※この作品はR-18です。

この世界はENCROACHという名前のエロゲ?らしい   作:PPB

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第三話 聖域

 

 

 頻繁に後ろを確認する。そうでなくては、見失ってしまいかねない。そうなれば終わりだ。瘴気は音をも喰らう。この瘴気に覆われた世界、腐蝕の海では、一人はぐれてしまえば、もう二度と再会することは出来ないと言われている。ずっと隣にいたパートナーとはぐれ、運良く生き延びて戻ってきた後も、そのパートナーに会うことはなかった、という有名な話まである始末だ。

 

 この瘴気の世界は手に負えない。まるで毒のようにこの体を蝕み、人の目という索敵力を潰し、耳という危機察知能力を無効化する。まるで人間を殺すためだけに悪魔が造った死の城塞。

 

 だがしかし、そこまで警戒していてもたった数瞬のうちに姿を消してしまったらしい。俺が振り返った時にはその姿は見えなかった。だが、すぐに声が聞こえてくる。

 

「フレンジー、いるの!?」

「シェーラ? 動くな!! 今そっちに行く!!」

 

 相棒は俺の姿が消えてすぐ声をあげてくれたらしい。そのおかげか声はだいぶ近い。すぐに見つけてやれそうだ。バトルアックスを握りしめ、魔物の襲撃に備えつつ、シェーラの声が聞こえる場所へ行く。彼女は俺が守らないといけない。魔法使いは魔物への攻撃能力が高いが、同時に物理的な攻撃に弱い。俺なら身を守りつつ、シェーラを護衛することも出来る。

 

 彼女の名前を呼びながら、より返答の声量が大きい方へ進んでいく。緊張の瞬間だ。彼女の姿が見えた途端、示し合わせたように魔物が襲って来る事も多い。

 

「シェーラ、どこだ!」

「こっちよ!!」

 

 聞こえる方向に歩いていく。走ったりすれば位置がわからなくなる可能性もあるからだ。

 

「シェーラ! ……シェーラ!?」

 

 だが、聞こえていたはずの彼女の声は、気がつけば俺の呼び掛けに応えなくなっていた。俺はすっと武器を構える。盾とバトルアックスで、敵の攻撃を受けつつ腕や足を一気に叩き割るスタイルだ。少なくとも人間型や犬型には負けないという自負がある。

 

 最後に声が聞こえた方へにじり寄っていく。まだこの腐蝕の海について知らない事だらけだが、それでも少しはわかるものもある。この海の敵は、とにかくむき出しの悪意をぶつけてくる。人間と同じように、利用できるものはなんでも利用するし、数があれば数を頼みに、無ければ瘴気の霧に紛れて強襲し、そうでなくとも一個体が馬鹿みたいに強い。

 

 敵の存在を警戒しなければならない。シェーラ……相棒がやられたとなれば、俺は一人で進むか、あるいは迷いながら帰還するという道を強いられる。

 

 霧の中に、肌色の何かが見えた。

 

「シェーラ!」

 

 駆け寄って、霧の中に見えた彼女と思しき人物に近づく。

 霧を抜ければ、そ(・)れ(・)は確かにシェーラだった。 ……頭が吹き飛んでいるのを除けば。

 その切り傷は凄まじく綺麗で、剣か、恐らくは刀のようなもので斬られたのだろう。

 あの何も見えない一瞬で、彼女は殺されたのか。一体何者に? 俺はすぐに立ち上がり、周囲を警戒する。鮮明に聞こえていた呼び声を聞きつけたのだろうが、だからといって声が聞こえるほどの近距離で悲鳴すら聞こえない、そんなことがあるはずがないだろう。

 

 目の前にぬらりと現れた影を、バトルアックスで粉砕する。だが、その手応えは人間を切った時のそれでは無かった。

 野菜のような肉のような、凄まじく太い束の繊維を切った時のような感覚が、俺が今最悪の状況下にあるということを否が応でも知らせてくる。俺は踵を返してすぐに逃走した。

 

 俺の視界は反転し、宙へ投げ出され、地面にぼとりと落ちる。落下中に見えたのは、俺の体を捻り潰し、首元をねじ切ったあとなのだろう触手の群れ。そして地面に落ちた時に見えたのは、同じように首がちぎれているシェーラの亡骸。

 

 なるほど、そうか。

 彼女は姿が消えた時、既に死んでいたのだ。悲鳴も上げることさえできず。そして触手は、盗み聞きしていた事前の会話から互いの呼び名や声色などを完全に真似し、俺という次の餌をおびき寄せてみせた。

 

 狡猾で残忍。こんなものに、人間は挑もうと……。

 

 

 YOU FELLED......

 You must wake again if that you are a person ending a nightmare. To lose the body once.

 

 

 

 

 

「ぐわぁぁ! クッソー、ごめんやられた!」

「ありゃ。まーあれ、多分触手先輩*1でしょ。 そしたらどうしようもないって」

「でも腕1本切ったっぽいぞ。次も同じ編成でやってみる?」

「だなぁ……あ、ギルドあるし人集める?」

「あー、じゃあ剣士と探索者クラスも入れて4人でやるか。キャラメイク終わったら招集かけるね」

「はいよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1深度では、触手の魔物を見る事は稀だ。なぜなら触手は母体により強い子どもを産ませようとしており、その為母体にも強さを求めるからだ。そのため第1深度に降りてきたところで、大した強さの冒険者はいないのである。

 稀に強者たる冒険者が存在する事はあるが、遭遇した際は魔物と冒険者の、命を賭けたやり取りが始まるだけだ。人間である冒険者は疲弊し、逆に触手は無尽蔵。出会ってしまえば、運が悪かったと諦める者も多かったと聞く。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつき、周囲を見渡す。光り石によって視界の確保は出来ているが、それでも精々が10人程度が横並びになればすぐに端と端が見えなくなってしまう程度だ。

 

 一度休憩にしよう。私は手頃な民家を探して、そこの中に侵入し、座り込んだ。予想以上に中は綺麗で、埃を被ってはいるものの荒らされた形跡もなく、誰かが入り込んだ形跡もなかった。

 

 争ったような跡も無いため、この家の住民は海に侵食される前に察知し、逃げ出す事が叶ったのだろう。尤も腐蝕の海に呑み込まれてしまえば生きて出られることなど滅多にないのだが。

 息を整える。禍々しい色合いの暗い海の中では、自然と息も詰まっていくものである。解明すら出来ていない、得体の知れない世界の中では呼吸もしたくなくなるが、呼吸をせねば人は生きていけない。仕方の無い事だった。残念だが、妥協ができるほどこの大海は甘くない。

 

 比較的小綺麗な床の上に座り込み、壁に背を預ける。目の前で煌々と輝く光り石の光明だけが、心細い私の精神を保っている唯一の良心であった。ここに来るまでに何人もの死体、廃人、魔物を見てきた。戦う事ができない私は、それらを見ている事しかできない。

 脳裏に過ぎるのは、理性をどぶに捨ててまで触手に奉仕した、あの女性冒険者の末路。数少ない生存者の報告により、触手は捕食や性交を円滑に進めるための粘液が分泌できる事がわかっている。その毒牙に掛かれば、どんな者も即座に虜になる、というらしい。本当であれば恐ろしい話だ。人は抵抗する意思をさえ奪われ、ただ屈するのみなのだから。

 

 あるいは、抵抗する間もなく悦楽に身を任せ思考を放棄できる、それこそが唯一の救いなのかもしれない。なまじ意識を保つ事で人としての尊厳を最後の最後まで踏み躙られる。それならいっそ、矮小な人の意識なんて消え去った方が楽なのだろう。

 

 ……小屋で休んでいる間ずっと、そんな嫌なことに思いを馳せては、かぶりを振ってイメージを消して。考えては消して。それを繰り返していた。楽しい事なんて考えていられない。心の余裕がある人間がやるものだ、楽しい事を考えて気を紛らわせるなんていうのは。

 この世界、この海、この魔界にやって来て、私は悟った。こんな場所で娯楽に意識を割くなんて命知らずな真似はできない。そんなことをやればその隙を突かれ、瘴気に呑まれ、腐蝕の住人と化す。その末路が、ここで果てた冒険者達だ。

 

 死ねば終わり。そんな常識は、この地では意味を為さない。それを肝に銘じなければ、死よりも恐ろしい、悍ましい者どもの傀儡と成り下がるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気付けば、光り石は消え、私は背を壁に預けたまま横に倒れていた。どうやら寝ていたらしい。疲労が祟ったのか、あるいは思ったよりも長考していたのか。私は立ち上がり、破損を免れた椅子に座って、荷物の中から光り石を取り出す。そして日記を手に持って開くと、光り石の光源を頼りに読み進める。

 

 

 

「第1深度における主な襲撃は、人の成れ果てや、魔物化した動物、特に家畜が凶暴化したものによる。それは───」

 

 ───それは、私が腐蝕の海に潜った時からずっと続いていた。あの時私を襲ったあの触手から放たれる悍ましい気配を知っていればさほどの脅威にも感じないように思えるが、魔物は魔物だ。油断すれば食い殺される事は明白だった。

 私は共に潜ってきていた二人の冒険者、サミュエルとマリアンナを失い、そして逃げた先にいた、海の中で出会った生存者、ディルボリック、ヘルマン、ミリエルと行動を共にした。触手の強さは知っていたが、ここまでとは思いもしなかった。

 ……冒険者はプレイヤーだ。だが、やり直して新しく作り直される存在でこそあるが、私もそうであるという保証は無い。無論それは死んでいったサミュエルとマリアンナにも当てはまる。私は決して死ぬ訳にはいかない。

 この世界から逃れるためにも、この三人を利用してでも生き残らなければ。私の良心が錆びついてゆくのを感じる。次の目的地は、聖域らしい。やっと一息つけそうだ。

 

 

 

 

 

 その続きは描かれていない。前回もそうだった。この日記は、私が海を進んでいく度に内容が補完されていく。つまり、次の目的地はここに記述がある『聖域』と呼ばれる場所。そこが当面の目的地だ。

 

 荷物を纏め、歩き始める。聖域がどこにあるかはわからない。それでも探す必要がある。私はこの日記無くしては立ち行かない。この日記をなぞる事が、私の生きる唯一の道なのだ。

 

 

 

 しばらく歩くと、街が見えてくる。街とは言ったが、見えたものは全て、魔物が死体を喰らうというこの腐蝕の海ではありふれた、この世の終わりを煮詰めたような光景ばかりだが。

 

 そして、その魔物どもの中心で、二人の騎士が女性を護っていた。女性は聖職者のようで、一心不乱に聖句を詠唱している。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ムゥンッ!!』

 

 オーリスのメイスが人型の魔物の胴体を容易く打ち砕く。強力な祝福の施された上質な鉄槌は、文字通り悪意ある者どもを浄化し、消し滅ぼす。オーリスは立て続けに二人目の人型を攻撃すると、左手に持つ盾のシールドバッシュによって三人目を吹き飛ばし、転んだ敵の頭にメイスを使って追撃して消滅させ、《あの方》に近付く魔物を排除する。

 

 そしてもう一人、《彼女》を護る騎士はいた。長大な直剣ツヴァイハンダーを振り回し、剣の根元から切っ先まで触れた相手全てを薙ぎ払う怪力を見せる、大柄なフリューゲルである。

 

『おおぉぉぉお゛お゛お゛ッ!!!』

 

 フリューゲルの横に払う剣閃は、人型の魔物程度、真っ二つに裂く。その剣は、ツヴァイハンダー(両手剣)の名の通り両手で振るうものなのだが、彼はそれをわざと片手で振る事で、遠心力を活かした威力の高い一撃を可能としている。剣の重量がかなり重いからこそ出来る荒業である。

 

 そして、その真価は両手で持つ事で発揮される。威力こそ落ちるが、それ以上に素早い連撃を可能とするのだ。ツヴァイハンダーにはリカッソと呼ばれる、刃を潰して布を巻いた、グリップとは別物の握るための部位がある。そこを握って刺突、あるいは抱え込むように斬り込むことで、早く、そして威力を保持した攻撃が可能なのである。

 

『っらぁぁぁああ゛ッ!』

『でぁぁあっ!!』

 

 オーリスとフリューゲルの、息のあったコンビネーションによって、聖職者である女性のもとへは一体たりとて敵を通さない。

 

 そして、女性が立ち上がり、天を仰ぎ両の手を広げる。その掌には聖句が連なって出来た魔法陣があり、その陣の大きさはどんどんと増していく。そして魔法陣を解放するように、天高く広げる両手を、振り下ろす。

 

「聖なる障壁、刃の盾。我が身を守り、悪しき魂を追い払いたまえ」

 

 左右に突き出された手から放たれる壁は、街全体を覆うように広がる魔法陣の通りに進んでいき、その空間から魔物が一掃され、更に瘴気が失われる。

 《聖術》と呼ばれる、魔術とは正反対の学術体系を持つものだ。その神聖な業は、魔法よりも魔物へ対する効果が高く、相当数の冒険者から重宝される。仲間の回復を務めることで、パーティーの生還率を高める事も可能で、聖術を使える者は各パーティーから引っ張りだこであった。

 

「ッ……ハァッ、ハァッ……!!」

『ソフィア、大事無いか?』

 

 一度聖術を唱えるのが精一杯なのか、息も絶え絶えで地面に手を着く聖職者の女性は、心配して尋ねてきたオーリスに頷くと、立ち上がって崩れた教会の中に入っていく。騎士オーリスと騎士フリューゲル。彼らが守る者こそ、聖女ソフィアだった。

 

 ソフィアはオーリスに肩を貸してもらいながら祭壇まで歩き、破損した女神の像に祈りを捧げる。

 

「聖なる神、世界の守護者……どうか、私たちの聖域を守り給え……」

 

 手を組み、しゃがみ込んで祈る。ソフィアに倣うように、二人の騎士も膝を折って祈った。彼女達のやっている事は、この腐蝕の海にあって聖なる領域を生み出し、人にとってひと時の安らぎを与える、神からの祝福を人々に分け与える神聖な儀式である。

 神の力が影響する教会のある、あるいはあった街でしか行えず、また使うことで一日もの間動けなくなってしまう欠点はあるが、それを差し引いても奇跡のような業だった。

 

「……終ったか。やはり生存している冒険者は居なかったな」

「ええ……。やはり、フランツさんは……」

 

 ソフィアが青年の名を出した時、その場の全員が動きを止めて固まる。全員にとっても気になって仕方ないが、同時に余程触れたくない内容でもあったのかもしれない。

 

「まだ第1深度だ。フランツも第2深度あたりまで潜っちゃないはず。聖域を展開しつつ探し回れば、どっかで見つかるさ」

「でも、オンラインにはなってません。死亡届けも出ていませんでしたし、リアルでも連絡が取れないなんて……」

 

 フリューゲルの慰める言葉に、しかしソフィアはがくりと肩を落とす。その時だった、世界の住人にとって聞き慣れない単語に耳を澄ませようとしたのだろう。何者かが砂利や瓦礫の混じった地面を踏みにじるような音が、三人の耳に入る。

 

「! …姿を見せろ」

「出てこい。魔物はありえない、人間だな。冒険者か。それとも野盗か?」

 

 騎士たちの言葉に従って、その影は教会の瓦礫から、両手を上げた状態で姿を見せた。大きなバッグに光り石の入ったランタンを釣り竿のようなものから吊り下げ、腰に歩兵用のショートソードを提げている。

 

「少女? ……ロリアバターとは、よくよく好きと見えるな。まあいい、何の用だ?」

 

 オーリスの言葉に首を傾げながらも、少女は答える。

 

「初めまして……私はカタリナ。このような奇跡は初めて見たので、吃驚してしまって……。あの、どうやったのですか?」

 

 目の前の女の子のアバターのプレイヤーは、どうやら聖域の存在を知らないらしかった。恐らくは、初めて遊んだ上ここまで死なずに来ている、とても運のいいプレイヤーなのだろう。

 

「知らないのか。これは《聖域》。魔物を防ぎ止め、しかも中にいる間はバステが進行しない。海を探索する上では必須だ、覚えておけ」

「ばすて?」

 

 カタリナは首を傾げている。単語の意味が分からないとは思わず、説明にどもってしまう。そこから隣のフリューゲルが代わりに説明してくれた。

 

「バステとは、バッドステータスの略称だ。所謂猛毒や負傷状態、出血などを抑えられる。もちろんエロステータスなどもバステ抑止の対象になるから、聖女クラスの仲間を連れていくのは探索の基本になりつつある。最近のトレンドでは騎士・戦士クラス二人と後衛クラス一人で隊形を組むんだ。特に聖女を入れた三人パーティーだな。君みたいなソロプレイでここまで潜れるのは稀だぞ?」

 

 フリューゲルが意気揚々と説明する。しかしカタリナはよく分からない様子だった。本当に初心者なのかもしれない。

 

「つまり、ばすて?とは人体に影響を及ぼす状態的異常を指すもので、この聖域の中に入ればそういったものを防ぎ止めることができる、という事ですか? 私は家族がいないから一人にならざるを得なかったので、複数人パーティーを組んだところで足手まといです。もとより、一人で来るつもりでした」

 

 今度はフリューゲルが困惑する。

 

「家族がって……いたら親兄弟をこの世界に連れてくるのか? それドン引きされるだろ……」

 

 どうやら我々とこの少女カタリナとの間には、何か決定的な認識の差があるらしい。それを擦り合わせるために二人の押し問答がかなり長時間続いた事は、もはや語るに及ばずであった。

 

 

 

 

*1:
触手の魔物の愛称。プレイヤーの大半からその名で親しまれており、凄まじい強敵でありながら第2深度だけではなくなく第1深度にも降りてくる。まだ腐蝕の海へ入りたてのプレイヤーに、ステータスの暴力とドスケベなインモラル的背徳エロシーンをお届けする、ENCROACHの看板モンスター的存在。






 多分準レギュラーです。たぶん。
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