※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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610話 「下克上 その1『世代交代の波』」

 

 アンシュラオンがルセーナ農場に居候して、約二週間が過ぎた。

 

 この間、グラス・ギースの都市内部は、何事もなかったかのように静かであった。

 

 マングラスの治安維持部隊によって治安が回復し、前のように街中でドンパチやる光景も見なくなった。

 

 安全が確保されれば物流も回復するものだ。毎日のように不足していた物資が運び込まれ、経済もかなり立て直したといえるだろう。

 

 ただし、その内情はかなりギリギリのバランスで成り立っていた。

 

 『ホワイト商会』と呼ばれた「ならず者」たちによって、派閥のパワーバランスが大きく崩れていたのだ。

 

 おそらくこの中で一番被害を受けたのが『ジングラス』だ。

 

 戦獣乙女という象徴を失った影響はあまりに大きく、いまだに派閥内で大きな混乱が続いている。

 

 もともとジングラスは、少人数による封建社会に似たシステムを構築していた。

 

 トップの戦獣乙女を頂点として、その下に各商会のトップ(古参の相談役)がおり、商会それぞれが与えられた耕作地を管理する形態だ。

 

 商会がジングラス家を支える義務を負う一方、彼らには各自で商材や人員を増やす権限(報告は必要)があり、臣下間で競い合うことで活力を維持している。

 

 ジングラスは仲間意識が強いため、他派閥のように各商会でバチバチやりあうといった光景は見られないが、自分こそが戦獣乙女の忠臣であるという自負が強く、発言力や影響力の大きさがステータスになっていた。

 

 今まではプライリーラおよびアーブスラットが彼らを抑えていたが、江戸時代でいえば将軍が消えるようなものだ。トップがいなくなれば荒れるのは必定であった。

 

 現在はプライリーラを捜索しつつ、今まで築いた貿易ルートで食料を仕入れてはいるものの、会長自らが赴かねば成立しない商談がすべてストップしているため、現状維持さえままならない状況である。

 

 もしハングラスの援助がなければ、まともに機能していない可能性さえあっただろう。

 

 当然ながら物流を管理しているのはハングラスである。彼らのがんばりによって都市の経済は持ち直したといえる。

 

 が、そのハングラスもまた万全とは言いがたく、特に防衛面では力を失ってしまっていた。

 

 警備商隊はアンシュラオンからすれば、さしたる戦力ではなかったが、一般的な商隊としては極めて能力の高い戦闘集団だったのだ。

 

 今では戦力の大半を輸送警備に当てねばならないため、こちらも都市内部での影響力が半減している状態にある。

 

 そして、領主のディングラス家は都市運営に関与しないため、グラス・ギースで残された勢力は残り『二つ』。

 

 

 

 

 上級街のホテル街に、八人の人影が見えた。

 

 ついこの前までは、ここに大きなホテルが存在していたのだが、今では何も残っていない。

 

 残されているものといえば、大きく抉れて結晶化した地面のみ。

 

 ここで核爆発でも起きたのではないかと思えるほど、大地は完全に焼き尽くされていた。

 

 その影響は城壁にも及んでおり、第一城壁の内側一部がプラスチックを溶かしたように歪(いびつ)に変形してしまっている。

 

 

「どうですか?」

 

「………」

 

「オビトメ」

 

「っ! は、はい! 申し訳ありません!」

 

「謝罪は必要ありません。何かわかりましたか?」

 

 

 金刺繍で龍が装飾された青い武術服を着た美青年、セイリュウが、黒いフードを被った女性、オビトメに声をかける。

 

 オビトメの顔はフードで覆われているのでまったく見えないが、その隙間からひときわ大きな「青い瞳」が輝いていた。

 

 さきほどから彼女はその目で周囲を見ては、何度も怯えたように竦み上がっていたのだ。

 

 セイリュウが声をかけねば、それがずっと続いていたに違いない。

 

 

「あなたの目で何か見えましたか?」

 

「…は、はい」

 

「あなたが見たものを正直にすべて言いなさい。それがあなたの存在意義です」

 

「わ、わかりました。ですがその…わ、わたしが見えたのは……はぁはぁ…うううっ」

 

「落ち着きなさい。ここにあなたを害する者はおりません」

 

「…は、はい。も、もうしわけ…ありません」

 

 

 明らかにオビトメの様子がおかしい。

 

 生来臆病な性格だったのか、または因子改造を受けた結果そうなったのかはわからないが、彼女は精神的に不安定な側面があった。

 

 おそらくは生まれつき強い「目」を持っていたことが災いしているのだろう。

 

 見えないものが見えてしまう力は有益だが、当人が幸せとは限らない。そのあたりはマザー・エンジャミナに似ているだろうか。

 

 だが、これほど怯えた様子を見せたことはなかった。さすがにここまで普段から怯えていると、日常生活にも支障が出るだろう。

 

 ならばその理由は、彼女が見た【術式】にあるのだ。

 

 

「こ、こんなもの…今まで見たことは…あ、ありません。空間の座標が歪んで…計測が不可能です。も、もしかしたらここで時間が逆転して……いえ、でもそんなことは物理的に不可能で……これに似た転移術式はとても難しく…ありえないことではありませんが…一時的に情報を保存して再生させるには、極めて大きな保存領域と高度な演算処理が必要で……」

 

「オビトメ、簡潔でかまいません」

 

「は、はい。も、もうしわけ…」

 

「ここで起こったことは、とても珍しいこと。その認識でかまいませんか?」

 

「は、はい。珍しく、危険です。と、とても大きな力が干渉しています。こんなことは……に、人間には実現不可能です」

 

「人間には…ですか。では、人間でなければできるのですか?」

 

「し、支配者…上位の支配者か……もっと上の…鬼神ならば。魔王に匹敵する存在ならば……可能かと思われます」

 

「理(ことわり)を制する者、魔術士の王、【魔王】ですか。三王の一人が干渉するとは常識的ではありませんね」

 

「も、申し訳ありません!」

 

「いえ、あなたを責めたわけではありません。ここで起きたことが予想以上だった、というだけのことです。他に気になることはありますか?」

 

「さまざまな術式が、こ、混線した痕跡が…あ、あります。それによって解析が、む、難しく……」

 

「複数の術式…ですか」

 

 

 オビトメの青い目は、あらゆる術式を見抜くといわれている特殊なものだ。

 

 彼女が青劉隊のメンバーに入っているのも、優れた目で外部からの『見えない攻撃』を防ぐことを最大の目的としている。

 

 都市防衛は最重要課題の一つであるため、マングラス随一の『術式探知能力』を買われてのことだ。

 

 実際、彼女は世界のすべてが一般人とは異なって見えている。

 

 都市に張られている防護結界も視認できるし、人それぞれの特徴も肉体ではなく、周囲に展開されている術式を通して見ている。

 

 

 その彼女がある時、【激しい錯乱状態】に陥った。

 

 

 ホテル街が一瞬で蒸発した夜、身の毛がよだつほどの邪悪な気配を感じる。

 

 その段階で全身に汗を掻いていて気が進まなかったが、自分には状況を確認する義務が与えられているため、嫌々ながらも外に出た。

 

 そこで彼女は見たのだ。

 

 

 巨大な炎で出来た妖艶な女性の影が、都市を覆い尽くす姿を。

 

 

 物理現象としては上級街の一角で起きた小さなものだったが、術式が見える彼女は世界の終わりがやってきたのかと錯覚したほどである。

 

 オビトメは錯乱中に自害しようとしたところを、間一髪仲間に止められて失神するに至る。

 

 その一報は即座にセイリュウに伝えられ、最大警戒態勢に移行。制裁後の後始末も放り出し、地下に潜って息を潜めることになる。

 

 まさにアンシュラオンの予想通りのことが起きていたのだ。

 

 そして今ようやく警戒態勢が解除されたため、改めて調査に乗り出しているというわけだ。

 

 しかし、調べれば調べるほど最悪の状況だとわかるので、さすがのセイリュウの顔にも余裕はない。

 

 

「これと同じことが今後、再び起きる可能性はありますか?」

 

「防護結界に干渉された形跡はありませんでした。で、ですので、何かの媒体で持ち込んだ可能性が、た、高いと思います」

 

「そのことに関しては、おおよその予測はできています。仮にそれが『人』だった場合、探知は可能ですか?」

 

「生物の場合は…巧妙に隠されていますから…む、難しいです。で、でも、注意深く見れば…違和感は見つけられると思います」

 

「探知する時間は、どれくらい必要ですか?」

 

「す、数十分ほどもあれば…」

 

「わかりました。あなた以上の目は誰も持ち合わせていませんからね。信頼しますよ」

 

「あ、あと、防護結界の一部に大きな破損が…あ、あります。第一城壁内部と…第三城壁のほうですが…」

 

「再度結界を張る必要がありそうですね。ただし、第一城壁を最優先とします。この任には、マショウケツとヤマビコがあたりなさい」

 

「はっ」

 

 

 マショウケツは結界術を得意とする隊員で、ヤマビコは『術写増幅』という術式コピーの特異能力を扱うことができるサポート要員だ。

 

 ドクリンが毒の浄化能力を持っていたことを考えると、青劉隊のメンバーの大半が『都市防衛』を意識した力を与えられていることがわかる。

 

 たとえるならば、治安維持部隊は警察、青劉隊は機動隊、といったところだろうか。

 

 実際の軍隊にあたる戦力は、グマシカ率いる戦闘人形隊と、コウリュウが率いる戦闘用改造人間部隊が該当する。

 

 

「カラス、オビトメは東門に配置します。人の出入りがあった際は、必ず彼女の目を通すように。護衛として他の青劉隊のメンバーも同行させてください。彼女を守ることが最優先命令です」

 

「お任せください」

 

「あなたはまだ完全に修復されておりませんから、無理をしないように。大御所様は新しい玩具に夢中のようで、こちらのことにまで手が回らないご様子ですからね。その代わりにグマシカ様が新しい力をくださるでしょう」

 

「もったいなきお言葉。ありがたき幸せでございます」

 

「グマシカ様は、この都市を心から愛しておられます。あなたたちも、その御心を理解して注意深く動くように。人々に対しては常に寛容と慈愛をもって臨み、生活に苦がないように配慮すること。また、地上の一般治安部隊が暴走しないように歯止めをかけてください。武力介入は最後の手段です。マングラスこそが市民の味方であることを示すのです」

 

「かしこまりました。…『ホワイト』に関しては、いかがいたしましょう?」

 

「ホワイトは死にました。それは公式発表の通りです。我々が干渉することは二度とないでしょう」

 

「では、それに比肩する何者かが仕掛けてきた場合の対応は、いかがいたしましょう?」

 

「いかなる場合においても自衛はかまいません。しかしながら、できる限り穏便に対処するように。害がなければ都市内部での活動も認めます。それは市民としての当然の権利です。どのみち、あなたたちが勝てる相手ではないでしょう。無駄に刺激しないことです」

 

「かしこまりました」

 

「それよりは衛士隊と揉めないように配慮してください。彼らも自分たちの権利を侵害されて気が立っていることでしょうからね。領主様の面子を潰さないように穏便に対応してください」

 

「はっ」

 

「そう…あとは【ラングラスに注意】してください」

 

「ラングラス…ですか?」

 

「我々の使命を忘れてはなりません」

 

「現在のラングラスに、それほどの力があるようには思えませんが…」

 

「火は、火種であっても注意すべきです。油断して出火を許すようなことになれば家々に延焼し、そのまま都市を呑み込んでしまいます。私はコウリュウの再生のため、しばらくは地下に潜らねばなりません。グマシカ様から預かった大切な都市に万一のことがあってはなりませんよ」

 

「はっ! お任せください!」

 

 

(現状では戦力が乏しいですね)

 

 

 セイリュウは焼け焦げて何もない空間を見つめながら、珍しく空虚感のような情を抱いた。

 

 片割れであるコウリュウが瀕死に陥ったことも大きな要因だが、地上に派遣されている戦力があまりに少ないからだ。

 

 青劉隊は強い。強いが、アンシュラオンたちには遠く及ばない。

 

 幸いながら魔人は都市の覇権に興味がないため積極的に干渉はしてこないが、喉元にナイフを突きつけられるのは誰だって気分が良くない。

 

 さらに魔人以外にも注意すべき存在がいる。

 

 制裁時において強烈な印象を残した『荒々しい不死鳥』である。

 

 力強く猛々しく、残酷で恐ろしく、人々を惹きつけてやまない魅力を放つ者。

 

 セイリュウには、その存在がのちに大きな壁になるかもしれないという予感があった。

 

 

 

 

 そしてセイリュウの予感はこの夜、現実のものとなる。

 

 

 

 

「ビッグよ、そろそろ世代交代の時期かな」

 

「…え?」

 

「俺はもう歳だ。この組をお前に託す時が来たのかもしれん」

 

「ダディー、何を言っているんだよ。まだまだ若いだろう?」

 

「お前は立派に成長した。制裁での勇姿を見れば誰も文句は言えないさ」

 

「今日はそういう話の日じゃないだろう」

 

「お前の【結婚式】だ。ちょうどいい話題じゃないか」

 

 

 ソイドファミリーの本拠地である倉庫区は、今までにないほどの盛り上がりを見せていた。

 

 なぜならば今日は、ソイドビッグとリンダの【結婚式】があったからだ。

 

 彼らは他の商会とは関わらない閉鎖的な組織なので、身内だけでのパーティーであったが、昼間から盛大に祝ったものである。

 

 今はその余韻が残る夕方。

 

 それぞれが自由な時間を過ごしている中、ダディーが父親として息子に話しかけているのだ。これぞ結婚式の醍醐味であろうか。

 

 

「お前がホワイトを殺したんだ。これほどの実績はないだろうに」

 

「そ、そうだよな。俺が…倒したんだ。けじめをつけた」

 

「そうだ。もっと自信を持て。お前ならやれるさ。名前通り、もっとビッグな男になれる」

 

「なぁ、ダディー。夢じゃないんだよね? 本当に俺、今日結婚したんだよな?」

 

「当たり前だ。夢であるもんかよ。全部お前自身で勝ち取ったもんだ」

 

「そ、そうか…夢じゃないんだな……本当に…」

 

 

 制裁によってホワイト商会が潰され、首魁であるホワイトをビッグが倒した。

 

 マングラスが公式発表した通知にも、しっかりとソイドビッグの名前が記されている。

 

 そう、表向きは彼が倒したことになっているのだ。

 

 偽の死体はワカマツも持ち帰ったが、あれは裏側の噂話になっているだけで、公式記録では上記の通りである。

 

 ホワイトが倒れたことで都市に平穏が戻り、以前約束していたリンダとの結婚が実現したというわけだ。

 

 マフィアなのであまり騒ぐこともできないが、彼らなりに大いに賑わい、久々の幸せを心から喜んだものだ。

 

 ビッグの結婚は組の存続も意味するので、これで安泰と誰もが安堵していた。

 

 

「だがビッグよ。男たるもの、自分の女を幸せにできなければ一人前じゃない。これよりお前たちは、二人だけで旅に出るんだ。その旅の完了をもって、お前に組を任せるつもりだ」

 

「ダディー…」

 

「さらに強くなって戻ってこい。外の世界はお前にいろいろなことを教えてくれるはずだ。見知らぬ土地、見知らぬ人間、見知らぬ文化に触れてこい。人間として一回りも二回りも大きくなってこい!」

 

 

 地球にも新婚旅行という文化があるが、この都市でも似たような習慣があった。

 

 アンシュラオンの覇王流星掌(彗星掌)を見たカップルなども結婚後、他の都市に旅に出ていたことからも一般的な習慣といえる。

 

 ただし一般人が二ヶ月程度なのに対して、ソイドファミリーは【半年】という期間を設けていた。

 

 もともとソイドダディー自体が外から来た人間であるため、旅が男を強くすることを知っているのだ。

 

 ビッグは、ダディーの言葉に強く頷く。

 

 男として、これほど燃える激励もないだろう。

 

 

「ああ、わかったよ! リンダは俺が守ってみせる!! いつかダディーを超える男になってやるよ!」

 

「こいつ、大きく出やがって」

 

「はは、ごめんごめん。でも俺は今回のことで、自分が本当に弱いってことを知ったんだ。改めて鍛え直してくるよ」

 

「あら、女を満足させることも男の義務よ。リンダのことも忘れないようにね」

 

「マミー、わかってるよ。そ、その…あまり自信はないけど、がんばってみる」

 

「子作りも立派な仕事だからな。そこはリンダの体調のことも考えてやる必要があるが…」

 

「それを癒す旅にもなるさ。大丈夫。俺が守ってみせるから」

 

「ああ、あの子も俺らの家族の一員になった。本当の身内だ。心から歓迎するぜ」

 

「それじゃ、さっさと行っておいで。馬車は用意しておいたからね」

 

「ダディー、マミー、本当にありがとう」

 

「ビッグ…頭を下げられるようになりやがって…くそ、泣いちまうぜ」

 

「リトルはどこに行ったんだい? 見送りくらいしてもいいのにねぇ」

 

「いいよ、マミー。あいつはあいつなりに思うこともあるんだろうさ。帰ってから二人で話すよ」

 

「そうかい? …強くなったね。なんだい、泣いちまうじゃないか…」

 

「それじゃ…また。お土産でも送るよ」

 

「ああ、またな」

 

 

 名残惜しそうにしながらも、ビッグとリンダは馬車に乗る。

 

 ビッグは大きな身体を窓から乗り出して、姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 どれだけ大きくなっても子供は子供。親は親。

 

 成長した息子の姿に感動し、両親は涙を流す。

 

 

「半年は長いね…」

 

「あっという間さ。すぐに大きく成長して戻ってくる」

 

「そうだね。…でも、ビッグに組を任せるってのは本気かい?」

 

「悪いか?」

 

「そうじゃないけど…最近体調が悪そうじゃないか。そっちが気になってね」

 

「あのイカれ女にやられた傷が痛むだけさ。俺もがんばりすぎたってことだ。そろそろ引退だよ」

 

「まだまだ稼いでもらわないと困るよ」

 

「ははは、そうだな。ただ、あいつがホワイトを倒したことは事実だ。裏ではいろいろ言われているが、マングラスが認めたならそれが事実なんだよ。これほどの実績があれば新しい組だって作れる」

 

「新しい組を作るつもりかい?」

 

「俺らは汚れすぎてる。麻薬が悪いとは思わないが、あいつはもっと上に行ける男だと思うのさ。ビッグが羽ばたけるような土台を作ってやりたいんだよ。親父さんの許可が必要になるけどな」

 

「あの人なら反対しないと思うけど…時代は変わっていくのね」

 

「ああ、そうだ。変わるんだろうな。見送りも済んだし、俺は【会議】に行ってくる」

 

「こんな時期に会議とはね」

 

「こんな時期だからだろうよ。都市内部は落ち着いているが、まだまだ問題は多いからな」

 

「私が気になっているのは『主催者』よ。わざわざビッグの結婚式にあてがってくるなんてイヤらしい子ね」

 

 

 今晩、ラングラス本家本邸にて【会議】が行われることになった。

 

 主催者は、ソブカ・キブカラン。

 

 彼の呼びかけによって急遽会議がセッティングされたため、日程調整ができずに結婚式と被ってしまったのだ。

 

 マミーはそれを嫌がらせと考えているようだ。母親ならではの感情だが、あながち間違っていないかもしれない。

 

 

「あいつも制裁の功労者だ。金を出している以上、無視できねぇよ」

 

「たかが分家筋に好きにさせていていいのかい? おじいさんが泣くよ」

 

「気持ちはわかるが、あいつ抜きでラングラスは維持できねぇんだ。ビッグが大きくなるまでの辛抱だ。我慢しろ」

 

「まったく、せっかくのお祝いの日に気分が悪いよ。顔だけ出して、さっさと戻ってきな」

 

「そうしたいもんだぜ」

 

 

(ソブカのやつが会議を招集するなんて初めてのことだ。各組長には一応権限があるにはあるが、本邸でやるってのも気になる。ってことは、親父さんも了承済みってわけか。…ソブカか。度量は並外れていやがるが、どうにも好きになれねぇな。せっかく安定してきたんだ。荒れないといいが…)

 

 

 ソイドダディーは、妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 あの計算高い男が会議を開くのだから、何かしら『勝算』があってのことだろう。

 

 何かが起きる。そんな予感がする。

 

 

 そうなのだ。

 

 ソイドダディーはまだ、その程度の考えしか持ち合わせていなかった。

 

 マミーは言った。時代は変わる、と。

 

 その言葉は正しいが、正確ではない。

 

 

 すでに【時代は変わっている】

 

 

 それに気づいていないことが、ここで改めて露呈された。

 

 

 だからだろうか。

 

 

 

 この後に起きることに対して、彼らは何の抵抗もできなかった。

 

 

 

 ぴちゃ ぴちゃっ

 

 

 倉庫街の入り口、その建物の影。

 

 液体が滴る音が、何度か響く。

 

 

「ん? ああ、なんだ。それ、持ってきちゃったのか?」

 

「…こくり」

 

「汚いし、そこらへんに捨てておきな」

 

「…こくり」

 

 

 ぽいっ ごすっ ごろごろ

 

 『それ』を地面に投げ捨てると、妙に生々しい音を立てて転がっていった。

 

 硬くありながらも柔らかい、相反する属性をもった『何か』だ。

 

 この暗闇ではそれが何かを判断することはできないだろうが、もし暗視ゴーグルを持っていれば、『人の首』であることがわかるだろう。

 

 闇よりも黒い少女が投げ捨てたのは、人間の生首。

 

 それ自体は珍しいことではないが、問題は【誰の首】か、である。

 

 安心してほしい。これはビッグの首ではないし、リンダの首でもない。

 

 彼らは何も知らずにハネムーンに旅立っている。

 

 では、誰の首かといえば―――

 

 

「ようやく訪れた平穏だ。またトラブルがあったら困るし、全部掃除しておくかな。『工場の始末』は終わったし、あとはここか」

 

 

 生首の見開いた目は【斜視】。

 

 覚えているだろうか。売人のまとめ役だったシャイナの上司は、斜視だった。

 

 斜視の男などそうそういるわけではないので、間違いなく当人のものだ。

 

 これが意味するところは、もうおわかりだろう。

 

 

 

 すでに工場の人間は―――全員殺した

 

 

 

 男も女も関係なく、皆殺しである。

 

 彼らは麻薬の売人たちであり、シャイナの顔を知っている。

 

 そんな人間が残っていたら、せっかく本物の笑顔を取り戻した子犬に災いが降りかかるかもしれない。

 

 

 そして次の標的は―――ソイドファミリー

 

 

 末端の売人であるシャイナの顔を知っている可能性は低いが、安全のために皆殺しにするつもりだった。

 

 たまたま金儲けを絡めたために生かしておいたが、もはやその必要性はなくなった。

 

 

「さぁ、『初級最終試験』を始めよう。独りでここにいる構成員を全員殺してみな。工場でやったようにね」

 

「…こくり」

 

 

 しかも、これをサナの鍛錬に利用する冷徹ぶりである。

 

 否。

 

 最初からそのつもりだったのだ。

 

 なぜ今まで彼らを生かしていたのか。

 

 サナに武人としての才能があると気づいた日から、ソイドファミリーを単独で殺せるまでに成長させることを一つの目標にしていたからだ。

 

 どうせ殺すのならば、最大限に有効利用しなければもったいない。

 

 地下闘技場の経験を得て、今ようやくその時がやってきただけのことである。

 

 ビッグの記念すべき結婚式の日に、彼らは殺害されるのだ。

 

 

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