【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
上級街の東、上級住宅街のさらに東にラングラス本邸がある。
ある意味において、領主城よりも安全なグラス・ギース最奥の地、といっても差し支えないだろう。
なぜ彼らがそんな場所を与えられているかといえば、以前説明したようにラングラスが
薬師。
言ってしまえば、単なる医者だ。
たかが医者。所詮は医者。どうあがいても医者。
ずっとそう思われていたがゆえに、ラングラスは常に五派閥間の中で最下位に甘んじていた。
しかしながら時代は変わる。
いや、もっと正しく述べれば『時代は戻る』のだ。
あの時代、ラングラスという【火】がもっとも燃え盛っていた過去。
【不死鳥】と呼ばれ、誰からも尊敬されながらも畏怖されていた、あの頃。
「てめぇ…今、なんつった?」
ラングラス本邸の会議室、その上座にいたイニジャーンが目を細める。
彼はマフィアの大幹部の一人だ。一般人ならば、ひと睨みされただけで縮み上がる迫力があるが、その視線に晒された男は平然としていた。
それから改めて、もう一度同じ言葉を発する。
「『その席』を譲ってもらえませんか?」
「どういう意味で言ってやがる?」
「言葉通りの意味です。その席に宿るすべての『権力』を私に譲ってください」
「………」
イニジャーンは葉巻を灰皿に押し付けながら、自身と対峙している若い男を見る。
もはや彼のことをいちいち説明する必要はないだろう。
この会議を主催したソブカ・キブカラン、その人である。
ソイドビッグと同い年にもかかわらず組長の立場にあり、極めて商才に長ける男だ。
頭が切れるが仁義や礼節を知らない若造。他の組長たちからはビジネスヤクザのような扱いを受けていたし、実際にイニジャーンもそう思っていた。
いつもならば安い挑発だと笑うか、軽く怒ったふりをして終わらすのだが、今回ばかりはそうもいかない。
イニジャーンの視線は、ソブカの【服】に集中する。
「その服…どうやら偽物みたいだが、それがどういう意味を持っているのか知らないわけじゃねえだろうな」
「そこまで愚か者に見えますか。当然知っています」
「そのほうが笑えないな」
「私も笑いに来たわけではありません。ましてや小道具の自慢に来たわけでもありません」
ソブカが着ているものはいつものスーツではなく、臙脂色の生地に赤と金で見事な鳳凰が刺繍された『
もちろん、これはレプリカ。ラングラスの秘法の模倣品でしかない。
されど、ソブカがこのローブを羽織っていることには大きな意味がある。
このローブを着ていいのは本家の人間かつ、その派閥のリーダーだけである。
つまりは現状ではツーバ・ラングラスのみが着ることが許されるものなのだ。
いくらレプリカとはいえ、分家のソブカが着ていいものではない。
「じゃあ、本気ってわけだな? 俺が座っているこの椅子は、ムーバの兄貴から預かっているもんだ。それをてめぇが欲しいってんだな?」
「その解釈で間違いありません。しかし、より正確に述べるのならば、その席はツーバさんのものであり、ムーバさんのものではありません」
「いちいち細かい野郎だな。んなこたぁ言われなくても知ってんだよ。…で、俺がどう答えるかなんぞ、言うまでもねえよな? 頭のいいてめぇなら、わかりきっていることだよな?」
「ええ、わかっていますよ。それと同時に、あなたには大きすぎて座り心地が悪いということも理解しているつもりです」
「…ほぉ、言ってくれるな」
「事実ですからねぇ」
ソブカが飄々としているのはいつものことだとしても、今日の彼には『妙な迫力』があった。
凄み、あるいは覚悟のような強い意思が、目つきだけではなく身体全体から発せられているのだ。
そのことに困惑しているのは、なにもイニジャーンだけではない。
会議に出席している他の五人、ムーバ、ソイドダディー、スラウキン、モゴナオンガ、ストレアもそうだ。
「おいおい、ソブカよ。ちょっと待ってくれよ」
「モゴナオンガさん、あなたも反対なのですか?」
「賛成とか反対とか、それ以前の問題だろうが。俺にはお前が言っていることが理解できねぇよ」
「すでに我々を取り巻く状況は説明したはずです。この派閥が生き残っていくためには、私が『ラングラス』になるしかありません」
「状況はわかったが、解決策がおかしいんだよ。それは本家の役目だろう? ムーバのオジキもいるんだし…ねえ、オジキ?」
「あっ…う、うむ。そのだな……」
「オジキ、そこははっきり言ってくださいよ。まあ、ムーバのオジキはこういう人だから甘く見られるのかもしれねぇけど、本家は本家だ。そこはわかっているだろう?」
「私が【分家】だから。そうおっしゃりたいのでしょう?」
「ああ、そうだよ。こんなことは言いたくはないが…しょうがねえよ。こればかりはお前のせいじゃないんだからよ。な? 冗談だったんだろう? ちょっと言ってみたかっただけだよな? そう言えば丸く収まる話だぜ。俺も一緒に頭下げてやるからよ」
「…相変わらず、あなたは『いい人』ですね」
モゴナオンガは、ソブカを買っていた。
ソブカ無しではラングラスが立ち行かないことも理由だが、本家と分家の理不尽な立場の違いも理解していたことが大きい。
その点では両者は似ている。
がしかし、それ以上に両者には決定的な差があった。
圧倒的な才能の差だけではなく、精神の心持ちそのものが違ったのだ。
だから譲らない。
「では誤解がなきように、はっきりと申し上げます。今日この日より私はラングラスとなり、派閥を率いる者となります。皆様には、それに従っていただきたい」
「ソブカ!!」
「落ち着け、モゴナオンガ。てめぇが騒いでるようじゃ世話がねえ」
「オジキ…だが……」
「このガキと話しているのは俺だ。一度抜いちまったんだ。すぐに収まりがつくわけがねえ。なぁソブカよ、遊びで言っているわけじゃねえよな?」
「はい、本気です」
「理由くらいは聞いてやる。言ってみろ」
「私がラングラスを率いねば、再び栄光を取り戻す日は永劫に来ないからです」
「そいつは言いすぎだな。未来のことなんぞ誰にもわかるわけがない。いつか俺らがトップになる日が来るかもしれねえぞ」
「それはありえません。問題は現派閥の他力本願な点です。良い結果を得る努力を放棄しているのならば、結果も最初から火を見るより明らかでしょう」
「てめぇならやれるってか? 随分と自信がありそうだが、具体的に何をするつもりだ?」
「このグラス・ギースを支配するのはマングラスではありません。我々ラングラスです」
「今になって戦争を仕掛けるつもりか? 馬鹿げているぜ。ようやく制裁が終わったばかりだろうに」
「現状が平和とでも勘違いされているのではありませんか? 治安は改善されたものの、所詮はマングラスの支配下に入っているだけです。市民がそれを良しとするのは仕方ありませんが、五英雄の旗を掲げる者…とりわけ不死鳥の旗を掲げるのならば見過ごすわけにはいきません。マングラスの軍門に下ることは許されないのです」
「俺らがトップでなくてもいいだろう。都市はこれで維持されている。無駄に争うことはねえ」
「ありえない。その言葉は火の英霊に対して、極めて不敬と申し上げましょう。まがりなりにもラングラスの名代を背負っている者の発言ではありません」
「俺からすりゃ、お前のほうが粋がったガキにしか見えないぜ。理想と現実は違うんだよ。俺らは派閥の命運を背負ってんだ。軽々しい真似はできねえし、実現できない言葉も発せられねぇんだ。わかるだろう?」
「ええ、わかりますよ。あなたにはできないということがね」
「…ソブカ、若気の至りにしてもやりすぎだ。どこで狂った?」
「狂ってなどいません。私は正統な火を受け継ぐ者に相応しい態度を示しているだけです」
「それが狂ってんだよ!! 何に魅入られた!! 力か! 金か! 地位か!」
「愚かしいことです。ラングラスが求めるは、火のみ。弱き者を勇気付け、邪悪な者を焼き尽くし、都市に活力を与えることが使命のはずです」
「…そうか。わかったよ。…てめぇは【火にあてられちまった】んだな。若いときはどうしようもねえが……才能がありすぎるってのは不幸だな」
才能がありすぎる。
これはソブカを見た誰もが思うことだろう。
だから怖い。だから不憫。だから哀れ。
分家として生まれてしまったからこそ、彼は強く【火】を欲するしかなかったのだ。
五英雄という火に憧れた少年は、その時に時間が止まったのである。
「私がラングラスになれば、ハングラスとジングラスを味方に引き入れてみせましょう。マングラスと対等以上に戦ってみせます」
「勝てない戦いには意味がない。マングラスには勝てねぇ」
「いいえ、私は勝ちます。マングラスは必ず打ち倒します」
「倒してどうする? マングラスがいなければ都市運営だって維持できねぇ。共倒れになるだけだ」
「五英雄である以上、マングラスは必要です。ですが、グマシカ・マングラスである必要はありません。ましてやその裏側にいる者の好きにさせてしまえば、グラス・ギースは本当の意味で終わります」
「裏側…?」
「今のグマシカは偽者です。本物はすでに死んでおります」
「っ!!」
驚いたのはイニジャーンだけではない。
この場にいたすべての人間の表情に変化があった。
されど、驚愕の事実を知ったにしては反応が薄い。
その理由は簡単だ。
「…そうか。偽者…か」
「あまり驚かれないのですね」
「現実は変わらねぇ。誰が支配しているにせよ、マングラスが強大であることは同じだ」
「そこまで負け犬根性が染み付いているとは…呆れを通り越して尊敬しますよ」
「皮肉を言われても何も感じねえよ。そして、それ以前の問題だってことを理解しろ。てめぇは分家だ。それ以上でも以下でもねぇ。これが不満なら組の序列を上げてやるから辛抱しろ」
「太っ腹ですねぇ。首を差し出せと言われると思っていましたよ」
「わかっていやがったくせに白々しいぜ。博打はそっちの勝ちだ。今は内輪揉めをしている場合じゃねえ。少しでも力を蓄えるべきだ。兄貴、それでいいですか?」
「う、うん? どういうことだ?」
「ソブカを…キブカ商会を序列一位にしてやるってことです」
「一位? それではお前の組が下がることになるぞ?」
「かまいません。売り上げじゃキブカ商会の半分もありませんからね。それで若いやつが満足するなら安いもんでしょう」
「うむ、お前がいいのならかまわないぞ。ソブカは【うちの家族】の中で一番頭がいいからな。前々から任せてもいいと思っていたよ!」
「…まあ、そこは否定しませんがね」
「うむうむ、みんなが仲良くあれば、それでよし!」
場の剣呑とした空気に気圧されていたムーバの顔が、一気に明るくなる。
彼は正直に言えばおとなしすぎて、代理とはいえ組織のトップには向かない人物だ。
だが、それでも最低限の求心力があるのは、すべての者たちに対して『素直な好意』を向けられるからだ。
組長たちに嫌われているソブカに対しても、可愛い親戚の子供のように接する。
「若い時にはいろいろとあるもんだ。大目に見てやってくれ。なぁ、ソブカ。お前は本当に出来る子だ。これからもラングラスのために尽力してくれ。今は大変だと思うが、必ずいい時代がやってくる。その時まで我慢してくれ」
「ムーバさん、あなたはとても『いい人』ですね」
「ん? そうか?」
「ええ、みんな『いい人』ばかりです。だからこそ、たまにこう思います。私はこの派閥に生まれるべきではなかったのかもしれない、と」
「そんなことを言うもんじゃないぞ! お前は必要な子だ。ほら、固い話は無しにしよう。せっかく家族が集まったのだ。酒宴でも開こうではないか」
あらかじめ用意していたワインを注ぐと、ソブカに杯を勧める。
このようにムーバは、人としては好意的な人物だ。
もし彼が本家の人間でなければ、このまま平和に生きていけたかもしれない。
だが、時代はすでに変わってしまったのだ。
「ムーバさん…」
「ん? どうした? 何かあるなら遠慮なく言うといい」
「では、遠慮なく申し上げます。実は…」
「うん、なんだ?」
「あなたには―――死んでいただかねばなりません」
「…は? いつっ…」
ソブカの手が杯を通り越し、ムーバの首筋に触れる。
プスッ
その瞬間、鋭い痛みが走った。
ムーバは杯を置いて、その箇所をさする。
「ん、なんだ? 何か刺さっ―――うっ!? ……うぐっ…うううっ!!」
「兄貴!! どうしたんですか!?」
「いや…なにか……きもちが……悪くて……うぐっ、げぼっ!!」
妙な吐き気を感じたムーバが我慢できずに嘔吐。
バチャッ バチャチャッ
だが、彼の口から吐き出されたのは吐瀉物の類ではなく―――真っ赤な塊。
それが何か上手く形容できないが、肉と血が混ざり合ったもの、という表現が一番正しいだろう。
「げぼっ! げおおおっ!!」
ドシャドシャッ
しかも、それは一回や二回で収まることはなく、吐き続けるたびに同じような塊がとめどなく出てくる。
そして―――ドスンッ
崩れ落ちるようにムーバが床に倒れた。
「兄貴!! 兄貴!!」
吐き始めて数秒程度の出来事だったため、まったく対応できなかったイニジャーンが慌てて駆け寄る。
しかし、ムーバを抱えた瞬間に、もう手遅れだと悟った。
なぜならば肥満体だった彼の身体は一気に痩せ細り、まるで別人のようになっていたからだ。
さきほど彼が吐き出していたのは、自らの血肉。
ソブカが注入した【強毒】によって、介抱する暇もなく【死亡】してしまっていた。
「お、オジキ…おい、冗談だろう?」
「………」
「ま、マジ…かよ」
モゴナオンガもイニジャーンの表情を見て、嘘や冗談ではないと悟った。
ストレアも、あまりのことに固まって動けないでいる。
唯一スラウキンだけは近寄って冷静に診察をしているようだが、診断結果に変更はないだろう。
ムーバ・ラングラスは―――死んだ
このことに何も変わりはない。
「…ソブカ……まさかここまでやるとは…」
ソブカを強く睨み付けたのはイニジャーンではなく、ソイドダディーだった。
完全に油断していた自分が許せないと言わんばかりに、犬歯が見えるくらい強く噛み締めている。
おそらくこの場で唯一ソブカの動きに対応できる人間がいたとすれば、武人である彼だけだったはずだ。
しかし、まさか【身内】を殺すとまでは想像していなかった。
家族想いのソイドファミリーを基準にして考えたがゆえの過ちである。
「あっという間に死んでしまいましたね。さすが戦罪者の毒です」
これはハンベエが精製した『特殊毒』。
アンシュラオンがソブカからさまざまな薬物を提供してもらった代わりに、彼も対価を受け取っていたというわけだ。
その効果は絶大。ソイドダディーが対応していても、どのみち助けることはできなかっただろう。
「何を他人事みたいに言ってやがる!! 殺しちまったんだぞ!! お前が、その手で!! その意味がわかっているのか!!」
「本家といっても人間です。簡単に死んでしまうものです」
ソブカは毒針のついた指輪をはずすと、ムーバが注いだワインの中に入れる。
針にはまだムーバの血が付いていたが、赤いワインと混じり合い、もはや見分けはつかない。
「血は混じり合います。そこに境目などありません。本家と分家の違いも同じことです」
「御託を抜かしやがって!! てめぇが殺した事実は変わらねえ!」
「ムーバさんは死んではいません。私とともに生き続けます」
「お、おいっ! それを飲んだら…!!」
ソブカが指輪を入れた杯を一気に飲み干す。
だが、数秒経ってもソブカに変化は見られなかった。
「心配はご無用です。毒を扱うのですから解毒剤くらいは持ち合わせています。間違って自分を刺したら本当に笑いものですからね。フフ…」
「くっ!! 身内を殺して…笑えるのかよ!! 完全に歪んでやがる!! 本家を守るのが俺らの役目だろうが!! それを放棄したてめぇは、もうラングラスじゃねえええええ!」
「そうそう、ソイドビッグですが、今日ご結婚なされたようですね。無事だといいですね」
「まさかお前―――っ!!」
言葉もまた力なり。
怒りの形相でソブカに掴みかかろうとしたダディーの動きが、一瞬だけ静止。
そして、その一瞬だけあれば【彼】にとっては十分な時間である。
バンバンッ
廊下から放たれた銃弾が壁を貫通し、ソイドダディーの足に命中。
銃弾はアキレス腱を破壊。思わず、つんのめる。
(しまった! 足が! だが、これは…!!)
不意をつかれたとはいえ、ラングラス最強の武人であるダディーの足を封じるのだ。
瞬時に防御の戦気を出したものの、それを貫通する威力を持っている。
こんなことができる者は、この都市では極めて少数。
バンッ ドタドタドタッ
それを合図に会議室の扉が開き、何人もの武装した者たちが入ってきた。
彼らは迷うことなく動き、組長たちを取り囲む。
その中には当然、ファレアスティとベ・ヴェルもいた。
「ソブカ様、館の制圧は完了しました」
「ご苦労様です。いいタイミングでしたよ」
「危ない真似をなさらないでください。最初からこうしていれば、御身を危険に晒すこともありませんでした」
「対話をするのが、せめてもの礼節です。といっても【反逆者】には最初から礼節など存在しないのかもしれませんがね」
「ソブカ様を認めない者たちに礼節など必要ありません」
「あなたは厳しいですね。ですが、その気持ちはありがたく受け取っておきましょう。それで、【彼】はどうですか?」
「…気に入りません」
「でしょうね」
ソブカの視線が、ソイドダディーの後ろにいる男に向けられる。
そこには黒いライダースーツを着て、二挺の拳銃を持っている男がいた。
「まだまだ馴染まないが、贅沢は言えないからな。使えるだけありがたいってね」
ただのリボルバー式の拳銃なので【銃剣】は付いていない。これでは彼の能力を十全に発揮はできないだろう。
それでもこれくらいの仕事はできる、と言わんばかりに笑顔を向けるその男に、ファレアスティは侮蔑の視線を返している。
彼女はどうやら彼が嫌いらしいが、それも頷ける話だ。
ようやく『あの男』と別れられたと思ったら、人格的に大差がない者がやってきたのだ。
好きになれるわけがないどころか、さらに嫌気が差すに違いない。
しかし、強い。
こうして後ろにいるだけでダディーは動けない。
「てめぇ…ソブカに付きやがったってのか」
もともとホワイト商会を倒すために自分が呼んだ男である。
それが今は敵になるとは、まったくもって世の中は皮肉だ。
だがその男、クロスライルは、さも当然と言わんばかりにタバコを吹かす。
「傭兵だからね。高く買ってくれる雇い主がいれば、そっちにいくのは当然じゃね? つーか、あんたらとの契約はもう終わってるし、あいつもラングラスなんだろう? なら、いいじゃんか」
「あいつは分家だ!」
「ふーん。その分家に好き放題されている本家ってのも笑えるね。カカッ、弱いなら諦めなよ」
「くそが!!! てめぇ、ソブカ!! ビッグに手を出すつもりじゃねえだろうな!! もしそうならここで…!!」
「刺し違えますか? そんなことは御免こうむります。安心してください。彼は無事ですよ。これからのラングラスには必要な人材ですからねぇ」
「それを信じろってのか!! 親父さんを殺した人間を信じられるかよ!!」
「ちょっとちょっと、この状況じゃ無理じゃね? 素直にあいつに従ったら?」
「武人の戦いが能力だけで決まると思うなよ!!」
ソイドダディーから激しい戦気が放出される。
あまりの熱量によって机が一瞬で炭化し、崩れ去る。
アーブスラットもそうだったが、ソイドダディーも守るためには命を投げ出すつもりでいた。
が、アーブスラットと彼の場合には、大きな違いがある。
それをソブカはすでに知っていた。
「ソイドさん、やめておいたほうがいいですねぇ。さすがに二回目は本当に死にますよ。あなたが使っている【
「―――っ!! な、なんで…それを……」
「秘法については誰よりも知識があると自負しております。あなたがファテロナさんとの戦いで死んだことも、ね。本当は戦気を出すのもやっとなのでしょう? その状態では我々に勝つことはできません。ここで死ぬのは犬死にだと思いませんか」
「ソブカ…お前、何者だ? どこでその知識を…」
「言ったでしょう? 私こそラングラスなのです。ラングラスがなぜラングラスなのか、その意味を一番よく知っているだけにすぎません。しかし、このような形のまま終わることだけは嫌なのです。このチャンスを逃せば、ラングラスは二度と表舞台には立てないでしょうからね」
英雄に憧れたコスプレ少年。
それ自体は微笑ましく、そのまま終わっていれば自己満足に浸れる良い人生だったといえるだろう。
だが、だがしかし。
少年には、強い欲求が残っていた。
火はくすぶり続け、いつまで経っても熱量は下がらない。
それどころかますます胸を焦がし、自分でも抑えることができなくなっていく。
その結末が―――【下克上】
これは反逆ではない。
強き者が弱き者を淘汰するという自然界の掟にすぎない。
誰であっても自然法則には従わねばならない。永劫に重力に逆らえる者はいない。
ここは荒野の世界。
血を流さずに成立するものなど、何一つない!!
そして、流す血が多ければ多いほど、それは凝り固まって大きなものとなっていく。
「ソブカ…これで終わったと思っているわけじゃねえよな?」
イニジャーンが、立ち上がる。
「兄貴を
「ええ、同意します。しかし、いい人だけでは駄目なのです。本家の血だけでも駄目なのです。彼には覚悟がなかった。力もなかった」
「てめぇにはあるってのか?」
「そうです。私にしかできません」
「…そうか。俺はてめぇが大嫌いだったが、実力だけは認めていた。そんなお前が言うんだ。できるんだろうよ。だがな、こんな真似をされて素直に俺らが従うとでも思ってんのか!! ああ!?」
「従うしかありません。それしか道はないのです。もしあなた方が本家に縛られているのだとすれば、力づくで断ち切るまでのことです。すでに一人殺したのですから、二人になろうが三人になろうが同じことです」
「縛られてんのは、てめぇのほうだろうが!! 身内殺して、誰がてめぇを信頼するってんだ!!」
「力ある者が統治する。これが正しい姿です」
「理屈じゃねえ! 俺らにはケジメや筋ってものがある。てめぇから見れば馬鹿らしいのかもしれねえがな、それを信条に今まで生きてきたんだ! その筋を曲げたてめぇには、死んでも従わねぇからな!!」
「イニジャーンさん、あなたには組織のまとめ役をやってもらいたいのです。ここで死ぬのは、あまりにもったいない」
「命乞いはしねぇ! やるならやれ!! てめぇの覚悟はそんなもんかよ!!」
「………」
「どうした!! 本当に本家をやっちまって足が震えたのか!! 後悔したのか!? いまさらビビってんじゃねぇ!! 俺も殺してみろ!!」
「………」
「お前はもう戻れねぇ!! その火の道を歩むしかねえんだよ!! さあ、殺せ!!」
「…残念です」
ソブカは無表情のまま腰に下げていた火聯を抜き―――
ブスッッ
イニジャーンの胸を貫く。
「ぐっ…!! ふ、ふはははは!! そ、そうだ…!! てめぇは…そうやって……全部を……燃やすしか……できねぇんだ……! ここまでやったなら…最後まで……責任……とれ…よ」
ボオオオッ
刺されたイニジャーンが燃えていく。
ソブカの炎に焼かれていく。
「ソイド…てめぇは……まだ死ぬな。俺よりは…役に立つ……」
「イニジャーン!!」
「兄貴…おれは……筋を……通した……ぜ」
バタンッ ぼしゅうう
倒れたイニジャーンは、あっという間に炭化して燃え尽きる。
最後まで筋を曲げなかったという意味では、まさにマフィアの組長に相応しい最期であった。
「………」
ソブカは数秒だけイニジャーンの死体を見つめたあと、改めてこの場にいる者たちを見据える。
「さあ、あなたたちはどうしますか? 従うか、ここで死ぬか。どちらかを選んでください」
「従わないやつは殺す…か。うちらもマフィアらしくなってきたじゃないか。久々に血が熱くなるぜ」
「モゴナオンガさん、あなたはどうしますか?」
「俺か? 俺はお前を評価してるし、べつにトップでもかまわないと思うぜ。…だが、お前は身内を手にかけた。それだけはやっちゃならなかった!! それでほいほいついていったら筋が通らねぇ!!」
「あなたも感情だけで動きますか」
「お前がどう思おうが、俺たちは【血】で生きてるんだよ!! 派閥ってのはそういうもんだろうが!!」
「血も新しくしなければ濁り、淀みます」
「ソブカ、悪びれもせず―――」
ブスッ!!
その言葉が終わる前に、モゴナオンガの背中に剣が突き立てられた。
「…ぐふっ……ちくしょうっ……祝いの席じゃなかったのか…よ。ったく、ついてねぇ…」
ゴトンッ
倒れたモゴナオンガは、その数秒後に意識を失い、そのまま死亡。
ソブカは彼の眼前にいたので、刺したのは彼ではない。
刺した当人は、水色の剣を死体の背中から引き抜いていた。
「ファレアスティ、まだ会話の途中でしたよ」
「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「いえ、どうせ彼は私の味方にはなれなかったでしょう。『いい人』でしたからね。さて、あなたはどうなさいますか?」
「ひ、ひぃいっ…」
視線を向けられたストレアの目に怯えの感情が宿った。啖呵を切る余裕もない。
女組長としてそれなりの修羅場を潜ってきた彼女だ。殺しの現場くらいには耐性がある。
そんなストレアでさえ怖れたのは、身内でもあっさりと殺す非情さであり、『格』を完全に無視する純粋な『暴力』である。
アンシュラオンも常々言っているが、純粋な暴力の前ではいかなる権威も無意味である。
多くの者はそれを実行しない理性と恐怖を持っているが、目の前の男は違う。
目的のためならば、すべてを焼き尽くしてもかまわない、と思っている。
人でなし、狂人、恩知らず。なんと罵ろうが、彼が歩みを止めることはない。
ストレアはひざまずき、あっさりと陥落。ソブカに屈する。
「スラウキンさんは、どうされますか?」
「私たちは荒事には関わりません。ラングラス側の統治に関してはお任せいたしますよ」
「見返りは何か必要ですか?」
「従来通りに付き合ってくだされば問題ありません。ラングラスが発展することは医師連合の発展ですからね。…ああ、そうでした。【医療麻薬の売買】に関しては【医師連合が独占する】ことを認めてくだされば、それで十分です」
「なっ!! どういうつもりだ!! うちのシマを荒らす気か!」
これに噛み付いたのはソイドダディー。
今までは医師連合にも卸していたが、権益はソイドファミリー側にあったのだ。怒るのは当然である。
だがこれは、最初から決められていた『契約』でもあるため、抗うすべはない。
「麻薬の管理は医師がすべきだと思います。自然な流れに戻すだけのことです」
「スラウキン…てめぇ! 最初から裏切るつもりだったな!!」
「裏切るもなにも、医師連合は独立した組織です。より医療の発展に役立っていただけるのならば、どちらが派閥を率いても関係ありません。今までの体制では医療は発展しない。そう思っただけです」
「それを裏切りってんだよ!!」
「ソイドさん、もう勝敗は決したのですよ。潔く事実を認めましょう」
「ふざけるな…!! 俺はまだ認めちゃ―――」
―――「いいかげんにしろ!!」
バタンッ
入り口とは反対側、奥にあった扉が開くと【一人の男】が入ってきた。
年齢は四十後半だろうか。赤みがかった黒い髪の毛に、鋭い目つき。身体も引き締まっていて、まさにエネルギーが凝縮したような快活さと力強さを感じさせる。
それだけでも並の人物ではないことがわかるが、ラングラスの各組長にこのような人物はいない。
では、若頭の類か。あるいはどこぞの傭兵隊長か。
否。
ここにいてよいのは、ラングラスを冠する者だけ。
その人物は倒れているムーバを見つけると、近寄って顔に手を置く。
「ムーバ、なんてなさけねぇ姿だよ。だからずっと言っていただろうが。仲良しごっこじゃ、この世界は生きてはいけねぇってよ。お前は優しすぎたんだ…。より強い者が誰かを見誤った。しょうがねえ。しょうがねえよな…」
ドバドバと涙を流しながらも、男に哀しみの情は宿っていなかった。
たとえるならば、密林の中で動物の死骸を見つけた時に感じる、生死への純粋な慈しみに似ているだろうか。
大自然の中において生死は当たり前に存在するもの。それをそのまま受け入れると、大地や星、宇宙の大きさを感じて感謝の念すら浮かぶ独特の感情が芽生える。
―――悟り
人が生きること。死ぬこと。
そのすべてを熱い情熱とともに受け入れている。
これは簡単にできることではない。普通の人生を生きていては得られない深みが、男から強く感じられる。
「っ……なっ……」
ソイドダディーが思わず固まり、その人物の顔を凝視する。
忘れたくても忘れられない。忘れてはいけない顔だった。
なぜならばその人物こそ―――
「オヤジぃいいいいいいいいいいいい!!」
ツーバ・ラングラス。
現ラングラス派閥の長であり、本家の序列最上位にいる人物なのだから。