※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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623話 「花開く法則の世界」

 

「ふぅ…疲れた」

 

 

 身に付けた術具がすべて破壊され、薄着一枚になったエメラーダが机に突っ伏す。

 

 

「終わったの?」

 

「ええ、あなたの封印は解除されたわ」

 

「…特に何も変化はないけど?」

 

「私が保護膜を張ったの。今まで封じられていたのよ。いきなり解放したら目がおかしくなっちゃうわ」

 

「まあ、海に入るときも準備運動はするしね。解いた封印は一つだけだよね? 全部でいくつあるの?」

 

「私が把握したのは四つね。その中の一つを解いたの。強い封印術式は最大級で『五つ』か『六つ』の封印で成り立つから、それ以外にもあと一つか二つはありそうね。ただ、詳しいことはわからないわ。近寄れないほどの暗黒が奥に広がっていたもの」

 

「暗黒って…そんなこと言われたら怖くなるよ」

 

「事実だもの。仕方ないわ」

 

「そもそもさ、どうして封印なんてされたのかな? そんなにやばかったの?」

 

「簡単な話よ。着実にゆっくり【育てようとした】のでしょうね。どんなに強い力も使いこなせなければ意味はないもの。この術の封印も、あなたがその時期になれば解かれた可能性は高いと思うわ」

 

「うーん、逆に言えば、姉ちゃんからすればオレはまだ赤子同然ってことか。いやいや、べつにあんな化け物になりたいとは思わないけどね」

 

「あなたはそうでも、彼女はそう思っていないのよ」

 

「まったくもって迷惑な話だよ。それで、これからどうすればいいの?」

 

「そうね…。あなたの術士因子は現状でもかなり高いわ。人間が到達できる中でも上位レベルよ。でも、術の経験はないのよね?」

 

「まったくないね。教えてもらえなかったし」

 

「それなら、まずはこれね」

 

 

 辞書のように分厚い本が六冊、どさっと机に置かれた。

 

 

「本?」

 

「術式の基礎を学ぶ書物よ。基礎とはいっても、お店では売られていない貴重なものね。術式も武術も学び方は同じ。師匠が弟子に伝達するの。だから『錬金術師』なのよ」

 

 

 言葉の話になるが、同じ「じゅつし」でも「術師」と「術士」があり、「師=教え導く」が付くかどうかで意味合いが変わってくる。

 

 錬金術師も名前の通り、弟子に伝達することで技術を後世まで残すことが目的の一つとなっているのだ。

 

 

「そうなると、オレはお姉さんの【弟子】になるの?」

 

「術式は『理(ことわり)』に干渉する危ない技術よ。弟子以外に教えることはできないわ。当然そうなるわね」

 

「たしかに。悪用される危険性があるよね。だから武人の道場とかも少ないんだろうね」

 

「あなただって陽禅公に選ばれたのよ。ちょっと人柄に問題があるけど、歴代最強と呼ばれる覇王の弟子であるだけすごいことね」

 

「いまいちあのハゲのじいさんが、そんなにすごいとは思えないんだよね…。というかオレの師匠になる人は、だいたい変な人が多いな」

 

「失礼ね。メラキの継承は一子相伝なんだから、ありがたいと思いなさい」

 

「術式の教授はありがたいけど、そのメラキの役目はオレには関係ないよね? あんな領主を見守るなんて最悪の罰ゲームだよ」

 

「じゃあ、子作りでもする? 精子を提供してくれれば試験管で…」

 

「お断りいたします。それなら普通に作ったほうがいいじゃん」

 

「私の身体は特殊な造りだから、子供を産むようには出来ていないのよ。卵子なら提供できるかもしれないけど、あまり適していないと思うわ。使わない機能は廃れるのが自然の摂理だもの」

 

「男の場合でもそうなの?」

 

「そうね。所詮は複製体。限界はあるわ」

 

 

(マングラスが、バイラルに精子の提供を迫った理由がそれか。エメラーダの技術があれば、クローンベビーを生み出すことも可能なのだろう。いや、グマシカたちを見ていれば、それを改良した『デザイナーベビー』を造っている可能性も高いな。だから精子と卵子の確保のために、定期的に人間を入手しているんだ)

 

 

 以前ファレアスティと初めて出会った時、グマシカたちが毎年何十人にも及ぶ人間を確保していると言っていた。

 

 公然の秘密でこれだけの量なので、裏ではもっと仕入れているかもしれない。

 

 その人間たちは、おそらく実験材料に使われるのだろう。単なる精子や卵子の提供だけで済めば特に被害はないが、青劉隊のように素養があれば改造される者もいるはずだ。

 

 特に傀儡士の人間性を考えると最悪のことも考えてしまう。

 

 

(ミャンメイが心配だな。早めに救出しなければ)

 

 

「ねぇ、お姉さんならマングラスの聖域の入り方を知ってるよね? 案内してもらえるかな。助けたい子がいるんだ」

 

「あなたの記憶領域で見た子ね。だいたいの事情は把握しているわ」

 

「頭を覗かれるのは気持ち悪いけど、話が早くていいね」

 

「でも、無理よ。さっきも言ったけれど、今の遺跡の管理システムはあの子が握っているもの」

 

「抜け穴くらいはあるんじゃない? 本物の管理者にしか使えないパスコードとかさ」

 

「………」

 

「あるんだね」

 

「あるけど、あなたの目的には使えないわね。その場所はあの子たちが自ら造ったものであって、私が管理していたのはもっと下のものだもの」

 

「マングラスの聖域が遺跡の中枢じゃないってこと?」

 

「ええ、あんなものは単なる因子の保存庫に過ぎないわ。『箱舟』と呼んでいるようだけど、せいぜい千年単位の種の移ろいを記録したものよ。たいしたものじゃないわね」

 

「なるほど、価値観そのものが違うんだね。賢人たちって、そんなに古くからいるの?」

 

「厳密に言えば、賢人という言葉は『一つのもの』を指すの。それはこの星が再生される前からずっとあった『叡智そのもの』だけれど、そこから知識を受けた人間が賢者となっていったの。実際に赤賢人様が人間として地上にいた時間は、数千年前ってところね」

 

「魔人を生み出した話と時期が食い違うね」

 

「そのあたりは一般人には理解できないわ。再生とも転生とも違う『概念』と『思想』のお話だもの。でも、概念は空想上のものではなく、実体を持った存在なの。賢人という『概念』はしっかりと存在していて、【旧時代】から活動しているわ」

 

「霊的な話と同じか。そりゃ難しいね」

 

 

 「赤賢人が魔人因子を作った」と聞くと、研究室で誰かが実験しているイメージを思い浮かべるだろうが、【創造】の世界はそんなに小さなものではない。

 

 この世界にもともと無かったもの、あるいは眠っていた概念を生み出すのだ。恐るべき力と叡智がなくては不可能である。

 

 それほどのものが一個体の人間に実現可能なわけがないので、あくまで言葉にするとそうなる、としか言いようがない。世界は常に創造の道を歩んでいるのである。

 

 霊的な話もこれと同じで、精神世界や霊的世界の事象を言葉で表すのは難しいものだ。

 

 だが、存在する以上は認めて受け入れねば話が進まない。

 

 

「あの子たちの世代が造ったものに関しては、私はノータッチ。聖域を守ることが遺跡の中枢を守ることにつながるのなら、お互いの利益になるってことね」

 

「傀儡士が、さらに地下に潜ることはないの?」

 

「ないわ」

 

「その根拠は?」

 

「これもすでに言ったけど、あの子が『人間』だからよ。【人の理】の中で生きている者には無用で無縁の代物ね」

 

「うーん、気になるような気にならないような…」

 

「魔人因子という意味で、あなたには多少関連はあるけれど、もう不要になって廃れたものよ。触れないほうがいいわね」

 

「でも、監視は必要なんだね」

 

「いつの時代か、それが役立つ日が来るかもしれない。でも、今は役立たずで邪魔にしかならないのよ。かといって勝手に持っていかれたら困るものなの。あの子たちが使っている『玩具』くらいは好きにしていいけどね」

 

 

 地球でいえば、高レベル放射性廃棄物のようなものだ。

 

 さまざまな実験が繰り返されて有用なものも見つかったが、その反面、現在の技術では対処できない危険なものも生み出されてしまった。

 

 それを封印しているのが地下の遺跡。

 

 たとえば一般人が、ガラス固化体となった廃棄物を掘り出したところで、いったいどうするというのだろうか。

 

 何かに使う技術がなければ、単なる置物である。邪魔でしかなく、放置するか結局再び地下に埋めるしかなくなる。

 

 

「そういう遺跡は、いろいろな場所にあるの?」

 

「人類の歴史もそこそこ長いから世界中にあるわ。程度の差はあるけれど、危ない場所にはだいたいメラキがいて守っているの。特に東大陸は『かつての中心地』だったから遺跡はかなり多いほうね」

 

「サナのペンダントトップも遺跡から見つけたものとか言ってたな。メラキがいなければ勝手に漁ってもいいんだよね?」

 

「ええ、かまわないわ。どうせガラクタばかりだもの。…まあ、メラキを駆逐して貴重な遺物を集めている不届き者もいるそうだけどね」

 

「駆逐? …それってもしかして、あいつらのことかな? 【救済者】だっけ? 危ないカルト団体だよね。クロスライルに提出させた資料で見たよ。各地で遺跡の盗掘を繰り返して戦力を増しているみたいだ」

 

「そんな名前だったかしら。ほんと、荒んだ時代になったものね」

 

「他のメラキとは交流があるの?」

 

「少しはね。ただ、秘匿性が高い担当者ほど、あまり連絡は取らないわ。場合によっては、その場所に住む人間たちと交わって、見分けがつかないほど順化していることもあるわね」

 

「やつらにメラキを駆逐できるだけの力があることが問題かも。オレがお姉さんに負けたように、メラキって強そうだしね」

 

「メラキ全員が強いわけじゃないわ。あくまで知識を持つ者だから戦闘は苦手。大半が一般人と大差ないから簡単に殺せる者も多いわよ。私のように強い術者もいるけれど数は少ないわね」

 

「…そっか。順化するのも身を守るためなんだね。メラキも大変だ」

 

「だから、あなたのようなボディーガードが必要なのよ」

 

「え? オレってそんなこともするの?」

 

「あなたは弟子で、私は師匠よ」

 

「そりゃまあ、そう言われるとつらいんだけどね。サリータにも偉そうに命令してるし…」

 

「紙、見た?」

 

「紙? 何の話?」

 

「それ」

 

 

 エメラーダが「基礎から学ぶ術式の世界 第一巻」を指差す。

 

 そこには一枚の紙が挟まれていた。

 

 嫌な予感がしながら、そっと抜き出してみると―――

 

 

「…ん? …え?」

 

「ボディーガードが嫌だったら、全額払ってね」

 

「………」

 

「安いものよね」

 

「あの……何これ?」

 

「何事もタダじゃないのよ。封印解除に使った術具は壊れちゃったし、貴重な呪具や魔具も使ったのだもの。それでも格安にしておいたわ。感謝してね」

 

「おかしいな。カンマがない」

 

「全額【3825億円】となります」

 

「………」

 

「一括払いでお願いね」

 

 

 エメラーダが笑う。

 

 とても嫌な顔で笑っている。

 

 よく自分がやる類の笑顔だが、他人にやられると最悪の気分だ。

 

 

「ぼったくりじゃん!! 高すぎる!」

 

「『破邪』関連の術具は貴重なの。人間の社会では滅多に手に入らないものばかりよ」

 

「破邪って…オレにかけられていたものは『呪い』なの?」

 

「似たようなものね。怨念というか妄執というか、とても強烈なものだったわ。下手をしたらこちらが死ぬかもしれないのだから、当然の対価よ」

 

「普通はいくらかかると事前に教えるよね? 同意はしてないけど…」

 

「じゃあ、スレイブ・ギアスは諦めなさい」

 

「それは…うーん。でも、額が酷いよ。この都市の年間事業費を超えてるよね? 発展具合からすると、せいぜい百億でしょ」

 

「新規事業に力を入れていないから、そんなものかもしれないわね。今年はあなたが暴れたから、もっとかさんだかもしれないけど」

 

「グラス・ギースの約四十年分の予算…ぼったくりだ……」

 

 

 この値段は、主に領主が都市開発にかける公的事業費、土地の開墾、維持費、人件費、建築物の補修や建て直しその他、都市管理で運用される資金のことだ。

 

 土地は領主の管轄なので、ディングラスが保有する商会の収益及び、各派閥からの上納金の中から予算が算出されている。

 

 百億と聞けば大金に思えるものの、日本の大きめの都市では「環境整備費」や「港湾整備費」で百億を超える地域もあるので、国家レベルで考えれば微々たるものといえるだろう。

 

 しかも最近はDBDから武器を買っているため資金は常時枯渇気味で、年々都市開発にかける金が減っている状況だ。

 

 

「踏み倒したりしたら、どうなるの?」

 

「そういう不届き者の情報は、瞬く間に全世界のメラキに伝達されるわね」

 

「お姉さんが告げ口するんでしょ?」

 

「近くにいるメラキは特殊な事例を除いて、誰か死ぬとすぐにわかるシステムが導入されているのよ。互いに監視し合っていないと危険だものね。私を殺しても他のメラキ全員が敵になるわよ。世界規模でね」

 

「知者たちからハブられるってことか。一般の連中相手なら気にしないけど、こっちはやばそうだな。静かに暮らすことが最大の目的だしね。敵を作らないことが一番だ」

 

 

 武力が通じるマフィア相手ならば、いくら恨まれても怖くはないが、メラキは特殊な能力や術具を有する存在である。

 

 知らないところで何か仕掛けられると困るし、味方にすれば便利で貴重な存在であるため、無駄に敵にする必要はない。

 

 が、あまりに高すぎる。

 

 ソブカから毎年二十四億手に入っても全然足りない。

 

 

「なんとかならないでしょうか」

 

 

 こうなれば必殺の土下座である。

 

 むさ苦しい男にならば絶対にしないが、相手が綺麗な女性ならば我慢できる。

 

 ここはプライドを捨てて譲歩を引き出すしかない(パンツは死守)

 

 

「条件が二つ。一つは術関連の修練については、私の指導の下で行うこと。許可が出るまで自分で能力の開発をしてはいけないわ。他人に教える場合も同じね。どこまで教えていいかも私が決める。いい?」

 

「そこは問題ないよ。自己流は怖いってことでしょう?」

 

「そうよ。戦気だって暴発することがあるけど、術式の場合はもっと周囲に大きなダメージをもたらすからね。術式崩壊が起これば、その場にいる人間はほぼ即死ね」

 

「爆発と原理は一緒かな?」

 

「そんなものね。崩壊した理を修復するために、さらに大きな自然の理が発動するの。その過程で爆発や消失に似た現象が起こって、巻き込まれて死んだ術士は大勢いるわね。大規模なものならば都市ごと吹っ飛ぶわ。物理面だけでも被害は酷いけど、他の側面にもダメージを与えるから損害は甚大よ」

 

「わかった。師に従うよ。うっかり事故が起きたら最悪だしね。もう一つは? ボディーガードの件?」

 

「意味合いは同じね。この都市の子がもし何か大きなことをしでかしても、見逃してあげてちょうだい」

 

「ん? どういうこと?」

 

「マフィア同士の抗争くらいならいいわ。あなたがマングラスと揉めてもかまわない。でも、都市そのものを破壊するようなことはやめてほしいの。それは私の身の安全にも関わることだし、遺跡の監視者として見過ごせないわ」

 

「それはそうだね。逆説的にいえば、壊れないように守れって意味?」

 

「そこまでは求めないわ。ただ、この都市の子たちは、私の子供のようなもの。せっかく発展してきたのだから人の手に任せておきたいのよ。仮に滅びるのならば、彼ら自身が愚かだっただけのこと。それもまた人の移ろいよ」

 

「まるでオレが人じゃないみたいな発言だけど…」

 

「今は半々かしら? それも今後のあなた次第ね」

 

「…わかったよ。マングラスの出方次第だけど、自分から積極的に破壊するようなことはしないさ。オレも自分の食い扶持を減らすような真似はしたくないしね。それを守れば、ちゃんとジュエルに術式を刻む方法とかも教えてくれるんだよね?」

 

「ええ、もちろんよ。『錬成』まで使えるようにしてみせるわ」

 

「それは楽しみだ。自分でいろいろ作れるようになったら便利だよね」

 

「では、契約成立ね。ちゃんと書類にサインしてもらうから。はい、ここに名前書いてね」

 

「この書類…絶対術式かかってるよね?」

 

「当然ね。最後にちゃんと血判も押すのよ。それで呪詛がかかるから」

 

「…不安しかない」

 

 

 大丈夫だとは思うが、怖いので書類内容に目を通す。

 

 そこには簡潔に「両名は師弟関係を結ぶ」とあった。

 

 

「あぶると文字が浮き出る仕掛けは?」

 

「そんなチャチなものは仕掛けないわ。書いてあることが事実よ」

 

「逆にシンプルすぎて怖いんだよな。弟子の権利とか人権とかも追加してよ」

 

「あってもなくても変わらないでしょ。そんなものは」

 

 

 すごい発言である。権利権利と騒ぎ立てる圧力団体の皆様方への説法をお願いしたいものだ。

 

 

「しょうがない。覚悟を決めるか。術を習うほうが優先だ」

 

 

 もし何かあれば、それを口実に借金を踏み倒せるので、お互いにリスクを受け入れることにする。

 

 

 それによって―――【契約】

 

 

 両者は術式の絆で結ばれることになった。

 

 

(せっかく金を手に入れて悠々自適と思っていたのに、いきなり負債を背負うなんて最悪だ。気が滅入るよ。だが、これだけの知識を持った人間とコネクションを築けたのは大きいな)

 

 

 ただの知識人ではない。世界の中枢の一部を知る本物の「支配者層」だ。

 

 情報を知る者こそ一番強い。彼女の存在は今後も役立ってくれるはずだ。

 

 

「そうだ。最後に一つ、気になっていたことがあるんだ」

 

「何?」

 

「グマシカが『災厄の魔人は一人しかいない』と言ってたけど、どういう意味? そもそも【災厄の魔人と魔人種の違い】は何なの?」

 

「定義でいえば、災厄の魔人は魔人種の最上位。その時代で魔人因子を一番覚醒させた者に付けられる異名ね。そして、その者だけに【災厄を起こす力】が与えられると聞くわ。今のところ、あなたの姉である可能性が極めて高いわね」

 

「じゃあ、どうしてグマシカたちは、オレを災厄の魔人だと誤認するの? あいつの言葉からは妙な確信を感じるんだよね。初対面なんだから、そう思うほうがおかしいはずなんだけど…もしかして情報とか見られてるのかな?」

 

「あなたの情報もプロテクトされているから、一定のレベル以上でないと見抜けないと思うわ。私は『ダイブ』して直接情報を参照したからわかるけど、魔人種であることはわかっても災厄の魔人であるかを見抜くのは難しいわね」

 

「うーん、そっか。やっぱりあいつの勘違いかな。まぁ、オレにはどうでもいいことだけどね。好き勝手暮らせれば、それでいいし」

 

「………」

 

 

(災厄の魔人は、姉のパミエルキという人物。記憶を覗いた限りではそう。でも、本当に記憶がすべて正しいとは限らない。【記憶を操作する術式】だってあるわ。あの子たちがそう思うのならば、それなりの確信と根拠があるはずよ)

 

 

 大災厄は、今までと規模が違った。

 

 この緑溢れる広大な大地が、七日間でほぼ壊滅したのだ。火怨山の魔獣でさえ巣穴に引きこもって動かなかったほどだ。

 

 唯一覚えているのは、【天竜】が見回りに来ていたこと。

 

 ゼブラエスでさえ倒せないどころか、満足に傷を与えられない『天災級』と呼ばれる規格外の生物が【三体】も出現したのだ。

 

 それだけでメラキたちは、事の重大さを知るものである。

 

 

(天竜は『世界の監視者』。『魔人』や『蛇』と同じく、世界の理と深い関わりを持つ存在。…妙な胸騒ぎがする。次の災厄は、もっと酷いことになりそうな予感がするわ。そのためにも彼から目を離すわけにはいかない)

 

 

 アンシュラオンは、それ自体が宝石。

 

 輝く光に導かれ集う者。

 

 移ろう輝きに危うさを感じて、見守る者、監視する者。

 

 幸か不幸か、さまざまな者たちが自然と集まっていくのであった。

 

 

 

 

 エメラーダと別れて、今日は終わった。

 

 

 

 

 戻ってからはサナたちとの交流もそこそこに、借りた術式の書籍を夜通し読み耽る。

 

 術式の書籍は、それ自体が術式で出来ているから面白かった。

 

 単に文字で書かれているわけではなく、一見すれば白紙のページが並ぶ謎の本なのだが、術士の因子が覚醒していると理解できるようになるのだ。

 

 アンシュラオンは契約の際、読解のための文字コードをエメラーダから移植されていたため、それを参照して少しずつ読んでいく。

 

 これがなければ、どんなに素養があっても解読できない二重のロック付きである。

 

 さらにコードにも制限がかけられているため、いきなり後半から読んだり、読み飛ばしたりすることはできなくなっていた。

 

 一つ一つの公式を理解して、それから応用問題に挑むように、一歩ずつ進んでいくように作られているのだ。

 

 術式も武術も同じ。

 

 エメラーダが語った言葉は真実だ。

 

 自分がサナたちに対して、無理をさせずに少しずつ教え込んでいくように、まずは基礎。ひたすら基礎を身に付けることが肝要なのである。

 

 

 

 ただし、一つだけ他者と異なることがあった。

 

 

 

 変化が起きたのは翌朝。

 

 気分転換に屋上に出て、空を見上げた時だ。

 

 

「あれ…? 目がおかしくなったのかな?」

 

 

 思わず目をこすってみるが、開いた目は同じ光景を何度も映し出す。

 

 

 世界が―――輝いている

 

 

 画像編集ソフトで彩度を一気に上げた時のように、世界の色合いが変化した。

 

 まず見えたのが、空に広がる緑色の膜のようなもの。これは城壁に張られた防護結界であり、今までも多少ながら視認できたものだ。

 

 それが細部まではっきりと見えているだけにとどまらず、なにやら【数式】のようなものまで見える。

 

 言葉で表現するのが難しいが、パズルのような数式がしっかりと見えるのだ。さらに目を凝らすと、内部でも違う複雑な方程式が見て取れた。

 

 すでに科学が証明していることであるが、人間の身体一つ、そこらにある物質一つにしても、構成している元素が存在し、原子、分子、中性子、陽子、電子と、挙げればきりがないほど細かい要素で成り立っている。

 

 人間には物質が固く感じられるが、実際はスカスカなのである。その中には、目に見えない『本質』が躍動しているが、肉眼で見ることは不可能だ。

 

 

 そして、これらの事象すべてが【自然法則】によって管理され、維持されている。

 

 

 人間が奇跡や神秘と呼んでいる現象すら、自然法則の範囲の中で起こっているものだ。

 

 ただ単に人間の知識不足によって、それが奇跡的に見えるだけにすぎない。

 

 術士とは、そうした『自然の理(ことわり)』を実際に目で見て感じ取り、干渉することで任意の事象を引き起こす存在を指す。

 

 それもまた干渉するための法則が存在するので、この世界あるいは宇宙は、幾多の無限ともいえる法則が絡み合い、維持されているといえるだろう。

 

 今度は空だけではなく、周囲の物体を見てみるが、やはり同様の現象が起こる。

 

 その結果―――

 

 

「目がチカチカして気持ち悪い…頭が痛くなる」

 

 

 見るものすべてが数式に変化するのだ。これは生物を見ても同じなので、たまったものではない。

 

 仕舞いには、周囲にさまざまな色合いの粒子がまとわり付いてくる始末。視界が制限されて何も手が付かない。

 

 

 すぐにエメラーダのところに赴き、相談すると―――

 

 

「才能がありすぎるのも困るわね」

 

 

 と、笑われた。

 

 この現象は術士には稀に起きるもので、サナが引き起こしたグランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉に近いものらしい。

 

 一気に術士因子が覚醒したので、感覚が敏感になりすぎたようだ。それもまた才覚がなければできないことである。

 

 また、周囲にまとわり付く粒子は、原始精霊の一種とのこと。

 

 覚えているだろうか。プライリーラと戦った時、彼女とギロードの周囲に風の原始精霊が集まっていたが、それと同じことが自分に起きているのだ。

 

 当然ながら集まった精霊は『水色』が多い。

 

 プライリーラが風に愛されたように、アンシュラオンは水に愛されていた。

 

 だが、大地が死んで乾燥したグラス・ギースでは非常に珍しいことといえる。

 

 

「水の原始精霊がいるのなら、ちょうどいいわ。水玉を作ってごらんなさい」

 

「水玉…水の術式の基礎術だよね。んと…こうかな」

 

 

 アンシュラオンが手の平の上で術式を書き込む。

 

 いくつかの数字によって構成された方式が完成し、ソフトボール程度の水の塊が生まれた。

 

 空気中の水分を吸い出して具現化する基礎術で、術士が最初に練習する課題の一つだ。

 

 水気と違って自らの生体磁気で生み出しているわけではないため、集中力以外の要素は必要ない。(BPは使う)

 

 がしかし、アンシュラオンの顔に余裕はなかった。

 

 

「発動に手間取っているようね」

 

「数字は苦手なんだ。細かい話になると面倒くさくなる」

 

「理屈が好きだからといって数式が好きとは限らないものね。では、そうね…ちょっと待ってて」

 

 

 エメラーダがアンシュラオンと回線を接続。

 

 師匠と弟子になった今、専用の回線を開くことができるようになったのだ。あの契約書には、そうした効果があるらしい。

 

 

 数秒後―――世界が【花開く】

 

 

 至る所に花びらが舞い、豊かな色彩の輝きに満ち溢れた。

 

 見るものすべてが芸術。生命の光がはっきりと見え、エメラーダが輝いて見える。

 

 彼女の色合いは緑。

 

 同じ緑の中でも濃いものや淡いものが絡み合い、独特な風味を表現していた。

 

 

「これは…色?」

 

「数式を色彩に変化させたのよ」

 

「そんなことしていいの? 術式は壊れない?」

 

「所詮は認識過程の問題だもの。各人の好きなようにしていいのよ。結果が同じなら何でもいいわ。もう一度やってみて」

 

「えーと、どうやるのかな?」

 

「イメージでいいのよ。あなたがそうしたいと思ったことを『表現』してみて」

 

「アーティストじゃないんだ。そんなに簡単に―――」

 

 

 アンシュラオンが、何気なく水玉のイメージを練り上げる。

 

 それは「ねぇねぇ、水の玉描いて」「こんな感じ?」と子供にせがまれて、適当に紙の上に書き殴るようなもの。

 

 

 そんなものでさえ―――具現化

 

 

 手の平の上で、先ほどよりも大きく瑞々しく、光輝く水玉が出現する。

 

 

「え? こんな簡単でいいの?」

 

「そのまま維持しながら動かしてごらんなさい」

 

「動かす? それもイメージ? こう…か?」

 

 

 動かすイメージを浮かべると色彩も変化し、水玉の形も変わっていく。

 

 しばらく続けると自在に動かせるようになった。

 

 

「乾かない絵の具みたいだ。これは面白い!!」

 

「…ふぅ、呆れるほどの処理能力ね。初めてやるにもかかわらず、ほとんど遅延がないわ」

 

「これって、内部では数式が形成されているんだよね?」

 

「そうよ。意識すれば見えるわ。自分の意思で見え方は調整できるはずよ」

 

 

 言われた通りに視覚にイメージを送ると、色彩からパズルのような数式に変化した。

 

 単純に色で表現されていても、内部では周囲の法則に手を加えている様子が見て取れる。

 

 プログラムでいえば、自然法則という基礎エンジンがあり、そこにスクリプトを追加する様子を思い浮かべるとわかりやすい。

 

 基礎がしっかり出来上がっているから、その数式を利用して別ファイルで任意の現象を上書きしていくのだ。

 

 エメラーダが言った術式崩壊とは、追加した数式が乱雑もしくは間違っており、負荷が強まることで自然の基礎エンジンが「エラー」を吐き出す事象に似ている。

 

 

「なるほどね。やり方はわかったよ。でも、色のほうが綺麗でいいから戻そう。こっちのほうが簡単そうだ」

 

「それができるのも、あなたの才能があるからよ。それだけ演算処理能力が高いの。おそらく因子管理専用に造られた私と同等か、それ以上ね。現段階でそれだもの。さすがとしか言いようがないわ」

 

 

 パソコンや携帯端末で見るデジタルデータも、人間が親しんでいる十進数とは異なり、「0」と「1」の二進数で表現されている。

 

 このほうが原理が簡単で、電磁機械にとっては処理しやすいのだ。

 

 ただし、これを可能にするためには膨大な演算速度が求められる。人間の頭脳でちんたら計算していれば、一行の文章を表現するだけでも数分はかかるだろう。

 

 一般的な術士も自分なりにさまざまに改良するものの、術の発動速度はお世辞にも速いとはいえない。演算処理に時間がかかるからだ。

 

 だから術士が戦場に出ることは少ない。それならば術符を使えばよい、と考えるのが効率的だ。

 

 そうやって術士は次第に廃れていったのである。

 

 だがしかし、高速の演算処理ができればどうだろう?

 

 それがあればアンシュラオンが今やっているように、数式を感性で、色彩で表現することも可能となる。

 

 この過程で膨大な処理が行われているが、それを行うだけの回路が存在するのだ。

 

 

「そのスキルは、あまりに強力ね。噂には聞いたことがあったけれど…怖ろしいわ」

 

 

 この世界で姉と弟の二人だけが持っているスキル、『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』。

 

 戦士、剣士、術士の因子を最大限まで、一切のロスなく表現することができる【超越スキル】。

 

 その力が三つすべて輝いた時、人は【神】になる。

 

 人類の最終目標とは、【人のまま神になる】ことなのだ。

 

 

「白賢人でさえ、『現人神(あらひとがみ)』を生み出すことはできなかった。求めても求めても、けっして届かない人類の最終到達地点。あなたの中には、その胚芽が眠っている。まさに人はミニチュアの神ね。だからこそ白賢人の仕業ではないと確信できるの」

 

「オレのスキルは、人工的には造れないってこと?」

 

「今のところはね。自然発生でしか確認されていないから、女神様ならご存知かもしれないけれど…」

 

「神の領域に手を出すものじゃない。それはオレが学んだ一つの結論さ。人はそれぞれの身の丈に合った生き方でいいんだよ」

 

「あなたが言うと、なんだか複雑ね。でも、それが真理なのでしょうね」

 

 

 こうしてアンシュラオンは、エメラーダの指導の下で急速に術士としての力を覚醒させていった。

 

 

 

 それから、たった三日。

 

 

 

 男子、三日会わざれば刮目して見よ、とは言うが、まさにその通り。

 

 すでに一通りの術式をマスターし、『錬成』にまで挑戦を始めたのである。

 

 そして、その最初の実験台として選んだものに誰もが驚いた。

 

 

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