声が聞こえる。
「ーー子!意ーーをーー!」
だがそんな事は関係ない。
今の私に必要なのは、一つの声だけだ。
『諏訪子、パチュリーを殺せ』
聞こえた。
男の声。私が従うべき声だ。
私は先程まで殺し合っていた神奈子から離れ、パチュリーを探す。
すぐに見つかった。
どうやら魔理沙やアリス、そしてレミリアと戦っているらしく、見たところかなりパチュリーは劣勢に見える。
ここで私が駄目押しにいけば良いのだろうか。
私がパチュリーのもとへ向かうのと入れ替わるように、魔理沙が神奈子へと向かっていく。
それを見る限り、やはり一時的に神奈子を抑える隙にパチュリーを殺し切ってしまおうという意図なのだろう。
私はより急いで向かおうとしーーふと疑問を覚える。
私はここまで自分で考えて行動を決めていいのだろうか。
指示は『パチュリーを殺せ』というだけであり、それ以外に何か私が自分で考えて行動するのは良くないのではないか。
「ッ!あなたは来て欲しくなかったわ…!」
考え事をしていると、パチュリーが私に向けて何か喋っているのが聞こえた。
だがこれを聞いて反応しろとは言われていないし、耳に入れる必要も記憶する必要も無いだろう。
私はそれに構わず、彼女へ再び呪いをぶつける事にした。
「ーー!」
パチュリーは苦しそうにしている。
いくら卓越した魔法使いだからといって、物理的にはアリスの人形とレミリアの攻撃、そして精神からは私の祟り神としての侵食を受ければ防御は追いつかないだろう。
私は再びパチュリーを殺す為に呪いを込め、そして空いた手で巨大な岩を生成して投げ飛ばした。
ーー。
ーーー?
ーー祟り神?
私は、祟り神なのか。
自分の思考の中に出現した単語に違和感を覚え、思わず動きを止めてしまう。
今私は、自身の祟り神としての権能をパチュリーに向けている。彼女は人間でもなければ私を信仰する者でもないが、被信仰者として産まれた神による呪いは充分致命的なものだ。
あれ?私は神なのか。
確かに何度も頭の中でそう言っているし、事実これだけ強力な祟りを行えるものが人間の筈がない。謂わば神業だ。
「………」
そうか、私は神だ。
なら、こんな事をしている場合ではないな。
私は一足跳びでパチュリーへと肉薄すると、彼女の張っていた防御用の結界を力づくで破壊した。
そして焦った表情の彼女へ向けて手を伸ばし、その次の瞬間、私の真横にメイドが出現する。
その背中にはやはり男が生えており、それは手にスプレーのような物を握っていた。それをパチュリーの顔へと向け、私へとやっていたように何かを吹き掛けようとする。
そこで、私は伸ばしていた手を黒幕の胸に突き刺した。
「ご、ブッ」
潰れた蛙のような声が黒幕から漏れた。
そいつは私へ眼球だけ向け、口を僅かに震わせる。
それが声を発する前に、握りしめていた心臓を抜き出した。
その衝撃によって破れた組織や肋骨が孔から見える。そして黒とは違う、血の赤が噴き出した。
ーーズルリ、と。
黒幕の身体の力が抜け、その真っ黒な胴体が重力に従って落ちていく。
メイドの背中に埋まって見えなかった下半身も抜け落ち、真っ黒な全身が音も立てずに地面へと落下していった。私も手に持っていた心臓を握り潰し、墜落した黒幕の死体へと放り捨てる。
何故かその心臓と黒幕の空いた胸の穴は異様な存在感を誇り、そこだけが視界に出現したような錯覚さえ覚えた。
そこで、霧に包まれたようだった私の頭が晴れわたった。
「ーーはっ!?」
ずっと止めていた呼吸を再開したように、私は改めて「自分の意思で」呼吸をした気持ちとなる。
そしてここに至り、私は先程までの自身に起こっていた異常を再認識した。
今は既に支配から逃れたが、先程まで起きていたのは「催眠」だ。
自分の行動原理や存在意義まで、全てあの黒幕の指示通りに規定し直されていた。
今は地面に無様に死体となって転がっているが、魔理沙達が普段通りの様子のまま私たちの敵となっていたのはその為だったのだろう。
「な、えーー」
「何が……ーーお嬢様、ご無事ですか!?」
「??何だったんだ今の……楽しかったけど」
近くにいたレミリアとメイドが自我を取り戻したのか、困惑した様子で声を掛け合っている。
神奈子の方はというと、射命丸との戦闘をやめて会話しているのが見えた。蜘蛛女は無表情で蜘蛛の巣に掴まったままで特に変化はないが、逆に言えば戦闘行為もしていない。
どうやら、私だけでなく他の者たちも洗脳が解けたようだ。
「う、おぇえ"え"」
「う"、ふぅ」
一番大きな変化は、魔理沙とアリスだ。
二人とも先程まで元気に戦っていたのに、私が黒幕を殺した瞬間顔色を急激に悪くしていた。
魔理沙に至っては、自分の身体を抱き締めてゲーゲーと吐き出す始末である。ただアリスもアリスで気持ち悪そうに口元を手で押さえており、二人して気分が悪そうにしてーー胃の中に何か嫌なものでもあるかのような様子だ。
「おい、諏訪子。どうやってさっきのを解いたんだ?」
周囲の者達の様子を眺めていると、横からレミリアに声を掛けられた。
そちらへ振り向くと、地面に倒れている黒幕の死体を見下ろすレミリアと、その横で背中を何とか確認しようと奮闘するメイドの姿があった。
「ああ、私は神様だからね。存在としての格が違うんだから、あの程度の精神汚染なんて効かないよ」
「むっ。なんだ、それはしっかりと洗脳されていた私に喧嘩でも売ってるのか?」
「そういうことじゃないんだけど……まあ、買ってやってもいいよ?」
「いや、今回は引いてやろう。助かったからな」
珍しく殊勝にレミリアは感謝の言葉を述べる。
少しだけ意外に思ったが、それだけ彼女が私に感謝をしているということだろう。
実際問題、精神汚染を得意とする私ですら夢うつつで抵抗できたような、極めて強力な洗脳だ。お世辞にもレミリア等が抵抗出来るとは思えないし、実際私が黒幕を殺せなければ解決は出来なかったと思われる。
だが、現にこうして私は黒幕を打倒した。
「ふふん、とにかくこれで一件落着かな」
改めて自身の勝利を再認識し、私は胸を反らして手柄を誇ることにした。
レミリアも私のその様子を見て満足気に頷いているし、ここは調子に乗っても許されるだろう。まあ、何についても許すか許さないかはそもそも神が決めることだけど。
「神奈子ー、そっちは大丈夫ー?」
私はふよふよと神奈子の方へと飛びながら、彼女へ向けて声をかける。
神奈子は体調が悪そうにしている射命丸と話をしていたが、私の声にそれを中断してこちらを見た。
その様子に怪我などによる変化は無さそうで、そこまで心配はしていなかったにせよ少しだけ安堵する。それは向こうも同様のようで、しっかりと確認出来る距離となった事で神奈子も表情を和らげていた。
「諏訪子、よくやった。今天狗の話を聞いていたんだが、凄まじいぞ。こいつによるとだなーー」
神奈子は上機嫌で射命丸を指差し、私に向けて話しかけてくる。
どうやら催眠の解けた射命丸が、ここの空間や黒幕について神奈子へ話していたようだ。私はそこまで強く興味がある訳ではなかったが、折角なので耳を傾ける。
そして神奈子が私に説明をしようと口を開きーー叫んだ。
「諏訪子、後ろだッ!」
「ーー!?」
咄嗟にその場を飛びすさり、身構えながら背後へ振り向いた。
そして私は、今度こそ反射的に喉が干上がるのを感じる。それは黒幕を見た時とは比べ物にならないーー命の危機を感じた生物的な反応だった。
そこにあったのは、巨大な穴だ。
例えるなら、魔理沙の家にあった扉の中の完全な暗闇。この空間へ来るために通ったあの「黒」だ。
それが私の身長の2倍程度の直径で、先程まで私が立っていた場所に出現していた。
「なに、これ」
その疑問は、何か答えを求めて発したものではなかった。
只々目の前の巨大な「穴」を見て、生物的な危機感から溢してしまった独り言だ。
だが、それに対して答えるものがいた。
「侵略、です」
それは、純白の翼を持っていた。
鈴を震わせたような声を響かせながら、真っ白な身体を「穴」から出現させた。
形は人間のそれだ。
大きさも普通で、彫刻のように整った造形の女。全体的に色素が薄く、長い白髪を持っている。
だがそのような説明を幾ら重ねるよりも、その存在を的確に言い表せる表現が存在した。
「……天使…?」
ポツリと呟いた私へ、その天使のような女は視線だけを向けた。
そして周囲を見回し、その女は誰へ語りかけるでもなく口を開く。
「ゲートはマスターの存在する部屋へと連結させた筈ですが、まさか自身が戦闘用の部屋へ出ていたのですか…?なんと意味の無い事を……」
そいつが何を言っているのかは分からないが、一つだけ言える事がある。
この女は、凄まじく強い。私でも、本気で戦わないと命の危機となる程だ。
そしてそいつは間違いなく、先程心臓を握り潰した黒幕と同様にーーどうしようもなく邪悪な存在である。
「扉はどこです?…いえ、それよりまず邪魔者の排除ですね。まったく、どうせこんなことだとは思いましたが…」
天使の後ろから、似たような白い翼を持った兵士がぞろぞろと湧き出てきた。
そしてそれらは女の指示により、周囲にいる私達へ武器を向ける。
そこで私達も、目の前の天使が自分の敵であることを認識した。
「お前たち、皆殺しにしなさい」
そして、唐突に私達の戦闘が始まった。