【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
「ケサセリアが一人で行ってしまったぞ! どうすればよいのだ!?」
「…わかりませぬ。しかし、今は近寄らないほうがよろしいでしょう」
「それはわかるが…どう考えてもまともではないぞ…」
「………」
(動けぬ…なんというプレッシャーなのだ。あれはもう『ヒト』ではない)
突如として魔人化したサリータに彼らが戸惑うのは当然のことだ。
その圧力はあまりに異様で、熟練した武人であるバルドロスさえ近寄れない。
だが、これはチャンスでもある。
「彼女を追いましょう。道を切り開いてくれるのならば助かります。まずは上に登らねばなりません」
「…そ、そうだな。それが優先か。魔石は回復したのか?」
「大丈夫です。いけます」
「よし、追いかけるぞ!」
二人は少し距離を取ってサリータを追いかける。
彼女は道がわかっているかのようにトンネルを突き進んでいくので、こちらも迷うことはない。
ただ、その途上でいくつかの大きな地震が発生。ビシビシと岩盤に亀裂が入る音が所々で聴こえる。
「だ、大丈夫なのか? 崩れたりしないだろうな!?」
「そう簡単に落盤するような地盤ではありませぬが…また裂ける可能性もあります」
「これは聖剣長をさらった、あの大きな蜘蛛のせいなのか?」
「あれが赤い蜘蛛の親玉だとすれば、そうかもしれませぬな。やつらは穴を掘るために強靭な顎をしております。あの大きさならば硬い岩盤も易々と砕けるでしょう」
「とんだ災難続きだ。東大陸に来てからろくなことがない。こんな場所で人間が生きていけるのか?」
「ここまで来てしまった以上、閣下を信じるしかありませんな。どのみち一蓮托生です」
「…そうだな。むっ、見ろ! 大きな穴があるぞ!」
リッタスたちは、やや大きめの裂け目を発見。
その周囲には、カーネジルたちの死骸が多数転がっていた。
「これは…ケサセリアの仕業か?」
「…それもあるでしょうが、死骸は軽く見積もっても数百はあります。いくら今の彼女でもこの数を相手にするのは困難かと思われます」
「たしかに数が多すぎるな。しかも、かなり風化している死骸もある。…ん? この死骸、やたら黒いような…」
リッタスが折れた剣でカーネジルの死骸を叩いてみると、まるで金属を叩いたような甲高い音が響いた。
何度かそれを繰り返してみるが、身体中のどの部位も完全に硬質化していた。
「なんだこれは? 固まっているぞ。ガチガチだ」
「ふむ、思えば蜘蛛以外の生物を見ておりませんな。生物の死骸は腐るものですから、それを食べる別の魔獣がいてもおかしくはないのですが…」
「荒野で散々見てきたあれだな。即座に鳥やら蛆虫やらが湧いてすごいものだった。それがいないとなると…もしかしてこいつら、死ぬと金属になるのか?」
「それが本当ならば、なかなか奇妙で合理的です。その死骸を同じ蜘蛛が食べることもできますし、何千年も土の中にいれば、それ自体が岩盤になっていく可能性もありますな」
「ともすれば、このあたりの【鉄鉱床は蜘蛛で出来ている】かもしれない、ということか…? うぇ、さっき少しかじってしまったぞ!」
「死ねば、所詮はただの鉄。何も変わりませぬ」
「まさに合理的な考えだな。そうでなければ荒野では生き残れないか」
リッタスたちが見つけた場所は、もともと死んだカーネジルを埋葬していた穴が地割れによって大きく裂けたもののようだ。
そのためすでに死んだ個体までもが、こうして地下の空間に放り出されたというわけだ。
しかしこれがあること自体、より最深部に近い穴だという証だ。
「ケサセリアはどうした?」
「どうやら上に登ったようですぞ。壁の所々に手足を突き刺したような穴があいております」
「上がまったく見えない。いったい何百メートルあるのだ? ここを自力で…か。ケサセリア…どうしてしまったのだ。まるで別人だぞ」
「………」
(あの気配、あの少女に似ている…)
直接戦ったバルドロスだからこそ、サリータの波動がサナの空虚な強さと同質だと理解できた。
中身が無いのに、なぜか強い。そんなちぐはぐさを感じさせる異質な力だ。
そして、それを与えたのはアンシュラオンである。
(とてつもなく怖ろしい感覚。我らとは根本的に異なる力。だが、それこそが世界の根幹に繋がるためのヒントになるのかもしれぬ。普通にやっていては弱者は生き残れぬ)
怖ろしいものから目を逸らすことは簡単だ。嫌なものは見なければいいし、関係なく細々と暮らすこともできる。
しかし、放っていても裏側では確実に何かが進行しており、気づいた時にはすでに手遅れになる。それで国を失った者としては二度と失敗はしたくない。
(目を逸らしてはならぬ。ここに【勝機】がある!)
「殿下、我らも参りましょう!」
「任せるぞ、守護騎士!」
「心得ました!」
サリータが魔人の騎士ならば、バルドロスも守護騎士。どんなことをしても守りたいものがある。
魔石を発動。
大地を圧縮して足場を生み出し、どんどん固めて伸ばしていく。
途中にいた蜘蛛たちはすべてサリータが倒しているので、敵と遭遇する心配はない。それだけでも彼らにとってはありがたかった。
∞†∞†∞
ドガガガガガガガガガガッ
硬い金属が岩肌にこすれる音が響く。
あまりに大きな物体がぶつかっているため、まるでビル破壊の工事現場のようにうるさい。
この音は巨大な紅蜘蛛が、ゴールドナイトを引っ張り回していることによって発生しているものだ。
術式で狂ったせいなのか、あるいは狩りをする際の習慣なのか、獲物を岩盤にこすり付けて弱らせようとしているのかもしれない。
〈背部ユニットの損傷率10%を突破。肩装甲、損傷率8%。上腕関節部にイエローシグナル。現状維持の場合、あと三十五秒で破損します〉
「背部ユニットにエネルギーチャージ! 雷光砲をフルパワーで発射だ! 振りほどく!」
〈雷光孔雀砲、外部圧力によって展開不可〉
「強引に放射できないのか!」
〈逆流率28%以上。確実に破損します。現状では修理の見込みがありません。別の提案を求めます〉
「ならば代わりにエネルギーを体表電磁フィールドに回せ。何秒持つ? 展開後のエネルギー残量はいくつだ?」
〈電磁フィールド展開。残り展開時間780秒。解放後の予測エネルギー残量42%。破損率軽減。凌げそうです〉
「まずは各パーツの破損を防ぐ。防御主体でいくぞ。ミーゼイア、打開策はあるか?」
〈敵対象の目的が不明。魔獣との戦闘記録が少数のため提案が困難です〉
「こちらの捕食が目的だと仮定するが、どうだ?」
〈それはとても嫌です。魔人機のパーツは、生物が食するのに向いていないと思われますが?〉
「相手は魔獣だ。我々の価値基準は通用しない。金色の珍しい獲物だと思われているかもしれないぞ」
〈それは非常に困ります。たしかにさきほど肩に噛み付かれ、太陽光吸収装甲タイルを一部奪われました〉
「味見というやつだな。よほどお前が美味かったのだろう。災難だったな」
〈その言い分に対して異議を申し上げます。あなたがこのような場所に連れてくるからです。ナイトシリーズは同機種との戦いを想定して造られました。魔獣との対戦は想定外です。違法使用で魔人機労働組合に訴えたいところです〉
「WGのか? こんな荒野にまで来てくれるのならば逆に嬉しいがな。だが、その前に喰われたら意味がないぞ。方法は何でもいい。脱出はできそうか?」
〈無傷での脱出は不可能と判断します。致し方ありません。背部ユニットと一部装甲の強制パージによる離脱を提案します。問題はその後の戦闘です。この狭い空間はこちらに不利と判断します。この体格差で機動力を生かせず戦うのは無謀です〉
「その通りだな。近くに広い空間があったら教えろ。そこで仕掛けるぞ。周囲のモニタリングを怠るな」
〈ソナーの使用は敵を集めることになると推測しますが?〉
「この状態だ。敵が増えたところであまり変わらない。それよりは戦艦側の負担を減らすことを優先する」
〈了解。ソナーによるモニタリング開始。敵対象、変化なし。このタイプの蜘蛛は電波には反応しない可能性があります〉
「習性が違うのか? それとも役割が異なるのか? どちらにせよ万一の場合、中枢機能の保護を最優先しろ。こんな穴倉に閉じ込められたら発掘されるのは千年は先だぞ。そうなりたくなければお前も気張れよ」
〈了解。あなたも最善を尽くしてください。壊れてオーバーホールは御免です〉
「風呂に入るようなものではないのか?」
〈とんでもない! 意識を奪われたうえに空き巣に入られる気分です。わかりますか? 尊厳が傷つくのです。ついこの前やったばかりなのですから、続けてもう一度は絶対に嫌です〉
「わかった、わかった。努力するから少し集中してくれ」
〈こちらは常に最善を尽くしております。足りないのはあなたの注意力です。そもそもこうなったのも足元への注意を怠ったからです。ソナーが使えないのですから、あなたが感知すべきでした〉
「わかった。私が悪かった」
(やれやれ、文句の多いやつだ。しかし、最悪ではないが最低の状態だな、これは)
ガンプドルフは、ゴールドナイトのコックピットで四苦八苦していた。
今話していたのは魔人機に搭載されている【AI〈アーティフィシャル・アイデンティティー〉】と呼ばれる機能である。
地球でいうAIは、アーティフィシャル・インテリジェンスの略で、一般的に『人工知能』と訳されているものだ。昨今では言語や映像を自動的に判別して評価を下すことにも使われる。
こちらの世界においてもだいたいの役割は同じで、魔人機操縦の際のアシストも兼ねている。が、大きく異なるのが『アイデンティティー』の部分で、【人工自我】あるいは【人工意識】【人工個性】と訳される。
魔人機のオリジナルである神機には、核となるテラジュエルが搭載されており、そこには『意思』が存在する。野良神機が勝手に動くのも、彼ら一体一体に意識があるからにほかならない。
レプリカの魔人機もそれを模し、各機体に『人格』が存在する。
つまりはある程度は勝手に動いてくれる機械を目指しているわけだ。理由は簡単。そのほうが優れているからだ。
さまざまな実験の結果、搭乗者と機体のAIの能力が合わさったほうが、どちらか一方よりも数倍近い数値が出ることが確認されている。
当然ながらこの技術は機体の体験によって情報が蓄積されていくシステムのため、『情報が少ない若い機体』、『経験豊かな古い機体』が存在することが面白いところだ。
後者の場合は、自らの体調不良(破損やメンテナンス不足)を率先して訴える機体もあるという。反対に若い機体の場合は人間と同じく、無謀な提案をしてくることもあるので経験豊かな搭乗者が望ましいとされる。
乗り手によっては意見を言われるのがうるさい、といった場合もあるため、意図的に機械音声にしたり文字表示のみにしたりとカスタマイズは可能だ。
ゴールドミーゼイアの場合は、まだ若い部類の機体だが、ルシアとの戦争を含めて戦闘経験値は高いので、熟練したガンプドルフが乗れば戦闘力はかなりのものである。
また、ずっとコックピットにいると暇なので、普通の人格のままの設定で使っていた。文句が多いが、あれも愛嬌といえるだろう。
ただしすでにミーゼイアが述べた通り、魔獣との交戦記録が少ないため、効果的な脱出方法の提案は少ない。
(それも仕方がない。私自身も魔獣との経験が少ないし、こんな蜘蛛が考えることなどわかるわけがない。さっさと脱出したいが、何よりも捕まった体勢が悪すぎるな)
紅蜘蛛は予想通り、巨大な蜘蛛であった。
体長はおよそ百三十メートル。女王蜘蛛と比べると小柄だが、顎周りはより発達しており、触肢も鋭くパワーが強い。このことから地下にいる赤蜘蛛のボスと考えたほうがよさそうだ。
その紅蜘蛛の触肢が、やや下背後からがっしりと両腕ごと機体を掴んでいるので、まったく身動きが取れない。雷光砲も背部ユニットが展開できないため、このまま放射するのは危険であった。
強引に振りほどこうと何度ももがいたが、そうするたびに紅蜘蛛が岩盤に叩きつけたり、こすり付けたまま移動したりを繰り返すのだ。
それによって岩盤が大きく破損し、サリータとリッタスが地割れに落ちるといった災難まで発生している。
(このままではエネルギーを消耗するだけだ。壊れるのを怖れて作戦が失敗しては意味がない。勝負に出るしかないか)
〈およそ二百メートル先に広い空間を発見〉
「了解した。そのタイミングで仕掛ける」
蜘蛛がゴールドナイトを引きずり、大きな空間に出た。
余計なものは一切無い地味な空間だが、紅蜘蛛が動き回るには十分なスペースがある。
おそらくここが『彼』の巣穴だと思われた。
(なんだか独り暮らし用のアパートを思い出すな)
上の女王蜘蛛は、戦艦すら簡単に置けるほどの巨大な空間に鎮座し、下々の蜘蛛たちに世話をされる立場なのに対し、こちらの雄蜘蛛だと思われる紅蜘蛛は、ひっそりとしたこじんまりとした空間に独りで暮らす。
魔獣とはいえ、あまりの男女差に世知辛いものを感じてしまう。
「だが、こちらも目的があるのだ! 遠慮はしない! 強制パージ!」
〈了解。パージ開始〉
背部ユニットが外れると同時に、光を放射して蜘蛛を怯ます。
こちらは攻撃用の雷ではなく、単純な目くらまし用の強い光である。
そうして潜り抜けるように触肢から外れ、ようやくゴールドナイトが解放された。
「まったく、よくもやってくれた。肩が凝ったじゃないか」
「………」
「おっと、それは喰わないでくれよ!」
紅蜘蛛が背部ユニットをかじろうとしたので、ライトニングソードで斬りつける。
蜘蛛は触肢でガード。雷刃を受け止めた。
「やはり雷撃が通じないのか?」
〈脚を含めた体表が硬質化しているようです。そのまま地面に流されています〉
「直接体内に送り込まないと駄目か。ならば!」
ここは広い空間。ゴールドナイトの機動力が生かせる。
素早い直線の動きで接近、斬撃を繰り出す。
それを蜘蛛は軽々とガードするが、ゴールドナイトはその場で打ち合うことなく即座に離脱。
こうやって何度か一撃離脱戦法を取りながら間合いを見切り、少しずつ相手の懐に入っていく。
(いけるぞ! 触肢の動きは速いが所詮は蜘蛛だ)
魔獣は剣術を知らない。アンシュラオンがカーエッジ・スパイダーを倒した時のようにフェイントを交えれば剣を当てることは容易だ。
そうして寸前で角度を変え、腹に剣を突き刺そうとした時だ。
―――爆発
なぜか空中で破裂音が聴こえ、衝撃で吹き飛ばされる。
「なんだ!? 何が起きた!?」」
〈敵対象周辺に何か展開されています〉
「見えないぞ?」
〈こちらで把握しています。視覚モニターで可視化します〉
「これは糸か? いつの間に張り巡らせたのだ? たまたまか?」
〈偶然ではありません。こちらの動きを予測されました。敵対象の評価値を再計算。最低でも殲滅級魔獣と想定。かなりの戦闘経験値を有していると推測します〉
「それなりに長生きしている、ということか」
ガンプドルフは蜘蛛の生態など知る由もないが、この紅蜘蛛は女王蜘蛛と一緒に産まれた『古代蜘蛛』なので、すでに一万年以上は生きている計算になる。
彼の役割は『女王の繁殖相手』兼『護衛役』。
何十年かに一度だけ地下から呼ばれ、女王に精子を与えると、それ以後はまた呼ばれるまで地下暮らしという哀しい生活を送っている。
ただの生殖相手でしかないことに哀愁を感じさせるものの、それが自然界での雄の役割。特段不思議なものではない。
戦艦の格納庫に大きな卵が二つあったと思うが、あの一つは女王とセットで産まれる紅蜘蛛のものだったというわけだ。