※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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638話 「魔剣士の現状 その7『王気、少年の心をもって』」

 

「調査隊はそこで二ヶ月の足止めを受けた。どのルートを通っても魔獣と遭遇するからだ。しかも執拗に追ってくるので視認した瞬間には撤退するしかなかった。だが、我々も遊びで来ているわけではない。時間がないため損害を覚悟で強行突破を目論んだ」

 

「必死に逃げながら先に進んだんだね」

 

「身も蓋もないが、その通りだ。地図の西側に突破した形跡があるだろう。ここだ」

 

「相当進んだね。かなり犠牲が出たでしょ」

 

「ああ、本当にな。私が信頼していた部下も大勢死んだ。…その当時の我々は、まだ東大陸の怖ろしさを理解していなかったのだ。その結果、ここが一番大きな犠牲が出た局面だった」

 

 

 聖剣長全員が国内にいる場合ならば他の者への監視は緩くなり、百光長レベルの騎士ならば比較的容易に外に出られた。

 

 そのため調査隊には一定数の部将も含まれていたのだが、そのほぼすべてが戦死する大惨事となってしまう。

 

 この一報を受けた時、さすがのガンプドルフも強いショックを受けて自己を責めたものだ。

 

 

「それでも国の命運がかかっている。調査隊はさらに進んだ。しかし、この先にもさらなる悪夢が待っていた。この【水色の部分】が見えるか?」

 

 

 彼らが魔獣たちを振り切り、その先で見たものは―――

 

 

「これは【氷山】だ」

 

「は? 氷? 荒野で?」

 

「そこはすべてが凍りついた大地だったのだ。険しい氷山が幾重にも連なり、人どころか魔獣さえも簡単には立ち入れぬ場所だったそうだ。ここでも実際に入った部下が死んだ。触れた瞬間にその者たちも凍り、粉々になってしまったという…」

 

「明らかに普通の氷じゃないね。…まさか術式?」

 

「あるいは特殊な氷を操っている魔獣がいるのかもしれない。どちらにせよ先には進めなかった。あまりに被害が出たため、ここで調査隊は一度ダマスカスにまで撤退することになった。その後に再度協議した結果、それ以後は外周の調査に専念することにしたのだ。これ以上の犠牲は払えなかったからだ」

 

「ただでさえ貴重な人員だもんね。不慣れな土地だし仕方ない」

 

「再び上陸した調査隊は大型魔獣を避けて、比較的安全なルートを探しながら北上した。そこには【巨大な谷】が広がっていた。底も見通せないほどの極めて深い谷が、長さ何百キロにもわたって存在していたのだ」

 

「この灰色は穴なんだね。亀裂みたいな感じ?」

 

「そのほうが適切かもしれない。私も見たが、強大な力で無理やり地面を引き裂いたようだったよ。かつての『大災厄』で生まれたものかもしれんな」

 

「戦気術で強引に空中を駆けても無理?」

 

「戦艦の高感度ソナーでも観測したが、一番幅が狭いところで五十キロメートル以上はありそうだった。空でも飛ばぬ限りは無理だろう。いや、仮に空を飛べても『毒素』でやられるかもしれんな。谷からは常に有害物質が放出されているらしく、虫を含めて生物は一匹たりともいなかった」

 

「毒まであるのか。最悪だね。毒が効かないオレなら突破もできそうだけど…独りで渡っても意味ないよね」

 

「そういうことだ。あくまで一般人も通れるルートでなくてはならない。毒素の元凶を突き止めて浄化しない限り、あの場所に近寄るのは危険だろう。そして、それを避けるように移動した先、この【黄色の部分】が見えるか?」

 

「ああ、この上の部分ね。ちょうど氷の部分の北にあたるのかな?」

 

「そこも谷だが底が見えて一見通れそうに思えた。毒素もかなり薄まっていたので期待したものの、実際は二十四時間【雷が轟く暗黒の谷】だった。凄まじい雷撃の嵐で近寄るだけで機器がダウンするほどだ。当然ながら立ち入れる場所ではないため、そのルートも断念することになった。また、そこでバッデル・ギース〈雷谷の大猩亀(オオザルカメ)〉を発見した」

 

「バッデル・ギース…四大悪獣の一匹か。名前にも雷谷ってあるし、いてもおかしくはないよね。どんな魔獣だった? 倒せそう?」

 

「見た目は甲羅を身にまとった巨大な猿だ。一般の都市からすれば脅威ではあるのだろうが、殲滅級の魔獣とはいえ我々の戦力ならば十分倒せるレベルではある。問題は魔獣単体ではなく環境条件だ。私個人は聖剣を使えば雷に絶対の耐性を得られるが、雷に弱い戦艦が入ることができないのは痛い。深手を負わせても奥に逃げられたら追うのが大変だ」

 

「デアンカ・ギースも地中に逃げたし、魔獣は常に自分に有利な場所を選ぶもんだ。倒すならおびき寄せてからだろうね。それにしても、なんだか思っていたより酷くない?」

 

「ああ、酷い。酷すぎる」

 

「西大陸の自然もこんな感じ?」

 

「もしそうならば西大陸は発展していない。ここがあまりに異常なのだ」

 

「そりゃそうか。火怨山もこんなに変じゃなかったしね」

 

「だが、まだまだ困難は続く」

 

「聞いているだけでつらくなるよ。で、そこから右に行くと…これは森かな。ここなら通れそうじゃない?」

 

「地図ではそう見えるが、非常に濃い森林地帯が広がっていた。そこは亜熱帯に近い気候で、生えている植物もツタのようなものが多く、人が立ち入ることも難しい場所だった。調査に入った者が、ものの数秒で食虫植物…いや、食人植物に食われてしまったからな…」

 

「今度は植物か。植物までも人間に敵対的なんだなぁ。でも、谷よりはましに聞こえるね。最悪焼き払って進むこともできそうだ」

 

「その通りだ。あまり現実的ではないが戦艦の主砲で森ごと破壊する手もある。大きな湖も確認しているので拠点候補の一つにはなっていた」

 

「そこを最初の拠点にしなかったのは安全面からかな?」

 

「うむ、周囲の地形を見てもわかると思うが、そこは火怨山の麓の森にも近い。そちらも調査したが南の森よりも魔獣の質が高かった。…少年、本当に火怨山で暮らしていたのか?」

 

「うん、そうだよ。サナの魔石も麓の森の魔獣から奪ったんだ。あのあたりの魔獣はあまり強くなかった気がしたけどね。真後ろまで近寄っても気づかないレベルの雑魚ばかりだよ」

 

「…君とは魔獣に対する認識がだいぶ違うようだな。さすがだ。だが、一般人からすれば危険な魔獣たちには変わりない。我々はそこを無理に攻略するのではなく、さらに安全なルートを見つけるためにそのまま東に向かった。すると、ここでも強力な魔獣と遭遇した」

 

「うーん、局地的に変な場所があって、その隙間を魔獣が埋めている感じがするよね。まあ、特異な環境条件からあぶれた魔獣同士が、残った生息域をめぐって生存競争を繰り広げるのが自然の流れなんだけどね」

 

「しかも西方の魔獣は、明らかに人に対して敵意を持っている。魔獣が人を恨むことはあるのか?」

 

「知能が高い魔獣なら普通にあるけど、遭遇する魔獣全部がそうなんでしょう? 種類や種族も違うだろうし、普段人間が立ち寄らない場所なんだから、ちょっとありえないかな。常時人を餌にしているわけでもなさそうだしね」

 

「では、周囲の環境の影響を受けている可能性は?」

 

「それはあるね。魔獣は特に大地と密接に関わっているから影響を受けやすいんだ。でもそうなると西方一帯が、全部人を排除する性質を帯びていることになるけどね」

 

「それはそれで頭が痛い話だな。話を戻すが、調査隊はそこも避け、森や岩山を避けるように移動してグラス・ギースの真上にまで至った。私が戦艦でやってきた時もこのルートを使っている」

 

「なるほど。そこでオレと出会ったってことか。なんで戦艦があんな場所にいるのか不思議だったけど、これで謎が解けたよ」

 

 

 アンシュラオンが出会ったのは約半年前のことだが、それ以前からルートの調査は行っていたのだ。すべては戦艦を安全に移動させるために、である。

 

 彼らの身の上を考えれば、存在を公にするわけにはいかなかった。少なくとも戦艦の存在だけは秘めておかねばならない。

 

 それゆえに目撃者は全員排除する必要があった。

 

 それを徹底した結果、戦艦は守られたのだ。

 

 

(たしかにグラス・ギースではDBDの噂は流れていたが、戦艦に関しては一度も聞かなかったな。そりゃ戦艦ともなれば見過ごしてはおけない勢力もあるだろう。場合によっては奪おうと思う連中まで出てくるかもしれない。東側でまだほかに戦艦を見ていないことを考えると、これこそが西側の技術の結晶なんだろうね。隠すのも当然だ)

 

 

「それで、次はどうしたの?」

 

「調査隊は、ここで一度二手に分かれた。グラス・ギースと接触しながら西方を探る部隊。もう一つはハピ・クジュネから海峡を移動して北部南方を探る部隊だ」

 

「ハピ・クジュネにも行ったんだね。どんな場所だった?」

 

「海に面している都市ゆえに豊かだそうだ。こう言っては悪いが、経済規模はグラス・ギースとは比べ物にならないだろう」

 

「なんなら、そっちと交渉すればよかったのに。あんな領主より何十倍もよかったんじゃない?」

 

「豊かだが地理に問題がある。南部に近く、多くの者が交易で訪れる都市では情報が漏れる可能性が高くなる。また、防衛するにしても我々は海上での戦いには慣れていない。すでに海の魔獣にやられた経験もあったため、あまり海辺には寄りたくないのだ」

 

「ハピ・クジュネにも軍隊はあるの?」

 

「自衛軍は持っているようだが傭兵の数も多かったと聞く。内情はグラス・ギースとそう変わらない。規模が違うだけだ」

 

「あっ、そっか。だからいろいろな都市にハローワークがあるんだ。そこが斡旋を勝手にやってくれるから勝手に傭兵も集まってくる。それ自体が自衛なのか」

 

「そういうことだ。我々の国にもハローワークはある。どちらにせよ海に面した都市は有利な点が多い。生活用水に困ることはないからな」

 

「海の幸か。いいなー、一度行ってみたいな」

 

「では、先にハピ・クジュネの調査隊の話をしよう。交通ルートが確立されていたため都市には比較的安全に着けたようだ。着いたあとは漁業組合と交渉し、大きな船を借りて海岸沿いに調査を進めた。上陸はせず海上から偵察するレベルだがな」

 

「海峡に魔獣は出ないの? 船に乗ってて攻撃されない?」

 

「海中に水棲魔獣はいるが、海上にまで出没するものは少ないようだ。漁をしていて網が破られる程度の被害らしい。よほど沖に出なければ安全と聞いている」

 

「西の海との落差がすごくない? 平和すぎでしょ」

 

「西に近づけば近づくほど魔獣が凶暴になるようだ。実際、そこから海峡を南下していったが、その先の陸地で明らかに危険な魔獣の存在が確認されている。幸いながら海上では襲われることはなかったが、上陸していたら同じ結果になっていただろうな」

 

「地図を見ると、そのまま南から西に行ったみたいだね。この緑色のは何? どうせまた危ない場所なんじゃないの?」

 

「それは【嵐の台地】だ。地形は山脈ほど険しくはないが、人など簡単に吹き飛ぶほどの強風でまったく進めない。強引に進めば細切れになるレベルだという。たとえるのならば、風鎌牙が常時渦巻いているような場所だ」

 

「氷の山脈、毒と雷の谷、食人植物の森、嵐の台地。踏んだり蹴ったりだ」

 

「もう一つオマケに『底無し砂漠』もある。この魔獣の狩場から南に移動すればすぐに見えてくるさ」

 

「流砂みたいな感じ?」

 

「ああ、砂で足が取られるうえに、どこまでも沈み込む。流砂の中には落ちてきた獲物を喰らうワーム型の魔獣も大量にいるから最悪だ。そこは私も実際に見てきたから危険性は理解している」

 

 

https://public.muragon.com/a0sluz78/0ywoh1uj/resize/640x640.jpg?1621857010000

※ブログ画像参照

 

 

 こうしてガンプドルフから散々な結果を聞かされる。

 

 サナの国を創ると息巻いたはよいが、いきなり先制パンチをくらった気分だ。

 

 

(オレが想定していたのは、そこそこ強い魔獣がいる普通の荒野だ。だが、この情報が正しいとすれば、そんな簡単な話じゃないことがわかる。自然現象だけはどうにもできないしな。…これはもう無理か?)

 

 

 ただでさえDBD自体が地雷なのに、さらに真上から爆撃されたようなものである。

 

 アンシュラオンも明らかに異常な状態に諦めたくなったが、肝心のガンプドルフの目が死んでいないことに気づく。

 

 そこには単に必死とかがむしゃらではない『正気』が宿っていた。

 

 

「これだけの状況でも勝ち目があるって顔をしているね。いくら追い詰められていてもさ、普通なら違うところに行くよね。でも、おっさんはあえてここを選んだ。その理由は何?」

 

「少年は東大陸のことはどれだけ知っている?」

 

「ほとんど知らないかな。直近では三百年以上前に大災厄があったこと。それと遺跡が多いとは聞いているよ。グラス・ギース自体も遺跡の上に建てられたみたいだしね。おっさんは詳しいの?」

 

「いや、私も似たようなものだ。もともと西側の人間は東大陸にあまり興味がないのが実情だろう。入植にもさして期待しておらず、もし何か見つかれば儲けものくらいにしか考えていないはずだ。あちら側からすれば、ここは【流刑地】でしかないしな」

 

「こんな荒野じゃ当然かな。入植を任されるのも左遷された連中が多いらしいね。だからやる気もあまり無い」

 

 

 このあたりはダビアから聞いた情報だ。

 

 東大陸の西部一帯はほぼ荒野であり、そこに送られる者たちも大半が『労働者』である。西大陸にいても身分の格差や貧困によって居心地が悪い者を選び、または募集し、僻地である入植地に送り込む。

 

 当然、それを監督する者たちにとっても『左遷』と同義である。中央で要職の席が埋まってしまったから閑職に回されたのだ。

 

 稀に有力者が理想を叶えるために未開拓地を確保することもあるが、だいたいは資金不足で途上で終わるため、荒れ果てたまま放置されることが多い。

 

 南部の開拓が始まってしばらく経つのに、いまだに混沌としているのはこういった事情もある。

 

 

「だが、チャンスがないわけではない。我々も東大陸に出向く以上は最低限調べてきた。ここがかつての【文明の中心地】であったことは知っているか?」

 

「遺跡があるなら文明があった証拠だよね。救済者とかいう組織も遺跡を盗掘して貴重なアイテムを奪っているみたいだし、そうした昔の宝物があるかもってこと?」

 

「うむ、前文明の情報は現代にはまったく残っていないが、遺跡からは現在の技術以上のものが出てくることが多い。むしろ聖剣や魔剣といったものの大半は、その時代に生み出されたものなのだ。それを模倣して、新たに聖剣を作っているのが現代の名工たちだ」

 

「模倣さえ難しいってことは、前文明の技術は失われているの? 西側の技術は前の文明からのものじゃないの?」

 

「まったく違うものだ。西側文明の技術は、主に【大陸王】が世界を統一した時から発展してきた【新しい技術体系】となる。前文明の技術は、ほぼ完全に消失しているため、残っているものは発掘される遺物に限られている。むろん現在の技術には遺物を解析したデータも加えられているが、前文明にはまだまだ遠く及んでいないのが実状だ」

 

「見つけて自前で解析して真似るしか方法がないのか。技術体系が違うなら、なおさら難しいよね。というか大陸王って誰?」

 

「そんなに博識なのに知らないとは…少年の知識は偏っているな。大陸通貨に顔が描かれているだろう?」

 

「ああ、あのおっさんか。女なら見るけど、男をまじまじと見る趣味はないんだ」

 

「あの顔が本物かどうかはわからないがな。大陸王は、およそ七千年前に世界を統一した【覇王】だ」

 

「え? 覇王なの?」

 

「そうだ。彼こそ【初代覇王】だ」

 

 

 

 大陸王は、覇王。

 

 

 それ以前からも戦士因子を最大限にまで覚醒させた者はいたかもしれないが、覇王という名が使われ始めたのは大陸王からである。

 

 なぜならば【覇道】を実際に成し得たからだ。

 

 

「大陸王が真に偉大だったのは、ただ世界を統一したからだけではない。共通言語から技術体系まで、すべてを新しいものにしてしまったのだ。それまでは文明レベルも低く言語もバラバラで、銃さえも満足に存在しない世界だったというからな。その功績は大きい」

 

「前文明ってのはいつの話なの?」

 

「それも詳しいことはわかっていないが、発掘された遺物を調べた結果、最低でも一万年以上前には滅んでいたそうだ」

 

「大陸王の統一が七千年前なら、前文明との間におよそ三千年の空白があるよね。三千年は人類史にとってそれなりに長い年月だ。それまでずっと混沌としていたのは不思議だね。一つの文明ができてもおかしくはなさそうだけど…」

 

「逆に大陸王が凄すぎたのかもしれん。新しい技術体系など簡単には作れないからな。さすがの大陸王も普及させるまでには百年以上かかったそうだが、今でも残っているとはすごいものだ。今我々が話している言葉もそうなのだからな」

 

「…言葉…か」

 

 

(進化の世界においては時折、時代を急速に進める『きっかけ』が起こるもんだ。たとえば地球の文明だって、ある時を境に急激に進化していった。産業革命なんかもそうだし、パソコンや通信技術の異様な発展もそうだ。今まで原始的だったのが、たかだか数十年で生き方そのものが変わってしまうほどに進化する。この世界においては、それが大陸王の出現だったんだな。ということは―――)

 

 

 アンシュラオンの中に一つの確信が芽生えた。

 

 

 

 大陸王は―――【異邦人】

 

 

 

 の可能性が極めて高い。

 

 なぜならば、下界に来てからずっと不思議だった答えに繋がるからだ。

 

 

(しかも大陸王は元日本人の可能性が高い。だから日本語が通じるんだ!! 多少の違いはあるが、ほぼ日本語と漢字がそのまま使える世界なんておかしいからね。カンマの使い方もどう考えても『円』だよ)

 

 

 特に記載はしなかったが、大陸通貨におけるカンマは『四桁』である。

 

 つまりは一万円の場合、「1,0000」と表記されている。

 

 三桁に慣れた現代人には逆に見づらいかもしれないが、円ならばこちらのほうが見やすいのだ。

 

 たとえば今の一万もそうだし、百万は「100,0000」、一千万は「1000,0000」一億は「1,0000,0000」だ。

 

 単純に下四桁を切ってしまえば、そのままが万の数字として数えることができる。日本語は「万進法」を使っているから、そもそも四桁で示すのが普通なのだ。

 

 

 そして何より【言語】である。

 

 

 この世界に転生して言葉に困らなかったのは、大陸語が日本語だったからだ。地域によって訛りはあるが基本は標準日本語そのものである。

 

 文字も同じく日本語だ。漢字と平仮名、そして『片仮名』。

 

 片仮名はそもそも日本で作られたもののようで、他の国ではまずお目にかからないものだ。それによって片仮名で書いておくと、外人には偽造されにくいという話もあるくらいだ。

 

 異邦人に日本人が多い理由も、そのほうが馴染みやすいからだろう。どちらが先かはわからないが、これで辻褄が合う。

 

 ちなみに大陸暦の始まりは、すべての技術体系と言語が完成し、普及してから始まったものなので、実質的な世界統一との間に数百年の時間のズレがある。

 

 

「大陸王がすごいことはわかったけど、今の状況とどう関係があるの? わざわざそんな話をするということは何かあるんでしょ? おっさんが目星を付けた何かがさ」

 

「あくまで噂だが、東大陸北部に―――【首都】があったそうだ」

 

「首都? 大陸王の?」

 

 

 

―――「いや、【前文明の大首都】だ」

 

 

 

「前文明の…まさか中心地ってそういう意味?」

 

「そこでは全世界最高の技術と人材と物が集まっていた。高度な技術によって造られた煌びやかな建造物。その中に飾られた数々の美術品や財宝の山。当然、聖剣だって大量にあったはずだ。外を守るは整然と居並ぶ守護者の巨人や使役された強力な魔獣たち。空も彼らに支配され、数多くの竜が飛び回っていたという。それだけに飽き足らず、前文明の【超越者】たちは生死すら自在に操り、自由に身体を入れ替えて永遠の命を手に入れたそうだ。まあ、滅びてしまったので永遠ではなかったようだがな」

 

「…おっさんは、それを信じているの? けっこう眉唾ものじゃない?」

 

「すべて噂話。おとぎ話だ。どこまで本当かはわからん。だが、今の時代でも地下から彼らの遺物が発見されているのだ。ロマンがあるとは思わないか?」

 

「滅びたなら誤っていたということだ。結局その文明のあり方は、女神様の御心ではなかったということじゃないかな」

 

「少年は女神信仰者か?」

 

「いいや、単に女性の味方なだけさ。いかなるときもオレは女神様を助けるつもりなんだ。困ってる良い女は助ける。それが流儀さ」

 

「そこまでいけば立派だな。見習いたいものだ。しかし、少年もこの異常な西方の状況を見ておかしいと思ったはずだ。普通ならばありえないが、もし本当にこの大地に前文明の首都があったならばどうだろうか」

 

「この異常な自然環境は、その結果によって生まれたものだってこと?」

 

「そう考えるのが道理だ。前提が合っているのならばな」

 

「………」

 

 

(ガンプドルフが藁にもすがりたい気持ちでいるのはたしかだ。そういう時、人間は宗教にはまりやすい。根も葉もない自分に都合の良い噂を信じたり、期待してしまう。しかし、それを差し引いてもなお異常な気象は事実だ。だってこの地図、明らかにおかしいもんね)

 

 

 どう見ても、西方の中心部に向かうにつれて環境が厳しくなっている。

 

 火怨山においてもアンシュラオンが住んでいた場所は、まさに山の中心部分であったため、その周囲の魔獣のレベルも桁違いだった。

 

 天竜もたまに飛来していたことから、もしかしたら火怨山には強い魔獣を引き寄せる何かがあったのかもしれない。

 

 それと同じく西方のどこか、ガンプドルフの話が本当ならば『大首都』に何かあるのは間違いない。それならばすべてが納得できる。

 

 が、あくまですべて噂である。

 

 そこらの少年少女が失われた文明に憧れるのならばともかく、目の前の男は軍人かつ司令官だ。そんな夢を見ている余裕はない。

 

 

「言いたいことはわかるよ。味方を動かすためにはロマンが必要なんでしょ?」

 

「…そこまで見抜かれているのか」

 

「おっさんがいくら聖剣長だといっても、国がなくなったら地位にも価値がなくなる。ただの強い武人でしかない。国家が強いのは『生活の保証と安心』があるからだ。今のおっさんにはそれを与えることができない。だからそんな話にもすがらないといけないんだ」

 

「…その通りだ」

 

 

 ガンプドルフは国家の重要性を説いた。

 

 だからこそ亡命状態にある自分の無力さを痛感していることだろう。

 

 できるかどうかもわからない開拓に多くの部下を巻き込んでいる。すでに犠牲者も数多く出て後戻りはできない。

 

 だが、部下だって人間だ。愛国心だけでは生きてはいけない。何かしらの成果が必要だ。そこに至るまでの希望が必要だ。

 

 

「おっさんは夢にすがらないといけない。それだけ苦しい状況なんだね」

 

「わかっている。無謀な賭けだとわかっているのだ。だが、私はそれでも―――」

 

 

 

 

「いいじゃん」

 

 

 

 

「―――うぇ?」

 

「ロマン、いいじゃん」

 

「え……ぁ……ぁあ……?」

 

 

 ガンプドルフほどの人物が、素っ頓狂な声を出してアンシュラオンを凝視している。

 

 自分で言っていても苦しい話だ。否定されることはあれ、肯定されるとは思いもしなかったのだろう。

 

 だが、白い少年は屈託のない笑顔を浮かべている。

 

 

「なにを呆けてるのさ。おっさんのしけたツラを見ても楽しくもなんともないよ。ほら、しっかりしな。将軍なんでしょ。いつだって自信ありげにしていなきゃ周りが不安になるよ」

 

「その…少年、いいのか?」

 

「ん? ロマンの話? もちろんだよ。だって、楽しいじゃないか!! そりゃ噂だよ。そんな眉唾もんの話を信じるほうがどうかしている。でも、それが本当に噂かどうかを知るには調べないといけない。オレはさ、今すごい―――」

 

 

 

 

 

―――「ワクワクしてるぞぉおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 ビィイイイイイイイッンン!!

 

 

 せっかくの完全防音なので叫んでみた。

 

 もちろん外には声は聴こえないが、目の前にいるガンプドルフが震えるほどの大声だ。ただでさえ声が大きいのだから、これは相当な音量に違いない。

 

 だがしかし、興奮が止まらない!!

 

 

 

「そうだよ、オレはこういうものを求めてたんだよな!! せっかくこんな場所に来たんだから、冒険とロマンがないとつまらないって!! オレがまだ見たことないものがそこにあるかもしれない! ないかもしれない? だからどうした!! いいじゃないか、やってやろうぜ!! オレの妹だぞ!! 特別なんだぞ!! だったら普通の場所で満足するわけないだろう!! 誰も成し遂げていないことをしてやるんだあああああああああああああ!!」

 

 

 

 今、ワクワクしている。

 

 今、ドキドキしている。

 

 ガンプドルフの話を聞いた瞬間から、無性に冒険したい欲求に駆られてしまっている。

 

 

「しょ、少年……」

 

「そうだ。オレは少年だ!! 少年なら夢を見たっていい! そうだろう!! あれが駄目だとか、これをしちゃいけないとか、そんなのくそったれだ!! 馬鹿が言う台詞だ! 何もしないやつが自己弁護するための言葉だ!! おっさんだってワクワクするだろう!? 今はおっさんだけど昔は少年だったんだぞ!!」

 

「っ!!」

 

「自分で言ったんだから、最初から諦めるなよ!!」

 

 

 ドンッ

 

 アンシュラオンが、ガンプドルフの胸を叩く。

 

 それは文字通りの張り手。遠慮なく全力で叩いたので、再び骨が折れそうなほどの衝撃が走る。

 

 

「オレが協力してやるから財宝を見つけてやろうよ。ああ、もちろん全部オレがもらうけどね!! どうせ王女と結婚したら全部オレのものなんだからさ、いいよね? うん、わかった、ありがとう!! じゃ、そういうことで!! ひゃっほー!! 楽しみだなぁあああ!!」

 

 

 ガンプドルフが悶えている間に既成事実を作ってしまう。さすがの悪党だ。自分のことしか考えていない。

 

 

 が―――熱い!!

 

 

 叩かれた場所からエネルギーが身体全体に行き渡る。

 

 心臓が熱い。心が熱い。魂が燃えるようだ。

 

 

 その瞬間、意識が少年時代に戻った気がした。

 

 

 DBDでは年に一度、聖剣がお披露目される時期があった。まだ所有者が決まっていない聖剣を公表することで、聖剣に認められる者がいないかを探す行事でもある。

 

 少年の頃、それを見て「いつか自分も聖剣に選ばれるのだ」と憧れた。

 

 鉱夫だった父親からは反対されたが、強引に騎士になった。

 

 騎士になり少しずつ頭角を現したものの、聖剣には選ばれなかった。

 

 いくつもの季節が流れ、少年は大人になり、中年になった。まだ聖剣には選ばれない。

 

 その頃、光の聖剣をまだ子供だったシントピアが受け継ぎ話題になった。

 

 天才少女が現れた。聖剣王国の希望だ。未来は明るい、と人々は騒ぐ。

 

 正直、挫折しそうになった。自分には才能がないのかもしれないと、うな垂れた。

 

 だが、諦めなかった。諦められなかった。

 

 

 そこには夢とロマンが―――あったから!

 

 

 いつか見た夢を追いかけて死に物狂いで鍛錬し、あがき、苦しみ、どんな場面でも諦めなかった。諦めるわけにはいかなかった。

 

 上官には煙たがられたが、部下は自分を信頼してくれた。

 

 そんな自分が聖剣長になれたのは、まさに奇跡でしかなかった。

 

 顔に壮年のシワが少し刻まれた頃、聖剣のお披露目の行事。

 

 これが最後のチャンスと子供たちを押しのけて最前列で祈った。頭を床に叩きつけて請い願った。周りの親衛隊に呆れられ、止められたが、それでもやめなかった。

 

 必死だった。夢中だった。その瞳には聖剣しか映っていなかった。

 

 それを面白いと思ったのかもしれない。雷妖王はガンプドルフを選んだ。

 

 哀れみで得たようなチャンス。一興で得た力。それが自分の誇り。精一杯の成果。

 

 だが、後悔したことはない。

 

 

(いつだってなさけないな、私は。いつも醜態を晒して生きている。だが、だが、それがどうした!! この胸の熱い想いはいつになっても変わらない!! 彼がそれを思い出させてくれた!)

 

 

 目の前の少年は、「強い魔獣を支配したいなー」とか「その力を使ってスレイブ・ギアスを強化しよう」とか「財宝に埋もれて泳ぎたい」とか欲望まみれのことを言っているが、何一つ負い目も感じず思うがままに生きている。(見ているほうは恥ずかしいが)

 

 しかしながら、その姿が、声が、情熱が、いつだって他人を惹きつける。

 

 それでいいのだと教えてくれる。それが正しいと後押ししてくれる。

 

 

(彼と一緒にいると何でもできてしまうような気がする。そうだ。そうなのだ。私はこの力に惹かれたのだ。私の迷いは―――晴れた!!)

 

 

 ガンプドルフは、この瞬間にすべてをアンシュラオンに託した。

 

 その結果何があっても恨まないし、自分もすべてをかけて挑む、と。

 

 実際のところ、ガンプドルフも現状に絶望していた。

 

 誰だってこんな最悪の状況を見れば逃げたくなる。だが、彼にはできなかった。もう戻る場所も時間もないのだ。そうやって自分を奮い立たせても、所詮独りではどうにもならない現実が立ち塞がる。

 

 だからこそアンシュラオンの手が、光が、『王気』が必要だったのだ。

 

 

 

 王気を持つ者こそ―――【王】!!

 

 

 

 人々に勇気と希望を与え、どんな劣悪な環境さえも覆してしまう最強の力を持つ者なのだ。

 

 それができるのならば、悪人だろうが小悪党だろうが関係ない。十分命を託すだけの価値がある。

 

 

 この瞬間、歴史は動いた。

 

 

 今、『国』への小さな小さな産声が上がったのだ。

 

 

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