※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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619話 「新しい拠点 その4『目覚めし大樹』」

 

 アンシュラオンが買った土地は、三つ。

 

 一つは店舗用の空き地で、一般街の大通りの一画。

 

 こちらはまだ店を建てていないどころか、まだ商品すらないため、とりあえず買っただけのものだ。

 

 もしジュエルの安定供給が可能となれば他の品物も含めて、大型ホームセンターのような店となる予定だ。

 

 それはいい。この土地を買った判断は悪くない。

 

 問題はそれ以外の二つだ。

 

 

「よし、上手くいったな。あそこが手に入るとはラッキーだ」

 

 

 土地を買った翌日。

 

 馬車で第三城壁内部を移動中にもアンシュラオンは、満足そうに頷いていた。

 

 この笑みから察するに衝動買いではなく、意図的にあの場所を狙っていたことがうかがえる。

 

 

「アンシュラオン様、なぜあの土地を選ばれたのですか?」

 

 

 ここでホロロが、不可思議な表情を浮かべている他の者たちの代理として質問してきた。

 

 誰もが疑問でありながらも、なかなか言い出せなかったのだ。

 

 また、アンシュラオンが説明したそうな顔をしていたのを見逃さなかった。

 

 こういった主人の欲求をさりげなく満たせるからこそ、彼女は非力でありながらも一番信頼されるのである。

 

 そして、あの場所を選んだ理由が明かされる。

 

 

「まず最初に買った土地だが、店舗の場所はどこでもよかったんだ。手続きとかもあるし、ハローワークに近い場所なら問題はない。立地もいいし、周囲の店も繁盛していたから相乗効果もありそうだ。あそこは良い場所だよ」

 

 

 店自体は、正直どうでもよかった。

 

 アーパム商会はあくまで管理用であって、自分が欲しいものだけ用意できれば役割は果たせるからだ。

 

 ただし、余興として店を開くのも悪くはない。セノアが欲しがっていたこともあり、それもいいと思って買っただけだ。

 

 

「みんなが気になっているのは、あの日陰の土地だよね。べつにあそこに住むわけじゃないから安心していいよ。そうだな…『事務所』って感じかな。あそこが対外的なアーパム商会の窓口になるんだ」

 

 

 商会を作った以上、他の商会と話し合うこともあるだろう。また、在庫管理といった事務作業を行うスペースがほしい。

 

 一般街の店舗に併設してもよいのだが、中級街に居を構えること自体が中級市民である証拠であり、信頼につながるだろう。

 

 かといって中心部では他派閥もいるので、あの隅っこがちょうどよいのだ。

 

 

「オレたちが実際に住むのは第三城壁内部。つまりは、あの『大樹』があるところだね」

 

「あそこに住む場合、街までかなりの距離がありますね」

 

「そうだね。普通に行けば一般街まで六十キロ以上、事務所まで行くなら百キロ以上はあるよね。障害物や建造物があるから、もっと長いかもしれないな」

 

「ということは、誰かが事務所に寝泊りするのでしょうか? 一日で往復するには大変な距離ですし…」

 

「いやいや、そんなことはしないよ。オレたちは基本的にいつも一緒だ。そうでないと安全が確保できないし、寂しいだろう? そこはオレに考えがあるから楽しみにしておいてくれ。それよりは【位置】が重要だ。地図を見てみようか」

 

 

 アンシュラオンがグラス・ギースの地図を広げる。

 

 こちらは一般人が入手可能な簡易なものではなく、不動産屋が持っている詳細な地図である。

 

 防衛上、都市の区画図は重要なものなので、一部の人間にしか手に入らないのだ。(アランモスを買収した結果である)

 

 

「サリータ、どうしてここを選んだかわかるか?」

 

「えっ? あっ…ええと……農場に近いからですか?」

 

「なるほど。だいぶ距離があるが、同じ第三城壁内部にあるから近いには近いな。シャイナが住んでいるしバイラルもいるから、近ければ守りやすい面はあるだろう。だが、今回は違う理由だ。オレたち自身のことを考えれば、ここがベストだとわかるはずだ。位置をよく見てみるんだ。ここから一番近い場所はどこだ?」

 

「うーん…」

 

「言い方を変えようか。もし敵が攻めてきた場合、どこから逃げる?」

 

「敵ですか?」

 

「仮定の話さ。もしグラス・ギースが攻められたとき、軍隊でも魔獣の群れでもいいが、そうしたときはどこから逃げるのが妥当だ?」

 

「城塞都市ですから、逃げるには門を通るしかないですね」

 

「そうだな。あくまで城壁を登らないという前提で話せば、そうなる。じゃあ、どこの門から逃げる?」

 

「南門は遠いですから…【北西門】ですか?」

 

「正解だ。第三城壁内部において外に出る門は二つしかない。オレたちの住んでいる場所から一番近いのは当然、北西門となるな。北西門は貿易用の出入り口ではあるが、実際のところあまり使われていない。多くの商人は南門を使っているからな。なぜならば、輸入品の大半が南側の都市からやってくるからだ」

 

「単純に東門に近いという理由もありそうです」

 

「ああ、商人にとっては時間も重要になる。北西門を使っているのは北からやってくる商人くらいなものだが、そこまで数は多くないんだ。オレも北のほうから来たが、かろうじて村と呼べるような集落が複数あるくらいだった。村からの輸入品は木材とか珍しい果実とか、そういったものだな。それでも安全性を考慮するのならば、迂回して南門から入ったほうが安全だ。交通ルートに接するからな」

 

「北西門は微妙に荒野に接していますね。魔獣が出る可能性も高そうです」

 

「そうだ。リスクが高い場所には人は寄り付かないのが道理だ。では話を戻すが、この都市が攻められた場合、それを事前に察知したのならば、グラス・ギースはどのような戦術を取ると思う?」

 

「城塞都市ですし、門を閉めて守るのでしょうか? あまりそういった現場を見たことがないので想像するしかありませんが…」

 

「門は閉めるだろうな。しかし、最初に閉めるのは【東門】と【北西門】だ」

 

「え? 南門は閉めないのですか?」

 

「大型魔獣が来たら閉めるだろうが、普通の外敵だったら南門は閉めない。篭城するだけでは城塞都市に勝ち目はないからだ。交通ルートを押さえられたら終わりだ」

 

 

 篭城とは、援軍が来る前提で使われる戦術だ。

 

 ただむやみに閉じ篭っているだけでは自滅するしかない。

 

 戦国時代の日本でも、篭城している間に援軍を要請しに行くのが普通である。(来ないと悲惨だが)

 

 だが、グラス・ギースは単に篭城するだけではない。

 

 

「はっきり言ってグラス・ギースは【攻撃型の城塞都市】なんだ。砦が南門に集中しているのがわかるか? これは戦艦や輸送船、あるいは大型魔獣の突進を受け止めるために造られたものではあるが、そのまま南門で敵を迎え撃つことも想定しているんだ」

 

 

 グラス・ギースの地図を見ると、カタツムリの殻のように渦巻きになっていることがわかるだろう。

 

 地図上の黒い場所は『堀』なので、大勢の敵が一気に攻められないようにしてある。これは日本の城と同じく内部に敵を誘い込んで迎撃するためだ。

 

 

「南門から突入した敵は東門を目指す。都市への入り口がそこしかないからだ。それを南側の砦が防衛するが、そのまま突破されても東側の砦から衛士たちがやってきて食い止める。そして、西砦からの援軍が到着するまで耐える仕組みになっているようだ」

 

「敵が北西門から攻撃する可能性はないのでしょうか?」

 

「たしかにそれはある。挟まれることを嫌って、部隊を二手に分けて攻撃する可能性もあるな。ただその場合でも向かってくるのは主戦力ではないだろうし、もし主戦力であれば、それはそれでオレたちは南門を目指して逃げればいいだけだ。むしろ、そっちのほうがありがたいよな」

 

「どちらにせよ敵が来たら衛士隊が対応する、というわけですね。しかし、それならば第二城壁内部のほうが安全ではないのでしょうか?」

 

「ホテルの件を忘れたか? 逃げ道がないのはつらいぞ。一見すれば閉じられた第二城壁内部が安全に見えるが、最悪の場合、領主は第二城壁内部を見捨てて戦場にするはずだ。障害物が多い第二城壁内部こそ、一番迎撃しやすいエリアなんだ」

 

 

 建物の影に隠れて襲いかかる。または逃げ込む。

 

 市街地でゲリラ戦を仕掛けて敵を混乱に陥れることも、グラス・ギースは想定しているように見える。

 

 そして第一城壁内の衛士たちが、最後の砦である西門に全兵力を投入して攻撃を凌ぐのだ。

 

 

「グラス・ギースには十万人以上の人間がいる。それも甘い統計で、実際は二十万人に近いらしい。それだけの人数がパニックになって東門に集中すれば、一般人同士の共倒れは必至だな。であれば皮肉だが、できるだけ都市内部で暮らさないほうが安全といえる。もちろんそこまで敵が侵攻してくる可能性は低いだろうし、第三城壁内部のほうが日常的なトラブルが多いから、一般人が暮らすのならば中のほうがいいとは思うけどな」

 

「私たちはグラス・ギースに固執する必要はない。ここが重要ですね」

 

 

 ここでホロロが補足。

 

 一般の人間とアンシュラオンが違うのは、何度も言っているようにこの部分なのだ。

 

 

「そうだ。領主を助ける理由もないし、共倒れになるなんて御免だ。まあ、金づるのラングラスがピンチなら助けてやってもいいが、まずはオレたちの安全確保が最優先となる。もしグラス・ギースが襲われたときは北西門から脱出。その前提で考えると、この立地は悪くない。近くに森もあるし、逃げ込んでチャンスをうかがえる。待ち伏せもしやすいだろう」

 

「出口が近いのは安心しますね」

 

「ああ、何かあったらまずは都市から離れたほうがいい。仮にグラス・ギースを陥落させられるくらいの戦力が投入されれば、オレもそこまで余裕があるかわからない。日常的な面では魔獣が北西門から紛れ込む可能性もあるが、グラス・ギースの周囲にいる魔獣はハンターが常時監視しているからな。そこまで怖れることはないだろう。むろん逃げるルートは事前に複数作っておくよ」

 

 

 アンシュラオンの話を聞いて、皆の表情が困惑から安堵へと変わる。

 

 主人がいつも自分たちの身の安全を考えてくれていることは、従う者からすれば非常に重要な要素である。

 

 雇われた会社の社長が間抜けで、借金を背負って潰れる程度ならばよいが、荒野では命がかかっているのだ。常に身を案じるべきである。

 

 なるほど。場所はいい。意図はわかった。

 

 であれば今度は、実際どのような住み心地なのか、という点に興味が移る。

 

 

 

 馬車が農場を通り過ぎ、問題の大樹に到着。

 

 

 南北の少し離れたところに森が見えるが、ここだけぽっかりと五百メートル四方に荒地が広がっている。

 

 そこにはしなびながらも城壁にへばりついている大樹があった。裏側の三割は壁と一体化していると言ってもよいだろう。

 

 大樹の高さは城壁とほぼ同じなので、約五十メートル程度だ。

 

 だが、アンシュラオンがもっと気になったのは、その【直径】。

 

 

(でかいよな。どう見ても直径が百メートル以上ある。百五十メートルくらいか? こんな樹、地球ではお目にかかれないよ)

 

 

 オリンピックで使われるスタジアムのトラックと、ほぼ同じ長さと思えばわかりやすい。

 

 地球ではメキシコにある巨木の直径が約六十メートルなので、もはや比べるまでもないほど大きな樹だ。

 

 火怨山ではもっと大きな樹もあったので個人的に驚きはないが、荒野にぽつんと巨木があれば気になるものだろう。

 

 もし途中で折れていなければ、おそらく全高は今の三倍以上はあったに違いない。守り樹になるのも頷ける。

 

 しかしながら災厄時に破壊され、人々が混乱の中で存在を忘れてしまった悲しい樹でもあるのだ。

 

 

「さて、どんなもんかな」

 

 

 アンシュラオンが樹に近寄り、触ってみる。

 

 表面はつるっとしており、廊下に触れたような感覚だ。

 

 ぐっと指を押し込んでみたが、まったくびくともしない。

 

 

「おっ、なかなか堅いな。サリータ、ちょっと斧で叩いてみな」

 

「よろしいのですか?」

 

「もうオレのものだ。かまわないさ。全力でいけよ」

 

「わかりました! では、えーーーい!」

 

 

 ブーンッ! ガゴンッ!

 

 サリータが術式斧の突扇斧(とっせんぷ)で力一杯叩きつけたが、刃は樹皮に食い込むこともなく弾かれた。

 

 まさか樹木に弾かれるとは思っていなかったサリータは、まともに反動を受けてひっくり返る。

 

 

「いつつ!! なんですか、この感触は!? 手が…痺れて……いたた! うわっ、傷一つ付いていません!」

 

「ふむ、サリータ程度の攻撃では無傷か」

 

 

 サリータは戦気こそ使っていないが、一般成人男性よりも力は強い。

 

 その腕力で思いきり武器を叩きつけても無傷であれば、魔獣の攻撃にもそれなりに耐えることができるだろう。

 

 

「今度はサナがやってごらん。剣気を出してやるんだぞ」

 

「…こくり」

 

 

 サナが剣気を放出した刀を構え、振り抜く。

 

 ガシュンッ

 

 刃は樹皮を傷つけたが、軽く跡筋が残っただけで切れてはいない。

 

 

「今度は魔石を使ってごらん」

 

「…こくり」

 

 

 バチバチとサナが魔石を解放。

 

 雷爪を展開して、樹皮に叩きつける。

 

 ズバンッ

 

 多少抉れたものの、竹刀で樹を叩いた程度の損傷しか生まれていない。

 

 

「思った以上だな。こいつはいいぞ」

 

 

 サナの一撃は、レイオンでも大ダメージを受けるほどだ。

 

 それを受けても無事ならば、強度としては文句なく合格といえる。

 

 だが、サナは悔しかったのか何度も雷爪を叩きつけていた。(途中で力尽きてやめた)

 

 

「あの…この樹の近くに家を建てるのでしょうか?」

 

 

 セノアが周囲を見回しながら訊ねる。

 

 彼女にとっては樹の強度よりも住む家のほうが大事なのだろう。極めて普通の感覚だ。

 

 完全な空き地になっているので、たしかに家は建てやすそうではある。

 

 しかし、そう考えている段階でアンシュラオンの意図を理解していない。

 

 

「家はもうあるよ」

 

「ある? どこにですか?」

 

「これさ、これ」

 

 

 コンコンッと、拳で大樹を叩く。

 

 しばらくその意味がわからず、セノアがじっと枯れ木を見つめていたが、やはりわからずに首を傾げていた。

 

 アンシュラオンは、そんなセノアの表情に苦笑。

 

 

「さすがに荒野に暮らしていると、『木の中に住む』っていう概念が無いかな」

 

 

 アンシュラオンが戦気をまとわせた手を、ずぶりと木の中に突き入れる。

 

 

「ちょっと固めの粘土くらいか? 意外と掘りやすいな」

 

 

 さきほどサリータが簡単に弾かれた木を貫き、いとも簡単に木を掘り進めていく。

 

 ざくざくざくっ

 

 アンシュラオンが一回手を掻くだけで、地上から高さ二メートルほどの空間が一気に削れていく。

 

 そのたびに膨大な量の木屑が生まれていくが、当人は気にせず進んでいき、あっという間に姿が見えなくなる。

 

 

「おーい、どうした? 付いてきていいんだぞー」

 

「…こくり」

 

「は、はい!!」

 

 

 呆気に取られていたサリータたちも、サナがすたすた木の中に入っていくのを見て、慌てて付いていく。

 

 サリータにとっては強固でも、アンシュラオンからすればたいしたものではない。改めて主人の強さを痛感するのであった。

 

 

 

 そうしてしばらく進んでいくと、幹の中央部分に到達。

 

 

(幹の部分は、ほぼ死んでいる。活力が皆無だ。だがしかし、【根】はまだ生きている)

 

 

 よく根腐れで木が枯れる、という話を聞く。根が呼吸できなくなって死んでしまい、結果的に木全体が枯れる現象だ。

 

 ただ、この大樹の根は生きていた。

 

 あまりに弱々しく、生きているのが不思議なほどだが、奥底に生命の温もりを感じる。

 

 まだ大樹が生きている一つの要因には、遺跡から染み出した『水』の影響があるかもしれない。

 

 マングラスが管理する『生命の水』のかすかな波動が、この大樹の命を繋ぎ止めていたのだ。

 

 

(放っておけば完全に死んでしまうだろう。守り樹と呼ばれ、人々から崇敬されていた面影なんてまるでない。歴史の中に埋もれてしまった過去の栄光を見るようで切ないな。だが、オレがお前を見つけた。オレだけはお前を見ていたんだ。お前もオレのものになれ。オレは自分の所有物を見捨てない)

 

 

 アンシュラオンが木の根の一部に手を置くと、命気を放出。

 

 命気は大地に染み入り、根に広がる。

 

 少し吸わせた程度では大樹は何も変わらない。

 

 もっともっと出す。

 

 

 出す、出す、出す、出す、出す。

 

 吸う、吸う、吸う、吸う、吸う。

 

 

 与えれば与えるだけ吸っていく。

 

 この感覚は黒雷狼に似ていた。

 

 ちゅーちゅーと赤子が母乳を吸っている光景が目に浮かぶようだ。

 

 一度枯れた幹は二度と戻らない。死んでしまった部分は蘇らない。

 

 しかし、根が生きていれば倒れることはない。

 

 命気を与えたことで根に活力が戻ったことを確信する。

 

 

(根がしっかりしていれば地盤も強くなる。これだけ大きな樹なんだ。根も相当広がっているんだろうな。オレも植物は好きだから長生きしてほしいもんだ)

 

 

 守り樹の根は、南北に広がった森にまで広がっていると思われた。

 

 日本でも木を神聖なものとして扱うのは、その根ががっしりと大地を支えることで、地震から家屋を守ることにもつながるからだ。

 

 この守り樹も同じ。

 

 しっかりと大きな根が残っていれば、城壁が吹っ飛んでも樹自体が倒れることはないだろう。

 

 【彼】は多くの人々から忘れられたが、もっと強大な一人の男に救われた。

 

 きっとこれからは自分が住む場所を支えてくれるに違いない。

 

 

 アンシュラオンは根を強化すると、さらに掘り進む。

 

 が、その途中、セノアが声を上げた。

 

 

「ひゃっ! 何か動いています!?」

 

「ん? なんだ、このでかい芋虫は?」

 

 

 枯れた樹の中に空洞があり、そこに六十センチ程度の大きさの『芋虫』がいた。

 

 その口には強靭な大顎(牙)が付いており、がっしりと樹に噛み付いている。

 

 どうやらこの空洞は、この幼虫が自ら噛み砕いて掘ったものと推測できる。

 

 

「へぇ、この幹を壊せるだけの力はあるみたいだな。はは、なんか可愛いぞ。ほら、見てみろよ」

 

「ひぃいいいっ!! さ、さわって大丈夫ですか!?」

 

「セノアは虫が苦手か? 成虫はともかく、幼虫なら可愛いと思うけどな」

 

「し、師匠、さすがに魔獣にそういう感情は…」

 

「こいつって魔獣なのかな? おっ、口から糸を吐いたぞ。おお、出る出る。すごいぞ。どんどん出る」

 

「ひぃいいいいいいい!」

 

 

 口から出た糸を手で引っ張ると、引っ張れば引っ張るだけ出てきた。

 

 子供の頃は大きな蜘蛛がそこらじゅうにおり、よくこうやって糸を引っ張って遊んだものである。

 

 

(火怨山には虫型魔獣もたくさんいたけど…女の子は苦手かもな。じゃあ、姉ちゃんはなんなんだって話になるが、あの人は規格外だから女じゃないのかもしれないな…。サリータも若干苦手そうにしているから、やっぱり女の子なんだよな。サナやホロロさん、ラノアは平気そうだ。これはメンタルの違いかな?)

 

 

 サナは特に感情を示さず、遠慮なく幼虫の柔らかい腹を触っている。ラノアも不思議そうに見ているくらいだ。

 

 今後のことを考えれば虫への耐性も付けておきたいものであるが、まずはこれが何かを調べよう。

 

 

―――――――――――――――――――――――

名前 :バイネスパピー〈古樹翼糸虫〉

 

レベル:20/90

HP :300/300

BP :100/100

 

統率:E   体力: D

知力:E   精神: F

魔力:D   攻撃: F

魅力:D   防御: E

工作:F   命中: F

隠密:F   回避: F

 

☆総合: 第四級 根絶級魔獣

 

異名:お隠れ大樹の紡ぎ幼虫

種族:魔獣

属性:土、樹

異能:樹木強化、繭化、糸吐き

―――――――――――――――――――――――

 

 

(うーん、特に害はなさそうだな。むしろ『樹木強化』というスキルがあるから、この大樹が今まで生き延びていたのはこいつのおかげかな。虫と樹も共生関係にあるんだ。自然ってのはすごいもんだよ)

 

 

 このバイネスパピーは、食した部分の幹の内部を糸で補強する習性があるようだ。

 

 この樹はすでに枯れてしまっているが、今まで壊れたり砕けたりしなかったのは、彼らが中から支えていたからであろう。

 

 

(魔獣は人間と違って有益な存在が多い。この糸も何かに使えるかもしれないし、まずはこのままにしておこう。それより普通に魔獣が住んでいるほうが問題な気もするが…まあいいか。ずっと前からいるのかもしれないしね)

 

 

 さりげなく第三城壁内部に魔獣、しかも根絶級魔獣が入り込んでいたりする。

 

 昼間は門を開けているので魔獣が入らないわけではないが、ハンターが見回っていることもあり、基本的に侵入はほぼ皆無だ。

 

 となれば、かなり前から大樹の中に潜んでいた可能性も考えられる。もしかしたら災厄後、城壁が建造される前に入り込んだのかもしれない。

 

 とりあえず無害なので放置。

 

 今のアンシュラオンの目的は、大樹ではないからだ。

 

 

 ガッ

 

 

 そしてついに大樹を貫通し、城壁にまで至る。

 

 そこからは少し真下に向かって掘り進め、ある程度到達したところで止まる。

 

 

「ここまで来たら、少し音が出ても大丈夫かな。ふんっ!」

 

 

 掌を城壁に当てて、発気。

 

 

 ビシッ ビシシシッ ボシュンッ

 

 

 発せられた衝撃が浸透し、破壊された城壁が細かい塵となって霧散。

 

 大樹の時と同じく、これを繰り返しながら城壁の内部に入っていくと、綺麗な円状のトンネルが生まれていった。

 

 

「グラス・ギースの城壁は、表面からおよそ五百メートルまではただの岩石だが、場所によっては空洞があったりする。これは城壁自体を『砦』として扱うためだ。だが、これもあまり使われてはいないようだな。そもそもの問題として、城壁をここまで破壊できる人間が少ないからだ」

 

 

 グラス・ギースの城壁は、狭いところでも二千五百メートルの『厚さ』を誇っている。領主城の北側などは六キロに及ぶほどだ。

 

 こうなれば、もはや城壁というよりも大きな岸壁だ。それを破壊することは戦車を使ったとしても極めて困難。戦艦の通常砲撃でも厳しいだろう。

 

 それゆえに城壁は強固な砦として扱うことができる。結界が張られている位置にもよるが、第三城壁内部に誘い込んだ敵を城壁の上から攻撃することも可能だ。

 

 ただし、衛士隊の銃火器の貧弱さを考えれば、あまり現実的な戦術ではない。城壁の内部を使うにしても、だいたいは武器や備品の管理に扱うくらいである。

 

 誰が造ったのかは知らないが、グラス・ギースの城壁は上手く設計されている。されてはいるが、それを扱いきれてないだけだ。

 

 なんという宝の持ち腐れ。

 

 もったいないので自分が使ってあげよう。あげるべきだ。

 

 特に自分は自力で岩を破壊できるので、内部を自在に加工することができる。

 

 

「さて、もうわかったかな。オレがこのまま掘り進めれば、どこに到着する?」

 

「これはまさか…ホテル脱出の時と同じ…」

 

「そうだ。城壁を貫通させれば、およそ二キロ半で第二城壁内部にたどり着くことができる。そして出た先には、オレたちの事務所がある」

 

 

 一般人ならば百キロ以上の道程を移動しなければならないが、こうやって城壁に穴をあけてしまえば、直線距離にして二キロ半程度。

 

 足腰が鍛えられたこの都市の人間ならば、徒歩でも楽々行ける距離となる。

 

 

「城壁の中に新しく部屋を作れば、商品の管理にも金がかからないで済む。かなり広いからな。まず保管場所に困ることはないだろう」

 

「師匠、あの…そんなに簡単に穴をあけてもよいのでしょうか? グラス・ギースは城塞都市なので、穴から敵が入り込む可能性も…」

 

「普段は閉じておくから大丈夫さ。どうせ誰も城壁に穴があるなんて思わないだろうしな」

 

「そ、そうです…ね。城壁に穴があるなんて想像しません…ね」

 

「この都市の連中は、どうやら城壁無敵神話を信じているらしい。逆にその自信がどこからくるのか知りたいよ。ここの壁は第三階級の討滅級までならば対応可能だが、肝心の悪獣レベルに通用するとは思えない。おそらくは時間を稼いでいる間に地下に逃げることを想定しているんだ。最初から地上は捨て駒というわけだな」

 

 

 住人が城壁無敵神話を信じていれば、パニックになって逃げ出すことはないだろう。

 

 そして、彼らが悪獣の犠牲になっている間に領主たち首脳陣は逃げる。もし意図的に誇張しているのならば、なかなかにあくどいやり口である。

 

 実際はその間に戦獣乙女やマングラスたちが迎撃準備を整えるのだろうが、犠牲が出ることを想定しているのは間違いない。

 

 

「ならば、こちらも遠慮することはない。オレたちの大切なものを守るために必要なら、穴くらいあけてもいいだろう。そのほうが多くの人を助けることができるかもしれないぞ」

 

「なるほど! さすが師匠です! 尊敬します!」

 

 

 一般市民を助けるとは一言も言っていない。

 

 単純に自分の資産や、小百合たちを逃がすのに便利だから穴をあけたにすぎない。

 

 

(まあ、気に入ったやつなら助けてやってもいいけどね。滅多にいないよね、そんなやつ。術具屋の子や武器屋のおっさんくらいかな?)

 

 

「今日の穴堀りはここまでだな。さすがに城壁を貫通させると周囲にバレるから、続きは向こう側の事務所の工事が始まってからにしよう。それじゃ、一度戻って【間取り】を考えようか」

 

「間取り…でありますか?」

 

「設計図がないと何もできないからね。アランモスさんに一般的な家屋の見取り図をいくつか用意してもらっているから、それを基礎にして間取りを決めよう。そうだな。この作業はホロロさんたちに任せるよ。セノアとラノア、サナも加わって意見を出し合ってくれ」

 

「かしこまりました」

 

「オレとサリータは、外に出て『境界標』を打ちにいくぞ。どこからが私有地かはっきりさせないと、知らないやつらが好き勝手入ってくるかもしれないからな。ちゃんと決めておいたほうがいい。ここは何も目印がないからな」

 

「はい、お手伝いいたします!!」

 

 

 

 

 こうして役割分担が決まれば行動は早い。

 

 

 まずは近くの森から木をいくつか伐採してきて、それを使って簡単な小屋を作る。

 

 大樹を居住空間として改造するまでは、しばらくはここが自分たちの住処となるので、ある程度大きめにして隙間はしっかりと命気水晶で固める。

 

 適当に作った小屋ではあるも、命気水晶自体が強固なので、まず倒壊する心配はないだろう。

 

 その中でホロロたちが間取りを考える。

 

 アンシュラオンは住居にあまり興味がないし、メイドであるホロロたちが使いやすいほうがよいと思って提案しただけにすぎない。

 

 が、これが思わぬ白熱を見せる。

 

 やはり女性は自分の住処にはこだわるものだ。寝室はもちろん、台所や入浴施設の場所等々、ホロロとセノアの間でかなりの議論が交わされたようである。

 

 互いに譲らない場所については、サナが決断することで丸く収まる。

 

 そういう意図でサナを配置したわけではないのだが、結果的には上手くいったようだ。

 

 一方の外での作業は、とても快適で順調であった。

 

 

「ええと、そのあたりかな」

 

「ここですか?」

 

「もうちょい先でもいいかも」

 

「このあたりでしょうか?」

 

「もっと行ってもいいんじゃないか?」

 

「地図を見ると、このあたりのような…」

 

「まぁまぁ、大丈夫だろう。もうちょい勝負してみよう」

 

 

 サリータが地図を見ながら杭を打とうとするのだが、そのたびにアンシュラオンが先のほうを指示する。

 

 

(こんなもん、だいたいでいいのさ。どうせ土地なんて余りまくっているんだ。少しくらい延長してもいいだろう)

 

 

 大樹のある城壁を中心として直径一キロが買ったエリアであるが、少し少しと言いながら結局、百メートル近くオーバーしていた。

 

 といっても市民の大半は賃貸契約なので、こうして丸々買い上げるブルジョワは極めて少なく、人気のない土地はかなり余っているのが現状である。

 

 また、領主がその気になればいつでも取り上げることができるため、真面目にルールを守るのも馬鹿らしい。これくらいは許容範囲のはずだ。

 

 

「あとは杭同士を縄で結ぶぞ」

 

 

 こちらもアランモスからもらった長い縄を使って、明確な境界線を生み出す。

 

 こうしてみると、かなり広い土地である。

 

 さすがに大量の家畜を飼うことは無理だろうが、小さな牧場くらいは作れそうだ。

 

 

(森もあるし、畑を作ってみるのもいいかもな。ただ、耕作地には向かない土壌だとか言ってたな。誰も手を付けていないところをみると、本当に普通の植物じゃ駄目なんだろうな。何か適したものがあればいいが…)

 

 

 ルセーナ農場では小麦が生産されているので、乾燥に強い麦類ならば栽培が可能なことは証明されている。

 

 しかしながらこの一帯は災厄時の影響が強いのか、大地は乾燥しヒビ割れ、見ただけで活力がないことがわかる。

 

 単に外から水を持ってくればいい、という話ではないのだ。大地から生命力が抜けている状態では、何も育つことができないのである。

 

 大災厄が起こる前は、この都市も緑に覆われた美しい都市だったらしい。それがこの有様ならば、その衝撃がいかに強かったかがうかがえる。

 

 

「少しずつ整えていこう。焦ることはないさ。これから始まるんだしな」

 

 

 今日の作業は、これで終わり。

 

 日が暮れてからは狭い小屋の中で、みんなで一緒に眠った。

 

 ホロロもホテル勤めではあったが元は下級市民だったこともあり、こうした生活空間にも慣れているようで特に不満はないようだ。

 

 セノアもホテル生活よりはこちらのほうが馴染むらしく、普段以上に寝つきがよかったので安心したものである。

 

 誰もがわくわくしていた。

 

 命の危険に晒されながらも、アンシュラオンといるとなぜか心が躍るのだ。

 

 それこそ圧倒的な魅力が成せる業。

 

 この男が単なるゲスでクズでない証なのだ。

 

 それはすぐに証明されることになる。

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 大樹に大きな変化が起こっていた。

 

 すでに枯れた場所は戻らない。幹は枯れたまま変化はない。

 

 がしかし、根元からは大量の枝が伸び、枝先は緑の輝きに満ちていた。

 

 まだ生まれたばかりの初々しい葉っぱ。弱々しい産声。

 

 だが、生きている。

 

 その姿は、死んだ老人の中から赤子が出てきたような、人々の心を魅了する、とてもとても神秘的な光景だった。

 

 

 

 命気を吸った大樹が―――目覚めた

 

 

 

 新たなる主人を迎えたことで、彼も新しい活力を得たのである。

 

 それを見たアンシュラオンはテンションが上がって、やる気満々!!

 

 

「よーーーし!! 今日は間取り図に沿って大樹の中を掘り進めるぞ!! 自分たちの家は自分で作るんだ!! いくぞ、サナ!! DIYってやつを教えてやる!」

 

「…こくり。ぐっ!!」

 

 

 意気揚々と白い少年と黒い少女が、大樹の幹を削っていく。

 

 少年は素手で乱雑に。少女は刀で乱暴に。

 

 ちょっとしたズレも気にしない。間違いも気にしない。

 

 なにせ当人そのものが日々間違いを犯し続け、報いを受けたり与えたりしながら、それでもなお楽しんで前に進んでいるのだ。

 

 やること為すことが、すべて奇想天外。破天荒。

 

 だからこそ一緒にいて飽きない。

 

 壁で太陽が見えないのならば、太陽が出る場所まで昇ればいい。

 

 いや、その必要もない。

 

 彼こそが太陽。彼がいる場所が常に光り輝くのだから。

 

 

 

 こうして三日が経過し、【白樹の館】が完成したのであった。

 

 

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