※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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627話 「ジュエル探索 その2『修練と遭遇戦』」

 

 アンシュラオン一向は南門を出て、しばらく交通ルートを使って南側に移動。

 

 ある程度進んだところで西側に舵を切る。

 

 ここから先は、道無き道。

 

 いつ死んでもわからない『警戒区域』と呼ばれるゾーンだ。

 

 そこでクルマを一度止める。

 

 

「サナとサリータは外に出るんだ」

 

 

 サナとサリータをクルマから降ろし、自分も降りる。

 

 今回の旅の目的の中には、彼女たちの鍛錬が含まれている。それはすでに始まっていた。

 

 

「オレたち三人は、ここからは走っていくぞ。いつも言っているが、体力がなければ長時間戦うことはできない。継戦能力こそが生存への第一歩だぞ」

 

「はい、師匠!! がんばります!」

 

「サナも賦気はなしで、自分だけの力で走っていくんだ。魔石は使っちゃ駄目だぞ。基礎体力を高めるのが目的だからな」

 

「…こくり」

 

「それじゃホロロさん、代わりに運転よろしくね」

 

「かしこまりました」

 

「セノアも運転の仕方をよく見ておくんだ。緊急時は君が運転することもあるかもしれないからね」

 

「は、はい。わかりました」

 

 

(クルマの運転も楽しみたいが、オレには必須じゃないしね。いざというときにホロロさんたちが使えたほうがいいだろう)

 

 

「目標は、ここから西にある『魔獣の狩場』だ。たしか五百キロくらいだったから、鍛錬するのにもちょうどいい距離だろう。そこを拠点にしたいと思っているけど、現在の魔獣の狩場ってどうなっているんだろう? 小百合さん、知ってる?」

 

「最近は遠出をするハンターも減ってしまいまして、依然として不明のままですね。アンシュラオン様がデアンカ・ギースを倒してからは、記録上では誰も行っていないはずです」

 

「ハローワークの地図に載っているのは、ギリギリ魔獣の狩場の端っこまでだ。それ以外は未探索ってことでいいのかな?」

 

「公式にハローワークが把握している部分は、その地図の通りです。地元の商会が独自に調べたルート等は載っておりません」

 

「そっか。ジングラスの商船とかも警戒区域に入っていたし、公にされていないルートもいくつかありそうだ。念のため確認するけど、魔獣の狩場はグラス・ギースの領地じゃないんだよね?」

 

「はい。グラス・ギースの自治権は、あくまで都市のある周辺一帯となっておりますし、境界線が設けられているわけではないですから、荒野の明確な領有権は存在していません」

 

「その『領有権』を主張するには、どうすればいいのかな? 国際法とかあるの?」

 

「ハローワークへの登記と『実効支配』がなされていることが前提条件となります。そのうえで他国との条約を締結する等、一応の形式は存在しますね。ただし東側大陸では国家と呼べる組織が非常に少ないため。公的ルールが機能しているかは不明な状況です」

 

「つまりは実力で確保して守れれば、そこは自分の領土にしていいってことかな?」

 

「特に規定はありませんので、その通りだと思います。グラス・ギースも誰かの許可を得て生まれたものではないみたいですから、千年近い事実上の支配によって都市として認知されているだけにすぎません」

 

「シンプルでいいね。まあ、どこの世も仕組みは同じってことだ」

 

 

 そもそも論として、その土地は誰のものか、という話題である。

 

 現在の地球では【国家】がある程度は確立されてきたが、それでも曖昧な部分は多く、常時揉めている状態だ。

 

 領土問題などが最たる例だろうし、日本とて統一されたのは戦国時代末期から江戸時代にまで遡らねばならない。

 

 それ以上遡っても意味がない話になるので、結局のところは『制圧した者が管理できるか』が問題となってくる。

 

 より強い力、実力行使によって維持できれば、そこは自分の土地なのである。

 

 

(理屈は単純だが、そうなると課題が出てくるよね。持ち帰れるようなものはいいけど、鉱山を発見した場合は届出と同時に管理が必要となる。魔獣が跋扈する荒野なら誰かに取られる可能性は少ないだろうけど、ルートが確立されたらどうなるかわからない。相変わらず、こちらの弱点は変わってないな)

 

 

 自身の最大の弱点である『人数の少なさ』は極めて重大な問題だ。

 

 そこを一般スレイブで補いたいのだが、そのスレイブを管理するための体制が整っていない。

 

 だからこそソブカとつるんだり、他の勢力と協力関係を築いているが、さすがに荒野にまで影響力を及ぼせる者は多くはない。

 

 仮にハングラスと手を組んでも同じことだ。彼ら自身に自衛能力が乏しいのでは話にならない。

 

 自分たちが現地に滞在して管理すれば簡単だが、生活するには不便な場所だからこそ誰も近寄らないのである。

 

 商会として活動するのならば、どうしても都市に住んでいたほうが便利となる。

 

 

(なかなか前途多難だな。だが、それも楽しみの一つだ。今やれることを続けるしかない)

 

 

 

 

 アンシュラオンたちは『魔獣の狩場』に向けて出立。

 

 まずはクルマについて少し述べておこう。

 

 アンシュラオンは『スポーツカー』と称したが、地球で見かけるような洗練されたデザインではなく、あくまで一般の輸送船と比べればフォルムが綺麗という意味だ。

 

 大きさも全長二十メートルはあるので、小型の輸送船と呼んだほうがしっくりくる。

 

 ただし、さすが最新式(西側では型落ちの新古車)なので、馬力と速度はクルマ全体の中でもかなり高いほうである。

 

 クルマの内部は、ダビアが単独で旅をするために用意したソファーや家具も設置されているため、大きなキャンピングカーをイメージするとわかりやすい。キッチンもあるので、ここで調理も可能である。

 

 そうした備品部分を除くと居住空間はおよそ六割といったところだが、こちらも天井までの高さがそこそこあるため、そこまで狭い印象はない。

 

 各人が思い思いのクッションやぬいぐるみを置いても、七人が生活するのに十分なスペースがあるといえる。

 

 また、特に説明はしていなかったが、クルマで引っ張った荷台にはトイレの予備の部品(素材)も載せているため、アンシュラオンは走りながらトイレを組み立てるという曲芸を披露してもいた。

 

 運転は非常に簡単なので、最初はホロロにあえて蛇行運転などをさせて慣れさせておき、直線移動になってからはセノアにもやらせてみたりした。

 

 加速も減速も手元で可能であり、座椅子を調整すればセノアでも問題なく運転できるようである。

 

 

「フレー、フレー、サリータさん! ガンバですよ!」

 

「はい! がんばります!」

 

「サナ様もがんばってくださいね! はちみつレモンを用意しておきますよ!」

 

「…こくり! ぐっ!」

 

 

 最初は普通に乗っていた小百合は、現在はバイクでサナたちと併走している。

 

 その姿はまるで、陸上選手の隣で自転車に乗った監督が鼓舞しているようだ。

 

 

(いつも思うけど、あれってイラっとしないのかな?)

 

 

 自分は必死に走っているのに、のうのうと自転車に乗っている姿を見たら普通は苛立ちそうなものなのだが、サリータは何も気にせずに走っている。

 

 もしあれが体育会系の常識なのだとしたら、いくら信頼関係があるといっても、それはそれで狂った世界である。

 

 そして予想通りというべきか、最初にへばったのもサリータだった。

 

 三十キロ走ったあたりで徐々にスピードが落ちてくる。

 

 

「はぁはぁ…!」

 

「サリータ、もうへばったのか? 鍛錬を怠けていたな!」

 

「そ、そんなことは…」

 

「口答えはいらん! 走れ! 走りまくれ! 手を抜くなよ!!」

 

「はい、師匠!!」

 

 

 尻を叩いて発破をかけるが、フルマラソンで全力疾走するほうに無理がある。

 

 五十キロに至った頃には、足が痙攣を始めているのが見えた。

 

 そろそろ限界だろうか。

 

 

「よし、一度休憩だ」

 

「はぁはぁはぁ!! はぁぁはぁ!!」

 

「…こくり、ふー、ふー」

 

「つらかったら倒れていいぞ」

 

「た、耐えてみせ―――あっ」

 

 

 こらえたものの、サリータの膝ががくんと落ちる。

 

 こればかりは意思の力ではどうしようもない。単純に体力と筋肉の限界だ。

 

 

「サナ様…足手まといになって申し訳ありません…」

 

「…ぽんぽん」

 

「こんな私を慰めてくれるとは、なんてお優しい! あまり疲れてもおられないようですし、サナ様はすごいです!」

 

「…こくり。ぐっ!」

 

 

 一方のサナは多少疲れがあるものの、軽いジョギングをした程度といった様相だ。今も柔軟をして筋肉をほぐしている。

 

 フルマラソンの選手も試合では真剣勝負なので、三十キロ近くでバテる光景をよくテレビで見かけるが、実際の練習では六十キロや百キロ近く走ることも珍しくないらしい。

 

 普段の軽い鍛錬程度ならば、サナはこれくらいは簡単にこなせることがわかった。

 

 それもこれも戦士因子が覚醒したおかげだ。因子とは、それほど重要な存在なのである。

 

 サナはいい。順調に育っている。

 

 問題はサリータだ。

 

 

(久々にサリータのデータでも見てみるか)

 

 

―――――――――――――――――――――――

名前 :サリータ・ケサセリア

 

レベル:22/50

HP :280/280

BP :100/100

 

統率:E   体力: E

知力:E   精神: E

魔力:F   攻撃: F

魅力:E   防御: E

工作:E   命中: F

隠密:E   回避: F

 

【覚醒値】

戦士:0/1 剣士:0/1 術士:0/0

 

☆総合:第十階級 下扇(かせん)級 戦士

 

異名:サリータン・ハスキー

種族:人間

属性:

異能:忠誠心、熱血、護衛、低級盾技術、物理耐性、体育会系

―――――――――――――――――――――――

 

(うーむ、レベルは少し上がっているが、やはり弱い。だが、これは彼女を育てなかったオレの責任だ。しばらくサナの強化に集中していたからな…疎かになっていたようだ)

 

 

 出会った頃から比べると、サリータのレベルは4上昇している。

 

 しかしながら成長率が極めて悪く、能力値にはほぼ変化がない。せいぜい体力が一段階上昇して『FからE』になったことくらいだろう。

 

 あとは『忠誠心』スキルが増えたことと、異名が変わった程度だ。

 

 後者に関しては褒められたものかはわからないので、はっきり言って成長は皆無といえる。

 

 いくら才能の違いがあるとはいえ、サナとの落差に驚愕する。

 

 

(サナの急成長は、サナ個人の資質によるものなのか? その可能性も高いが、それだけで終わらせたらオレの計画が頓挫してしまうかもしれない。今回はサリータ強化も課題だな。よし、そろそろ試してみるか)

 

 

「サリータ、お前にも賦気を施す。身体の力を抜け」

 

「は、はい…! …はぁはぁ」

 

 

 アンシュラオンがサリータの背中に手を当てて、生体磁気を放出。

 

 たしかに今現在は弱いが、賦気を使って慣らせば成長に変化が訪れるかもしれない。まだ希望はあるのだ。

 

 

「少しずつ入れていくぞ。…どうだ?」

 

「あっ…なんだか熱いです」

 

「違和感はないか?」

 

「今のところは大丈夫です」

 

「では、もう少し強めにいくぞ」

 

「うっ…うううっ……うくううううっ」

 

 

(まだ引っかかりが多くて、入れるたびに明らかに負荷がかかっているみたいだな。やはりサナよりは劣るか。とはいえ副作用はなさそうだ。これも普段から接触しているおかげかな?)

 

 

 サリータの胸や股間を事あるごとに触れるのは、これの布石だったのである。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 

 うむ、嘘だ。

 

 結果的にそうなったにすぎず、あれは単なるセクハラだ。

 

 

「こんなものかな。また様子を見てやっていこう」

 

「あ、ありがとう…ございます。はぁはぁ…!」

 

「常に呼吸を意識するんだ。休んでいる間も修練だぞ」

 

「はい! がんばります!」

 

 

 こういう素直なところは彼女の長所だ。ぜひ強くしてあげたいものである。

 

 

 

 そして、サリータを休ませている間に、もう一つの課題に挑戦してみることにする。

 

 こちらも今回の合宿において非常に重要なものとなる。

 

 

「セノア、ラノア、こっちにおいで。サナもだよ」

 

「は、はい! ただいま参ります!」

 

「あーい」

 

「…こくり」

 

 

 ロゼ姉妹とサナを外に呼び寄せる。

 

 そこでポケット倉庫からボードを取り出し、彼女たちに見せてみた。

 

 

「これは何に見えるかな?」

 

「ええと…」

 

「深く考える必要はない。特に賞罰の無い普通の質問だよ。何に見えるのか、見たままを答えればいいんだ」

 

「は、はい。んと…」

 

「んー」

 

 

 ロゼ姉妹は、じっとボードに描かれた絵を見ている。

 

 そうして五秒ほど考えたあと―――

 

 

「人…ですかね?」

 

「山!!」

 

「―――え?」

 

「山!」

 

「え? 山? 人の横顔に見えるけど…」

 

「じゃあ、次の絵だ。これは何に見える?」

 

「動物のような…馬でしょうか?」

 

「川!!」

 

「―――え!?」

 

「川!」

 

「か、川? どこを見ればそんなふうに…え?」

 

「じゃあ、次の絵だ。これは何に見える?」

 

「こ、今度こそ…人の……」

 

「パン!!」

 

「パン!? 食べ物のパン?」

 

「うん、パン!!」

 

「―――ええええ!? ら、ラーちゃん、本当にそう見えるの!?」

 

「うん」

 

「え? ええ? 私の目、おかしいのかな?」

 

「ははは、いいんだ。二人とも間違っていない。なにせこれは『だまし絵』だからね」

 

 

 アンシュラオンが見せた絵は、いわゆる『だまし絵』や『トリックアート』と呼ばれるもので、見方によっては複数の答えが存在する意地悪なものだ。

 

 ただし、これはただの『だまし絵』ではない。

 

 試しに小百合に見せてみると―――

 

 

「お二人とも何を言っているんですか? 汚れみたいなものはありますが、人にも山にも見えませんけど…」

 

「え? どうなっているんですか!?」

 

「小百合さんには術士の資質がないから、そもそも見えないんだよ。術の本がそうであるように、この絵も素養がなければ最初から見えないもの、つまりは『テスト用』の教材の一つだね。今はオレが場に意図的に干渉して見えやすくしているけど、ここまでの差が出るのはすごいね」

 

「そ、そうだったのですね。でも、どうして見え方が違うのですか?」

 

「山だもん。川だもん」

 

「うんうん、そうだね。ラノアも正解なんだぞ。この見え方の違いにも意味があるんだ。そうだな…セノアは『情報術式』に向いていて、ラノアは『元素術式』に向いているのかもしれないね」

 

 

 同じものを見ているので、問題は見ている当人の違いである。

 

 普通のだまし絵ならば、先入観や趣向や嗜好、あるいは脳の状態に左右されるだろうが、この術士用のだまし絵は『適性を検査』することができる。

 

 セノアは細部に『視点が合う』ため、より細かい情報から人だと思ったが、ラノアは全体に『ピントを合わせて』山だと判断している。

 

 その結果、セノアは情報術式、ラノアは元素術式により高い適性があることがわかった。

 

 

「サナは何に見える? 指で触ってごらん」

 

「…ぐにぐに」

 

「ラノアと同じか。じゃあ、サナも元素術式に向いているのかもしれないな」

 

 

 サナは術士の因子がすでに1あるため、より鮮明に見えていることだろう。

 

 そして彼女もラノア同様、元素術式に向いていることがわかった。

 

 ただし一般の戦士や剣士の術士因子は、属性攻撃に関係する要素でしかないため、直接術を扱えるかはまだわからない。

 

 言い方は悪いが、今回の件ではサナはオマケで、本命はロゼ姉妹である。

 

 その意図に薄々気付いたセノアが、うかがうように訊ねる。

 

 

「あの、ご主人様。もしかしてこれは…」

 

「うん、セノアとラノアには【術士】になってもらうのさ」

 

「えええええええええええ!?」

 

「そんなに驚くことかい?」

 

「だ、だって、術士ってその…すごく頭が良くないと駄目なんですよね? わ、私は文字もまだ上手く書けませんし…」

 

「ん? 誰がそんなこと言ったの? 文字の上手さなんて、まったく関係ないよ?」

 

「そ、それは…そういうものかと。よく噂で聞きますし」

 

「やれやれ、自分を過大評価するどこぞの無能が、そんなことを言い出すから誤解されるんだよな。はっきり言って、術士に頭の良し悪しは関係ないよ。因子適性と演算能力と集中力、それからインスピレーションが重要だ」

 

 

 たとえば知能に問題がある障害者の中にも、暗算が得意な人がいるだろう。

 

 術も同じで、どう扱うかの判断に頭の良し悪しは必要でも、事象を引き起こすこと自体には知的能力は必須ではないのだ。

 

 

「君たちには資質がある。だからこそサリータより序列が上なんだよ」

 

「わ、私に術士の才能があるんですか?」

 

「ある!! 君ならやれる!!」

 

「ひゃっ」

 

 

 普通は肩を叩いて励ますが、胸を触って励ますNewスタイル!!

 

 ありがとうございます!

 

 

「ラノアだって、こういうことしたいだろう?」

 

「わっ、まん丸のお水! すごーい、やりたーい!」

 

「そうだろう、そうだろう。そのうち教えてあげるから、楽しみにしておくんだぞ」

 

「やったー!」

 

 

 もう一つの課題。

 

 それはロゼ姉妹の術士の資質を開花させることにあった。

 

 自衛の意味合いもあるし、彼女たちが役に立っていることを自覚させるためにも有用なことだ。

 

 

(エメラーダからは、基礎までは教えていいって言われてるからな。しかし、予想通りの結果になったよな。几帳面なセノアは細かい計算に向いていそうだし、天才肌のラノアはオレと同じ感覚重視みたいだ。サナもそっち側かな。まあ、姉妹で別々のほうがお互いに強みがあっていいよね)

 

 

 

 

 こうしてサナとサリータが走っている間、ロゼ姉妹は術を学ぶことになった。

 

 資質があっても最初のきっかけがないと難しいため、エメラーダがアンシュラオンにやったように、二人に対しても専用回線を作ることにする。

 

 こうすることで専用の術式コードを共有しつつ、眠っている術士因子に直接刺激を与えていくことが可能となる。

 

 言ってしまえば、原理は賦気と同じ。自分の力を分け与えて一時的に強化するのである。

 

 

 まず最初にやらせたのは、アンシュラオンが作った水玉への『干渉』。

 

 

 二人の前に水玉を作り、術式に干渉できる回線を与えて好きにやらせてみる。

 

 術に慣れさせるための行為であり、何の情報もない二人がどうするのかを見物したかったのも理由だ。

 

 二人はじっと水玉を見つめたり、指で触れてみたりと興味津々であった。

 

 姉妹が仲良く目の前の課題に取り組んでいる姿は、とても微笑ましい。

 

 それだけで場の空気が良くなり、こっちも楽しくなる。

 

 そうして十数分くらい経った時だっただろうか。変化が起こった。

 

 

「くるくる…くるくる」

 

「わっ!? ラーちゃん、すごい! どうやったの? 玉が回ってるよ!?」

 

「んー、くるくる回す…だけ?」

 

「えええええ!? そんなのできないよー!」

 

「こうして…こう」

 

「がーん! 私、負けてる!?」

 

 

 最初に水玉を動かしたのはラノアのほうだった。明らかに自分の意思で回転させている。

 

 一方のセノアの前にある水玉には、直接的な変化がなかった。

 

 

「わ、私…やっぱり才能がないのかな…」

 

「色が変わっています」

 

「…え? 色?」

 

「ええ、色です。ラノアのものに比べて、あなたのほうが青いように見受けられます」

 

「色……あっ、ほんとだ」

 

 

 ホロロに指摘されて二つの玉を見比べると、たしかにセノアのほうが青みがかっているように見える。

 

 普通の水は無色透明ではあるものの、それだけだと見づらいので意図的に青くしているのだが、それがさらに深い青になっているのだ。

 

 アンシュラオンもそれを見て、思わず笑みを浮かべる。

 

 

「水分子に干渉して性質に変化を与えているんだ。だから見え方が違うんだよ」

 

「これは…良いことなのですか?」

 

「もちろんだ!! 立派な術式干渉だ!! やはり君には資質があるぞ!!」

 

「わ、私にも…できた。ホロロさん、ありがとうございます」

 

「私は何もしていません。あなたの才能です」

 

「で、ですが…その…」

 

「あなたはもっと自信を持ちなさい。いえ、あなた自身に自信がなくてもよいのです。しかし、ご主人様をもっと信じなさい。アンシュラオン様ができるとおっしゃったのです。ならば、それを信じるのです」

 

「…は、はい!」

 

 

 セノアは、自分の手をぎゅっと握り締めた。

 

 謙虚さは彼女の長所だが自分を抑えつける弱点にもなる。それを克服すれば、彼女はさらに輝くだろう。

 

 

「ラノアもすごいぞ! がんばってるな! なでなでなで!!」

 

「えへへ…やったー!」

 

 

(ホテル脱出の時も敵の居場所を探知したようだし、ラノアは『遠隔操作』の資質があるかもな。セノアは『状態変化』が得意か。いい感じだ)

 

 

 操作系の能力は、文字通り物体や思念を自由に動かす力だ。この有用性は、アンシュラオンの遠隔操作を見ていれば一目瞭然だ。

 

 もう一つの状態変化は、術の性質に変化を加えられるものだ。

 

 真水を硫酸に変えたり、味を変化させることができたりするので、用途は多様といえる。

 

 

 今日の大きな出来事は、これくらいだろうか。

 

 少しずつ日が暮れてきたため、野外でキャンプを張ることにした。

 

 夜はホロロと小百合が料理を振る舞い、疲れきったサリータを癒す。

 

 革鎧を着込み、なおかつ大盾を背負いながら百五十キロ以上走ったのだから、疲れて当然だろう。今はぐったりと横になっている。

 

 サナを含めた子供たち三人は、食後も元気にトランプを楽しんでいた。

 

 このトランプの絵柄も術式で描かれているため、遊ぶだけで術士の目が養われる優れものだ。

 

 今後能力が開花すれば透視や相手の思念を追えるようにもなるため、今から慣らしておけば将来が楽しみである。

 

 この分野に関しては、サナがなかなかの力量を見せている。教えたババ抜きで圧勝していた。

 

 それに対抗して姉妹は『念話』を使って共謀するも、すでに術士因子が1覚醒しているサナにはなんとなくわかるのか、互角の戦いを演じていたようだ。

 

 また、サナに関しては小百合から新情報が手に入る。

 

 

「サナ様ですが、教えれば教えるほど覚えていくんですよね。声が出せないだけで内容は全部理解しているようです。私が子供の頃に使っていたレマール小学校の教材は、すべてクリアしてしまったようです。今はダマスカスで採用されている中学生用のものを使っていますが、あまりに成長が早くて教材が足りない状態です。はっきり言って、サナ様は【天才】です」

 

 

 

 

「うおおおおおお! オレのサナちゃんは最高だぁあああああああああああああああ」

 

 

 

 

 と、アンシュラオンが荒野に向かって叫んだのは言うまでもない。

 

 すでに『早熟』で『天才』であることはわかっていたが、このスキルは戦闘だけにとどまらないようである。

 

 もとより吸収率が尋常ではないため、知識に関しても見たもの聞いたものすべてを覚えているようだ。

 

 問題はアウトプット、出力の点に難があることだろう。

 

 一応文字は書けるのだが、自分から書こうとはしないので筆談はできない。

 

 同様に模写はできても、想像して絵を描くことはできないのだ。

 

 

(うーむ、とりあえず吸収しているのならば無駄にはならないだろう。いつか表現する時が来るだろうから、じっくりゆっくり育てていこう。ああ、かわいいなぁ。本当にこの子は最高だ)

 

 

 教えれば教えた分だけ強く、賢くなっていくのだ。教える側からすれば楽しいに決まっている。

 

 その点は小百合も同様らしく、サナやセノアたちに嬉々として勉強を教えていた。

 

 

 

 それからの二日間は、特に変わったことはなかった。

 

 魔獣と遭遇したら撃退していくくらいだろうか。

 

 魔獣の素材も持てそうならば剥ぎ取ることにしている。こちらはハローワークに提出することでポイントが貯まるので、ランクを上げるためにも必要な作業である。

 

 今回の旅はアーパム商会の活動であり、その警護に傭兵団である『白の27』が護衛任務に就く扱いになっていることも重要だ。

 

 ちなみにサリータのハンターランクは、ギリギリ『レッドハンター』である。

 

 というのも、色が完全に赤になりきらないレベルで止まっているため、合格にしていいのかどうか迷う状況なのだが、とりあえず変化があったのでレッドハンターの扱いになっている状態だ。

 

 それゆえに、こうして魔獣の素材を定期的に提供することで、ハンターとしての立場を確立させる目的がある。

 

 サナは実力的には魔石抜きでブルーハンターの域に到達しているものの、こちらも実績が足りないので評価を上げていく必要があった。

 

 彼女の場合は、最初にノンカラーと診断されてしまったことが災いしている。

 

 これほどの急成長は異例であり、再申請しても偽造と思われてしまう可能性があるため、実績によってランクを上げるのが無難と判断したのだ。

 

 もし上手くランクを上げることができれば、『白の27』もゲイルの黒鮭(こっかい)傭兵団と同様に、チーム全体でブラックハンターの扱いになることも可能だ。

 

 あくまで自前の傭兵団とはいえ、ランクが上がれば知名度も増し、さまざまな交渉で優位に立つことができる。

 

 セノアとラノアも引き続き術の修練を続けている。大きな成長はないが、少しずつ慣れていっているようで嬉しい限りだ。

 

 ホロロは運転に集中しつつ、術具の『兆視暗眼奇(ちょうしあんがんき)』を使い、周辺の監視を続けていた。

 

 

 こうして一向は、三日かけて無事に魔獣の狩場にまで到達。

 

 

 熟練ハンターでも三日くらいはかけるらしいので、女子供の集団だと思えば十分合格点だろう。

 

 肝心の魔獣の狩場だが、デアンカ・ギースが出現した影響か、周辺にはまったく魔獣の姿は見られなかった。

 

 岩山にいたエジルジャガーたちもいなくなり、彼らを餌にしていたハブスモーキーたちも同様にいなくなった。

 

 こういう寂しい現状を見ると、食物連鎖は生態系を維持するうえで、もっとも重要なものだと思い知る。

 

 魔獣たちの楽園であったこの場所は、すでに死んだのだ。

 

 この情報自体は小百合からも聞いていたので、特に驚きはなかった。

 

 

 

 異変が起きたのは、それから少し進んだ先、狩場の真ん中あたりだ。

 

 

 

 クルマと併走していたアンシュラオンは、おもむろに水筒を取り出すと口を付けて飲み始めた。

 

 なんてことはない。ただの水分補給である。

 

 しかし、普段から彼を見ている人間ならば、そこに大きな違和感を抱いたことだろう。

 

 命気を自由に生み出せるアンシュラオンは、いちいち飲み物を摂取する必要はない。直接体内に補充すればよいのだ。

 

 それを知る周囲の面々は、アンシュラオンに意識を向ける。

 

 なぜならばこれは、事前に決めておいた【シグナル】であった。

 

 

―――〈みんな、そのまま普通に移動しながら聞いてくれ。顔は前を向いたままでいい〉

 

 

 飲みながらしゃべる、という腹話術真っ青な技を披露。

 

 今はロゼ姉妹と繋がっている状態なので、『念話』に近い事象も発現可能なのだが、あえて原始的な方法を選んだことには意味がある。

 

 

―――〈サナ、気付いたか? 気付いていなかったら左手で髪の毛を触れ〉

 

 

「…こくり。さわ」

 

 

 サナは走りながら、髪の毛を軽くかき上げる。

 

 女性ならば特に不自然ではない仕草である。

 

 

―――〈ホロロさんは?〉

 

 

 ホロロも同様に髪の毛に軽く触れる。

 

 それによって、誰もがこの状態に気付いていないことがわかった。

 

 

―――〈右前方、七キロ先の岩場に五人。左前方にも五キロ先に三人いる。魔獣じゃない。『人間』だ。すでに捕捉されている。目がいいやつがいるぞ〉

 

 

 アンシュラオンの波動円の有効距離は、およそ千メートル。

 

 最大で二千メートル近くまで伸ばせるが、そこまでやると精度がガタ落ちになるため、通常は五百メートル圏内で使っている。

 

 ということで、現在は『視覚』で相手を確認しているわけだが、ただでさえ目が良いことに加え、術士の因子が解放されたことで『磁場』のようなものが『視える』のだ。

 

 法則を色彩で視認しているため、赤あるいはオレンジに近い光が、岩場からこちらに向かって伸びているのがはっきりと視える。

 

 セノアたちに術を教えているのも、これを学ばせるためである。

 

 

(敵意まではいかない『警戒』といったところだな。しかし、こんな場所に人間か。あからさまに怪しいな)

 

 

 警戒区域に人間がいる以上、普通の輩とは思えない。

 

 山賊や盗賊の類ではない。賊であれば、より人が通る場所を選ぶだろう。商船を狙うにしても、もっと東に行くべきだ。

 

 しかしながらハンターの可能性も低い。ラブヘイアほどの実力者でも、普段は魔獣の狩場に深く入り込むことはしなかったのだ。

 

 何よりも彼らは、「向こう側」からこちらを見つめている。

 

 仮に都市から来た者たちならば、西側を警戒するのが一般的だ。だが彼らは、西側に向かう存在に対して警戒感を示している。

 

 これは怪しい。

 

 人が立ち入らない警戒区域は正真正銘の無法地帯だ。

 

 ここで見逃すと、あとから災いになって降りかかる可能性がある。

 

 

―――〈相手の正体が何であれ、制圧しておいたほうがよさそうだ。こちらが優位に立ってから尋問すればいいからな。よし、オレが合図を出したら、サナは魔石を使って左側の三人を倒せ。詳しい場所は走りながら教える。ホロロさんは岩陰にクルマを移動させて待機。サリータはクルマの護衛に付け。セノアたちも武装はしておくんだぞ〉

 

 

 その言葉にサリータの表情が硬くなるが、気を引き締めて、ぐっと大盾を握る。

 

 セノアも多少緊張しながらも銃を用意。小百合もクルマの中にあった銃を手に取る。

 

 小百合に関しては未知数だが、レマールは剣術の国でもあり、女であっても最低限の護身術は学ぶらしいし、ハローワークでも発砲訓練はあるようなので銃に抵抗はないようだ。

 

 

 一向は気付かないふりをして、しばらくそのまま移動を続ける。

 

 

 

 そして、アンシュラオンが不意に水筒を放り投げた瞬間―――

 

 

 

 ブオオオオオッ

 

 

 ホロロがハンドルを切って、クルマが急旋回。

 

 砂煙を上げながら、大きな岩場の隙間に突っ込む。

 

 サリータもクルマに掴まり、一緒に岩陰に移動。護衛に入る。

 

 その瞬間にはサナが魔石を発動させ、雷光の速度で走っていた。

 

 当然アンシュラオンもサナと同じ速度で駆け出している。

 

 

(みんな、悪くない動きだ。だんだんとさまになってきたじゃないか)

 

 

 アンシュラオンの統率の能力が低いことを思えば、これは女性たち自身の意識の高さによるものだ。

 

 自分の身は自分で守る『防衛意識』を徹底的に教えている成果であろう。ホテルでの恐怖は、彼女たちをより一層強くしたのだ。

 

 アンシュラオンたちは見事なチームワークで、先手を取った。

 

 相手も異変に気付いたらしく、若干動揺した気配が広がっていた。

 

 だが、彼らは即座に撤退を開始。岩場から遠ざかっていく。

 

 

「撤退の判断が早いな。かなり場慣れしている。サナ、深追いはするなよ。常に退路を確保しながら戦うんだ」

 

「…こくり」

 

「逃がしはしない。不安要素は排除する」

 

 

 二人は、さらに加速。

 

 サナが雷光ならば、アンシュラオンは疾風と呼ぶべきか。

 

 軽やかに凄まじい速度で彼女と併走している。

 

 

「あっちに岩山が見えるな。あそこから南西に向かって逃げている。相手の生死は問わない。やれるだけやってみな。ただし、危なくなったらすぐに逃げること。わかったな?」

 

「…こくり」

 

「よし、行け」

 

 

 サナは途中で左に曲がり、左側にいる三人に向かっていった。

 

 すでに鉄陣羽織を装備し、刀を抜いて臨戦態勢だ。やる気満々である。

 

 その逞しい姿に、一緒に戦える嬉しさを感じて感動する。

 

 

(ああ、オレと一緒に荒野を走れるくらいになったんだなぁ。お兄ちゃんは嬉しいよ。涙が出そうだ。あの子は初級卒業試験はクリアしているし、あっちは任せても大丈夫だろう)

 

 

 アーブスラットとの戦いで逃げる訓練もしている。セクトアンクが教えてくれた戦術眼も加われば、まず後れを取ることはないはずだ。

 

 がしかし、人数では相手のほうが上だ。油断は禁物である。

 

 

 アンシュラオンは岩場に駆け上がり、自身の標的を猛追。

 

 

 魔獣の狩場はギアナ高地のような大自然であるが、自分にとってはこちらのほうがホームグラウンドだ。

 

 火怨山の険しい岩山を思えば、こんなものは子供が公園で遊ぶプリン山と大差はない。

 

 

 悪路をまったく気にせず、一気に距離を詰める。

 

 

 すると、その現状を察したのか、五人のうち二人が移動をやめて迎撃態勢に入り、三人は引き続き遠ざかっていく。

 

 どうやら二人が足止めをするようだ。

 

 距離をさらに縮めると、相手から仕掛けてきた。

 

 地形が有利な上方から鋭い斬撃が飛んでくる。

 

 バチバチと大気に弾ける光が見えたことから、おそらく『雷衝』である。

 

 それが途中で二つに分かれて、雷衝・二閃となった。

 

 サナの雷撃を見てもわかるように、雷衝の特徴は『不規則さ』にある。

 

 雷の性質上、空中に放つと大気中の最適なルートを算出して、自然法則の範囲内で不規則に動きながら移動する。

 

 それを強引に剣衝で押し出しているのだから、さらに動きが読めない攻撃となるのだ。

 

 しかもそれが二つ、二閃であれば牽制にはもってこいの技となる。

 

 が、アンシュラオンは一切進路を変えず、修殺・旋で迎撃。

 

 勢いよく放たれた螺旋状の修殺は、まさに竜巻。

 

 雷衝を呑み込み、あっさりと破砕しながら相手がいる岩場に激突。

 

 

 ドーーーーンッ がらがらがらっ

 

 

 激しい衝撃とともに岩山に大きな穴が穿たれ、大量の落石が発生した。

 

 相手はすでに離れていたため、それに巻き添えになることはなかったが、これで完全に追いつくことに成功。

 

 

 

 両者が―――対峙

 

 

 

 目の前には、フルプレートの重鎧を着込んだ壮年の男が二人いた。

 

 一人は反りのある長剣。もう一人は大盾を装備している。

 

 剣は日本刀よりはシミターに近い形状をしているだろうか。突きよりも切り裂くことに重点を置いたものに見える。

 

 盾は大きく非常にがっしりとしていて分厚く、亀の甲羅に似た形状をしている。

 

 なかなか変わった装備が目に付くが、問題は得物よりも彼らの『目に宿る光』であった。

 

 肝が据わったものであり、一歩も進ませないという強い気概を感じる。

 

 これには見覚えがある。

 

 死ぬ覚悟のある者の目だ。

 

 

(ただの時間稼ぎじゃない。『捨てがまり』か。そこまでの覚悟があるとは、ますます怪しいよな)

 

 

 戦国武将である島津が用いた『捨てがまり』は、残った少数が死ぬ気で戦い、将が逃げる時間を稼ぐ玉砕撤退戦術であることで有名だ。

 

 目の前の相手もまた、それだけの覚悟を背負っているらしい。

 

 

「面白い。やってみろ」

 

 

 ここでアンシュラオンは気合を入れ直す。こうした連中を甘く見ると痛い目に遭うことを知っているからだ。

 

 先に動いたのは盾を持っている男。

 

 

 盾から―――砲撃

 

 

 やたら大きいと思っていたら仕込み盾だったようだ。榴弾が発射される。

 

 アンシュラオンは、飛び退いて回避。

 

 直後着弾し、今いた場所が粉々に吹っ飛ぶ。なかなかの威力だ。

 

 今度は剣士が向かってきて、死に体のアンシュラオンに長剣を振り抜く。

 

 研ぎ澄まされて迷いのない連携は、まさにコンビネーションアタックと呼ぶに相応しい。

 

 普通の武人ならば、これをかわすのは難しいだろう。

 

 しかしながら、アンシュラオンも臨戦態勢。

 

 地面に着地した瞬間に衝撃を与えて、足場そのものを破壊。

 

 

 ドゴンッ!! ガラガラガラッ!

 

 

 足場全体が大きく崩れたことで、剣士の刃が大きく乱れた。さすがにこれは予想していなかったようである。

 

 一方のアンシュラオンは命気で足場を作り、万全の体制。

 

 剣撃をかわすと、カウンターで剣士の顎に掌底を繰り出す。

 

 咄嗟に剣士は打点をずらそうとするものの、アンシュラオンは細身に見えても中身は豪腕だ。

 

 強引に押しきる。

 

 

 ガゴンッッ!!

 

 

 剣士の首が九十度に曲がり、衝撃が突き抜ける。

 

 最悪は脊椎骨折。良くて脳震盪だろう。

 

 圧倒的なパワーで剣士の意識を奪い去った。

 

 

 と思われたが、目から光が消え―――ない!

 

 

「―――ぎろり」

 

 

 意思の力が気絶を拒み、横薙ぎの反撃を放つ。

 

 こちらも雷が宿った一撃で、因子レベル2で扱える『雷隼斬(らいしゅんざん)』という技だ。

 

 威力はそこまで高くはないが、死角から素早く襲いかかる鋭さが特徴で、命中に補正がかかる優秀な剣技である。

 

 意識が飛びそうになりながらも放てることを思えば、相当鍛錬を重ねた一撃であることがうかがえた。

 

 が、すでに懐に入っているアンシュラオンには、怖いものではない。

 

 身体を縮込ませ、空中で回転しながら手で剣を抑えつつ、即頭部を蹴り上げる。

 

 その蹴りも凄まじいが、水気で剣に宿った雷を逃がしていることも見逃せない。

 

 初見でありながらも完全に技を見切っている証拠だ。

 

 

「―――っ!!」

 

 

 まともにくらったら、もう耐えられない。

 

 ぶつんと意識が切れ、剣士は崩れ落ちる。

 

 されど、敵は二人いる。

 

 すでに大盾の男はこちらに向かって駆けており―――全力のぶちかまし!

 

 剣士ごと盾で叩きつけ、アンシュラオンを崖から突き落とそうとする。

 

 

(味方ごとか。やるじゃないか。だが、こいつを足場にすればいいだけだ)

 

 

 アンシュラオンは、意識を失った剣士を蹴って回避しようとするが―――

 

 

 がしっ!!

 

 

 剣士の手が、アンシュラオンの足を掴んだ。

 

 

(意識は奪ったはずだが、しぶといやつだ)

 

 

 その目には、強い意思の光。まだ死なないという強靭な決意が見て取れる。

 

 アンシュラオンは強引に振りほどこうとするが、剣士の腕力はさらに強まっており、抱きつくようにして玉砕を仕掛けてきた。

 

 死を覚悟している武人は強い。致し方なく落下を許してしまう。

 

 

「注意していたつもりだが、予想以上に意思が強いな。甘く見た非礼を詫びよう」

 

 

 ここで改めて自己の甘さを反省したアンシュラオンが、本来の戦気を解放。

 

 そのあまりの衝撃で、掴んでいた手が霧散。剣士の男も吹き飛んで岩壁にめり込む。

 

 アンシュラオンは戦気を爆発させて空中跳躍。

 

 動けない剣士の男に向かって、正拳を叩き込む。

 

 

 ド―――ゴンッ!!

 

 

「―――ごぶっ!!」

 

 

 拳の衝撃は背後に突き抜け、岩山全体にビシビシと大きな亀裂が入った。

 

 本気の一撃の前に、さすがの剣士の男も吐血して意識を失う。

 

 

 剣士を倒したアンシュラオンは、再度崖を駆け上り、大盾の男と対峙。

 

 

 男は驚きもしない様子で、じっとこちらを睨みつけている。仲間ごと突き落とす段階で覚悟は決まっているのだろう。

 

 

(ついつい武術で倒しちゃったけど、今後は術を多用しないとな。オレも修行しないと示しがつかないよね)

 

 

 せっかくなので今回の旅では、自身にも『できるだけ術で戦う』という制約を設けていた。

 

 格闘技術は超人級である一方、術に関してはまだまだ素人である。それを埋めるために、よほど緊急でない限りは術を使おうと思っていたのだ。

 

 謎の相手とぶつかること自体は緊急事態であるが、切迫しているわけではないため術を選択。

 

 アンシュラオンは、水刃砲の術式を発動。

 

 切れ味抜群の水圧が、盾の男に向かっていく。

 

 男は盾を構えて防御の姿勢。

 

 

 ブシャーーーッ ガキンガキンッ

 

 

 盾が少しずつ削れていくものの、男は術に耐える。

 

 精神が『SSS』かつ魔力『S』のアンシュラオンが放つ水刃砲は、一般術者が扱う水刃砲の五倍以上の力は秘めているだろう。

 

 しかも防御貫通であることを考えれば、正面から防ぐことは相当至難だ。

 

 それをやってのける男が、かなりの実力者なのは明白である。

 

 ただし、それだけでは片づけられない違和感も感じていた。

 

 

(こいつらは強い。しかし、何か普通の武人とは違うものを感じる。この感覚はまさか…)

 

 

 対峙した二人は比較的強い部類であると思われるが、初見で感じた実力よりも明らかにオーバースペックの印象を受ける。そうでなければ落下を許すような失態は犯さない。

 

 アンシュラオンには、この現象に見覚えがあった。

 

 剣士もそうだが、途中から力が急激に増しているのだ。これは意思の力だけでは説明できない要素である。

 

 

「まあいい。あとで考えるか。お前には術の練習に付き合ってもらおう」

 

 

 アンシュラオンが再び水刃砲を放つ。

 

 今度は相手から少し離れた方向に飛んでいったので、当然ながら当たらない。

 

 がしかし、相手を少し通り過ぎた瞬間、直角に曲がる。

 

 シュパッ!

 

 鋭く曲がった水の刃は、男の左腕に直撃。

 

 

「―――ぐっ!」

 

 

 ぼとんっ つつっ

 

 腕をばっさりと切り落とし、断面から迸る血液が地面を赤く染める。

 

 今回試したのは、術の遠隔操作。カスタマイズして動きを変化させる実験だ。

 

 完全に予想外の攻撃に、男はまったく対応できなかったので成功といえる。

 

 ただし、課題も出た。

 

 

「うーむ、水刃砲を強引に曲げると威力が半減するな」

 

 

 本来の威力ならば、貫通して身体を真っ二つにしていたはずだ。

 

 これは仕方ない。真っ直ぐに突き進む強い圧力が売りなのだから、それを押し殺してしまえば威力は数段落ちる。

 

 だが、盾の男はこれを見て顔を歪めた。

 

 そう。今この瞬間、彼の勝ちがなくなったどころか、引き分けすら不可能になったことを意味したのだ。

 

 

「どこまで耐えられるかな?」

 

 

 アンシュラオンは、右手で水連球、左手に熱爆球を生み出し―――放つ。

 

 そのすべてが空中で動きを自在に変化させ、真正面から真横から、背後から襲いかかってくる。

 

 がんばって盾で防いでも、水の衝撃でよろけたところに背後から火が爆発して身体を焼くのだから、たまったものではない。

 

 しかも、相変わらず数が膨大。

 

 次々と生み出される水や火が間断なく激突し、相反する力が衝突することで属性反発を呼び、さらなるダメージとなって男を追い詰める。

 

 

「ぐっ…はぁはぁ…!! ぐぬうう!」

 

 

 数秒後には、見るも無残にボロボロになってしまった。身体にはいくつもの欠損が生まれ、重度の火傷の痕が痛々しい。

 

 鎧や盾もほぼ半壊し、身を守る用途としては使い物にならなくなっていた。

 

 周囲の岩肌も、溶解したり切り刻まれたりとすごい有様である。

 

 低級術式であっても惜しみなく連続して放てば、これだけの破壊力を持つことを証明したのだ。

 

 

「まだやるか?」

 

「………」

 

 

 男の目からは意思の光が消えない。

 

 武人の誇りだけではなく、何かを背負っている者たちに共通する輝きである。

 

 それはアンシュラオンの祖国の武人を彷彿とさせる。

 

 

「サムライのごとく、散るか。だが、勝負は勝たないと意味がないぞ」

 

 

 アンシュラオンの右手に、にゅるりと大量の水が這いずると、それが【二匹の蛇】に変化する。

 

 右手を突き出すと同時に、放たれた二匹の蛇が絡み合いながら襲いかかる。

 

 術士因子レベル4で使える『流連水蛇(りゅうれんすいじゃ)』と呼ばれる術式だ。

 

 現在のアンシュラオンは、因子レベル2までの術ならば百パーセント、3までならば比較的安定して扱える。

 

 その上である因子レベル4の術式は、たまに揺らぎが生じることがあるが、一応は使えるといった状況だ。

 

 よって、今回の攻撃は『実験』であり、慣らしだ。

 

 実戦で使ってこそ術も磨かれるというもの。その的として最適な相手と判断したのだ。

 

 二匹の水蛇が、のたうち回るように地面を抉りながら男に迫る。

 

 どう考えても避けることは不可能かつ、くらえばお陀仏の一撃だった。

 

 それでも男は逃げない。ここで死ぬ覚悟であった。

 

 

 

 だが、その時である。

 

 

 

 術と男の間に躍り出る者がいた。

 

 

 黒い戦闘服に身を包んだ人物が、水蛇に向かって槍を放つ。

 

 槍は一本槍ではなく、三叉槍(さんさそう)、あるいはトライデントに酷似したものだ。

 

 ブスッ!!

 

 槍は水蛇に突き刺さり、地面に縫い付ける。

 

 それと同時に周囲に結界が生まれ、二匹の水蛇を閉じ込めてしまった。

 

 ジタバタと水蛇は激しく暴れるが、槍が輝くたびに結界が強化され、最後には消失してしまう。

 

 

(あーあ、今のオレが使える最高レベルの術式なんだけどな。まあ、これもしょうがない)

 

 

 流連水蛇自体は破壊力よりも、相手に与えるデバフ効果のほうが重要だ。まとわりついた水蛇で動きを制限することで、次の攻撃を当てやすくするために使われることが多い。

 

 それよりアンシュラオンが生み出した術を霧散させたことが驚異的といえる。

 

 それだけで新たに出てきた人物が、盾の男よりも数段上の実力者であることがわかるだろう。

 

 戦闘服の男は、突き刺さった槍を引き抜くと、こちらを振り返る。

 

 

 矛先をこちらに向ければ敵とみなしたが―――

 

 

 

「お待ちください! 我々はあなたの敵ではありません!」

 

 

 

 槍を地面に置き、両手を上げた。

 

 

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