【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「このままじゃ埒が明かない。オレが先行して戦艦を見つけるよ」
翌日、アンシュラオンがそう提案する。
いくら慎重さが求められる荒野とはいえ、このままのペースでいくと戦艦発見まで何ヶ月かかるかわからないからだ。
(こっちは二百人もいるんだ。食料や弾薬にだって限りがある。補給がない状態で何週間も経てば撤退を迫られる。今の状況だと二度目の探索はかなり難しい。ここで決めないとな)
もともとアンシュラオンは長旅を想定してやってきたわけではない。せいぜい一ヶ月といった程度の準備しかないのだ。
それに加えて、ガンプドルフたちも相当無理をしている。
この数でここまで来られたのは、DBDの騎士の強さとアンシュラオンの援助があってこそである。本来ならば、この程度の装備と物資で来る場所ではない。それこそ戦艦を使って移動すべきだ。
言ってしまえば、アメリカの広大な荒野で車が故障したようなものである。人の足で移動するだけでも途方もない時間がかかるし、目的地がわからないのならば、なおさら危険だ。
「オレならば魔獣が出ても対処できるし、いざとなれば逃げることもできる。単独行動は得意なんだ」
「ふむ、たしかにな。少年に任せたほうが得策か」
ここでタイプの違う英雄が二人いるメリットが生まれる。
ガンプドルフは指揮能力が優れているので、部隊を率いることに長けているが、一方で単独行動や探索はさほど得意ではない。
それに対しアンシュラオンには、魔境とも呼ばれる火怨山で生活していた実績がある。
しかも姉と一緒でない時は単独行動ばかりしていたので、むしろ団体行動が苦手なのだ。
タイプが違うからこそ、互いの短所を補い合うことができる。こういうところも両者の仲が良い一つの要因といえた。
「ただ、オレは地形や魔獣のことは把握できても、どれが戦艦の痕跡かまではわからない。補佐役として偵察部隊から足の速いやつと目の良いやつ、探知能力に優れたやつの三人を厳選して、オレと一緒に先行してもらいたいんだけど、いいかな? もちろん安全は保証するよ」
「わかった。すぐに準備させよう」
ガンプドルフは快諾。即座に命令を発する。
メンバーは要望通り、足の速いケーソン、目の良いジェフリー、探知能力の高いオージャンが偵察部隊の中から選出された。
三人とも騎士として最低限の戦闘力は持っているが、万一のためにモグマウスを二匹ずつ護衛として付けることにした。
「それじゃ、行ってくる。できるだけ早く見つけて戻ってくるよ」
「期待して待っている」
「それまで、なんとか耐えてね。サナを頼むよ」
「ああ、わかった」
アンシュラオンが、あえてそう言ったことには理由があった。
今回サナたちはここで留守番であるが、この荒野で移動をやめることにもリスクがある。
どうやらこの大地にかかっている術式には、人間の位置を探知する作用もあるようだった。
それが周囲の魔獣を自然と引き付けてしまう要因にもなっている。だから多少離れていようが魔獣たちが強引に向かってくるわけだ。
当然、移動すればしたで違う魔獣の生息域に触れる可能性が高まるが、止まっていても複数の魔獣に襲撃されるという最悪の場所である。
どちらを選んでもつらいが、今回は単独で素早く移動できるアンシュラオンたちよりも、二百人で止まっているガンプドルフのほうが危険度が高いに違いない。
だが、連戦で消耗している彼らには、とどまって耐えるほうがまだ楽だろう。
兵士もだいぶ仕上がってきたので、部隊指揮能力の高いガンプドルフがいれば生存率は高まる。このまま撤退よりは遥かにましという判断からだ。
最低限の準備だけして、アンシュラオン隊が出立。
すでにここは強力魔獣が跋扈する地域だ。安全な場所は一つもないと思ったほうがいい。
まずは殺風景な荒野を進む。
所々にある山も富士山より高く、険しい岩場もたくさんある。そうかと思えば崖になっている場所もあり油断はできない。
その中で戦艦が進んだと思われる地形を探していく。
「ジェフリーは周囲の観測。オージャンは障害物の裏や地下の探知。ケーソンは最後尾で後方の安全確認。何かあればガンプドルフのところまで走ってもらうぞ」
「了解」
「オレは魔獣の探知を主に行う。これだけの場所だ。空にも注意が必要だろうからな」
目の良いジェフリーは、観測をしつつ戦艦の痕跡を探す。
探知能力が高いオージャンは、波動円を展開しながら目では見えない場所を探る。
ケーソンの足の速さは今は生かせないが、大量の魔獣が出た場合は一人だけ先に離脱させることもあるだろう。また、通常時はマッピングをやらせるので意外と重要な役割である。
三人とも優秀な人材であり、役割を明確にしてやれば、その能力を十二分に発揮してくれた。
四人は、荒野をずんずん進む。
その移動速度はかなりのもので、あっという間に四十キロは移動していた。
何よりもアンシュラオンがいるのが大きい。彼がいれば魔獣を気にする必要がないのだ。
周囲に放ったモグマウスは、魔獣を見つけたら先制攻撃を仕掛けて食い散らかすので、突然襲撃された魔獣はパニックに陥って逃げていく。
得体の知れない何かにいきなり襲われれば、たいていの生物は逃げ惑うに違いない。戦う理由がないからだ。
モグマウス自体は命気で作られているため、一応は人間が作ったものではあるのだが、人間そのものではない。ここが重要だ。
魔獣の対応を見る限り、モグマウスが術式の対象になっていないことがわかる。あれ単体では彼らの『人間憎悪』を刺激しないのだ。
試しに人型の闘人アーシュラも作って攻撃させてみたが、反応は同じだった。
(ふむ、人間の身体の形に反応しているわけではないようだな。武人の戦気に反応しているわけでもない。魂や精神といったものを見分けているのか?)
移動しながら術式を観察。
魔獣の中にも二足歩行するものは多いので、それだけで判別は行わないはずだ。
であれば、違う方法。おそらくは人間の霊体あたりを感知しているのだろう。
以前も述べたが、魔獣と人間の最大の違いは霊体の存在である。大雑把に言えば幽体も霊体も同じ要素なのだが、振動数や構成する成分が違うので、その差異を探知条件に組み込めば選定することは難しくない。
(だが、それだけ精密な術式を組み込める段階で規格外だ。今のオレにはできないしな。やはり前文明の技術を使っているのかな。よくよく見ると妙な癖がある。現代と『文法』が違うみたいだ)
同じ日本語でも現代と江戸時代とは違うだろうし、百年前の文章でさえ漢字が多くて読むのが難しいくらいだ。
それは術式にも当てはまり、同じ意味を表現するのにも、使う人間や時代によって違いが生まれることがある。
これはエメラーダが使う術式が、少し独特だったので気づいたことでもある。彼女の実年齢は不明だが、その術式体系は数千年は前のものなのだろう。全体的に古めかしさがあった。
そして、この術式にも似たような癖がある。それがあったからこそ前文明の関与を疑っている。
(うーん、ガンプドルフにはああ言ったけど、これは大きな課題だよな。どうやって術式を解除すればいいんだろう。やっぱり核がどこかにあるはずなんだよな。それをこの広い荒野から見つけるなんて―――)
と思っていた時だ。
世界が、青白く光った。
まるでトンネルから出た瞬間のような眩しさが、眼前に広がる。
(これは…まさか―――術式が消えている!?)
「アンシュラオン殿、どうされました?」
「いや、なんでもない。遠隔操作で周囲を探っていただけだよ」
「なるほど。あの小動物のような媒体ですか。あれ一体で我々の戦闘力よりも高いとは…少々自信を失います」
「それぞれに長所がある。そう気にしなくていいさ。それよりほかに気づいたことはないか?」
「今のところはありませんが…何かありましたか?」
「訊いてみただけだよ。他意はない」
「そうでしたか。覇王に連なる方と一緒に仕事をする日が来るとは、いささか緊張しております」
「そんなにたいしたものじゃないさ。気楽にやってくれ。ただし、注意は怠るなよ」
「はっ、もちろんです!」
後方を走っていたケーソンが、アンシュラオンの感情の変化に気づく。
速度を落としたわけではないので、こうした違いに気づけるからこそ偵察部隊に入れるのだろう。
しかし、そんな彼らもこの異変には気づかない。
アンシュラオンは何事もなかったように振る舞いながら、注意深く周囲を探る。
(さっきのラインからこちら側は術式が消えている。だが、右側ではまた術式が展開されている。間違いない―――【穴】ができているんだ!)
結界を生み出す際、単体の大きな『核』だけで構成するものと、複数の核で構成する二種類のやり方が存在する。
特にこうした広域に展開する術式の場合は、広ければ広いほど単一の核だけで補うには莫大な出力が必要になるので、普通はコストと効率を考えて後者を採用する。
今回も後者のやり方だ。一つの術式の核だけではなく、いくつもの核を使って、それぞれの地域を管理していると思われる。
仮にその一つが失われても一部が欠損するだけで済むが、どうしても穴が生まれてしまう。それを長所と見るか短所と見るかは、目的と費用対効果次第であろうか。
しかし、油断はできない。何か目的があるのかもしれないからだ。
(なぜ術式がないんだ? ここだけ最初から設置していなかったのか? もしくは何かのトラブルか? どちらにせよ、これは好機だ。この空白地帯を調べれば、術式について何かわかるかもしれない)
「戦艦の痕跡を発見しました!」
(とと、一番の目的を忘れちゃいけないな。戦艦が先だ)
ここで目の良いジェフリーが戦艦の痕跡を発見。戦艦の砲撃で崩したと思われる山の一部を見つけた。
戦艦も基本は宙に浮いているのだが、質量がありすぎて高度には限界がある。最大出力でも、せいぜい三十メートルがいいところだろう。
そうなるとそのままでは進めない地形が生まれる。特に山といったものは最大の障害となるが、戦艦が優れているのは、こうして通り道を自ら生み出して進むことができる点だ。
今回の戦艦の任務には『交通ルートの確立』も含まれているので、ある程度の整地もしながら進んでいたのだろう。そのことがはっきりとわかる大きな痕跡といえる。
「少し北西にずれているな」
「南側のルートは険しい地形もありましたので、こちらを選んだと思われます」
「痕跡を追うぞ。先導を頼む」
「はっ!」
その痕跡を辿れば楽勝かと思いきや、魔獣と交戦した形跡があったり、あるいはまったく関係のない魔獣同士が戦った跡もあるため、これがなかなかに手間取る。
(まずいな。今日中には無理か?)
走るペースは衰えていないのだが、戦艦のルートが途中から北西に切り替わっているため予想以上に時間がかかっていた。
さきほどジェフリーが言ったように、消失地点から西に直進すると起伏が激しい地形が多いため、戦艦が通るには不都合なのだ。
最低でも戦艦が通れる場所でないと、幾多の輸送船が交通するルートにはならない。そういった基準で道を選んでいるところも、この探索を難しくさせていた。
これは致し方ない。アンシュラオンも長期戦を覚悟する。
がしかし、ここでも異変が起きる。
七十キロほど進んだ地点で―――
「な、なんだこれは…」
―――【谷】を発見
対岸まで幅およそ四キロ、それを切り裂くように長さ七キロに渡って谷、より正確に述べれば【亀裂】のようなものが生まれていた。
「谷…か?」
アンシュラオンも谷の様子をうかがう。
かなり深く、日光が届いていないために中は真っ暗だが、アンシュラオンの目は谷底を見通す。
(だいたい千五百メートルといったところか。けっこう深いな。だが、どうして驚いているんだ?)
アンシュラオンはともかく、ジェフリーの反応が気になったので訊いてみる。
「なぁ、この谷…というか亀裂か? これがどうした?」
「っ…申し訳ありません。つい呆然としてしまいました。実は…以前の調査では、こんなものはなかったのです」
「ん? 二年くらい前のやつだっけ?」
「はい。私が担当していたわけではありませんが、このあたりはギリギリ以前に探索したポイントと被ります。ですが、このような大きな穴はありませんでした」
「見落とす…ような大きさじゃないな。こんなものがあれば地図に描くか」
「その通りです。最低でも戦艦がはまって動けなくなるような谷間には、注意の意味も含めて描くはずです」
「では、この二年の間に新しく出来たものか。となると、かなり怪しいな。念入りに調べてみるか」
「はっ!」
四人は調査を開始。まずはこの穴の周辺を調べる。
そして、数分後には明らかなる異変をオージャンが見つけてきた。
「戦艦の軌跡です! 間違いありません!」
「いつも思うが、どうやって調べるんだ?」
「戦艦に搭載されたジュエル・モーターには、それぞれ特徴的な波長パターンがあるのです。たとえば移動の際に風を生み出しますが、その風によって出来た地形の変化、一緒に噴出した粒子を観測することによって戦艦の種類までわかります。荒野では消えることも多いのですが、ここでははっきりと残っていました」
「なるほど、オレは西側の技術には疎いから助かるよ。で、どこに向かったんだ?」
「戦艦の波長パターンと、地面への干渉具合からすると―――」
オージャンが躊躇いながら亀裂に視線を向ける。
「まさか…こんなあからさまな亀裂に落ちるか? オレも戦艦と遭遇したけど、かなり目の良い観測士がいたはずだぞ。五キロ先の標的に命中させるほどだった」
「はい、戦艦には優秀な人材がそろっています。普通ならば、まず落ちることはありえません。しかし、不測の事態が起これば可能性はあります」
「不測の事態…か」
「アンシュラオン殿、こちらに何かあります」
「…ん? これは…何だ?」
ケーソンが怪しげな物体を発見。
半壊しているので何かはわからないが、大きなセミの抜け殻にも見える。
「魔獣が脱皮した抜け殻かな。ほら、だいぶ壊れているけど、ここをくっつけると魔獣っぽいだろう?」
「脱皮などするのですか?」
「そりゃ生物だからな。そういう種類もいるさ。このあたりにいるのかもしれないな。どれくらいある?」
「破片のようなものばかりですが、そういうものを含めたら相当数ありますね」
「抜け殻も魔獣の餌になるからな。残っていただけすごいか」
「関連があると思ってよいのでしょうか?」
「今のところはわからないけど、無いとは言いきれないね。交戦の跡はあった?」
「こちらも断定はできませんが、弾痕のようなものもあります。可能性は高そうです」
「うーん、普通に考えると戦艦が魔獣と交戦したんだろうけど…ここじゃ死体も死骸も残らないからなぁ…」
(戦艦の痕跡に魔獣の気配。怪しいな。しかし、谷底には何もなかったが…)
「仮に落ちた場合、戦艦はどうする?」
「当然、脱出を試みるでしょう。これくらいの谷の場合ならば、砲撃で破壊して道を作ります」
「砲撃した様子はあるか?」
「…いえ、ざっと周囲を見回しましたが、少なくとも上層においては砲撃の痕跡はありません」
「だが、亀裂に向かって移動しているのは事実か。いいだろう、ここで話していても時間の無駄だ。オレは少し下を見てくるから、お前たちはここで待っていろ。いいか、単独行動はするなよ」
「あっ! 輝光長!」
アンシュラオンが躊躇なく亀裂に飛び降りる。
谷底までは千五百メートルくらいはあるが、まったく気にした様子はない。
もちろんそのまま落ちるつもりはなく、途中で命気を放出して壁面に張り付き、音も立てずにするすると降りていった。
そのあまりに手馴れている様子に、騎士たちも驚きの表情である。
「…なんて御人だ。まだ調査も終わってないのに。怖くないのか?」
「我々とは価値観が違いすぎる。強さも閣下に匹敵するのだ。今は任せよう」
三人は、ただただアンシュラオンを見送るしかなかった。