【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了 作:ぷるっと企画@園島義船
魔人の姫―――爆誕!
サナが『魔人化』を果たし、黒雷狼の力を得て【魔人の姫】へと昇華される。
その存在感は圧倒的で、この場にいる魔獣を含めたあらゆる生物が、姫の出現によって動きを止めてしまう。
動けない。目を合わせることもできない。触れるなんてとんでもない!
その者が『上位者』であることがわかってしまうため、ひれ伏すことしかできないのだ。
「サナ様! ご無事なのですね!?」
「…こくり」
「な、なんという力の波動! これがサナ様の本当の御姿! 自分は今、猛烈に感動しております!」
唯一話しかけられるのは、同じ魔人の眷属であるサリータのみ。
彼女は地下闘技場にはいなかったため黒雷狼を見るのは初めてだが、感覚でサナが自分より上の魔人であることが瞬時にわかる。彼女こそ自分が守るべき存在、仕えるべき姫だと実感できる。
だが、両者の魔人化した工程が明らかに異なる。
サリータの場合は『影』によって因子を操作され、半ば強制的に覚醒したのだが、その姿は戦罪者たちと同じ黒いオーラに包まれていただけだった。
はっきり言えば暴走状態であり、もしアンシュラオンによって白い力に昇華されねば、そのまま力尽きていた可能性がある。
一方のサナは魔人因子の最奥、その『源泉』に接触したことで覚醒を果たし、しかも自分なりにアレンジすることに成功していた。
魔人因子も回転を続け、およそ『二十パーセントが稼動状態』に入ったまま安定している。暴走して自壊するようなことは起きていないことから、似ているようで起こったことはまったく違うのである。
これは彼女のユニークスキルの能力だと思われた。
外部の力で起動してはいるが、機構自体はすでに彼女の中で構築されていたと考えるべきだ。アンシュラオンとの深い繋がりの中で魔人化への準備が着々と進められていたのだろう。
また、わかりやすくすべての事象を『魔人化』と呼んでいるが、魔人因子の覚醒率によって形態や状態、その価値が大きく異なる。
たとえば戦罪者の場合でも1%未満、おそらく0.5%以下だろう。サリータも三パーセント程度にすぎないはずだ。それ以上はどうしても肉体がもたず、崩壊の道を歩んでしまうからだ。
この世界で魔人因子を百パーセント覚醒できるのは、やはりアンシュラオンとパミエルキの二人だけである。彼らだけが『真の魔人』である資質を持っている。
そのうえで二十パーセントという数字は驚異的。
サリータとの格の違いをまざまざと見せ付けることになった。やはりサナは別格。愛され方が半端ないのである。
ここまで達すれば、もう『名有りの魔人』の一角と呼んでも差し支えない。
では、その魔人の姫の力はいかほどだろうか。
「………」
サナが手をかざすと黒い雷、黒雷が迸る!
バチバチバチッ ドドドドドドッンッ!!
黒雷は触れたものすべてを一瞬で消失させる。周囲にいた蜘蛛も即座に砕けて存在そのものが消失。
最初からそんなものはいなかった、といわんばかりに消し去ってしまうのだ。
近づいてきた黒雷を押しのけようとしたグァルタの手も、あっさりと消し飛ぶ。彼の防御力などまったく無視して消失させてしまうから怖ろしい。
このあたりは黒雷狼の力が、そのままサナ自身のものになったと思えばいい。ローダ・リザラヴァンを消し去り、地下闘技場の壁すらズタズタに引き裂く凄まじいエネルギーがサナに宿っている。
ただし黒雷は魔獣も薙ぎ倒すが、戦艦の甲板まで引き裂いていく。
呼びかけにしっかり応えているため、たしかにサナ自身は暴走していないが、単純に力が大きすぎて制御ができないのだ。散歩中の大型犬に振り回される少女の姿を思い浮かべるとイメージがしやすいだろうか。
そして、それに巻き込まれる側はたまったものではない。
「なんだ…何が起きている!」
「やばい…! 甲板がぶち抜かれるぞ!」
マルズレンとデュークスには何が起きているのかわからない。わかることといえば、このままでは戦艦自体が危ういということだ。
封印されていたのは制御ができないからであり、周りを巻き添えにしてしまうからだ。それが解き放たれれば大惨事は間違いない。
黒雷が暴れ回り、大空洞の天井すら破壊して落盤が起きつつある。このままでは生き埋めになる可能性も出てきた。
がしかし、サナも以前のサナではない。
「…ぐぐっ」
必死に黒雷を制御しようと試みる。
あまりに強すぎる力のために極めてわずかしか成功していないが、それでも多少ながら雷を軌道修正し、身体にとどめようと努力する。
「サナ様! アンシュラオン様を想ってください! そこに答えがあります!」
サリータが叫ぶ。彼女も心が繋がった状態なので、こちらのことが少しばかりわかるのだろう。
「………」
アンシュラオンのことを考えてみる。
自分を愛し、生き延びる方法を教えてくれて、守ってくれる存在。温かくて強くて大きな存在。
すると、雷が少しだけ収束を始めた。サナが意識を向けた場所に集まり始める。
ここでサナは気づいた。
この雷を制御するための力こそ『意思』であると。
あの黒い意思は、サナに向かって問うた。何を欲するか、と。
もしサナが何も発しなければ、あの存在も何もしなかっただろう。求めること自体が衝動であり、力の誘引であり、存在する意義だからだ。
根源は―――意思
この宇宙が生まれた時も、絶対神の意思がすべての発端になっているはずだ。意思こそ光であり、光こそ創造の力の源泉である。
しかし、意思無き少女に意思を求めるとは、なんと酷な事実なのだろう。
彼女が力を扱うためには『心』を宿さねばならない。ただの人形、欠けた存在では駄目なのだ。
想う。思う、おもう。
彼のことを考えるということ。意識を向けるということ。
それは興味を抱くことであり、何かしらの感情を発露させることだ。
―――彼と一緒に
その後に続く言葉、感情が何かはわからなかったが、少なくともサナ自身に今までとは違う気持ちが宿りつつあるのは事実だった。
「…っ……っ」
苦しい。
何かモヤモヤしたものが心の奥底に宿っているが、それをどう表現していいのかわからない。叫びたくても声が出ない欲求不満が、サナに焦燥感を与えていく。
焦燥感を抱くこと自体が彼女の大きな変化を告げていた。意思がなければ焦燥すら感じないものだ。
何か、何か、指針となるものが、目印になるものが、導くものがあれば。
この気持ちを代わりに表現してくれるものがあれば。
そう思った時、彼女に向かって何かが投げられた。
「『黒いの』、使え」
この『黒いの』は、『そこの黒い女の子』という意味だと思われる。おそらくサナが真っ黒だったからだろう。
しゅるるる ぱしっ
サナが投げられたものを掴み取る。
それは―――【剣】
サナが愛用している刀ではなかったが、がっしりとしたロングソードであった。しかし、ただのロングソードではない。
「…っ!」
力が吸われる。
持った瞬間から剣が掃除機になったように、サナから黒雷を吸収し始めたのだ。
吸う、吸う、吸う。
集まる、集まる、集まる。
剣が真っ黒に染まった時には、黒雷の放出が止まっていた。
黒雷狼化している部分は黒雷が満ちていても、余剰に暴れ出たりはしていない。すべて剣に吸われて集まっている。
「…じー」
サナが剣を投げた者、ハゲ頭に鉢巻、黄色いサングラスに加え、もっさりとした豊かな髭をたくわえた、なかなかに濃い容貌をした老人を見る。
年齢的にはバルドロスと同じか、それより少し年上にも見える。ただ、着ているものは作業着らしき軽装で、鎧は着ていないので騎士であるかは疑わしい。
その老人はサナの剣が黒くなったのを見て、にっと笑う。
「すげぇな。色が変わるのなんて初めて見たぜ。まあ、そいつは簡単に折れはしねぇから安心しな。じゃあな、さっさと終わらせてくれ。こっちは穴倉生活に退屈してんだからよ」
そう言うと老人は去っていった。
慌てて周囲の騎士たちが彼の護衛に付いていたので、やはり戦艦の関係者と見るべきだろうか。
しかし、今は力の制御のほうが重要だ。いろいろと確認してみる。
「…ぐいぐい」
手が動く。黒雷は迸らない。
「…くいくい」
足が動く。黒雷は迸らない。
「…ぶんぶん」
剣を振る。黒雷は迸るが、さきほどのように暴れたりはしない。
今のサナには扱いきれない分の黒雷を剣が吸ってくれるため、身体から重さが取れている。
これならば、いける。
「…ぎろり」
サナの赤い目が、改めてグァルタを捉える。
その殺気、その排他的かつ絶対的な圧力が、グァルタを貫く。
「―――ウ゛ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛」
グァルタの叫びは、まるで悲鳴。泣き叫ぶ女子供のようだった。
黒雷狼という上位の存在と対峙したことで、魔獣としての生存本能が刺激されたのだ。対峙した瞬間から絶対に勝てないことを知っていた。
逃げたい、服従したい、戦いたくない!
しかし彼の憎悪と怒りが逃げることを許さない。群れの長であるちっぽけな誇りが、彼を破滅へと追い詰めている。なんとも哀れな姿だ。同情心しか湧かない。
グァルタは無駄だと理解していても『炎嵐招来』スキルを使用。暴走した力は自身すら燃やしながら周囲を破壊しようと広がっていく。
その姿は、ついさきほどまでのサナと同じ。力を扱いきれずに自滅する姿である。
サナがグァルタと違うのは、独りではないこと。仲間がいて、彼がいることだ。
アンシュラオンの愛によって支えられたサナは、前に進むことを決めた。
自分の意思で―――魔人となることを
サナが鎮火しようとやってきたクシャマーベに視線を向けると、闘人は静かに立ち止まり、その意図を汲み取ってひざまずく。
魔人に逆らった者は魔人の力によって排除しなければならない。罰を与えねばならない。死をもって詫びさせねばならない。
「…じっ」
サナが、サリータにアイコンタクト。
ここで勝負を決めるという合図を送る。
(わかる。サナ様の考えていることが―――わかる! ああああああ! これが【姫の御心】! ふ、ふるえるぅうううううう!)
自分がサナの支配下にいることを、ひしひしと感じる。
彼女の命令がダイレクトに脳神経に、魂に伝えられ、彼女の意思が自身の意思になっていく。
彼女は何も語らないし、自らアクションは起こさない。
だが、内部はこんなにも―――深い!!
あまりの深さにサリータは恐怖と感動を同時に味わい、今にも達しそうだ。若干マゾ気がある彼女ゆえに、絶対的な力の差が快感になっているのだろう。
姫に命じられれば、燃えない騎士はいない!
「お任せください! わが姫の道を切り開く! それが騎士たる自分の役目!」
サリータが爆炎の中に飛び込む。
炎は見事に盾の形に切り抜かれ、「どうぞお通りください」と言わんばかりに無風の道を生み出す。
そこを悠然と突き進み、当然のようにサリータを踏み台にして跳躍。
グァルタの首に剣を叩き込む!!
ガギンッ! グギギギギギッ!
グァルタは硬い。耐久も防御も今までの相手とは段違いの魔獣だ。さきほどまでのサナの攻撃力では一撃で切り倒すのは難しいはずだった。
しかし、黒い雷を吸収した刃は―――首を切り落とす!
ズパンッ!!!
研いだばかりの包丁で野菜を切るように、あっさりと刃が通り抜けた。
どすんと首が床に落ちるが、まだグァルタの身体は動いている。さすがの生命力だ。
続けてサナの三連続攻撃。
その剣撃は―――まさに落雷!
ズパンッ、ズパンッ、ズパンッ!
人々に瞬きする間も与えず、グァルタを真四角に切り落とす!
大地に落ちたグァルタの両腕と両足が黒雷に呑まれて消失していく。頭部も絶望の眼差しを向けたまま爆散。塵と化す。
最後に胴体部分だけが落下。そこだけは焼かれないで残った。心臓の魔石は【魔人の王】が楽しみにしているので、あえて残して倒したのだ。
「………」
剣から黒い雷が消え、サナの赤い瞳も元のエメラルドグリーンに戻る。
身体を覆っていた黒雷も薄くなっていき、最後に少しだけ黒雷狼の姿に戻ると、ペンダントの中に消えていった。
これにて成敗完了。
グァルタほどの魔獣でもまったく何もできず、ただただ公開処刑が行われただけだった。
しかし、それで当然。それが当たり前。これこそが魔人の力なのだ。
「サナ様…」
サリータがサナの前にひざまずく。
「…こくり。なでなで」
サナは労うようにサリータの頭を撫でる。
「あ、ありがとうございます。あ、あれ…おかしい…な。涙が…」
「…なでなで」
「ああ…サナ様。どうかこれからも、あなた様に仕えることをお許しください」
「…こくり」
そこにあったのは、安らぎと快楽。ただサナに撫でられているだけで、すべてが満たされるような充足感を得ることができた。
それこそサリータが求めていたもの。心から信頼できる主のために、迷いなく命をかけて戦う騎士の生きざまである。
サリータの身体が元に戻っていく。魔人の力がサナに吸われるように解除されていく。
今になって考えれば、彼女が魔人化したのはサナを魔人化させるための布石にさえ思えてくる。さまざまな因果が干渉し合い、絡まった結果であった。
そして―――倒れる
力を使い果たしたようにサナが倒れ込むところを、サリータが慌てて抱きしめる。
すでに身体は限界だったのだ。逆に子供でありながら、これだけの力を出せるほうが異常である。
「サナ様! サナ様を安全な……ところ…へ! うっ…!」
「おい、お前もフラフラじゃないか! 私が担ぐ!」
リッタスが近寄るが、それを手で制止。
「馬鹿を言うな。サナ様は自分がお守りする。医務室はどこだ?」
最後までサリータはサナを手放さなかった。
その後、小百合やホロロが駆け寄ってきても、その役目だけは誰にも渡さない。
サナを戦艦内の医務室へと運び、目覚めるまでひたすら近くで番犬のように守っていた。
そして、戦艦が地上に出て太陽の光を浴びた時、サナが目覚める。それを確認してからサリータは倒れた。
そのまま彼女は二日間眠り続けることになるが、その間はサナもずっと近くで見守っていた。
姫と騎士の絆はこの戦いで、魂の結び付きと呼べるほどに深まったといえるだろう。
こうして戦艦側の戦いは終わった。ナージェイミアを無事救出したのだ。