「では姉上、ご健勝を」
「えぇ、セルエル。後は頼みます」
アルスター島の港で、元アイルスト王族の姉弟が別れの挨拶を交わす。
別れと言っても生涯の事ではないし連絡手段もあるので、大学進学を機に都会に出る姉を見送る弟、程度の話だ。
最も、その姉は都会の大学で男一人のハーレムヤリサーに所属してしまう事になる訳だが。
ヘルエスはアルスター島の事を弟のセルエルや戻ってきた元騎士団長のノイシュに任せ、スカーサハの護衛兼アルスター島復興の為に他島での興業視察を名目に島を離れる事に落ち着いた。
「ユーマ、吾らは何という島へ行くのだ?」
スカーサハがユーマの腕に抱きつきながら問う。
『主殿』ではなく『ユーマ』と呼んでいるのはユーマからの指示だ。
性奴隷としてのスカーサハは不満そうだったが『普段は他の人間と同じ様に接してもらい、ベッドの上では従順な性奴隷になる。そんなギャップに興奮するから』と言われれば納得し受け入れた。
「いくつかの島を経由して、目指すはアウギュステだ」
アウギュステとはいくつかの島からなる群島で、特徴として挙げられる最たるものは島々の殆どに海が存在している事である。
その海目当てに多くの観光客が訪れる島であり、それに伴い数々の観光業が盛んな島だ。
先に述べた通り、ヘルエスがアルスター島の新興業の為の視察を行うにはうってつけの島であり、次の目的地として定めた。
(海と言えばやっぱ水着だよなぁ。ふふっ、楽しみだ)
ユーマは同行する4人の水着どころか裸はおろか肉体関係まで持っているのだが、それはそれ、これはこれ。
裸を見られるからと言って水着に興奮しない理由はない。
「お待たせしました。参りましょう」
挨拶を終えたヘルエスがやって来る。
それを合図に、用意してもらったチャーター挺に乗り込むナルメアにフェニム、それにユーマの手を引っ張るスカーサハ。
その時、ユーマはちらりとノイシュを見る。
スカーサハの運命というものを感じ取った時、微かにだがノイシュという存在があったような気がした。
恐らく、ユーマたちがいなければスカーサハとノイシュには何か運命的な繋がりがあったのではないかとも思ったのだが、ここでもスカーサハとノイシュが特に言葉を交わす事は無かったし、今はもうスカーサハの運命からノイシュの存在は消滅している。
(ま、どうでもいいか)
感じた事が正しかろうが何だろうが、既にスカーサハはユーマのモノだ。
もしもの運命の事などは忘却し、ユーマはチャーター挺に乗り込んだ。
──────────
「なんだか随分と荒れてるのね……」
アウギュステまでの道すがら、最初に寄港した島にある街に到着した時、ナルメアがそんな第一印象を口にした。
「そうだなぁ……」
ナルメアの言葉にユーマも同意する。
街は人通りが少なく、道もところどころ剥げており、家屋も随分と傷んでいた。
商店らしき建物にも人気はなく、人々の喧騒も聞こえてこない。
更に言えば、ポツポツとだか見える人々の格好はどこか薄汚くガラが悪いように見えた。いわゆるならず者たちだ。
「おかしいですね。以前訪れた時にはキレイな街だったのですが……。数年でここまで退廃しているとは」
ヘルエスも怪訝そうな顔で周囲を見渡す。
今日はアルスター島の議会に用意してもらった紹介状で領主の館に一泊お世話になる予定だったのだが、街がこの有様では雲行きが怪しくなってきた。
とは言え他に行く宛もなく、街の宿は更に期待できなさそうなので当初の予定通り領主の館を目指す事にするユーマたち。
「グルルルル──ッ」
「えっ?」
街を歩いていると、突如建物の間から魔物が姿を表す。
狼を巨大化させたような身体に鋭い爪、背中から棘も突き出した紛う事なき魔物だ。しかも3体。
「街中に魔物が──?」
「ユーマちゃん」
驚きながらもヘルエスとナルメアが前に出る。
スカーサハとフェニムはユーマ左右に位置取った。
「お兄ちゃん、動いちゃだめだよ?」
「わ、わかった」
隣のフェニムがユーマの手を握る。
突然の魔物に正直動揺していたユーマは、その手の温もりに少し落ち着きを取り戻す。
「あの2人に任せておけば心配はあるまいがな」
反対側の手をスカーサハが握る。
「まぁ……そうか」
それで完全に落ち着くユーマ。
事実、既に2体の魔物は2人に寄って切り伏せられ、残る1体は圧倒的戦力差を目の当たりにして逃走しようとしているのか、ジリジリと後ずさりしていた。
「ナルメア殿、如何致しますか?」
「このまま逃したら、他の人に迷惑がかかっちゃう……でも、逃げの一手に走られたら、ユーマちゃんから離れる事になっちゃうし……」
魔物を倒す事自体は問題なくとも、逃げに徹せられると一手間かかるようだ。
2人の最優先事項はユーマだ。
1人が──なんなら2人とも──魔物を追ったとしても、まだフェニムとスカーサハがいる。ユーマの護衛は問題ない。
しかし、それでもユーマから離れる事を嫌った。
ジリ────
また一歩、魔物が後ずさりした時、赤い閃光──ユーマにはそう見えた──が走った。
「ガキャッ!」
断末魔をあげ魔物が地に伏せる。
その魔物の頭部には青い宝石があしらわれた槍が突き刺さっており、その槍を握っていたのは……赤い鎧に身を包んだブロンドヘアーの女性だった。
その女性は長いブロンドヘアーをツインテールに纏め、肘の部分から片方2枚ずつ計4枚のマフラーのような長い布をなびかせている。
正直、機能性は皆無で謎のデザインだが、他の部分も凄い。
胸元は大きく開かれ谷間を露出させ、引き締まったお腹とおヘソも丸出し。腰には青い超ミニのスカートを纏っているのだが、なんとそのスカートは前方を覆うべき肝心な部分が切れている。
つまり、本来スカートの奥に隠されているべき下着……なのか、短パンかスパッツか……とにかくぴっちりと股間に張り付いた黒いインナーが正面から丸見えという格好をしていた。
(くそエロッ)
ユーマは戦いの場には似つかわしくない感想を抱いてしまうが、しかし実際エロいものはエロいので仕方ない。
それに、この世界の感覚として異常ではないのか、ナルメアやヘルエスは何も言わない。
もちろん、鎧としての防御能力がどうこうなどという野暮なツッコミはしないのが嗜みだろう。
「アンタたち、大丈……夫? ──って、余計なお世話だった?」
ナルメアとヘルエスの足元に倒れる魔物を見て、赤い鎧の槍使いは「アハハ」と照れ隠しに笑う。
「いえ、逃亡されたら手に余るかと思っていた所です。助かりました」
ヘルエスが礼を述べつつ赤い槍使いに歩み寄る。
流石は元王族。相手に恥をかかせずに場を収めることに長けていた。
「そう? なら良かった。──ところで、ちょっと聞きたいんだけど、この街、どうしてこんなに荒れてるのか知らない? 荒れてるだけならまだしも、街中に魔物まで入り込んてるなんて……」
「それは……私たちも先程この島に着いたばかりでして。以前はもっとキレイな街だったハズなのに、荒廃ぶりに困惑しているとこです」
「……そっかぁ。じゃあやっぱり領主の所に言って聞くしかないか」
ユーマたちは赤い槍使いとヘルエスの会話を見守る。
「領主殿の所に行かれるのですか? 私たちも領主殿の所に向かっているのですが」
「そうなの? でも危険だから、早く島から出て──って、心配するような腕でもないか。ん〜……じゃあ、一緒に行く?」
あれよあれよと言う間に話が纏まる気配。
ヘルエスがチラリとユーマを見る。
ユーマはコクリと頷く。
「同行して頂けるなら心強いです」
同意を得たヘルエスが赤い槍使いに向き直し承諾する。
「あら? アンタたちのリーダーは彼? そっかそっか。私はゼタ。よろしく!」
「ヘルエスと申します。宜しく」
「私はナルメア。よろしくね」
「ユーマだ。よろしく」
「吾はスカーサハだ。よろしく頼む」
「ファニムだよ☆」
ゼタは、にかっと爽やかな笑みを浮かべて自己紹介をし合う──その刹那、鋭い視線でユーマを値踏みしたのに気づいたものはいなかった。
また同時に、ゼタの携える槍──アルベスの槍──に嵌め込まれた青い宝石が淡く、しかし確かに煌めいた事にも。
(アルベスの槍が反応してる? ……ふう〜ん?)
ゼタはユーマとフェニムを見て、目を細める。
すると視線に気づいたのか偶然か、はたまたゼタの全身を舐めるように見ていたが故の必然か、ユーマと視線が合う。
にこっ。
「──ッッ!」
ユーマがにこやかに微笑み、その笑顔を見たゼタの心臓がドクンと大きく跳ねた。
(えっ? えぇ? な、なになに今の? あたし、なんでこんなにドキドキしてるの?)
一度跳ねた心臓は収まらず、ドクンドクンと激しく鼓動を続けている。
絶世の美形でもあればともかく、ユーマはそこまでではない。良くて中の上、悪く見ても不細工とまでは言わない……くらいの、平々凡々とした顔立ちだ。
しかもつい今しがた知り合った程度の男に微笑みかけられた位で、頬に熱を帯びるほどに高揚している自分に驚く。
この時、実のところユーマは命拾いしていたのかもしれない。
ゼタは『組織』と呼称する名称不明の巨大組織の一員で、その中でもトップクラスの契約者──エージェント──と呼ばれる戦闘員だった。
しかも契約者が持つ武器──ゼタの場合はアルベスの槍──は、対星晶獣との決戦兵器とも言える代物で、ゼタ自身、星晶獣を狩ってアルベスの槍の力を増幅させる事をもっぱらの生業としている。
未知の星晶獣であるフェニムと魂で繋がっているユーマに対し、アルベスの槍は星晶獣の反応を示していた。
ゼタ──もしくは他の契約者──との出会い方、場所、状況、それらのどれか一つでも掛け間違えれば、問答無用で狩られていた可能性がある。
その場合、ナルメアや他のハーレムメンバーによって防げる場合もあるだろうが、一歩間違えれば死に直結してもおかしくはない状況であった。
それらを踏まえた上でユーマが幸運だったのは、ゼタが余りにもエロすぎる格好をしていたのと、端正な顔立ちでありながら愛嬌のある可愛らしさも相成って一目惚れに近い感情を抱き、自身のハーレムに加えると即決していた事だ。
すなわち、ユーマがゼタに微笑みかけた時には既にフェニムによる干渉が完了していたのである。
『ユーマの事が異性としてちょっと気になる』
僅かな干渉。キッカケづくり程度の干渉。
しかし、それはゼタがユーマとフェニムを狩る理由を失わせるには十分な感情の変化をもたらしていた。
ちょっと気になる異性からの微笑み。
それはもう理屈ではなく、誰しも心奪われる仕草だろう。
(ま、まあ……よく見れば可愛い系……かも? それに、危険な星晶獣と決まった訳じゃないし? しばらく様子を見る必要がある……わよね? それに、星晶獣が人に紛れて領主に会いに行く理由も探らないと。……うん、そうだ。悪い星晶獣だったら、その時狩ればいいだけだし?)
ゼタは心の中で言い訳を重ねつつ、ユーマたちと共に領主の館へと向かうのだった。
──────────
「ここが……領主の館? 随分と荒れ果ててるね?」
フェニムが辿り着いた領主の館を見上げて呆れる。
街も相当だったが、この館もまた酷い。
庭の手入れなど当然されておらず草木が乱雑に生え伸び、なんなら廃墟と言った方がしっくりくる。
「グオォォォォッ!」
「うわっ、また魔物? 領主の館なんだよな、ここ!?」
こんな所にまで魔物が出るとなると、いよいよ本当に廃墟なのではと思えてきた。
それはともかく、ユーマは急いでスカーサハの後ろに隠れる。
「こりゃあ、やっぱり……『敵』の仕業、かな?」
そう呟きながらアルベスの槍を構えたゼタが一閃する。
魔物はそれだけであっけなく倒された。
ゼタもまた相当の使い手である。
その後、埃っぽく人の出入りを感じない館の中を進み、領主の部屋へと辿り着く。
ここまで迷いなく案内できるという事は、どうやらゼタは領主とは顔見知りだったと見て間違いないだろう。
扉の奥から放たれる気配を感じながらゼタはドアノブに手をかけた。
「領主さーん! お邪魔しまーす!」
「……誰、かな?」
嫌な予感とは裏腹に気楽な感じで中に呼びかけるゼタ。
その声に部屋の中にいた老人が答える。
「はぁ? 養子に取ろうとしてた相手を忘れてるって、どういう了見よ!?」
「養子?」
ヘルエスの肩越しに中の様子を見ていたユーマが、ゼタが口にした養子という言葉に反応する。
「あ、あー……まぁ、色々と訳アリでね。後で説明するわ」
思わず口走ってしまったと、バツの悪そうな顔をするゼタ。
「養子? 養子、養子……はて? 養子、よりも……街の様子が気になるのぅ……」
しかし領主はそんな事はお構いなしにブツブツと呟くのみ。
「ねぇ、アンタ……街に一体何したの? 騎士団の連中はどうしたのよ?」
「騎士団は……魔物と入れ替えたよ……混乱をもたらせとの仰せでな……。ところで君は養子になりたいのか? しかし、養子は魔物が山ほど……騎士団も……養子、か……はて……?」
ゼタの問いかけに要領を得ない事を呟く領主。
「騎士団を魔物と入れ替えた……?」
ヘルエスが眉をひそめる。
領主はとても正気とは思えないが、街の荒廃ぶりは事実かもしれないと思わせた。
「……言ってる事めちゃくちゃね。……てか、アンタ領主じゃないでしょ? 魔法か何かで姿を変えてる?」
アルベスの槍を握る手に力がこもる。
「はて……何年も領主をしているが……所詮は飼われる身であるからして……」
「まだろっこしい!」
そう言うが早いか、アルベスの槍が領主の胸を貫く。
「お、おい!?」
領主が正気ではないのは確かだろうが、いきなりの攻撃にユーマが驚く。
「……」
しかしゼタはユーマの声には反応せず、倒れた領主をジッと見る。
「ぐ、グオォォォォッ!」
唸り声とともに領主だったモノの身体が隆起し、みるみる内に魔物の姿へと変貌した。
「やっぱり魔物が化けてたのね。……はぁ、まったくあのポンコツ騎士団は……!」
館の前と同様にゼタが一閃すると領主に化けていた魔物は上下に両断され、それで戦いは終わる。
「凄いな……」
ユーマは思わず感嘆の声を漏らす。
「まぁねぇ♥ こんな魔物に手こずってるようじゃ、『敵』には……っと、これは余計な事だったわ。……とにかく、本物の領主を探しましょう。無事だといいんだけどね……」
かくして、ユーマたちとゼタは監禁されていた本物の領主を助け出す。
その後、かつてゼタがこの街の騎士団な所属していた事、領主が昇進を餌に養子になる事を迫り、ゼタが島を出た事。それは騎士団長が余計な気を回した行き違いであった事などの話を聞く。
それらはまあ……正直ユーマには興味のない話であった。
それよりもユーマとしては今夜の宿と、何よりもゼタと繋がる方法を考えていた。
領主の館は魔物に占拠されていた事もあり、とても一晩お世話になれるような状態ではない。
それは仕方ないし、最悪寄港しているチャーター挺に戻れば、快適ではなくとも寝るくらいは出来るスペースはあるだろう。
それよりも問題はゼタだ。
このまま別れたら次に会う機会があるかどうかも怪しい。
フェニムの干渉でユーマの事を異性として意識はしているハズだが、今のところ特に変化は見られない。だがゼタという逸材を逃す選択肢はないだろう。
余りしたくはなかったが、こうなったら最悪フェニムの干渉を強めて……と最終手段に訴えかけようか……と考え始めた所でゼタからアクションがあった。
「ねぇ、アンタたちはこれからどこへ行くつもりなの?」
ユーマたちは顔を見合わせる。
ゼタを信用していないとかそういう話ではないが、自分たちの行き先を告げていいものか判断をユーマに委ねるようだ。
ナルメアは怪しい所だが、スカーサハ、ヘルエス、フェニムの3人はとっくにユーマがゼタを女として見ている事に気づいている。
ならばなおさらユーマがどうするのか、それを邪魔しないようにしているようだった
「……アウギュステさ。まあ、バカンスって所かな?」
「へぇ! アウギュステ! バカンス! いいわねぇ。ん〜……実はアタシも今はオフなんだよねぇ」
(オフ……? 休みって事か?)
「そうなんだ……?」
素直に相槌を打ってしまったが、ユーマはハッとゼタの言いたいことを察する。
「じゃあ、じゃあさ……ゼタも一緒に行く? アウギュステ」
「えっ? えぇ〜……アタシと? ふぅん……一緒に?」
照れているのか、からかっているのかわからないが、にやにやしながらゼタは頭の後ろで手を組んでくねくねと身体をねじる。
「これも何かの縁って事で……どうかな?」
最大級の笑みを浮かべながら手を差し出すユーマ。
それを見てゼタの動きがピタリと止まる。
(か、可愛い顔するじゃん……♥ って、違う違う。これは未知の星晶獣を監視する為。向こうからアタシと一緒に行きたいっていうなら渡りに船ってヤツよね。うんうん、オフでも仕事熱心なアタシって優秀優秀)
「オ、オッケー。じゃあ、改めてオフの間、よろしくねユーマ♥」
ゼタは差し出されたユーマの手を握り返す。
果たしてその声にメスの響きが含まれているのに本人は気づいているのか否か……。
(時間の問題だな)
(時間の問題ですね)
(時間の問題ね)
そんなゼタを見て、スカーサハ、ヘルエス、フェニムの思考が一致する。
(ユーマちゃん、可愛い♥)
ナルメアだけは違う事を考えていた。