「はぁ……昨日も眠れなかったわ」
「……隈がひどい。ベッドを変えてもらう?」
「いいえ、良いのよジル……ちょっと抱き枕が合わなくて」
「それは由々しき問題。そんなこと言われたら泣いちゃう」
「そうなのよね……多分ガン泣きするわ。ん?」
この屋敷の寝具には不満などないのだ。おねむの時間になると目を輝かせて、自動で任務を遂行しに来る抱き枕にも言えない。言ったが最後、立ち竦んだ後にめそめそと泣き崩れるであろう……かわいい部下の悲しむ顔は見たくない。最近さらにひどくなった寝相に頭を悩ませていると、謎の同意を得る……顔を上げると、すたすたと歩み去る灰銀の髪。
「……なるほど。あの子もまだ子供ってことね。ふふ、かわいいところがあるじゃない」
「まだまだァッ! そんなハルバード捌きでは、一回戦で達磨にされるぞッ!」
「僕は騎士競技に出場する予定は無いのですがッ!? ひぃぃっ!!」
「うん。ぬくもりも欲しくなるわよね、あれじゃ……」
この家の執事は、主人を鍛えることに余念が無い……そしてロドスも、この任務に大層力を入れているようだ。唸りを上げる剣槍が頬を掠め、ふらつく矮躯が後方へ向かい全力でステップする。それに向かい吶喊を掛ける光輝なる騎士様は、後進が育つ喜びに狂猛に頬を歪めた。
「ふぅ……今日はここまでにしよう。任せて欲しい、私の指導を受ければメジャーデビューはカタい」
「いえ、僕はカジミエーシュに帰化する予定はありませんので……うう、この人笑顔が怖いんだよなぁ」
「待っていてくれ、マリア……お姉ちゃん、いいチームメイトを仕上げるからな!」
「しかも我欲に忠実」
チャンピオン様は、非常に良い将来のパートナーを見つけたらしい……意外と外部参入もイケるのだろうか。騎士競技参加資格について想いを馳せつつ、タオルをかわいそうな犠牲者候補に手渡していると……現れる、いい笑顔の執事。この爺さんわりと神出鬼没である。
「二アール殿。どうですかな、当家自慢の若武者は」
「非常に筋が良い。ドクターに少年を指導しろと言われた時は、どうしようかと思ったが……今から仕込めば、チャンピオンも狙えるだろう」
「よろしい。非常に結構……大旦那様も、若い頃は武者修行に明け暮れていたとのことです」
「僕、どこに行かされるの……?」
「カヴァレリエルキ」
「二アール。少しは本音を隠すべきだと思うの」
彼のハルバードが振るわれるのは、ロンディニウムの城壁の上である……そのために、私はここに居るのだ。ピカピカとご機嫌に輝く競技狂いの騎士様に、我が将来の戦友を奪われるわけにはいかない。なんといっても将来有望……この年で我が大盾を軋ませるのだ、首狩り戦術を余裕で退ける良い指揮官になるだろう。
「ホルンさんの笑顔も怖い……ロドスの女性オペレーターって、母上みたいな人しか居ないのかな」
「うちは違うべ、閣下……武人を育てるは苦難!!」
「クソっ、疑問が確信に変わったッ!」
いそいそと破城矛を構えるバグパイプに、ハルバードを向ける姿も様になっている……スタミナもこの年にしては、基準を遥かに飛び越えている。今度、共に
「若様、腋が甘いですな」
「うおおっ!?」
「背後から奇襲を掛けられることもある」
「何とォォっ!?」
密やかに投じられるナイフ、どがんと突き刺さる輝く剣。幼さゆえの柔軟さを活かしてかいくぐる姿は、とても頼もしい……どれ、砲撃も加えるとしよう。私はそう思い、地面にアンカーを打ちこんだ。
◇◇◇◇
「はぁーっ……! はぁーっ……! や、やってらんないッ! 僕は、戦争機械じゃないッ……!」
「しまった、やり過ぎたか?」
「閣下がやさぐれてしまわれたべ」
「だらしないわねぇ」
頼れる執事が、業務のため抜けてしばらく。止め時を失った私たちは、悲しみに満ちた雄たけびを上げる少年を見て少々手を緩めた。ぼろぼろの細い手に握られた斧槍の穂先から、炭化した地面の欠片がぼろりと落ちて。ぎらりと零れ落ちる鋼の輝きが、彼のなんともいえぬ心情を表現していた。
「役得でもないと、とても……いや待てよ僕。何がこの欠けた心を埋めてくれると言うのだろう」
「詩人の才を披露し始めたぞ」
「さすがはお貴族様、ポエムにも堪能だべ」
「もう一息ってところね……バグパイプ。訓練の終了に良い合図と言えば?」
「悲鳴が歓声に変わってから」
「よろしい」
他の誰が理解できなくとも、私たちには
「何だ!? く、来るのか外道ども……! 良いだろう。このアステル・ゼメンホフの首印! 容易く奪わせはしないぞぉ……!」
「その意気や良し。我が剣槍で……」
「待って、二アール。ねぇ閣下、私たちとて鬼ではないわ」
「それがかわいく思えてくるのが、隊長だべ」
「お黙り」
「あひんっ」
吼え猛る青い魂を、どうして中途半端なままで休ませてやれるだろう……
「鬼でなければ、何だというのか! 貴様らの血は何色だッ……!」
「ふふ……有効打を与えてみなさい。もしそれが出来たならば、何でも一つ言うことを聞いてあげる」
「そ、それはもしや……休憩が貰えるということかッ!?」
「休憩はもちろん。他にもう一つよ、大サービスでしょ?」
「………………」
じりり、と細い脚を包む編み上げ靴が地面を慎重に擦る。やはり希望を魅せるのは重要である……やけっぱちな万歳突撃も嫌いではないが。命をチャンスの天秤に載せるタイミングを誤れば、兵とは容易く無駄死にする。こうやって教え込むのだ……限界のその先。微かに見える、勝利の女神のアホ毛を鷲掴みにする方法を。
「二アール、バグパイプ。下がってて頂戴……彼は今兵士になろうとしている」
「ううむ……しょうがない。私は次の機会に」
「テンペストに配属になった日を思い出すべ……あの日のエール、やたらと口に染みたべ」
「ゼメンホフのアステルッ! ハルバードと共にッ!」
「来なさいッ!」
助教どもを下がらせて、構える大盾の向こう。意を決して前傾姿勢を取り……真正面からの突撃に全てを賭けるふりをした、彼の重心が僅かにブレているのを確認して頬を緩める。そう……そうでなくてはいけない。利き腕と逆側の地面が弾けるのを視認して、確信を得る。
「うおおぉぉッ! 始祖よッ! 僕に力をぉッ!」
「残念賞ッ! ……何ィッ!?」
「おお、獲物を捨てるのに躊躇いが無い……やはり、天凛がある」
「その天凛を、努力で粉砕するのが隊長だべ」
意識的に上げた、戸惑いの声が喉を通る際……感じるあまりにも甘美なる愉悦。がらんと転がるハルバードは、彼が真剣に生死と向き合った証。腰を落とし、編み上げ靴で地面を削る。振り抜いた大盾に我が身が振り回されるなど、あまりにも希望的観測過ぎる……! 灰髪の下。目が合いきょとんと丸まる瞳のあどけなさが堪らない。
「奏でなさいッ!
「あ、隙あり」
「ひゃんっ」
「そしてちょっとヌケサクなのも、隊長のかわいいところだべ」
「うむ……見事!」
そして……歓喜と共に振り抜いた、大盾が虚空をぶぉんと打撃する。弾薬を積み過ぎていたのを忘れていた……気絶の洗礼を新兵に浴びせるどころか、豪快に空振りして隙丸出しの臀部。それをぱぁんとシバかれて、私はとっても悲しい気分になった。……リハビリの強度、上げなきゃ。
◇◇◇◇◇
「いい? 調子に乗らないことね……全盛期の私だったら、その細い首がクリケットのボールみたいにスッ飛んでたわ」
「殺意の塊じゃないですか。護衛任務という言葉について、もしやご存じない?」
「照れ隠しだべ。隊長はこうやって、うちらの自信を育んでくれるんだぁ」
「バグパイプさんは、疑うということを知るべきですね」
ずるずると、トンボにて整地を行う。未練がましく吐き出した言葉は、幼い正論とかわいい部下のサポートにより対消滅して優しく訓練場に溶けた。イーブンと言えるだろう……私負けてないもん。バグパイプだって、数回死線をさまよった末にようやく私に一撃を与えたのに。思った以上の衰えに、しょんぼりしっぽがぱたぱたする。
「いやしかし、ホルンの殺人スイングも悪くなかった。普通の兵士なら、あの態勢が崩れて制御を失っていた分を考慮して……良くて再起不能だっただろう」
「雇い主の命を軽率に奪おうとするの、もしかしてロドスでは当たり前なんですか」
「ドクターの臓物にダメージを与えて、ゲロを搾り出すのはわりと基本だべな……生きてりゃ説教で済むべ」
「世紀末過ぎる」
さて……訓練後の整備も終わった。整理体操を行い、柔軟をして本日は終了である。明日はこやつの首を、死なない程度にメキャらせて立場を教えてやらねばなるまい……訓示を述べて、握り締める拳に籠めた決意。見ててねバグパイプ、隊長頑張るから……! すごすごと去ろうとした自分の腕が、がしりと掴まれる。
「ホルンさん。どこへ行くんです?」
「えっと。今日の反省会を部屋でしないといけないって思うの。逆さ腕立ての姿勢で」
「なるほど……そのストイックさが強さの秘密。よくわかりました……ですが、何か忘れていませんか?」
「記憶にございません」
「なるほど、なるほど……へぇ。へえぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
「……士官に二言は無いわ」
私はあえなく、やたらと力強い腕にて閣下の私室に連行された。うう、何をされるのかしら……チェロにはイッキを強要されたし、オーボエには一曲歌わされた。トライアングルはダンスなんて久しぶりに求めてくるし、バグパイプにはほっぺにちゅーまでさせられたのだ。隊長を何だと思ってるのかしら、あの無礼者ども。
◇◇◇◇◇
「おしりを触らせてください」
「パードゥン?」
「おしりです……実は僕の母も、おしりが大きくて。それとも胸の方がよろしいでしょうか」
「せ、セクハラよっ!?」
「僕は命を奪われかけました」
「ぬぐぅ」
良い兵士は、下半身が重要……そして私は大盾使い。その足腰の安定性は、凡百の雑兵と比べるに数倍以上の優位を誇る……ありていに言うとおしりが大きい。以前から、臀部に熱い視線を感じていたが、まさかここまで直接的な要求をされるとは。しかも逃げ道は、我が粗相にて封じられた。
「スカート越しですので……それともホルンさんは、バグパイプさんたちにもご褒美を与えなかったのでしょうか」
「アイツらは、酒を入れればすぐにコロっと上機嫌になるから……でも許してもらえなかったわ」
「僕も許しません。そしてお酒を飲むのは、成人の儀を終えてからです……観念してください。さぁ、後ろを向いて」
「う、うぅ……め、めくっちゃダメよ? ほんとに怒るからね? ひゃぅっ」
「ふむ……これはまた素晴らしい。指が埋まる……」
おずおずとケツを向けると、がしりと掴まれてしまう。そのままぐにぐにと短いスカート越しに感触を確かめられ……さらには感想まで。この展開、覚えがある……バグパイプにもやられた。ショーツの隙間に指を差し込もうとしてきたので、気付けを行ったが。だが、この指はスカート越しにさわさわと触れるだけ……これでは折れない。
「ちょ、ちょっと。遠慮が無さ過ぎるんじゃないかしら。んんっ」
「生きている実感を噛みしめているのです……あまりしっぽを暴れさせないでもらえませんか」
「せ、生理現象よぉ……んぁっ♡」
「大人しくしろって、言ってるんですが?」
布地越しなのに……ぐにぐにと、尻肉を乱暴に愛でられるたびに感じる指の熱さ。火照ったそこが発火しそうなほどに……女の部分を刺激して。ショーツが湿るのに危機感を覚え、じたばたと暴れようとするも……膝が落ちて高さが合った耳に、感じる押し殺した雄の声。
「声、ひくい……や、やだっ♡ やだぁっ……♡」
「駄目です。ワガママを言わないでください……暴れるなって言ってるでしょっ!?」
「きゃぃぃぃンッ! こ、このぉッ!」
「あっマズッ……ぶげっ」
はぁはぁと息を荒げながら、崩れ落ちた少年を爪先でつんつんとつつく。しっぽを握ったのが、こやつの敗因だった……ループスは、しっぽをツガイ以外に握られるのを決して許さないのだ。本能の導きに従い、振り抜いた裏拳。固く握ったそれを解いて、恐る恐る股間に触れると……うん、今日は抱き枕を強硬に拒否しよう。思う私が泣き落としに負ける、数時間前の出来事だった。