※この作品はR-18です。

【旧版】「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」※全話掲載完了   作:ぷるっと企画@園島義船

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94話 「人を救う、それは血の雨が降るということ」

 

「ふー、世間ってのは世知辛いもんだな。じいさんよ」

 

「なんじゃ、いきなり」

 

「いや、いろいろと思うことがあってね…。世の中に綺麗なものは少ないなって思っていたんだよ。真っ黒ばかりだ」

 

「ふむ、お前さんでもそんなことを思うのじゃな」

 

「真っ白なオレから見れば、世の中が汚いのは当然だけどな。ほんと、誰もがオレみたいになれば世の中はよくなるのにな…」

 

「誰もがお前さんみたいになったら、わしの店は三日ももたんよ」

 

 

 アンシュラオンの周りには、すでに酒の空ボトルがいくつも置かれている。

 

 酒に溺れているわけではない。毎回十本から二十本のボトルを空けるのだ。

 

 酔わないから味だけを楽しむので、なおさら消費が激しい。ほぼジュースである。

 

 だが、やはり気分を味わうために酒を飲むので、普通のジュースでは満足できないというワガママっぷりである。

 

 連日来られた日には、あっという間に酒が底をつく。少しは遠慮してもらいたいものだ。

 

 

 

「世の中は汚い。だからオレは純粋なものを求めるのかもしれないな。…この子みたいにね。ああ、可愛いなぁ。綺麗だなぁ。黒いけど真っ白だよ。ナデナデ。あいつとは大違いだ」

 

 

 隣にいるサナは、相変わらず静かに周囲を観察している。

 

 その純粋な彼女の目に、世界はどう映っているのだろうか。せめて真っ黒でないことを祈るしかない。

 

 

 ここはパックンドックン。眉毛じいさんの店である。

 

 ここ最近は頻繁に入り浸っている酒場なので、もう完全に顔馴染みになってしまった。

 

 

 シャイナは、あれからも普通に診察所に通っている。

 

 

 笑顔を見せたり、時々不機嫌になったり、アンシュラオンのことを最低呼ばわりする態度も変わらない。

 

 だが、すでに実態を知ってしまった自分にとっては、それが痛々しく見える。

 

 

(あいつが中毒者に反応していたのは、自分がその片棒を担いでいるからだろう。だが、一方でオレに対しては治せと迫ってくる。あの様子だと本気でそう言っているっぽいな。ならば、かなりの罪悪感を抱いているんだろう。馬鹿なやつだ。だったらやめればいいものを。オレの言うことをまったく理解していないな)

 

 

 常々『やらない』という選択肢を見せ付けているのに、シャイナはまったく理解しない。

 

 嫌々薬の売人をやって、苦しんで、やめたいけどやめられない。まさに中毒者と同じ状況である。

 

 彼女のあの反応は、自分自身を重ねて見ていたのかもしれない。

 

 

―――「そんな力があるなら、助けてくれてもいいじゃないですか! 助けて! 私も助けてくださいよ!」

 

 

 と言っているようにさえ聴こえる。

 

 どう考えても自分勝手な都合のよい言葉だが、それが弱者の限界なのかもしれない。

 

 誰もがアンシュラオンのように強いわけではない。腕力ではなく、その精神力が、だ。

 

 

 一説によれば、武人は心の強い人間がなるという。武人になるから心が強くなるわけではないのだ。

 

 武人に相応しい精神力を持つ魂が、自分に必要な肉体因子を求めて両親を選ぶ。自分の精神に相応しい肉体を得るのだ。

 

 シャイナは普通の人間である。そうであるのは心が弱いせいなのかもしれない。

 

 そう考えると、たしかに哀れだ。

 

 

(シャイナ…か。べつに何とも思っていなかったけどな。怪しいと思っていたから立ち入らないようにしていたし、相手も中途半端な距離だったし。そのうち尻尾を見せたら問い詰めるくらいはしただろうけど、それだけの関係だった。だが…こうもショックを受けるとは【犬】に情が移ったかな)

 

 

 アンシュラオンにとって、シャイナは犬のような存在である。

 

 笑ったり怒ったり、跳ねたり転んだり、見ているこっちが呆れるようなことをしでかす女だ。見ていると楽しいが、当然ながらそこに深い感情はなかった。

 

 アンシュラオンがスレイブにしようと思っているのは、従順な女である。

 

 ギアスで縛ることもできるが、基本的には従順であったほうがよい。ホロロのような人材ならば文句なしだ。

 

 だからこそシャイナのことは気にもかけていなかったが、一緒に働けば犬にも情が移るらしい。

 

 

 何よりも―――【似合わない】。

 

 

 シャイナのあの姿が、どうしても似合わないと思ってしまう。生来持っている美しさがまったく表現されない生き方である。

 

 金色の髪、青い瞳、太陽の下でこそもっとも輝くものが、暗くて深い闇の中に埋没していく勿体なさを感じる。

 

 素材はよいのに、世間の荒波に呑まれて消えていくアイドルと同じである。

 

 環境さえ整えてあげれば輝くのに。そう思えてならない。

 

 

(しょうがない。助けるか。あいつは素直じゃないから、助けてやっても文句を言いそうだけどな。だが、あいつは『人を救う』って意味を理解していない。そいつを救う代わりに、それだけ犠牲になるやつがいるってことをな)

 

 

 サナとて簡単に手に入れたわけではない。この子一人を救うために、どれだけの犠牲が出たか。

 

 下手をすれば、今頃は領主城自体が消えてなくなっていた可能性もある。たった一人のために、それだけの犠牲が出る可能性があるのだ。

 

 しかも今回の相手は麻薬絡み。どう考えても裏の組織が相手となる。犠牲は相当なものになるだろう。

 

 

(あいつはそれを背負うだけの覚悟があるかな? いや、一度救うと決めたら責任を負うのはオレだな。やるならば、サナに危険が及ばないためにも…【皆殺し】だ)

 

 

 情報によっては柔軟に対応するが、基本路線は皆殺し。裏組織を相手取る時の基本である。

 

 禍根を残すと後で痛い目に遭う。ならば、一人残らず抹殺する。それが一番安全である。

 

 

 覚悟を―――決める。

 

 

 

「じいさん、このあたりの麻薬は誰が仕切っている?」

 

「いきなりとんでもない話題を振ってきたの」

 

「長くここで商売をやっているんだ。知っているだろう?」

 

「うむ…知っているが、あまり大声では言えんな」

 

「なら、小声で言いなよ。治療してやった恩を忘れたのか?」

 

「それは会員権で返したはずじゃがな」

 

「これからもケアして長生きさせてやる。店の女の子の性病も無料で治療してやるから、早く教えてくれ」

 

「だからそういう店ではないと言っておるじゃろうに…。しかしまあ、お前さんにしては大盤振る舞いじゃな。何があった?」

 

「うちの子犬が処分される前に助けようと思ってさ。余計なおせっかいかもしれないけど、見捨てるのも気分が悪い。一度拾った以上、面倒はみないとな」

 

「…そうか。なるほどな」

 

 

 眉毛じいさんは、それだけで事情を悟ったようだ。伊達に長生きはしていないようだ。

 

 そして、じいさんも覚悟を決める。

 

 どのみち目の前の少年がいなければ死ぬはずだったのだ。このふしだらな男が、自分から人助けをするというのならば、多少の手助けくらいはしてもいいだろう。

 

 

「このあたりの麻薬を取り扱っているのは、【ソイドファミリー】という連中じゃ」

 

「ソイド…。もしかして、ソイド商会ってところ?」

 

「なんじゃ、知っておるのか」

 

「夜に工場が動いているから変だと思っただけだよ。詳しくは知らない」

 

「そのソイド商会ってのが、ソイドファミリーが隠れ蓑にしておる商会じゃ。ただし、中身はマフィアのようなもんじゃがな」

 

「そいつらが麻薬を流しているのか。いつからやっている?」

 

「麻薬そのものは昔からあるよ。ここいらじゃ、普通の薬と同じように扱われていたものじゃ。医者自体が少ないからの。どうしても頼るしかない」

 

 

 アンシュラオンが想像していたように、グラス・ギースに限らず、このあたりでは痛み止めとして利用されることが多いようだ。

 

 どうせ死ぬなら痛みが少ないほうがいい。そう思うのは自然なことだろう。

 

 

「しかし、最近は流通が減っておるようじゃ」

 

「そうなの? どうして?」

 

「…お前さんがそれを言うのか? 身に覚えくらいあるじゃろう」

 

 

 そこでアンシュラオンは、はっと重大な事実に気がつく。

 

 

「もしかして…オレのせい? オレが治してるから?」

 

「その通りじゃ。かくいうわしも、一時期は麻薬を少し使っておったよ。じゃが、それでは意味がないと思っての。すぐにやめたわ。今にして思えば大正解じゃ。治せる医者が出てきたのじゃからな」

 

 

(当然だが、元気になれば麻薬はいらない。そうなれば売り上げは下がるか。実に簡単な理屈だな)

 

 

 アンシュラオンにその気はまったくないが、多くの末期患者を治したせいで、結果的に麻薬の販売量が落ちているとのことだ。

 

 そうなればソイドファミリーにとっては大きな痛手となる。むしろ最悪だろう。

 

 だからこそ一つ、納得できたこともある。

 

 

「オレの周りを嗅ぎ回っているやつらがいるのは、そのせいか」

 

「そうじゃろうな。商売敵じゃからな。それ以前に良い腕の医者ならば、単純にどの時代でも狙われるものじゃよ。抱え込めば大きな利益になる。脅しても…な」

 

「じいさんも気がついていたか」

 

「わしの店で暴れるような輩は、あまりおらん。こう見えても昔は、ブイブイ言わせておったからの」

 

「ブイブイって…また古い表現をするな」

 

 

 眉毛じいさんも昔は、若い衆を引き連れるような『やんちゃ者』だったようだ。

 

 

「最近は、歯止めが利かなくなっておるようじゃな。この都市も荒れてきたもんじゃ」

 

「じゃあ、潰してもいいんだ」

 

「もしそうなるのならば、それもまた時代の流れ。古きものは崩れ、新しいものが生まれるだけじゃな」

 

「そうか…。だが、子犬とのつながりがわからない。どうなっているんだ?」

 

「いい女にはいろいろと事情があるってのは、昔からの相場じゃよ」

 

「あいつがいい女になるには、まだ十年はかかるよ」

 

「ほっほっほ、手厳しいの。今でも十分いい女じゃがな」

 

「じいさんは年食っているくせに、ギャルが好きだからな。微妙に趣味が合わないよ」

 

「むしろ被っていたほうが面倒くさかろうて。…そういえばニャンプルが、ソイドファミリーの幹部と知り合いだった気がするぞ?」

 

「本当か?」

 

「たまに店に遊びに来て、あの子を指名するだけじゃよ。店がどうこうではなく、あの子が気に入っているようじゃ」

 

「どんなやつ?」

 

「わしも店にずっといるわけではないが…痩せた男じゃな。何度か見たことがある」

 

 

(これは面白い情報だな。利用する価値はありそうだ。…今の状況はあまりよくないからな)

 

 

 今はなかなか複雑な状況になっている。

 

 これでシャイナ(犬)がいなければ少しはすっきりするが、あれのせいで問題がややこしくなっているのだ。

 

 

(一度あいつを問い詰めないといけないな。事情を知らないと動きようがない。しかし、その間に相手が動かないとも限らない。手遅れになったら困る。それを防ぎつつ、まずは相手を油断させる必要がある)

 

 

 今の状況は危うい。特にシャイナは自分の危なさを理解していない。

 

 知っているのかもしれないが、本当の意味で理解はできていないだろう。

 

 ならば、まずは相手に餌をぶら下げる必要がある。

 

 

 自分が被っている仮面―――【ホワイト医師】という名の餌を。

 

 

「じいさん、ニャンプルちゃんにやつらとの仲介を頼めるかな?」

 

「ううむ…それは…。わしから言っておいてなんじゃが、大丈夫か?」

 

「危ない真似はさせないよ。ただ、相手側に伝えてもらうだけでいい。こっちに争う意思はないってね」

 

 

 こうすれば相手は必ず食いつく。それによって動きが制限できる。

 

 しかし、それはこちらも同じことだ。

 

 

「相手は必ず医療行為に制限を設けようとしてくるぞ。よいのか?」

 

「いいんじゃない? 医者に未練があるわけじゃないしね。じいさんの面倒は今後もみるから安心しなよ」

 

「ふむ、惜しいの。お前さんなら本当の意味で、世の中を救えるかもしれんのにな…」

 

「それはオレがやるんじゃないよ。各人が自分の責任をまっとうする中で生まれるんだ。自分で自分を救うのさ」

 

「まったくもってその通りじゃな。反論もできんわい」

 

 

 

 その夜は、じいさんと一緒に飲み明かした。

 

 じいさんはすぐに潰れてしまったが、アンシュラオンは寝ているサナを優しく撫でながら、一人酒を飲む。

 

 

(まったく、手のかかる犬だ。あのワンコロには、ちゃんとツケを支払わせてやるからな。それとソイドファミリーにも代償を支払わせてやろう。オレたちにちょっかいを出したんだ。覚悟しておけ。全部むしり取ってやる。くくく)

 

 

 白い魔人が動き出せば、そこには血の雨が降る。静かな夜は、しばらくお預けである。

 

 

 

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