※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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629話 「ジュエル探索 その4『敗残の記憶』」

 

 老兵は土塊を投げ続け、サナは必死に回避する。

 

 一度だけ爆発矢で迎撃を試みたこともあるが、当たった部分をわずかばかり壊しただけで、ほとんど効果はなかった。

 

 迂闊に反撃して回避が遅れれば、それこそ致命的だ。ひたすらよけるしかない。

 

 いつの間にか追う側が追われる側になっている不思議。

 

 サナから仕掛けた戦いであることを思えば、なんとも奇妙な光景だ。

 

 

(ふむ、どうやら擬態ではない本物の子供のようだ。それであれだけ魔石の力を引き出せるとは、天才かよほど相性が良いのか。出会った場所が違えば、わかりあえる道もあったやもしれぬが…致し方ない)

 

 

 老兵側も攻撃を仕掛けられたうえに、ここまで手の内を見られたら、そのまま帰すわけにもいかない。

 

 最低でも戦闘不能にして尋問。最悪は殺してしまうかもしれない。

 

 もっと弱ければ手加減もできるが、なまじ強いがゆえに加減は難しい。

 

 老兵は武人としての覚悟を決める。

 

 そうして土塊を投げ続け、サナを追い込んでいた時である。

 

 

 ふと、周囲に【気配】を感じた。

 

 

 明らかにこちらを敵視している視線だ。

 

 波動円の範囲外でも、これほどあからさまな敵意に気付かないはずはない。

 

 一瞬少女の仲間かと思ったが―――

 

 

「ジジジッ…ジジジジッ」

 

 

 そこには奇怪な生物がいた。

 

 大きさは人間の子供くらいだが、見た目が完全に【虫】。コオロギやキリギリスに近い形状をしているだろうか。

 

 脚は六本あり、四本脚で立っているので前脚一対は、手のように大きく進化している。

 

 口には鋭く頑強な顎。目は大きな複眼。

 

 背中には翅(はね)があり、それがこすれてジジジという『威嚇音』を発している。

 

 虫嫌いの人間が見たら卒倒しそうな異形であるが、彼らからすれば人間のほうが異形で異質だ。

 

 なぜならば、ここは彼らの居住区であり、そこに勝手に入り込んで荒らしているのは人間のほうなのである。

 

 

 ジジジジジジジジジッ!

 

 ジジジジジジジジジッ!

 

 ジジジジジジジジジッ!

 

 

 羽音は増え続け、周囲に数百に及ぶ虫型魔獣、グーリロック〈朽森掃食虫〉が集まってきた。

 

 しかも集まってきたのは戦闘用の『兵隊』だ。

 

 群れのために自分たちより大きな魔獣すら打ち倒し、あっという間に細切れにしてしまう恐るべき兵士である。

 

 むろん外敵排除のためならば、命を惜しまず向かってくるだろう。

 

 

(こうも騒げば当然か! 関わらぬほうが身のためよ)

 

 

 老兵自身はこれまでほとんど魔獣を見たことがなく、虫型魔獣に遭遇した経験はさらに少ないが、刺激すれば危ういことだけは馬鹿でもわかる。

 

 そっとその場を離れようとするが―――

 

 

 ブーンッ ブシャッ

 

 

 老兵の視界の奥で、一匹のグーリロックの首が飛んだ。

 

 頭がなくなったくらいではすぐには死なず、胴体部分だけがワサワサと動いている姿が不気味だ。

 

 だが、それより不気味に見えたのは、刀を持ったサナ。

 

 彼女は切り落とした頭の触角を掴むと、これ見よがしに無造作に違う個体に投げつけた。

 

 さらに数匹を切り倒し、そそくさと森の奥に消えていった。

 

 訳がわからず呆然と立ち尽くす老兵だったが、一つだけ確信したことがある。

 

 

 

(誘い―――込まれた!!)

 

 

 

 闇雲に逃げていたのではない。

 

 意図的に魔獣がいる場所に老兵をおびき出したのだ。

 

 普通の人間に魔獣を探知することは難しいが、獣の『嗅覚』を持ってすれば造作もないことだ。

 

 この付近にはいくつものグーリロックの巣があり、すべて合わせると万に近い個体が棲んでいる。兵隊虫も相当数いるはずだ。

 

 そこに老兵が土塊を投げ込んだものだから、グーリロックが警戒するのも当然。

 

 

 そして仲間が殺されたとなれば―――怒るのも当然!!

 

 

 ジーーーーーーーーーーッ!!

 ジーーーーーーーーーーッ!!

 ジーーーーーーーーーーッ!!

 

 

 数百の羽音が重なったものだから、大気が振動するほどの爆音となる!

 

 この瞬間、グーリロックの敵は『人間という種』になった。

 

 老兵が「私は関係ない」と言ったところで通用するわけがない。そもそもそんな知性もないだろう。

 

 敵は敵。外敵に区別など存在しない。

 

 グーリロックが一斉に襲いかかってくる。

 

 

「くっ!! 戦う理由などないというに、まこと不毛なことよ!」

 

 

 老兵は自衛のために致し方なく応戦。

 

 拳で破壊し、薙ぎ払い、吹き飛ばすが、その数が膨大。

 

 

 ドドドドッ ガリガリガリッ!

 

 

 一度に数匹倒しても、その倍の数が雪崩のように次々と襲いかかり、四肢を噛み千切ろうとしてくる。

 

 彼ら一匹一匹は比較的小さいものの、地球のワニ程度ならば簡単に噛み千切ることができる。

 

 さすがに戦気を放出しているので、一撃でどうにかなるものではないが、虫型魔獣が持つ無機質な殺意に動揺を隠せない。

 

 このあたりは対人特化の傭兵と、魔獣専門のハンターとの違いに似ている。

 

 人間と魔獣とでは存在そのものが違うため、対処方法がまったく異なるのだ。

 

 種の違いによって老兵はグーリロックに苦戦。数で押し込まれ、少しずつ小さなダメージを負っていくことになる。

 

 

(このままではまずい! 強引に突破させてもらう!)

 

 

 魔石の力で、大地ごと持ち上げて振りほどくしかない。

 

 

 そう思って、虫たちに覆われながら手を大地に置くが―――頭上に気配

 

 

 木々を伝って移動してきたサナが、剣先を向けて上から落ちてきた。

 

 ただ落ちてきたのではなく、しっかりと枝を蹴って勢いをつけてからの『突撃』だ。

 

 

 ガジイイイッ ズブブッッ!

 

 

 予備で持ってきていたショートソードが、老兵の肩に突き刺さる。

 

 安物だったせいか衝撃で剣はバキンと折れてしまったが、刃はしっかりと肩に残った。

 

 ここも老兵が大地に手を押し付け、無防備になる瞬間を狙っていたのだ。

 

 

「はぁあ!!」

 

 

 ドゴンッ!!

 

 老兵はサナを蹴り飛ばして反撃。

 

 足元にいた虫を挟んだので威力は軽減したが、子供にとってはきつい一発。

 

 サナは骨に亀裂が入った左胸を押さえながらも、木にへばりついて距離を取る。

 

 

「…じー」

 

「っ!!」

 

 

 その時にちらっとこちらを見た彼女の視線に戦慄。

 

 

 観察―――している

 

 

 こちらがどれだけ弱ったかを見定めているのだ。

 

 その瞳の輝きは、周囲にいる虫たちよりも無機質で、なおかつ慎重で冷徹だった。

 

 

(この状況で勝とうとしているのか!? 明らかに力はわしのほうが上! それでもまだ勝つために力を尽くそうというのか!? こんな虫たちすら利用して!? そこまでして、あの子は何のために戦うのか!?)

 

 

 少女は何かに縛られたりはしない。勝つためならば何でも利用する。

 

 その姿があまりにいびつで違和感がありながらも、なぜか美しくさえ感じられる。

 

 だが、なぜ勝つのか。なぜ戦うかの疑念が老兵の脳裏に強く渦巻いた。

 

 それは彼を縛る『敗残の記憶』。

 

 

(我らは戦って…戦い続け……敗れた? 負けた、屈した? 不毛、無意味、無駄!?)

 

 

 どんなに正義が自己にあれ、悪の前に屈することがある。

 

 かつて老兵も戦い、必死にあらがい、そして敗れた。

 

 その屈辱、苦しみ、憎しみ、怒り、空虚は忘れることはできない。

 

 老兵には戦う理由が必要だった。だから【過去】にすがるしかない。

 

 

(…否、否、否!! 負けてなどいない! 負けられないのだ!! 何があっても負けられぬ!!)

 

 

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 

 

 老兵が力を振り絞って戦気を放出し、周囲のグーリロックを蹴散らす。

 

 大きくなった手で殺し、殺し、殺し尽くす。

 

 だが、虫が潰れるたびに無性に心が痛む。張り裂けそうになる。

 

 サナの迷いのない目を見たせいだろう。戦いの最中なのに過去の映像ばかりが浮かんでくる。

 

 仕方がない。彼はハンターでも荒野の住人でもないのだ。

 

 では、彼は何なのか。

 

 彼は―――

 

 

 

「百光長(ひゃくこうちょう)!! どこだ! どこにいる!?」

 

 

 

 迷いの中にあった老兵の耳に『声』が飛び込んできた。

 

 明らかに虫の声とは違う【同種】の存在のものだ。

 

 声がした方向を振り返ると、そこには二人の男がいた。

 

 どちらも鎧を着込んでいるが、老兵と比べてまだまだ若い。二十歳かそこらだろうか。

 

 

「なっ…! なぜここに!! お逃げくださいと申し上げたはず!!」

 

「百光長を置いて逃げることはできん! 仲間を見捨てるつもりはない!!」

 

「あなたとわしの命など比べるまでもない! お逃げください!」

 

「ええい、老体なら黙って若い私に任せておけ! このような虫など!!」

 

 

 朽葉(くちば)色の髪の毛をした青年が、果敢にも片手剣でグーリロックに切りかかる。

 

 ブーン ガンッ

 

 されど剣は、あっさりと弾かれた。

 

 グーリロックの皮膚は硬質化しているため非常に硬い。

 

 特に兵隊虫は戦闘用に進化しているので、銃弾でも簡単には貫けないだろう。

 

 

「…え? か、かたい? ―――ぶはっ!?」

 

 

 弾かれて驚いている間に、グーリロックが前脚で青年をぶっ叩く。

 

 子供の背丈から繰り出されるちょうどよい角度の一発が、顎をかち上げた。

 

 ふらふら ばたん

 

 

「う…うう……わたしを…おいて……はや…く逃げ……がくっ」

 

 

 それだけで青年は気絶。

 

 何やらカッコイイ台詞を吐こうとしたようだが、たった一撃でノックアウトは恥ずかしい。

 

 

「ええい、どけ!!」

 

 

 青年を叩いたグーリロックは、老兵の一撃で粉々に吹き飛んだ。

 

 これを見ると、老兵が強いのか青年が弱いのか迷うところだが、おそらくは両方だろう。

 

 その証拠に老兵は、もう一人の青年に激怒していた。

 

 

「なぜ連れてきた!! こうなることはわかっていただろう!」

 

「も、申し訳ありません!! どうあっても戻ろうとするので…護衛として離れるわけにもいかず!」

 

「言い訳はいい! 早く連れて逃げ―――」

 

 

 その時、老兵は最悪なものを見た。

 

 木の枝に掴まった少女の全身から凄まじい光が発していたからだ。

 

 バチバチバチッ バチバチバチッ

 

 雷が大きく広がると【獣】の姿へと変わっていく。

 

 

 

―――「ヴヴヴヴヴヴッ!!!」

 

 

 

 生まれたのは【青き狼】。

 

 ダメージを負って追い詰められた結果、魔石の制御が甘くなり、サナを守るために青雷狼が出現。

 

 彼女の目に、強く激しい野性が宿った。

 

 それと同時に『アレの発動準備』に入り、雷が一気に膨張する。

 

 

(まずい。これは…まずい)

 

 

 老兵は、今までとは比較にならない危機感を抱く。

 

 周りにいるグーリロックなどお話にならないレベルで、目の前の少女は危険であった。

 

 

「逃げろ!! 今すぐに逃げるぞ!!」

 

「は、はい!! う、うわっ!! 虫がまとわりついて…!」

 

「振りほどけ!! このままでは―――」

 

 

 虫には知性がないせいか、あるいは巣が近いゆえに逃げる選択肢がないのか、どちらにせよグーリロックたちは戦いをやめない。

 

 老兵たち人間に対して決死の攻撃を仕掛けてくる。

 

 その姿は皮肉にも、かつて老兵がやろうとしたことと同じ。

 

 同族を守るために命すら顧みない行動だった。

 

 

 そこに―――吼える

 

 

 

 

「ヴヴヴヴヴッ―――バオオオーーーーーーンッ!!!」

 

 

 

 

 『サンダー・マインドショックボイス』。

 

 格好良く表示するならば、T・MSVだ。

 

 今のところサナが持つ中で最大級のスキルかつ、その範囲の広さを思い知るだろう。

 

 

 

 雷の咆哮が―――薙ぎ払う!!!

 

 

 

 ババババババババッ!! ボボボボンッ!!!

 

 

 精神感応波を伴った雷が放射状に疾(はし)ると、雷に触れた虫たちが次々に爆発霧散していく。

 

 電子レンジでゆで卵が爆発する光景を思い浮かべれば、どんな状況かがわかるだろうか。

 

 虫程度では存在することも許されない威力の衝撃波なのだ。

 

 これを人間が受ければ、はたしてどうなるのか。

 

 

「死なぬ!! ここでは死なぬ!!」

 

 

 老兵が全戦気を両腕に集めて防御の態勢。

 

 後ろにいる二人を守るために自身を盾とする。

 

 

 衝撃波は一瞬で到達し―――激震!!

 

 

「ぐおおおおおおおおお!」

 

 

 思わず声が漏れてしまうほどの衝撃。

 

 身体を焼きながらも、さらに精神の奥深くまで貫く攻撃性に思考が飛ぶ。

 

 もし魔石で強化していなければ、虫同様に爆発していたかもしれない。

 

 

 バチッ バチバチバチッ

 

 

 衝撃が突き抜けたあとに残ったのは、かつて虫だったものの残骸と、老兵たち三人の姿だけ。

 

 老兵はかろうじて意識を取り留めたが―――

 

 

「っ…っっ……ごぼぼぼ」

 

 

 ばたん

 

 そのうちの一人、老兵に叱責されていた青年は白目を剥き、泡を吹いて倒れた。

 

 老兵が盾になって大半の衝撃を防いだにもかかわらず、かすかに触れただけでこの始末だ。

 

 

「すー、すー」

 

 

 唯一幸いなことは、最初にやってきた青年は無事なことだろうか。

 

 すでに倒れていたせいか影響が少なく、静かな寝息を立てて幸せそうにしている。

 

 この青年のせいで戻る羽目になり、とばっちりをくらった護衛の彼には深く同情してしまうが、今はそんなことを考えている暇はない。

 

 

「ぐう…うううっ……これほど……とは!」

 

 

 老兵が、膝をつく。

 

 ダメージをすべて身代わりで受けたのだ。これで済んだほうが驚異的といえる。

 

 されど、まだ苦難は去っていない。

 

 雷狼化したサナが、とどめを刺しに向かってきた。

 

 目に明確な殺意。手加減するつもりはまったくなさそうだ。

 

 

「わが命、ここで捨てる!! せめて道連れよ!」

 

 

 老兵が魔石の力をすべて解放。

 

 大地に手をつけると大量の土砂が噴き上がり、自身とサナを呑み込んでしまう。

 

 それを圧縮して固めて巨大な【土塊牢】を生み出した。

 

 完全に密閉したので、長時間いれば武人であっても窒息してしまうはずだ。

 

 もちろん老兵自身も例外ではない。死して相手も殺す自爆技である。

 

 

 

「負けぬ、負けぬ!! 我らは、負け―――」

 

 

 

 バチバチッ バゴーーーーーンッ!!!

 

 

 しかし、哀しいかな。

 

 どんなに決死の覚悟を決めても、それを上回る力の前には無力。

 

 彼女の魔石は、魔人が生み出した『最愛の証』。

 

 その偏向的で変質的で異常な愛情がもたらす力は、そこらの魔石とは規格が違うのだ。

 

 凄まじい雷撃が、あっさりと内部から土塊牢を破壊。

 

 無防備になった老兵に雷爪を突き立てようと向かってくる。

 

 

(ここで果てる…のか。このような場所で…! 我らは何のために……!! 無念!!)

 

 

 老兵が死を覚悟した時だった。

 

 

 

「―――っ!!!?」

 

 

 

 ゾワ ゾゾゾッ!!

 

 サナの全身の毛、髪の毛から産毛までもが一斉に逆立ち、それに合わせて雷までもが真上に放たれた。

 

 そして、飛び跳ねるように真後ろに後退。

 

 

 シュンッ

 

 

 直後、サナがいた場所に真上から巨大な『線』が降ってきた。

 

 線は『閃』となり、大地にめり込むと、そのまま大地そのものを切り裂いて、切り裂いて、切り裂いて―――

 

 

 ズパン!!

 

 

 ずる ずるるるるっ ゴゴゴゴッ

 

 

 ドゴーーーーーーンッ

 

 

 切り裂かれた岩場、およそ幅五十メートルの足場が少しずつズレていき、崖から落ちて粉々になった。

 

 断面図のように岩場の内部が見えたが、その中には巣があり、グーリロックの幼虫たちが見える。

 

 彼らが決死に戦っていたのは巣を守るためであった。

 

 

「…フーー、フーーーーッ!!」

 

 

 サナは呼吸を荒げ、閃光が飛んできた場所を睨み付ける。

 

 そこに猛烈な勢いで草木を薙ぎながらやってきた者がいた。

 

 

 

「バルドロス百光長!! 無事か!!」

 

 

 

 その場に現れたのは、煤けた深い金髪、梅幸茶(ばいこうちゃ)色の髪をした壮年の男。

 

 手にはロングソード。腰には金色の剣を差している。

 

 彼の姿を見た老兵は、心の底から安堵した。

 

 自身が助かることを喜んだのではない。少なくとも二人の命が救われたことを確信したのだ。

 

 

「…じー、スタタタタッ」

 

 

 サナはその人物を見ると、一目散に逃げ出していった。

 

 老兵が魔石を使っても一切逃げるそぶりを見せなかった彼女が、最初から戦うことを放棄したのだ。

 

 岩場を軽々切り裂いたのだ。今のサナにかなう相手ではない。

 

 

 

 

 

「助かりましたぞ。このような事態になり、誠に申し訳ない」

 

「………」

 

 

 敵が逃げたことを確認し、老兵が男に礼を述べる。

 

 だが、男はじっとサナが消えた方角を見つめ、何か考えるそぶりをしていた。

 

 

「どうされたか?」

 

「い、いや、なんでもない。それより無事でよかった。救援要請を受けたときは驚いたものだ。まさか東で異変が起きるとはな。ずっと西に注意が向いていた。こちらこそすまない」

 

「すべては我らの油断が原因です。閣下が謝られることはありませんぞ」

 

「しかし、貴殿がこれほど苦戦するとはな。相手は何者だ?」

 

「わかりませぬ。いきなり襲撃されました。されど、我らと同じ『ジュエリスト』であることは間違いありませぬな」

 

「ジュエリスト…? 本当なのか?」

 

「この老体の惨めな姿を見れば疑いようもありますまい。あんな子供に好き放題やられました。面目次第もない」

 

「そ、そうか。そう…なのか。詳しい話は戻ってから聞かせてくれ。まずはそこの若造…ではなく『殿下』を安全な場所に連れていかねばな。私が背負おう」

 

「いえ、お守りは我らの役目。最後まで任務を全うさせていただきたい。慣れておりますでな」

 

「あなたがそう言うのならば、お任せしよう」

 

「それにしても東の地は怖ろしいものですな。多少のブランクがあるとはいえ、いささか自信を失いました」

 

「あまり気を落とさないようにしてくれ。あれは【例外】かもしれんからな…」

 

「さきほどから様子が変ですな。何かご存知か?」

 

「うむ……」

 

 

 男は何かを言おうとしたが、あまりに混乱していて結局何も言葉が浮かばなかった。

 

 しかし、目で見たことだけは脳がしっかりと理解していた。

 

 

(今の少女は…まさか……いや、見間違えるわけがない。あの時の『スレイブ』だ。となれば、近くに【彼】がいるはずだ。これは僥倖か、あるいは災難か。できれば前者であってほしいがな)

 

 

 その男、ガンプドルフは、ただただサナが消えていった方角を見つめていた。

 

 

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