【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
翌朝。
キャンプの一日は忙しい。
夜が完全に明けきる前には哨戒任務に出ていった兵士たちが帰還し、入れ替わるように別の部隊が哨戒に出る。
この周辺は比較的安全とはいえ、どこから魔獣が出てくるかわからない。キャンプの安全確保には細心の注意が必要となる。
それから一時間。
遠くの木々がうっすらと朝日を浴びて白む頃には、キャンプから煙が上がる。
これは何か異変があったわけではなく、単純に【食事】の準備だ。
軍人だからといって食事が貧相なわけではない。グラス・ギースとの交流のおかげで食材は最低限あるし、周辺の森からも食べられそうなものを見つけている。
なにせ彼らの任務は、「いかにこの土地で一般人が快適に生活できるようにするか」なのだ。食材の調査は必須である。
ただし、率先して味見しなければならないという「罰ゲーム」もある。
「またこれか…」
黒い
往々にして味が良い果実類は数が少ない。魔獣たちも好んで食べるため、彼らと取り合いをしなければならず、結局のところ軍人に回されるのは「外れ」の食材ばかりである。
この食材もまさにそういった類のもので、数はそれなりに採れるが味は美味しくないパターンだ。ネタに困るとだいたいこれが回されてくる。
だが、それも仕方ない。
現状のDBDは調査するだけで精一杯。戦艦さえも行方不明になる惨状だ。食べ物があるだけでも感謝すべきだろう。
「なにこれ?」
「名前はまだ無いんだが、水気がなくてボソボソしているんだ。食べられなくはないけど…人気がないのも当然だよな」
「森で採れるの?」
「ああ、大きな木があって、その周囲にたくさん出来ているんだ。魔獣も食べないみたいだから数は確保できそうだが、肝心の味がな…変な苦みもあるし……って、うわわっ!」
「ん? どうしたの?」
「ど、どうしてここにいるんだ……じゃなくて、いるんですか!?」
そこにいたのはアンシュラオン。
当たり前のように背後にいるから怖い。
「キャンプは自由に出入りしていいって言われたからね」
「で、でも、門は開いてなかったはずですけど…」
「うん、飛び越えてきたんだ」
「と、飛び越えて!? け、警報装置があったはずですが…」
「駄目だよ。あんな簡単な術式じゃ。
ジリリリリリリッ!!
―――「うわっ!? なんだ!!」
―――「敵襲か!?」
ちょうどその時、門を開いた兵士たちが突然の警報に驚く声が聴こえた。
当然、犯人はこの男だ。
「ちょっと術式をいじくって、門から出る時に鳴るようにしといたよ」
「えええええ!? こ、困りますよ!! なんでそんなことをしたんですか!?」
「うーん、暇だったから?」
「理由が酷い!?」
「まあまあ、それはいいとして調理に励もう。君が今日の料理当番かね?」
「は、はい、そうであります!」
調理当番の男は、まだまだ若い兵士だった。
こういう仕事はいつだって下っ端の役目だ。わざわざ騎士がやるものではない。
とはいえアンシュラオンに対して敬語で話していることからも、ガンプドルフの命令はしっかりと伝わっていることがわかる。
「で、この食材を使えと命令があったんだね」
「そ、そうです」
「いつもこれ、どうやって食べているの?」
「いろいろと試しているのですが、焼いて調味料をかければ、なんとか食べられなくはないという感じでしょうか…」
「『毒』は抜いてる?」
「ど、毒!? 毒なんてあるんですか!?」
「ふーん、その様子を見ると毒素は弱いのかな? それともキャンプの連中に武人が多いから大丈夫なのかな? といっても一般人が食べたらお腹を壊すくらいの事態にはなりそうだ。味も悪くなるから毒は取ったほうがよさそうだね。この芽のところに毒があるから軽く火で炙るといい」
「助かります! それにしても、この食材をご存知だったとは驚きました。東側では有名なものなのですか?」
「いや、そんなことはないだろうね。グラス・ギースでは見たこともなかったし、このあたりにしかないんじゃない?」
「それをご存知とは博識でありますな」
「まあね。そこで相談だ。今回の食事、オレたちに任せてみないか?」
「え? そ、それはその……」
「わかっている。よそ者のオレたちなんか信じられないよね。特に食事は一番危険だ。だから信頼できる者だけに任せる。そうだよね?」
「は、はい」
「では、どうだろう。これならばいいだろうか。その料理を作るのは―――小百合さんだ!!」
「―――!!!!!」
「君も昨日、あの場にいたね。あの艶やかな黒い髪に明るい笑顔。実に素敵な女性だ。お嫁さんにしたら最高だろうね。いやいや、もちろん彼女はオレの従者で君たちが触れられる存在ではない。がしかし、わずかながらでも幸せをお裾分けすることはできる。君は汗臭い男が作った料理より、女性が作った料理を食べたいとは思わないかい?」
「そ、それは!!!」
「彼女はハローワークの職員でもある。その信頼性は抜群だ。ああ、そうそう。オレのメイドたちにも手伝わせるつもりだ」
「め、メイド!!?」
「そうだ、メイドだ。君の国にはメイドはいるのか?」
「い、いるとは思いますが…お金持ちでないと……」
「東大陸の女性もいいぞぉ。西側のように変に垢抜けていない。素朴で従順で明るくて、言うことは何でも聞いてくれる。君も欲しいとは思わないかね? んん?」
「じ、自分はそのような邪なことは…」
「いいんだ。オレにだけは本音を教えてくれ。大丈夫。ガンプドルフの許可は取ってある。これも調査なんだよ。あくまで調査だ。では、もう一度訊こう。メイドが欲しくはないのかな?」
「うう、わ、私はその、いつか騎士になるために努力しているわけでありまして、真面目な生活をその……」
「メイドが欲しいかね?」
「欲しい…デス!!」
血の涙を流しながら答える。男は正直だ。
「君がちょっとこちらに配慮してくれれば、そういったこともオレが面倒を見てあげるよ。まあ、今回は家庭の味を楽しみたまえ。では、代わりに作ってもいいかな?」
「はっ! 閣下にはアンシュラオン様には最大限の配慮をしろと命令されております! どうぞどうぞ!! いくらでも雑務をお申し付けください!!」
「うむ、君は出世するタイプだね。これからの活躍に期待するよ」
と、あっさりと懐柔に成功。
(何事も足元を疎かにしてはいけない。まずは小さなところから始めよう。こういう雑用係から味方に引き入れるのがいいんだ。将来に希望がないから目先の賄賂にすぐに飛びつく。DBDにいても出世なんてできないんだから、オレに味方したほうが得なのは明白だ)
あまりおおっぴらには言えないが、この状況では心が揺らいでいる者も一定数いるだろう。
そうした不安に付け込み、しっかりと利益を与えることでこちら側に引き込む。
それは目先の利益でいいのだ。そのほうが目標ができて努力のしがいもある。
(男たちを懐柔するには、まずは食だな。世のお母さんたちの知恵を借りるとしよう)
アンシュラオンは、女性たちをキャンプに呼び寄せる。
サリータが食材の出し入れを手伝い、サナとラノアが下ごしらえをし、セノアはその手助けをする。
そして、小百合とホロロが調理を担当。
アンシュラオンは直接手は出さず、食材の特徴や調理法を教えるにとどめる。あくまで女性たちにやらせるからいいのだ。
(アクアカの実は、水気がまったく無いサトイモみたいな感じだな。毒さえ取り除けば中身も多いし悪くない食材だ。あとはグラス・ギースから持ってきた小麦粉や調味料と混ぜ合わせて、油を多めにして焼いてみるか。米を混ぜるのもいいかもしれないな)
さきほどの実は、アクアカという植物に出来る果実の一種だ。
味は淡白で無いに等しいので、逆に自由に味付けすることができるのも魅力だ。上手く栽培ができれば主食になりうる可能性を秘めている。
当然こうした情報は、アンシュラオンの『情報公開』を使って調べたものだ。
今では物質でも簡単に目利きができるので、荒野においてこの男ほど頼りになる者はいない。
ちなみに『鑑定』の術符でもある程度はわかるのだが、この術式は「登録されたデータから読み込む」のが特徴だ。
たとえば最近では、カメラで写した画像から植物の種類を当てるアプリなどがあるが、情報が登録されていなければ何かはわからない。
鑑定も同じで、今まで鑑定されたデータが蓄積され、そこから似たものを表示している。であれば、今まで鑑定されていなければ元のデータが存在せず、誰かがデータベースを構築するまでは何も出ないことになる。
そういった情報を管理している世界術式協会が存在しており、アンシュラオンが加盟したジュエル協会が新発見のジュエルの報告を求めたのはそのためである。
一方のアンシュラオンの『情報公開』は、【世界の記憶】から情報を引き出すものだ。この植物が大地に存在する以上、少なくとも星はその存在を知っているわけであるから、データは必ず存在するというわけだ。
やはりこの能力こそ最大のチートスキル。そもそもの能力の次元が異なるのである。
それによって―――料理が完成
メインはアクアカの実と小麦粉を混ぜて焼いたものと、すでに用意されていたパンを用意。そこに食べられそうな野菜を選んでシチューも作る。
最後にアクアカの実を潰して作った丸い塊と、ミルクに砂糖を入れたタピオカミルク風のデザートを作る。ついでに卵と砂糖と薄力粉(に似た粉)を使って簡単に作れるロールケーキも用意。
このあたりのメニューはホテルにあったものを参考にしているが、シチューなどはホロロの実家のものに似せているので家庭の味といえるだろう。(小百合のものは海鮮がないと作れない)
そして、完成した料理をメイドが運ぶ。
ホロロの姿勢良く慣れた手付きで配膳する様子は、まるで自分が高級ホテルにいるような気分にさせる。実際に勤めていたのだから錯覚ではない。
セノアが初々しく運ぶ様子には、自分の子供を見るかのような温かい視線と、少女と女性の中間の時期だけが醸し出す独特な魅力に見入る視線が交じる。
ラノアに至っては、かなりおぼつかない様子なので、庇護欲から思わず助けてしまう者が続出。
小百合はもちろん大人気。明るい声を聴きながらご飯が運ばれるとなれば、こんなに嬉しいことはないだろう。
いつもならば食事を後回しにしている者も、小百合が呼びに行くことで頬を緩ませながら喜んで参加する。
こうしてあっという間にテーブルは、大人数の男たちに占拠されることになった。
「むぅ、これがあのまずい実なのか? 手を加えているとはいえ、なかなかの味だ」
「うまい!! 小百合さん、美味いです!! これが愛情一杯の手料理!!」
「ど、どうも、恐縮です!! ああ、美人さんだなぁ…。メイド…いいなぁ」
「ありがとう、お嬢さん。国に残してきた娘を思い出すよ」
「お嬢ちゃんも食べるかい。これ、美味いよ」
「甘い…甘い。甘味なんて好きじゃなかったけど、これはいけるな」
それぞれが料理を堪能し、交流している様子が見て取れる。
軍人にとって食事は生命保持に必要な『任務』だ。栄養が摂れれば味付けはどんなものでもよく、こんな非常時で文句を言う者もいない。
がしかし、食事は『娯楽』でもある。
同じ材料を使うのならば美味しいほうがいい。温かいほうがいい。楽しい会話をしながら食べるほうがいい。女性が作ってくれたほうが男は嬉しい。
そんな当たり前の状況がここでは珍しく、貴重である。
「盛況だな、少年」
そこにガンプドルフもやってきた。
「おっさんも食べる?」
「あとで味見をさせていただこう」
「食料の確保だけじゃなくて、味もしっかりと調えたほうがいいよ。専門の料理人はいないの?」
「先発隊にはいたのだが魔獣の襲撃で死んでしまった。さすがに機密があるから現地で人員補充はできなかったのだ」
「経験豊富なおっさんに言うのも失礼だけどさ、余裕がなくなると下への配慮が足りなくなる。細かいところで不満を感じている連中もいるはずだよ」
「…たしかにな」
「そこでオレの出番ってわけだ。おっさんみたいに責任重大じゃないから気楽にいろいろとやれる。そっちから下っ端の雑用係を何人か回してくれれば、今後も料理はオレたちが担当してもいいよ」
「うむ、これほど活気付いた食事風景を久々に見た。任せるとしようか。だが、いいのか? こういうことは嫌ではないか?」
「こっちにはこっちの目的があるからね。そのための布石だよ」
「…怖いな。何か要求してくれたほうが落ち着く」
「じゃあ、ゼイヴァーさんをあとで貸してね」
「ゼイヴァーを?」
「サナと戦わせたら面白いかなって」
「…なるほど。そうやって鍛えてきたわけか。スパルタだな」
「それくらいしないと強さなんて手に入らないよ。厳しい環境下でこそ人は強くなるしね。で、盾の講師は見つかった?」
「ああ、彼女のほうだな。すでに用意してある。あとで紹介しよう」
「ちなみにサリータはまだ戦気が使えないからね。そこんところ、よろしく」
「…それは……大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから苦しんでいるんだよ。そっちの兵士って全員が戦気を使えるの?」
「七割はな」
「使えないのもいるんだね」
「軍属とはいえ全員が戦闘要員ではない。向き不向きがある。…死ねばおのずと減っていくものだからな。そうやって徴兵を続けていれば一般兵士も増えるのは仕方ないことだ」
「それならちょうどいいかな。サリータ用の相手も見つけやすい」
「………」
「今思ったことを正直に言ってみて」
「…いや、君ほどの武人があのような未熟者…と言っては失礼だが、彼女のような者をどうして身内に入れているのか不思議でな。もっと良い人材もいるだろう」
「うん、ほかにもいるにはいるよ。でも、サリータも強くする」
「趣味なのか? それとも目的があるのか?」
「両方だね。考えてもみなよ。強い武人だって最初から強かったわけじゃない。誰にだって可能性はあるんだ。そしてオレはサナを強くした実績もある。なら、サリータだってできるはずだ。この【本当の価値】をおっさんならわかるはずだよ」
ガンプドルフたちは【兵力の補充】ができない。本国からの支援がないからだ。
機密も多く、東側の人間をおいそれと使うことはできないのだ。ガンプドルフも言ったが兵士は死ねば減っていく。どうあがいてもゼロに近づく未来しかない。
だから、現調達で使える兵が欲しい。
しかしながら強い武人はそう簡単にはいない。DBDに匹敵する戦力は北部には存在しないのだ。グラス・ギースは派閥でがんじがらめで、まったく当てにはできないし、こちらの弱みを見せたくはない。
そんな時、アンシュラオンが常々考えてきた『スレイブ強化計画』が成功すればどうなるだろうか。
現地で強い武人を育成でき、しかもギアスで縛れるのならば、これ以上の兵隊は存在しないのだ。
「オレはオレ自身の【軍】を作るよ。まだまだ先になるだろうけど、見込みはあるはずだ。だからサリータだけじゃない。他の女性の育成もオレにとっては重要な仕事なんだ。すべてはサナのために、ね。それ以外にも男には薬物を使った実験もしている。なかなか効果が出ているみたいだよ」
「…少年は怖ろしいことを考える」
「そういう意味でも、おっさんはオレに協力するしかない。いずれそっち側の戦力には限界がくるから、どのみちこっちに頼るしかなくなる。今のうちに貢いでいたほうが得するよ」
「少年が味方でよかったよ」
「ただ、見返りが不確定だから気楽にやらせてもらうつもり。手は抜かないけど、結果が出ないからといって恨まないでよ」
「もちろんだ。だが、期待はさせてもらう」
「おっさんと同じ分くらいは働くさ」
「十分だ。君が動きやすいように臨時で階級も与える。私と同じ『聖剣長』でいいか?」
「それは反発が起こる。その一個下でいい」
「いいのか? 対等ではないぞ?」
「実質的に対等ならば問題ないよ。その分だけ配慮してもらうけどね」
「わかった。好きなようにやってくれ」
「そんじゃ、食後の訓練の時によろしく頼むよ」
「ああ、任せてくれ」
ガンプドルフに近い者は、彼に笑顔が戻ってきたことに気づくだろう。
調査で部下が死んだり、思っていた以上に東大陸が悲惨な場所だったり、交渉が上手く進まなかったり、果ては戦艦が行方不明になったりと踏んだり蹴ったりの状態だったのだ。
この中で一番強く、責任もあるがゆえに彼は孤独だった。
だが、アンシュラオンがいれば独りではない。その安心感が一番ありがたいのだ。
(まだ誰もが半信半疑だろう。まだわからぬだろう。しかし、一緒にいれば嫌でもわかるようになる。彼にはすべてを前向きに変える力がある。マイナスをプラスにする力がある。誰が最初にそれに気付くかな)