※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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614話 「火の通過儀礼 その1『火の洗礼』」

 

「父さんの具合は?」

 

「また少し症状が進んでいるようですが、命に別状はありません」

 

「このままだと、どうなるんだ? 死ぬのか?」

 

「事例がないのでわかりません。前医師連合代表の記録から、いくつか似た症例を発見しましたが、どれも早々に命を落としています」

 

「でも、父さんは死んでいない」

 

「はい。ですから、とても貴重なサンプル…」

 

「………」

 

「失礼いたしました。珍しい症例ですので慎重に対応したいと考えています」

 

「はぁ、頭がおかしくなりそうだ…。どうしてこんなことになっているんだ。もう治せないのか?」

 

「我々も全力を尽くしております。諦めてはなりません」

 

「私にリーダーは向かない。父さんのようには…なれないんだ……」

 

 

 ガチャッ バタン

 

 ムーバ・ラングラスはベッドで寝ている父親、ツーバ・ラングラスを一瞥し、落ち込んだ様子で無言で部屋から出て行った。

 

 この場にスラウキンがいるのは、いつものことだ。

 

 彼はツーバの主治医でもあるため、定期診察ができる立場にある。

 

 こうやって絶望しながらムーバが出て行くことも、もはや見慣れてしまった光景の一つである。

 

 ただしこの日だけは、いつもと違うことが起きていた。

 

 

 そこには―――【一人の少年】

 

 

 真っ白い髪の毛、白い武術服を着たアンシュラオンが、扉の前に立っていた。

 

 

「ムーバ・ラングラス、案内してくれてありがとう」

 

 

 アンシュラオンは瞬間移動したわけではない。ムーバが扉を開けてから閉めるまでの間に普通に入ってきただけだ。

 

 ムーバは武人ではないため、出し抜くのは極めて容易であった。

 

 ここはラングラスが所有する秘密の地下室。

 

 ツーバは派閥の長でもあり、暗殺の可能性があるので常時居場所を変えていた。

 

 普段はどこにいるのかわからない彼らであるも、スラウキンが診察する際はどうしても接触する必要がある。

 

 その時を狙えば、こうやってツーバと会うことは難しくはなかった。

 

 

「この男がツーバか。いい面構えをしているね」

 

「ラングラスでは稀に見る優秀な人物です」

 

「ソブカくらいに?」

 

「それを述べる立場ではありませんが、同程度の資質は感じています」

 

「へぇ、面白いね。ところでツーバを目覚めさせたら、ソブカは困らないかな?」

 

「ツーバ様は長年ラングラスを支えてきた御仁です。時勢を読む能力にも長けております」

 

「それなら大丈夫かな。まぁ、あっちのことはあっちで片付けてもらうとしよう。そうそう、麻薬についての話だけは伝えておいてね」

 

「アンシュラオンさんが麻薬関連の利権を掌握し、販売は私どもに一任する、でよろしいでしょうか?」

 

「それで問題ない。ソイドファミリーはこれから潰すから、工場をそのまま乗っ取るつもりでいるよ。そのための人員も確保しているからね。それと、作る麻薬はコシノシンだけでお願いね」

 

「わかりました。もともと麻薬といえばコシノシンだったのです。それをソイドファミリーが儲けを出すために、本来廃棄すべきものまで売ったのが始まりです。医師連合としてはアンシュラオンさんに賛同いたします」

 

「よかった。スラウキンさんとはいい付き合いをしたいからね。できれば揉めたくない」

 

「こちらこそ今後とも良い付き合いをしたいと考えております。協力できることは何でもおっしゃってください。全面的に協力させていただきます」

 

 

(オレやソブカよりも、この人のほうが怖いよな。自分の欲求のためならば躊躇いなんてないんだ。研究者ってのは潔いよ。おかげで計画は順調だけどね)

 

 

 もうすっかり忘れていると思うが、工場の人員とはホワイト商会として暴れ回っている間に確保した麻薬中毒やホステスの女性たちである。

 

 麻薬中毒者はそのまま麻薬を与えればいいし、上質のコシノシンを使うので症状も多少は緩和されるだろう。

 

 ホステスも売人を兼ねないので、より安全な生活が保障されることになるはずだ。夜の店で働くよりは健全といえる。

 

 麻薬という言葉が嫌ならば『製薬会社』で働いている、と言い換えてもいいだろう。

 

 痛み止めは人間には必要なものだ。頭痛薬や消毒液を作って恥らう者はいない。

 

 

(父親を助け、医療麻薬を正式なルートで販売させ、あいつの売人の記録も消す。至れり尽くせりじゃないか)

 

 

 こうして考えるとシャイナのために相当な労力を使っている。

 

 それを知らないでギャーギャー喚けばいいのだから、駄犬とは楽なものである。

 

 ただ、シャイナも最近は医者の助手としてがんばっているので、これからに期待であろうか。

 

 

 

「さっそく始めていいかな?」

 

「お願いします」

 

 

 アンシュラオンがツーバに近づくと、スラウキンが食い入るように凝視する。

 

 多少やりにくいが、これもまた医師連合の信頼を勝ち取るためである。

 

 

(若返り…か。人体は不思議で未知な部分が多いが、今回は明らかに【人為的】なものだろう。おそらくは改造人間たちと同じ技術が使われているに違いない)

 

 

 アンシュラオンはツーバの胸に手を置き、命気を放出。

 

 身体全体を包み、体内に浸透させていく。

 

 皮膚、肉、骨、血管、すべてに命気が行き渡り、細胞の中にまで侵入。

 

 

(異常はない。正常な肉体だ。しかし、変なエネルギーの波動を感じる。これが若返りのための力を与えているんだな。どこだ? どこにある?)

 

 

 今のところ身体は正常である。

 

 ただし若返るという性質上、違うエネルギーが加わっているはずだ。

 

 それを探すために命気を浸透させて探すこと、三十秒。

 

 力の痕跡を発見。

 

 それは特定の場所ではなく、全身に広がっている『何か』であった。

 

 熱くて冷たく、硬くて軟らかい不思議なイメージを受ける。

 

 たとえば相反するものが激突し、混じり合っているような複雑な感覚だ。

 

 

(これは…【熱量】として存在している? バイラルの話では『石』と聞いていたが、その段階を超えてしまっているようだな。すでに石という形態を取っていないぞ。液体に近いか? …ふむ、どうやら【拒絶反応】が起きているようだ。昏睡状態の原因はこれだろう)

 

 

 元々は石だったのかもしれないが、何かしらの要因で溶けてしまい、身体全身の細胞と混じり合ってしまっている。

 

 逆に言えば、これこそプライリーラの父親であるログラス・ジングラスとの大きな違いである。

 

 ツーバの肉体が思った以上に強いため、石を受け入れているのだ。同時に彼の免疫機能が拒絶反応を起こし、石を攻撃してもいる。

 

 ウィルスが入ると人体は熱を出して殺そうとするが、それによって当人も苦しむ光景に似ている。

 

 

(完全に混じり合った部分は排除できないかもな。だが、それ以外の淀み、あるいは『不純物』の部分は集めることができそうだ。やってみるか)

 

 

 マングラスが作った石は完全ではない。

 

 それも当然だ。本物の賢者の石ではないのだ。作れるのは紛い物であろう。

 

 ログラスや他の被験者が死んでしまったのは、不純物が全身に回った結果と思われる。

 

 ツーバほど身体が強くなかった彼らには、それを『濾過』または『浄化』する体力がなかったのだ。

 

 

 ジュワワワワッ ズゴゴゴゴゴゴッ

 

 

 アンシュラオンが命気使って、強制的に細胞内にある不純物を吸い出していく。

 

 命気は汚れを取る作用もあるので、特定の物質を狙って吸着することもできる。

 

 

(けっこうな塊になりそうだな)

 

 

 そのままだと外に出せないので、細かいまま命気と一緒に引きずり出してから、手の平の上で再構築してみる。

 

 ギュギュッ ガキガキンッ

 

 そうして固めると、やや青が強めのエメラルドグリーンの石が生まれた。

 

 大きさは、およそ『ビー玉』程度。

 

 見た感じでは小さなものではあるが、身体中の細胞に少しずつこれが溜まっていたと思うと、なんとも怖いものである。

 

 

「おお、それが噂の!!」

 

「マングラスが要人に埋め込んだ石の欠片ってところかな。これの正体は―――」

 

 

 ドクンッ

 

 

 と、アンシュラオンが観察しようとした瞬間、石が膨張した。

 

 

 ドクンドクンッ!

 

 ドクンドクンッ! ドクンドクンッ!

 

 

 石は膨張を続け、あっという間に二倍の大きさになった。

 

 どうやら命気を吸収して元の状態に戻ろうとしているようだ。

 

 しかも石は変形を始め、大量の触手状に変化。

 

 アンシュラオンの腕に絡み付いて内部に入ろうとしてくる。

 

 

 この石は―――生きている

 

 

 知性ある生物とは異なるが、単細胞生物のような反射に近い感覚はあるのだろう。

 

 そして、一番怖いところは【寄生型】である点だ。

 

 一度使用されれば宿主の中でしか生きていけないため、自身を生かすために近くにいる者に寄生する性質がある。

 

 

「おい、オレに触れるな」

 

 

 だが、相手が悪すぎた。

 

 不快感を感じたアンシュラオンは、再び命気で触手を絡め取ると、力づくで押さえつけ、ねじ伏せ、再度一箇所に集めていく。

 

 ギギギギッ ガチガヂッ

 

 強引に集めて固めたので、やや不恰好な形となったが、触手は無事に石状の物体へと戻っていった。

 

 

「なんだこいつは。危ないから固めておこう」

 

 

 また触手になると困るので、命気を浸透させてから結晶化。

 

 今度は青と白が混じった美しい原石のようなものが出来上がる。

 

 

「お、終わったのですか?」

 

「ああ、体内にあった不純物はこれで全部だよ」

 

「これで不純物とは…興味深い。しかし、今の現象は?」

 

「よくわからないけど寄生虫みたいな感じ? どうやら命気の生命力に反応して食いついたみたいだね」

 

「体内に入ろうとしたように見えましたが?」

 

「体内にいないと生存できないのかもね。ツーバが若返っていたことから考えるに、宿主の生体磁気を強制的に増やそうとしているのかな? そのおこぼれをもらってこいつも生き延びているのかも。でも、普通の人間にそんなことをしたら耐えられないよね」

 

「なるほど。まさに寄生虫ですね。これの本質は何だと思われますか?」

 

「うーん、構成要素は命気に似ているけど…ちょっと違うね。グマシカたちが後ろにいるのなら魔獣絡みか、あそこにあった水あたりが関係していそうだね。…これ、欲しい?」

 

「ぜひに!」

 

「はい、どうぞ。命気で固めたから大丈夫だろうけど、気をつけてね」

 

「いやぁ、興味深いですねぇえええ!! とても面白いです!!」

 

 

 物欲しそうな目で見てきたので、この石はスラウキンにあげることにした。

 

 現在は安定しているので問題ないだろうが、少しは怖れを知ってほしいものである。

 

 

(これがバイラルの言っていた生命の石ってやつか。エネルギー源としては悪くないから、改造人間たちが長生きしている理由はこれだろうな。だが…あそこで見た女は、もっと強い生命力を宿していた。あれを手に入れるまでの間に合わせの可能性が高いな)

 

 

 傀儡士がマングラスの聖域で手に入れた本物の賢者の石の力は、こんな紛い物を遥かに凌駕するものであった。

 

 あの力を自在に操れるのならば、これより何百倍も優れた石を生成できるに違いない。

 

 

(あれだけの力だ。すべてを完全に掌握することは簡単じゃないと思うが、時間を与えると面倒かもしれないな。ちっ、あのやろう。次は絶対に殺さないと気が収まらないね)

 

 

 自分が本気で殴っても何事もなく耐えきったのだ。傀儡士の顔を思い出すたびに苛立ちが募る。

 

 それ以上に『情報公開』が通用しなかったことが腹立たしい。

 

 アンシュラオンがマングラスを敵に指定するのは、そのことも大きな要因である。不確定要素は排除しなければ安全な生活は送れないものだ。

 

 

「…うっ」

 

「っ!! 今、動きましたよ!」

 

 

 アンシュラオンが思考を巡らせていると、ツーバが少し動いた。

 

 不純物が血栓のように生体磁気の流れを滞らせていたせいで昏睡状態になっていたが、それを取り除けば意識が戻るのは当然である。

 

 しかし、今目覚めさせるのは面倒だ。

 

 

「ソブカが会議を開くのは明後日で間違いないよね?」

 

「はい。日が暮れてから開始するはずです」

 

「じゃあ、それまで寝かしておくよ。オレの仕事は治療することだけだし、特に会話をする必要もないからね。あとは領主の奥さんを治せば終わりでいい?」

 

「よろしくお願いいたします。また婦人の診察の際にご連絡いたします」

 

「わかった。時期は任せるよ」

 

 

 アンシュラオンが命気をツーバの身体に浸透させ、意図的に意識を奪う。

 

 ただ、そのかすかに開いた瞳は少年の姿を映していた。

 

 

(とんでもねぇ…やつがいる。地獄か、ここは?)

 

 

 一目見れば、【コレ】がどんなに危ないものかがすぐにわかる。

 

 わからないとすれば、それこそ本当に愚か者。危機感を失ってしまった家畜だけだろう。

 

 

「ツーバ・ラングラス。あんたが少しでも賢明な判断を下すことを祈るよ。それじゃ、おやすみ」

 

 

 その言葉を脳裏に焼き付けながら、ツーバの意識は完全に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 ツーバがここにいる理由は、これがすべて。

 

 アンシュラオンによって助けられた彼は会議前に目覚め、スラウキンから話を聞く。

 

 まだ病み上がりということもあり、会議の成り行きをじっと見守っていたのだが、あまりの『ふがいなさ』に居ても立ってもいられず出てきたのだ。

 

 ムーバの亡骸を背に、ツーバはソイドダディーに顔を向ける。

 

 

「ソイド、久しいな」

 

「お、オヤジ……なのか? 本当に!? だ、だが…その姿は…!?」

 

「幻でも偽者でもねえぞ。俺は俺だ。ちっとばかり若返っちまったがな。気合と根性だけは昔と変わっていないつもりだ!!」

 

「見間違えるわけがない。間違いなくオヤジだ!」

 

「それよりソイド、しばらく見ない間に随分とひ弱になっちまったなぁ。引退を決め込んだようなツラしやがって。そんなんだから大事なことを忘れちまうのさ」

 

「大事なこと…?」

 

「俺たちはどうあがいても、切った張ったの世界で生きるしかねぇんだ。各派閥にゃそれぞれ存在意義があるが、最後に物を言うのは『どっちが強いか』ってだけの話だ。弱いやつが強いやつに従う。逆らっても無意味だ。負けても逆らっても、ここで倒れているやつらのように死ぬだけだ。思い出せよ、お前の両親はどうして死んだ?」

 

「っ…!!」

 

「義理人情だけじゃ生きていけねぇんだ。そこんところ、よく思い出しておきな」

 

「オヤジは…ムーバの親父さんが殺されても割り切れるのか? 大切な息子だろう? 大事な子供じゃないか!」

 

「哀しくないわけがねえ!!!!」

 

「―――っ!!」

 

「哀しい! 悔しい! そんなことは当たり前だ!! そいつを失くしたら、もう人間とは呼ばねぇよ。愛する息子が死んで、哀しくないわけがないだろうよおおおおおおお!! うぉおおおおおおおお!!」

 

 

 ツーバは盛大に涙を流しながらムーバの死を悼む。

 

 ただし、そこには平和な時代で生きる人間とは違う死生観が存在している。

 

 

「こいつはよ…自分が信じた道を歩んで死んだ。立派だったよ。その人生を認めてやらなきゃよ、親父じゃねえよな。お前にだってわかるだろう?」

 

「…俺には…情を捨てきれねぇ……」

 

「それもまたお前さんの道だ。だったら貫けばいい。息子を守るためにやれることをやればいい。違うか? 今この状況で、どういう決断をすれば息子を守れる? 答えは一つしかねぇだろうよ」

 

「くううっ…なさけねぇ!! 俺は俺がなさけねぇえええ!」

 

「なさけないなら強くなれ。そうやってお前は生きてきたはずだ!! 引退なんて腑抜けたこと言ってんじゃねえよ!! まだまだ気合入れて生きろや!!」

 

「オヤジ…!」

 

「死ぬ間際だった俺が、こうしてまだ生きてるだろうよ。人生なんて何が起こるかわからんもんだ。最後まで諦めるな」

 

「…はい」

 

 

 ツーバは、非常に明快に意思を語る。

 

 ソブカのように激しすぎず、ムーバのように弱すぎず、ソイドダディーのように過保護でもない。

 

 まったく湿気がないカラッとした夏の日を思い出させる男は、熱い魅力に溢れている。

 

 これがツーバ・ラングラス。

 

 ラングラスが最弱と呼ばれながらも一定の存在感を出せたのは、間違いなくこの男によるものである。

 

 そして次に、この舞台の主役であるソブカと対する。

 

 

「ソブカ、久しいな」

 

「お久しぶりです、ツーバ様」

 

「随分と険しい顔つきになっちまったな。まあ、少し力を抜けや」

 

 

 ぽんっとソブカの肩に手を置く。

 

 その肩が、微妙にこわばっていることを見逃さない。

 

 

「そりゃ、刺すほうが痛ぇよな」

 

「その程度の覚悟でやってきたわけではありません」

 

「意地を張るなよ。独りで何でもやれるわけじゃねえ。どんなに優秀でも俺から見ればまだガキさ」

 

「………」

 

「で、ラングラスをどうしたいって?」

 

「最大派閥としての地位を『取り戻したい』と考えています」

 

「取り戻す…か。いったい何百年前の話だ?」

 

「かつてラングラスはグラス・ギース…いや、グラス・タウンにおいて最大勢力でした。その時代を取り戻すのです」

 

「大災厄前の草原時代か。古いな」

 

「古いものの中にこそ真実はあると考えます。偽りと捏造によって歪められ、貶められたラングラスは名誉を挽回しなければなりません」

 

「やれるのか?」

 

「オヤジさんが戻った今、必ずやれます」

 

「へんっ、ゴマすりはよせよ。…いいだろう。お前にラングラスをくれてやる。好きにやってみろ」

 

「オヤジ!! ソブカを認めるのか!?」

 

「ソイド、こいつはこの若さでここまでやった。若さゆえかもしれねぇが、それだけじゃない何かがある。それによ、マングラスが幅を利かせているって話じゃねえか。表に出てくるとは想像以上に弱ってやがるぞ」

 

 

 ツーバの目が鋭く光る。

 

 水のマングラスと火のマングラスは、相性としては最悪。昔から犬猿の仲である。

 

 マングラスが弱っていると知れば、そこに付け込もうとするのはラングラスの本能なのだ。

 

 

「まるで力が漲るようだ。本当に俺は生まれ変わったんだな」

 

 

 ツーバの肉体は単純に若返っただけではない。

 

 アンシュラオンの命気が全身に染み込んだおかげか、石の力をほぼ完全に吸収することに成功している。

 

 今のツーバならば、一流の武人に匹敵する力を出すことも可能だろう。そういった懐かしい力強さが彼を後押ししていた。

 

 

「ついてこい。【本物】をくれてやる。そんなナリじゃ締まらねぇからな」

 

「本物とは…まさか」

 

「はは、初めて素の感情を見せたな。そうだ。それでいい。ガキってのは、欲しいものを正直に欲しいと言えばいいのさ。それをくれてやるのが大人の役目でもある」

 

「ファレアスティたちは、ここで待っていなさい」

 

「ソブカ様、護衛は必要です!」

 

「馬鹿を言ってはいけません。【家主】が戻ってきたのならば、ここが一番安全な場所ですよ。今目の前にいるのはラングラスの長です。立場をわきまえなさい」

 

「…も、申し訳ありません!」

 

「安心しな。お前さんの男を本物にしてやるってんだ。信じて待つのも女の役割だぜ。んじゃ、いってくらぁ!!」

 

 

 

 

 突然の来訪に呆気に取られた者たちを残し、ツーバはソブカを連れて本邸の地下に赴く。

 

 いくつもの隠し扉を抜け、地下に地下にと潜っていく。

 

 そうやってかなり進んだ先にはプライリーラの別邸同様、【礼拝堂】のような施設があった。

 

 これより先には結界が張られており、ラングラスの血を引いていなければ入れない仕様になっている。

 

 もしファレアスティがついてきても、どのみちここで足止めであっただろう。

 

 礼拝堂の先にあった通路の壁には、いくつもの【赤い火】が灯っていた。

 

 

「ここに来るのは初めてか?」

 

「はい。礼拝堂の存在は知っていましたが、ラングラスのものを見るのは初めてです」

 

「そうかそうか。存分に見るといい。時間に追われる必要もない。もうここは【聖域】の一部だからな」

 

「聖域…ここがラングラスの…」

 

「この火はな、初代様が灯してから一度も消えたことがないって聞くぜ」

 

「術式によるものでしょうか?」

 

「さぁな。細けぇことは知らねえよ。縁起のいい、ありがたい火ってことだけわかればいいのさ」

 

「なるほど…」

 

 

 ソブカは興味深く周囲を見回す。

 

 プライリーラの一件でジングラスのものはすでに見ているが、まったく違う感情が芽生えてくるから不思議だ。

 

 ラングラス。

 

 ただその言葉だけで胸が熱くなり、涙が出そうになる。

 

 けっして他人の前では見せないソブカの純粋な子供の眼差し。

 

 ツーバと二人きり。互いにラングラスの血族だからこそ見せる珍しい姿であった。

 

 そんな若き男を、ツーバは愛情深く見つめていた。

 

 ムーバが言っていたようにラングラスの血筋全員が家族なのだ。その気持ちはツーバも同じだ。

 

 しかしながら有事の際はみんなで仲良しとはいかない。

 

 

「イニジャーンはよ、最初から死ぬ気だったな。あいつはあいつなりにお前を認めていた。だからこそ死を選んだんだ。イニジャーンでさえ殺されると知れば、他の連中もお前さんが本気だってわかるからな。ムーバや俺への義理もあるんだろうが…昔からああいうやつだよ。一度決めた道は譲れねぇ不器用な男だった」

 

「………」

 

「気にするな、とは言わねぇ。逆に忘れるな。あいつの肝っ玉をな」

 

「わかっています。忘れることはありません」

 

 

 分家のソブカがトップに立てば反発が強くなる。通常のやり方で不満を抑えるのは、特にこのグラス・ギースにおいては不可能である。

 

 ならば、血を流さねばならない。

 

 イニジャーンは制裁時にソブカの気迫を見た時には、すでに死を覚悟していた。

 

 古い権力の象徴である自分が残っていれば害悪にしかならない、と。

 

 

「恐怖だけじゃ人は付いてこない。だからお前は、この先にあるものを手に入れねばならねぇのさ」

 

「…なぜ私を認める気になったのですか?」

 

「ん?」

 

「これだけのことをしたのです。すぐに認められるとは思いませんでした」

 

「そんなの決まっているだろうよ。【アレ】を見たら誰でも認めるしかねえ」

 

「やはり【アレ】ですか」

 

「お前さんが覚悟を決めた理由ってのが、すぐにわかったぜ。あんなもんを見せられたら欲が出るわな。出ないほうがおかしい」

 

「ビッグは出なかったようですが」

 

「ああ、あいつは馬鹿だからな。しょうがねえ」

 

「ふふ、私とあなたは似た者同士というわけですか」

 

「そういうことだ。どうせ俺らの祖先は初代様に行き着く。本家も分家も関係なくラングラスの血が色濃く出ることがあるのは当然だ。ビッグはソイドの血が強すぎたな」

 

「いい育ち方をしていますよ。今回は残酷な結果になりましたが…」

 

「お前たちを足して割ればちょうどよくなるのにな。まあ、人間なんてそんなもんよ。さて、ここから一度『跳ぶ』ぞ」

 

 

 通路の先には女神像があり、そこにジングラス同様に宝珠が収められていた。

 

 二人は転移。

 

 

 

 次に見た光景は―――【火の海】

 

 

 

 自分がいる陸地の先に広がるのは、地面から火が噴き出た異様な空間である。

 

 火は人間の背丈を越えた数メートルにも及び、まさに大規模な火災現場を彷彿とさせる。

 

 しかし、火の色は実に鮮やかで、生命力に満ちた美しいものであった。

 

 

「ここは…?」

 

「ここからが本当の聖域だ」

 

「侵入防止の罠…? いや、違う。これは……」

 

「ソブカ、身で示すんだ。お前さんがラングラスに相応しいってことをな」

 

 

 ツーバは躊躇いなく、炎の中に足を踏み入れる。

 

 火は万遍なく身体を包み込み、あっという間に火達磨になる。

 

 常人ならば即座に焼き尽くされてしまうだろうが、ラングラスの血脈は違う。

 

 まったく同一の火を外部に放出することで、火と同化する。

 

 

「ラングラスは、火だ。いつだって火とともにある!!」

 

 

 ツーバは火の中でも平然としている。

 

 これだ。これこそラングラスである証明なのだ。

 

 

(私もラングラスの血脈。怖れることは…ない!)

 

 

 わずかな躊躇を見せながらも、ソブカは足を踏み入れる。

 

 この少しの逡巡は、自身が分家であることへの負い目が影響している。

 

 炎が身体を包み込む。当然ながら熱い。

 

 がしかし、それ以上に熱いのが―――心

 

 炎によって強制的に引き上げられた温度によって、自身の中にある火が活性化するようだった。

 

 

 

(ああ、私はラングラスだ!! キブカラン―――ではない!!)

 

 

 

 この時、まさにこの時だ!!

 

 ソブカは自身がラングラスであることを自覚した!!

 

 強く強く、はっきりと!!

 

 言葉で鼓舞しても、分家として育てられた彼の中の劣等感は簡単には消えない。

 

 それがどうだろうか。この炎は初めて自分を認めてくれた。

 

 他の誰が自身を罵っても、ラングラスの火だけは認めてくれるのだ!!

 

 

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