【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「はい、これあげるね」
「これは?」
「商会の身分証。持ってるだけで下級市民と同じ権限が与えられるから、移動するときは無くさないように首からかけておくといいよ」
「これで下級市民と同じ…なのですか?」
「そうだよ。まあ、グラス・ギース程度の都市じゃ、下級市民権の価値なんてたかが知れてるけどさ、無いよりあったほうが便利だよね。それと『アーパム商会』は『白の27』と紐付けておいたから、変なやつに絡まれたらその名前を出してね」
「は、はい! わかりました! 大事にします!」
アンシュラオンがあげた商会員用の身分証をセノアがまじまじと見つめる。
自分にとってはさしたる価値もないものだが、モヒカンに捕まってスレイブにされてしまった移民の彼女にしてみれば、下級市民権でも夢のまた夢なのだろう。
それをぱっと欲しいときに手に入れてしまう主人が、ますますよくわからなくなったに違いない。
「これで自分も商隊員なのですね!」
「そうだ。サリータの場合は警備員も兼ねているけどな」
「光栄であります!」
サリータに渡したときも妙に感動していた。
彼女は傭兵の仕事で商隊の警備を請け負っていたこともあるが、今度は自分がそちら側に立つとは思ってもいなかったのだろう。
誰だって他人に雇われる人生は嫌なものだ。自分の富を自分で守るのならばやる気も出る。
思ったより商会を作ったことが好評だったので、アンシュラオンも嬉しくなってしまう。
(それにしても『白の27』…か。もっといい名前を付ければよかったよな。まっ、なんでもいいか。オレがデアンカ・ギースを倒したことはハンターならば知っているし、小百合さんにもさりげなく宣伝しておくように言ったから、アーパム商会を敵に回したらどうなるかはすぐにわかるだろう)
今まではハンターとしての知名度など、まったく気にしていなかった。
しかし、この都市にとって四大悪獣は災厄の象徴であるため、それを倒したとなれば本物の【英雄】といえる。
当人は裏社会での金儲けに必死だったが、収監砦の門番でさえ知っていたように『悪獣殺し』は表の世界では大きな話題であった。
現にアランモスも「あなたがあの…! どうりで存在感が違うと思いましたよ。いやぁ、うちの娘がファンなんですよ。ぜひともサインをお願いいたします」と感動していたものだ。
(素直に好意を向けられるのって、なんか新鮮だな。お日様の下はあったかいなー。ほんと、裏社会と比べると雲泥の差だね)
なにが悲しくてエセ医者の「ホワイト」を名乗らねばならなかったのだろう。
そうだ。自分はあの悪獣を倒した英雄なのだ。
使えるものは使う。今後はシャイナ同様、太陽の下で名誉ある人生を送りたいものである。
「それじゃ、近場から順番に見て回ろうかな」
そうしてサナたち全員に商会証を渡したあと、さっそく不動産を見て回ることにする。
まず最初に見たのは、ハローワークから北に行った物件だ。
周りは各商会の工場や倉庫が多く、港町でよく見られる工業地帯に似ているかもしれない。
(ジュエルの卸売りをするのならば便利ではある。ただ、前にハングラスの倉庫を襲ったこともあるから、なんとなく居づらい雰囲気はあるな。殺風景だし、ここに暮らしても楽しいとは思えない)
ここは軽く見ただけで、ほぼ素通り。
今後の事業拡大を見越してあくまで確認しただけ、といった感じだ。
次は南に下り、ハローワークを越えて「一般街」に入る。
一般街に入ると途端に景色は変わった。労働者から買い出しの主婦まで多様な人々が入り交じり、町全体に活気が見えてきた。
ここは一般街と呼ばれるように普通の町の光景、商店街が並ぶ都市の中心地ともいえる場所だ。
東門に近いことからも保存が利く携帯食料店や、キャンプ用品店、裏側に行けば武器屋の「バランバラン」等、荒野で生き抜くための店も多く見受けられる。
そして、一般の人々が増えるため『恒例のアレ』も発生。
「そこのお嬢さん、お菓子はどうだい?」
「可愛い子たちが一杯だね! どうだい、おひとつ!!」
「そんな安物を売りつけるんじゃないよ! こっちの高級なお菓子をどうぞ!」
「はんっ! 見てくれだけで菓子の良し悪しが決まるわけじゃないわ! 味で勝負よ! うちは手作りだからね! さあ、どうかしら?」
馬車の周囲に、カゴに食べ物を入れた女性たちが集まってきた。
(ああ、懐かしいな)
もうすっかり忘れていると思うが、サナを領主から取り戻した頃、こうして馬車を使って都市を回ったことがある。
そのときも同じようにお菓子や果物を持った女性たちが集まり、売り子をしていたものだ。
都市内部で抗争が起きて街でドンパチやることがあっても、一般人は生活して生きていかねばならない。
彼女たちからは逞しさと、上級街には無い人々の温もりが感じられた。
「あの、どうしましょう? スピードを上げますか? 観光馬車ではないので付き合う必要はありませんが…」
「いやいや、ゆっくり走ってあげてよ。本当にゆっくりね」
「大丈夫ですか? けっこうしつこいですよ?」
「それがいいんだよ。この子たちにも普通の生き方の良さを教えてあげたいんだ。人と触れ合うことは本当に大事だからね。そうそう、窓と天井も開けていいよ。盛大に迎え入れてあげよう」
「わかりました! ありがとうございます!」
リリカナも労働者だ。同じ労働者の売り子たちの気持ちもよくわかるので、心情的にはそうしたかったのだろう。
アンシュラオンが許可を出すと、彼女は笑顔で馬車の窓を開けていく。
さすが金をかけて改造しただけあり、馬車の天井はスライドしてオープン仕様にもできるため、せっかく晴れているのだからと一度止めて開いてみた。
その隙を周囲の売り子が見逃すはずもなく、あっという間に囲まれてしまう。
目の前には大量のカゴ、カゴカゴカゴ。
「お嬢さん、これなんかどうだい? 手作りのパンだよ。たっぷりお肉も入ってるからね。噛み締めると、じゅわーって肉汁が出て最高だよ!」
「こっちは出来立てのアップルパイだよ! 食べたら甘酸っぱい味が広がるからオススメだね!」
「このフルーツは森の中でしか採れない貴重なものなんだよ! 夫が命がけで採ってきたんだ! ぜひ食べてみておくれよ!!」
「す、すみません! そ、その…私はメイドなので…お金がなくて…」
「あっ、そうだった。はい、【お小遣い】の十万円」
アンシュラオンが囲まれて困っているセノアに金を渡す。
着飾ることは何もない。懐からお札を十枚取り出して手渡しだ。
「え…? これ全部…ですか?」
「ごめんよ、忘れてた。子供にはお小遣いが必要だよね。給料とは別に払うから好きに使いなよ」
「え? 給料? え? お小遣い十万円?」
「十万円じゃたいしたものは買えないだろうけど、値段についてはあとでまた考えるよ。とりあえずここはそれで何か買ってごらん。全部使ってもいいよ。またあげるから」
「じゅ、十万円なんて大金……ど、どうやって全部…」
「ギラッ!! お嬢ちゃん、これなんてどうだい! このあまーいお菓子は最高だよ!!」
「いやいやいやいやいや、こっちの果物なんて本当に珍しくて美味しいんだよ! グラス・ギースじゃまず手に入らないね!!」
「何言ってんのさ! 私のパンが最高に決まってるだろう! ほら、ほら! 食べてごらんよ!」
「えええ! えええええええ!?? こ、困ります、困りますうううう!」
「ほらほら、いいから口に入れて! 突っ込んじまいな!」
「うぐうううっ! うまーーーーーー!」
目の前でアンシュラオンが十万円を「お小遣い」として渡したため、明らかに場の空気が変わった。
十万といえば庶民には大金だ。一般男性の二か月分の給料に匹敵する。
それをぽんと渡してしまうほどの金持ちを逃すはずが―――ない!
セノアは売り子のおばちゃ…ご婦人たちのパワーに圧倒され、次から次へと食べ物を買わされる羽目になっていた。(口にパンを突っ込まれていた)
「ははは、これも経験だね。じゃあ、ラノアにもお小遣いをあげようかな」
「んー、おかね?」
「そうだよ。これを使って買い物するんだ。何でも好きなものを買ってごらん」
「んー、ねーねーとおんなじのでいい」
「うーん、そっか。まだ自分で決めるのは難しいかな。サナ、一緒に見てやってくれ」
「…こくり」
サナにも同じく十万円を渡し、ラノアの世話を任せる。
(子供はこういう場を通じて社会性を学んでいくんだよ。それをさらりと促せるオレって教養があるよな)
と、自画自賛していたのだが、この時はすっかりと忘れていた。
サナが『大のお菓子好き』であることを。
以前も彼女は菓子を好み、あげればあげただけ食べるという暴挙に出ていたものだ。
そこにお金という「自由」を与えればどうなるのか。
十数分後、アンシュラオンの目の前には【菓子の山】が生まれていた。
サナとラノアの二十万円が、すべて菓子になったのだ。安物の菓子からグラス・ギースでは高級品として扱われている高級菓子まで、ほぼすべてを買い占めてしまう。
普段売り子として働いているおばちゃんに加え、何やら金持ちが路上で買い物をしていると聞きつけた周囲の店からも出張販売が行われたため、予想以上の菓子が集まったようである。
中には菓子のオマケと称してアクセサリー等の雑貨も交じっていたので、どさくさに紛れていろいろと売りつけられたようだ。
だが、サナの目には菓子しか映っていないので全部受け入れてしまう。
(二十万全部…お菓子か。気持ちはわかるし、オレが自由に使えと言ったから何も言えないが……子供は際限がないんだな。次からは気をつけよう)
子供は与えただけ食べてしまう。
特にサナはその傾向が強いので注意が必要だ。
結局ここで買ったものは馬車に載せきれなかったため、台車を使って牽引することになった。
思わぬ買い物ではあったが、グラス・ギースにおける経済状況がそれなりに回復していることがわかる一幕でもあり、まずは一安心といったところだろうか。
仮初の安定ではあっても、
ちなみにサリータだが、「あんた胸が小さいね。これを食べれば大きくなるよ」などと「豊胸フルーツ」を勧められてショックを受けていた。
たしかにコラーゲンを多く含む果物は美容に良いと聞くし、胸の大きな女性が多い国でよく食べられている特定のフルーツもあるらしいが、おっぱい博士としては胸の大きさがすべてではないと断言したい!!
(女性の胸は、胸であるだけで美しい。そこに貴賎などはないのだ!!)
おっぱいはおっぱいであるだけで美しい。
真実はいつも一つ!!
で、肝心の物件は一般街の大通りにある空き地だった。
道に面した商店街の空き店舗の一つで、大きさはなかなかのものだ。そこそこ広い日本のスーパーがそのまま入りそうなくらいの敷地である。
隣には花屋と食堂が営業中だった。昼時のためか、食堂には多くの人が吸い込まれていく。
東門のある一般街の大通りは、人通りもよく、何よりハローワークに近いという最大のメリットがある。
東門からすぐに外に出られるので、商人にとっては立地も悪くないだろう。
「けっこう広めの敷地だね。もともとは何だったの?」
「大きな雑貨店でしたね。一般生活で使う燃料ジュエルや日用品を扱っておりましたが、ここ二ヶ月は赤字続きで負債を返済するために店仕舞いしてしまいました」
「建物も壊すんだね」
「耐用年数に近づいていましたので一緒に解体したようですね」
「グラス・ギースの建築様式は、骨組みを作ったあとに石や木材で補強して、術式で強化するやり方だよね。何年くらいもつの?」
「安全性を考えれば十年か二十年くらいでしょうか。ただし、衝撃には脆いですからね。よく壊れます」
「やっぱり鉄を使った技術は導入されないのかな?」
「そうですね…すぐ壊れて建て直したほうが経済が回る事情もありますので、西側の技術が入るのはまだまだ先になりそうですね。…これは内密の話ですが、ハングラスでは製鉄技術の研究を進めているそうです」
「へぇ、重い腰を上げたかな」
今まで製鉄技術に関してグラス・ギースは明らかに遅れていた。
人間が立ち入れる区域で採れる資源が、主に木材と岩石といったものなので、それをいかに活用するかに重きが置かれていたからだ。
が、ここにきて製鉄を考えるようになったのは、DBD(六奏聖剣王国)からの兵器供与があったからだろう。
衛士隊が入手した戦車などが最たる例で、彼らが提供するものの大半が鉄を使ったものであるため、修理の際にはどうしても製鉄技術が必要になる。
今は輸入に頼っているようだが高くつくため、早い段階で自前の技術が欲しいのが本音なのだ。
「順調なの?」
「鉄の種類にもいろいろありますから難航しているようです。素材の厳選から始めないといけませんからね」
アランモスが言っている鉄の種類とは、鉄や鋼の違いを示す炭素の含有量といったものではなく、一般的に「石以外のもの」を鉄と呼んでいることに注意が必要だ。
この世界には「術式」という要素があり、素材自体を容易に強化したり弱体化させることができる。
普通の状態で弱くても術式強化すれば、下手な鋼より硬くなるものも存在するため、そういった相性も重要な問題となるのだ。
何よりもすでに述べた通り、鉱山自体の発見管理が極めて難しいので最初から難題だらけである。それで上手くいくほうが珍しいだろう。
「物によっては高炉も必要になるしね。技術的にも難しそうだ」
「そのあたりはハピ・クジュネの武器職人が得意なので、招致するのが一番だと思いますが…」
「なかなか辺境の地に来てくれる職人はいないか。メリットがないからね」
「そうですね。向こうも輸出が減ってしまうと利益が減りますし、わざわざ技術供与することはしないでしょう。おっと、すみません。物件の話でしたね」
「話題を振ったのはこっちだからね。気にしないでいいよ。うちの子らも楽しそうに見ているからね」
サリータやセノアたちも敷地を見て、興味津々といった様子である。
アンシュラオンが近寄ると、頬を赤らめて興奮した様子で話しかけてきた。
特にセノアが顕著で声も弾んでいる。
「ここにお店を開くのですか?」
「将来的にそうなれば楽しそうだね。まあ、今は売るものがないからね。ここを買っても生かしきれるかどうか…」
「いい場所ですよね。みんな楽しそうにしています。お花屋さんも綺麗ですし…お店かぁ…楽しみです!」
「…アランモスさん、ここっていくらなの?」
「ここは大通りで立地も良いので、四千万円となっております」
(四千万か。たいした額ではないが…どうしようかな。商品がないのに先に店の敷地を買うのはリスキーなんだけど、なんだかセノアたちは嬉しそうだな)
スレイブとして買われた以上、何があっても文句はないだろうが、いきなりホテルで人殺しを経験させられたりと少女にしては散々な扱いである。
見れば、たまに商会身分証に触れたり眺めたりして、そのたびにニコニコしているではないか。
普通の女の子であるセノアが、こんな素の感情を見せるのは珍しいことだ。
(そうだよな。女の子にとっては安定が一番の幸せだもんな。お花屋さんとかに憧れるもんだよな)
「サナはどうだい? ここが気に入ったか?」
「…こくり」
サナはセノアと反対側、『食堂』を見ながら頷く。
たしかに食事処が近くにあるのは従業員にとっては嬉しいものだ。
が、サナが食べ物ばかりに興味を示すのは少し怖い。ここはセノアと同じく花屋を見てほしかったところだ。
(もっと女の子らしいものに興味を示してもらいたいが…しょうがない。さて、これから金なんていくらでも手に入る。このために汚ない裏社会の連中とも付き合ったんだ。店の一つや二つくらい気前良く買ってやるか)
「ここ、買うよ。しばらく更地のままにしとくけど、そのうち店を建てるからさ。それまで管理をよろしくね」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「ここはあくまで店舗として使うから、居住スペースは別のほうがよさそうだね。人通りが多くて落ち着かないかな」
「では、次の場所に参りましょう」
次に見て回ったのは、下級街の一画。
以前戦罪者たちを集める時にも通ったが、下級街には上層、中層、下層が存在する。
貧困区の下層は論外なのでアランモスも最初から除外したため、今回紹介された場所は上層寄りの敷地だった。
こちらも建物を解体したばかりの更地で、綺麗にぽっかりと大きな空き地が広がっている。
「へぇ、こんな場所があったんだね」
「商店街にも近くて治安も悪くありません。それでいて比較的静かな場所ですよ」
「もともとは何だったの?」
「こちらはジングラス系列の商会が保有するアパートでしたね。商会が潰れたので売りに出されました」
「ジングラスか。あの派閥の経営は大丈夫なのかな?」
「特に目立った悪い噂は聞きませんが…あそこも輸入が多いですからね。最近食料品の物価も値上がってきましたし、対外的には苦戦しているのかもしれません」
ジングラスとハングラスは、アンシュラオンたちによって大打撃を受けた派閥である。
さきほどの雑貨店もハングラスに手数料を支払っていた店だ。
マングラスを表舞台に引き出すために意図的にソブカに狙われたのが災いし、両陣営とも経営状況はかなり悪いらしい。
そして、そこを安く買い叩くのは、元凶となった男。
なんとも皮肉、というよりは、弱肉強食の世界を如実に映し出しているともいえる。
(といっても、今ここを買う理由はないな。従業員やスレイブが山ほど増えれば考えなくもないが、住む場所としてはあまり好ましくはない。下層に行けばマフィアの事務所もあるしな)
ということで、今回は見送りである。
今後さらに経営が悪化して潰れる商会も出てくるだろうから、その時を狙えばいいだろう。
その後も数件見て回るが、あまり大差はなかった。
下級街の利点は、スレイブ館に近いことだろうか。徒歩で簡単に行くことができる。
大通りからは定期馬車も出ているので、一般街のハローワークにも行きやすいことも利点だ。
が、それだけである。
おそらく都市で一番活気はあるが、活気があるだけ騒動も多い。ラノアのように小さな子供がいる場合は、あまり好ましい住処とはいえないだろう。
次に向かったのは中級街。
中級街に入れば、この都市では高級住宅と呼んでも差し支えない一般家屋が並んでいる。小百合の家(社宅)もその一つだ。
中級街は基本的に中級市民が住む場所であるため、すべてにおいて今までの場所よりグレードが高い。
建物は見た瞬間から豪華で最低でも二階建てになっているし、庭付きの屋敷と呼べるような家が多く見られる。
大通りの店の数は少な目だが、高級感が増して厳選された印象を受けるので悪くはない。
下級街同様に定期馬車も出ているため、足に関してもさして不便さは感じない。ここに居を構えるのは悪くない判断だ。
ただし、中級街ともなると各派閥の有力者たちが居を構えており、プライリーラのように上級街に本邸を持っていながら別邸を持つ者もいる。
商会資格を取ったので、そういった場所にも割り込めるのだが、できればグラス・ギースの派閥とはあまり関わりたくないのが本音だ。
あくまでまったりと好き勝手に商売をやりたいのである。
(ふむ、土地を探すのも大変だな。どうせ暮らすのならばゆっくりしたいよなぁ。そういえば、ずっと気になっていたことがあるんだよね。訊いてみようか)
「ねぇ、この壁の向こう側にある『樹』って何?」
「樹ですか?」
「第二城壁の外側に張り付くようにして【大樹】があるよね。あれって何なの?」
地図でいうと、ちょうど西門からまっすぐ西に進み、第二城壁の向こう側に張り付くようにして巨大な樹が存在する。
しかし上部は、城壁と同じ高さあたりで切り裂かれたように割れており、枝葉もあまり付いていないので、大樹というより【大木】に近いだろうか。
以前グラス・ギースを探索していたときに発見してから、ずっと気になっていたのである。
「ああ、あれですか。大災厄まではこの都市の【守り樹】として普通に立っていたらしいのですが、災厄時に破壊されてしまったようですね」
「四大悪獣に壊されたの?」
「昔のことなので記録はありませんが、おそらくそうなのでしょうね。その後に城壁を造ったそうですが、あの樹の高さに合わせたみたいです。本来はもっと高い樹だったようですね」
(プライリーラの馬とかが暮らすにはいい場所かもね。昔は放し飼いだったのかも)
「あの樹って、所有者はいるの?」
「所有者はおりません。強いて言えば領主様ですが、おそらく存在も忘れていると思われます」
「守り樹だったんでしょ? そんな扱いでいいの?」
「守り樹であったことも忘れられているくらいですからね。私も訊かれるまでは忘れておりました」
「じゃあ、あそこの土地は売りに出されているのかな?」
「少々お待ちください。ええと、第三城壁内部の…E8エリアは…ああ、ありますね。売りに出されております」
「そこの土地を買うと大樹も付いてくるの?」
「付くと申しますか、うちでは城壁の一部と認識していますね」
「面している城壁の一部も自由にしていいの?」
「特に決まりはありませんね。どのみち城壁上部には結界がありますから、みなさん好きに使っているようですよ」
「それはいいね。で、いくら?」
「あの周囲五百メートルで、五百万となっております」
「安いね」
「何もありませんからね」
「さらに三千万足すから、このあたり一帯ももらおうかな。ほら、こことここも」
アンシュラオンが、アランモスが持っていた地図を見ながら場所を指定していく。
「は、はぁ…よろしいのですか? 多少の緑はありますが、耕作地にも向かないただの荒地ですが…」
「いいのいいの。そういう辺鄙なところも欲しいじゃん。別荘っていうのかな。金持ちの道楽だよ」
「なるほど。そういうものも悪くはありませんね」
「ついでに訊くけど、ここは空いてるのかな? 反対側のさ、ここ」
「え? そこは空いておりますが…特に何もない場所ですよ? 常時日陰ですし、人気もまったくありません」
「人気がないってことは安いってことだよね。ちょっと見に行ってみようか。ここから近いしね」
アンシュラオン一向は、今度は大樹の裏側である第二城壁内部に移動する。
そこは周囲に森があるものの、ぽっかりと空き地が生まれている場所だった。
空き地といっても大きな工場が出来そうなくらいの大きさはあるのだが、アランモスが言っていたように完全に日陰となっていた。
日が昇るのは、せいぜい太陽が真上に来るときくらいだろう。それも一時間も経たずに城壁の影に飲まれてしまうに違いない。
本当に隅の隅、といった不毛の土地である。
だが、それを見たアンシュラオンは―――
「いいね。実にいい。ここを買うよ」
「は、はぁ…お気に召されたのならば嬉しいのですが…候補地になっていなかったものでして値段が決まっておらず…」
「えーと、さっきまでの二つで七千五百万円だったね。全部まとめて一億出すから、あそこの森ごともらっていい?」
「ここは人気がないのでもっと安くても…」
「まぁまぁまぁまぁ、いいじゃない。ほら、残りはとっといて。お金はあって困らないからね」
「ああ、でもその…」
「これからもよろしくってことでさ。ね? ポケットにしまっちゃいなよ。ほらほら。領主なんかに仕えていても楽しいことないでしょ? これくらいの役得がないとさ。ほらほらほらー!」
「ああああ、そんなに捻じ込まれたら!! 惚れてまうやろーーー!! これからもよろしくお願いいたします!!」
アランモス、陥落。
金はいい。金があればたいていのことはできてしまう。
純粋な暴力ほど崇高ではないが、金はお互いが笑顔になるから好きだ。
ということで、今回アンシュラオンが買った土地はこの三つとなった。
https://public.muragon.com/a0sluz78/xq23vht5/resize/640x640.jpg?1620924592000
※ブログの画像参照