【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「セノアさん! セノアさーん! こっちの飾り付け、手伝ってくださいー!」
「はい! 今行きます!」
「これ、持ってきたよ」
「ラノアちゃんも、お手伝いありがとうございます! あとで一緒にお勉強しましょうね!」
「うん、ありがとー」
「あの…小百合さんはハローワークの職員さんなんですよね? ああいうところって、どうやって入るのですか?」
「私は普通に募集に応募して、面接を受けて入りましたよ。といっても親のコネもちょこっとあったりします。ハローワークは全世界にある組織ですが、機密も多いので職員の関係者のほうが入りやすいのです。セノアさんも職員になりたいのですか?」
「あっ、いえ…私はメイドで本当に満足しています。単純に興味があっただけで…」
「そうですよね!! アンシュラオン様のメイドなんて、なりたくてなれるものじゃないですからね!! 本当に憧れます! あんな脂ぎった中年上司の下で働くことを思ったら天国ですよ!! 私も早く寿退社したい!!」
「で、ですよね。ところで、ご両親はどちらに? ご存命なのですか?」
「南の都市にいますよ。かなり離れているので、なかなか会えませんけどね」
「寂しくはありませんか?」
「嫁いだ娘は、その『家』に生涯尽くすものです。私もその覚悟で異動を受け入れ、グラス・ギースに来たのです! そして、大当たりを引きました!! やったーーーー! 勝ち組だーーーーー!」
「は、はぁ…す、すごい…ですね」
「いいですか、セノアさん。女は男性と結婚することで幸せになるのです! 愛される喜び、それこそ女のヨロコビ!!! あなたも好きな男性を見つけたら逃がさないことですよ!」
「は、はい! あ、でも…私はメイドなので…そのような自由は…」
「安心してください! アンシュラオン様はそんなに心が狭くはありませんよ! それに夫の夜の相手は、妻である私のお仕事! 心配はしないで自由に過ごしてくださいね!!」
「は…はい。ありがとうございます」
小百合が白樹の館に来た効果は、すぐに表れた。
彼女は誰に対しても飾らずに素直に自分を表現する。やや内容が脱線することはあるものの、話すだけで楽しいのだ。
また、レマール王国という西側中堅国家の生まれかつ、一般家庭で育ったためにシャイナと違ってスレてもいない。
セノアやラノアのような子供に対しても礼節を保ちつつ、歳相応の対応をしてくれるので、『優しいお姉さん』といった立場が確立していった。
これは上司役であるホロロにはできないことだ。彼女の場合はメイド長の立場から、常に序列を意識した発言をしなければならないため緊張が伴う。
まだ子供の二人にとっては心休まらないだろう。それを小百合が癒してくれるのだ。
(いい傾向だな。小百合さんが来てから家が明るくなったし、セノアたちの表情も晴れやかになってきた。セノアは特に神経質な面があるからな。もともと影武者として用意した子とはいえ、精神面でも充実してほしいと思うのが親心だ。それを埋めてくれるだけでも小百合さんには心から感謝したいね)
小百合がもたらしたのは明るさだけではない。
やたらケースが重いと思っていたら、実家から持ってきた『古美術品』が詰まっていたのだ。
両親が東大陸に移住する際に一緒に持ってきたもので『お嫁に行くときに持参しなさい』と託されていたようだ。
その中にはサムライの国、レマールらしく刀剣類も含まれていた。
当然サムライが持つといえば日本刀である。小百合が持ってきたものの中にもそれがあった。
ただし、どちらかといえば見て楽しむ『美術刀』としての色合いが強く、実戦で使うことを想定していないものであった。
(使えなくはないんだろうが、そこまで必要としていないしな。あくまで美術品として飾らせてもらおう。着物も綺麗で素敵だし、やはり素晴らしいな)
久々に触れる日本文化に心が癒されてたまらない。
どんな世界に転生したとて自分は日本人なのだ。かつての祖国への誇りを忘れたことは一度たりともない。
(さて、中は女性たちに任せて、オレはトロッコだな。独りで工作も楽しいものだ)
サナも小百合にべったりなので若干の寂しさを感じたものの、ああいう日曜大工は自分の世界に没頭できるので嫌いではない。
こうして互いの分野で白樹の館の改装は進んでいく。
その後、トロッコも無事改修が終わった。
前部にも同じように噴出口を作ったことで、自由に加減速できるようにしたのだ。ブレーキも壊れないように頑丈にセッティング。
予備の線路も増設し、ラノアでも動かせることを確認した。(彼女独りで行かせることはないが念のため)
これによって事務所への交通の便は明らかに改善したといえるだろう。
内装に関しては前述した通り、小百合たちが奮闘したことで、あっという間に進んでいった。
外部は後回しになっているが、住み心地としては中級街にも負けないレベルになってきた。
「うわー、なんだこりゃ」
「すごい…大きいね」
そんなある日、トットとニーニアがやってくる。
彼らはあまりに家らしくない家に驚き、しばらく大樹を眺めていた。
遠くから見ればただの樹なので、知らなければ誰も気づかないで素通りしてしまうが、近づくと明らかに手が加わっていることがわかる。
「やぁ、いらっしゃい。よく来たね。どうだい、オレの家は?」
アンシュラオンが二人を出迎える。
彼らは勝手にやってきたのではなく、そろそろよいかと思って自分が呼んだのだ。
もちろん自慢するために、である。
「アンシュラオンさん! すごいですね!! こんな家、初めて見ました!! スケッチしてみてもいいですか!?」
さすがニーニア。期待を裏切らない反応だ。
自分の家を褒められて嬉しくない者はいない。アンシュラオンもにんまりである。
「ああ、いいとも。中もそこそこ充実してきたから自由に入っていいよ。ホロロさんには伝えてあるから、お茶でも飲んできなよ」
「ありがとうございます!! これはじっくり見て日記に記録しないといけないわ! ほらトット、早く行きましょう!」
「う、うん、でも…」
「なんだ? お前は入らないのか?」
「え? いいのか? てっきり何か言われると…」
「トット、前にも言っただろう? オレはお前のことを一番信頼している。遠慮なく入れよ」
「っ!? そ、そんなにおいらのことを…なんだか照れちまうよ」
「顔を赤らめるな。違う意味に思われるだろう。ほら、さっさと行ってこい。茶菓子くらい好きなだけ食べていいぞ」
「お、おう! それはありがてぇ!」
「トット、すごいわ! アンシュラオンさんに信頼されるなんて、よほどのことよ! 光栄に思っていいわ!」
「そ、そうだな。素直に受け取らないとな」
トットは嬉しそうだが、真相はこうだ。
(この家はオレの『後宮』のようなものだ。普通の男ならば入れるのは躊躇うが、女に興味がないゲイなら安心だよな)
昔中国にいた
トットは真性なので、まず間違いの心配はない。
これほどゲイが信用できる日が来ようとは、人生とはわからないものである。
そして、こうやって手懐けておけば、いずれまた『自爆要員』として使えるので貴重な人材といえる。
二人が白樹の館に入ったのを見て、今度は彼らの引率兼護衛としてやってきたマザー・エンジャミナを迎える。
第三城壁内部は都市の一部ではあるが、外部から自由に人が入れる仕様なので治安はよろしくない。子供の二人歩きなどは論外である。
ただ、衛士も見回ってはいるし、ソイドファミリーのようにマフィアが管理する畑も多いので、揉め事があれば彼らが対応することも多い。
この近くにも衛士の砦があるので、比較的治安は良いといえるだろう。
「マザーも元気そうでよかった。あっちはどう?」
「問題はないわ。子供たちも馴染んでいるし、食事も十分にいただいているもの。太陽があって食事があって仕事がある。それだけで人は生きていけるわ」
「それはよかった。で、ルセーナさんは何か言ってた?」
「彼女は善い人ね。全員引き受けてもいい、と言っていたわ。子供もいないし、お年寄りも自分の親みたいだから大人数でも平気だと。むしろ賑やかで楽しいと言ってるくらいよ」
「出来た人の言葉は違うね。カスオは大丈夫?」
「ええ、普段はふらふらしているけど、悪さはしていないわね」
「敵が来たらあいつの後頭部をバットで殴ってね。それで不死身の肉壁になるように仕組んであるからさ」
「そのあたりはルセーナさんがいつもバットを持っているから安心ね。やる気満々だったわよ」
「それならよかった」
カスオは地下闘技場でもやったように、いざとなれば耐久力抜群の壁になることができる。
そのトリガーは、なぜかバットで殴るにしてあるのだが、ルセーナはその日を待ちわびているとかいないとか。
「でも、やっぱりこのままってわけにはいかないよね。シャイナの身内ってだけで、これ以上甘えるわけにはいかないよ。レイオンとかもいつまでもいるわけじゃないだろうしね」
レイオンもいるのでしばらくは警備は安心だが、それも長く続くわけではない。
マングラスとの戦いが終わればバイラルも安心だろうが、今の都市の様子を見ている限りでは、それまだ先になりそうだ。
都市は完全に膠着状態であり、いっときの平和の時期を迎えているのだ。
「ルセーナさんも財政的に楽なわけじゃないし…全員この大樹の中に住めるかな?」
「無理をしなくていいのよ。ここはあなただけの城だもの。あの子たちを全員受け入れる必要はないわ」
「そうはいかない。オレが背負うと決めたものは必ず背負う。あの子たちはオレが守るよ」
「そこまで言うのならば…小さな小屋があれば、それで十分よ。あそこにあるものでもいいわ」
「最初に適当に建てた小屋だよ? あんなのでいいの?」
「移民街では、あれでも上等よ」
「移民街…貧困街か。収監砦の北のほうにあるやつだよね?」
「北西門の先にも少し住んでいるわ。あそこは水場が近いから多少は便利そうだけど、その分だけ入り込んだ魔獣も近寄る危険性も高いし、劣悪な環境は変わらないようね。水もそこまで綺麗ではないと聞くわ」
「街では水が売られているくらいだ。外にある水は農業用なんだろうね。まともに管理しているとは思えないし、寄生虫もいそうだね」
「あそこでは、あの子たちと同じく親を亡くした子がたくさんいるわ。地下に逃れられただけ私たちはましだったの。せめて安心して暮らせる家があれば…子供たちだけでも何とかなればよいのだけれど…チラッ」
チラッとこちらを見た。
「あんな小屋がいくつかあるだけで、助かる人も多いのに…チラッ」
また見た。これは確定だ。
「マザーはオレに、その子たちを救えって言ってるの?」
「そんなことを言える立場じゃないわ。ただ、根本的な解決にならないと言ってるだけよ。もしあなたがまた意図せずに子供たちを背負った場合、同じような問題が出てくるものね」
「貧困を無くさない限り、疫病は無くならない、か。その通りではあるけど、全員を救うのは無理だよ。理想論だけじゃ生きてはいけない。金も人手も足りなくなる」
「そうかもしれないわね。でも私は、女神様にお祈りするだけじゃ何も解決しないことを知っているわ。あなたが許してくれるのならば、そういう場所にも炊き出しに行きたいの。もし自由な時間があればだけど…」
「あまり試される物言いは好きじゃないな。それにそういう場所なら、なおさらマザーだけを行かせるわけにもいかないよ。危険だし、何があるかわからないしね」
「じゃあ、はっきり言うわ。困ってる人を助けてあげて。あなたの手が空いているときに少しでもいいから」
「最初に言っておくけど、オレは善人でも良人でもないよ。むしろ悪人のカテゴリーだろうね」
「知っているわ。そして、善人では世界を救えないこともね」
「何か期待してるよね?」
「そうかしら? そう思うのならば、あなたの心の中にそういった衝動がある証拠よ」
「宗教家らしい言葉遣いだね。その手には乗らないよ。マザーはもうオレのものなんだから、変なものを信仰する必要はないよ。女神様ならいいけど、カーリスとかは捨てていいよ」
「ふふふ、そうね。もう私はカーリスの司祭ではないものね。私の次の神は、あなただもの」
「おだてても何も出ないよ」
「あなたは、あなたが思っているより大きな人よ。この大樹よりも、もっと大きな太陽みたいな人だもの。その光を求めている人は、案外近くにいるのかもしれないわ。ああ、お腹が空いたうえに寒空の下で眠るのは、さぞつらいことでしょうに…ううう。どこかに強い力を持った人がいないかしら…チラッ」
「…やれやれ、困ったな」
(これって明らかな圧力だよね。なんて汚いやり口だ。が、頭が良い女性は嫌いじゃないし、マザーにはマザーの役割があるからね。代えの利かない貴重な人材なのは確かだ)
彼女には『危険察知』というスキルがあるため、サナの傍にいるだけで保険になるのだ。当然、魔石の調整も彼女にしかできない重要な仕事だ。
そして、自分の意思を完璧に受け入れるホロロと違い、彼女は『忠言』あるいは『提言』をしてくれる存在なのだ。ここが大きな違いである。
その彼女は、貧困街にいる子供たちの救済を求めている。
アンシュラオンの懐の深さは、それくらいなら簡単に呑み込んでしまえると。
実にシスターらしい自己犠牲と慈愛に満ちた提言であるが、さすがにこれは難しい問題だ。
「そのことについては考えておくよ。オレにも都合ってものがあるからね」
「ええ、考えてくれるだけありがたいわ。農場の子供たちについては本当にあの小屋でも大丈夫よ」
「それはいけない。オレと関わった以上、特別でなければならないんだ。誰もが羨むような生活をさせてやらないと気が済まない。せめて専用の家を建てさせてほしい」
「わかったわ。無理がない程度でお願いね」
「無理なんてしなくてもできるよ。そのために汚い金をたくさん手に入れたんだからね。ただ、この問題はルセーナさんを交えて、また話し合ったほうがよさそうだね。彼女も人手が欲しいのは本当だろうし、世話になったから言い分はできるだけ聞いてあげたいんだ」
「…そうね。子供たちの意思もあるものね。農業を生業として生きられるのならば、ここでは幸せよね」
「ルセーナ農場は本当にいい場所だよ。ああいう場所がもっと増えればいいんだけどね…領主があれじゃな」
アンシュラオンがマザーの提言を保留した最大の理由は、領主がムカつくから、である。
ソブカの戦略との兼ね合いもあるが、それが一番の理由だろう。
自分が都市のために動けば、それだけ領主の利になる。それが嫌なのだ。
結局子供たちがどこに住むかについては、改めてルセーナとの協議の場を設けることで落ち着いた。
ルセーナもルセーナで、シャイナとカスオといった居候が増えた以上、人手が欲しいのは事実だ。特に子供は教え込めば将来は重要な労働力となる。
一方の子供は子供で、貧困街より遥かにましな生活を送ることができることは大きなメリットだ。
子供の労働や
自分の食い扶持は自分で稼ぐ。それが誇りになる。
ということで、マザーの提言を一応聞いたのだから、次はこちらの番だ。
改めて彼女を呼んだことには意味がある。
「話は変わるけど、術式ジュエルって『どうやって作るの』? ほら、こういうやつ」
「灯り用のジュエルかしら? 一般的に売られているものね」
「これってどうやって作ってるの? 知ってる?」
「こういう売り物は、業者が専用の機械を使って術式を刻んでいるようね」
「街に燃料ジュエルの回収ボックスがあるけど、使い終わったらリサイクルできるんだよね?」
「物によるけれど、ジュエルの耐久度が持つ限りはそうしているわね。それも専用の機械でやると聞いたけれど…」
「その機械は売ってる?」
「どうかしら? 私はそっちの専門じゃないから…。ところで自分で術式ジュエルを作りたいのかしら? 自分で作らずとも、スレイブ・ギアスにも専用の機器があるわよね?」
「だからこそだよ。機械というのは、その工程を簡略化したもののはずだ。最初は手でやっていたものを、より効率的に多く作るために自動化するものだ。たしかに下手な人間がやるよりは効率が良いけど、何事も上級の職人がやったほうが質が高くなるのは当たり前だよね」
モヒカンのところにあった予備の機械を一つぶんどり、忍び込んだ密偵やソイドマミー等、さまざまな女性に人体実験を繰り返してみた。
その結果、たしかにスレイブ・ギアスは成立するが、型にはまったものしかできないことがわかってきた。
「普通のスレイブにはそれでいいかもしれない。でも、オレが作るスレイブ・ギアスは、その人間に合わせてカスタマイズしたいのさ。より強力に、より柔軟性があるものとしてね」
「あなたが私に求めている役割こそ、それではないの?」
「もちろんそうだね。サナにやってくれたように、マザーにはさまざまな調整をお願いしたい。マザーはそっちが専門なんだよね?」
「ええ、そうね。調整には自信があるけれど…この話が出るということは、私では不足と思われているのかしら? それともまだ信用がない?」
「信用しているよ。期待もしている。ただ、あの機械が無ければできない、という事態があったら困るんだよね。これから数多くのジュエルを扱うのならば、もっと根本的な製造方法を学ばないといけないと思っているのさ」
「………」
「マザーは再設定ができるんだろうけど、かなり大変そうだったよね? そりゃそうだ。強いジュエルであればあるほど調整が面倒だもの。それは機械でもプログラムでも同じことさ。だったら、最初からカスタマイズの幅があったほうが便利だ。…うん、ちょっと言い方が面倒だな。もっとはっきり言えば―――」
―――「あの機械の【リミッターが邪魔】なんだ」
今までの経験上、スレイブ・ギアスは『精神がD以下』の人間にしか使えない。
しかし、姉の精神術式を見ていた分には、そのような制限があるようには見えない。
以前も述べたが、本来は「術にかかるか、抵抗するか」の二者択一なのである。であれば、機械が意図的にリミッターを設けていることを意味する。
「オレがサナにスレイブ・ギアスを付けたときは、まだ精神が弱い状態だった。それならば問題はないけど、もしかしたら最初から精神が強い子がいるかもしれない。あるいは大人を支配する場合は制限が邪魔になる。強引にやろうとすれば、リミッターが発動して精神崩壊を起こすかもしれない。それでは困るのさ」
「………」
「悪用するつもりはないさ。あくまで相手側の安全を考慮してのことだ。サリータもホロロさんも大人だし、それに対応したやり方を知りたいんだよ」
「………」
「オレが信用できない?」
ニヤニヤと笑うその顔の、いったいどこを信用すればよいのだろう。
これにはマザーも少し考える様子を見せた。
精神術式の危険性を考えれば当たり前であるし、『君たちを支配するためにそれが必要』と言っているようなものだ。
自分が望んだこととはいえ、そう言われて即答できる人間のほうが珍しいだろう。
そして、こうして思慮深く動けるからこそ、彼女は貴重な人材なのである。
しばらくマザーは沈黙を保っていたが、何度か頷くとようやく口を開く。
「そろそろ時期なのかもしれないわね…」
「時期? 何が?」
「あなたの言う通り、ジュエルに術式を刻むことはできるわ。術符がその代表例ね。特殊な紙に特殊なインクで術式を刻んで『符』にする。主に【符術士】と呼ばれる人たちがやっていることね」
「よく術士がアルバイトでやるって聞いたけど?」
「誰にでもできるものじゃないわ。特定の能力が必要ね。たとえば私も術士の端くれだけど、適性がないから符術は無理なの。これはジュエルも同じね」
「その言い方だと、ジュエルに術式を刻む能力と、術符を作る能力は別なの?」
「ええ、そうね。ジュエルに術式を刻むことは簡単そうで難しいの。さっき言った専用の機械は『術具』なのよ。そして、術具を作る能力を持つ術士こそが、ジュエルに直接術式を刻むことが可能なの。それを『錬成』と呼ぶわ」
「錬成ってどこかで聞いた……あっ、『錬金術』か!!」
「ええ、ジュエルを作る能力は、本来【錬金術師】の領分なの。大きく区分すればジュエルも術具の一つよ」
「なるほど。たしかにそうだ。スレイブ商人からも聞いたよ。スレイブ・ギアスに使う思念液は錬金術師から仕入れている、とね。…ということは」
「そうよ。この都市にいる錬金術師に会うといいわ。私よりも専門家のほうが詳しいもの」
「錬金術師か。一度会ってみたいと思っていたんだ。どこにいるか知ってる?」
「いいえ、私は知らないわね。そのスレイブ商人に訊いてみたらどうかしら?」
「ありがとう、マザー! そうするよ! そうか、錬金術師か! どうして気づかなかったんだ! これは大きな収穫になりそうだぞ! よしよし、これで本格的にスレイブ・ギアスを作れるぞ!! それじゃ、オレはモヒカンのところに行ってくるから、あとは好きにしてね!!」
「ええ、いってらっしゃい」
歓喜して走り出すアンシュラオンの背中を見つめながら、マザーは静かに思案する。
(魔石ならば私の手に負えるけれど、【アレ】は無理。おそらくカーリスの神官が数十人がかりでも無理ね。聖女様でも無理かもしれない。でも、この都市の錬金術師が噂通りの人なら、あるいは…)
こうしてアンシュラオンは希望を胸に、錬金術師を探すことになった。
が、ここで思わぬ足止めをくらうことになる。
「はぁ? 知らないだと!!」
「ひぃいい! 怒らないでくださいっす!!」
スレイブ館「八百人」にて、モヒカンがアンシュラオンに詰め寄られていた。
マザーたちに見せる温和な表情とは違い、クズどもに遠慮はいらない。強烈な威圧感を与えて問い詰める。
「お前はスレイブ商だろうが! 知らないとは、どういう了見だ!!」
「うぐぐぐっ! 首を絞めないで…ほしいっす……本当に知らないっす……おごごごごっ…ぢ、ぢぬううう」
「ちっ!! クズが!!」
「げほげほっ! なんなんすか! 久しぶりに会ったと思ったらこれっす。横暴すぎるっす!」
「うるさい! 出番があるだけありがたいと思え!」
言われてみれば、モヒカンの台詞自体はかなり久々である。
誰が好き好んで、こんなモヒカンとしゃべりたいだろうか。身の程をわきまえてもらいたいものだ。
そんなことよりも、モヒカンが錬金術師の居場所を知らないことが問題だ。
「お前、仕入先の相手の場所も知らないのか?」
「いつも向こうから送られてくるっす。支払いはハロワーク経由で口座に入れるっす。だから面識はないっすよ」
「発注はどうしている?」
「ハローワークに申し込むと、そのうち送ってくるっす」
「それじゃ手間がかかるだろうに。緊急の場合の仕入れはどうする?」
「貴重なものっすからね。時間がかかるのは仕方ないっす。そこは先延ばしっす」
「どうしてお前はそこに疑問を抱かない!! そんな馬鹿だから、いつまでも下っ端のスレイブ商なんだ!! このモヒカンが!! もうモヒカンをやめろ!! モヒカンに失礼だ!」
「痛っーーーー! ハゲるっす!! 自分なんて、こんなもんっす!! 許してくださいっす!!」
「くそが!! 使えないやつめ! 仕方ない。ハローワーク経由で調べるか」
「それは無理っすよ。教えてくれないっす」
「職員でもわからないのか?」
「国際的な組織っすから、あまり不正はしないほうがいいと思うっす。セキュリティも万全っすよ」
「ふむ、たしかにな…」
(小百合さんに頼んで、もし不正がばれたら…)
小百合、無職になる。
家にずっといる。
嬉々としてハイテンションで常時付きまとわれる(子作りをせがまれる)
ホロロと対立し、険悪になる。
揉める。修羅場になる。対応に追われる。
実に怖ろしいイメージがありありと浮かんできた。
スレイブ・ギアスが無い現状で、これは困る。
(それはそれでつらい…な。やめておこう。これくらいは自分でやらないとな。うん、そうだよ。そうしよう)
「本当に知らないのか? 領主はどうだ? 前に腕輪製作を頼んだそうじゃないか」
「領主も発注だけして居場所は知らないと思うっす。というか裏の情報網でも、錬金術師に関してはタブーにされてるっす」
「派閥の長でもか?」
「さすがに知ってるかもしれないっすが…代償は高くつくっす。そこまでのメリットはないっすよ」
「ふむ…ソブカにばかり頼るのも癪だ。また嫌な顔をしたファレアスティさんに会うのも気が進まない。まあ、いいだろう」
「ふぅ、わかってくれたっすか。旦那もけっこう派手にやったっすから、少しは落ち着いて―――」
「おい、モヒカン。これから錬金術師に大量の発注を出せ。大急ぎだ」
「え? 在庫はあるっすよ? 特に必要ないっすが…」
「必要なのはオレだ。余ったら買い取ってやるから、さっさと言う通りにしろ!! 早くしないと尻の穴にゲイの思念を捻じ込んでやるぞ!!」
「ひーーー! いきなり来るときは、ろくなことがないっす! わかったっす! やるっすよ!」
「早くしろ! 愚図が!」
ゲイの思念を捻じ込む?
なかなか珍しい脅し文句だが、想像すると怖いので一応成立するのかもしれない。
あとでモヒカンも「あれは何だったのか?」と思い悩むことになるが、流れで言ったことなので意味はない。
(くそっ! 気分良くやってきたら、これか! いいだろう。絶対に見つけ出してやるからな!! オレから逃げられると思うなよ!)
それから四日後。
アンシュラオンは、一つの店の前に来ていた。
「黄金女学園…ここか」
下級街の商店街が終わり、さらにその先にある裏路地。ちょうど中層と下層の中間の位置に、その店はあった。
古ぼけた石造りの店は、下級街の店としてはそう珍しいものではない。周囲の家々とも近い造りなので、ぱっと見たら景色に溶け込んでしまいそうだ。
もし看板が出ていなければ、まず店とは気づかないだろう。
(それはいい。いいんだが―――)
名前が怪しい。
正しく表記すれば、【妖しい】。
何よりもガラスケースの中の商品は、もっと危ない。
(なにかセーラー服みたいなのが飾ってあるんだけど…って、使用済み!? ブルマーもあるぞ!? …どうなっているんだ!? おいおい、まさかブルセラショップじゃないよな)
当然だが『ブルセラ症(マルタ熱)』のことではない。
ブルマーとセーラー服を合わせた『あのブルセラ』のことである。
女性に長年愛用されたブルマーも、時代の流れによって完全に衰退してしまったので、元号が変わった今、若い人は知らない人もいるだろうか。
(オレの学生時代はブルマーが普通にあったが…そもそもあんなものの何がいいんだ? 中身があってこそだと思うがな。ところでオレは本当にここに入るのか? 周囲の視線が怖いな)
こんな店に入っていくところを誰かに見られたら、それこそ切腹しかない。
前世でもアダルトショップくらいは入ったことはあるが、さすがにブルセラはない。入ってはいけない。
だが、ここで迷っていても埒が明かないため、勇気を振り絞って中に入る。
チリンチリン
(く、屈辱だ! こんな屈辱を味わわされるとは!! ま、負けた!!)
ドアに付けられた呼び鈴とともに、敗北の鐘が鳴ったようだ。
よもやこのような場所で、この都市初めての敗北を味わうとは思わなかった。
絶望感に押し潰されながら店内を見る。
店内にも商品が並べられているものの、やはりどれも妖しい。ある種の嫌悪感すら感じるので相当なものだろう。
性癖が違うことは、これほどまでに嫌悪の対象になるのだと知る。(だからゲイは信用できる)
(サナたちを連れてこなくてよかったよ、ほんと。立ち直れないところだった)
野生の本能が危険を察したのか、今日は単独行動だ。
特に教育上、セノアには見せられないし、小百合さんに見られても駄目だ。後者の場合はブルマーで迫ってきそうで怖い。
サナはサナで何も思わないだろうが、兄兼父親として考えれば絶対に触れさせたくない領域だ。性癖面に関しては普通に育ってもらいたいのである。
そうしてほっと胸を撫で下ろしていると―――
「あら、お客さん?」
ようやく店主らしき人物が出てきた。
妖しい店なので店主も妖しいかと思ったが、普通に美人のお姉さんであった。
年齢は三十過ぎくらいに見えるが、歳とは関係ない妖艶さが滲み出ている。その意味では十二分に妖しいものの、思っていたほどではない。
ただ、着ているものは占い師に似た真っ赤な装束で、所々にジュエルが大量に付いた装飾品が見えた。
「ええと、ここは…」
「買取? 使用済みパンツは一万円からよ。直で脱げばさらに…」
「………」
「………」
「………」
「じゃあ、二万円から」
「値段じゃないから!! って、ここは本当にブルセラショップか!?」
「失礼ね。私が趣味で買い取るのよ」
「そっちのほうが怖いよ!! 何に使うんだ!?」
「そりゃまあ…触ったり………」
「触ったり、の後は?」
「…いろいろね」
「もっと怖い!! じゃあ、ここにある商品は何? 買い取ったものを売っているんじゃないの?」
「これは私が買い取ったあとに『使ったもの』を売っているのよ」
「何を言っているのかわからない!?」
久々に「やばいやつ」に出会ったものである。
レベルもかなり高いので危険だ。
「で、売れているの?」
「失礼ね。売れているわよ」
「おっさんが買いに来るの? それとも青臭い性に飢えた少年?」
「女性だって買いに来るわ」
「なぜ!?」
「そんなに驚くことはないでしょう。人の趣味はそれぞれじゃない」
「驚くと思うけどね。…でもまあ、これが『術具』ならば買い手もあるかな」
セーラー服やブルマー自体が珍しいので、その面では需要はあるだろう。
がしかし、これらの主な使用目的は性的なものではない。
ここにあるすべてが―――【術具】
どれも特殊な能力を秘めたものである。
こんなことができる者は極めて稀。なればこそ、答えは一つだ。
「ようやく見つけたよ、錬金術師さん」
「何のこと?」
「しらばっくれても駄目さ。そのためにモヒカンに大量の発注を出させて、物流を探っていたんだからね。特殊な物品だから追跡はしやすかったよ」
「何を言っているのかわからないけど、それがここだという証拠でもあるのかしら? 勘違いじゃなくて?」
「あなたが直接流しているわけじゃない。いくつかの運び屋を経由しているね。かなりまどろっこしいけど正体を隠すには、これくらいは普通なのかな。疑うなら誰を経由したか全部教えようか? リストはもう作ってあるよ」
アンシュラオンは囮のため、モヒカンを使って大量に思念液を注文。
この四日間の大半を費やし、その流れを追っていたのだ。
そして、ついに見つけたというわけだ。
「あなたのやっていることのほうが、よほどまどろっこしいわね」
「仕方ない。錬金術師を見つけるためだもの」
「…で、仮にそれが本当だとしても、私が錬金術師である証拠にはならないわよね?」
「いや、お姉さんが錬金術師だ」
「どうしてわかるの?」
「オレにはそういう『能力』があるんだ」
「…へぇ」
「どう? 認める? 認めなくても、もうバレてるけどね」
「ねぇ、その髪の毛ちょうだい。全部」
「突然なに!? 全部取ったらハゲるじゃん! 嫌だよ」
「ケチねぇ」
「いやいや、そういう問題じゃないだろうに。ラブヘイアみたいなこと言わないでよ」
「じゃあ、パンツちょうだい」
「だから何に使うの?」
「……錬成」
「間があった!! 目も逸らした!」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「オレの誇りが減るよ!」
「売らないなら何をしに来たの? 買う側?」
「そっちの話は終わりにしてよ。錬金術師に頼みたいことがあるんだ」
「頼みねぇ…」
お姉さんは水タバコのようなものを取り出し、いきなり吸い始めた。
吸うたびに植え付けられたジュエルが光っているのが気になる。
「それ何?」
「水タバコ」
「そのジュエルのほう」
「精神安定の効果を付与したジュエルよ。心が乱れた時に吸うと落ち着くようになるわ」
「心が乱れたの? 正体がバレたから?」
「あなたの香りで興奮したから。噛み付きたくなる衝動を抑えるためよ」
「その衝動はおかしい!」
(なにこの人、怖い。なかなかペースが握れないな)
これだけ圧力をかければ、いつもならばこちらが上に立てるのだが、正体が見破られたことにまったく動じていないどころか、あまりにマイペースすぎる。
さらには自分が持っている『姉魅了』も効いている様子はない。
(小手先じゃ駄目そうだな。仕方ない。直接切り込んでみるか)
ここでアンシュラオンは直球勝負に出ることにした。
こういう相手に付き合っていると時間を浪費するだけでなく、何も得られないことが多いからだ。
よって、いきなりとっておきの【切り札】を使う。
「エメラーダ、それがお姉さんの名前だ。でも、おかしなことがある」
「…何?」
「初対面でこう言うのは失礼だけど、お姉さんって―――」
「【人造人間】なんだね」
アンシュラオンの『情報公開』。
記されてあった情報には、その文言がしっかりと記載されていた。
それを聞いたエメラーダは、楽しそうに笑い出す。
「…ふふ、ふふふふふ」
さすがにこれは効いた。
そう思ったのだが―――
「どう? これでオレのことを認めてくれたかな? オレが言っていることが本当―――」
「あなた、自分が呼ばれたとは思わなかったの?」
「え?」
「こんな場所に店があって、どうして誰も錬金術師の場所を知らないのか。おかしいとは思わない? それはね、私が【餌を撒いて】いるからよ」
「っ―――!!」
アンシュラオンでさえ反応する間もなかった。
エメラーダが、まったくのノーモーションで術式を展開。
一瞬で周囲を封印結界が包み込むと、身体が一気に重くなった。
まるで重力が数百倍になったかのように、強い圧力がかかって動けない。
(ちっ、これだから術式ってやつは面倒だ! 戦気と違って見分けがつかないから反応が遅れる!! いや、この人の腕が良いんだ。術式展開速度が姉ちゃん並みとはやるじゃないか)
青劉隊の結界程度ならば触れただけで破壊できるのに対して、こちらの術式はレベルが違う。
何よりも展開速度が、とても見慣れたものだったのだ。
パミエルキに―――匹敵
あくまで術具込みの術式限定だけだが、それだけでも恐るべき実力といえる。