『射命丸です。古明地こいしが地底に戻ろうとしています』
いつものように研究室に篭っている時だった。
スマホから射命丸の報告が聞こえ、俺は作業していた手を止める。
「よし、周囲の人が居なくなったら接触してくれ」
『分かりました』
ようやくか。
魔理沙がこいしと接触してから二日が経過していた。
その間に起こった事として重要なのは、博麗霊夢が異変解決に乗り出したことか。それを機に、俺も魔理沙へ命じて適当な妖怪へ希望の面を渡している。
既に霊夢は何人かの主要な面子と勝負を行って勝っているようだし、順当にいけばあと数日で異変は解決されるだろう。
その間のこいしの動きは、拍子抜けする程あっさりしたものだった。
他の参加者と戦ってもそれを楽しむだけで特に何かを話す訳でもなく、ふらふらと遊び歩いているようだ。幸いまだ彼女は負けておらず、村人のファンもいて存在感は保たれている。
射命丸には可能な限りこいしを監視させているが、現状だと彼女が本当に俺にとっての脅威なのか疑わしくすら感じていた。
『こんにちは、古明地こいしさんですか?』
『わあ!あなたも私がわかるの?』
『ええ、なにせファンですから。取材させて頂いても?』
『取材?いいよー』
ただこうして一人で地底に戻ってくれたおかげで、衆目を気にせず質問する事が出来る。
魔理沙に勝ってから大衆もこいしを多少認識出来るようになり、ファンが着いてしまっていたがーー流石に地底まで追ってくるような者はいない。
このような機会が無いまま誰かに変な事を言おうとしていたら、多少怪しまれるのを覚悟で射命丸に後処理をさせなくてはならなかったところだ。
『誰にも気が付かれないままのし上がったとの事ですが、どのようにして気配を断っているのでしょう?』
『んー?よくわからない』
『なるほど、ではーー』
射命丸は普通に取材をしている。
接触してからの情報の取り方は射命丸に一任している為、彼女なりに考えてそうしているのだろう。
古明地こいしはかなり特殊な思考回路をしている為どうなるか分からないが、何か懸念点があればその都度言えばいい話だ。
『こいしさんはこれから何処へ向かわれるので?地底でも人気を集めにいかれるのですか?』
『ううん、楽しかったけどもうそれはいいや』
『ではお家に帰るのでしょうか』
『違うよー』
『ふむ、それではどちらへ?』
『んー、どうしようかなー』
先程から射命丸の質問への応答を聞いているが、やはり上手くはいっていないようだ。
こいしが考えている事を広く聞く、所謂「オープンな質問」には要領の良い回答がなく、イエスかノーで答える「クローズな質問」では取材という体を取る射命丸からすると突っ込んだ質問が出来ない。
まあ、それならそれで問題はない。
無意識に支配されてまともな思考をしていないなら、逆に言えばこちらも直接的に対応していいという事だ。
俺は射命丸のバイブレーションを鳴らした。
『はい、何でしょう』
「射命丸、他の人に見つからずにそいつを此処へ連れてこれるか?」
『…えっ、まあ、大人しくしてくれるなら抱えて全速力で飛べばそれくらい出来ますけど…』
「面白いところに連れて行くって言って誘ってみてくれ」
『ええ?そんなので来ます…?』
「出来たら蜘蛛に噛ませとけよ」
射命丸は小声で懐疑的な反応を示す。しかし指示は指示であり、少ししてからまた彼女の声がした。
『もし良ければなんですが、面白いところがあるので私と一緒に行きませんか?』
『面白いところ?なにそれー?』
『え、ええと……生き物がたくさんいるところ…?』
『ふーん、面白そう!私も行くわー』
『へ?』
まさか本当に着いてくるとは思わなかったのだろう。射命丸は呆けたような声を出し、その後慌てて取り繕い始めた。
そしてその場から少し離れ、射命丸が嘔吐く音が聞こえる。これは彼女が口から蜘蛛を吐き出した音だろう。
その後射命丸はこいしに抱えて飛ぶ事の許可を取り、縦穴から飛び立つ音が聞こえた。
彼女の速度なら程なくして魔理沙の家へ辿り着くだろう。
それにしても、本当にこれで来たか。
このダンジョンに来たのが彼女なら、ここ2日フラフラとしていた事から恐らくそうだろうとは思っていたが、古明地こいしの危機感の無さに少し呆れてしまう。
来なければ来ないでどうにか近付いて蜘蛛の麻痺毒を食らわせるだけだが、リスクは無くせるならそれに越したことはない。
俺は牢屋に行くと、催眠スプレーをアリスに掛けた。
そして二人から手枷を外すと、ダンジョンの外へ向かわせる。すっぽんぽんではあるが、射命丸に抱えられている古明地こいしを無力化出来るならそれで構わない。殆ど外へ出ないなら服は着てなくていいし、そもそも射命丸の全速力なら間も無く着くだろう。
『着きました』
『あれ?ここ、虫の人のところ?』
丁度射命丸が着いたようだ。
センサーでも二人の反応が出現したのを確認する。
スマホから聞こえるこいしの発言だと、やはりこの場所は知っているらしい。虫の人とは俺の事だろう。つまり、彼女は俺の姿も見て確認している筈だ。それならここまでの俺の予想も粗方合っていたと考えて良さそうだ。
『あれ?身体がうまく動かない?』
『大人しくしていてくださいね』
射命丸とこいしが魔理沙の家に入る。
飛行中に蜘蛛に噛ませるのは成功しているらしい。射命丸の身体に棲ませている蜘蛛は、改造して身体を麻痺させる毒を装備させている。
勿論元々繁殖用の蜘蛛で基礎のステータスが低いため、毒といってもそこまで強い作用のものではない。しかし気付かれないように打ち込んで、こうしてアリス達に鎮圧させられる為なら充分な効果だ。
「拘束して服を脱がせろ」
通話越しに指示を伝える。
事前の指示通り、こいしは結界の張られた魔理沙の研究室へと運び込まれたようだ。
『あら?あらら?』
『大人しくしてくれたら危害は加えないわ』
『お姉さんたち服を着ていないのね。破廉恥だわー』
『ここではそういう決まりなんですよ。さ、服を脱がせるので暴れないでくださいね』
『あれぇ〜』
「終われば牢屋に連れて来い」
暫くは作業をする音が通話から聞こえた。
こいしの無邪気というか得体の知れない声に、衣擦れの音。何も報告が無いため特に気になるような物は持っていなかったのだろう。
そして数分後、四人が牢屋へやって来た。
「射命丸はもういいぞ、元の仕事に戻ってくれ」
「分かりました!」
「??」
射命丸に声を掛けつつ、白い髪の少女に手枷を付ける。
そして新しい目隠しを出現させ、状況が分かっていなさそうな彼女へ装着した。続いて催眠スプレーを購入し、それを吹き掛ける。
ここまでは順調だ。
「こんにちは、古明地こいしでいいんだよな」
「…あ!この声は虫の人?」
「そうだよ」
「久しぶりだね!」
「そうらしいな」
催眠下にあるこいしは、それまでと特に変わらない様子で答える。
こいつには聞かないといけないことが多々ある。しかし問題となるのは古明地こいしが無意識に従う存在だという事だ。そのお陰でこうして難なく捕らえる事には成功したが、原作のように無意識の行動を殆ど記憶していない可能性がある。
その為聞きたい事を全て吐き出させるには、恐らくそれなりの時間はかかる事が予想される。そしてその為には、まずその時間が存在するかを知らなくてはならない。
俺は少しだけ悩み、目隠しをしたままこちらに顔を向けているこいしに向かって問い掛けた。
「お前、誰かにここの事を話したか?」
「うん、話したよ」
「……誰に?」
「強そうな人」
「具体的に、誰だ?」
「うーん、誰だったのかなー」
成る程、これは困った。
ここ2日では特に誰かと変な会話をしている様子は無かったが、既にこの場所の事を誰かに話していたらしい。
だが現にこうして俺が無事に居るということは、それは八雲紫のような幻想郷の治安維持をする者ではないのだろう。
となるとーー。
「それは地底の奴か?」
「そうだったかもー」
「地上の奴か?」
「うん、そうだよー」
「何かそいつの特徴で覚えている事はないか」
「えっとねー、山の神様だよ。あ、そうだわ。またあなたを見るために、私のペットにあなたみたいな陰惨で強力な神様を授けてもらいに行ったんだ」
思い出したようにこいしが喋り出す。
それを聞いた俺は、思わず頭を抱えた。
彼女の台詞は、原作知識のある俺にとっては非常に聞き馴染みのあるものだ。こいしがペットに神様を授けてもらうために会いに行く山の神、この特徴は俺の知る限り一つしかない。
「洩矢諏訪子ーー守矢一家に話したのか」
それなら、まず間違いなくやって来るだろう。
こいしが何と伝えたのか分からないが、面白そうだからとか、危険そうだからとか、どんな理由であっても誰かしらが何かしらの形で関わって来る様子が想像出来る。
守矢一家とは、そういうキャラだからだ。
それならそれで対策を打たなくてはならない。
重要なのは、いつ来るかという事だ。
俺はこいしに再度質問を投げかけた。
「そいつはなんて答えてた?」
こいしは首を傾げ、「うーん」と悩む素振りを見せる。
やはり覚えていないかと諦めかけるが、そこで彼女は口を開いた。
「断られちゃった。でも、今誰かさんが夢中になってる遊びが終われば、私と一緒にここへ来てくれるって言ってたよ」
「遊び?」
「うん、私も参加したけど楽しかったー。注目されるのは恥ずかしいけど気持ちいいね」
「…それ、東方心綺楼のことか」
成る程。
どうやら事態はかなり差し迫っているらしい。
既に希望の面は野良妖怪へと渡し、博麗霊夢が異変解決に乗り出した。
こいしの発言が正しいなら、仮に心綺楼が解決されるまではそちらにかかりきりだとしても、守矢一家がここへ襲来する迄の時間はあと僅か。
つまりほぼ現状で、最低でも神様二人を相手取らなくてはならない。
そしてそのリミットは、遅くとも明後日だ。