えー、現状は非常にまずい。
具体的に言うと、神様二人に対抗出来るような戦力が整っていない。
あれからこいしへ更に質問したが、山の神とは洩矢諏訪子と八坂神奈子で間違い無さそうだ。
その他にこのダンジョンの事を伝えた者は、いるのかいないのかよく分からなかった。とはいえ山の神へ会いに地上に出て、そこで東方心綺楼の話を聞いたという流れらしく、地上で他の誰かにわざわざ話した記憶は無いらしい。ただやはり無意識の行動は曖昧であり、何とか詳しく探りたいところだが何よりまず時間が足りない。
最優先は、ダンジョンの拡充だ。
俺のダンジョンは虫を軸に組み立てなくてはならない為、強力なモンスターによるゴリ押し等は出来ない。
その為本領を発揮するには、完成形をある程度固めた上でこまめに部屋を増やし、そこをモンスターによる巣作りを始めとした環境調整をする必要がある。
山の神様達の対策を組むにあたり、現状の俺の戦力を整理しておこう。
現在、ダンジョンは二層構造となっている。
そのうちの二層目がボス部屋の存在する場所であり、最終的にアリス達が迎え撃つ大部屋が位置する階である。
一層目はその準備段階だ。二層目に到達するまでに可能な限り消耗させるよう、状態異常付与の為の虫やトラップを設置している。
構造は迷路の流用であり、それぞれの道の中間や行き止まりの場所に部屋が存在する。これはDPを消費して設置した構造物であり、マニュアルの説明を信じるなら破壊不能オブジェクトの筈だ。
基本的な環境は高温多湿。これは棲ませている虫がタランチュラ等の熱帯雨林系統のものが多い為であり、加えて侵入者の体力を僅かながら奪うためのものである。湿気というのは臭いの伝達によく働いてくれる為、虫や繁殖した菌の悪臭もやる気を削いでくれるだろう。
上記が現状のダンジョンの構造である。非常にシンプルだが、閉鎖的で空気の澱むこの基本構造は虫の生育に適している為、最終形でもここを崩すことはない。
次にモンスターだが、これは端的に言えば未成熟だ。
以前述べたように、虫の強みは改造と強化のし易さである。特に毒や蜘蛛の糸等はそもそもの遺伝子の構造から変異が生じやすく、その分優れた種を産んでいく事が可能だ。
加えて射命丸やヤマメという優れた母体を通すことで、時間をかける事で消費したDPを大きく上回る強力なモンスターを得る事は容易となる。
だがそれは、未来の話だ。
確かに現状でも充分強力な一芸を持つ種は数多く得ているが、それでも神様を相手にして確実に葬り去れるかと言うとそんな訳はない。
悪くはない。決して悪くはないがーー目玉となる強力無比な個体は、まだ存在しないのだ。
一体を除いて。
「今回はお前頼りになりそうだよ、ヤマメ」
「……」
水槽内のヤマメが、声に反応して胡乱な目でこちらを見た。
その姿は金色の短髪の少女とこれまで通りの黒谷ヤマメのものだが、一つだけ大きく変化した事がある。
それは、既にこいつは『モンスター化』しているという事だ。
その為以前と同じ自意識を持ちつつも俺に反抗出来ず、催眠をしないままでも命令に対して絶対服従となっている。今は感情の表出を許可していない為胡乱な表情で黙っているが、きっと心の中では怨嗟の声をあげているのだろう。
「相変わらず、うちの戦力じゃお前ら原作キャラ組が頭ひとつ抜けてるよ。でもこれじゃ足りないんだよな」
モンスター化した事の利点の一つは、ヤマメのステータスがダンジョン表記で見れるようになった事だ。
そこで分かったのは、ヤマメは既にDPで購入出来る虫モンスターの中では最高ランクのステータスを持っているという事。
伊達に日本書紀から中世まで日本の脅威として語り継がれきただけはある。史実からは『神話種』に分類されていてもいいと思うが、生憎とマニュアルにはそのような形での土蜘蛛というモンスターは存在しない。あくまで東方世界の一キャラクターと考えなくてはならないだろう。
対して、敵となる洩矢諏訪子と八坂神奈子は紛れもなく『神話種』の化け物だ。
これは今の俺で購入出来る虫モンスターの最高ランク程度では、本当の意味での対抗策にはならない。流石に『神話種』の上位レベルではないだろうが、仮に下位レベルと見たところで土蜘蛛では一人に対抗出来るかどうかといった程度だろう。
アリスと射命丸も重要な戦力であるが、虫で最大限に強化したところで神様二人相手だと良くて五分五分と見るべきだ。
という訳で、モンスター化により折角好き勝手弄れるようになったヤマメを強化する事にした。
「お前の強みは疫病による状態異常だな」
近づくだけで熱病にかかるらしく、その病原性の高さが伺える。
だが、使えない。
病気や毒を始めとした状態異常は非常に強力だが、謂わば人間特攻に過ぎない。根本的な肉体の強度が高い妖怪にはこうした搦手は殆ど意味をなさない。ましてや神様となると尚更だ。
そして今回相手にするのは、祟りの化身であるミシャグジ様を従える洩矢諏訪子だ。本職の相手にこうした手段が通じるとは思えず、加えて彼女を打ち倒した八坂神奈子も同様である。
これはヤマメだけに言える話ではなく、俺の戦力である虫全般に通ずる話だ。意外と弱点の多い吸血鬼は兎も角、神様や強力な妖怪相手に毒主体の虫達は意味を成さない。
つまり強化すべきはヤマメ本来の強みである状態異常ではなく、純粋なフィジカルとなる。
「まずは筋力だ」
俺はマニュアルからヤマメのステータスを開き、強化項目から彼女の筋力を伸ばす。これによって彼女の身体能力は底上げされるが、とは言えマニュアルのみから行える強化のレベルに過ぎない。大きく変わるのは、研究室を用いた改造だ。
研究室を用いて行うモンスターの改造は、主に三通り存在する。
一つ目は、様々な触媒を用いて元のモンスターの能力を強化する事だ。これはマニュアルから項目を伸ばすのと大差は無いが、各種燃料を消費する事でほぼ際限無く数値を伸ばせたり、逆に下げたりといった芸等が可能となる。ただあまりコスパは宜しくない為、これを軸にするのは俺向きではないだろう。
二つ目は合成だ。単純に異なる生物と掛け合わせ、新しいモンスターとして誕生させる。これが最も効率よく狙った形の強化を行えるが、当然デメリットは存在する。それは、元に戻せないという点と、『モンスター化した元侵入者』という状態ではなくなる事だ。
このデメリットとしては、ダンジョン産のモンスター同士の敵対が不可能という点から繁殖による金策が出来なくなる事や、単純により良い合成用の個体を得た時に合成のし直しができないという事が大きい。アリスの人形製作では合成を何度も繰り返しておこなっていたが、ヤマメでそれをするのはデメリットの方が大きいだろう。
三つ目は、移植である。これは合成の手前のような方法で、その分デメリットとメリットも中間にある。
移植という字面の通り、他のモンスターの組織を別個体に取り付ける事を指す。しかし当然問題もあり、腕を増やしたり翼を生やしたりといった行為は、筋肉の構造やそれを支配する神経の問題で不可能である。よっぽど構造が近い生物同士なら、元モンスターの支配神経を繋げたまま筋腹を切断して縫合すればどうにかなったが、そこまでするなら完璧には元に戻せないし素直に合成した方が良い。
ただ、その抜け道のような方法も存在した。前世で見た有名B級ホラー映画を参考に試したところ、別モンスターの脳ごと身体に縫い合わせれば問題なくキメラを作る事が出来たのだ。そうすれば「このように動かせ」という指令を行う事で、多少のラグはあるにせよ問題なく移植された部位を動かす事が出来る。アリスの人形の外型再現も、見た目だけ人形にしたモンスターを中身に取り付けることによって、ステータスや機能を犠牲にする事なく行う事が出来るようになった。
それでも元のモンスターとして一個体扱いされるようだし、見た目を度外視すれば非常に有用な方法と言える。今回もこれを用いてヤマメを強化していきたい。
因みにだが、この移植ならモンスター化していない個体でも行う事が出来た。しかしその場合それぞれ別個体として扱われる為、頭部を保ったままの移植はあまり有用ではないだろう。
今回はヤマメに移植する為に、各種合成によって掛け合わせた個体を用意していた。そいつをマニュアルから探し、この場に召喚する。
それは、例えるならサソリやウデムシのような形状をしている。
基礎となるモンスターは『タイラントレッド』という名前の、毒の無い巨大な蜘蛛だ。これはヤマメからの突然変異で産まれた種であり、都合が良かったため採用した。ただ改造して背中側にも小さな脚が8本生えているが、これは筋肉が繋がっていない為動かない。移植した後でヤマメの身体に固定する為だけのものだ。
そしてケツから生えるのはサソリの毒針だ。毒が妖怪には効きづらいとは言っても、流石に無効ではないだろうし刺せば純粋に攻撃になる。蜘蛛の毒腺は頭部でサソリの毒腺は尻尾と分かれているが、合成する際にそれらは繋げてある。そうした経緯から腹部はむしろサソリのそれであるが、唯一肛門だけは人間でいう人工肛門のように経路を変えて腹部の中央に設置している。ヤマメの毒は明確にどう精製するのか分からなかったが、少なくとも消化管経由で溜め込むことは出来たので、彼女の肛門と繋げて毒を送り込む予定だ。
このモンスターはヤマメと背中合わせで設置し、サソリの毒針がヤマメの腹側に伸びるようにする。
各種量産した蜘蛛によって大量の巣が張られている俺のダンジョンにおいて、蜘蛛の足というのは機動力と周囲への探知に大きなプラスとなる筈だ。
ヤマメと繋げる前提の為、蜘蛛の触肢や性腺等要らないものは多々あるが、それを弄るほどの時間は無い。一先ずこれを移植して、単純な強化をするので精一杯だろう。
「じゃあやるか」
まず行うのは麻酔と意思表示の解禁だ。
きちんと動かせるかの確認、また想定していない部位への刺激を見る為に必要となる。
マニュアルを操作した瞬間、無表情だったヤマメが急に焦り緊迫したものへと変わる。
「…ま、待ってよ、今度は何するつもり!?」
「今触ってるけどわかるか?足元が冷たくなったり、息が苦しいとかは?」
「っえ、え?いや、無いけど、なにを」
次に行うのが、各個体の接合部の切開だ。
やはり『移植』というだけあって、一個体として扱う為にはきちんと手順を踏まなくてはならない。
具体的に言えば、本体側の血液なりなんなりを移植側へ流してやる必要がある。「それが無ければ生きていけない」状態になると、別の生物ではなく移植用の物体、謂わば「肉片」扱いされる訳だ。
虫はヘモグロビンを使っていなくて人由来での酸素供給は無理だろとか、免疫抑制しておかないとGVHDなりの拒絶反応が死ぬ程起きるだろみたいな、そういう現実的な話は全て無視だ。ダンジョンの研究室で行う『移植』という機能であり、そこで「一個体」と扱われた時点で何故かそうした問題は消滅する。訳が分からないが、そもそもDPを消費してモンスターを買えば残りの食糧や病気といった原因での体調不良が防げる時点で、そういうものとして処理するしかない。
そもそも判定としては、血液を直接蜘蛛に流し込む訳ではなく、人間の母体と胎児の関係のように接合部にそれぞれが混ざり合う場所を作るだけで良いようだ。つまり皮膚を簡単に切り開き、そこに同じく穴を開けた蜘蛛の背中をくっつけてやるだけでいい。
「ひっ!?重い、なに!?何かいる!?」
蜘蛛もどきを前傾姿勢のヤマメの背中に乗っけた。急に後ろからそれなりの重量の物を乗っけられた為驚いているが、『移植』すれば意のままに動く手足となる為説明の必要はない。
ただこのまま『移植』を行なったところで、接合部が脆過ぎて直ぐ千切れるだろう。その為に固定用の足を作ったのだ。
俺はフラフラと垂れ下がる小さな蜘蛛の足を掴むと、それぞれをヤマメの腹側へ回した。
「え?これ…蜘蛛の足?また産卵させるのか!?嫌だ、嫌だよ!?」
一組は彼女の首の横へ、残りは脇から肋骨に沿うように回していく。
それぞれには数cm程度の棘が幾つか付いており、それを順に押し込んでヤマメの身体に突き刺した。
「っ!?え、何して…」
「上半身動かしてみろ。あと空飛んでくれ、バランス崩して上手く動けないとかあるか?」
「……いや、特には…」
「いいぞ、降りてこい。呼吸はしづらくないか」
「う、うん」
内部の臓器以外は痛覚が遮断されているため、深く突き刺したところで違和感しか覚えない。だが肋骨の間や鎖骨の上を刺すため、深く刺せば肺に穴があいて気胸となる可能性はある。少しずつ空気が漏れる場合は自覚が無かったりするが、そのレベルならどうせ『移植』完了時に塞がる筈だ。首周りも血管や神経があり危険だが、腕は動かせているし見た限りでは問題はなさそうだ。
俺は水槽から出ると、マニュアルを操作しながらヤマメに話しかけた。
「よし、じゃあその水槽の中でじっとしてろ」
「や、だから待ってよ、説明しーー」
ヤマメが話している途中で、上部から水槽の蓋が閉まる。
丸い巨大な円柱のような水槽の中では、身体を動かさずにヤマメが口をパクパクとしているのが見える。元気そうだ。
俺が操作をすると、水槽の中に透明な青い液体が流れ込んだ。
途端にヤマメは更に焦り出し、必死に俺へ訴えかけるように口を動かしている。だがその水で窒息する事はないため、全く問題はない。むしろそれを通じて組織の補強を行う為、ヤマメのように大掛かりな移植をするならしっかり全身を浸けてもらわないと困る。
再度マニュアルを操作し、ヤマメの嚥下機能を停止した。これによって喉頭蓋で蓋が出来なくなり、肺まで水で浸らされることとなる。
口をあんぐりと開けっぱなしになりながら、ヤマメは目を限界まで見開いて眼球を左右に動かしている。その最中に水は遂に彼女の顔へ達し、そして全身を包み込んだ。
どんどん身体の中に注ぎ込んでいくのを感じたのか、ヤマメは一瞬苦しそうに目を瞑り、そして困惑したように目を開く。息が苦しくならない事に気が付いたのだろう。
「後は様子を見れば終わりか」
彼女にとってはかなり大きな肉体の変化の為、慣れて水槽から出るまでに数時間はかかるだろう。その間、研究室で最も大きいこの水槽は使えない為、他の強化をチマチマやっていくしかない。
本格的な『移植』が始まったのか、ヤマメは背中と肋骨周囲から襲い掛かる不快感に首を振って抵抗し始めた。
俺も自分で経験したから分かるが、全くの異なる肉体が自分のものになるのは非常に心地が悪い。とはいえ彼女は俺が麻酔をしたため痛みはない筈だ。ただただ気持ちが悪いのを耐えれば済むし、頑張って欲しい。
さて、次はどいつを強化しようか。
来たる戦いに備え、俺は次の作業に取り掛かる事にした。