※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

621 / 710
622話 「錬金術師の正体」

 

「…なるほどね。あまりに簡単に見つかりすぎると思ったよ」

 

「あら、まだ動けるのね」

 

「こういうものは初めてじゃないからね」

 

「ふふふ、さすがは白い王子様というわけかしら。いいわぁ、素材としては申し分ないわね」

 

「オレのことを知っているんだね」

 

「もちろん。この都市の情報はすべて仕入れているわ」

 

「オレがここに来ることも?」

 

「あの守銭奴のスレイブ商が、わざわざこんなことはしないものね。あなたが裏にいることくらいはわかっていたわ。ただ、それ以前からあなたをずっとトレースしていたのだけれど、気づかなかったかしら?」

 

「逆に泳がされていたってことか。やるね」

 

 

 アンシュラオンは時折、いくつかの視線を感じることがあった。

 

 敵が多い身の上なのであまり気にしていなかったが、その中に紛れてエメラーダの監視の目もあったようだ。

 

 そして彼女の言動から察するに、これらは最初から用意された【罠】だ。

 

 考えてみれば当然だ。こんなにあからさまに店があるのに、なぜ誰も知らないのだろう。

 

 

 それは彼女が―――【狩り】をしているからにほかならない

 

 

 

「オレの前にここに来た連中は、どうなったの?」

 

「使用済みのブルマーを買っていったわよ。お目が高いわ」

 

「普通の客じゃなくてさ!? こうやって探りに来たやつらだよ」

 

「久しくそんな連中はいなかったけど…そうね。取るに足らない人間には記憶を消して、そのままお帰りいただいたわね」

 

「取るに足る相手は?」

 

「ふふふ…不安なの? 大丈夫。優しくするから」

 

「タダじゃ済まない感じだね。お姉さんの実験材料ってところかな?」

 

「命まで取ることはしないわ。少し力をもらうだけよ」

 

「力をもらう? 興味深い言葉だ。でも、あまりオレを刺激しないほうがいいと思うよ。全力を出せば、これくらいの術式は破壊できるからね。ここで力を出すと家屋まで破壊しちゃうから抑えているだけさ」

 

「術式に囚われたわりに随分と自信があるのねぇ。いいわ。試してごらんなさい」

 

 

(オレの正体には気づいているはずだ。それでいながら臨戦態勢を解かない。それだけ自信があるということか。こうなったらもう、やるしかないな)

 

 

 もはや戦いは避けられない状況らしい。

 

 アンシュラオンは精神を集中。あらゆる状況に対応できるように準備を整える。

 

 次の瞬間、封印結界がさらに圧力を増した。エメラーダがこちらを拘束しようと攻めてきたのだ。

 

 こんな危ない女性に捕まったら、何をされるかわかったものではない。全力で抵抗したいものである。

 

 

(術式の核を狙って―――そこだ!)

 

 

 アンシュラオンも術士の因子が5あるので、高レベル帯の術式にも対応は可能だ。

 

 術式には必ず『核』があり、それを中心にして特定の現象を維持している。

 

 いわば家屋を支える『大黒柱』のようなものだ。テントの支柱と思えばわかりやすいだろうか。

 

 そこを高出力の戦気をまとった拳で、打ち抜く!!

 

 

 ドゴンッ! バリンッ!

 

 

 結界を破壊するときに「バリンッ」という擬音をよく使っているが、これはアンシュラオン自身が感じるイメージであり、実際に音が出ているわけではない。

 

 昔のアニメのバリアーがガラスのように砕けていたので、その印象が強いのだろう。

 

 

 核を失った封印結界は崩壊を開始。

 

 

 【対術三倍防御の法則】の通り、三倍以上の戦気を放出すれば術式を相殺することは可能だ。

 

 がしかし逆に言えば、術者相手には三倍の力を出さないと対等に戦えないのである。

 

 今まで出会った平凡な者たちならばいざ知らず、目の前にいるのは明らかにプロフェッショナル。これだけで終わるわけがなかった。

 

 術式が崩壊すると同時に周囲に舞い散った破片が集まり、アンシュラオンの四肢にまとわりついて動きを封じる。

 

 

(二重術式。崩壊をトリガーに設定してあったか。かなりの凄腕だぞ)

 

 

 術式が一つとは限らない。高位の術者ともなれば、好きなようにカスタマイズできるのだ。

 

 皮肉にも目の前の錬金術師が、術式を改変できる能力を持っていることが証明される。

 

 ただ、これに対してもアンシュラオンは冷静に対応。

 

 身体に戦気を展開させて、強引に術式を振りほどく。

 

 

「あらあら、脳筋なのね。見た目とはイメージが違うのも嫌いじゃないわ」

 

「店を壊したくはないんだ。早く終わりにしよう」

 

「ふふふ、力づくで私を取り押さえるつもり? いいわね。そういう粋が良い子は久々よ。ますます欲しくなる」

 

「悪いけど、プライドまで捨てるつもりはないからね!!」

 

 

 アンシュラオンが、宙を駆けた。

 

 宙に軽く跳んだと思ったら、そこから恐るべき速さで宙を駆け、エメラーダの背後に回り込む。

 

 本当に宙を飛んだのではなく、戦気を操って空間移動を行う戦気術の一つだ。

 

 クロスライルとの戦いでは特に説明なく使っていたが、他の下界人に使うのは初めてである。

 

 これを使ったことで、エメラーダがクロスライル並みの強敵であることがわかる。

 

 

(高レベル帯の術者は時間を与えると危険だ。それは姉ちゃんや師匠でよく知っている。一気に制圧する!)

 

 

 アンシュラオンの手がエメラーダの後ろ首に迫る。

 

 ここを掴んで命気を体内に浸透させれば、身体の自由を完全に奪うことができる。

 

 目的は錬金術師の力を借りることであり、倒すことではない。まずは動きを封じることが先決である。

 

 バリバリバリンッ

 

 エメラーダが防御用に張った物理障壁を破壊し―――

 

 

 がしっ!

 

 

 首を掴んだ。

 

 本気を出したアンシュラオンの速度とパワーを考えれば、極めて当然の結果だ。

 

 

 がしかし―――

 

 

 ぽろっ

 

 エメラーダの首が取れた。

 

 その様子はまるで「だるま落とし」で首の部分が、すっぽりと取れたようである。

 

 

(なんだ? 人造人間だから首が取れても大丈夫なのか!? まさか殺したわけじゃないよな!?)

 

 

 逆に情報を知っているからこそ、そんなことも考える。

 

 力を入れすぎたのかと思って軽く動揺するが、そんな間もなくエメラーダ自体がぼろぼろと崩れて霧散。

 

 彼女の肉片が粒子となって眩い光を生み出すと、空間そのものが変質。

 

 

 

 こじんまりとした店内が、突如【巨大な奈落】となった。

 

 

 

 アンシュラオンに強い浮遊感。

 

 落ちても落ちても底が見えない真っ黒な世界に、ただただ胸を押し潰す圧迫感だけが満ちる。

 

 

(これは…『幻術』か? どこで引っかかった? いや、そんな場合じゃない。これはやばいぞ)

 

 

 いわゆる『幻術』には、二種類存在する。

 

 一つは実際に映像を生み出したり分身(術式版)を作ったりして、相手を惑わすものだ。

 

 だが、今回は店の中なので、いくら幻術といってもこのような真似は難しい。

 

 となれば、もう一つの可能性。

 

 こちらは極めて危険で、もっとも陥ってはいけない状態のものだ。

 

 

(【精神に干渉】されたんだ。オレの脳神経に虚像を送り込んで幻を見せているんだろう。ってことは、本体のオレの肉体は無防備な状態か? くそ、これがあるから術式は面倒なんだ!)

 

 

 さきほどエメラーダの首を引きちぎったのも幻影に違いない。

 

 このことから、だいぶ前に精神に干渉されていたと考えるべきだ。

 

 おそらくは最初の封印術式の時。あえて目立つ術を使って精神に指向性を与えておいて、油断させた隙に潜り込んだと思われる。

 

 自分もよくフェイントをやるが、術式も駆け引きは同じなのだ。

 

 ただし、圧倒的に術能力においては向こうが上。演算処理も効率も段違いで、対応がすべて後手に回っている。

 

 相手の『攻撃が見えない』のは致命的に不利だ。

 

 

「ふふふ、素敵な部屋にご招待ね。気に入ってもらえた?」

 

 

 奈落に七色の蝶が大量に出現し、融合すると同時にエメラーダが現れた。

 

 エメラーダ自身も虹色が複雑に絡まった芸術性の高い色合いをしている。

 

 

「本体じゃないな。偽者か」

 

「精神世界において本物も偽者もないわ。私は私よ」

 

「たしかにその通りだ。物質世界のオレの肉体はどうなっている?」

 

「すごいのね。まったく近寄れないわ。腕一本、持っていかれちゃった」

 

「護身術を叩き込まれているからね。身体が勝手に動くんだよ。もう一本の腕が惜しいのならば、これ以上触れないことだね」

 

「まるで野獣ね。可愛いわ」

 

 

 現実世界のアンシュラオンは直立不動で止まっていた。

 

 実は店に入った瞬間には、すでに術式にかかっていたのである。

 

 扉の鈴の音には強力な催眠作用が施されていたし、あの水タバコの煙にも同様の効果があった。効きが悪かったので、そうやって少しずつ作用を深めていったのだ。

 

 しかし、そこはさすがの殺戮マシーン。害意を持って一定範囲内に入ろうとすると、身体が勝手に動いて攻撃を仕掛けてくる。

 

 それによってエメラーダは腕一本を奪われてしまった。呆れるばかりの戦闘能力である。

 

 

「にしても、お姉さんも凄いね。ここまでコケにされたのは久しぶりだよ」

 

「これくらいでなければ錬金術師なんてやっていられないわ」

 

「先に訊いておくけど、マングラスと組んでるの?」

 

「マングラス? ああ、盗人君たちのことね」

 

「盗人?」

 

「私は中立よ。人の世のいかなる移ろいにも干渉はしないわ。特に私のような特殊な『メラキ〈知者〉』はね」

 

「メラキ? 知らない話ばかりが出てくるね」

 

「あなた、白賢人(しろけんじん)の派閥じゃないの?」

 

「どれも初めて聞く言葉だよ」

 

「…本当に噛み合ってなさそうね。まあいいわ。どうせ私の支配下に置くだけだもの。あとでゆっくり訊かせてもらうわ」

 

 

 エメラーダが再び蝶になって消えると、奈落の底から呻き声。

 

 

 

―――ウォオオオォオオオオ

 

 

 

 無数の黒くて大きな手が奈落から這い出てきて、アンシュラオンに掴みかかる。

 

 下を見れば、魑魅魍魎の群れ。

 

 平安時代のおとぎ話で出てきそうな妖怪たちが、恨めしそうにこちらを睨んでいる。

 

 

 魔王技、『百式悪鬼奈落』。

 

 

 術士因子7で使うことが出来る高レベル精神術式の一つで、名前の通り百体の悪鬼が襲いかかり、精神をズタズタに引き裂く危険なものだ。

 

 あまりに高レベルの術式なので、まさに抵抗する術もなくアンシュラオンは奈落に引きずり込まれ、もみくちゃにされ、腐敗した手や爪が次々と身体に突き刺さっていく。

 

 戦気を発しようにも生体磁気が存在しない精神世界であるため、そのまま一方的に蹂躙される。

 

 

 これは現実ではない。幻術である。

 

 しかしながら感覚はリアルで、知覚も現実世界とまったく変わらない。

 

 悪夢とて、もし目覚めなければ現実になる。現実と夢の区別がなくなる。

 

 そうして精神を病めば日常生活に支障が出て、自殺すら考えるようになる。

 

 麻薬で神経がズタボロになれば、ミミズが這いずる幻覚に転げ回るのと同じだ。

 

 精神術式とは本当に恐ろしいものなのだ。

 

 いや、本当に恐ろしいのはアンシュラオンかもしれない。

 

 こうして身体中を切り刻まれ、痛みや不快感があっても眉一つ動かさない。

 

 幻覚だという絶対の自信があるのだ。裏返せば、それだけ自己の武力に自信があるのである。

 

 何より、これは【布石】だ。

 

 

(これだけの相手だ。こんなものでは済まないはずだ。オレの精神を弱らせてから、その次に本命がくる。そこを迎え撃つ)

 

 

 エメラーダがこちらに術式回線を接続してイメージを送っているのならば、それを辿って相手に逆ハッキングを仕掛ければいい。

 

 自分は術士ではないためハッキングは難しいが、強いショックを与えて回線を断絶させることは可能だ。

 

 一瞬でも現実に戻れれば、圧倒的武力によって制圧できる。次はヘマはしない。

 

 では、その手段はどうするかといえば―――

 

 

「ウウウウウウウッ!! うううううううぅううっ!!!」

 

 

 怒り、怒り、怒り。

 

 もともと他人に触れられることも嫌な男だ。

 

 不快なものに対する嫌悪は、すぐさま憎悪となり、怒りとなる。

 

 

 

(オレに触れるやつは許さない!!! 支配しようとするやつは―――ユルサナイ!!)

 

 

 

 ぞわ、ゾワゾワッ

 

 身体の奥底、魂の奥底から真っ黒な感情が渦巻いてくる。

 

 感情が高まるにつれて『黒い力』も満ちていく。

 

 それは紛い物の黒さではなく、サナの精神世界で見たような完全な漆黒。

 

 ただし、サナの無垢な漆黒と違い、彼の黒は破壊の色。

 

 

 ただただ、破壊。

 

 

 ただただ、殺戮。

 

 

 怒りと嫌悪だけで世界のすべてを破壊する者こそが、魔人。

 

 精神が剥き出しになる場所だからこそ、魂の中に眠る魔人の素子が急速に目覚めていく。

 

 それを知らずに巨大な鬼がやってきて、アンシュラオンを掴んで喰らおうとする。

 

 

「オマエガ、シネ」

 

 

 ぐいっ バキンッ!!

 

 だが、アンシュラオンは逆に鬼の口に手を突っ込むと、大きな歯を引っこ抜く。

 

 いきなりの反撃に怯んだ鬼の手から抜け出し、今度は殴る!!

 

 ドゴンッ! ボゴンッ!!

 

 鬼の顔面を拳打で破壊。

 

 当然これはイメージの世界。幻影に近いものだが、破壊のイメージがあまりに強すぎて―――鬼が泣き叫ぶ。

 

 

「ギャォオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 術式で生み出された鬼が、殴られて逃げ惑うとは不思議な光景だ。

 

 

「シネ、シネ、シネッ!!!」

 

 

 鬼が泣き叫んでも魔人は殴ることをやめない。

 

 むしろ相手が死なないのならば好都合。永遠の痛みを与え続けて苦しめてやる。

 

 殴る、殴る、殴る。

 

 引き裂く、引き裂く、引き裂く。

 

 目玉をくり貫き、腕を引き千切り、足をへし折り、心臓を粉々にする。

 

 

「アハハハハハッ!!! 苦しめ!! 泣き叫べ!! オレを愉しませろ!!」

 

 

 愉悦、愉悦、愉悦。

 

 誰かを攻撃することは、とても気持ちが良いことだ。心地好いことだ。

 

 普通の人間ならば肉体的、精神的、社会的限界があるので途中で罪悪感を感じるものだが、この男はクロスライルから『怖い』と言われるほどの精神力を持っている。

 

 殴るたびにどんどん力が増していき、快楽も増していき、次から次へと鬼たちを薙ぎ払っていく。

 

 大悪党が地獄に落ちても逆に地獄の鬼たちを蹴散らしてしまう、という描写が某漫画であったが、なるほどと頷いてしまう光景だ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 アンシュラオンから激しい黒い波動が迸る。

 

 これだけの強い圧力を受ければ、通常の術者ならばショック死してしまうだろう。

 

 

 しかしながら、エメラーダはすでにそこにはいなかった。

 

 

 逆流を想定してバイパスを増やし、黒い波動を分散させてやり過ごしていた。

 

 術式の戦いにおいては残念ながら、エメラーダのほうが一枚も二枚も上手であった。

 

 

(なるほどね。これは凶悪だわ。たしかに少し前から魔人の気配を感じてはいたから、グラス・ギースを騒がした男は『魔人種』だとは思っていたわ。…でも、違う。臭いはするけど、どこか違う。魔人であって魔人ではない。【コレ】は何?)

 

 

 アンシュラオンから感じる波動は、間違いなく魔人のものだ。

 

 本来は身体すべてが黒に染まり、理性すら失い、人間に対する無機質な殺意に囚われて破壊の限りを尽くす。

 

 しかし、彼は白い姿のまま黒い力を操っている。穢れなく純粋のまま破壊の力を行使している。このようなものは初めて見た。

 

 

(盗人の坊やは、彼を『災厄の魔人』だと思っているようだけど、『裏』がありそうね。何かの意思が隠れているわ。ふふふ、【赤き賢影(けんえい)】の名にかけて、隠れているものを引きずり出してあげるわ)

 

 

 すでに忍ばせておいた本命の精神術式を、そっと発動させる。

 

 使役術、『嘯魂弄靂(しょうこんろうれき)』。

 

 相手の精神を掌握し、下僕に変える精神術式の一つである。

 

 これがスレイブ・ギアスと違うのは、短期的なものかつ、相手の同意が必要ないことであろうか。

 

 強制的に強い者が弱い者を支配する、という単純な図式だ。

 

 ただし効果が強力な反面、相手の精神に大きなダメージを残してしまうため、常人ならば廃人確定となる禁術である。

 

 百式悪鬼奈落に耐えられる男ならば、これくらいは問題ないだろうという判断から一番危険な術を選んでみた。

 

 そして、現在のアンシュラオンのレベルでは、まだこの術式を探知することはできない。

 

 

 

(さぁ、あなたのすべてをさらけ出して、私の支配下に入りなさい!!! あなたが何者なのか、私に教えて!!)

 

 

 

 エメラーダの術式が完成。

 

 アンシュラオンの精神、その奥にある潜在意識、いわゆる霊的な要素にまで侵入する。

 

 ここには『大我』と呼ばれる霊の情報が蓄積されており、前世の記憶やら趣味や性癖その他、その人物のあらゆる情報が格納されている。

 

 当然、罪や罰といった人に知られたくない情報も山ほどある。

 

 現代でも古代でもそうだが、戦いにおいて相手の情報を得ることは勝利への第一歩。常に情報を得たほうが勝つのが道理だ。

 

 精神術式を完全に成功させるためには、こうした情報戦で優位に立つ必要がある。

 

 圧倒的上位に立ったエメラーダは、アンシュラオンを支配しようと、どんどん深部に潜っていった。

 

 

 がしかし、この時の彼女はまだ何も知らなかった。

 

 

 その裏側に、アンシュラオンという魔人の裏側に、もっと怖ろしい存在がいることを。

 

 

 

 

―――ウフフフフフッ

 

 

 

 

「―――っ!?!!」

 

 

 

 ソワッ ゾワワワワッ

 

 エメラーダがアンシュラオンの前世の記憶の中で、他愛もない情報を閲覧していた頃だ。

 

 突如世界が真っ暗になり、天から女性の笑い声が聴こえた。

 

 しかし、それは身の毛がよだつほどの強烈な圧力を秘めたもので、声を聴いただけでエメラーダが動けなくなってしまう。

 

 

 

―――ワタシノ モノ

 

 

―――コレハ ワタシノ

 

 

―――ダレニモ ワタサナイ

 

 

 

 声は美しいが、その中身は見通せないほどの奈落。

 

 いまだ人間には未知のブラックホールが真上に出現したような、絶望と恐怖が世界を席巻し、すべてを吸い尽くそうとする。

 

 明らかに様相が異なる。今まで触れていた世界とは別次元のものだ。

 

 

(―――はぁはぁっ!! はぁはぁっ!! なに、これ? こんなものがどうして…!! 早く逃げないと…!!)

 

 

 直感的に危険を感じ、エメラーダは即座に回線を切ろうとする。

 

 だが、遅い。

 

 天から雷が落ちると、彼女を串刺し。

 

 

 

 バチーーーーーーンッ!!

 

 

 

「きゃはああああっ!!!!」

 

 

 雷には、強い強い排他性が宿っていた。

 

 人間であることを悔いるような、恥じるような、低俗な存在であることが恨めしくなるような敗北感を与えてくる。

 

 抵抗しようにも抵抗しきれない。

 

 屈強な男性に赤子が勝てるわけがない。虫かごに入れた矮小な生命体を殺すことなど、いとも簡単なのだ。

 

 水を入れて溺死させることも、硫酸を入れて溶かしてみることも、圧倒的知性と力を持った『上位種』ならばたやすいのである。

 

 女神は、愛をもって世界を維持する。

 

 しかし、この存在は悪意をもって人を罰する。

 

 

 

「違う、違う!! これは…!! 今までの災厄の魔人じゃ―――」

 

 

 

 ドドドドドーーーーーンッ

 

 

 断末魔の悲鳴を上げる間もなく、エメラーダが大量の雷に串刺しにされ、存在を掻き消される。

 

 塵一つ残らない完全な黒だけが、そこにあった。

 

 すべてを包摂し、すべてを排除し、すべてを奪う恐るべき意思だ。

 

 

 

―――フフフ ワタシノ カワイイ

 

 

―――カワイイカワイイカワイイカワイイ

 

 

―――ワタシノ モノ

 

 

―――ワタシハ ワタシダケヲ

 

 

―――アイスル

 

 

 

 

 

 ブツンッ

 

 

 

 

 

「…え? ここは…」

 

 

 アンシュラオンの意識が戻ると、あのブルセラショップの中にいた。

 

 その段階で敗北を悟る。

 

 

(しまった! あれも罠だったか! くそっ、あまりに心地好くて酔っちまった。 はっ!? 何かされていないか!? パンツはあるか!?)

 

 

 最初に下着の心配をしなければならないとは屈辱だが、とりあえず無事を確認する。

 

 そうこうして視線を下に向けたときだ。

 

 倒れているエメラーダを発見。

 

 しばらく見ていたが動き出す様子はなかったため、調べてみた。

 

 

「…死んでる」

 

 

 彼女は白目をむいて、硬直したまま死んでいた。

 

 呼吸もしていない。心臓に手をやってみたが完全に止まっていた。(ついでに胸も揉んでみた。柔らかくて大きいので評価はAランクだろう。シャイナに近い乳質だ)

 

 

「まさかオレが殺した? でも、片腕が千切れているけど、これは致命傷じゃないよな。ほかに目立った外傷もないし…」

 

 

 本気の自分が殴れば、人間の肉体など簡単に吹き飛ぶだろう。

 

 彼女の言った通り片腕は千切られているものの、これほどの人物がそれでショック死するとは思えない。

 

 原因がわからず、ただただ呆然と立ち尽くすこと数十秒。

 

 

「いったい何が―――うわっ!!!」

 

 

 ぐるんっ ガクガクッ

 

 突如エメラーダが、ガクンガクンと身体を震わせると、黒目が戻って息を吹き返す。

 

 

「はぁはぁ…!! はぁはぁっ…!!!」

 

 

 彼女は床に倒れ込み、憔悴した様子で荒い呼吸を繰り返す。

 

 身体全体から汗が噴き出しているのが見えたので、相当なショック状態にあったのだろう。

 

 ひとまず生きていたことを知り、胸を撫で下ろす。

 

 

「気絶していたの? よかった。死んでいなかったんだね。どうしようかと思ったよ」

 

「はぁはぁ…死んだわ。本当に死んだ。…殺されたわ。擬似人格じゃなかったら終わっていたもの…」

 

「擬似人格?」

 

「あなたの中、とんでもないわね…」

 

「中って言われても…何があったの?」

 

「………」

 

 

 エメラーダは首を振り続け、その問いには答えてくれなかった。

 

 その顔は真面目で真剣。

 

 今までの様子とは明らかに違うので、こっちが面食らってしまうほどだ。

 

 

「…そこに座って」

 

「ようやく話をする気になったのかな?」

 

「話…ね。いろいろ訊きたいことはあるけれど、まずはあなた自身が何も知らないことが問題ね」

 

「まあね。自慢じゃないけど、オレはこの世界については無知に等しい。ずっと山奥で暮らしていたからね」

 

「無知ほど怖ろしいことはないわね」

 

「同感だね。だからお姉さんの力を借りたいと思っているんだ」

 

「頼みがあると言っていたわね。内容は?」

 

「スレイブ・ギアスを完成させたいんだ。機械を使ったものじゃなくて、自分自身でカスタマイズしたいのさ。そのやり方を教えてもらいたいのと、素養のある子に術も教えてあげてほしいかな」

 

「……は?」

 

「そりゃ、こういうのは危ないって知ってるよ。だから専門家に―――」

 

「ちょっと待って。そんなどうでもいいことが頼みなの?」

 

「どうでもいいって…失礼だな。オレにとっちゃ大事なことだよ」

 

「…はぁ、無知って怖ろしいわ」

 

「んん?」

 

「本当に何も知らないのね。私も中を覗いたから、それが嘘じゃないとはわかるけれど…もう少し知識を得ないと危ないわよ」

 

「じゃあ、お姉さんが教えてよ」

 

「できることはするわ。私自身のためにもね。ところであなたの頼み事だけど、自分でやればいいんじゃないかしら」

 

「自分でやれれば苦労はないよ。何度やってもできなかったし、もしかしたら素養がないのかな? 一応数値ではあるようだけど、使えないんじゃ意味ないよね」

 

「いいえ、違うわ。あなたの術士の因子が【封印】されているだけよ」

 

「封印? え?」

 

「あなたには封印、言い換えれば【リミッター】がいくつかかけられているわ。それが邪魔をしているのよ。問題は、それをかけた人物ね。心当たりはある?」

 

「心当たりと言われても、オレはずっと山奥で四人で暮らしていたから…」

 

「その人物の中で、怖ろしいほど強い術士の力を持った人間はいた? 凶悪で強大で傲慢で、神すら怖れないような存在よ」

 

「………」

 

 

 真っ先に頭に浮かぶ人物が、一人だけいる。

 

 その沈黙だけで十分伝わったようで、エメラーダが頷く。

 

 彼女もアンシュラオンの記憶を見ているので『あの女性』のことはすぐにわかるのだ。

 

 

「じゃあ、姉ちゃんがオレに封印を仕掛けたの? なんで?」

 

「わからないわ。でも、かなり強い術式よ。迂闊に触れるとまた反撃されそうだから、明日また来なさい。準備を万端にしてから、あなたの封印の一部を解くわ。それで術が使えるようになるはずよ」

 

「えと…どういう流れでそうなったの? 急に協力的になったけど、どうして?」

 

「それも明日話すわ。私の正体も話してあげる。だから一つだけ約束して。あなたは世界を滅ぼさないでちょうだい」

 

「いやいや、そんなことしないって。というか、できないでしょ?」

 

「約束は?」

 

「…わかったよ。約束するよ。そんなんで協力してくれるなら安いものだけど…なんか居心地悪いな」

 

 

 機械のリミッターを外しに来たのに、なぜか自分のリミッター解除の話になる。

 

 しかも術式戦闘でボロ負けだ。専門外とはいえ、若干ショックである。

 

 そうして釈然としないまま今日はお開きとなるのであった。

 

 

 

 翌日。

 

 

 

 黄金女学園の扉を開けて入ると、肌も見えないほど全身に煌びやかな装飾品を身に付けたエメラーダがいた。

 

 宝石まみれのエジプトの女王みたいで、ものすごく怪しい。

 

 

「あの…どうすればいいのかな?」

 

「そこに座っていればいいわ。ただ、その前に少し話をしましょう」

 

「知識を与えてくれるのならば、むしろありがたいね」

 

「あなたは異星からの転生者ね。『異邦人』とも呼ばれるけれど」

 

「…そこまでわかるんだ。お姉さんは何者なの?」

 

「あなたの能力で私の情報は見える?」

 

「今は見えない。全部『?』だ」

 

「でしょうね。その能力は完全ではないのよ。もともと『透視』や『解析』系の能力は術式の一種だもの。こうやって『妨害』してしまえば簡単に防げるわ」

 

「前にその経験があるよ。術符で作られた包帯みたいなものがあって、情報が見れなかったんだ」

 

「それだけじゃないわ。こんなこともできるのよ。もう一度見てみて」

 

「っ!! 名前が…変わった?」

 

「ふふふ、ダミー情報よ」

 

「これは…教えてもらってよかったよ。わかってはいたけど、絶対じゃないんだね」

 

「上位の術者はこうして身分を偽ることが多いから、注意しないと騙されてしまうわ。ちなみに私があなたに見せていたものも、名前以外はダミーよ」

 

「じゃあ、『人造人間』ってやつも?」

 

「そうね。ただ、半分は正解よ。私は特異な因子を保存するために生み出された人間なの。あなたの知識にあった『クローン』と同じような存在ね。保存用の複製体と呼んでもいいわ」

 

「クローンと因子の保存か。まるでマングラスみたいだね」

 

「それはそうよ。だって彼らの技術は【私が管理していたもの】だもの」

 

「…え? それってまさか…」

 

「最初から話そうかしら。この都市の地下に遺跡があるのは知っている?」

 

「収監砦にいた時に見たよ。マングラスの聖域もそこにあったね」

 

「私があの遺跡の本当の管理人なの。私たちメラキ〈知者〉には、そういった役割が与えられているのよ」

 

「なるほど。だから秘匿性が異様に高かったんだ。じゃあ昨日、盗人って言ったことは…」

 

「ええ、今は『傀儡士』と呼ばれているらしいけど、彼が私から技術を盗んだのよ。複製体の技術も因子の技術もね」

 

「女性にこれを訊くのは気が引けるけど、お姉さんって何歳なの?」

 

「さて、何歳かしらね。何度か媒体を更新しているから忘れたわ。ただ、私を造ったのは【赤の賢者様】よ。【赤賢人(あかけんじん)】とも呼ばれているわ。正確に言えば、赤賢人の一番弟子である『賢影のエメルダーナ』のコピー体が私ね」

 

「その賢人とは?」

 

「やっぱり、あなたにはギアスも通じないのね。昔は賢人という言葉自体に『言論統制〈スペル・ギアス〉』がかかっていたの。それが弱まったならば、そろそろ時代に大きな変化が訪れる兆候かしらね」

 

「言葉自体にギアスがかけられるの?」

 

「星そのものを包む強大な術式よ。人間には不可能ね。でも、それが可能な存在もいるわ。…まあ、この話はいいわ。話が大きすぎるもの。残念だけど賢人については詳しく語れないの。ただ、世界でもっとも優れた存在と断言できるわ」

 

「お姉さんにもギアスがかかっているってことか。そういえば『白賢人(しろけんじん)』がうんたら言ってたけど、お仲間なの?」

 

「元は同門だったけれど、今は分裂してしまっているわ。各派閥がそれぞれに得意分野を研究維持しつつ、不干渉を貫いている関係ね。時には協力したり、時には争うこともあるから注意が必要よ」

 

「オレが白いから、そう思ったの?」

 

「…あなたと私に『似た感覚』を覚えたからよ」

 

「オレも造られた存在ってこと? …グマシカも似たようなことを言っていたな。最初から強く作られた、みたいな」

 

「そもそも魔人自体が人工的な存在なのよ。魔人は一つのシステム、【賢人の遺産】だもの。あれは因子改造によって生まれたの。因子を専門に研究する赤賢人様の手によってね。赤に連なる私がここを管理しているのは、そういった関連性もあるわ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「あまり驚かないのね」

 

「容器にはあまり興味がないんだ。何事も中身が重要だからね。もともと転生者ってこともあるけど」

 

「ふふふ、そうね。ただ、あなたの場合は中身も問題ね」

 

「変質者みたいに言わないでほしいな。これでも常識人のつもりなんだけど」

 

「そういう表面的なものではないわ。あなたの内面の奥…その先にあるものは、もっともっと深くて怖いものだった。表面をなぞっただけで、私が分解消滅してしまうほどにね」

 

「昨日の状態は何なの? 何があったの?」

 

「あなたの霊的な要素、潜在意識の部分には強力な封印が施されていたわ。前世の記憶程度なら見られるけれど、さらに奥の情報を見ようとしたら―――消されたわ」

 

「お姉さんは生きているけど?」

 

「侵入させたのは『分体』よ。私は因子を管理保存する能力があるから、人格や記憶領域を複数持っているの。その一つが壊れただけ。それだけでも大きな損害だけど、消失を免れただけ運が良かったわね」

 

「まるでパソコンのハードディスクみたいだね。で、マングラスとは具体的にどこまで関わっていたの?」

 

「彼らだけじゃないわ。この都市に残っている人間の祖先とも付き合いがあったのよ。そうね…もう千年以上前だけど、どこからか移民団がやってきたの。かなり弱っていたから、国を失ったか追われていたのね。それで下手に放置して遺跡を荒らされたら困るから、私がしばらく面倒を見てあげていたのよ。ふふふ、懐かしいわね」

 

「でも、盗まれたんだよね? さすが領主の先祖だ。恩知らずなやつらだよ」

 

「あの子は例外。【天才】だったわ。だからついつい傀儡の術も教えたんだけど、それ以上のものまで奪っていったわ。ほんと、たいした子よ。今では遺跡の制御システムもあの子が握っているはずよ。まあ、本物の管理人じゃないから、全部は掌握できないでしょうけどね」

 

 

 賢者の石である『スパイラル・エメラルド〈生命の螺旋〉』もまた、エメラーダが管理していたものである。

 

 それを奪おうとした傀儡士であったが、あの聖域にいた姉が野心を悟り、先に融合を果たすことになる。

 

 これもまたこの都市に残る伝説の一幕であり、紛れもなく真実である。

 

 

「一度目は、あの子が災厄を引き起こしたのよ。いろいろと悪さもしたからね。賢人の遺産を悪用すると危ないってわかっていたのに…いたずらっ子よね」

 

「お姉さんはそれでいいの? 権限を取り戻したいんじゃないの?」

 

「これ以上、悪用されなければ問題はないわ。代わりに管理してもらえるのならば楽だしね」

 

「オレから見ると、けっこう悪用しているような気がするけどね。この都市を牛耳っているよね」

 

「その程度、悪用のうちに入らないわ。あの子も一回しくじって、少しは反省したんじゃないかしら。あれからはおとなしいもの」

 

「寛容というかなんというか…そう思えるのがすごいね。あれ? 三百年前に大災厄が起きたんだよね? あれも傀儡士のせい?」

 

「あれは違うみたいね。詳細はよくわからないわ」

 

「お姉さんでも知らないことがあるんだね」

 

「あの時は特殊な事例だったみたいね。…あなたは魔人について、どれだけ知っているのかしら?」

 

「ほとんど何も。姉ちゃんが『災厄の魔人』の異名を持っていることくらいで、今お姉さんが言ったことは全部初耳だよ。グマシカがちょろっと何か言ってたけど、よくわからなかったしね」

 

「すでに言ったけれど、『魔人制度』は一つのシステムなの。設定された危険度をオーバーしたら、自動的に生成されるようになっているわ。免疫機能の白血球と同じことよ」

 

「異質なものに対する抗体だね。…ん? そうなると異常なのは人間のほうなのかな? 罰的なことをグマシカが言っていたけど」

 

「単純な罪と罰の話ではないわね。【循環と進化の問題】よ」

 

「それはまた複雑だ」

 

「この星の事情は特殊なのよ。一般的な惑星とは進化の具合が異なるから悪感情が溜まりやすく、さらに具現化しやすいの。放っておけば無知な人間の愚かしい行動によって、生物が住めない場所になるわ。だから私たち賢人の一派、メラキ〈知者〉が必要になるのよ」

 

「知者…か。世界の中枢を知る者たちって意味だね。納得だ」

 

「それにも驚かないのね」

 

「オレがいた星、地球でもそういうやつらはいたしね。人類は全体の1%の人間が管理しているのは常識さ。それが正しいかはともかく、牛耳っている連中がいるのは事実だ」

 

「私たちの役割は、あくまで人間が正しい進化を遂げることよ。強すぎる力を間違えて使わないように、時期が来るまで管理しておくだけ。それが傲慢なのも知っているけれど、知者でなければできないことだわ」

 

「で、魔人は勝手に生まれるの?」

 

「『魔人種』と私たちは呼んでいるけれど、これは人間の因子の一つなの。亜種と言っていいかはわからないけど、人間の因子の中に植え付けられているのよ」

 

「人類全員?」

 

「厳密に言えば全員ではないわ。今から一万年以上前に、人類は一度滅びかかったの。その時にストッパーの一つとして生まれたのが魔人ね。もともとは【種が生存するための抗体】だったのよ。悪性を排除するための…ね」

 

「面白い話だね。そうなると、誰でも魔人になる可能性はあるってことだよね?」

 

「理論的にはね。でも、まず無理ね。それに相応しい肉体がなければ、魔人因子が覚醒しても自壊しちゃうわ。あなたが使役した戦罪者たち、下位の魔人もどきみたいにね」

 

「うーん、なんだかウィルス保持者みたいで嫌だな」

 

「あながち間違ってはいないわ。人は感化される生き物だもの。それによって進化できるのは強みよ。それが動物と人間の違いね」

 

「まあ、姉ちゃんが魔人ならオレも魔人なのは仕方ないかもね。それは認めるよ。なら、オレは誰に造られたの? あんたらの誰かが造ったの?」

 

「さぁ、わからないわ。ただ、白賢人は【肉体改造】を得意としているから、その一派かと思ったのよ」

 

「なるほど、白いしね。じゃあ、姉ちゃんもオレも、そいつらに…」

 

「違うわ」

 

「えええ!? そういう話だったじゃん!!」

 

「最初はそうだと思っただけよ。でも、違う。今までの魔人ならばその可能性もあっただろうけど、あなたの内面を見て違うと確信したわ。もっともっと【大きな意思】を感じるもの。もっと言えば、野望…あるいは野心ね。何か大きなことが裏で動いているのよ。私程度じゃ手に負えないレベルでね」

 

「そっちのほうが、もっとやばそうだけどね。普通に考えて、もしオレや姉ちゃんを造った存在がいるとすれば、もはやそれは【神】だよ。星の守護者たる女神様じゃないとすれば、話はさらに危なくなる」

 

「心当たりはあるわ…信じたくはないけど。いや、信じられないと言ったほうが正しいかしら」

 

「問題は手段より【目的】じゃないかな? 何か嫌な感じだな。操られているようで気分が悪い」

 

「そうね。だから、あなたには力が必要だわ。今のままでは、あまりに無防備すぎるもの。それで暴走されたら困るわ」

 

「これでも相当警戒しているけど…うん、そうだよね。術式に対してまったく無防備なのは痛感したよ」

 

「まずはあなた自身が強くなること。今よりも、もっともっと。そうでなければ、あんなものと対峙できるわけがないわ」

 

「姉ちゃんのこと?」

 

「それもあるけれど、もしすべてが因果の流れの中にあるのならば、これからもっと危ないことが起きるわ。誰かがそれを意図しているのだとしたら、ね」

 

「姉ちゃんだけじゃないってことか…。なるほど、それならば回りくどいやり方をしていることにも納得がいくな。でも、オレは自分のこと以外はあまり興味ないよ。今だってオレが愛する女性たちのことしか考えていないからね」

 

「それでいいのよ。あなたが他者を愛することができる人間ならば、それは価値あることよ。もしかしたら、それが鍵なのかもしれないわ」

 

「お姉さんの急な変化にまだついていけない…」

 

「あとでパンツちょうだい」

 

「やっぱりそのままでいてください」

 

「では、これからあなたの封印を解くわ。解くのはあくまで、あなたにかけられている術士の因子を阻害するリミッターだけよ。また潜るけど、私を信頼できるかしら?」

 

「信頼もなにも…もう負けてるからね。好きにしていいよ。それに術士の因子が戻れば傀儡士のこともわかりそうだしね」

 

「そうね。もしあの子と戦うのならば、強力な武器になるでしょうね。でも、簡単にはいかないわよ。だって、私の弟子だもの」

 

「いろいろ盗まれたのに、あんまり嫌ってはいないんだね」

 

「人の世に生きる者は、儚い者。だからこそ間違えるし、情熱も吐き出す。それは私たちメラキが失った感情の一つなの。何かに夢中になれるだけ、まだあの子のほうが人間らしいわ」

 

 

 エメラーダの表情は、達観した老人のようであった。

 

 実際に何千年も生きているのだろうから、それも仕方がないだろうか。

 

 

 その後、エメラーダはあらゆる術具に加え、支配者たちが生み出した『呪具』や『魔具』と呼ばれる上位の道具を使い、アンシュラオンの封印の一つを解除することに成功する。

 

 終わった頃には、身に付けていた宝石がすべて粉々に砕けていたので、いかに激しい作業であったかがうかがえる。

 

 そして、それによって術士の因子が本来の力を発揮し始めた。

 

 

 

 その日から―――世界が変わった

 

 

 

 見るものすべてが、まったく違う様相を呈していたのである。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。