【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
サリータに賦気を施した数分後、白兵戦訓練が始まった。
まずは全員そろって準備運動。定められた細かい動きや大きな動きを繰り返し、身体を環境に馴染ませていく。
よくサッカー選手がトレーニングで、他のチームメイトと一緒に身体を動かしている光景を見るだろう。あれと似たようなものだ。
それが終わると、軽いぶつかり合いを伴った組み手が始まる。
これは単純に身体をぶつけ合って衝撃に慣れることが目的だ。
それぞれ体格も能力も違う者たちが、遠慮なく身体を打ち付けあうのだから、軽い者にとっては不利だろう。
しかしながら、戦場ではどんな相手と戦うかは選べない。自分より大きな敵と戦うことも多々あるだろう。また、身体の大きな者も小さな相手と対峙する感覚を養うことができる。
アンシュラオンのように小柄なのに強い武人もいるのだ。普段から慣れておけば、多少ながら【生き延びる確率】も上がる。
こうした訓練にサリータも交じっている。
参加が初めての彼女には事前に訓練メニューを教えていたものの、相変わらずの不器用さで実にぎこちない動きをしている。
準備運動では一人だけ明らかに遅れていたし、ぶつかり合いでも相手との呼吸が合わずに顔面を強打していたりもした。
周囲も彼女が新参者であることは知っているので、ある程度合わせてくれているのがわかる。
アンシュラオンもその様子をつぶさに観察していた。
(まだ『お客さん』だな。しかも女性だから周囲のほうが戸惑っている)
それでも嫌な顔をされないのは、アンシュラオンが昨日から仕込んだ計略のおかげだ。
小百合やホロロたちを使って女性に対する評価を上げていたからこそ、サリータも邪魔者扱いされないのだ。
「DBDには女性の騎士はいないの?」
指揮官として帯同しているガンプドルフに話しかける。
彼は忙しいので普通ならば通常訓練には参加しないが、アンシュラオンがいるからこそ一緒にいるのだ。(アンシュラオンが暴れたら誰も止められないため)
「もちろんいるぞ。光と火の聖剣長の二人は女だ」
「ゴリラみたいな女?」
「ははは、そんなことを言ったら本当にボコボコにされるな。光のシントピアは国内最高の美女とも呼ばれているやつだが、真面目で気難しくて誰も近寄れない雰囲気をまとっている。火のアラージャは豪胆なやつだ。力こそがすべてだと言って憚らない暴れ牛だな。あの二人を慕って女性騎士団も作られたことはあるが、やはり女騎士の割合は多くはない」
「そりゃそうだね。女性の本質は母性だ。戦いとは正反対だもの」
「しかし、戦力にならないわけではない。あくまで私の印象だが、女性騎士の数こそ少ないがその反面、大成することも多いように感じられるのだ」
「女性のほうが才能があるってこと?」
「そもそも数が少ないから才能ある者しか生き残れない可能性もある。武人の世界も男はたしかに多いが、強い者は全体の一割以下だろう。結局は同じなのかもしれんな」
「差がないってだけで十分だね。どうせ使うんだったら、オレは女性のほうがいいかな。可愛いくて綺麗で柔らかくて、いい匂いがするほうが楽しいもんね」
「少年は自由でいいな」
「おっさんだって自由になれるんだよ。ここは東大陸だ。西側じゃない。ハーレムを作るなら手伝ってあげるよ」
「ふっ、そんな平穏な日々がやってくることを祈っているさ。それにしても、ケサセリアを育てるのは大変そうだな」
「大変だよ。才能がないやつを抱えるのはストレスが溜まる。頭が悪いから覚えも悪い。何をやらせても最初は失敗ばかりで散々さ。でも、それでオレも悩む。何度も悩む。どうすれば彼女は強くなれるのかって考える。それってさ、一番楽しいことじゃない? なんでもすべて上手くいくより面白いよね」
「苦しみも喜びか。産みの苦しみがなければ、その先にある喜びもたいしたことはない。まるで今の我々そのものだな」
「オレは感動を味わいたいんだよ。それと同じ感動を彼女にも味わってもらいたい。そのためならば苦労は買ってでもするさ。オレと彼女はもう『一心同体』だからね」
サリータ当人は気付いていないかもしれないが、彼女もサナと同じくすでにアンシュラオンと深く繋がっているのだ。
こうしてサリータが苦労している瞬間をアンシュラオンも共有している。
彼女の苦しみ、嘆き、負けん気、気合、闘志、そのすべてを同様に味わっているのだ。
訓練が始まって、三十分。
軍は規律で動く。命令で動く。
全員で同じ動きを繰り返し、一つの目標に向かっていく。
それは朝起きる時間から始まり、同じ料理を食べ、同じことを考え、同じように戦うことで独特の一体感が生まれていく。
軍隊の強さとは、そうした画一性にこそある。
(くっ、出遅れる。周りのほうが動きがいい。負けるものか!)
サリータも彼らの連動の中に割り込んでいく。
頭ではなく身体に刻みつけて、全体のリズムの一つとして組み込まれようとしていく。
呼吸が増えていく。心拍数が上昇していく。汗が滲んでいく。
だが、それと同時に身体が火照って血液が巡り、力を与えていく。
もともと何かを考えるのは苦手な『体育会系』の女性だ。身体で覚えたほうが呑み込みは早いのだ。
そうしていつしか他の兵士と遜色ない動きを見せていく。
(体力はそこそこあるな)
講師のハンクスも、サリータをカバーしながら様子をうかがう。
まだまだ動きは悪いが、必死に兵士たちにくらいつこうとしている。
それを支えているのは―――体力
アンシュラオンは白樹の館を作っている間も、彼女にはずっと走り込みをさせていた。吐いたり痙攣して倒れたりすることは日常茶飯事。それでもやめさせることはなかった。
荒野でも同様にひたすら走らせた。走らせまくった。ただただ走らせた。
そんな鍛錬を彼女も不安に感じていたかもしれない。なぜ師匠は自分に技を教えてくれないのか、と。
その意味が、これからわかる。
「はぁはぁ…!! ふー、ふー…」
「よし、個人訓練に移れ!! 手を抜くなよ!! 慢心した者がいたら私自ら叩きのめすからな!!」
サリータの息が少し切れかかったとき、ガンプドルフから命令が発せられる。
「休憩はなし…か」
「ケサセリア十光長。盾を持て」
ハンクスがDBDで使われている大盾を持ってきた。
こちらもクリスタルで作られているが、さらにその上から銃耐性のある鉱物でコーティングされている強固なものだ。
先日ハンクスが使っていた仕込み盾とは違い、こちらは単なる硬い盾である。
が―――重い
「くっ!! いつも使っているものより数倍重い…!」
持った瞬間に身体が沈み込むような重さを感じる。
サリータが今まで使っていたものも十分重かったが、こちらは『厚み』が二倍はある。
なにせ西側の戦場は、砲撃が絶え間なく飛び交う世界だ。さすがに戦艦の砲撃を受ければ吹っ飛ぶが、歩兵が使うバズーカやミサイルランチャー、砦に設置された砲台の攻撃くらいは耐えて当たり前である。
近年では優れた武人が少ないため、単純に防具も重く『太く』硬く作らねば役に立たないのだ。
「強大な力を受け止めるのならば、それ相応の力が必要だ。盾の重量も助けになる。…構えろ」
「っ―――」
ゴォオオオオオオンッ!!!
サリータが盾を構えた瞬間、ハンクスも同じ大盾を持って突っ込んできた。
その激しい衝撃でサリータが吹っ飛び、盾の下敷きになる。あまりの重さに呼吸が止まりそうだ。
「がはっ!! ぐううっ!! げほっ!!」
「盾の使い方が甘い」
「くっ…うおおおっ!! はぁはぁ!!」
「さっさと立ち上がれ。もう一度行く」
「っ―――!」
ドンッ!!
なんとか立ち上がった瞬間、ハンクスの強力な押し込みが炸裂。
またもやサリータが吹っ飛び、盾の下敷きになる。
「早く立て。立てないのならば死ぬだけだ」
「っ!!」
倒れているサリータに向かって、ハンクスがウォーハンマーを叩きつける。
サリータは盾で防御するが―――ゴォンッ!!
「かはっ!!」
鈍い衝撃が盾越しに伝わってくる。腕どころか身体全体が痺れるようだ。
こうしたハンマーは、硬い鎧の上からでもダメージが与えられる有効な武器なので、西側でも使われている基本兵装となる。
「寝ている間にも砲弾はどんどん飛んでくる。そうやって死んでいった連中を数多く見てきた。死にたくなければさっさと起きろ」
「くうっ! うおおおっ!!」
「いくぞ」
再び立ち上がるが―――ドゴンッ!!
あっけなく吹っ飛ばされて、再度大地に叩きつけられる。
その後、何度やってもハンクスの攻撃を受けきれない。
相手はこちらに合わせて戦気を使っておらず、同じ鎧、同じ盾を使っているので武具の優劣もない。
(強い…!! 体格と腕力が違う!!)
ハンクスの体格は中肉中背で、武人としてそこまで大きくはない。
が、皮膚の下にはぎっちりと『叩かれた筋肉』が詰まっており、腕も太い。毎日のように大きな盾を振り回している証拠だ。
筋肉量。
男女の違いのもっとも代表的な例が、まさにこれだろう。
筋肉の質には大きな違いはないらしいが、男性ホルモンのおかげで男のほうが筋肉が付きやすい構造をしている。
体格にしても男性のほうが大きいのは致し方なく、その点においても女性は不利な状況にある。
その理由は、女性は子供を作れるという機能的、種族的『優位性』を確立しているがゆえに、戦う必要性が少ないことが挙げられる。
戦って死ぬのは兵隊の役目。女王を守る働き蟻のごとく、男の代わりなどはいくらでもいるのである。
そこをあえて女性に強さを求めること自体が、なかなか尖った要求といえる。
ただし、この問題は男女に限ったことではない。
「相手が魔獣ならば、こんなことはいつだってありえる。人間の筋力など所詮は魔獣たちには遠く及ばない。だが、それでも我らは諦めることはしない」
ハンクスの目に、強い覚悟が満ちる。
アンシュラオンと戦った時に、絶対に退かないと決めた強い想いだ。
彼の後ろには、国がある。そこに住んでいる人々の生活がかかっている。大事な仲間がいる。家族がいる。愛する故郷が待っている。
だからこそ、死んでも退かない。
そういった心の強さこそが、アンシュラオンにあそこまで食い下がれた最大の要因である。
それを見て、サリータも大切なことを思い出す。
(そうだ。自分はけっして引いてはならない! もし後ろに手負いのサナ様がいたらどうする? 後ろに無力なセノアやラノアがいたら!? 自分は盾であり、害悪から守る防波堤なのだ!! もう負けない!! 気持ちでは負けない!! サナ様の戦友になるのだ!! なりたいのだ!!! なってみせる!!)
サリータが立ち上がる。
その目には、先ほどとはまったく違う力強い輝きがあった。
「ぬんっ!!!」
盾を地面に突き立て、前方からの攻撃にそなえる。
そこにハンクスが盾をぶつける!!
ガンッ! ガリリリリッ
「うおおおおおおおおっ!!」
全体重をかけて、必死の想いを乗せて、その一撃を受け止める。
押されても、足が引きずられても諦めない。前に前に気持ちを押し出す。
後ろにサナの目があることを意識して。
彼女のために命をかけると決めたのだ。守ると決めたのだ。白い少年に託されたのだ。
ならば、絶対に止める!!!
ガガガガガッ ピタ
「と、止め―――た!? 止まった!!」
ついにサリータが、ハンクスの攻撃を止めることに成功。
盾と盾が重なり合い、力が拮抗している。
(そうか。力の方向が重要なのだ。盾の構造を理解して、一番安定している部分を相手の力の中心にぶつけてやる。そうすれば大きな力の差は生まれない)
ごくごく当たり前だが、何事にも力を加えるポイント、力点が存在する。
武器を使えば今度は作用点となり、扱い方によって打撃や斬撃の威力にも変化と優劣が生まれていく。
受け止めるのが目的なのだから、力の方向、点を意識することは自然なことだ。
サリータは今までこれを『勘』と『感覚』でやってきたが、改めて考えながら戦う大切さを知ったのである。
一時期『ID野球』が日本野球界を席巻した時代があったが、知識として活用しなければ良い結果を出し続けることはできない。
それを学んだことは非常に大きな収穫である。
ただし、その盾はいつまでも密着しているとは限らない。
再び前から激突してくるとは限らない。
ぐいっとハンクスが盾を横に回転させ、体重移動を伴いながら押し込むと―――崩れる
「あっ!!」
「油断するな。警戒を解くな」
ドンッ ごろごろ
吹き飛ばされ、サリータが大地に転がった。
たしかに力と力が真正面からぶつかるのならば、単純な計算式でよいかもしれないが、力は常に向きを変える。質を変化させる。
そこも意識しないと攻撃を止めることはできない。いつだって盾の中心部に相手の攻撃がくるとは限らないのだから。
「盾も剣と同じ身体の一部だ。自在に操れるようになれ」
「は、はい…!!」
その後も何十、何百と盾同士が激突する音が響いた。
大半はサリータが無様に転がる光景を映し出していたが、真正面からの攻撃には耐えられるようになっていた。
それを支えるのが―――またもや体力
(もし師匠の走り込みがなければ耐えられなかった。呼吸ができなくなって心臓が止まっていたかもしれないし、足が震えて盾すら持てなかっただろう。こうやって立ち上がるだけでも体力を使うのだ。ぶつかるともなれば、すごい消耗度だ。だが、耐えられる! まだまだ身体が動くぞ!)
前衛の重装甲兵の最大の売りは、その【耐久力】にこそある。
強固な鎧や盾で攻撃を受け止めて、背後の仲間が攻撃しやすいように守る。ただでさえ重量のある武具を身に付けるのだ。その疲労度は後衛の比ではない。
これはずっとアンシュラオンがサリータに求めていた役割だ。そのためにずっと体力の強化を図っていた。
耐久力と持続力こそサナにもっとも足りない要素だからだ。
『部隊』としてアーパム商会を見た際、最大の弱点を埋めるための鍵がまさにサリータにある。