてあった話ね。もちろん大丈夫よ」

 

「予定より多くなっちゃったんだけど…迷惑じゃない?」

 

「細かいことは気にしないで。場所は有り余っているもの」

 

「雨風をしのげればいいよ。人間なんてどこでだって生きていけるからね。お礼に相応の金は出すつもりだから安心してよ」

 

「シャイナの男にお金をせびるなんて恥ずかしいことはしないわ。ほらほら、入って入って」

 

 

(シャイナの言っていた通りの人だったな。珍しいこともあるもんだ)

 

 

 叔母に促され、アンシュラオンたちは家に通される。

 

 都市の中にある建築様式とは異なり、木で組み立てただけの普通の家屋だが、城壁内部なのでこれで十分な造りなのだろう。

 

 服装も普通。良いわけでも悪いわけでもない。農家ならば身綺麗なほうだろうか。特に生活に不自由はしていなさそうだ。

 

 

 家の中で改めて自己紹介。

 

 

 彼女の名前は、ルセーナ・ノウハット。

 

 実はルセーナとシャイナに血縁関係はない。髪の毛の色は似ているが単なる偶然らしい。

 

 シャイナの母親とルセーナは他の都市からやってきた移民で、たまたま同じ馬車に乗っていた同年代だったために意気投合し、友達になった。

 

 グラス・ギースに到着後は二人とも農業に従事したようだが、それだけでは困窮するため、我慢できなくなったシャイナの母親が都市内部にてホステスの仕事を始めることになる。

 

 その際に麻薬の売人であったカスオと出会い、シャイナが産まれた。

 

 シャイナが幼い間はルセーナが母親の代わりに面倒を見たこともあるため、実の娘に近い愛情を抱いているとのことだ。

 

 同様にシャイナ自身も彼女を叔母と呼ぶほどに慕っている。この二人の関係はかなり良好らしい。

 

 ただし、『これ』は例外だ。

 

 

「ああ、こいつもいるのね」

 

 

 ぎゅぅっ

 

 ルセーナが、眠っているカスオの首に足を乗せると体重をかける。

 

 これは冗談や脅しの類ではなく、本気で押し込もうとしていた。

 

 

「叔母さん! お父さんが死んじゃうよ!」

 

「死んだほうがいい人間ってのもいるのよ?」

 

「目が怖い! 怖いから!」

 

 

 ルセーナは、カスオのことは大嫌いらしい。

 

 そのことに関してはまったくの同意見である。誰がこんな男を好きになるのだろうか。

 

 

「この男は正真正銘のクズでね。こんな男に関わるもんじゃないって何度もシャンテに言っていたんだけど…」

 

「シャンテって…シャイナの母親?」

 

「そうそう。シャイナに良く似ているわ。胸が大きいところもね。ホステスになれるくらいだもの。顔だって悪くなかったわよ」

 

「ずっと疑問だったんだけど、そんないい女がどうしてカスオとくっつくの?」

 

「さぁね、こっちが聞きたいくらいよ。たぶん、お金が目的ね」

 

「そんな金、カスオが持って……たか。その頃からすでに薬の横流しをしていたんだろうね。しかしまあ、母親も金目当てとは…たしかに似ているな」

 

「そんな目でこっちを見ないでください! 少しくらいは愛情もあったはずですよ!」

 

「なかったわよ」

 

「断言された!!」

 

 

 叔母にも断定されたことから、横流しで得た金目当てが確定である。

 

 シャイナも半分以上は金目的でアンシュラオンに近づいたので、似た者親子といったところだろうか。

 

 そうしてずるずると繋がっている間に身ごもり、見事にシャイナが産まれることになったというわけだ。

 

 なんとも破廉恥で品性がないが、これが労働者の現実なのかもしれない。シャイナもそうなっていた可能性があると思うと世知辛いものだ。

 

 

「で、シャイナの母親は今どこに?」

 

「それもわからないわ。こっちには来ないまま消えたの。変に私を関わらせたら悪いと思ったのでしょうね」

 

「相手がマフィアじゃ仕方ない。賢明な判断だったかもしれないね」

 

「それもこれも、あんなクズと付き合ったせいだわ。ほんと、最悪な男よね」

 

 

(相当嫌いらしいな。だからオレからの金を受け取らなかったのか)

 

 

 金の提供を断ったのは、カスオへの嫌悪があったからだと思われる。

 

 カスオも最初は金払いがよかったものの、もともとはクズである。母親から金をせびるようになって亀裂が入ったのだろう。

 

 金の切れ目が縁の切れ目、とはよく言ったものだ。

 

 当然シャンテは娘を連れていこうとしたが、シャイナの変な思考回路が発動し、どうしても見捨てておけなかったという。

 

 その後もルセーナは心配して手紙を送っていたが、効果なし。現在に至る。

 

 

(ルセーナさんはすべて正しい。やっぱりシャイナがおかしいよな。そのくせ最後は頼ろうとするんだから、甘いにも程があるってもんだ。だが、それが家族というものなのかもしれないな)

 

 

 シャイナの今までの行動は、すべて『愚かさ』からきている。

 

 こればかりは誰にも直せない。もしこの世で何が一番難しいかと問われれば、「愚者を賢者にすること」と答えるだろう。

 

 愚か。まったくもって愚かしい。

 

 それでもシャイナを受け入れるあたり、馬鹿ほど可愛い、という言葉も真実なのだろう。

 

 しかし、世話になる以上は何かしら還元しないと気が済まない。

 

 

「ここの畑の手伝いは喜んでするよ。もう少ししたら男連中も起きるだろうから、いくらでもこき使ってくれればいい。家屋も傷んでいるようだから、あとで補強しておこうかな。それくらいはしてもいいよね?」

 

「ええ、ありがとう」

 

「それじゃ少しの間、お世話になるね。オレは外でこれからの予定を話し合ってくるから、シャイナはしばらく叔母さんと話していればいい。積もる話もあるだろう」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 

 

 アンシュラオンが外に出ると、ホロロとマザーとバイラルの姿が見えた。

 

 この三人が各班のリーダーといえるため、三人を守るようにサナとサリータも周囲にいる。

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 

 最初に出迎えるのはホロロだ。

 

 メイド長という立場は、ホテルを失ったあとも変わらない。

 

 自分が一番信頼すべき相手ともいえるだろう。

 

 

「迷惑じゃなかったかしら?」

 

 

 次にマザーが話しかけてきた。

 

 彼女も自分の身内ではあるものの、ひとまずはラングラスエリアから脱出した子供たちの責任者という立場になっている。

 

 

「大丈夫そうかな。お金は断られたけど労働で恩を返すことになったよ。マザーたちにも働いてもらうかもしれない」

 

「ええ、それに関しては何でもするつもりよ。家事や炊事はそれなりに得意だもの。先方の邪魔にならないようにやらせてもらうわ」

 

「頼むよ。ホロロさんも料理はそこそこできるらしいから、手伝ってもらおうかな」

 

「はい、お任せください」

 

「それ以前に、わしらが傍にいたら危険ではないのか?」

 

 

 最後にバイラル。

 

 彼はソーターを含む老人たちのまとめ役になってもらっている。歳が近いほうがやりやすいし、医者という肩書きに高齢者は安心するものである。

 

 

「心配性だな。どうしても気になるようなら、レイオンに夜回りをさせればいいさ」

 

「妹が気になって地下に行きそうだが…」

 

「どうだろうな。あいつも自分の実力の無さは痛感しているだろう。戻ったところで手がかりはないし、また思い悩むだけさ。ならば用心棒代わりに使ったほうが有益だ。どうしても帰りたいのならば好きにさせるしかないけどね」

 

「ふむ…」

 

「それよりバイラル、あんたには医者として活動してもらうぞ」

 

「わしがか?」

 

「オレと違って本物の医者だからな。手に職がある人間は活用しないともったいない。このあたりの人間は貧しい人も多いから、医者に通う余裕なんてないだろう。十分役立つさ」

 

「おぬしが治せばよかろう」

 

「オレがいつまでこの都市にいるかはわからないぞ。所詮は流れ者だからな。…そうだ。シャイナに医療を教えてやってくれないか? そんな簡単に教えられるものじゃないのはわかっているが、少しは才能があるのは保証しよう」

 

「あの娘を? 本気か?」

 

「オレがあんたに求める対価はそれだけだ。安いものだろう?」

 

「随分と破格になったものだな」

 

「足りない分はグマシカに請求するよ。どうだ、やってみないか?」

 

「…仕方があるまい。お前さんがいなければ、いまだに地下で何の対抗策もなく震えていただけじゃった。たまには外に出るのもいいかもしれぬな」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 

 断られると思ったが、意外にもバイラルは快諾。

 

 彼も久々に太陽を浴びて、かつての栄光を思い出したのかもしれない。

 

 誰だって名前を隠し、姿を消して生きるのはつらいものだ。人間には太陽が必要なのである。

 

 

「すべてが手探りだから問題が発生するかもしれないが、そこは協力してやっていこう。何かあったらオレに報告すること。頼むよ」

 

 

 アンシュラオンの言葉に三人が頷く。

 

 何もしなくても腹は減るし、眠くなる。

 

 食べる物と寝る場所は必須なのだ。そのためならば人は必ず動く。

 

 これも長々と歩かせた効果といえるだろう。魂の奥底に眠っていた生への渇望を思い出させるのだ。

 

 

 

 

 

 こうしておよそ二週間、アンシュラオンたちは「ルセーナ農場」で生活をすることになった。

 

 

 子供たちの面倒はニーニアやトットたちが見ながらも、彼らはルセーナと一緒に収穫や製粉を手伝っていた。

 

 地下暮らしが長かった子供たちにとっては、すべてのものが目新しかった。大地の恵みを肌で感じるだけでも大喜びだ。

 

 日焼けという現象も知らなかったため、中には泣き叫ぶ子供もいたが、それもまた人生経験である。誰もが痛みを知りながら大人になっていくのだ。

 

 他の農民との出会いも新鮮だったに違いない。誰もが子供好きなので、お菓子をもらったり、木を組み合わせて作る簡単な玩具の作り方を教えてもらったりしていたものだ。

 

 子供たちは、ここで初めて【自由】を知る。

 

 そして、自由とは勝ち取るものであることも知ったのだ。

 

 地下とは違い、がんばった人間の努力がそのまま報われることは、大いなる救いといえるだろう。

 

 時に理不尽な暴力で失われることはあれど、植物は手をかけた分だけ恵みを与えてくれるのだ。

 

 

 料理に関しては、ホロロとマザーが彩りを与えた。

 

 マザーはミャンメイという料理の達人がいたからこそ黙っていたが、カーリスの司祭らしく料理の知識も一般人以上である。いかんなく料理の腕を発揮する。

 

 そこにホロロがホテルのメニューの知識を加えたことで、見栄えはまさにディナーのような品目が並んだものである。

 

 もちろんプロではないので味は並だが、こんな場所で食べるにしては豪華である。

 

 ルセーナも普段は独り身なので、その変化を楽しんでくれていたようだ。

 

 ホロロもマザーに対しては礼節を重んじ、敬意を払っているので関係も良好だ。

 

 実力がある人間は素直に認め、主の意に心から賛同する。まさにメイドの鑑である。これならば今後も上手くやっていけそうだ。

 

 

 バイラルも医者として活動を開始。

 

 アンシュラオンが適当に建てた医者用のプレハブの中で、シャイナを助手にして怪我人たちを無償で治療する。

 

 シャイナの手際が悪いのでプレハブ前を通ると、よくバイラルに怒鳴られている様子を目撃できる。

 

 アンシュラオンの助手の時は正直言って何もやることがなかったが、本物の医者の助手をするにはさまざまな知識が必要となる。

 

 特にバイラルは生粋の医者で、完璧な処置にこだわる。ほとんど素人であるシャイナに上手く対応できるはずはない。

 

 

 が、ここでシャイナが『覚醒』。

 

 

 必死に【勉強】を始める。

 

 バイラルから借りた医療本を読むために、ホロロに頼んで文字の読み書きを教えてもらったりもしていたくらいだ。その本気度がうかがえる。

 

 グラス・ギースの識字率はかなり低い。労働者ならば文字も読めない人も多いが、シャイナはルセーナによって教育されたので最低限はできるようだ。これだけでも実はすごいのである。

 

 そういった努力の成果もあり少しずつ怒られる回数は減ってきたが、重症度が増すに伴ってさらなる知識も求められるため、この努力に終わりはないのだろう。

 

 

 薬に関してはバイラルが地下から持ち出したものに加え、外部ルートで手に入れた医療品で間に合わせることにした。

 

 ソブカから手に入れることもできたが、バイラルをあまり目立たせるわけにもいかなかったため、一般ルートで手に入れられるもので我慢している。

 

 ただし腕は一級品なので、瞬く間に噂になってしまった。

 

 近場の農民たちの来訪が多いが、噂を聞きつけた衛士たちもこぞってやってきたものだ。

 

 衛士といっても西側砦の者たちは、ほぼ農民と変わりがない。有事の際には衛士になる農兵とまったく同じであるから、彼らも無料で治療を受けられた。

 

 一方で外からやってきた旅人や行商人からは少量の金を取ることで、最低限の収益とすることにした。

 

 もっと金を取ってもいいのだが、バイラル自身のリハビリも兼ねていたので、これくらいでよいとのことだ。

 

 ちなみにリハビリとは医療の腕のほうではなく、『人間と付き合う練習』のことだ。

 

 三年間地下にいたため、他人と接することが億劫になっていたのを改善しているのだ。悪い意味で環境に馴染んでしまった例といえるだろう。

 

 ただし、こんな慈善みたいなことをやっていたからか、中には「ホワイト」と間違える患者もおり、そのたびにバイラルは嫌な顔をしていたものである。

 

 そんなに嫌がらなくてもいいのにとアンシュラオンは思ったが、ホワイトは悪名でしかないので当然の反応といえる。

 

 いったいどれだけの悪事を働いてきたのか、自分の胸に聞いてみるといいだろう。

 

 

 次に警備、防衛面の話だ。

 

 ルセーナ農場は、彼女がまさに身一つで勝ち取った憩いの場である。

 

 違法な金儲けも考えず、苦しい日々に耐えながら作業に勤しんだ結果なのだ。

 

 そんな素晴らしい場所を悪人に踏み荒らさせるわけにはいかない。マングラス勢力はもちろん、そこらのならず者の侵入は絶対阻止する必要がある。

 

 これには当然、レイオンが適任者であった。

 

 意識を取り戻したレイオンは、あまりのふがいなさにさすがに落胆していた。

 

 今のままではセイリュウには絶対勝てないと身にしみたのだろう。今度修行をつけることを条件に用心棒兼警備員になってもらった。

 

 ついでにルアンもやることがないので警備員として採用する。

 

 やたらガリガリになってしまったが、カカシよりはましだ。

 

 今は強くなることより、ホテルでの出来事が夢だったのではないかと自問自答している最中らしいので、気を紛らわせるのにもよいだろう。(記憶の混濁が見られる)

 

 ただし、現実逃避したい気持ちはわかるが、一度血に染まった手は元には戻らないと知る日がやってくるはずだ。そのときにまた煽ってやればいい。

 

 こうしてレイオンたちが農場全体の警備を担当してくれたので、サナとサリータはバイラルを集中的に守ることができた。

 

 といっても相手側からのアクションはまるでないため、退屈だったようであるが。

 

 

 

 そして、こうした平凡な生活が続けばハプニングも起こる。

 

 

 

 

「働かねぇ! おれは働かねぇぞぉおおおお!」

 

「お父さん、降りてよ! 危ないって!」

 

「うるせぇ! 降りてほしければ金を持ってこい!! 金と酒だ! 早くしろ!」

 

「お金なんてないわよ!」

 

「お前が身体で稼いで持ってこい! 無駄にでかい乳しやがって! いくらでも客が取れるだろうが!」

 

 

 カスオが納屋の屋根に上り、なにやら喚いている。

 

 発言は相変わらずのクズだ。何も変わっていない。

 

 意識を回復させるために身体を浄化してやったのはよいのだが、ついでに他に投与したものまで抜けてしまい、すっかり元に戻ってしまったようだ。

 

 

「どうしよう、叔母さん!」

 

「なに、簡単よ。ああいうやつはね、こうすればいいの」

 

「お、おい、何をするつもりだ!」

 

「死にな!」

 

 

 ルセーナが銃を取り出し、カスオに発砲。

 

 銃弾は上に逸れたので被害は出なかったが、明らかに当てるつもりで放ったものである。

 

 

「ぎええええ! て、てめぇ! 本気で殺すつもりだったな!」

 

「当たり前よ、このクソ野郎! シャンテの仇討ちをしてやるわ!」

 

「あいつは死んでねぇだろう!」

 

「あんたのせいで人生を駄目にされたなら同じよ! このクズ!!」

 

「ぎゃー! 撃つな!」

 

 

 ルセーナは装填を繰り返して銃を撃ち続ける。

 

 どうやら魔獣や畑荒らし対策に、懇意にしている衛士や商人から銃を仕入れているようである。

 

 独りで生きている女性はたくましいものだ。

 

 

「なんだか賑やかだな」

 

 

 面白そうな匂いを嗅ぎつけたのだろう。

 

 そんなときにアンシュラオンがやってきた。

 

 

「先生! 大変なんです! お父さんが屋根に上って…!」

 

「見ていたから知っている。相変わらずのクズだな。おっ、今のは掠ったな。ははは、慌ててるぞ」

 

「笑い事じゃないですよ! 死んじゃいます!」

 

「見た通りのクズだぞ。お前もそろそろわかったんじゃないのか? オレはルセーナさんの意見に賛成だ。ここで死んだほうが人類のためになる」

 

「それじゃ今までの苦労が水の泡じゃないですか!」

 

 

(あいつのクズっぷりを見せつければ、こいつも少しは心変わりすると思ったが、人間ってのは簡単には変われないものかな。発想がもうおかしいんだよな。しょうがない、これがシャイナという女だ)

 

 

 カスオを放置していたのはシャイナが呆れると思ってのことだったが、意外というか真性の馬鹿というべきか、彼女自身もまったく懲りていない。

 

 思い起こせば、どうせ薬物中毒になるのならば上等な麻薬のほうがいいだろうと、なぜかコシノシンを買ってまで売っていたような女だ。

 

 ツッコミどころ満載なのは仕方ない。そもそもがそういう女なのだから、性格を変えることは諦めるしかない。

 

 

「先生、なんとかなりませんか?」

 

「昔から馬鹿は死んでも治らないといわれているしな…」

 

「職を与えるって言ってませんでした?」

 

「たしかに言ったが…」

 

「お願いします! ちゃんとした職に就けば、もう少しまともになると思うんです! 約束しましたよね!?」

 

 

 あざとい女だ。

 

 そういうところだけはよく覚えているものである。

 

 が、その時はシャイナがスレイブになる話も出ていた気がするが、そのあたりをすっ飛ばすあたりやり方が汚い。

 

 だが、約束した以上は守る。それも自分のポリシーである。

 

 

(カスオなんて完全なトラブルメーカーだよな。トラブルの根源ともいえる。あいつに適した職なんて『囮』しかないぞ。かといって狩りに連れていくだけでも面倒で不快だしな。できれば遠慮したい。…駄目だ。何も思いつかない。クズって何の役に立つんだ?)

 

 

 何度考えても、クズはクズ以外にはなれない。

 

 シャイナにその話をした当時は、まさかここまでのクズとは思っていなかった。

 

 キング・オブ・クズに相応しい職など、はたしてこの世にあるのだろうか。

 

 と、思っていたときである。

 

 

「うわわっ」

 

 

 カスオがバランスを崩し、屋根から落ちそうになる。

 

 ここはかろうじて踏ん張ったが、銃弾が飛んでくるたびに不安定さは増していく。

 

 

「おっ、よよい!」

 

「くそ、しぶといね! 当たりな!」

 

「へへん、このアバズレが! てめぇなんぞに好きにやられるかよ! ほらほら、当ててみやがれ!」

 

 

 よけるのが上手いのか、あるいはルセーナの射撃の腕前が下手なのかはわからないが、なかなかしぶといものである。

 

 こうなると調子に乗るのが、クズという生き物。

 

 相手を挑発してマウントを取りたがる謎の行動を取りだす。

 

 

「ほほーい!」

 

 

 ついには変な掛け声まで出し、小躍りを始める。

 

 

「ほほーい、ほほーい! どうした、どうした! おれはここだぞ!」

 

「………」

 

「もういっちょ最後に、ほほ―――」

 

 

 ピキキッ

 

 この時、カスオの足元が凍った。

 

 たまたま凍るわけがないので、当然ながらこれはアンシュラオンがやったことだ。

 

 特に意味はなく、なんとなく余裕ぶった顔がムカついたから滑らしてやろうと思っただけだ。

 

 

「うおっ、うおっ!?」

 

「チャンス!」

 

 

 足を滑らしたのを見て、ルセーナがとどめの銃撃を放つ。

 

 それでもカスオはかろうじて回避するも、バランスを崩して屋根から落下。

 

 

 ヒューーーンッ 

 

 

 

「ほほーーーーいっ!!」

 

 

 

 しかしなんと、ここでカスオはクズならではのしぶとさを発揮。

 

 空中で体勢を立て直そうとするではないか!

 

 この男、まさかこんな芸当ができるとは思わなかった。

 

 低い重心が幸いしたのか、両足をついて見事に着地。

 

 

 

 できるわけもない。

 

 

 

 ボキンッ

 

 

 

「ぎゃあぁあああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 なまじ体勢を直そうとしたので、変な角度で着地。

 

 両足は衝撃に耐えきれず、へし折れた。

 

 

「おとうさーーーーーーんっ!!」

 

 

 娘は健気にも父親を心配して駆け寄ろうとする。

 

 一般の良心的な人々ならば、誰もが怪我人を心配するに違いない。

 

 が、この男は違う。

 

 

 

「―――ぶっ!! ぶははははははははっ!!!」

 

 

 

 大笑い。

 

 

「あはははははははははっ!!!」

 

 

 しかも腹を抱えて笑い出す。

 

 

「せ、先生! なに笑ってるんですか!!」

 

「いやだって…そうなると思ったけど、本当にそうなって…ゲラゲラゲラゲラッ!! あー、腹痛ぇえええ! じわじわくるわーーー! あいつ、両足折りやがった!! ゲラゲラゲラゲラッ!!」

 

「笑っている場合じゃないですよ! ああ、叔母さんも殴らないで!!」

 

「この、このクズ!! クズ野郎!」

 

「ひー、すみません! すびばぜん!! ひーーっ!」

 

「ゲラゲラゲラッ! 足折ったうえに殴られてやがる!! ぶははははっ!! さっき『ほほーい』とか言っていたやつが何やってんだ!! ゲラゲラゲラッ!!」

 

 

 両足が折れて動けない相手に銃床で殴りかかるルセーナ。

 

 さっきまで調子に乗っていたクズがボコボコにされていくさまは、とても面白い。

 

 ピキーンッ!!

 

 そして、この喜劇だか悲劇だかわからない謎の現象を見て、あることを思いついた。

 

 

「こいつ、これで食っていけるぞ!!」

 

「え?」

 

「こんな面白いもの、普通はできないって。違うか!?」

 

「ま、まあ…珍しい状況だとは思いますけど…」

 

「ちょっと待て、もう一度確認してみる!」

 

「か、確認って、何するんですか?」

 

「おい、カスオ! もう一度上れ!」

 

「ひーー、ひーーっ! へ? 上る?」

 

「さっさと上れ!! また魔獣に食われたいのか!!」

 

「は、はひぃいいい! の、上ります!! のぼりますううう!」

 

 

 シャイナが困惑した表情を浮かべる中、アンシュラオンはカスオを再度屋根に上げてみた。

 

 ちなみに両足は治してやったので自分の足で立つことはできる。

 

 あれだけ殴られたのだから反省したと思いきや、ここで信じられない現象が起きる。

 

 

「おれは働かねぇぞ! このアバズレ、金を持ってこい!!」

 

 

 なんという既視感。

 

 さきほどとまったく同じ言葉を吐くではないか!

 

 なぜ今犯した失敗を反省しないのだろう。だが、これがクズである。

 

 嘘のようだが本当なのだ。ぜひ身近なクズで試してみてほしい。

 

 

「あんたね! いいかげんにしなさい!!」

 

 

 こうしてルセーナをまた罵倒するものだから、激怒した彼女が再び銃撃。

 

 それからまた「ほほーい」という謎の声を出しながらよけるが、アンシュラオンが足元を凍らせたので、また落下。

 

 

 

 ひゅーーん ボキンッ

 

 

 

「ぎゃぁあああああああ!! ごめん、ごめんなさい!! ゆるぢでぐだざいいいいいい!」

 

 

 

 今度も既視感。

 

 骨を折ったカスオにルセーナが殴りかかり、ボコボコにする。

 

 

「ぶはははははははっ!! おかしいだろう!! なんで同じことをするんだよ!! ゲラゲラゲラゲラッ!! 腹いてーー!! やめろよ!!」

 

 

 やめろよ、と言いながら、やらせたのは自分である。

 

 

「ちょっと先生! なんなんですか、これ!?」

 

「はぁはぁ、え? 何って…【芸】だろう?」

 

「ゲイッ!?」

 

 

 その言葉に反応し、ちょっと離れた場所にいたトットがこちらを向いた。

 

 と、それはともかく、これは紛れもなく『芸』だ。

 

 

「お前も見ただろう? クズってのは、同じ馬鹿なことを何度も繰り返すんだ。しかも何も反省せずにまったく同じようにやるから新鮮さが失われないんだよ。やっぱり芸は鮮度が命だって思い知る」

 

「ちょっと何言ってるかわからないんですけど!? お父さんで遊ばないでくださいよ!」

 

「人を笑わせられることも立派な才能だぞ。これはいける。確信した。こいつは今日から『芸人』にする!!」

 

「げいにんっ?!?」

 

 

 その言葉にもトットが若干振り向いたが、もう気にしないでおこう。

 

 ちなみにその場合の意味は「ゲイ人」である。

 

 

「ゲラゲラゲラゲラッ! あーー、さいこう!! おいカスオ、興行に出るぞ!! どれくらい反応があるか試してみるんだ!」

 

「ひぃいぃいい、おたすけ!! だずげでええええええ!」

 

「あ、ルセーナさんも一緒に行こう! 好きなだけ撃たせてあげるよ」

 

「本当かい!? こいつをぶっ殺せるなら喜んでやらせてもらうわ!」

 

「せ、先生! 本気ですか!?」

 

「いける、これはいけるぞおおおおお!」

 

「せんせーーーーーーいっ!!」

 

 

 

 その後、砦にいる衛士たちの前でこの芸をやったところ、見事に大うけ。

 

 第三城壁内部では娯楽が少ないためか、一緒に見ていた旅人や商人も爆笑である。

 

 しかも鮮度が落ちないで何度も同じネタをやる面白みを理解してくれた人からは、かなりのおひねりを頂戴するに至った。

 

 カスオの才能は、通用する。

 

 

 ここに新たなる芸人が誕生!!

 

 

 毎日のように芸を披露したところ、彼を目当てに固定客がやってくるまでになった。

 

 たまにルセーナも芸に参加し、心ゆくまでカスオを殴ってストレス発散をしている姿も見受けられる。

 

 クズはクズなりに役に立つということだろうか。クズにも最低一つは才能を与える女神様は、やはり偉大である。

 

 だが、娘にとってはなんとも言えない状況だ。

 

 見かねたシャイナがカスオにやめるように懇願したところ、「たまに足を折るだけで金がもらえるならボロい商売」と言い放ったらしい。

 

 たしかに日本でも、自分で足を折って保険金をもらう詐欺があったような気がするが、それを芸にする者は少ないだろう。

 

 当人がそれでいいのならば、娘にはどうすることもできない。

 

 そのせいか、ますますシャイナは医学の勉強に精を出すようになったとかならないとか。

 

 こうしてあっという間に二週間という日は過ぎていくのであった。

 

 

 

 ほほーーーーいっ!!

 

 

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