【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「うひいいいいっ―――!!」
サリータが暗闇の中に落ちていく。
落ちる、落ちる、落ちる。
浮遊時間から考えるに、かなり深い穴に落ちたようだ。
不幸中の幸いだったのが、戦気を使えることで防御力が格段に上がっていたことと、完全な垂直ではなかったことだ。
時々坂が存在しているので、そこに激突するおかげで衝撃が緩和されていった。
そして、最後の落下。
ひゅーーー ドサッ
サリータの身体が、何か柔らかいものに当たり、吸い込まれるようにして五メートルほど沈んだ。
(くっ…ううっ……生きて…いるのか?)
目の前は真っ暗だが、身体の感触はしっかり感じることができた。多少痛むところはあるものの骨折といった致命的な負傷はないようだ。
それもこれも柔らかい地層に当たったせいだろう。逆に柔らかすぎて這い上がるのが難しかったくらいだ。
なんとか登り、また転げ落ちるようにして着地。
(こんな穴に落ちるとはなさけない。だが、生きているだけましか)
周囲は完全な真っ暗。上の巣穴部分のほうがまだ明るかったと思えるほどだ。
(どこに敵がいるかわからない。警戒しなければ)
と、立ち上がろうとした時、手に柔らかい感触。
(そういえばマッケンドーも一緒に落ちたのだったな)
こういうときはだいたい男が女の下敷きになって「おい、重いぞ!」となるのが定石だ。
サリータはそんな漫画的なベタ展開のことは知らないので、単純に一緒に落ちたのだから目の前にいて当然と思ったにすぎない。
が、妙にフカフカしている。もっといえば毛深い。
「あいつはこんなに毛深かったか? それに妙に筋肉質だな…って、うわわっ!」
目が慣れ、うっすら見えたものは鬼の顔。サリータが乗っているのは鬼怒獣であった。
だが、まったく動かない。どうやら死んでいるようだ。
周囲をさらに見回すと所々に蜘蛛の死骸がある。今死んだようには見えないので、サリータよりも先に落ちていたことから、少し前にここで戦って死んだ個体だと思われる。
慎重に調べてみたが、やはり生きている個体はいない。それを知って落ち着いたサリータは壁を触って現状を確認する。
ここはどうやらカマボコ型のトンネルのような場所で、ちょうどクルマが一台通れるくらいの横幅があった。空気は重いが、そこまで息苦しさは感じないのが救いだろう。
(あの赤い蜘蛛は地面から這い出てきた。普通に考えれば、あいつらが掘ったのだろうな。だが、困った。ここから登るのは大変そうだ)
サリータが落ちた場所は、トンネルを作る際に掻き分けた土が集まってできた塚らしき場所であった。よくよく見れば、穴の下には同じような塚がいくつかある。
何のために存在しているのかは不明だが、そのおかげで怪我をしなかったのだからありがたい。
ただし、天井にあいた穴を登れるかは怪しい。上までかなり距離があるだろうし、体力的にもギリギリだ。重装備であることも懸念材料だった。
(鎧と盾を捨てれば登れるか? 最悪はそうしてもいいが、これが最後の装備だ。予備はもうない。武具がない状態で蜘蛛と遭遇したら、それこそお陀仏かもしれない。しばらく様子を見るか)
今までのサリータならばパニックに陥っていたかもしれないが、一度死を覚悟したがゆえに思ったより落ち着いていた。
生き延びるためにはどうすればいいのかを冷静に考える。
(周囲に敵はいない。まずは体力の回復だ。師匠からもらった治療水で消毒しよう)
サリータはポケット倉庫から命気水を取り出して、ガーゼに浸してから痛む箇所に押し付ける。
スラウキンが現在開発中の回復薬の原液なので、その効果は抜群。細かい傷が治り、細胞に活力が戻っていく。
そのまま飲んでも良いとのことなので、ごくごくと飲んで一息つく。ついでに携帯食料で軽く胃を満たす。
「ふぅ…しみ入るな」
身体が楽になれば思考も楽になる。また戦おうという気持ちが湧く。人間とは強いものである。
これからどうしようかと迷っていると、遠くに光が見えた。光は少しずつこちらに近づいてくる。
(敵? いや、魔獣がこのような光を発するとは思えないな)
静かに光が来るのを待ち、サリータの足元が照らされた時、やや上から聞き慣れた声が響く。
「なんだ、飯まで食っているとは随分と余裕だな」
「遅いぞ、マッケンドー。どこに行っていた」
「私はお前の従者ではない。甘えるな」
そこにいたのはリッタス。
かなり鎧が凹んでいるが五体満足のようである。相変わらず頑丈な男だ。
あの光は彼が持っていた携帯用ランタンだったようだ。DBDの標準装備であり、キャンプではそこらに転がっているので珍しいものではない。
「お前は違う穴に落ちたのか?」
サリータがリッタスに訊ねる。
その声はいつもより穏やかだった。どんな相手であれ、ここでは同じ人間がいるだけで安心感を覚えるものだ。
「そうだ。ここは穴だらけだからな。途中で分岐している違う穴に落ちたのだ。まったく、とんだ災難だ」
「お前が踏ん張れなかったのが悪い。おかげでサナ様とはぐれてしまった」
「それが手を差し伸べてやった者への台詞か!? だんだんあの男に似てきているぞ」
「師匠に似るのならば光栄だ」
「ふん、無駄口を叩いている暇はない。さっさと来い」
「どこに行くつもりだ?」
「上に戻るに決まっているだろう。出口を探す」
「落ちてきた穴から登ればよいのではないのか?」
「やめておけ。蜘蛛の死骸に埋もれたくなければな。まだ生きている個体もいるだろう。私は蜘蛛と戯れる趣味はないぞ」
その言葉に、サリータが天井の穴を見つめる。
サリータたちでさえ落ちたのだ。大量にいる蜘蛛が落ちていないわけがない。それが死んだものならばまだいいが、蜘蛛の生命力は高いので、途中でカーバラモやカーネジルになっている可能性もある。
そんな蜘蛛と狭い穴で遭遇することを想像するだけで、思わず背筋が寒くなる。
「行くぞ。早く来い」
「おい、待て! 勝手に行くな! 暗くなるだろう!」
「戦気を出せば周囲は明るくなるぞ。お前はもう使えるだろう」
「…あっ、なるほど」
「だが、力は温存しておけ」
「どっちだ! それを早く言え!」
サリータは、歩き出したリッタスを慌てて追いかける。
(なるほど。戦気は一応明かりにもなるのだな。だが、逆に目立つか)
戦気は生体磁気を燃やした化合物なので光を発する。夜の戦いともなれば目立つので、隠密行動をする際は気をつけねばならない。
二人は暗いトンネルを歩き、いくつかの分岐点となる横穴を通過。
しばらく歩くと、大きい空洞に出る。
そこにはバルドロスが壁にもたれていた。が、一目見てすぐにわかるほど負傷していた。
「っ! 百光長、大丈夫ですか!?」
「よかった。貴殿も無事だったのだな」
「あなたも落ちたのですか?」
「いや、貴殿らを追いかけたのだ。といっても殿下を優先した。すまぬな」
「…いえ、自分が同じ立場ならばサナ様を優先します。当然のことです」
「騎士らしい顔つきになってきたな。わしは殿下を追いかけたが、落ちた場所が悪かった。こちらは蜘蛛だらけだった。貴殿のほうはどうだ? その様子では大丈夫だったようだな」
「はい。幸いながら鬼の魔獣が先に落ちていたようで、それが代わりに戦ってくれたようです。生きた蜘蛛とはまだ遭遇しておりません」
「なんだ、お前のほうが運がよいではないか」
リッタスの言葉も頷ける。たしかに運がよかったのだ。
(もし逆の立場だったら自分は死んでいたかもしれないな)
バルドロスの怪我は落ちた衝撃ではなく、大量の蜘蛛と交戦して負ったものだ。
それを物語るように、周囲には蜘蛛の死骸がたくさん転がっている。もしサリータだったならば、単独でこれだけの蜘蛛は倒せなかっただろう。
落ちた個所も場所もよかった。まさに運が味方したのだ。
「朗報かどうかはわからぬが、この赤い蜘蛛は『脱皮進化』はしないようだ。傷つけても繭にはならぬ。その代わり単純なパワーは上だ。気を付けるといい」
「種類が違うのでしょうか?」
「かもしれぬな。どのみちこんな場所に長居は無用だ。貴殿も必ず上まで戻すと約束する。そのために来たのだからな」
「あ、ありがとうございます!」
「バルドロス、無理をするな。魔石の回復までには時間がかかるのだろう? さっきの戦いでも、いつもの力は出ていなかった。かなり消耗しているはずだぞ」
「一回だけならば、なんとかしてみせます」
「その一回が中途半端では困るし、お前が倒れたら終わりだ。ここには三人しかいないのだからな。この状況下では援軍は望めないだろう」
「三人…か」
サリータは周囲を見回すが、いるのはこの三人だけだ。リッタスの言う通り、この中でもっとも頼れるのはバルドロスである。
援軍が来るなどと期待してはいけない。上も生きるだけで精一杯。わざわざ危険な地下に人員を派遣する余裕はない。
当然、身内の仲間もいない。サリータは知らないが、今現在アンシュラオンも苦労している。助けに来ることは難しい。
(独り…なのか。独り……独り。独りがこれほど心細いとは…)
アンシュラオンがいない。サナがいない。ホロロや小百合もセノアもラノアもいない。シャイナもいない。
改めて自分が独りだと感じると、地底の冷たさもあって身震いする。
「先の様子を見てくる。バルドロスはここで休んでいろ」
「殿下、危険ですぞ」
「ここにいても危険なのは同じだ。いくら百光長が強くとも独りでは限界がある。残念ながら私では役に立たないからな。それにやつらが突然、攻撃的になったことも違和感がある。早く合流したほうがいい。まずは安全に上がれそうな穴を見つける。一緒に来る、などと言うなよ。その穴を登るためのパワーを確保してもらいたいのだ。そうでなければ一生ここで暮らすことになるぞ」
「…わかりました。危なくなったらすぐに戻ってきてくだされ」
「ああ、そうさせてもらう。ケサセリアはバルドロスと一緒にここに残れ」
「自分も行くぞ。お前だけで行って蜘蛛に出会ったらどうするつもりだ」
「土下座が通じない以上、全力で逃げる」
「…潔い言葉だな。だが、その時間を稼ぐためにも自分が必要だ。せっかく調べても、お前がやられて情報が遮断されたら意味がない。それこそ時間の無駄だろう?」
「ふん、邪魔はするなよ」
「それはこちらの台詞だ」
本来ならばバルドロスと一緒にいるほうが安全ではある。しかし、逆に自分がいることで足を引っ張る可能性があった。
実際、彼が怪我をしたのもリッタスがいたからだ。サナと交戦した際も守る戦いだったから足元をすくわれたのだ。
ふと、サナのことを思い出す。彼女と一緒に戦いたいが、レベルが釣り合っていなければ邪魔になる。それを見せつけられているようで心苦しい。
しかし、リッタスならばレベル的にも大きな差はない。その点は安心だ。
(こいつに死なれても後味が悪い。少しくらいは守ってやるか)
決闘で勝った側としての余裕もある。それくらいの度量を見せてもいいだろう。
というのは口実で、実際は光が遠ざかっていくのが心細かったにすぎない。あれを見逃したら、もう二度と見つけられないような気がしたのだ。
彼女が臆病者なのではない。誰だってこんな絶望的な場所にいたら心細くなるものだ。
サリータとリッタスは、二人で偵察に出る。
ここは複雑に入り乱れており、穴と穴が途中で繋がってまったく違う方向に出ることも珍しくはない。
迷わないように壁に夜光塗料スプレーで色を付けて進んでいく。こちらもDBD製の軍事用品である。
しかしその都度、リッタスが不思議な行動をしていた。
小さなハンマーを取り出し、ガンガンと壁を叩くのだ。それから叩いた場所を撫でたり、砕いた岩盤を噛んだり舐めたりしている。
「何をしているんだ? いくら腹が減ったとはいえ、さすがに石を食べるのはどうかと思うぞ。どうしてもというのならば、食料くらい恵んでやらないでもないが…」
「蜘蛛ではないのだ。石など喰うか。見てわからないのか? 調べているのだ」
「我々が今求めているのは出口だろう?」
「その出口を探るのにも地層を調べる必要がある。やつらもあえて硬い地盤を掘ることはしないだろう。うむ…やはりか。このあたりは『鉄鉱床』のようだな」
「何だそれは?」
「名前の通り、このあたり一帯の岩盤には【鉄】が含まれているということだ。考えてみれば当然だ。あの蜘蛛は金属を食べるらしいからな。誰だって食料がある場所に住みたいと思うだろうさ」
そう言って、リッタスが砕いた岩盤の欠片を見せる。
暗いのでよく見えないが、もともと知識がないサリータにはただの石にしか見えない。
「話には聞いたことがあるが、それが鉄なのか?」
「この石自体を使っているわけではない。これに鉄が含まれているのだ。本格的に利用するのならば、まずは還元剤を使って高炉で不純物を取り除く必要がある。それに、鉄と一言でいってもさまざまな品質がある。この鉄が何に向いているのか実際に試してみないとわからんな。どちらにせよ量自体はかなりのものになるはずだ。これを見つけただけでも来た価値はあるぞ」
「鉱山…という認識でいいのか?」
「意味は同じだ。我々からすれば宝の山だ」
これだけの蜘蛛が生活するには莫大な量の食料が必要となる。そもそも生物は食料が豊富な場所に住み着くものだ。
ならば石や金属を食べる蜘蛛の近くには、こういった場所があってしかるべきだ。実際に戦艦の高炉を使って鉄を生み出していたので、この一帯が鉄鉱床なのは間違いないだろう。
そう、ここは宝の山なのだ。
蜘蛛にとってはただの食料でも、DBDにとっては貴重な資源が眠る場所だ。アンシュラオンからしても鉱山確保が一つの目的でもあるため、お互いにとって価値ある場所といえた。
実は蜘蛛打倒を決めた背景にはこうした目算もあったわけだ。