※この作品はR-18です。

東方蟲蔵録   作:玉蹴り男

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第四十話

ここはなかなか過酷な環境であった。

私にとってというより、自然ではないという意味で。

 

「うわ、またあのデカいバッタだ」

 

ボヤきながら、横から飛び出してきたバッタに向けて弾幕を放つ。

腹のデカいバッタはそれを受けて粉砕し、黒くて臭い体液を辺りへ撒き散らす。

最初にアレが出てきた時にかなり体液を浴びてしまった為、次からは気がつき次第遠くから倒すようにしているがーーそれでも飛沫が服の裾にかかってしまった。それを手でパンパンと叩きつつ、近くの神奈子へ向けて言う。

 

「ここ、虫ばっかりだねぇ……」

「そうだな。まるで虫籠の中だ」

 

神奈子の表現を聞いて、私は思わず少し感心させられた。

言い得て妙だ。この変な空間の説明として、虫籠というのは確かに適当に思える。

 

魔理沙の家の中の扉を抜けて入ったこの空間は、兎にも角にも虫が多かった。

まず進み始めて直ぐに、かなり大きめの蜘蛛が出現した。それは見たことのない種類で、黒い胴体に真っ赤な太い脚を持つ蜘蛛であった。脚を含めずとも大きさは優に私の身長を超えており、そいつが左右の植物の壁の間に張ってあった巣の大きさは推して知るべしだ。

ただそいつの生態を知る前に、出会い頭にレミリアの投げた真っ赤な槍に貫かれて蜘蛛は絶命した。そして割れた腹部から噴出する黒い体液を被りそうになり、メイドが時を止めてレミリアを退避させていた。

非常に臭く、見た目の気持ち悪さも相まって、そこで私は早苗を連れて来なくて良かったと強く確信していた。

 

ただ、そんなのは序の口で。行く先々に虫は現れた。

地面の中から、左右の植物の壁の中から、そしてあちらこちらに張り巡らされた蜘蛛の巣の上から。前の蜘蛛まではいかずとも、本来のそれよりかなり大きな虫が腐るほど沸き出てきた。

そしてそれらを潰せば決まって悪臭を放つ黒い体液を撒き散らすのだから、堪ったものではない。途中で現れた腹のデカいバッタがとんでもない量の体液を撒き散らしたお陰で、私と神奈子もかなりそれを被ってしまっていた。

そこでレミリアの従者の十六夜咲夜が少し体液を身体に付けて体調を悪くしていた為、おそらくそれ自体も毒の一種なのだろう。魔女のパチュリーが状態異常対策の魔法を我々に掛けるとメイドの体調も回復していた為、実際のところそこまで毒性は強くないのだろうが、それはそれとして注意は必要だ。祟り神の私に毒なんて効かないと思うが、人間である彼女は普通に死ぬだろう。

 

「おっと」

 

横で神奈子が呟いた瞬間、彼女の付近が爆発した。

爆風で私の被るケロちゃん帽子が飛びそうになり、片手で押さえながらそちらを向く。爆炎と煙が渦巻く中、青いセミロングの髪を少し乱した神奈子が頭をかきながら現れた。

 

「またやってしまった。見え辛くてしょうがないなこれは」

「もー、神奈子はそろそろ老眼鏡買わなきゃ」

「ぬかせ」

 

軽口を叩きながら、私はひょいと頭を下げてその場を通過する。

頭上を通り過ぎたのは、一本の蜘蛛の糸だ。

それは大量に張り巡らされた蜘蛛の巣の中心を通らず、側面辺りを沿うようにしながら左右の壁へと繋がっている。壁は蜘蛛の糸や這い回る大量の大きな蛆虫のようなもので覆われているが、その中には先程のような爆弾が設置されているのだろう。

蜘蛛の巣の骨子となる縦糸を用い、私達のような侵入者が不用意に通過してそれを千切ることで、その衝撃が伝わり爆発するという仕掛けだ。まあ、ご覧の通り私達には殆ど影響は無いけど。

 

ただそれは頑丈な私達の話で、毒と同じく人間である咲夜は異なる。

罠が起動しても時を止めて難なく回避していたが、罠の種類も量も豊富であり、いつかどれかを食らう可能性は否定出来ない。そうなると、人間の彼女は無視出来ないダメージを負うことになるだろう。

そうした懸念もあり、身軽に動く為紅魔館勢と私達は別に行動する事となった。

元々この場所は迷路のようになっていて、幾度か行き止まりの部屋に突き当たってしまったからというのもある。というか、それに痺れを切らして人海戦術で挑む事にした、というのがレミリアの思考に近い気もする。

 

「天気を操って全部吹き飛ばせたら早かったんだけどね」

「それを言ったら、私もこの壁とか地面を全部掘り返せたら済んだ話だよ」

 

神奈子の愚痴に、私もげんなりとしながら愚痴を言い返す。

そう、この空間の異常は他にもあった。

私と神奈子の能力が、この場所では通じないのだ。

勿論土なりマグマなりを生み出す事は出来るが、こうして視界に映る地面を操作する事は出来ない。神奈子も天候の操作は出来ず、その場で突風を起こすといった小ぢんまりとした範囲の能力行使しか出来ないようだった。

これではまるで、ここが全く別の信仰体系にある世界のようだ。既に絶対の神様が存在して、この世界を一から生み出したかのような。

益体のない事を考える私の横で、気を取り直すように神奈子が口を開いた。

 

「まあ出来ない事を言っても栓の無い事か。とにかくこの虫をどうにかしないとな」

「かなりくさーくなってきたしね」

 

比喩ではなく、単純に臭くなっている。

私は周囲を見回し、その地獄のような様相に再び気持ちが悪くなった。

地面には大量の虫が蠢き、その上に私達が弾幕で焼き払った死体が落ちていく。そして左右の壁の間に張り巡らされた蜘蛛の巣には、吹き飛ばした虫の死体が引っかかってぶら下がっていた。

その殆どが黒い体液を体内から放出し、直接私の肌に触れずとも悪臭が鼻に届いてくる。

結果として、空にはお日様が燦々と輝いているにも関わらず、私達の周囲は鬱蒼と黒い景色となっていた。

今まで通ってきた場所はずっとこの絵図であり、かなり鼻が麻痺している筈だが、それでも段々感じる臭いは強くなってきていた。

 

「うーん」

 

今はどのへんなのだろうか。

それなりにトライアンドエラーを繰り返しているから、迷路のような構造だとしてもゴールには近付けている筈だ。

私は周囲へと弾幕を撒き散らしながら、幾度目かになる分かれ道を目にして溜め息を吐くーーその時だ。

 

「ちょっ、諏訪子!?」

「わあ!?え、なに、どしたの?」

 

急に神奈子が慌てたように私へと声を掛けてきた。

突然横で大声を出されるものだから、私も驚いて声を上げてしまう。そして恥ずかしさから少し抗議の意を込めて神奈子を見ると、何やら目を丸くして私の下半身を指差している。

何事だ、と私も自分の身体を見下ろした。

 

「ーーっへぇ!?」

 

スカートの下から伸びる太腿に、真っ黒な触手のようなものが巻き付いていた。

思わず奇声を上げながらスカートを捲ると、そこにはやはりウネウネとした触手の塊が内股に抱き付いているのが見える。そして何故かそれは、その触手の先端を、私のお尻の穴に差し込んでいた。

それを認識した途端、何故気付かなかったのか分からない不快感が股から襲ってくる。普段はものを出す場所に細い触手が入り込み、そして太腿に何かが絡み付いている感触。麻痺しているのか感触は無いが、それを越える違和感がゾワゾワと腰から立ち昇りーー。

 

「ぎゃああ!!?」

 

触手をワシと引っ掴み、全力で引っぺがして投げ飛ばした。

その際に肛門に差し込まれていた触手がズルズルと30cm程引き抜かれたが、それに驚愕するより先に弾幕で跡形も無く消し飛ばす。

全て焼き尽くして荒い息を吐きながら、私はソロソロと自分の股を確認した。

 

「だ、大丈夫…?」

「ううう……」

 

ペタペタと触っても、触った感触が弱い。どうやら皮膚の感覚は麻痺しているようだ。その割に動かすのは問題無いが、だからこそ神奈子に指摘されるまで気が付けなかったのだろう。

気になるのはかなり深くまで触手を入れられていたお尻の穴だがーー恐る恐る触ってみても、特に何か変わった感じはしない。いや元々触ったことも殆どないが、それを踏まえてもだ。

というよりもだ。

 

「どこから来たのあいつ…」

「下から飛んで来たんじゃない?」

「いや、流石に気付くよ…」

 

何故、神奈子に指摘されるまで気が付けなかったのだろう。

触られている事が分からなかったのは、蚊に刺されても分からないような感じだとおもえば理解出来る。だが脚に組み付かれる迄の接近は、虫相手という事で特に周囲を警戒していた為有り得ない。いや、現に起こっているから有り得ているのだが。

 

「ん?」

 

私がいつの間にかずらされていた下着を直していると、神奈子が何かに気が付いたような声を出した。

また何かあったのかと身構えながらそちらを見ると、神奈子は何やら通路の奥を見ている。私もそちらへ近寄り、見ている方向を確認した。

 

「お」

「あれは、扉かな」

 

神奈子が口にした通り、通路の先に見えるそれは扉に見えた。

それはここまで目にしてきた原始的な植物による構造物ではなく、明らかに金属か何かで出来た人工の扉であった。

ずっと植物の壁による迷路を進んでいた為に、その扉は何だか異質なもののように感じる。そもそも魔理沙の家の扉からこの空間へ入って以来、こうした人工物は目にしていない。

となるとこれは、つまりある種「特別」なものなのだろう。

 

「どうする?神奈子」

「そうだね……」

 

神奈子は少し考え込むように口元に手を当てる。

おそらく考えていることは私と一緒のはずだ。このまま扉へ入ってしまうか、まだ何処かを彷徨っているかもしれないレミリア達を探すか。

 

実はここまで来る間に、一度だけレミリア達と遭遇した事があった。

虫を蹴散らしながら歩いている時に別の道との合流部でばったり出くわしたのだが、そこで知ったのは、この空間では少し離れると音が殆ど聞こえなくなるという事。

つまりここで大声をあげてレミリア達に扉の事を知らせようにも、おそらくその声は届かないという訳だ。

 

「あいつらなら、扉を見れば一も二もなく飛び込みそうだよね」

「そうだな。なら何があるにせよ、我々もさっさと入った方がいいか」

 

この扉に既にレミリア達が入っている可能性もあり、加えてこの扉はこの空間から先へ進む唯一の扉でない可能性もある。

それならレミリア達を待つよりも、我々だけでさっさと行くべきだろう。

同様の結論に至った神奈子と私は、扉へ向けて近付いていった。

 

「ん」

 

扉にあと数メートルというタイミングで、突如左右の壁から真っ黒な何かが高速で迫ってきた。

それを神奈子が風圧によって吹き飛ばす事で、その物体が真っ黒な巨大な杭である事が判明する。

扉に無防備に近づいたものへ反応する即死トラップ、といったところだろうか。

 

「これは、当たりってことかな?」

「ああ、今までとは殺意が違うな。塗られている黒いペンキみたいなのも結構キツめの毒だね」

 

となると、この扉は私たちが探していたーー恋焦がれるような陰鬱な黒幕とやらへ通ずる道である可能性は高い。

ここまでの空間も、雑魚虫ばかりであったが外界とは一線を画する別次元の生態系を構成するものであった。その黒幕とやらがそれを作り上げたとすれば、確かに事前情報通りの陰惨な奴に違いない。

これなら首を取れば充分な宣伝効果となるだろう。

 

「じゃ、開けるよ」

 

神奈子へ告げ、私は扉を開け放った。

現れたのは、闇だ。

魔理沙の家の扉であったのと同じような、向こう側が全く見通せない黒である。つまり、同様に通れば新しい別の空間でも広がっているのだろう。

私は少し期待に胸を弾ませつつ、その漆黒へと足を踏み入れた。

 

その瞬間、右側面から凄まじい熱が襲い掛かってきた。

 

「ーーおっと!?」

 

咄嗟に右腕で顔を庇うも、全身が高熱の何かに炙られる。それはおそらく巨大なビームのようなもので、空中で踏ん張るが左側へと数メートルほど吹き飛ばされてしまった。

そして熱が去った瞬間、前方と下方から何かが接近するのを察知した。下方へ白蛇を召喚し、前方は両手でそれらを受け止める。

 

「おや、これはこれは」

 

両手で掴んだそれを呪いによりドロドロに溶かしたところで、私は先程までの猛攻が何だったのか理解した。

単純に状況を説明するなら、私は包囲されていた。

 

右側には箒に跨った魔理沙。おそらく先程私を焼いたのは魔理沙の魔法だったのだろう。

前方にいるのは金髪の魔法使い、名はアリスといったか。彼女の周囲には多種多様な人形が浮かんでおり、私が両手で掴んでいる溶けた物体もその内の一体のようだった。

下方から襲い掛かってきたのは、金髪のーー巨大な蜘蛛のような胴体を持つ妖怪だった。珍しく妖怪然とした異形だ。白蛇で受け止められたとはいえその細長い胴体は裂けており、蜘蛛女の攻撃の威力が馬鹿にならないものであった事が伺える。

 

「ふーん、厄介だね、これは…」

「ほお、見たことある顔があるな。魔理沙にアリス、天狗……ふむ、どうなってるんだこれは」

「先に異変解決に来たって感じではなさそうだよ」

 

遅れてやって来た神奈子が周囲を見回し、困惑したように口を開く。

私がそれに返していると、神奈子の後ろで扉が閉まるのが見えた。前の魔理沙の家の扉と同じなら、きっと開くことは出来なくなっているのだろう。

私は再び正面へと視線を戻し、周囲を一瞥した。

 

かなり広い空間だ。通路などはなく、地面から太い木が多数生えている。その間には白い糸が無数に伸びており、蜘蛛の巣が形成されている。そしてその糸の上や木の表面には、蜘蛛をはじめとした多数の虫のモンスターが這っているのが確認出来た。

だが何より注目すべきは、私たちを囲むように浮かぶ少女達だ。

知った顔だけでも、魔理沙にアリス、天狗の中で実力も五月蝿さも印象に残っていた射命丸がいる。そして実力という意味なら、蜘蛛の巣の上で巨大な蜘蛛の胴体にぶらさがっているような金髪の少女も警戒すべきだ。また、他にも妖怪やら妖精やらが大きな木の隙間に居るのが見える。

今までの迷路のような空間とは違い、ここは言うなればーー戦闘の為の空間だ。

明らかに私達を排除する為の総力戦を仕掛けてきている。

 

私が何匹かの白蛇を喚び出すと同時に、神奈子も御柱を周囲へ出現させる。

そして軽口を言うように神奈子へ声をかけた。

 

「早苗への土産話になりそうだね」

「ああ、さっさと片付けて黒幕の顔を拝んでやろう」

 

だがまあ、大丈夫だ。

この程度の相手なら、神である私達の相手ではない。

不遜に、傲慢に、余裕を見せつけながら私達は構える。

本格的な黒幕退治の開始だ。

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