【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「アンシュラオン様、この下の部分はどうなっているのでしょう?」
「気になるよね。では、少し中を見てみようか」
トイレ自体は上部にあり、下およそ三メートルは土台であるが、それにしても大きすぎる。
ガコンと板を外すと、中には複数のタンクや配管が見えた。
「まずは水だが、吸水玉と水のジュエルの両方を使っている。吸水玉は三つ、ジュエルのほうは五つ常備してあるから、水を多く使っても最低五十回は使用できる計算だ。そして、用を足してからボタンを押すと勝手に流してくれる。ボタンを押さずとも、ブツを感知すれば一定時間後には流れる仕組みだ」
「自動で流れるのはすごいですね」
「うっかり流さない人もけっこう多いから、その対策でもあるね。難しいのは感知するセンサー類だけで、やっていること自体は単純なんだよ。このあたりは遠隔操作が得意なオレだからこそ、術の制御も得意なのかもしれないけどね」
要するに「スイッチ」と同じだ。
いくつかの条件を定めて、それらが合致する際に自動的に開放するように設定すればよいだけだ。
が、これもやはり一般の術者には難しいことである。
単純に排便すれば起動する、ということならば可能かもしれないが、出し終わりまで待つ条件まで設定するのは高等技術だ。
便座自体がセンサーの役割も果たしており、座った人間の体温や動きも察知して、最適な時間をその場で計算するのだから相当なものといえる。
ただそれ以前に、トイレに対してそこまでやろうと思えることが偉大であることを忘れてはならない。
百円ショップに並ぶアイデア商品も、機構自体はたいしたことなくても、それを思いつくことがすごいのだ。
「面白いのはここからだよ。流れた汚水は下のタンクに溜められて、そこで『浄化処理』を行う。本来は微生物を使うが、さすがに今は特定できなかったから『命気水』で代用することにした」
タンクは合計四つあり、一つ一つの槽で浄化処理を行う段階式になっている。
そこで最初に活躍するのが、命気水。
命気は浄化の力が極めて強く、汚物を入れれば一瞬で分解除去してしまうレベルにあり、悪臭も完全に防ぐことができる優れものだ。
この命気を使うところがミソで、他人には簡単に真似できないブラックボックスにもなる。
「ただし、オレの手を離れた命気水は完全なる性能を発揮しないから、これだけでは全部を取り除けないんだ。ただの汚れた水ならともかく、やはり排泄物だからね。紙もリレア商会から仕入れた婦人用の最高級品を使っているが、そこまで水に溶けやすいわけではない。そのため途中で複数の浄水路を設けて順次濾過しつつ、最終的には電気分解で浄水処理を行って、出てきた『スカム』を取り出す仕組みとなっている」
「スカムとは何でしょうか?」
「ああ、なんというか…不純物を集めたもの、かな。濾過すると水以外のものが排出されて『スポンジ』みたいに固まるんだ。これで水と要らないものに分けられるのさ。それはここに溜まる」
箱の一番下にある引き出しを開くと、そこに白い塊のようなものが溜まっていた。
たしかにスポンジのようなもので、小さな穴が無数にあいたチーズにも似ている。
「これがみんなのブツの成れの果てだ。セノアのものもここにあるぞ」
「―――っ!?」
「冗談だよ。君のはまだ分解している途中だろうし、これは実験でやったときのものだ。ああ、オレのじゃないぞ。家畜用の糞を実験用にもらってきたんだ」
「ううう…」
「ごめんごめん、からかうつもりはなかったんだ。でも、ここまで浄化除去されれば人体に有害ではないし、みんなには汚いっていう概念を捨ててほしいんだ。オレの国では糞尿を畑の肥やしにも使っていたくらいだから、すべてのものは自然の中で循環しているのさ。これも何かと混ぜれば肥料もしくは飼料になるかもしれないよ」
このスカムも、もともとは食材の一部だったものだ。
栄養素は人体に吸収されてほぼないが、何重にも洗浄されているので汚くはない。
もし今後家畜を養うことがあれば、飼料のかさ増しに使えるかもしれないのだ。
すべてを無駄にしない。これも日本人が大切にしてきた美徳である。
「水がなくなった場合はどうなるのでしょう。その間は使用禁止になってしまうのですか?」
「いい質問だね。浄化された水は専用の吸水玉によって吸収され、予備の流水としても使えるんだ。飲むには適さないけど、グラス・ギースで売っている水と大差ないレベルにまでなっているはずだよ」
「では、半永久的に使えるというわけですか?」
「それが理想だけど、残念ながら何事にも耐久値があってね。水の放出、濾過、放電等々、合計で十個近いジュエルを使っている。命気水の浄化力も使うたびに弱まってくるから、それらの定期的な交換が必要だし、便器も自動洗浄機能が付いているけど衛生面を考えれば、やはり人の手による掃除は不可欠だ。配管も石を強引に加工したもので、術式で補強はしたが水への耐久度が心配だ。一万回くらいで交換が必要になると試算しているかな」
仮に白樹の館にいる七人が一日八回前後行くとして、約六十回とする。
その場合、百六十日前後で消耗品の交換が必要となり、衛生環境を保つには『年間二回の交換が必要』だ。
消耗品に限らず、他の部品の耐久年度も未知数である。いつどんなふうに壊れるのか今のところは想像がつかない。
「本当に普及させるとしたら数十年単位の実験データが必要かな。壊れることを前提にして使うのならいいんだろうけどね」
「たとえそうでも、これは画期的な発明だと思われます。年二回の交換で済むのならば十分経済的です。このようなものは世界中を見回しても存在していないのではないでしょうか」
「うーん、どうだろうね。西側の文明レベルがわからないから、あまりおおっぴらには自慢できないかな。この知識もオレが独自で考えたわけじゃないし、誰かが先にやっていてもおかしくないよ」
「お世辞ではなく、本当にすごいとは思うのですが…」
「そう言ってもらえるだけ嬉しいよ。ありがとう、ホロロさん」
(完全にT○T○のパクリだからね。今まで転生した日本人が作っている可能性もあるよね。とはいえ、ひとまず実験は成功かな。あとはコストの問題があるけど、自前でジュエルが用意できるのは強みだ。岩だって自分で拾って加工するんだから、時間さえあればいくらでも生産できるぞ)
アンシュラオンは地球の技術を知っているので、自分がたいしたことをしたとは思っていない。
されど、実はここに大革命が起きていた。
今ここに【東大陸初の水洗トイレ】が誕生したのである。
地下遺跡の中には失われた文明のトイレもあるにはあるが、すでに『リセット』されているので、もはや残骸でしかない。
やはりこの瞬間こそが、荒野となった東大陸で初のトイレ誕生と考えるべきだろう。
しかも西側ですら満足に実現していない汚水浄化処理システムを、単独で搭載している超技術の塊が彗星の如く出現してしまったわけだ。
もっとも優れている点は、一般の人間にもメンテナンスが可能なことだ。
術式が発達した世界なので、たいていのことは術でなんとかなるのだが、逆にいえば術の専門職でなければ物事に対応できないことも意味する。
それがジュエルの交換、専用の命気水の補充だけで済むのならば、雇われた人間でも簡単に作業が行えるのだ。これこそ普及にもっとも大切な要素といえる。
たしかに地球から多くの技術がこの世界に持ち込まれているものの、その多くは銃や戦艦等の『闘争』に向けられている。
闘うことに特化した反面、それ以外の生活レベルの進化が遅れているのが現状なのだ。
トイレならば、なおさらのこと。
この分野に地球技術を使おうとした異邦人は、ほぼいなかったのであった。(生存競争に必死で、その余裕がなかった)
のちに東大陸に生まれる大国シェイク・エターナルが超国家になりえたのも、彼が遺した数多くの技術があってこそだということを、後世の歴史家たちは思い知るはずだ。
そして、そのきっかけは北部の寂れた都市から始まるのである。
一度作ってしまえば、二回目は簡単なものだ。
予備の部品を組み立てて、瞬く間に新たに四台ものトイレ箱を作ってしまう。
最初に作ったものは引き続き白樹の館で使い、もう一つは城壁内の事務所に置く。
では、残り三つはどうするのかといえば―――
「それじゃ、さっそく置いてくるかな」
「なぁ、本当にいいのか?」
実験の翌日、トイレを載せた荷車(大きな石の板)を引くアンシュラオンに、トットが話しかける。
「まだ言っているのか。しつこいやつだな」
「だって、こんなにすごいトイレなんだ。上級街の人たちに売れば大儲けできるって」
「浅ましいやつめ。ウォシュレットであえいでいたくせに」
「あ、あれは…いきなりで驚いただけだ! けっして気持ちよかったわけじゃないからな!!」
と、当人は言っているが怪しいものである。
もっと詳細なデータが欲しいという理由で、新しく組み立てた試作トイレをルセーナ牧場でも使ってもらったのだ。
評価は上々。階段にさえ気をつければ、子供でも安全に扱えるとわかったことは大きい。
本当は男に試させるのは嫌だったものの、すごい視線を感じたので仕方なくトットにも使わせた結果、こいつは【一時間も出てこなかった】のである。
大切な水を何に使っていたのか問い詰めたいが、気持ち悪いのでやめておいたほどだ。
こんなことになった以上、トイレをここに置いておくわけにはいかない。即座にボッシュートである。
それを恨みがましく付きまとい、こうして邪魔しようとしているわけである。
「お前の汚らしい欲望のために作ったわけじゃないぞ。ちゃんとみんなに使ってもらうために作ったんだ。これはもう汚れてしまったから『一般公開』に回す」
「汚いとか言うなよおおお! だったらハングラスに売り込めばいいじゃないか!」
「こういうときだけ頭が回るやつだな。いずれはそうする。だが、現状で売り込んだところで交渉は上手くいかないだろう」
「なんでだ? 出来たばかりの商会だからか?」
「それもある。大企業が、金のない研究者や一般人からアイデアを安く買い叩くのは、非常によくあることだ。何の実績もないアーパム商会が行っても同じ結果になるだけだ。せっかくの技術だから安く売るわけにはいかない」
「でもさ、結局は同じなんじゃないのか? おいらはそんなにこの都市のことは詳しくないけど、地下にいたときから『馴れ合い』っぽいのは感じてたぞ。結果を出しても都市内部で売るのなら、どうせ口裏を合わされちまうよ」
「ほぉ、意外と周りを見ているな」
「実際に体験しているからね」
「お前の言うことも理解している。この都市内部の談合の習慣は簡単には直らないし、崩すこともできないだろう。力づくなら可能性もあるが、オレはもうホワイトじゃないから、そこまでやるつもりはない。ならば、もっと単純な手を使うだけだ。これはそのための布石でもあるんだ」
「よくわからないけど……余ったらここにも置いてくれよ」
「それが本音だな。ルセーナさんにはお世話になったから、そのうち作って持ってくる予定ではあるが、お前が使ったらまた汚れるだろうが」
「ちゃんと綺麗にするから!! なっ!? いいだろう!? お願いだよぉおおおお!」
「わかった、わかった。だからあまり近づくな!」
「ほんとだな!? 約束だぞ!!!」
「必死すぎて気持ち悪い! わかったから離れろ!」
怖ろしい執念である。
関わりたくないので、いつかトット専用のトイレを作ってやったほうが身の安全につながるのかもしれない。
トイレの話に戻るが、この三台は『無料で一般公開』する予定である。
アーパム商会の名前は入っているが、売り物ではない。
まずは無料で一般人に使ってもらい、その評判を広めようとしているわけだ。
もちろん慈善事業ではないので『目的』がある。
では、さっそくトイレを置きに行こう!!
「まずはあそこに置こう」
最初にアンシュラオンがやってきたのは、南門。
外からやってくる人々が最初に訪れる場所であり、必ず人目に止まるところといえば、やはりここしかない。
おもむろにトイレを持ち上げ、門の内側にある兵士詰め所の隣に置く。
「え? 何してんの? 何それ?」
すると人々を誘導していた若い衛士が気付き、おもむろにやってきた。
いきなりこんなものを置かれたら驚くに決まっている。
「ああ、これ? トイレなんだ」
「トイレ? こんなにでかいのに?」
「高性能トイレだからね。誰でも無料で使っていいから、ここに置いてもいいかな? できれば数週間は置いておきたいんだけど」
「あとで回収に来るのか?」
「うん、部品の消耗具合も見たいしね。大丈夫かな?」
「それならまあ、いいんじゃないか。トイレなんだろう? あって困るものじゃないしな」
「許可とかいらない?」
「どうせ何もない場所だし、文句も言われないだろう。気にするなって」
「じゃあ、置いておくね。よかったらお兄さんも使ってよ。でも、入ってくる一般人が優先ね。それから女性が最優先。これは譲れないよ」
「男は駄目なのか?」
「駄目じゃないけど、男は専用のを作る予定だからね。これはあくまで女性のことを考えて作ってある特別性さ」
「へー、珍しいな」
「だから変なやつがイタズラしないように、たまに気を遣ってくれないかな。依頼料は、これで足りる?」
アンシュラオンが、そっと札束を握らせる。
「おお、こんなに悪いな。だが、仕事もあるから、ずっと見張ってはいられないぞ」
「それで十分だよ。それじゃ、よろしくね」
「おう、気をつけてな」
そう言うとアンシュラオンは、トイレを引きずってまた行ってしまった。
その様子を見て、もう一人の衛士がやってくる。
「おい、今のは何だ?」
「さあ? トイレ屋じゃないのか? これ、トイレだってよ」
「トイレ? こんなに大きいのが?」
「そうらしいな。無料だから使ってもいいってさ」
「はー、奇妙なことをするやつもいるもんだね。どれ、ちょっと入ってみるか」
「女性が優先とか言っていたぞ」
「あくまで優先だろう? 今は誰も使っていないんだ。男でもいいだろう」
「それもそうだが…」
「よし、入るか」
トントントン ガコン
男の衛士が階段を途中まで上ったとき―――突如、真っ平ら
階段すべてが斜めに折りたたまれ、滑り台と化す。
「どわわわわ!!」
ズサーーーーーッ ごろんっ
そのまま見事に地面に転がる。まさにドリフのワンシーンを見ているようだ。
「な、なんだぁ?」
「はははははは!! 何やってんだよ」
「わ、笑うなよ! …しかし、本当にトイレか!? 新手のドッキリじゃないのか?」
「かもしれないが、面白いから置いておこうぜ。誰か引っかかるかもしれないしな」
「そりゃいい。入ってくる連中に使わせてみよう。俺だけ滑ったのは納得がいかないしな」
それから衛士たちは、城壁内部に入ってくる者たちに次々とトイレを宣伝していった。
「これは良いトイレだ。ぜひ使ってくれ」と。
害意があるわけではなく単純にドッキリくらいのノリだ。暇な衛士たちの中では、これくらいのことはよくあることだろう。
そして、話を聞いた一人の中年女性がトイレに向かう。
その様子をじっと見守る衛士二人。
「なぁ、落ちるかな?」
「女性はちょっとかわいそうだな。俺のかあちゃんくらいの年齢だし…怪我をしないように滑ったら止めてあげようぜ」
「でもよ、あれってトイレなんだろう?」
「そう聞いているな。金ももらったし、嘘じゃないと思いたいが…」
トントントンッ ガチャ
二人がそう話している間に、女性はすたすた歩いて上り、普通にドアを開けて入っていってしまった。
さすが中年女性ともなると肝が据わっているようだ。
初めて見たものに何の躊躇もなく入るのは、ある意味ですごい。
だが、普通に入ったこと自体に驚愕の二人。
「あれ!? 落ちなかったぞ? どうなってんだ?」
「え? なんでだ?」
そうこうして疑問を抱きながら見守ること二十分。
ようやく女性が出てきた。
そして、一言。
「あんなの…何十年ぶりかねぇ」
恍惚とした表情を浮かべて、何事もなく歩いていってしまう。
「どういうこと?」
「何があったんだ?」
「き、気になる…! ちょっくら、もう一度行ってみる!」
「お、俺にも見せろよ!」
ドンドンドン
がこっ、ズサーーー
「なんでだーーーーー!!!?」
ちなみに一般公開用のトイレの階段には『重量制限』が設けられていた。
一定以上の負荷がかかると階段が沈んで、こうやってずり落ちる仕組みである。
衛士は革鎧等の装備を付けているので、重量的にはややオーバーだろうか。
制限を設けると男性並みに体重がある女性も使えないが、まだ試作品であり、便座へのダメージを減らすための措置でもあるので諦めてもらうしかない。
「おい、面白そうなことをやってるぞ」
「なんだなんだ? トイレだって?」
「女性優先って書いてあるじゃない。そんなものがあるのね」
そして、こうして衛士が身体を張って盛り上げたためか、もしくは恍惚とした様子が女性たちの興味をそそったのか、利用者は日に日に増えていったという。
続いてアンシュラオンは、二つ目のトイレを東門に設置。
ここはマキが見張ってくれるというので好意に甘えることにする。
最後の三つ目は、ハローワークの裏手にある駐車場に設置。
まだ準備が整っていないので都市内部には置きたくなかったが、「みなさんだけ毎日いつでも使えてずるい!」と、小百合からの猛烈な抗議と要望があったためだ。
ハローワークは独立した組織なので、このあたりはまだギリギリセーフだろう。
こちらも小百合が上司に強烈な威圧を浴びせたため、特に何も言われることはなかった。
この二つのトイレに関しても日々利用者が増え続け、評判が上がっていく。
ハローワークにはいつも以上の人がやってきて繁盛し、東門もわざわざ街から外に出てトイレに行く人が増え、青劉隊が迷惑そうな顔をしていたという。
「よし、これでいい。あとは待つだけだな」
しばらくトイレは放置だ。
そのうち成果が向こうからやってくるだろう。
白樹の館に引っ越してから、なにもトイレの開発ばかりしていたわけではない。
その合間にも鍛錬はしっかりと行っている。
グラス・ギースから東に二百キロ移動した荒野に、アンシュラオンがいた。
以前ヤドイガニと遭遇した場所から、さらに進んだ先にある岩山である。
ここならば人が滅多にやってくることもなく修練に専念できる。
そのアンシュラオンの目の前には、レイオン。
「ぬんっ!!」
レイオンが拳を振るう。
相変わらずの大きな体躯から放たれる強烈な一撃だ。
だが、アンシュラオンは平然と前に出ると、最小限の動きでかわして懐に入る。
そこに掌底。
静かに放たれた掌が腹に押し当てられた瞬間―――激震
落雷に打たれたかのように、レイオンが吐血しながら崩れ落ちる。
だが、それで攻撃はやまない。ぐらついて下りてきた顔面を蹴り上げる。
躊躇なく振り抜かれた蹴りが鼻を潰し、頭蓋を砕き、脳にまでダメージを与える。
「ごぼっ…」
ドスンッ
巨体が倒れ、びくびくと痙攣。
どう見ても致命傷である。即刻ドクターストップだ。
と誰もが思うが、アンシュラオンは攻撃を続行。
倒れたレイオンを蹴り飛ばし、岩に叩きつける。
今度は新しく覚えた水連球を展開。
ただしその数は、膨大。
二つ、四つ、八つと水が分かれてどんどん増えていき、最後は十六個にまで増えた。
それらが次々とレイオンに向かっていき、直撃。
たかが水と侮ることなかれ。水玉一発一発が大きく弾けるため、衝撃は相当なものだ。その証拠に背後の岩が粉々に吹き飛んでいる。
これによってレイオンの肉体に深刻なダメージが蓄積される。
だが、死なない。
「―――フゥウウ、フゥウウウウウウッ!!」
まさに死の淵まで追い詰められた獣が目を覚ますごとく、彼の体内から溢れんばかりの敵意が満ちていく。
感じるものは、殺意。
ただただ生きるものへの憎しみが満ちていき、肉体が内側から弾ける。
バリバリバリッ モリモリモリッ
『血』が瞬時に新しい肉体を生み出し、身体そのものを変質させていく。
出来上がったのは、明らかに人間のものとは異なる肉体。
筋肉の付き方も違うし、何よりも体表にはいくつかの『赤い鱗』が生まれていた。
「ウウウウッ!! ウオオオオオオッ!」
目の瞳孔が蛇のように縦長に変化したレイオンが、再びアンシュラオンに挑む。
スピードもパワーも先ほどとは段違い。真っ直ぐ迫っていく。
アンシュラオンは、因子レベル2で使える火の術式『熱爆球』で対応。
同じ因子レベル2で扱える火鞭膨が広域を焼き払うのに対し、こちらは単体向けの術式で、ファンタジーでいうところのファイアボールに近い術だ。
こちらもアンシュラオンが使うと威力はかなり高くなり、水連球と同じく数も膨大となる。
いくつもの熱爆球が次々とレイオンに直撃し、爆発。身体を激しく焼いていく。
が、レイオンも今までとは違う。肉体の強度で耐えながら強引に突っ込んでいく。
そして今度は大きな手を使って、アンシュラオンに掴みかかる。
もともとこの男は掴み技も多様するスタイルなので、強化された肉体ならば脅威はさらに増すのだろう。
しかしながら、当たらなければどうということはない。
たやすく見切られてかわされると、逆に手首を掴まれ固定され、右肘に強烈な膝蹴りを入れられる。
ミシィイイイッ
いつもならば折れていたのだろうが、頑強な肉体はそれに耐えきった。
「ウオオオオッ!」
レイオンは腕を捨てて、そのまま覆いかぶさろうとする。
体格で圧倒しているからこその戦術だ。
が、これはアンシュラオンの想定内。
流れる動きですっと体勢を入れ替えられると、無防備な膝関節に強烈な一撃を加えられる。
それでバランスが崩れたところを―――滅多打ち
殴られ、極められ、砕かれ、貫かれ、叩き潰される。
鱗も破壊され、身体がボロボロになり、無残な姿を晒していく。
およそ二十分の間、それが続けられ、ついにストップ。
「ここまでだ。これ以上やっても意味がない」
「ま、まだまだ…」
「意味がないと言っただろう。先日対戦したときから何も変わっていないからな。はっきり言うぞ。今のままなら『龍化』しないほうが、まだましだ。肉体能力に頼る戦い方だけならまだしも、お前は感情に囚われすぎている。攻撃が単調になって怖さがまったくない。せっかくの身体能力が台無しだ」
「自分ではどうにもできない…。殺意が溢れ出て…自我が保てなくなる」
「オレもお前に説教できる立場じゃないが、それをどうにかしないとまともに戦えないぞ。まずは肉体を自由に扱えないと始まらないからな」
「だが、セイリュウたちは自我を失わないのだろう?」
「そのようだな。おそらく最初から因子を受け入れるために改造されているか、そういった資質があるから媒体に選ばれたのだろう。あっちも紛い物だが、お前よりは『上質な紛い物』だということだ」
こうして定期的に時間を見て、約束通りレイオンを鍛えていた。
彼はコウリュウから『龍の血』を受けたことで、ピンチに陥ると『半人半龍』へと変質する強力な能力を得たが、いまだに龍の因子の影響が強くて苦労している。
もともと【災厄魔獣】であった『皇龍』は、人間への強い敵意を植え付けられているため、龍化してしまうと精神が憎しみに乗っ取られてしまい、身体の制御が上手くいかなくなるのだ。
単純に強化されるため、それだけで倒せる相手ならばよいが、アンシュラオンのように優れた武人には隙だらけに映り、自慢のパワーもまったく怖くない。
サナとセクトアンク戦でも如実に示されたが、人間の長所はその『知性』にある。
知性を失った獣は、案外対処しやすいのだ。
「くっ…! ただでさえ敵の力を借りねばならないのに…この体たらくか!!」
「それだけじゃないぞ。先日も言ったが、お前の戦い方は自己流すぎる。地下闘技場でプロレスに慣れてしまったこともあるが、そもそも戦いの基本ができていない。それがコウリュウとの最大の差だな」
「素の実力でも負けているということか?」
「ああ、実際に戦ったからわかるが、やつは優れた【武術】を身に付けている。いいか、武術というものは『弱者が強くなるための最良の手段』だ。その土台の上に魔獣の因子が加わるから強いんだ」
「たしかに…素の状態でも俺は負けている。やつはどこで武術を学んだんだ?」
「噂通り、最初は本当に大陸からやってきたのかもしれないな。アル先生もそうだったが、あそこはどうやら『拳法』が伝わっているようだから、なかなかに厄介だぞ。オレの国じゃ拳法は最強候補だったからな」
「では、俺もそれを学べば…」
「同じことをしても勝ち目などないぞ。やつが何百年も鍛錬しているとすれば、一朝一夕で差が埋まるわけがないだろうに。それこそ相手の猿真似。なさけない負け犬根性だと思わないのか?」
「っ!! だ、だったらどうすればいい!! どうすれば勝てる!!」
「レイオン、そろそろ勝つことは諦めろ」
「なっ!?」
「お前では勝てない。それは間違いない事実だ」
「ば、馬鹿なことを言うな!! これだけの屈辱を味わって諦めろというのか!!」
「少なくともお前が求めている戦い、一対一での勝負でセイリュウに勝てる可能性はゼロに等しい」
「ゼロでないのならば…」
「それこそ馬鹿を言うな。セロでないと挑んで本当に倒せた者が、いったいどれだけいる。もし勝てたのならば、事前の情報が間違っていただけにすぎない。だが、今回は違う。より確実性の高い情報に基づいて出した答えだ」
「…このまま黙っていろというのか」
「勘違いするな。戦うことを放棄しろとは言っていない。お前の『勝利の定義』を変えろと言っているんだ」
「どういう意味だ?」
「私怨を優先して独りで戦い続けるか、それとも『対マングラスチーム』で戦うか。それを決断する時期だってことだ」
「チームだと?」
「やつにとってお前は虫けらに等しい存在だ。一騎討ちを望んだとしても相手が受ける理由がない。その前に青劉隊の面子が立ち塞がるだろうさ。結局、一対多数の不利な戦いになるだけだ。青劉隊を甘く見るなよ。オレにとっては雑魚でも、お前からすれば強敵ぞろいだぞ。一応はオレが選んだ戦罪者たちと刺し違えるくらいの力は持っているからな。そして独りで戦うのならば、オレにもお前を助ける理由がなくなる」
「………」
「さあ、決断しろ。面倒くさいから、これが最初で最後だ。どちらを選んでも稽古はつけてやるから安心しろ。ただ、ちゃんとお前にとって『勝利とは何か』を考えてから決めるんだ」
「………」
レイオンは、しばらく考えていた。
自分とは何か、セイリュウとは何か、マングラスとは何か。
さまざまなものが頭に浮かび、苦悩しながら記憶と感情が交錯する。
「アンシュラオン、一つ訊きたい。お前にとって戦いとは何だ?」
「生きるための手段だ」
「迷いがないな…。武人としての誇りはないのか?」
「一回や二回の勝ち負けで何を騒ぐ。結果的に生き延びれば勝ちだ。姉ちゃんたちに何度も殺されそうになってるからな。そんなプライドはないね」
「お前のほうが、よほど負け犬根性じゃないか」
「価値観の相違だよ。戦いは楽しむが、死ぬために戦うわけじゃない。それに、オレには守らねばならないものが出来た。サナやホロロさんたちを守らねばならない。今のオレの夢は、サナたちを強くして安心して暮らせる場所を作ることだ」
「不思議な男だな。それだけの力がありながら、求めるものが見合っていない」
「大きなお世話だ。オレがどう生きるかは自分で決める」
「………」
レイオンはアンシュラオンの答えを聞いて、自分の中に狭量なプライドがあることに気付く。
小さな人間ほど、大きなプライドを持つものだ。
実力がないからこそ世を知らず、小さなことにいちいち反応して騒ぎ立てる。
強者が弱者を潰すことなど日常的なこと。セイリュウからすれば、自分などはその程度の存在なのだと。
「チームで戦った場合、セイリュウはどうする?」
「倒すことになるだろうが状況がわからない以上、編成はわからない。少なくともグマシカと傀儡士が最優先の標的となる」
「グマシカが狙われればセイリュウは守るだろう。…俺に露払いは務まるか?」
「それはお前次第だ。だが、見込みはある。敵の数も多いし、戦力はいくらでも必要だからな」
「…わかった。認める。俺は…あまりに弱い。お前の提案に乗る。だが、やつらを野放しにはしない。必ずケリはつける。どんな形であろうともな。そうでないと永遠に落ちついて眠れない」
「そうか。ならば、教えられることは全部教えてやる。オレの師匠もどうやら大陸出身らしいからな。源流は同じ拳法に行き着くはずだ。ただし、普通にやっても勝ち目はない。かなり荒っぽくやるから覚悟しろ」
「望むところだ」
アンシュラオンも今では自己流だが、基礎は陽禅公から叩き込まれている。
もちろん丁寧に型を教えることはしない。徹底的にボコることで、それを打開するにはどうするかを考えさせ、より効率的な動きを学ばせるのだ。
それが少しできるようになったら、魔獣の群れに放り投げる。
生き延びて戻ってきたら、またボコる。これの繰り返しだ。
レイオンも同じように(術の実験台にしつつ)ボコりながら、少しずつ基礎を学ばせていく。
ただ、これだけでは勝てないので、命気による治療と賦気による強化も行う。
まずは『龍化』を制御するために血の融合を促す必要があるからだ。これができないと話にならない。
この治療によって多少の症状の緩和は見て取れた。
だが、まだ足りない。融合を促す決定的な要素が足りない。
アンシュラオンの力だけでは、さすがに種の融合までは成し遂げることは至難であった。
(どうしても最後の一押しが足りないな。何か融合を促すものがあればいいが…これも魔石で代用できるのかな? だが、石自体がないしな…なかなか難しいね)
サナのように魔石が仲介すれば、魔獣の力を操ることも可能かもしれないが、すでに血が混ざったレイオンでは効果は未知数だ。
そもそも普通は龍の血を受ければ死んでしまう可能性が高い。こうして生き延びて半龍になれるだけでも特殊な事例だと思うべきだろう。
これ以上はどうしようもないため、ひとまずレイオンについては保留である。
その前にアンシュラオンには、頭を悩ませる問題がいくつもあった。
(やれやれ、荒野での移動は大変だな。分散しなければいけないのはつらい)
一番問題なのは、【移動】。
今回はレイオンとの修練なので特に気を配る必要はないが、その分だけ都市にいる面々の防備が薄くなる。
大所帯になってしまったので、修練のたびにホロロたち全員をいちいち荒野に連れ出すわけにもいかず、白樹の館で留守番させることになる。
こうなると、いざというときに戦える人材はサナだけだ。
術式を学んだことで最低限の結界と、護衛用のモグマウスを配備しているとはいえ、やはり彼女たちだけを残しておくのは心配だ。
(解決方法はいくつかある。まずは館の戦力強化だ。早めにマキさんを家に呼びたいよな。彼女がいれば多少は安心だ。あとは移動方法の改善かな。リリカナさんの馬車は都市内部専用にしたほうがいいから、荒野用の別の移動手段が欲しい。できればみんなで移動できる大きなものだ)
マキはそのうち呼び寄せるとして、移動手段が問題だ。
リリカナの馬車は荒野に出る仕様にはなっていない。あくまで都市内部の移動に適したものになっている。
そのため現在は、事務所から下級街および一般街への買い出しが主な利用手段となっていた。
(事務所側の安全も確保しないといけない。拠点が広がったのは良いことだが、それだけ手間が増えたことも意味する。さて、どうしたものかな…)
思案に暮れながら南門までやってくる。
トイレは相変わらず盛況なようで、物珍しさから多くの人が見学に来ていた。
そんな様子を眺めながら門の中に入ったときである。
ふと『真っ赤なクルマ』が目に入った。
馬車の中に一つだけクルマがあるのは、なかなか違和感があるせいだろうか。すぐに目に付いた。
そして、そこにいたのは―――
「あれ? ダビア?」
クルマから降りて小休止していたのは、ダビアだった。
たまに名前が出てくるが、忘れているかもしれないのでおさらいしておくと、初めてグラス・ギースに来る前に出会った輸送業者のおっさんだ。
不運にも戦艦に出会いクルマを破壊されたのだが、アンシュラオンがいたおかげで命拾いしたのである。
彼とはグラス・ギースに着いてすぐ別れたので、それ以来の再会だ。
「ん? おお、ボウズか!! 久しぶりだな!」
その視線に気付いたのか、ダビアも手を上げて応える。
「本当に久しぶりだね。元気だった?」
「おぅ、しぶといのが売りでな。ピンピンしてるさ」
「そのクルマ、ダビアの?」
「ああ、新しく買ったんだ! どうだ、いいだろう!」
「真っ赤なスポーツカーじゃん! カッコイイなー!」
「そうだろう、そうだろう。これを買うために、わざわざ南の入植地にまで行ってきたんだからな。いやー、大変だったぜ」
「やっぱりクルマって、このへんじゃ売ってないんだね」
「もともと西側のもんだからな。グレート・ガーデンからのルートが東にもあるようだが、大きな山脈を越えなければならないから面倒だ。それなら入植地のほうが楽だぜ。規制も緩いから横流しする連中もいるしな」
「それって密輸じゃない?」
「まだそういうルールがないんだ。罪自体が存在しないからセーフだ」
「相変わらずダビアのアウトローな感じが好きだよ。さすがは犯罪者」
「だから犯罪者じゃねえよ。せめて政治犯って言ってくれ!」
「ふーん、そっか。これ、ダビアのなんだね」
「ああ、特別に入ってきたのを優先で売ってもらったんだ。最新式みたいだな」
「そっか、そっか。良い物なんだね。じー」
アンシュラオンが真っ赤なクルマを凝視する。
その視線は、『獲物』を見つけた狩人のものであった。
「ねえ、これちょうだい」
「は?」
「このクルマ、ちょうだい」
「ははは、冗談だろう?」
「これ欲しいな」
「…本気で言ってる?」
「うん」
「いやいやいや!! まだ初乗りよ? これを買うのにどれだけ手間がかかったか!」
「輸送船なら違うのがあるじゃん。わざわざ目立つ色じゃなくていいでしょ」
「クルマは半分趣味なんだ。目立つほうがカッコイイだろう?」
「運送業でしょう? また狙われたらどうするの?」
「それはその…あれだ。今度は正規ルートを通れば少しは安全だ」
「それで採算が取れるの? 稼ぎが減ったら困るよね。オレは狙われても平気だけど、ダビアは嫌だよね。だからオレにちょうだい」
「ちょっと待てって! さすがにそれは……また入植地に潜り込むのも大変なんだぜ?」
「その旅費、オレが出したやつだよね?」
「うっ!!」
「べつにいいんだけどさ。恩を返してほしくてあげた金じゃないしね。でも、元手があったからダビアは仕事を再開できて、このクルマを買えたんだよね?」
「う、うむ……その節は世話になったな」
「オレがいなかったら命も失っていたよね?」
「まあ…そうだな」
「クルマ、欲しいなぁ」
これは冗談抜きで本気で狙っている。
冷静に考えれば戦艦に砲撃されたのは、アンシュラオンがうっかり相手の術式に干渉してしまったせいなのだが、そこはあえてスルーである。
とはいえ客観的に見ても、命を救ってもらったうえに路銀までもらったのだ。恩人といえなくもない。
じーっとサナのごとく見つめるものだから、ついにダビアも折れる。
「ったく、しょうがねえな。そんなに欲しいならやるよ」
「やったー! クルマ、ゲットだ!!」
「ボウズにはかなわねぇな。というか、スレイブはどうなったんだ? あれからどうなった?」
「ちゃんと手に入れたよ。現在進行形で増えてる最中。だから移動手段が欲しかったんだ」
「金に困っているのか?」
「困ってはいないよ。やばい人に借金で脅されてはいるけど、一応毎月の収入はあるからね。ついでに商会も作ったから商売も始めるつもりさ」
「それならクルマくらい自分で買えるだろう。商会ならローンでもいけるぞ」
「このクルマがいいんだよ。ダビアが使っているなら信頼できる」
「そう言われると、ますます断れないな。まあ、お前さんに礼を言いたくてやってきた面もあるからな。元気でやっているなら何よりだ」
「ちゃんとお金は払うよ。これ、いくらだったの?」
「千五百万だ。前のクルマの三倍だな」
「じゃあ、三千万払うよ」
「そりゃ、さすがにボりすぎだ。一千万でいい。借りた金の分もあるしな」
「あげたお金って、せいぜい五十万くらいじゃなかった?」
「商売は元手が重要だ。利子を含めれば安いくらいだぜ。一千万あれば、余裕でほかのクルマが買えるから気にするな」
「そっか。それなら素直に受け取っておくよ。ありがとう!」
「ああ、そうしておけ。ほらよ」
そう言って笑いながら鍵を放り投げる。
あれだけ大切にしていたクルマを清々しくあっさりと渡す。
これも荒野の男の特徴だ。明日をも知れない人生なのだから、基本的に物事に頓着しないのである。
「やっぱりダビアは面白いな」
「ボウズこそ、すっかり慣れた感じだな。俺がいろいろ教えてやっていた頃が懐かしいぜ」
「まだまだ知らないことばかりだよ。それでも楽しみながら生きているつもり」
「見ればわかるさ。楽しそうにしてやがる。で、商会を作ったと言っていたが業務内容は何だ?」
「ジュエルの管理販売を予定しているけど、なぜかあれが出来たよ」
「ん? なんだあれ?」
「トイレ」
「トイレ? あれが?」
「あとで入ってみなよ。水洗式の自動浄化システム付きだよ」
「水洗式だと? 西側でもそんなに普及していないぞ。東大陸じゃ聞いたこともないが…それに浄化システム?」
「汚染水をその場で濾過して再利用できるんだ」
「そいつはすごいな。いったいどうやって…」
「積もる話は、またあとでしよう。いつまでグラス・ギースにいるの?」
「今回は休暇も兼ねているから、少し長めにいる予定だな」
「それはよかった。またいろいろ話そうよ。商売の話も聞きたいしね」
「おう、何でも訊いてくれ」
「せっかくだ。このままクルマでオレの家まで案内するよ」
アンシュラオンは赤いクルマに乗り込み、中を見回す。
操縦席は以前乗った輸送船とほぼ同じで、簡単に運転できそうだ。
運送業を営むだけあり内部も広く、かなりのスペースがある。
これならば七人どころか十人以上の人間が快適に移動できるだろう。
(またダビアと出会えるなんて、人の縁は不思議なものだね。クルマも手に入ったし、楽しくなってきたぞ!!)
荒野の移動手段を確保である。
これでまた活動の幅が広がるに違いない。