【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
アンシュラオンが本隊に戻ったのは、その日の夕刻だった。
翌日から移動を開始し、強行軍で亀裂にまで到着。
ある程度無理ができたのは、このエリアには人間憎悪の術式がないと知っているからだ。魔獣を過度に警戒する必要性がないため、一気に移動速度を上げることができたのだ。
そして、日が暮れる頃には亀裂に到着。
ガンプドルフたちも周辺を調べ、実際に亀裂の様子をうかがう。
「状況はどうだ?」
「半径二十キロ圏内に魔獣の姿は見えません。亀裂内部の様子はわかりませんが、報告にあった蜘蛛型魔獣は外には出ていないようです」
「わかった。そのまま警戒を続けろ。それ以外の部隊は休息を取ってかまわない」
「はっ!」
今のところ大きな動きはない。
が、それ自体がこの荒野では貴重である。
魔獣に積極的に襲われないというだけで人間にはありがたい。警戒しつつも安心して休める。
「少年はどう思う?」
ガンプドルフが亀裂を見下ろしながらアンシュラオンに訊ねる。
魔獣がいると知ったせいもあるが、実に薄気味悪い場所に見える。彼もできることならば、ここに入りたくないと思っているだろう。
しかし、それを打ち砕くようにアンシュラオンが明言する。
「オレはここに戦艦がいると思う」
「昨日はそこまで断定していなかったはずだが?」
「ずっと否定しようとしてきたけど、調べれば調べるほど状況証拠がそろっていく。あとは勘だね。そんな予感がする」
「少年の勘ならば信じる価値はあるな」
「所詮は勘だけどね。でも、一番最悪なのは見逃すことだ。ただでさえ時間がかなり経過している。手遅れになったら全部終わるからね」
「その口ぶりだと、まだナージェイミアが無事のように聞こえるな」
「どのみち何かあれば、もうとっくに壊されているよ。残骸からでも使えるものは回収しておきたいよね。せめて炉が残っていればいいんだけど」
「そこは無事だと言ってほしかった。胃が痛くなる」
「胃潰瘍になっても治してあげるよ」
「原因が取り除かれない限りは何度でも出来る。気休めにもならんな」
「気休めになるかはわからないけど、戦艦がまだ無事である可能性と根拠はあるよ。もし蜘蛛型魔獣と交戦したことが落ちた原因ならば、底に残骸があってもいいはずだよね。でも、それがない」
「自ら亀裂内部に入った…という可能性もなくはないが、魔獣が残っている段階でその線は消えるか」
「副官のメーネザーって人は優秀なんだよね?」
「ああ、私生活では間が抜けているところもあるが、軍人としては優れた男だ。特に先を読む能力に長けている」
「そこまで優秀な人が、亀裂に落ちて何の対処もしないとは思えない。やっぱり一度内部の調査が必要だね。どうせ水場があるんだ。調査はしたいでしょ?」
「当然だな。さすがに見過ごすには惜しい。ここで水源を確保できれば、我々の計画は大幅に進む。しかも魔獣が凶暴ではない場所なのだ。絶対に手に入れたい」
その次の言葉には、「たとえ蜘蛛と戦っても」が続くはずだ。
DBDはもうあとがない。何を犠牲にしても勝利を勝ち取るしか生きる道がないのだ。
(まずは戦艦を確保しないと何もできない。この亀裂が出来た理由も気になるし、調べるのは確定だな)
戦闘は避けたい。だが、調査はしたい。
相変わらずの板挟みであるが、今回ばかりはより具体的な痕跡が出てきた以上、選択肢は一つしかない。
「少数精鋭で奥を探るか? それならばリスクも少ないはずだ」
「敵の数が不明な以上、そっちのほうが危ないかも」
「蜘蛛型魔獣は弱いのだろう?」
「たしかにオレが見た個体は弱い。でも、考えてもみなよ。群れ全体がすべて同種であるとは限らない。この隊だっておっさんみたいな強者もいれば、兵士みたいな弱者もいる。それは相手も同じなんだ。ここが巣ならばなおさらだね」
「では、もっと強い個体がいると?」
「そう考えたほうがいい。オレとおっさんが行けば全滅はないと思うけど、それでも絶対じゃない。それで消耗したところに地上で他の魔獣に襲われれば、手痛い損害をこうむる可能性もある。分断されて後衛が壊滅ってこともありえるよ」
「少年ほどの武人でも、そこまで慎重になるか」
「魔獣を侮らないほうがいい。やつらは何をするかわからない。特に虫は行動原理が読めないこともあるしね。それにサナたちの安全も確保しないといけない。おっさんだってそうでしょう。オレたちだけ生き残っても意味がないんだ」
「…その通りだ。ここで終わりではないからな」
全力で挑まねば未来はないが、そこですべてを使ってしまっても未来はない。
まるでスポーツ大会のトーナメントだ。どれだけ余力を残して勝つかが求められる。しかもスポーツと違い、命のやり取りは一回限り。失敗は許されない。
だが、打開策がないわけではない。
「ねぇ、数日待てる?」
「何か策でもあるのか?」
「策ってほどじゃないけど、この周辺の『生態系を確認』したいんだよね」
「ん? それに意味があるのか?」
「当然さ。生物というのは必ず周囲の環境と適応しているもんだ。単体で存在できるのは科学技術が発達した人間くらいなものだね。で、生態系が存在している以上、【敵対者】もいる」
「天敵というやつか?」
「仮にそこまでの相手はいないにせよ、縄張り争いをする魔獣は絶対にいるはずなんだ。それを利用すればいい」
「もしや【魔獣同士を戦わせる】のか?」
「そのほうが効率的だよね。こっちは常時、物資不足なんだ。損害はできるだけ少なくしたい。それなら違う誰かに代わりに戦ってもらえば楽でいいよね。その混乱に乗じて中を調べるんだ」
「すごいことを考えるな。そのような発想はしたことがなかった」
「自然で暮らしていれば、魔獣同士の戦いなんてよく見かけるよ。寄生型の魔獣なんかは、その間に巣に侵入して幼体に卵を産み付けるとかあるしね。したたかでないと生きていけないのさ」
アンシュラオンも火怨山にいた頃は、魔獣の巣穴に水を流して溺死させたり、地盤を砕いて生き埋めにしたりしたものだ。
魔獣は強いが、苦手なものにはとことん弱い傾向にもあるため、いかに弱点を見極めるかも重要なのだ。
「今回は戦艦の様子がわからないから、一番穏便な手でいってみるよ」
「妙案ではあるが、そう上手くいくものなのか?」
「大丈夫、大丈夫。そのあたりは任せてよ。これでも超絶ベテランなんだ。誰かと誰かを争わせることは得意だからね!」
まったくもって自慢にはなっていないが、グラス・ギースではこの男のせいで内乱が起きているので、この言葉は信頼できる。さすが『扇動者』である。
「わかった。君に任せよう。それができるのならば断る理由もないからな」
「それ以前に、まだ戦艦からの連絡はないの? もし近くにいるなら連絡を送ってくるはずだよね。中にいるのが確定なら、いろいろと細かい作戦も練れるからね」
「常に受信できる状態にはしてあるが、まだ無い。やはりできない状況にあると思っていたほうがいいだろう。現在、こちらからも送信できる機器を設置中だ。普通の通信機以上の強い電波を飛ばすことができる。もし通信機が壊れていても、騎士が持っている無線機に引っかかるかもしれない」
「うーん、強力な電波送信機か…大丈夫かな?」
「何か心配事があるのか?」
「あの魔獣に出会った時さ、やたらと感度が良かったんだよね。オレの波動円にも気づいたしね」
「魔獣が波動円に気づくものなのか?」
「感覚が人間より鋭敏な連中も多い。特に探知型の魔獣は人間を遥かに超える能力を持っているもんだよ。ただ、ああいうタイプって自分からは滅多に動かないんだ。オレが近づいても動かなかったし、罠や網を作っておいて、そこに引っかかったら獲物を捕まえにいくんだと思う。見た目も蜘蛛だしね」
「そうなると、ますます無策での突入は危険か。通信機に反応が出ればいいが…」
「………」
(…なんだ? 何か見落としているような気がする)
不意に漠然とした不安が広がった。
一気に情報が増えたせいもあるのだろうが、この時のアンシュラオンは、今自分が述べたことの『矛盾と違和感』に感づいていなかった。
亀裂を生み出した魔獣や、大地の術式のことに意識が奪われていたせいだろう。
だから、今回の『奇襲』を予期できなかった。
グラグラグラッ
地面が大きく動いた。
揺れは次第に大きくなっていき、隊の輸送船が傾くほどであった。
「地震…か?」
ガンプドルフがそう思うのも無理はない。
火怨山が活火山であり、大災厄の時も噴火で地震が起きている。火怨山が近いこのエリアでは地震はあまり珍しいことではない。(グラス・ギースでは遺跡由来の地震もあるが)
だがしかし、今回は違う。
ゾゾゾゾゾッ ゾゾゾゾゾゾッ
薄闇の中、亀裂から『大量の蜘蛛』が這い出してきた。
その数は百や二百では済まなかった。見る見る間に数が増え、一千、二千、三千という蜘蛛に覆われる。
一面が、蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛!!
黒い絨毯が敷かれるように大地を席巻した。
「な…んだと……何が…」
あまりに突然のことにガンプドルフでさえ、目が点になっていた。
この時になってアンシュラオンは、自身のミスに気づく。
(しまった! もし蜘蛛が待ち伏せ型ならば、巣穴外の地上に交戦の跡が残っているのはおかしい! 探知型だからといって動いてこないとは限らないんだ!)
なぜ、戦艦が地上で蜘蛛と戦ったのか。
できるだけ戦いを避けたい彼らが、こんな大量の蜘蛛と戦う理由などはない。あるとすれば相手からけしかけてきた場合だ。
「おっさん、ヤバイぞ! 急いで隊を下げさせろ!! 夜戦になったら不利だ!」
「全部隊、撤収準備だ! 急げ!! 主力部隊は殿を務めて被害を防げ!!」
ガンプドルフが隊に命令。即座に撤退準備が進められる。
だが、完全に不意をつかれてしまったため、すべての行動が後手に回る。
もっとも痛かったのは、すでに多くの隊は休息に入っており、迎撃態勢が万全ではなかったことだ。
アンシュラオンの情報で魔獣が凶暴ではないことを知っているため、ここは安全だと思い込んでしまったのだ。
事実安全なのだが、それでも荒野だ。荒野に人間が安心できる場所などはない。
「この蜘蛛が!!」
一番最初に対応したのは偵察部隊の騎士だった。必然的に近い場所にいたので応戦するしかなかった。
一匹一匹は弱く、彼らの攻撃で簡単に潰れる程度の魔獣だ。
だが、数が違いすぎる。
「と、止まれ! とまれとま―――うぁああああっ!!」
まるで波のように群がってくる蜘蛛、カーモスイット・スパイダー〈石喰蜘蛛〉たちに一気に呑み込まれる。
蜘蛛は騎士など見向きもせず、淡々と突き進むが、何千という魔獣に踏まれるのだ。ただで済むはずもない。
「撤収! 撤収だ! 警報を鳴らせ!!」
兵士たちも警報を鳴らし、休んでいる者たちを叩き起こす。
そのあたりは訓練で慣れており、すぐさま撤収の準備が進められていた。
時間を稼ぐため、主力の騎士たちも果敢に応戦する。
「隊列を組め!! こちらも陣形を整えれば対応できるぞ!!」
剣で斬れば簡単に死ぬ。銃で撃てば動かなくなる。砲をぶっ放せば、吹っ飛ぶ。
蜘蛛の圧力に対しても、こちらが集団で大盾を構えれば少しは抑えることができる。
やはりDBDの騎士は強い。厄介なのは数だけ。
と、誰もがそう思っていた。
「何か出てきたぞ! で、でかい!」
亀裂からのそりと、二十メートル以上の塊が出てきた。大型のクルマ、または小型の輸送船くらいの大きさだ。
それも―――蜘蛛
大きな蜘蛛が、ぎらっと三つ目を光らせてこちらを捕捉する。
「あの大きな相手は私が受け持つ!! 他の者はここで時間を稼げ!!」
ゼイヴァーが蜘蛛を蹴散らしながら大蜘蛛に接近。
槍を使って空中で蜘蛛を串刺しにしながらも、連続跳躍して移動する。
地上にいれば圧力で呑み込まれてしまうので、こうやって空中移動すれば安全だ。彼だからこそできる芸当といえた。
しかし、ここで予想していなかったことが起こる。
大型蜘蛛の背中の穴に、小さな蜘蛛が群がって入り込む。
同属の虫が体内に入るとは実に奇妙な行動であり、昆虫学者ならしばらく見つめているほどに面白い光景であろう。
が、入った理由は凶悪。
大型蜘蛛の背から長い
管から放出された『何か』が超高速で飛んできた。
「っ…!!」
空中を跳躍していたゼイヴァーは、咄嗟に身体をよじって緊急回避。
チッと鎧を掠めたものの、よけることには成功する。だが、その代わりに後方にいた輸送船に直撃。激しい衝撃とともに船体の装甲に大きな窪みを作る。
ただし、脅威はそれだけにとどまらない。
これが怖ろしいのは、それが【生きている】ことだ。
もぞ モゾモゾゾッ
船体に埋まった砲弾、もとい小蜘蛛のカーモスイットが動き出し、ガンガンと船体を叩き始めた。
彼らの表面は最初に見た個体よりも金属質に輝いており、かなり硬そうだ。どうやら砲弾専用の小型蜘蛛もいることが判明する。
「あの魔獣、自らの仲間を砲弾にしているのか…!! 早く止めねば!!」
ゼイヴァーがそれに気づいた時には、すでに遅かった。
ボンボンボンボンッ!!
次々と蜘蛛砲弾が射出され、輸送船だけではなく騎士や兵士の隊列に突っ込んでいく。
「ぐあっ!!!」
「隊列を崩すな!! 踏ん張っ―――がはっ!!」
その威力は本物の砲弾と大差ない威力だ。質量がある分、むしろ破壊力は増しており、直撃を受けた重装甲兵が鎧を破壊されながら吹っ飛ぶ光景が見える。
何度も言っているが、問題は敵の数。ということは砲弾の数も膨大ということを意味する。
幸いなことに砲台は一つしかない―――と思ってはいけない。
ゾゾゾッ ゾゾゾッ
亀裂から一匹、五匹、十匹と、次々と大蜘蛛が這い上がってくるではないか。
どうやら小さな蜘蛛が壁に張り付き足場となり、ベルトコンベアのように動くことで上まで運んでいるようだ。
その連携たるや、もはや軍隊すら簡単に凌駕するものであった。
「くっ! 近寄れない!!」
蜘蛛砲撃があまりに激しすぎて、ゼイヴァーも回避だけで精一杯。
この威力だ。一撃でも直撃すれば彼も戦闘不能に陥るかもしれない。よけるしか方法がないのだ。
状況は悪化し続ける。蜘蛛も増え続ける。
「ぬおおおおおっ!!」
ガンプドルフが雷王・
アンシュラオンも広域技の
蜘蛛が弱いこともあり攻撃は効いているが、いかんせん数が多い。増援も止まらないため、まったく敵の勢いが弱まらないのだ。
「多すぎだろう。何匹いるんだ!」
さすがのアンシュラオンも、この数には辟易する。
水覇・
多いとは思っていたが予想を上回る物量だ。下手をすれば、すでに五千以上の蜘蛛が地上に出現しているかもしれない。
だが、これでも一部なのだ。展開した波動円による探知では、亀裂内だけでもこの数倍の反応があった。
(最低でも【三万】はいるぞ! この数はまずい!)
三万 対 二百。
30000と200。
アンシュラオンでも手を焼く数の暴力が、そこにはあった。