【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
(鉱山か。師匠が探していたものだな。だが、求めていたのはギアス用の媒体と聞いていたが…)
「鉄は魔石とは違うのか?」
「魔石とは、力を持った石全般を指す。鉄も特殊な力を宿せば魔石になることもあるが…あまり聞かない話だな。どちらかといえば鉄鋼にして、一般的な武器や建築資材にするのに向いている」
「我々の鎧に使っている素材も鉄か?」
「これはクリスタル製だが高純度のものは貴重だ。そちらは百光長以上の優れた武人に回し、一般騎士が使っているものは他の金属を混ぜ合わせた合金の場合がほとんどだ。この盾だって補強には鉄鋼を使っているしな」
「なるほど。かさ増しにも使えるのだな」
「そうだ。何をするにも鉄資源は必要になる。仮に低品質であっても量が重要なんだ。東大陸では石工技術が盛んのようだが、当然ながら鉄鋼のほうが強固だ。建物を作るのならば鉄筋のほうが長持ちする。ほぅ、こっちの岩盤は磁気を帯びているな。鉄をよく含んでいそうだ」
「………」
「なんだその目は?」
「いや、詳しいと思ってな。意外だった」
「私とてそれくらいの知識はある。実際に鍛冶場や建築現場で働いていたこともあるからな」
「殿下なのにか? ああ、そういえば元民間人だったな」
「民間人の何が悪い。上でふんぞり返っている間に国を奪われるほうが笑い話にもならん。私からすれば王室の連中は全員失格の無能だ」
「国を守るのは軍部の役割なのだろう? 王室はふんぞり返るのが仕事ではないのか?」
「お前な、王室をなんだと思っているのだ」
「貴重な血を残すのが仕事だと聞いているが…違うのか?」
「…間違いではないが、その間に血が廃れる可能性だってあるだろう。現に今の王室はまるで役立っていないどころか、逆に軍部の足を引っ張る連中もいる。これだけの戦争だ。『内通者』がいなかったと思うか?」
「なっ…それは裏切り者ということか?」
「当然の話だ。国家といっても大きな組織と大差はない。庇護が危うくなれば裏切る連中もいるし、平時でも当たり前のように国の利益を売り飛ばす輩もいるものだ」
この世界には、厳密な意味で人種が存在しない。すべてが女神の子だからだ。
日本人ならば日本のために尽くすのが当たり前に思えるだろうが、そもそもそういった国籍や人種的な考え方が希薄なので、国家といえども最大規模の組織という扱いでしかないのだ。
そうなれば裏切り者が出るのは致し方が無いことだ。リンダやシミトテッカーのように理由が何であれ、組織を売る人間は後を絶たない。
ただし、その一方で『郷土愛』は強い傾向にあり、国家の歴史が長ければ長いほど愛国心が芽生えていくのは地球と何も変わらない。
「お前の言い方だと、王室からも裏切り者が出たのか?」
「…そうだ。それを知ったのは戦後だったがな。俺は国を売った連中を許しはしない。ましてや、そんなやつらのために死に物狂いで生きているわけでもない。俗物のために犠牲にされてたまるか!」
リッタスは作業を続けながら、吐き捨てるように嫌悪の感情を露わにする。
サリータもDBDが戦争で負けたことは教えてもらった。キャンプにいる騎士や兵士たちは明るく振舞っていたが、その根底にあるのは強烈な怒りと憎悪だ。
それはまるで操られている魔獣たちと同じであった。
「ふん、お前には興味がない話だったな。あの男…お前の主人もDBDの末路になど興味はなかろう。だから言ったのだ。所詮はその程度の間柄だとな」
「キャンプでの話か?」
「人は利益でしか動かない。それをあの男はよく知っている。そんな男がお前を身内にしていることも不思議だな」
「蒸し返すつもりか? どうやら盾の味が恋しいらしいな」
「挑発しているわけではない。単純に疑問なだけだ。お前はあいつに何を提供している? 利益でしか動かない男に、いったい何を提供すれば身内になれる? 美しさか? 若々しい肉体か? それとも女特有の媚か?」
「おい、無礼が過ぎるぞ。やはり挑発しているんじゃないのか?」
「そう思うのは、お前があいつの【本質】を理解していないからだ」
「本質?」
「…俺はあいつが怖いぞ」
「…え? 師匠のことか? たしかに他人から見れば怖いかもしれないが、優しい人だぞ? 修行もつけてくれるしな」
「お前が利益を提供できている間はそうだろう。だが、それができなくなったらどうなるんだ? 捨てられないと言い切れるのか? 現にお前は切り捨てられたではないか」
「…序列に従っただけだ。後悔はない」
「たいした『犬』だな。よく訓練されている。軍人よりも軍人らしいやつだ」
「それは明らかに皮肉だな? よし、殴ろう」
「全部が終わったら好きなだけ殴ればいい。だが、俺は事実を述べているだけだぞ。お前はあいつのことを理解していない。あいつは偽善者であろうともしない怖い男だ。平然と人を裏切り、平然と人を殺す。そういう強さを持っているんだ。まるでこの世界の裏側にいる連中と同じだな」
「…そんなことを聞かせて自分にどうしろと言うのだ?」
「どうするもお前の勝手だ。ただ、それを理解しない限り、何度でもこのような状況に放り込まれることになるだろうな。それによって誰かが巻き添えになることもある。それだけのことだ」
「暗に落ちたことを責めているだろう?」
「それくらいの愚痴はかまわんだろう。バルドロスがお前の命を守ってやっているのだからな。まあ、これも取引だ。お前を守ればあの男の力が手に入ると思えば安いものだな。聖剣長もそのあたりは割り切っているはずだ」
「一緒に戦っていてもわかりあえない、ということか? こうして同じ場所にいても…」
「志が違うのだ。仕方がない」
「………」
リッタスの言葉は無遠慮であるものの、相変わらず間違っていない。客観的に見ればすべてが正しい。
それは戦争を経験したがゆえに、ドライな目で環境を観察する癖がついたからだろう。お互いに仲良さそうに笑って「俺たちは友達だ」と言っていた者たちが、ある日を境に当たり前のように裏切る姿を見れば、誰だって人間不信に陥るに違いない。
その言葉は単なる愚痴であっても妙にサリータに突き刺さる。
(…自分は何なのだろうか)
死んでもサナを守ると決めた誓いに嘘はない。実際にそのために命を投げ出したからこそ自分はここにいる。
だが、生き残ってしまったがゆえに思考だけが冴えていく。
(自分は何も知らないな…。師匠のことも。サナ様のことも。仲間のことも。…知る。知ることは大事なのだ。盲目的に信じることが正しいのではない。知ったうえで信じたほうが良いに決まっている)
ある種、アンシュラオンへの信頼や忠義といったものは、ホロロを見ていればわかるように宗教に近い。あの圧倒的な強さと存在感を見れば魅入られるのは当然だろう。
しかし、妄信は人を狂わす。
それはまさに『ホワイト教』の信者のようだ。彼らはアンシュラオンからすれば価値はないので、完全なる使い捨ての道具にされていた。裏スレイブたちもそうだろう。
その代わりにほぼ無料で病気を治してもいたし、彼らが求めていた死に場所も与えた。それはそれでお互いに納得していればよいのだが、サリータが求めるものはもっと違うものだ。
リッタスの言葉をきっかけに、それが何かを知りたいと強く思った。
知らなければ何も始まらない。
どんなに小さなことでも、知ろうとしなければ想いが生じない。
(知る…か。知らないことばかりならば、知ることから始めてもよいのかもしれないな…)
世の中の真実に迫る、といったような大きな話ならばともかく、身近にいる者たちに対して興味を抱くことくらいは誰にでもできる。
それが彼女を変えていく。
「お前は……」
「ん?」
「お前は、誰だ?」
「…寝ぼけているのか?」
サリータの問いにリッタスが困惑する。
だが、彼女は真剣だ。
「お前が言った『本質』の話だ。私はお前の名前しか知らない。生い立ちは知らない。どんな人間かを知らないんだ」
「そんなことを知ってどうする。お前には関係ないことだろう」
「知りたいと思ったのだ。悪いことか?」
「ふん、冥土の土産にでもするつもりか? 俺の話など聞いても面白いことは何もないぞ」
「それでもかまわない。どうせ暇だろう。話してくれ」
「何のつもりかは知らないが…まあいい。バルドロスが回復するまで時間がかかるしな。少しだけ付き合ってやる」
普段話を聞いてもらえない人間は、いつだって心の中に話したい欲求を持っているものだ。
なんだかんだ言いながらリッタスも何か話したかったのだろう。彼もまた『不安』だからだ。
(そうか。こいつも怖かったのか。こんな場所にいれば当然だな)
平然としていたから気づかなかったが、リッタスだって怖くないわけがない。それに気づけたことこそ他人を知る最初の一歩といえる。
急ぐ探索でもないため、リッタスは地面に腰を下ろす。
「何が訊きたいんだ?」
「ここに来る前のことだ」
「もう俺の記憶は戦争で埋まっている。それまでは父と母がいて、俺とエノスと妹がいる普通の家庭だった。本当の一般人と同じだ。昼間は鍛冶場や建築現場で働いて、夜になったら家に戻る。その繰り返しさ。王室らしいといえば、たまに守護騎士のバルドロスがやってくることくらいか」
「王室といってもそんなものなのだな」
「血のストックという意味では、そのほうが暗殺されにくいからな。マッケンドー家は少しだけ裕福な一般家庭と変わらない。だから俺が事実を知ったのは戦後だ。【葬儀の日】の夜、聖剣長の……これはプロフラスという風の聖剣を持つ男のほうだが、彼の部下がやってきて教えてくれたのだ」
「葬儀?」
「…家族の葬儀だ。ルシア戦艦の砲撃は街まで届いた。外に出ていた俺とエノス以外は死んだよ」
「…そうか。街への攻撃はよくあることなのか?」
「目的によるな。相手がその土地や住人をどうしたいかだが、今回の戦争では珍しいことではなかった。ここに来ている騎士や兵士たちも、程度は違うが家族を失った者が大勢いる。俺だけではない。哀しんでもいられない」
「…つらいな」
「…戦争など、そんなものさ」
「そのプロフラスという聖剣長は何者なのだ?」
「プロフラス卿は、密偵部隊を率いる諜報機関の長でもある。彼が知らない情報は国内にはないだろう。彼は実に多様な顔を持つ人物だ。貴族だったり、配管工だったり、土建屋だったり、たまに乞食もしているらしい」
「…聖剣長なのに、それでいいのか?」
「それが仕事でもあるし、だからこそルシアも行動を把握できないのだ。はっきり言ってしまえば、彼こそが反政府運動の首謀者といえるだろう」
「責任者はガンプドルフ殿ではないのか?」
「彼は軍人であり、戦争屋だ。あくまで計画通り動く実行部隊の指揮者にすぎない。東大陸に来たこの部隊とて、雷の艦隊だけで編成されているわけではない。戦艦にいるデュークス百光長は火の艦隊、マルズレン百光長は風の艦隊から編入された混成部隊だ」
ガンプドルフが率いているので勘違いしそうだが、実際は各艦隊からバラバラに人員が集められている。
一人の騎士を逃がすだけでも大変なのだ。同じ部隊から大勢逃げ出すことは難しい。プロフラスの情報網を使って監視の目を誤魔化し、少しずつ集めたのである。
物資に関しては雷の艦隊から持ち出したため、武具はロングソードが多く、得物が違う騎士にとってはやや使いにくいのがつらいところだ。
「俺はその時に東大陸に行かないかと誘われた。まったくもって突然だった。血筋的に王室の遠縁であることは知っていたが…百十五位とはな。せめて五十位とかならば誇りが持てたのだがな」
「それまで順位は知らされてなかったのか?」
「さすがに上位の者は公開されているが、末端は秘密にされている。下手に順位を教えてしまうと振る舞いに出るからな。高くても低くても知らないほうがよいこともある」
「お前はいつも偉そうに振舞っているじゃないか」
「百十五位だぞ? そうでもしないと侮られるだけだ。…言いたいことはわかる。もっと謙虚にしていれば話を聞いてもらえるのに、とか思っただろう?」
「よ、よくわかったな」
「お前は感情が顔に出やすい。それでは戦闘で裏をかかれるぞ」
「お前だってそうだろう!」
「俺はあえてそうしているからいいんだ。馬鹿を演じていたほうが、まだ兵士たちからは信頼される。俺より下はそうそういないから逆に付き合ってくれるのさ。エノスには迷惑をかけるが仕方ない」
「…あれは演技だったのか?」
「当たり前だ。そんなに馬鹿に見えていたのならば…まあ、よかったか。味方を化かさないと敵は騙せないからな。ルシアは狡猾だぞ。俺みたいな馬鹿でなければ国外には出られなかったはずだ。それほど監視は甘くない」
リッタスは戦争をきっかけに、意図的に馬鹿な振る舞いを心がけるようになった。それこそ戦争で気が触れる人間は多いので、その変化もあまり目立たなかったようだ。
だからこそ、ほぼノーマークで国外に出ることができた。すべてはプロフラスの計画通りでもある。
「だが、来年にはソフィア王女が来ると聞いているが…」
「そうらしいな。おおかた婿探しといったところだろう。…ああ、そうか。だからか。お前のご主人様でもあてがうつもりだったのか。どうりで輝光長の階級まで与えるはずだ。読めてきたな」
「もしかして、これは言わないほうがよかった…のか?」
「どうせ隠しきれることではない。ソフィア王女が来ることはすでに部隊内でも噂されているからな。公然の秘密というわけだ。これも聖剣長の計画だろう。そうしないと士気が落ちる」
「そ、そうか。それはよかった。しかしそうなれば、お前の役割も終わりなのだろう? 馬鹿を演じる必要もなくなるな」
「…お前、やっぱり馬鹿だな」
「なんだと! 気休めを言ってやったのに!」
「気休めを言われて喜ぶやつがいるか? …だが、当然か。ソフィア王女が来ることの意味を、よそ者のお前たちはまだ理解していない。聖剣長も隠そうとしているからな」
「何か問題なのか? ルシアの追っ手がかかる可能性は知っているが…」
「あの女が来たら、きっと【戦争】が起こるぞ」
「…へ? 戦争?」
「ここには国がないから実感が湧かないか? そうだ、戦争だ。しかも、もっともっと激しい戦いになる。それと比べたら強欲のルシアのほうがまだ常識的かもしれないな。まあ、どちらも真っ黒だ。たいした違いはないさ」
「どういうことだ? ソフィア王女とは何者なのだ?」
「俺は一度だけ、あの女に出会った。『王室の証』をもらうためにな。…だが、身震いしたよ。あいつは…人間じゃない」
「まさか魔獣か?」
「馬鹿。そういう意味じゃない。お前の主人と同じだってことさ」
「お前、人のことを馬鹿馬鹿と……って、師匠と同じ? どういう意味だ?」
「あの女の本質は『悪』だ。だからこそ、お前の主人とお似合いかもしれない」
「なぜ、そう思ったんだ? なかなか人を悪とは思わないだろうに」
「俺が弱者だからだ。知っているか? 弱い人間ほど強い者がわかるんだ。生物が持つ根源的恐怖心が刺激されるからな」
「痛烈な理由だな」
「お前は気づいていないようだな。お前も弱いからこそ、あの男の庇護下に入ろうと思ったんだぞ。それこそ本能的な欲求だ」
「…師匠も悪なのか?」
「善悪など見る側の人間によって変わる代物だ。絶対の区切りはない。しかし、対比による善悪は確実に存在する。俺から見れば、ソフィアという女は悪だ。お前の主人のことはお前が判断すればいいことだが、俺から見れば悪には違いない。毒をもって毒を制する…か。その理論も正しいが、より強い悪だけが残った世界は地獄と大差ないかもしれないな」
「………」
「俺は母国を愛している。自分の国が好きだ。だから絶対に守りたい。その気持ちが無い人間に国の統治を任せるつもりなどはない。百十五位? いいじゃないか。上等だ。それでも俺にとってはすがるべき力だ! 無いよりましだ!」
(…そうか。この男は『本気』なのだ。本気だから馬鹿にされても我慢できる。無力でも耐えられる。それはすごいことだ)
サリータは無力さに嘆いていた。悔しいのは誰もが同じだが、そこで止まっていた。そんな彼女ゆえにリッタスの気持ちがわかるし、少しだけ尊敬の気持ちが芽生える。
馬鹿にされることは演技でも耐え難い。誰にだって自尊心があり、認められたいと願うからだ。それをこの男は耐え忍んでいる。
少しでも国を良くするために。
リッタスは力無き者。弱者だ。彼が何を言おうとも何も変わらないし、変えられない。
しかし、こうして話すことで彼の本質が理解できた。