アリスの処遇だが、これがまた大変だった。
それは偏に、彼女が優れた魔法使いだという点による。
魔法使いとは、謂わば人間が技術の粋を集めて辿り着く人外の境地だ。
そもそもこの世界における魔法とは技術である。万物に宿る魔力を後天的に扱えるようになり、それに適した不老不死の化物へと成り上がったのが魔法使い。
身体の強度が特別ぶっ飛んでいる訳ではないが、魔法等への特殊耐性のようなものが滅法高い。そして魔力も豊富であるため、蜘蛛を用いた生命力の枯渇による鎮圧が難しい。
魔理沙はまだ人間の域を出ていないし、木端妖怪のリグル達なら昏睡アイテムを使わなくても大人しくなっていたが、アリスは常に使い続けなくてはならないかもしれない。
それだけでも馬鹿にならない費用だし、そもそも俺が直に掛けないといけない時点でダンジョン内だと使えない方法だ。
どうしたものか。
困った時はマニュアルだ。
通常のダンジョンの運営でも強い侵入者を捉えて捕虜にすることはあるだろうし、そのための機能が用意されていないとは考え辛い。
そう考えてダンジョンの機能から都合の良いものを探し始めーー答えは非常に近くにあった。
『牢屋』である。
既に知っているものが、その解答だったのだ。
『牢屋』にも色々種類があるが、全てに共通する性質がある。
これが、侵入者を捕らえておく為の部屋だという事。そして、ダンジョンマスターでも自由に中に入れるということだ。
そして大体は手枷などの専用の鎮静アイテムが付随しており、それを使えば侵入者を大人しくさせられるようだ。
「一番安いのが……1000DPか」
アリス撃退のための戦闘用大部屋が設置だけなら500DPだった事を考えると、牢屋というもの自体の高価さと有用さが分かる。
特に俺みたいなまともにダンジョン運営出来ない奴からすると、尚更だ。
因みにしょっちゅう必要に駆られて300DPの催眠アイテムとか買っているから忘れがちになるが、普通こういう戦力に直結しないものは後回しも後回しだ。
幻想郷とかいうチートキャラばかりの密室みたいな超絶縛りプレイでないと、そもそも催眠とか「そういう用途」の嗜好品だろうし。
今思ったが、他にも俺みたいにダンジョンマスターにさせられた人とか居るんだろうな。
いつか話してみたいものだ。
◇
アリス撃退の翌日の夕方、所持DPが2000に達した段階で牢屋を購入した。
買ったのは、鎮静用設備が優秀な代わりに設置数の少ないモデル。
そこにアリス、リグル、赤蛮奇、魔理沙を入れてそれぞれ手枷にかけた。壁に鎖で繋がれている手枷の数は5だから、4人というのは限界に近い。
まあアリスしか今のところ手枷が必要ではないから、実質枠は1つしか消費していない。魔理沙はいずれ普通に生活してもらわないといけないしな。
さて、次に彼女達の鎮静の調整だ。
鎮静と一概に言っても、様々な調整が可能のようだ。マニュアルで読んだ限りでは、これが大変優秀だ。
ざっくり分けると、「意識状態」と「身体の感覚」、「各種能力」を調整出来る。
意識状態は、覚醒から昏睡まで変更できる。ここで異常なのが、意識状態と身体の感覚をそれぞれ個別に変えられるという点だ。
前世の麻酔の感覚でいくと、身体には何の影響もなく意識だけを好きなように調整するなんて不可能だ。鎮静・鎮痛・筋弛緩が麻酔の三要素と言われるが、大体の薬はその内最低でも二つの作用を掛け持ちしている。というかそもそも、意識レベルを下げるのと呼吸抑制はセットみたいなものだしな。
つまり、いつものダンジョンの謎仕様だ。今に始まった事じゃないか。
それぞれ4人と10コの赤蛮奇の頭は、視覚と外部からの音を遮断することにした。俺が居ないところで同じ牢屋にいるやつらと結託されても困るしな。
しかし、視覚と聴覚と書かれた項目をそれぞれチェックしてみたものの、いつもの様な調整用のウィンドウが出てこない。
どうやって細かい調整をするんだと牢屋のページを探していると、ふと顔を上げた時に牢屋の床にアイテムが出現しているのに気付いた。
「何だこれ」
それは黒い皮製の何かであり、幾つも同じものが転がっていた。
試しに拾い上げて、それが何かを察する。
頭に巻いて使う目隠しだ。
よく見ると耳栓らしきパーツもくっ付いており、これが視覚と聴覚の制限を行う為の装置なのだと理解出来る。
牢屋の機能には嗅覚の調整もあったが、その場合鼻に入れるパーツが別に出現するのだろうか。
後頭部には幾つもの光るラインが走り、それぞれの横には小さいダイヤルが存在した。
その内の2つのラインは青く発光しており、その他は赤くなっている。ダイヤルを回すと、青いラインは回した量に応じて短くなった。赤いのは回したところで変化はない。
物は試しと、すぐ外せるように簡単に自分に装着してみた。手探りで各種ダイヤルを弄る。
「……あー、なるほど」
そして、それぞれが視覚と聴覚の調整を行う為の機能であると分かった。
ダイヤルを回せば、目隠しをしているにも関わらず、視界が暗くなったり明るくなったりする。耳に関しても同様で、ノイズキャンセリングのように聞こえてくる音の量を制限できた。
外してみて確認したところ、青いラインが視覚と聴覚を担当していることが分かる。というか、よく見るとダイヤルの無い側のラインの末端に、目と耳っぽいマークがあった。おいおい、ちゃんと確認しろよ俺。
とにかく、この目隠しをそれぞれに装着する。
どうやらそれぞれの頭のサイズに合ったものが用意されたみたいだった。その事実を、増殖した赤蛮奇の頭それぞれに装着している時、微妙に大きさが違った事で気付いてしまう。
泣く泣く各サイズを確かめ、それぞれのものに付け直した。ついでに赤蛮奇のものには、蜘蛛の卵を吐き出さないよう口を塞ぐ為のマスクもくっつけておく。これでいちいちテープを剥がしたり付けたりしなくて良くなった。
耳はイヤホンみたいなもんだけど、目と口を覆うと顔で見える場所が額しか無くなった。本体はともかく、10個の頭はもはやどう見ても生き物じゃないな
というか、なんで全部手作業でやらないといけないのか。各身体のサイズに合わせてくれるなら、自動で付けてくれても良いと思う。
俺はこのダンジョンの主のはずなのに、えらくこき使われている気がする。
まあ、何の罪もないのに苗床にされてるこいつらを前に言う台詞ではないけどな。
とにかくこれで、牢屋での作業は大体終わり。
ようやくアリスに着手できるな。