※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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620話 「白樹の館」

 

 グラス・ギース第二城壁と、ほぼ合体している大樹を改造したアンシュラオンの新拠点、【白樹(はくじゅ)の館】。

 

 べつに外観が白いわけではないが、持ち主の容姿が白に染まっていることもあり、いつしかそう呼ばれることになる場所である。

 

 アンシュラオンの命気と活力により、大樹は新しい生命を宿した。

 

 壁に枝葉がまとわりつき、気づけば小さな虫や鳥も集まってきている。

 

 何気ない光景に思えるかもしれないが、グラス・ギースにおいては極めて貴重な現象といえる。

 

 土地が汚染された場所では虫がいなくなる。地球でも放射能汚染された大地では、まず虫が消えるのだ。

 

 虫が消えれば大地は循環を止め、次第に疲弊して何も育たなくなる。まさに虫も寄り付かない死の大地になる。

 

 グラス・ギースの土地も災厄によって生命を失い、満足に農作物が育たなくなっていた。だからこそ他の都市からの輸入に頼っていた。

 

 それが、わずかではあっても改善の兆しが見えた。

 

 この『希望』に気づいた人間は、そう多くはないだろう。

 

 いつだってこの男は何もない場所から動き出す。

 

 スレイブという最下層の存在に目を付け、彼女たちを引っ張っていく。

 

 ラングラスという落ちぶれた派閥に組し、再度のチャンスを与える。

 

 そもそもグラス・ギース自体が忘れられた辺境の都市なのだ。

 

 アンシュラオンのいる場所からすべてが生まれていく。

 

 のちに最強の覇王でありながらも歴史から消された『欠番覇王』の伝説は、ここから本格的に始まるのであった。

 

 

 

 

「まー、こんなもんか!! 細かいところは素人だからしょうがないよな! 十分十分! これでいいよ!」

 

 

 拠点改造から三日。

 

 間取り図に沿って大樹の幹を掘り進めた結果、一応ながら居住空間と呼べるものが完成。

 

 切りすぎたところは命気で接着もできるので、少しずつ修正して素人ながら悪くない出来に仕上がった。

 

 外から見ると大樹の形を残しつつも各場所に窓があり、ファンタジーならばエルフが住んでいそうな外観だ。

 

 

(樹の匂いがいいよな。なんか火怨山を思い出すよ。あそこの家もオレが作り直したりしたし、建築って難しいけど面白いよな。まあ、主に壊すのは姉ちゃんとかゼブ兄だけどね)

 

 

 家でゴロゴロしていると、たまに巨大な戦弾が飛んできたりして破壊されることがよくあった。

 

 壊した当人たちは野宿でもまったく困らない頑強な者たちなので、家がなくてもあまり気にしないから困ったものだ。そのためいつも自分が直していたものである。

 

 幸いながら、ここにはそんな化け物たちはいない。まず壊れる心配はないだろう。

 

 

 では、軽く間取りの説明だ。

 

 

 まず樹の根元部分はあまりいじらず、地上部分に門付きの階段を作り、上った先の高さ五メートル程の箇所が入り口となっている。

 

 玄関周辺は少し削って床と手すりを作り、一定のスペースを生み出した。

 

 このあたりは高床式ログハウスを想像してくれればわかりやすいだろう。造りはほぼ同じで、規模が違うので高くなっているだけだ。

 

 こうして高さを設けたのは地盤をしっかりさせるためと、『敵からの攻撃』を想定してのことである。

 

 そう、この白樹の館は『防衛を想定』した造りになっているのだ。

 

 門は今後強化するし結界も張る予定なので、そこで敵を食い止めている間に上から銃撃、といったことも考えている。

 

 それ以前に大樹の周囲も厳重に管理防衛する予定なので、この館まで攻め入れる者がどれだけいるかは疑問であるが。

 

 

 内部の話に移ろう。

 

 玄関から中に入ると、大きなエントランスがある。

 

 一般的な館にあるものと同じだが階段は一箇所しかないので、迎撃する際は周囲から攻撃がしやすい構造になっている。

 

 まだ素の木材の状態であるため防備は薄いが、そのうち何かで補強する予定だ。

 

 本格的な居住空間は、この階段上からである。

 

 ただしホテルと違い、料理場や使用人部屋が並んでいるわけではない。

 

 むしろメイドたちの部屋は最上部にある。これは城壁があるため、万一の際は上に逃げられるからだ。

 

 ならば何があるかといえば、この階の部屋は倉庫として使うことが決まっている。

 

 主に農具や迎撃用の武器、冒険中に手に入れた珍しい物を飾る部屋になるだろう。

 

 特筆すべき点は、その中の一つに『アンシュラオンの別室』があることだ。

 

 来客用の客間と呼んでもよいのだが、アンシュラオンが独りでだらけるためのスペースでもある。

 

 これは防衛面でも極めて重要な要素だ。

 

 玄関開けたら、いきなりラスボス。

 

 他の防衛設備などいらないレベルで凶悪である。

 

 

 白樹の館は、五階層で構成されている。

 

 

 一階のエリアは、エントランスと倉庫および来客スペース。

 

 二階は、体育館レベルの大きな部屋が三つ。周囲を命気結晶で覆えば、室内でもさまざまな鍛錬が可能となる『訓練場』でもある。

 

 訓練場には小さな部屋もいくつか併設したので、そこで寝泊りするくらいはできるだろう。

 

 逆に外でやると危険な鍛錬などは、ここで試すのもいい。

 

 三階からはようやく居住スペースとなり、十二の部屋が用意されている。

 

 ここに住むのは主に戦闘力に優れた女性、おそらくはマキやサリータの部屋となる予定だ。

 

 下で何かあれば、彼女たちが即座に対応することもできるからだ。

 

 四階も同じく十二の部屋が用意されており、アンシュラオンとサナの部屋がある階でもある。

 

 サナとは同じ部屋でもよいのだが、やはり女性として成長してもらいたいこともあり自分の部屋を与えてみた。

 

 もちろん部屋は廊下を挟んで対面なので、会おうと思えばすぐに会える。

 

 四階は主要メンバーが集まる階層であり、マザーやホロロの部屋もここに設置されている。

 

 五階は、メイドの部屋および食堂やお風呂場等、生活で必要なスペースが設けられている。セノアとラノアの部屋もここに用意されることになるだろう。

 

 この樹は耐燃性にも優れているものの、火を使って煙が出ることを考えると上のほうが良い、という判断からだ。

 

 

 これらに加え、屋上も存在している。

 

 破裂したように割れていた樹の上部を綺麗にならして平坦にし、ホテルのように太陽を好きなだけ満喫できるようにしたのだ。

 

 今は日向ぼっこや洗濯物を干すくらいしか使い道がないが、そのうちプールなども作ってみたいものである。

 

 また、大樹の中にいたバイネスパピー〈古樹翼糸虫〉だが、彼らの生活スペースもしっかり残してある。

 

 どれくらい必要か不明だったため相当アバウトだが、大樹の一部は先住者である彼らに渡し、共存の道を選んだ。

 

 そのバイネスパピーだが、時折屋上にやってきては枝に掴まり、じっと日光を浴びている光景がよく見られるようになった。

 

 しかも形状が若干変化している気がする。

 

 芋虫というより毛虫みたいに体毛が増え、大きさも肥大化しているが、無害なので放置することにしている。

 

 ラノアなどは、たまに大樹の木屑で作った固形燃料を食べさせて餌付けしているようなので、もともと温和な魔獣であることがうかがえる。

 

 

 こうして内部は最低限整えたが、今は人数も少ないため全員が四階で暮らすことになっていた。

 

 休憩スペースや簡易調理場などは各階にも設置されているため、どの階に住んでいても不便がないような造りにしてあるが、できるだけ近くにいたいものである。

 

 

 そして一番重要な点は―――

 

 

(城壁が使いたい放題なのは嬉しいな。いくらでも拡張できるぞ)

 

 

 大樹の一部は城壁と重なっているため、裏側と接している城壁は好きに使っていいのである。

 

 この城壁だが、造られてから一度も外敵の攻撃を受けておらず、衛士隊も常駐するようなことはしていない。その発想もない。

 

 よって使いたい放題であり、城壁に穴をあけようが上で騒ごうが、まったく気にする者はいない。

 

 城壁を掘っていると、以前領主城の宝物庫で見つけた結界宝珠の予備など、過去の遺物を発見することが稀にあるが、そういったものもすべて自分のものにできる。

 

 

 

 四日目。

 

 

 

 白樹の館が最低限出来たので、今度は中級街側の工事が始まった。

 

 建てるものは普通の家屋。アーパム商会の事務所なので多少大きなものだが、ちょっと豪華なプレハブ程度だ。

 

 あまり大きなものを建てると目立つし、何かあると思われてしまう。出来たばかりの商会ならば、これくらいが妥当であろう。

 

 事務所の建設を請け負ったのはゴウダ・ノブ。

 

 以前にホワイト商会の事務所を建てた腕利きの大工である。

 

 彼は面会時にアンシュラオンがホワイトであることを悟ったようであったが、深く追求することはなかった。

 

 というよりは、実際に会った人間ならばわからないほうがおかしいので、彼の反応のほうが普通といえる。

 

 あえてゴウダに依頼したことには理由がある。

 

 まずは単純に腕が良いこと。たまたま知り合ったが、彼以上の大工はグラス・ギースにはいないと聞いている。(領主は別の専属大工を使っているらしいが、腕の程は微妙らしい)

 

 二つ目は下級街の業者に依頼することで、商会としての実績作りをするためだ。

 

 アーパム商会が正規の商会であり、富を都市に落とすことを示すのが狙いだ。

 

 どこの世界の都市もそうだが、自分たちの利益になるのならば誰でも歓迎されるものだ。地方が企業の誘致に必死なのも頷ける。

 

 

 もう一つは、またもや『細工』を頼むためである。

 

 今回は事務所ほど大掛かりではなく、城壁にあけた『トンネル』へ行き来するための扉と道を整備、舗装してもらうのだ。(トンネル内部ではなく、そこまでに至る通路)

 

 事務所の工事が始まった段階で、大樹から城壁まではほぼ貫通していた。

 

 自分が命気等で舗装してもいいのだが、建築に精通した者ならば小屋を造る段階で怪しい仕様に気づいてしまうだろう。

 

 どうせ怪しまれるのならば、いっそのこと信頼できる(懐柔した)者に任せるほうが安心と考えてのことだ。

 

 当然全部を話したわけではないが、アンシュラオンは城壁の一部を掘ったことを正直に伝えた。職人に嘘をつくのは逆効果だと知っているからだ。

 

 それが実ったのかゴウダは快諾し、何も言わずに作業に取り掛かってくれた。

 

 参加した他の大工連中も、以前ホワイト商会の事務所を建てた者たちだけで構成されている気の配りようだ。

 

 彼らの顔には信頼の二文字がしっかりと見て取れる。

 

 うっかり『先生』と呼んでしまうことも、その信頼の表れであろうか。

 

 ホワイトはマフィアから憎まれていたが、一般市民からは親しまれていたことも事実である。

 

 そうでなければ、あんなカルト団体まがいの信者など生まれないだろう。

 

 その意味では、ゴウダもアンシュラオン信者なのだ。

 

 こうして事務所は一週間で完成することになった。

 

 

 

 その間にアンシュラオンがやっていたことがある。

 

 まずは白樹の館から地下トンネルに移動する特別通路を設置した。

 

 この通路には二階から降りねば行けない造りにしてある。多少面倒だが安全面を考慮してのことだ。

 

 多少長めの階段を下りて地下に降りると、そこには大きな『扉』が用意されていた。

 

 扉は木製だが、もともとは大樹の素材で出来ており、さらに核剛金で強化されているため強度は文句なしである。

 

 ここには割符結界を張って、対となる鍵を持っていなければ開かない仕組みにした。

 

 鍵は三つ。普段はアンシュラオンとホロロが持ち、一つは予備として白樹館の秘密部屋に隠した。

 

 アンシュラオンはその気になれば自力で破壊できるため、主にメイド用といったところだろうか。

 

 その扉を開けて進むと、三十メートル四方の大きな部屋があり、その部屋にも大小さまざまな小部屋が用意されていた。

 

 単純に倉庫として使うこともできるし、いざというときは避難する可能性もあるため、さまざまな備蓄品を置くために利用できるだろう。

 

 その先からようやく長いトンネルが始まっているのだ。

 

 そして、そこにアンシュラオンとサリータがいた。

 

 

「これで動くはずだが…」

 

「これは…トロッコでしょうか?」

 

「そうだ。トンネルに線路を作ってみたんだ。やはり毎日のことだから歩くのは大変だろう。場合によっては往復する必要もあるし、緊急の際にも使えるようにしたいんだ」

 

「なるほど。セノアたちが移動するときは便利そうですね」

 

 

 ゴウダが持ってきた木材を使って線路を作り、命気で補強。

 

 あえて木材を使ったのは誰でも修理や補修を可能にするためだ。

 

 今は自分が全部やっているが、人手が増えてきたら任せることも多くなるだろう。そのときに備えてのことである。

 

 

 「よし、乗ってみるか」

 

 

 アンシュラオンとサリータは、線路に設置したトロッコに乗る。

 

 ロックを外すと何もしないでトロッコが動き出した。

 

 これはトンネルを掘る際に『傾斜』を設けたからだ。

 

 トロッコは単に箱型ではなく、立ちながらハンドルを握るタイプのもので、これを前後に動かすことで車輪を加速させることができるようにしてある。

 

 同様にロックブレーキも準備してあるので、線路の途中で止まることも容易だ。

 

 こちらも素人が作ったものなので多少ガコガコしていたが、その都度削ったり補強したりして修正し、なんとか使えることが確認される。

 

 トンネル内は真っ暗なので、ゆっくり移動しながらサリータには光源ジュエルを配置してもらう。

 

 街でよく使われている一般的な外灯用のもので、値段もそこまで高くはない。トンネル内がわずかに見えればよいため、出力を弱めれば長持ちもすると聞いている。

 

 移動中は時々降りて、トンネルの脇に穴を作る作業も行った。

 

 それなりに大きく削ることもあるが、小さな窪みもいくつか作ってみる。

 

 

「師匠、それは何でしょう?」

 

「これから作る倉庫の目印でもあるけど、いざというときに隠れる場所だな。光の加減で暗くなるところを狙って配置してあるから、隠れれば簡単には見つからないだろう。まあ、波動円を使われると厳しいが、じっとしていればよほどの使い手でなければ大丈夫だ。うちは子供が多いから安全には気を遣うよ」

 

「いつもセノアたちのことを考えておられるのですね」

 

「オレの可愛い子供たちだからな。大事にするのは当然だ。そして、お前のこともいつも考えているぞ」

 

「それは…嬉しいです! えへへ」

 

 

 サリータも戦士である前に女性だ。こうして主人に愛情を向けられると嬉しいものである。

 

 

(シャイナがいないせいもあるだろうが、素に近い表情をするようになったな。後輩がいると見栄を張るものだからね。まあ、多少の寂しさはあるけど、このほうがいいだろう)

 

 

 シャイナがいないと馬鹿なことも起こらないのでつまらないが、それはそれで普通の状態に戻っただけなのかもしれない。

 

 これからはシャイナ無しの生活にも慣れていかねばならないだろう。

 

 

 と、思っていた矢先である。

 

 

 トロッコで反対側に到着し、扉を開いて事務所側に出てみる。

 

 事務所は壁と合体しているので、こうした出入りは誰にも見られずに行うことができる。

 

 が、事務所から出たところに―――

 

 

 

「お待ちしておりました!! あなたの小百合です!」

 

 

 

 小百合がいた。

 

 

「え? 小百合さん? 今の時間ってまだ仕事中じゃ…」

 

「有給を取りました!! 今日はお休みです!」

 

「そうなんだ。いつもがんばって働いているからね。休んでもいいよね。…で、その荷物は?」

 

 

 小百合がいるのは不思議ではない。

 

 事務所の土地を買った際には一番に知らせているので、場所はすでに知っているだろうし、彼女の家もここからかなり近い。

 

 がしかし、なぜか彼女は台車に大量の荷物を載せているではないか。

 

 若干嫌な予感がしたので訊いてみると―――

 

 

 

「本日、社宅を出てきました!!」

 

 

 

 笑顔でそう言った。

 

 

「えええええ!? ハローワークの社宅を!?」

 

「はい!! もうあなただけの小百合ですよ!!」

 

「いやあの…けっこういい物件だったんじゃ?」

 

「女の独り身で住むには広すぎますし、ただ寂しいだけです! 家賃は安いですけど、これからは無料になりますから、そっちのほうがいいです!」

 

「これからってことは…つまり?」

 

「やだなー、マイスウィイイイイイイトホゥウウウムッ!!! ですよ! スウィイイイイイイットッ!!! ホーーーム!! あっち側に作っているんですよね?」

 

「う、うん…知ってるんだね」

 

「もちのロンです!!」

 

「古い!! もう死語だよ、それ! って、どうして知ってるの?」

 

「お父さんがよく使っていました!」

 

 

 昭和の文化が異世界で生きているとは、まったくもって不思議なものである。

 

 

(小百合さんの故郷は、日本文化がかなり浸透しているみたいだしな。誰かが使ったのが広まったんだろうが…変なものが伝わっていそうで怖いな。それよりもう社宅を出たのか。早い。早すぎるよ…)

 

 

「小百合さん、まだあっちの家は装飾もないし補強作業も残ってるし、かなり不便だよ? だからまだ教えなかったんだけど…」

 

「水臭いことを言わないでください! それもまたスィイイイイイイイトホゥウゥウムッ!の醍醐味です! 一緒に作業を手伝わせてください!」

 

 

 スイートホームの言い方で、猛烈なやる気がうかがえる。

 

 ここはもう逆らわないほうがいいだろう。

 

 

「そ、それじゃ、せっかくだし一緒に行ってみようか」

 

「よろしくお願いします!!」

 

「小百合先輩、歓迎いたします!」

 

「サリータさん、可愛い!! ぎゅっ!! これからは一緒に生活ですね!」

 

「はい! 嬉しいです!」

 

 

(小百合さんの序列はホロロさんと同じかな。なんか同列ばかりになってきたけど、一夫多妻制ってこれが難しいんだよな…。スレイブ・ギアスの導入を急がねば。何かトラブルがあってからじゃ困るぞ)

 

 

 この問題を唯一解決できるものがあるとすれば、まさに自分が望んでいたスレイブ・ギアスそのものだ。

 

 今までは争い事に首を突っ込んでいたので気にならなかったが、これからは最優先課題となる。忘れては身を滅ぼすかもしれないと戒めるのであった。

 

 

 

 小百合はバイクを持っているので、それは事務所側に置くことにする。

 

 まだスペースは余っているし、来客用の駐車場も作る予定なので問題はないだろう。バイク通いならば通勤にも支障は出ない。

 

 

「わー! すごいですね! トロッコですか!!! 新鮮です!」

 

 

 小百合を事務所の隠し通路から城壁の中に案内。

 

 彼女には概要を伝えてあるので、それについての驚きはないが、トロッコ自体は珍しいのだろう。じろじろと見ていた。

 

 

「ちょうどいいや。小百合さんの荷物を載せて、ちゃんと移動できるか見てみようか」

 

「いいですね! 楽しみです!」

 

「師匠、帰りはどうするのですか? 傾斜があると戻るときは大変そうですが…」

 

「安心しろ。それも考えてある」

 

 

 小百合の荷物をトロッコに載せると、トロッコの後部を指し示す。

 

 そこには二つの排気口のようなものが付いていた。

 

 

「これは…?」

 

「これってバイクと同じ仕組みのやつですね。風のジュエルの力で動かすのです」

 

「さすが小百合さん。すごいね」

 

 

 坂の上に住んでいる人は、行きは楽ちんでも帰りは地獄、といった経験を毎日のようにしていることだろう。

 

 ただ、最近では電動自転車も流行っているので、技術の力でカバーすることは可能だ。

 

 そして導入したのが、小百合のバイクを参考にして作った風力移動である。

 

 機構は単純。風のジュエルを組み込んで一定方向に放出するだけだ。

 

 

「それじゃ、試してみよう!!」

 

 

 三人はトロッコに乗り、風のジュエルを起動。

 

 ハンドル近くにボタンがあり、それを押すだけで加速が可能だ。

 

 

 トロッコは順調に移動を開始。

 

 

 ハローワークの社宅は家具の大半が備え付けで、小百合が持ってきたものはそう多くはない。

 

 とはいえ、女性は荷物が多いのが特徴でもあるので、やたら重いトランクがあったりと重量はそれなりのものだ。

 

 しかし、トロッコは問題なく進む。パワーを上げればもっと速くなるかもしれない。

 

 今の時速は二十キロくらい。これならば移動時間は十分以内で収まるだろう。

 

 あまりスピードが速すぎてもホロロたちには危ないので、これくらいが妥当といえる。

 

 

(うん、快適だな。これなら大量の鉱物を運んでも動きそうだ。もしかしたらもっと重い商品を扱うかもしれないから、これくらいのパワーはないとな)

 

 

「アンシュラオン様、これはもしかして『リミッター解除ボタン』ですか?」

 

「そうだね。前に輸送船に乗ったときに見かけたから付けてみたんだ。【緊急用ブースター】ってやつだね」

 

 

 小百合が違うスイッチを発見。

 

 これはプライリーラからもらった輸送船にも付いていたもので、雷と風のジュエルを反発させて、より強いエネルギーを生み出すものだ。

 

 

「では、これを使えばもっと速く移動できるのですね!」

 

「あくまで緊急用だけどね。まだ試したことないからどうなるか―――」

 

「えい!! ぽちっ!!」

 

「え?」

 

「さあ、マイスィイイイイイイトホゥウウウウムッへ!! レッツゴオオオオオオオオオ!!」

 

 

 何を思ったか、小百合がブースターのスイッチをオン。

 

 緊急用なので誤って押さないように木製のカバーで覆っていたのだが、それを破壊してまでオンにする。

 

 

 次の瞬間―――超加速

 

 

 トロッコの前輪が持ち上がり、後輪だけで線路を突き進む。

 

 

「あーーーーーーっ!!!」

 

 

 その速度と衝撃でサリータが落下。

 

 線路に頭を強打したのが見えたが、そのまま闇の中に置いていかれて見えなくなった。

 

 

「サリーーーーーーータァアアアアアア!」

 

「いけえええええええええええ!!」

 

 

 後輩が落下したことにも気付かず、小百合は速度に大歓喜。

 

 一秒でも早くマイホームにたどり着きたい欲求が、彼女を狂気に駆り立てる。

 

 だが、あくまでテスト用で付けた機能だ。まったく準備が整っていないこともあり、これには大きな欠陥があった。

 

 

 ブレーキが―――無い

 

 

 ただ単に加速させることしか考えていなかったため、止める手段がまったくなかったのだ。

 

 付属のロックブレーキなど、まったく役に立たず一瞬で破壊。

 

 そのままトロッコは白樹の館まで一気に到達したが、車庫を突破して浮き上がり、扉に激突。

 

 

 ドゴーーーーーンッ バギャンッ

 

 

 半壊。

 

 小百合も吹っ飛ばされたが、アンシュラオンが空中で保護して着地する。

 

 

「はぁはぁっ! はーーー! 着いたのですか!? ここが私のマイホーム!?」

 

「着いたけど…小百合さんの荷物も吹っ飛んじゃったね」

 

「も、申し訳ありません! つい嬉しくて興奮してしまって…! ああ、トロッコも壊れてしまいました! なんとお詫びすればよいのか…!」

 

「気にしないでいいよ。いい実験になったもの。ほんと、ホロロさんたちが乗っている時でなくてよかった。速度を落とせるように調整しないと駄目だね。それに線路もトロッコも複数あったほうがいいよね」

 

 

 失敗は成功の母である。

 

 小百合の暴走のおかげでトロッコの致命的欠陥にも気付いたので、むしろありがたいといえるだろう。

 

 誰も怪我をしなくてほっとしていたが、サリータが落とされたことはすっかり忘れていた。(その後、自力で戻ってきて泣いていた)

 

 

 

 

「わー、すごいです! 天然の家って感じがしますね! 思ったより日も入ってきますし、いいですねー!!」

 

「…こくり」

 

「サナ様もお元気そうで何よりです! これからもよろしくお願いいたします!」

 

「…こくり。ぐっ」

 

 

 さっそく小百合を部屋に案内する。

 

 小百合の部屋はサナの部屋の隣に用意したため、日当たりも良いのが特徴だ。

 

 大樹の中を掘り進めて部屋を作ったのだから、当然ながら表側の外縁部分のほうに日が当たる造りになっている。

 

 屋上の一部を開けて内部にも光を取り入れるように吹き抜けは用意してあるものの、やはり外縁のほうが日当たりは良いのだ。

 

 そういった環境が整った部屋は全部、女性に与えてしまっていた。

 

 

(女性には豊かさが必要だ。女性が満足することが男の満足につながる。オレはべつに日が当たらなくてもいいしね)

 

 

 よく結婚した男が妻のわがままに悩まされるが、女性とはそもそもそういう存在だ。むしろそれに応えてやるのが男の甲斐性である。

 

 世の中を平和にしたいのならば、まずは女性を満足させるべきだ。

 

 これが自分の矜持であり、今まで人間社会を見てきて出した結論である。

 

 なぜならば、生命を宿せるのは女性だけなのだ。この事実はどうあがいても受け入れるしかない。

 

 女性を支配しつつも、女性に一番配慮する。

 

 どっちが支配されているのかわからない構図だが、お互いが納得しているのならば問題はない。

 

 そして、その中でも小百合は重要な存在だった。

 

 サナの隣の部屋といった待遇を見るだけで、彼女の評価が高いことがわかるだろう。

 

 

(サナの周囲には信頼できる者を置きたい。部屋割りもそれを考えているんだよな)

 

 

 小百合は戦闘力が皆無の完全な事務系だが、何よりも明るい性格が魅力的だ。いるだけで周囲に花が咲くようである。

 

 今も彼女は、サナを抱っこして窓から外を眺めている最中だ。

 

 サナも小百合が来てからはずっと傍にいるので、関係は良好といえる。

 

 シャイナがいなくなった代わりに小百合が来てくれたことは、サナの教育上にも大きなプラス材料になるだろう。

 

 ちなみにもう片方の隣の部屋には、マザーが入る予定である。

 

 サナの魔石に異常が出た時、仮に黒雷狼が暴走するようなことがあっても、彼女が近くにいれば抑えることができるという判断からだ

 

 

 こうして小百合も白樹の館で暮らすことになった。

 

 

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