【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
最深部では引き続きアンシュラオンが、ラノアを守りながら術式の解析を行っていた。
相変わらずラノアに向かって魔獣たちは襲いかかっているが、クシャマーベによってすべて撃退。塵にされている。
だが、数が多いのでまったく減っていないようにも見える。さりげなく赤蜘蛛も増援でやってきているので相対的に変化はないのだ。
(それにしてもオレよりラノアのほうが敵視が強い気がするな。この場所が原因なのか、それとも『ラノアは超越者の末裔説』が正しいのか? もし対超越者用に作られた術式ならば、最優先ターゲットには超越者が設定されているはずだ。思えば今まで戦った魔獣たちも後方部隊を狙っていたな)
魔獣が現れるとガンプドルフたち主力部隊が叩いてしまうので、あまり意識はしていなかったものの、挟撃された際は彼らは輸送船あたりを狙っていた覚えがある。
憎悪に狂った魔獣が、敵の兵站を狙うといった高度な戦術を考えるわけもないので、やはり引きつける要素があったのだろう。そうなるとラノアたちを狙っていた可能性もゼロではない。
今もアンシュラオンよりもラノアを優先して狙っているのが、その大きな根拠である。
(まさに『囮役』に最適だったってわけか。仮にラノアたちが何者であれ、オレ自身が人のことを言えた義理じゃないからな。そんなことは気にしないけど、オレの可愛いラノアを狙うとは許せんやつらだ。あとで皆殺しだな。それより術式の対応が先か。だいぶ慣れてきたけど、やっぱりすごいな、これは)
アンシュラオンがエメラーダにもらった術式の本は、初級から中級までだ。たとえるならば小学校から高校程度の内容だろうか。
それと比べて目の前の術式は、数学の専門家でさえ頭を悩ませるレベルのものだ。それが大量に絡み合っているため、解析には数十年、あるいは百年以上の時間が必要になる。
そんなものを術式を習い始めて数ヶ月も経っていないアンシュラオンが、簡単に解析できるわけがない。残念ながらこの男の才能をもってしても無理だ。
がしかし、唯一の勝機があるとすれば実物が目の前にあることだ。
(こんな高度な術式に【直接触れる】機会があるのはありがたいな。オレの術士の因子がフル回転しているのがわかる。核を通せばオレでも中身が見えるぞ)
普通、術式の核は隠されていることが多い。そこに全データが埋め込まれているので、知識ある者ならば解析や改竄が可能になるからだ。
アンシュラオンがゼイヴァーから無線機の技術を盗んだように、直接核となるものを見て触れることができれば、より具体的に理解できる。
ずっと大地の術式の核について言及してきたのは、核さえ見つけてしまえば停止できる可能性があったからだ。
しかし、問題もある。
(うーん、やっぱり普通のやり方じゃ駄目だな。このレベルの術式に本格的に干渉するには【ダイブ】するしかないぞ)
ダイブとは、物的次元を超えた精神領域を介して術式を構築、またはハッキングすることである。
たとえばこのような膨大な術式は、普段表面化している人間の意識下だけでは対応できないことが多い。そのため精神媒体を侵入させて『感覚で演算処理』を行う必要が出てくるのだ。
エメラーダがアンシュラオンに侵入した際も、ダイブを使ってハッキングを仕掛けていた。人間の潜在意識も膨大な量の情報が詰まっているため、ダイブのほうが効率が良いのである。
これを専門とする術士を【ダイバー〈深き者〉】と呼ぶ。
より深い場所に潜るためには専用の術具が必要らしいが、回線を上手く繋いでしまえば遠距離からでもハッキングが可能なので、腕利きのダイバーは世界各国の情報戦で引っ張りだこと聞く。そのあたりはインターネットに似ているだろうか。
その代わり、これまたエメラーダが危険な状態に陥ったように、何かあれば直接精神にダメージを受けるため、できれば安全な環境下でやるのが一般的だ。
(ただでさえダイブは初めてなんだが…この状況では贅沢は言えないな。まだ女王蜘蛛が耐えている間にさっさとやるか。何事もやってみれば簡単なもんだ)
アンシュラオンは目の前の巨大なジュエルに念糸を接続し、精神媒体を術式の海に送り込む。
これは『直接ダイブ』と呼ばれる形式で、理屈は以前ラノアに教えたものの上位版と思えばいい。
補助術具がいらないのが最大のメリットだが、目の前のものにしかハッキングできないので、用途はかなり限定的といえるだろう。
まずはプロテクトを外して、内部に侵入。
(なかなかに面白い。まるで剥き出しの感覚の中にいるようだ。まあ、精神媒体なんだから当たり前か。ほぼ幽体だからな)
術式の世界は、言葉で表現するのが極めて難しい。より生命の実相に近づくことを意味するため、あらゆるものが地上とは違う。
人間が曖昧に感じている、愛や勇気、希望といった要素も、言ってしまえば構築された情報の一つにすぎない。それが目に見える世界なのだから無駄なものは何一つなく、すべてが繋がっているがゆえに複雑だ。
ただし、そうでいながら全体はシンプル。
複雑な配線を綺麗に整えたパソコンのように、見た目は美しくまとまっているのである。今からやる作業は、中身を開いてそのコードを引きずり出し、内部のCPUを分析するのに似ている。
(浸っている場合じゃないな。意識が加速しているから外の世界より作業量は増やせるが、その分だけやることは山積みだ。さっさと行こう)
中に入ると膨大な術式が浮かんでいる。
なぜこれだけの量が必要なのかといえば、あらゆる精神構造をした魔獣に対応するためである。知能が高い魔獣から何も考えていないアメーバのような魔獣まで、すべてを網羅していることが最大の特徴だ。
たしかにこれならば、比較的生理反応が鈍い植物系の魔獣すら操ることができるだろう。食人森で人が襲われるのは、この術式のせいかもしれない。
(人間だけでも大変なのに、全種類の魔獣のデータが蓄積されているってありえないよ。『
これだけの術式だ。その中には侵入者を攻撃するアンチウィルスプログラムも存在し、アンシュラオンを排除しようと動く。
精神媒体は剥き出しの心と同じなので、受けたダメージは直接精神に損傷を与えることになる。良くて廃人、悪くてショック死、もっと最悪な場合は潜在意識にダメージを受けて霊の昏睡状態に陥る。
(勝てば問題ない。こっちも術式で対抗すればいい)
アンシュラオンは、通常の戦いと同じように相手を拳でぶん殴って破壊していく。
これはあくまでイメージであるが、相手への破壊衝動がそのままプログラムの破壊に繋がるので、次々と免疫プログラムを壊していく。
(術式を停止するプログラムはどこだ? どんなものにでも保護機能が必ずある。最初に出来た破壊の痕跡を辿っていけば、その先にあるはずだ)
術式は事故が起こると大惨事になるため、必ず途中で止まるような保護機能がある。
サナの魔石にも『精神保護』があったと思うが、あれは外部からの精神攻撃を防ぐのと同時に、精神が大きな負担を受けた際に強制的に保護するものでもある。逆説的にいえば、そうした保護機能によって外部からの精神攻撃をシャットアウトできるのである。
そして、この術式においても、しばらく止まっていたのはその保護機能が発動していたからだ。すでに一度止まっているため、そのエラー記録を辿ればいい。
しばらく進むと、ひときわ巨大な術式プログラムを発見。
(でかい。まるで宇宙空間だ。あれが中央プログラムか)
まるで宇宙のような、なんとも美しく荘厳な光景が広がっていた。
真っ暗な空間に球体状のメイン術式核が存在し、その周囲を土星の環の如く大量の補助術式が覆っている。その規模を考えれば、これが中央プログラムだと思われる。
(とんでもない演算処理を行っているな。これを作ったやつは間違いなく【天才】だ)
走っている術式の内容は凶悪だが、技術的には最高峰のものだ。術式自体に罪はない。それを操る側の意思次第で善にも悪にもなる。
そして、アンシュラオンが近寄ろうとすると、声が響く。
―――〈やぁ、どうも。こんな場所まで何の用かな?〉
中央プログラムの前に、人影。
顔はない。身体も見えない。ただ真っ黒な人影だ。
だが、明らかなる意思をもってこちらを見据えていた。
声は中性的だが、やや女性のような高いトーンであった。
(これは疑似人格か? …いや、違うな。もっと人間味のある意思だ)
AIと人間の違いは、やはり自らの意思があるかどうかだ。
意思とは単純な思考回路のことではなく、霊から出る知的な波動を指す。進化し続ける知的生命体としての意思の力。それこそが真なる意思である。
この人影からも完全ではないが人間と同じ波動を感じる。といっても、本当に人間かはまだわからないが。
アンシュラオンは警戒しつつ、探りを入れるように対話を開始。
「誰だ、お前は。この術式を作ったやつか?」
―――〈キミこそ、誰だい? ボクの作った領域に干渉するなんて……ああ、そうか。もうそんな時期か。外の時間が流れるのは早いね〉
「質問に答えろ。お前は誰だ?」
―――〈ボクに名前なんて無いよ。だからボクを定義するものはボクじゃない。観測する側のキミさ。そういう存在なんだ。ごめんね〉
「やれやれ、そんな面倒くさい問答をするために来たわけじゃないんだ。術式が止まればそれでいい。お前が管理者なら、さっさとやってもらおうか」
―――〈ははは、居直り強盗かな? ここはボクの場所なのに勝手に入ってきて命令するなんて、キミは面白いやつだね。でも、ボクだって好きでやっているわけじゃないからね。これが仕事なんだ〉
「仕事? この術式を維持することがか?」
―――〈へぇ、アンシュラオンっていうんだ。いい名前だね。いいなぁ、名前か。ボクも欲しかったな〉
「っ…オレの中に入ろうとしたな! 気持ち悪いことをしやがって! どっちが強盗だ!」
―――〈ナイーブな女の子みたいなことを言うんだね。意外と繊細だ。お互いに精神媒体なんだから、見えちゃっても仕方ないよね。でも、ボクの干渉を防ぐなんてやるね。ますます気になっちゃう〉
「穏便に済ましてやろうと思ったが、もう許さん! オレはオレを支配するやつを許さない! 消えろ!」
アンシュラオンが即席で破壊プログラムを構築。相手に叩き込む。
だが、黒い影も即座に解除コードを見つけると、一瞬で自壊させた。
(演算処理は向こうのほうが上か。しかも手際がいい。相当な使い手だぞ)
エメラーダと同等。いや、それ以上の相手かもしれない。
さきほど侵入されそうになった時も、彼女との一戦の経験がなければ乗っ取られていた可能性もある。それだけの強敵だ。
警戒を強めるアンシュラオンとは対照的に、黒い影は楽しそうに笑う。
―――〈乱暴だなぁ。わかったよ。じゃあ、ボクのことも見せちゃおうかな。ちょっとだけだよ? あんまり見たら恥ずかしいから、少しだけね?〉
「ふざけやがっ―――うっ! なんだこれは…! この【記憶】はいったい?」
―――〈『大日本帝国』の記憶は懐かしかったかい? あの時代も楽しかったよね〉
アンシュラオンが再生前に暮らしていた地球と呼ばれる惑星、その中の国家の一つ。
世界最大の軍事国家であり、十年戦争という激しい大戦を戦い抜いた英雄たちが住まう場所。
激しく、美しく、燃えるような熱い情感がアンシュラオンの脳裏を搔き乱す。
そして一番の疑念は、これは自身の記憶ではないこと。まったくの他人の記憶であった。
そこから導き出される答えは一つ。
「お前もまさか―――【転生者】なのか!?」
―――〈うーん、当たりでもあり外れでもあるね。ボクは影の一つにすぎない。一部の記憶にすぎないってことさ。インディビジュアリティーの中のパーソナリティーでしかないんだ。キミなら意味がわかるだろう?〉
「ちっ、答えになっていないだろうが。お前は何者だ? なぜここにいる? お前がこの術式を作ったのか?」
―――〈最初の質問に戻っちゃったね。関わったかと問われれば、答えはイエスだ〉
「何のために?」
―――〈そんなことは自明の理じゃない? 結果から原因を探ればいいだけだよね。あまり人間に来てほしくないだけさ〉
「お前も超越者なのか?」
―――〈超越者か。たしかに彼らは優れた力を持っていたけれど、ただそれだけの人間でしかなかった。彼らはやりすぎた。傲慢な種が滅びるのは自然の摂理だろう?〉
「やはり術式を作ったのは超越者じゃないんだな」
―――〈キミは考古学者? そんなことを知ってどうするの? 本にでも書いてみるのかな?〉
「それもそうだな。お前を捕まえて標本にしたほうが高く売れそうだ」
―――〈あははは、キミは本当に楽しいやつだね。ボクを前にして怖れない存在は貴重だよ。…そうだな。ここはもういらないや。キミにあげるね〉
「っ…何をした!? 術式が崩壊を始めているぞ!」
―――〈1200秒あげるよ。もし止められたら【お友達】になってあげてもいいよ?〉
「イタ嬢じゃあるまいし! オレは友達は選ぶ主義なんだ。お前なんてお断りだ」
―――〈拒絶されると抱きしめたくなるよね。愛してあげたくなる。でも、そろそろ戻らないと。パミエルキなら30秒もいらないだろうけど、キミは何秒かかるかな?〉
「―――っ! 姉ちゃんのことを知っているのか!?」
―――〈今回の災厄の魔人だもの。知っているに決まっているよ。じゃあ、またね〉
「この状況で放置するのかよ! こんなものが崩壊したら術式事故が起きるぞ!」
―――〈そんなに焦らないでよ。ちゃんとできたら、ご褒美に『やらせて』あげるから。ボクの初めて、あげちゃうね。ふふ、楽しみだよ〉
「待て、無責任だぞ! お前の手垢のついたものなんぞ、いるか! 勝手に置いていくな!」
―――〈ごめんね、本当に忙しいんだ。言っただろう? ボクは影なんだ。本体に戻らないといけない。安心して。ボクは君の敵じゃない。味方でもないけどね。だから友達さ。それじゃ、いつか会う日を楽しみにしているよ。バイバイ〉
そんなものは友達じゃないだろう!と言いたかったが、すでに影は消えていた。
(なんだあいつは? 『影』…か。たしかに文字通り、そこにいる実感がなかった。それにあの記憶は…あいつも転生者なのか? いや、そんなことより早く対処しないと本当にやばい! 覚えていろよ! 次会ったら絶対にぶん殴る!)
黒い影が管理をこちらに丸投げしたため、すでに中央プログラムが勝手に動き出している。ただでさえ損傷しているのだ。そのうち暴走して爆発自壊に至るだろう。
そのせいでアンシュラオンは術式が崩壊するのを防ぎながら、強制停止コードを探すという高度なことをやらねばならなかった。
失敗すれば、死。
さきほど述べたように精神が死ぬだけではなく、霊の昏睡状態にまで陥る可能性があった。
∞†∞†∞
その頃、物質世界ではゼイヴァー隊が最深部に到着していた。
「はぁはぁっ! 突破できたか! 何人残った!?」
「十三人です!」
「十分だ! よく耐えた!」
遊撃隊から七名の犠牲を出してしまったが、あの猛攻を凌ぎつつ、突破まで可能としたのだ。彼らはまさに精鋭といえた。
すぐさま内部の状況を確認。
(あれはアンシュラオン殿か。見事に敵を引き付けてくれている。しかし、巨大なジュエルが光っているのはなぜだ? やはり何か異変があったのか)
ゼイヴァーにも事前に術式のことは説明されていたが、専門外のために援護はできそうもない。
それよりは、今がチャンス。
この術式は魔獣をひどく盲目にさせる。よほどのことがなければ最初にターゲットにした相手から敵視が外れることはないだろう。
変な例だが、MMOでタンク職に敵がひたすら攻撃する光景に似ている。真後ろから攻撃されても特定の敵しか攻撃しない違和感が、そこにはあった。
(だが、ナージェイミアにはまだ女王蜘蛛がいる。ここはどう動く? …迷っている暇はないか。あれが我々の目標なのだ)
「ナージェイミアに接近する! できるだけ隠密で動くぞ!」
ゼイヴァー隊が魔獣の群れの背後を通り抜ける。
いくらアンシュラオンたちが敵視を集めているとはいえ、いつこちらに牙を剥くかわかったものではない。しかも目の前には女王蜘蛛までいる。その恐怖と圧迫感は想像を絶するものである。
(頼む、気づくなよ)
今のところ、女王蜘蛛が動く気配はなかった。もぞもぞ動いてはいるが、こちらに注意を向けていない。
そのおかげでゼイヴァー隊は戦艦ナージェイミアに接近することができた。
あと少し。もう少し。それで報われる。
そんなときに地面から―――蜘蛛
あの赤い蜘蛛が何十、何百と這い出てきた。
(くっ、あと少しだというのに! ここまで苦しいものか!)
「全員、踏ん張れ! ここを突破すれば、我々の勝利だ!」
部下を奮い立たせるために何度も叫んだ言葉だ。何の根拠もない精神論を振りかざすことほどつらいことはない。そのたびに部下が死んでいく。
今回もそんな苦しみを味わうのか、とゼイヴァーが嘆いた時である。
頭上から振ってきた大きな刃が―――切り裂く!
ずばっと赤い蜘蛛が真っ二つに引き裂かれ、続けて振るわれた一撃で四つに分かれて絶命。
蜘蛛の体液が舞い散る中、そこにいたのは大剣を持った鎧姿の男だった。
「よぉ、ゼイヴァー。こんな陰気臭いところまでよく来たな!」
「あっ…ああ! デュークス百光長…! ご無事でありましたか!」
「ああ、俺だけじゃないぞ!」
周りを見れば、赤い蜘蛛が次々と切り裂かれ、叩き潰され、排除されていく光景が見えた。
特に両手に小剣を持った男が圧倒的で、瞬く間に五匹の蜘蛛を倒した。
その手際は最小限かつ最大効率。蜘蛛の胴体にある心臓部だけを狙って貫き、回転しながら抉ることで絶命させている。
「マルズレン百光長も!」
「挨拶はいいから早く来い! こんなところにいたら囲まれちまうぞ! おい、マルズレン、撤収だ! 甲板に戻るぞ」
「了解した。だが、殿はお前がやれ」
「俺かよ!」
「何のための大きな剣だ。そのほうが効率的だろう」
「まったく、効率効率ってよ。人生がそんなに上手くいっていたら、俺たちは最初からこんな場所にいねぇよ!」
そう文句を言いながらも、デュークスが殿を務めて敵を薙ぎ払う。
さすが百光長。その戦闘力は極めて高いレベルにあった。
ゼイヴァーたちは、デュークスとマルズレンたちの援護を受けながら、戦艦に到着。
甲板に引き上げられ―――ついにゴール!
フルマラソンを走り抜いた選手が倒れるように、息も絶え絶えのゼイヴァーたちが周りの騎士たちに支えられる。
そこにはメーネザーもいた。異変を察知した彼が騎士たちを戦艦の下で待機させていたのだ。
「よく来てくれた、ゼイヴァー百光長」
「メーネザー千光長…遅くなりまして申し訳ありません」
「それはこちらの台詞だ。迷惑をかけてしまったな。さっそくそちらの状況を教えてくれ」
ゼイヴァーはメーネザーに状況を説明。
事前にガンプドルフから渡された記録ジュエルもあったため、大雑把ながら巣穴の地形図が入手できたことも大きい。
「これはありがたい。閣下には手間をかけさせた」
「そちらの状況はどうなのですか?」
「一部に破損や廃棄したブロックがあるが、艦自体に大きなダメージはない。現在動ける騎士は、約百五十名だ」
(ああ、報われた)
それを聞いたゼイヴァーは、初めて安堵感を覚えた。
ここにいる騎士は誰もが精鋭。それが百五十人おり、中にはデュークスやマルズレンといった猛者もいる。彼らの力もあれば脱出は十分可能だ。
「千光長、いつ動きます? こっちはいつでもいけますよ」
デュークスが武器を肩に担いだまま、うずうずした様子で訊ねる。
彼らも今までの鬱憤が溜まっている。反撃したくて仕方ないのだろう。
だが、メーネザーはまだ動かない。
「まだだ。今動いても女王蜘蛛の反撃に遭ってやられるだけだ。必ず隙が生まれるはずだ。そこを狙う」
「まだ待機ですか。しんどいですな」
「力とは一気に集中して放たねば意味がない。もう少し待て。閣下もそう考えておられるはずだ」
「了解です。まあ、千光長が言うのならば、それが正しいんでしょうな」
「脳筋は黙って命令通り動け、ということをおっしゃっているのだ。馬鹿は少し黙っていろ」
「うるせぇよ、マルズレン。お前こそ黙ってろ!」
(まあ、頼もしいと思っておこう)
こうした二人のやり取りを見て、騎士たちの士気が上がっていることを喜ぶべきだろう。
だが、ここで焦らないのがメーネザーという男だ。慎重すぎると言われるかもしれないが、常に結果を出してきたからこそ部下たちもおとなしく従うのである。
そんな彼の目に映るのは、白い少年。
(あの少年が、閣下がおっしゃっていた太陽か。今は彼にかけるしかないな)
戦艦に張り付いた女王蜘蛛の存在。いまだ大量にいる魔獣の群れ。紅蜘蛛に捕まったガンプドルフ。穴に落ちたサリータとリッタス。
そして、妖しい光を放つ巨大ジュエル。
アンシュラオンがこのジュエルを制御しなければ、どのみち全滅だ。
場は異様な緊張感に包まれていた。