【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「な、なんだ今のは…!」
「ゴールドナイトは…閣下はどうなったのだ!」
この異変はあまりに致命的だった。
ガンプドルフ隊の支えは、その名前の通り聖剣長であるガンプドルフ自身である。最大戦力かつ最大の心の支えであり、まさに中心だ。
それがこの敵だらけのど真ん中でいなくなる。これほど絶望的なことがあるだろうか。さすがの騎士も動揺を隠せないでパニックに陥る。
(最悪だ。このままでは全滅する)
バルドロスに嫌な記憶が蘇る。
どこの軍隊でもそうなのだが、とりわけDBDにおいて聖剣長の存在は大きい。聖剣があればなんとかなる、という意識が幼い頃から童話などで刷り込まれているからだ。
たしかに聖剣と魔人機は最大戦力であるが、そうであるからこそ狙われる危険性が高くなる。ルシアとの戦争の終盤では、魔剣士たちを分断する作戦が基本戦術とされ、それによって艦隊が壊滅した事例もある。
バルドロス自身がいた部隊も、その混乱の中で各個撃破されて、ほぼ全滅の憂き目に遭ったのだ。まさにトラウマである。
今も同じ。頼りのガンプドルフが分断されれば部隊として機能しなくなる。リーダーというのはそれだけ重要なのだ。
(だが、諦めぬ。諦めてはいかん。今この場で一番階級が上なのはわしだ。なんとかまとめねば―――)
正直、バルドロスには部隊指揮はできても、それを導くことはできない。単純に適切な命令を出すことと、困難の中で希望を与える力は違うのだ。
それでも何かしなければ終わってしまう。
そんな焦りが彼を包んだ時だ。
「走れぇえええええええええええええええええ!!」
「っ―――!」
バルドロスの背後から大声が響く。
若干裏返った声だが、全身から必死に搾り出した力強いものだった。
声の主は―――リッタス
彼は剣を真上に突き上げ、まるで英雄像かのようなポーズで立っていた。
汗だくで鎧はボロボロ。転んで傷だらけの顔ではまったく似合っていないが、自分自身を鼓舞するためにも叫ぶ。
「聖剣長の声を聴いただろう! 今は前に走れ! 迷っている暇などないぞ!」
「だが、閣下がいなければ…」
「お前たち、聖剣を信じないのかぁああああああああ!」
「っ!!」
「俺は信じる! 聖剣の力を信じる! それだけを夢見て、支えにして俺たちは生きてきた! がんばってきた! 違うか!? それがたかが蜘蛛ごときにやられると思っているのか! ゴールドナイトだぞ! 雷の聖剣だぞ! ありえない! 絶対にありえない!」
―――「聖剣は、必ず勝つ!」
声は震えていた。彼だってきっと不安だったはずだ。
されど、聖剣を信じると言った言葉に偽りは何一つない。
その真摯で真っ直ぐな感情は、騎士たちの心の琴線に触れる。彼らも幼い頃から聖剣に憧れ、できれば自分も選ばれたいと思ってがんばってきたのだ。
つらい訓練だって聖剣を夢見てきたからこそ耐えられた。今も聖剣の近くにいられるだけで誇り高い気持ちになれた。
自分が聖剣のために、国のために戦っているという自負があるからだ。
「そうだ…閣下なら…! 必ずや戻ってきてくださる!」
「雷の聖剣に選ばれたのだ。負けるわけがない!」
「聖剣が負けるものか! ルシアでも聖剣は折れなかったのだ!」
「そうだ、どんなときも聖剣があれば負けない! 今は前に進むぞ! まだ作戦の途中だ! 俺たちの目標は戦艦ナージェイミアだ! 行くぞぉおおおおおおおおおおおお!」
リッタスが走り出す。
その行動は東大陸に渡ってから何度も見てきた。彼の独断でいつも連携が乱れ、誰かが怪我をして迷惑ばかりをかけていた。誰もついてはこなかった。
だが、今は違う。その後ろに騎士たちが続く。
というより、あっという間に追い抜かれて最後尾になってしまう。能力が高いわけでもないので当然だ。
「俺は…俺は走るぞ! 絶対に諦めるものか! 這いつくばってでも生きてやるんだ!」
それでも彼は走ることをやめない。がむしゃらに前に向かって駆ける。
その姿にバルドロスの心が奮える。
(殿下…! そうだ、これだ。これこそ殿下の持ち味よ。もともと殿下には、絶対に諦めない不屈の心があった。それがあの少年に出会って『歯車が合った』のだ)
リッタスは完全に誰とも噛み合わない歯車だったが、破天荒なアンシュラオンと出会い、部隊全体がひっちゃかめっちゃかに掻き回され、なぜそうなったのかわからないが、どこかでカチッと噛み合った。
一度噛み合えば、ハムスターの回し車のようにひたすら走る男だ。その強い心は他に伝播し、アンシュラオンとは違う方向性の活力を与える。
これもマイナスとマイナスが合わさった効果なのかもしれない。本来の無鉄砲さが、ここにきて皆に勇気を与える結果になったのだ。
「殿下に続くぞ。殿はわしが受け持つ。後ろを気にすることはない。クルマで突っ走れ」
「…こくり」
「行きますよぉおおおおお! ほら、そこの殿下も掴まってください!」
「はぁはぁ、オマケみたいに言うな!」
「もうっ、置いていっちゃいますよ!」
「くっ! 仕方ない!」
リッタスをクルマに乗せてアクセル全開。
幸いながらさきほどの大穴で敵陣も崩れているため、強行突破は可能である。
「エノスはクルマの前に出ろ。敵がいても突っ込むのだ」
「は、はい! わかりました! バルドロス様、これが殿下ですよ!」
「ああ、わかっておる。この気勢ならいけるぞ!」
「殿下…! 殿下が一番聖剣を信じているんです! やれますよ!」
エノスもアクセルを全開にして、けっして緩めることはなかった。
ガンプドルフ隊…いや、今はもうリッタス隊と呼ぶべきだろうか。そのリッタス隊は、怒涛の勢いで階層を突き進む。
主力の重装甲部隊がいまだ健在であるとはいえ、蜘蛛は積極的に向かってくる。鬼怒獣も傷ついているとはいえ強力な魔獣だ。その両方を敵に回すなど、まさに地獄でしかない。
しかし、不思議なことにまったく怖くない。絶望的なのに『やる気』しか出てこない。
「いけぇええ! つっこめぇえええ! 今だ、いけ!」
「ええい、後ろからうるさい!」
「うるさいとはなんだ! 指示してやっているのだぞ! よし、私が援護してやる!」
「弱いんだからおとなしく下がっていろ! 足手まといだ!」
「なんだと!?」
などと、リッタスと騎士が言い合いになることもあるが、敵と戦いながらなので問題はない。むしろそれが力になる。
この落ちこぼれ殿下が諦めない限り、恥ずかしくて誰も最初に弱音を吐けないからだ。
こうして重装甲部隊が魔獣たちを押し込んでいる間に、サナが魔石を全開にして駆け抜け、次々と魔獣たちを切り裂いていく。
倒す必要はない。感電させて動きを鈍らせるだけでいい。その間に駆逐艇の突撃で蹴散らし、バルドロスが魔石を使って追撃を受けないように防護壁を生み出していく。
「前だ、前に進めぇええええええ!」
相変わらずリッタスは声を張り上げる。甲子園に出られなかった部員がスタンドから声を振り絞るように、ただただ叫ぶことしかできない。
だが、それでいい。
彼に求められているのは武力ではない。全員をやる気にさせるための目に見えない力だ。
それを持つ者を―――【王】
と呼ぶ。
「あの殿下、やるじゃないですか。アンシュラオン様には全然及ばないですけど、少しは許してあげてもいいかもしれないですね」
「はい、私もなぜか安心します。どうしてでしょう?」
「一番下の人に野心や出世欲があると盛り上がるものなのです。上がいつだって絶好調でいることは少ないですからね。うちも課長にやる気がなくて、そのうえ同僚たちも出世欲がないですから全然盛り上がってないんですよ。支店長も今のままで満足しちゃってますしね。その意味だとDBDのほうが目的がある分だけましですね」
「は、はぁ、大人の社会は大変なんですね…」
「あっ、セノアさん、左前で密集してますよ! 一発かましちゃってください!」
「わ、わかりました! 爆発矢、いきまーす! 皆さん、よけてください!」
そんな会話を小百合とセノアがするほど心に余裕があった。
冷静に考えてみれば普通の公務員とメイドの少女である。それがこんな魔獣の巣穴にいるにもかかわらず、平然としているのだ。それ自体がまさに驚異的である。
しかもこのピンチでまったく絶望していない。アンシュラオンの庇護があるとはいえ、やはりリッタスの気概が与える影響は大きいといえる。
まあ、詰まるところそれは、小百合たちもリッタスを一番下だと見下していることを意味するのだが。
それは次のサリータの発言でも証明される。
「お前を見ていると後輩を思い出す」
「後輩? 誰だ?」
「馬鹿で間抜けな麻薬の売人だった女だ。いつもドジばかりで迷惑をかけていたが、強運でなぜかいつも助かるやつだ」
「そんな女と私を一緒にするな! いいではないか、運だって実力だ!」
「お前を見ていると、本当にそう思う」
「いちいち引っかかるやつだな! だが、いいのか? お前はあの少女の隣で戦いたいのではないのか?」
「このレベルの戦場では、今の自分ではサナ様の動きについてはいけない。悔しいが、熟練した騎士たちに任せるのが一番だろう」
サリータは、ぐっと歯を食いしばる。
あの場所は本来ならば自分がいるポジションだ。あんなに人数をかけなくても、サナの癖を知っている自分ならば、もっと的確に、もっとやりやすくサポートできるはずだった。
だが、肉体能力が足りない。全力を出したサナには対応できない。
(もっとサナ様に追いつけるだけの脚力があれば…。もっとサナ様を敵の攻撃から守れるだけの腕力があれば…。それを何度も繰り返せるだけの体力があれば…。サナ様が輝きを増すごとに自分は置いていかれるのか)
サリータが強くなれば、サナはさらに上をいく。結局のところ差は縮まっていないのだ。それがこの戦いで露見している。
しかし、現状で上手くいっているのならば、あえて自分がしゃしゃり出ることはしない。最大の目的は生き残ることであり、最深部に到着することである。
そして、まさに奇跡が起こった。
猛烈な突撃によって、ついに第十四階層までたどり着いたのだ。
「あと一層! ここさえ突破すれば、もう最深部だぞ!」
ゼイヴァーたちの姿は見えない。おそらくすでに突破して最深部に向かったと思われる。
しかし、まだ解決していない不安要素があった。
地面から―――赤い蜘蛛
あの深紅の蜘蛛ではない。同じ色で小型の蜘蛛が這い出てきた。
まだ未確定だが、おそらくは雄の個体だと思われる。とすると、この巣穴にいるのは全員が『メス』であることを意味する。カーモスイットたちは全員が雌の個体であったのだ。
カマキリなどがわかりやすいが、自然界では産卵する雌のほうが大きく、強いことが往々にしてある。この蜘蛛も同様の理由で体格差が生まれているのだろう。
そして、この雄蜘蛛たちは『土蜘蛛』(朝廷の敵の意味ではなく、土の中で暮らす蜘蛛)らしく、地面の下には雄蜘蛛たちの生活エリアがあるようだ。
それが術式の影響によって凶暴化。今までは横穴からだけだったが、今度は下穴からも敵が出現するようになったというわけだ。
いまさら数が増えるのは、もうどうでもいい。そんなことで驚かない。
だが、この下ではゴールドナイトを咥えた【紅蜘蛛】が縦横無尽に動き回っているので、地盤に多大なダメージが蓄積。
ついに―――崩落を開始
ガラガラと地面が崩れ始め、所々に大きな地割れや穴が生まれる。
「きゃあああ! クルマが落ちますよ!」
小百合たちのクルマも斜めに傾いて、穴に転落しそうになる。運が悪いことに後ろ半分が宙吊りになってしまった。
ホロロは主砲にしがみついているが、このままでは一緒に落ちかねない。
「地盤を補強する!」
バルドロスの両手が肥大化し、周囲の岩を圧縮して固定する。
(ぐっ、魔石の力が落ちているか! こうも連続して使えば致し方ない)
バルドロスの力も無制限ではない。もともと老齢であるし、魔石の力も枯渇しつつあるため、足場の確保が精一杯だった。
すでにギリギリ。あらゆる面で限界に達しつつあるのだ。
「自分が支えます!」
「私も行く!」
ここでサリータとリッタスがクルマを支え、必死に押す。
クルマも風を噴き出すが、ぬかるみにタイヤがはまったように、なかなか抜け出せない。
「パワーが落ちています! ジュエルを交換しないと!」
「小百合先輩、急いでください!」
「あと五秒待ってください!」
クルマのジュエル交換はガソリンの補充のようなものだ。小百合も必死に交換作業を急ぐ。
その間、サナや騎士たちは蜘蛛を寄せ付けないように戦っているので援護には来られない。
(自分が…自分がやるんだ! もう前回のような失敗はしない!)
脳裏には最初の蜘蛛の襲撃でラノアを守れなかった負い目。今度は絶対に守らねばならない。
「サリータさん、交換しました! タイミングを合わせてください!」
「わかりました! うおおおおおおお!!」
小百合がエンジンを噴かす瞬間を狙って、サリータが全身全霊の力で押す。
その結果―――ぐぐぐっ バタンッ
ようやく安定した地盤に押し出すことができた。
「や、やった! やりました!」
「サリータ! 下から蜘蛛が来ますよ!」
「―――っ!」
ホロロの声で足元を見ると、崩れた地盤、その暗闇から蜘蛛が這い出てクルマにしがみつこうとしていた。
彼らにはクルマが食料にでも見えているのだろうか。それとも単純に人間への憎悪が原因だろうか。
「おいしいとでも言うのかああああああ!! 蜘蛛がああああああああ」
サリータの突盾。渾身の力で赤蜘蛛を突き刺し、かち上げる。
クルマに掴まっていたためボムハンマーではなく、切り落とすために突盾を採用したが、これが見事に成功。蜘蛛が穴に落ちていく。
こうして今では状況に合わせ、少しずつ盾技を使えるようになってきた。それは喜ばしいことだ。
しかしながら強く踏ん張ったせいか、もともと崩れかけていた足元が耐えきれずに―――ボゴンッ
がくんとサリータの身体が宙に浮き、重力によって穴に引っ張られる。
「あっ―――」
「ケサセリア!」
その手をリッタスが掴まえる。
が、彼も他の蜘蛛が来るのを牽制していたので、手を握ったことで体勢を崩し、支えきれずに一緒に引きずられる。
「くっ…! 重い!」
「重いとはなんだ! 鎧と盾のせいだ!」
「それが重いと言っているのだ! だ、駄目だ…落ちる!」
「もっと踏ん張れ!」
「その足元が崩れて―――うわぁあああっ!」
ついにリッタスの足元も崩れ、二人が宙に舞った。
「サリータさん!」
セノアも助けようと、思わず手を出すが―――
「セノア! サナ様を頼む!」
スカッ 空を切る。
差し出された手を、あえて取らなかった。
「サリータさぁあああああああああんっ!」
サリータとリッタスが闇に呑まれて、地下に落ちていく。
穴は底が見えないほど真っ暗。かなり深いことがうかがえる。
「殿下! エノス、わしは殿下を追う!」
「バルドロス様、わたくしも!」
「お前が行っても役には立つまい。それより駆逐艇が必要だ! 自爆させてもかまわん! それを使って最深部まで突破しろ! 我々もなんとか自力でたどり着く! これでも百光長よ、聖剣王国の武人を信じよ!」
「わ、わかりました! バルドロス様! 殿下を頼みます!」
バルドロスがリッタスを追って、穴に飛び込む。
彼がいなくなるのは戦力的に痛いが、殿下を守るのが守護騎士の役目。その行動に迷いはなかった。
が、こちらはそうもいかない。
「…!」
「サナ様、いけません!」
異変に気づき、サリータを追いかけようとしたサナをホロロが止める。
「もう駄目です! 今からでは間に合いません!」
「…ふるふる!」
「彼女は正しい判断をしました!! アンシュラオン様の言いつけを守ったのです!」
セノアが助けようとした手は、サリータが盾を捨てれば間に合ったかもしれない。
だが、非力な彼女では支えきれないため、どちらにせよ防げないどころか、腕が折れる可能性すらあった。だからこそ、あえて落ちることを受け入れたのである。
巻き添えよりも自己犠牲。
アンシュラオンがいつも言っているように【序列】に従って行動したのだ。厳しいようだが、それは正しい判断だ。
「サナ様のお力は雷です! ガンプドルフ様のように地中では不利となります! 追ってはなりません!」
「………」
「バルドロス様がおります! どうかどうか、我慢なさってください! サナ様がおられなければ我々は全滅です!」
「………」
ホロロの切羽詰った声を聴くのは珍しいだろうか。
しかし、保身のために言っているわけではない。すべてはサナのため。彼女を守るためである。そのためならば自らを出しに使うことも厭わない。
「…ぐぐ」
サナが拳を強く握り、歯を食いしばる。
今、彼女の中では『感情』が渦巻いていた。自分でも理解できない強い何かが込み上げてくるのを感じている。
サナはぐっと再び刀を握ると、周囲の魔獣たちと戦い始める。今はクルマを守ることが最優先と判断したのだ。
「………」
だが、サナはサリータを見捨てたわけではない。
トクン トクン トクン
心臓の高鳴る音を聴きながら、彼女の心の中に強い想いが宿りつつある。
―――信じる
―――わたしは信じる
―――自分の【騎士】を信じる
彼女は絶対に死なない。自分が選んだ騎士なのだから
こんな場所で死んでたまるか!!
信頼、友愛、期待、なんと呼んでもかまわない。
声には出せないが、サナの中にサリータを強く信じる気持ちが芽生えつつあった。
だから自分はここで戦うと決めたのだ。