家賃壱万円で敷金礼金一切なし。
超山奥どころか駅前にある会社まで徒歩三分。
ならば、朽ち果てるほどのお化け屋敷かと思えば築三年。
もちろん曰くもついてない。
いや、曰くとは別に、良からぬものがついていたが。
「えーと……この物件は男性限定、とお伝えはしたのですけど……」
ああ、確かに。不動産屋で全部まるっと話がまとまって、私が契約書に記入してるときにな。浅山将子、と名前を書いたところに、あと付けで。てかそれまで、私が女子だってマジで気づかなかったのか? 言わなくてもフツーわかるだろ。しかし、まー……髪は短いし、パンツだし、ムネは……む……むむむ……? ケショーも……あー……ウン。とにかく納得イカネー。
そりゃまー、こんな尋常じゃない好条件、怪しいとは思ったぜ。とはいえ、とにかく金はねーし、何より……複雑な思いを胸に、さっきから不動産屋の言い訳に困り果てている管理人を再確認。近影に関しては偽りなし。さらっさらの明るい髪に整った眉。何より、おっとりした瞳がどストライク! ……鋭い雰囲気だと、つい対抗しちまうから……。
んで、時間もなかったし実物件も見ずにこのシェアハウスに即決したわけなんだが――
「相手は女性ということもあり、ここはひとつ深海様に折れていただく、ということは……」
不動産屋のヤローは、自分の手違いで女子を連れてきたにも関わらず、家主の方に譲歩を求めている。そして当然、答えはノーだ。
「うーん……それじゃ、ボクがシェアハウスしてる意味がありませんし……」
……はぁ、よりにもよってボク呼びかよ。危うかった。コイツが
正直なところ、キッチン・メンズもまた大好物だ。やっぱ、男は料理ができてナンボだろ。私自身がそーいうコマケーことが苦手ってこともあるが。だから、エプロン姿の男子にはついクラっときちまう。
とはいえこれは……いや、百歩譲って漫画ならいい。もしくは、そういう撮影ってことなら。けど……何やねん、裸エプロンって! 部屋に入った際に目撃した綺麗な背筋とプリケツが目に焼きついて離れんわ!
どうやら新入居者を持て成す気概は満々らしく、テーブルにはカップケーキやらクッキーやら可愛らしいスイーツが並んでいる。てか、男が来るって聞いてたんだよな? それ、メンズが喜ぶラインナップか? あー……もー……そんなイケメンとお茶会だなんて、天国か!? って勢いだったのに……剥き出しのプリケツがすべてを台無しにしている。
「やはり浅山様は女性ですので、今回はキャンセルということに……」
不動産のオッチャンは平謝り。けど……自分の不手際を私が女だから、みたいにすげ替えようとする姿勢は気に入らねぇ。いや、男性限定と聞いて、これがいま流行りの女性差別かコノヤロウ、って食ってかかって力ずくで連れてこさせたのは私のほーだけど。そんな手前、そうですねー、なんて尻尾巻いて帰るのは……あまりにもカッコワルイ。
うーん、うーん。
うーーーん…………。
ぶっちゃけ明日から仕事始まるのに、未だに家が決まってないってのはかなりヤバイんだよね。会社に提出したときには前の彼氏と同棲してたからそっちの住所で申請しちゃったけど、このままだと私、漫喫から会社に通うことになっちゃう。やっぱ、いくら浮気の現場を目撃しちゃったからって、その場でぶん殴って出てきたのは失敗だった。時期が時期だけに空き部屋自体がほとんどない。てか、もう三件目なんだよね、この不動産屋。ここよりいい家なんてあるか?
いや、ない。
家自体は立地設備含めてヤバイほどパーフェクト。
しかし、管理人が露出狂の変態だなんて……。こうして女子が――というか、外部の人間との応対中すら露出スタイルを崩さないんだから、よっぽどなんでしょ。てか、よっぽどでなきゃ、このシーズンまで空き室が残ってるわけがない。
残念なイケメンを正面から、スーッと視線を下ろしてみると――テント、張ってない。ぱんつはいてないんだから、
つまり、ゲイか、枯れてるか――ともかく、私の身は比較的安全……な、はず。あとは、一応釘刺しとくか。
「えーと私、空手の黒帯持ってるんで」
気安く迫ってこようものなら、元カレよろしく骨の二・三本は持ってくつもりだから覚悟しとけよ。
「は、はぁ……」
むむ、襲うつもりだったのなら少しはビビりそうだけど、完全に腑抜けている。必要以上に不審な様子はないので、私は間抜けな美丈夫に向けて押すだけ押し続けることにした。
「男性限定とはいっても、女性が住むと何か問題あるんですか? 合理的な理由があれば説明していただきたいのですが」
「う……うーん……」
本当に、理由は露出癖だけらしい。
「そうですねー……どうしても、と仰るのであれば……」
管理人は諦めたように溜め息をつく。不動産屋が無言で震えているのは、不安か、萎縮か。ともかく、こうして私の住処は定まった。あとは、ヤツの出方次第だろう。
手続きが済んだところで不動産屋は追い返し――そもそも、私にゃ家具を揃える金さえない。なので、今日からこのままここに住んでやるつもりだ。シェアハウスというより、もはや居候。卓上に並べられたスイーツの数々は見かけに違わぬ美味揃い。管理人の料理の腕は確からしく、これにはつい頬も綻んでしまう。
「あ、部屋の内側から南京錠付けさせてもらいますけど構いませんね?」
「うーん……いきなり壁や扉に傷をつけられるのも……」
「構いませんね?」
「……は、はい」
笑顔で頼めば、管理人とて嫌とは言うまいて。実際、少々渋りながらも、男の方も基本的にニコニコだ。これまでずっと入居者が見つからなかったところでようやくひとり目を獲得したのだから、嬉しいという事情はわかる。それだけならいい。だが、それより先への期待はご法度だ。
「……何を考えてます?」
エロいこと企んでるようなら、二度と
わりと不躾な問いだったこともあり、管理人――たしか、深海っていったか。ヤツの答えもわりと図々しく踏み込んできた。
「キミって欲望に忠実なんだなぁ、と思って」
おい、会って初日にキミ呼びかよ。とはいえ……チクショウ、似合うなぁ。格好はともかく、表情や仕草なんかは落ち着いていて、どこまでもオトナ。意識して首から下は見ないようにしてるから……まあ、いまはお互いテーブルに着いてて腹から下が見えないってこともあるけど。ただ、男が襟肩露出してんのはやっぱ慣れないがな。
「そういうつもりありませんけどね」
男が女に変な気を持つな、って方が無理な相談だ。なので、改めて警告しておいたが、深海さんの意図はそうではないらしい。
「けど、それにしてはいい食べっぷりだね」
ぐ、そっちを言われると……否定できん。普通に……いや、普通以上に美味いんだよ、お前のスイーツ。
「欲望ってのは食欲だけじゃないよ。物欲、金銭欲、出世欲に名誉欲もね」
性欲を省いたのは私に咎められたからか、それともヘンタイルック以外のデリカシーはカケラくらいなら存在するのか。
「深海さんは、もう少し金銭欲を持った方がよろしいのでは」
せっかくの好物件が、全裸男付きって時点で台無しじゃんよ。お前が服着りゃ全部丸く収まるってのに。
「お金は、三途の川を渡れるくらい持っていればいいよ」
……枯れてるというか、コイツ歳いくつだ? 私が思っていた以上にご老人なのかもしれない。
「それより、今生を自分らしく生きたいと思ってね」
「あーそーですか」
こっちはシェアハウスに住まわせてもらってる立場で、管理人がオケツ丸出しなのを承知の上で契約している。特約事項、管理人の服装について申し立てないこと――だから、コイツが何を着ていようが――というか、脱いでいようが、いまさらどうこうするつもりもない。
だからこそ。
「自分に正直になるあまり、三途の川を渡る金さえも失わないよう心得てくださいね」
襲ってきたら問答無用で警察に突き出すし、根刮ぎ賠償請求もしたるからな。
それにしても……さっきから散々突っかかってるってのに、この男はどーも覇気がない。
「大丈夫だよ。外に出るときには服を着るようにしてるから」
「……それは常識的なことで」
いっそのこと、そのまま出歩いてしょっぴかれてくれればいーのに。そんで、もっとまともな管理人を充ててもらうとかな。
さてさて、さっき許可は取ったので、トンテンカンテンと内側から鍵をかけさせてもらった。そして、ケツと出遭いたくもないので、私は基本的に部屋にこもっている。それでも、夕飯の時間にはホイホイ出ていくあたり、我ながら欲望に忠実すぎるかも……。メニューがカレーだったのは、おそらくカレーが嫌いな人は滅多にいないからだろう。個人の好みに合わせて辛さを後から調整するのもお手の物。アイツ、本当にマメだわ。今度、トンカツ作ってくんねーかな。さすがにまだリクエストするような気にはなれないけれど。
風呂と洗濯についても……正直、ここのを使いたくはなかった。銭湯に行くことも検討した。けど……ここなら、家賃に含まれてんだよなー……って思ったら、負けた。無料という名の誘惑に。チクショウ、ヤツの言うとおり、私はどこまでも欲望に忠実らしい。
だが……こうして部屋を南京錠でキメて、警戒しながら生活するのも肩が凝る。寝支度を整え、ベッドで横になり天井を眺めながら、私は今後どうすれば安心して暮らせるか考えていた。
やっぱ、一度ぶん殴って力関係をはっきりさせておくべきか? そんなことしなくても、アイツは充分しおらしいけど。もしくは……新しく彼氏を作るか。そもそもここ、本来は男限定なんだろ? 彼氏連れてきても問題ないはず。他の部屋も空いてるだろうし。
とはいえ……こういう状況って、逆にどうなんだろうな? 完全にふたり暮らしならともかく、管理人とはいえ他人が同居してるってのも。互いの部屋に行き来するのも気後れしないか? 特に、遅い時間に恋人の部屋に行くとか、ヤる気マンマンとしか見られない。実際そーなんだから仕方ないけど。
ベッドは狭くないからふたりで寝ても窮屈ではなさそうが、家自体が集合住宅ではなく大きな家をシェアしてるって感じだからな。壁の向こうまで聞こえそうで安心できない。
「なら、試してみる?」
そう言われても、隣は空き室で誰も居ないわけで――
「……んっ!?」
太ももを伝う指先の感触に、私はビクリと足を強張らせる。それは迫り上がってくるように股の間をそして、パジャマの裾からお腹を這い回るように――
「ん、ん……っ」
膨らみの柔らかさを蹂躙する大きな手の平が、その先端へと迫ってくる。無防備に尖ったところを、強く捕らえるために。
「はっ、んん……っ!?」
パンツの中にももう一方の手が滑り込んでくる。穏やかな丘を撫で回しながらも、確実に、最も深いところを狙って。
「そ、そこは……っ」
さすがに、これ以上は――抵抗しようとしたところで、毛布の中からモゴモゴと見慣れた顔が現れた。
「やっぱりキミは、欲望に忠実なんだよ」
「!?」
深海さんッ!? どっから入ってきた!? 鍵は、確かにかけたのに……ッ!
すぐに蹴り飛ばしてやろうと思ったが――
「ふぅんっ❤」
ヤツの指先が……一番マズイところに……❤
「あっ、ん、あぁ……っ」
大きな手の平が胸を包み込み、もう一方にも、男の唇が、吐息が迫ってくる。
「や、や……やめ……」
温かな刺激が胸に刺さり、私の腰がビクリと浮いた。下の方も指に激しく掻き回されている。
「ダメっ、そこは、それ以上は――んふぁ❤」
は……
「ダメ、ダメだったら……ダメなのにぃ……❤」
すぐにやめさせなくてはならないことはわかっている。なのに、やめて欲しいとまったく思えない。二本の指に、内側と外側を同時に慰められ、ふたつの胸も指先と、そして、滑らかな舌と唇で。
「やっ、そっ、そんなに……」
吸わないで! 舌で刺激されながらそんなにされたら……
「あぁんっ! はぁ……っ!」
声……声を抑えられない……っ! けど……この家、まだ私だけだし……隣の部屋に誰もいなくて良かったぁ……。
「あっ、あっ、んぁっ、あぁ……っ❤」
これだけでも
ピンポロピンポロポン、ピンポロピンポロポン……ッ!
な、な……何だよ、こんなときに……電話……? 気づけば、いつの間にか外も明るいし……というか、ベッドに他の誰もいないし。よくわからないまま、とにかくうるさいスマホを掴み取る。
「あ、は、はい……?」
「おはよう。朝食の用意ができてるけど」
「はいぃっ!?」
その声で完全に目が覚めたわ! はっとしてベッドに振り返ると――やっぱり彼の姿はなく。慌てて引き出しを開けてみるも――この鍵は……南京錠のもの。扉を睨みつけるも、しっかりと錠はかかっていた。窓――も開けられた形跡なし。まさか、天井裏から……?
「……あのー……そろそろ食べないと仕事に遅れてしまいますよ」
つい言葉に詰まったことで、寝ぼけてると思われたらしい。
「はい、はい……あー……」
なら朝は抜く、と言おうとしたけれど……せっかく作ってくれたところ申し訳ないし、何より、食費も込みなのだ。タダで食べられると思うと食べずに見逃すことなど私にはできない。
「……どうやって入ったんです?」
「入ったって、どこへ?」
カマをかけてみたが、深海さんに動揺する素振りはない。
「何でもないです。すぐに着替えて下りますので」
通話を切って、時計を見る。七時四十五分――そういえば、朝食の時刻だと聞いてたっけ。せっかく職場まで徒歩三分なのに、これで遅刻したら言い訳もない。とっとと準備しなきゃー……と気を取り直そうとはしたけれど――
「――――ッ!」
おいおいおいおい……何だったんだよ、さっきの夢は! わ、わ、私が……深海さんと……な、何かの間違いに決まってる! 第一、あんなヘンタイ男とノリノリで……いや、しかし、脱いじまえばただのイケメンだし……って脱いでるから問題なんだろ! なら、普通に着てれば……だとしても、入居当日にいきなり夜這いとかありえんわ! いや、実際シてないけど!
……混乱してても腹は減る。とにかく会社用のブラウスに着替えて、洗面所で顔を洗って――いざダイニングに着いたところで、私は信じられないものを見た。
「ふっ、深海さん……その格好……ッ!?」
ちょ……まさかの裸族卒業……ッ!? ブルーのワイシャツにしっかりとネクタイまで締めて――ヤバイ、初対面がこの姿だったら、さっきの夢みたいなこともうっかり許してた可能性も否めない……ッ!
動揺する私に、深海さんはシレっと言い放つ。
「言ったでしょう? 外に出るときは服を着ると」
あー、これから外に出るんだ。てっきり管理人がお仕事かと――って、あの家賃じゃ暮らせるわけ無いか。
「どこかにお勤めだったんですねー」
あまり興味もないので私は答えを待たずに淡々と席に着く。しかし、そこに予想外の追い打ちが。
「どこかも何も……ああ、そういえば渡した名刺は家主としての方だけだったか」
これには嫌な予感しかせず、私は朝食をいただく前に手を合わせたまま離せない。
「少し早いけど……まあ、外で着けちゃいけない決まりはないし」
そう言って深海さんがカバンから取り出したものは、いわゆる社員証兼セキュリティカード。社名は知れども、そのデザインに見覚えがないのは――私が今日受け取るはずのものだから。
「あっ、あっ……」
アンタ、うちの会社の部長だったの――とか叫びそうになったけど、慌てて口を噤んだ。さすがに自社の上司をアンタ呼ばわりはマズイ。
「ということで、会社までの道案内もさせてもらうけど……まあ、徒歩三分だから迷いようもないか」
……うわぁ、私、会社の上司に朝飯作らせてたのかよ。部下として大丈夫? 昇進に響かない?
「さ、とにかく食べよう。……ところで、洋食派? 和食派?」
「……洋食」
と、上司の作ってくれた鮭定食に異を唱える部下・私。
「ああ、そうなんだー。なら、明日からはパンにするね」
上司にめっちゃ気を使わせる新入社員・私。ヤベェ。入社早々どころか、入社前からめちゃヤベェ。こんな状況じゃ食事が喉を通るわけ――って普通に箸付けてるし。とはいえ、緊張しきってて味もわからない――ってやっぱ美味い。これだったら和食派になってもいいかもー❤
……あー……私ってば、マジで欲望に忠実な女だったんだなぁ……。安さに釣られてヘンタイ男のシェアハウスに住み込んで、美味しさに釣られてモリモリご飯ご馳走になってるし。
けど……性欲だけは……忠実になってたまるか! けど、食欲には忠実に!
そんな私を、深海さんは嬉しそうに眺めていた。