『魔理沙、あなた暇してるでしょ。ちょっと地下に潜ってきなさい』
『あん?』
「あ」
そうなっちゃったか。
通話越しに聞こえる女性の声に、俺は少し眉を顰める。
まだ聞いた事が無い声だ。幼さの残る少女の声ではあるが、その冷静さが見える落ち着いた声色からは、魔理沙よりも少し年上の女性を想像させる。
例えばアリスのような、理知的な女性。そしてこのタイミングで地下を潜れと魔理沙に打診する人物像からは、俺には一人しか思いつかない。
『何だよパチュリーか。なんでインドア派のお前がこんな日の下に出てるんだ?ついに図書館が閉館したか』
『もしそうだとしたら、あなたが沢山本を盗んでる所為でしょうね。そして喜びなさい、態々私がここに来たのは、あなたに用事があるからよ』
パチュリー・ノーレッジ。
紅魔館の図書室の居候、紫色のパジャマっ子大魔法使いだ。
知識なんて名乗っているだけあって、魔法という分野に於いて、幻想郷内で彼女の右に並ぶ者は無いだろう。
『私に用事ぃ?なんだ、借りた本の貸出票とか書いて欲しいのか?』
『貸してないわ。ただ、そうね……大人しく地下に行って調べ物をしてくれるなら、今から家に本を押収しに行くのはやめてあげてもいいわよ』
『ええー、それはやめて欲しいんだぜ。片付けてないんだ』
「それは俺もやめて欲しい」
本当にやめて欲しい。
本だけでなく、このダンジョンまで見つかってしまう。曰く付きの本を隠すならベッドの下、つまり寝室がセオリーだ。つまり我がダンジョンの入り口である。つまり終わりだ。
だが、パチュリーと魔理沙で今地霊殿調査を始めるのは宜しくない。それではしっかり魔理沙主導で調査を行わないとならなくなる。
どうしたものか。
取り敢えず今後魔理沙には本を返させるのは確定だな。
会話が聞こえる中、魔理沙と射命丸のバイブレーションを鳴らした。
『地下か……地下で何するんだ?よっぽど面白いものでもあるのか?』
『……そうね、温泉が出来た原因があるわ。もっと温泉を楽しみたいなら、地下に行くのがオススメよ』
『なんだと?そんな事が……』
「魔理沙、怨霊の話に触れて、アリスから先に地下行きを誘われていると言え」
『ん……あー、待て、パチュリーお前も怨霊を私に調べさせる気か。アリスといい人任せは良くないぞ』
『……驚いたわね、あなた怨霊に気付いてたの。どこでそんな……ああ、アリスね。そう、私も怨霊調査の口よ』
魔理沙とパチュリーの会話の中、また三つ目の声が通話に混じった。
射命丸だ。
『こちら射命丸です。どうかされましたか?魔理沙さんとパチュリーさんの声が聞こえますが』
「霊夢が異変解決に動いているか確かめてくれ。パチュリーが動いたなら、おそらく八雲紫あたりが接触しているかもしれない」
『分かりました』
『人任せになるのは仕方がないのよ。私達地上の妖怪は、地下に入るのは禁止されているもの。いくら彼方が先にそれを破っているとしてもね』
『そんなことアリスも言ってた気がするな。とは言っても私には興味無いんだぜ。なんで折角温泉が出来たのに、じめじめした地面の中に行かなくちゃいけないんだ』
『そう。家の中を隅々まで調べて、本を根こそぎ持って帰ってもいいのね』
『やっぱ人間色んな事を経験してこそだよな。モグラの気持ちになるのも悪くはない』
「待て待て」
いや、魔理沙の家にパチュリーが来て困るのは間違いないが、それでもこのまま即座に異変解決に向かうのは良くない。
俺は少し悩み、元々パチュリーやにとりが魔理沙に打診してきた時の為に用意していた指示をすることにした。
「前に渡した人形を見せて、アリスと後で組んで地下調査をする予定であったと伝えろ」
『とは言っても、さっき言ったように先約があるんだ。ほら、これアリスの人形。あいつの準備が出来次第、私が地下に行くことにはなってんだよ』
『あら、そうだったの。なら最初からそう言えばいいじゃない。要らない体力を使ったわ』
『そんな事言ったら、私はこれからやりたくも無い事の為に体力使うんだぞ』
『射命丸です。博麗神社に着きましたが、霊夢さんは居ません。八雲紫もパッと見では居ませんが、ええっと……萃香さんが居るので、近付きたくありません』
「ああ、そっち?」
『どうしたの魔理沙、急に黙って考え込んで』
『うんにゃ』
通話がごちゃごちゃしてる。
多分魔理沙も情報が多くて混乱してるな。早めに分かりやすく方針を決めてやりたいところだけど。
「射命丸、萃香は陰陽玉とか持ってたりしないか?」
『あ、持ってますね。しかも独り言言ってます。まさか鬼が酔い潰れるとは……』
「いや、それでいい。射命丸はもう通話終えていいぞ」
『分かりま………あっ……目が合った。『天狗ー!何見下ろしてんだー!』あ、あはは…』
射命丸の方はひとまず落ち着いたようだ。
萃香らしき酔っ払った声に絡まれている様子が聞こえて来るが、それも含めて欲しい情報は手に入ったと言っていい。
そうか、霊夢のサポートは萃香がするのか。要警戒の八雲紫の行動が制限される良い機会だと思ったが、そうなったなら仕方がない。やりたい事があったが、それはまたの機会にしよう。
『とは言ってもね、怨霊は危険なの。アリスなら大丈夫だと思うけど、折角来たのだから私も手伝うわ。ほら、これを貸してあげる』
『ほう、死ぬまで借りとくぜ』
「魔理沙、パチュリーの合流はそれでいい。先約のアリスの許可を取ると言って、アリスの家に一度行ってくれ。これからアリスをそこに向かわせる」
『……あー、まあそこまで言うならそれでいいぜ。だが私は約束は守る主義なんだ。アリスに許可を取ってからでもいいよな?』
『ええ、勿論良いわ』
魔理沙の方も一旦状況は落ち着いた。
ここから直ぐにアリスの準備をしないといけない。俺は立ち上がって、牢屋にいるアリスのもとへ急いだ。
◇
『お。あー…ようアリス。ようやく戻ってきたな。美味しくお茶を戴いているんだぜ』
『本当ね。アリス、ごめんなさい。魔理沙が勝手に入ってしまったのよ。まあ私も飲ませてもらったし、今度お詫びの品を小悪魔に持って来させるわ』
『いいのよ別に。魔理沙にはその分しっかり働いてもらうんだから』
『ゲェ』
アリスの支度は可能な限り急いで行ったが、それでもそれなりに時間がかかってしまった。
そのためパチュリーが待ちくたびれて別行動し始めないよう、魔理沙に指示してアリスの家の中で寛いでいてもらっていた。
通話越しにアリスの声が聞こえる。それは何の異常も無い平静のものだが、実際の彼女はかなり疲労困憊の筈だ。
アリスを急遽そちらに向かわせるにあたって、やらなくてはならない事は多岐に渡った。
まず、マングローブ君の根による魔力の吸収を止める。そしてアリスの体内にある卵を全て刺激して、孵化可能なものは孵化を、そうでなく今日中に割れそうなものは無理矢理掻き出す必要があった。
マングローブ君による不快な感覚に日夜犯されているアリスは、ワームの孵化作業を度外視してもかなりの体力が奪われていた。それに加えてかなりの回数分の孵化を同時に行い、激しい絶頂が与えられる。
そして意外にもアリスが最も音を上げたのは、その後の卵の掻き出しであった。
触手ワーム君に命じ、傷付けないように子宮内へ触手を挿れてもらう。そして内壁を触手で擦り上げ、付着したワームの卵を剥がしてもらった。
物理的に掻き出すというのは前世でも行われた避妊の方法だが、組織を傷付けると癒着等のアッシャーマン症候群を引き起こす可能性もある。そのため産卵後の大量のワームの白濁液に子宮が満たされたタイミングで、柔らかい触手によってそれを行ったのだがーーそれが催淫状態のアリスにはかなり重い刺激だったようだ。
ずっとぐったりとして明確な反応を示せていなかったアリスが、意識を取り戻して「やめてくれ」と何度も懇願を繰り返していた。
とは言えパチュリーの目の前で万が一にでも産卵が起こると隠しようがないし、掻き出しは徹底的に行ったがーーそのせいか、暫くアリスは言葉を発せなくなっていた。
因みにそのタイミングで魔理沙がアリス邸に到着してしまったため、アリスが絶叫と懇願を繰り返す最中に魔理沙に前述のような指示を伝える事になった。その為魔理沙の脳内に突如大音量でアリスの嬌声が響き渡る事となり、魔理沙が驚きの声を上げてパチュリーも釣られて驚いていた一幕があったりする。
兎に角そうした経緯を経て、アリスが落ち着いた後に合流を果たした。
様々な悶着があったにせよ、ここから魔理沙の東方地霊殿が始まる。
目標は可能な限りのサボり、若しくはさとりとの最低限の接触を経ての異変解決。
目指すはパーフェクトゲームだ。