弾幕が襲い掛かる。
近くに逃げ込める泥は無く、俺は慌ててその場から飛んで逃げた。
それによって魔理沙の弾幕を紙一重で避ける事には成功するものの、樹の枝から飛び出した事で俺の身体が宙へと投げ出される。
一瞬の浮遊感。
そして俺の身体が重力に従って下へと落ち始めた。
「ッ、来い!」
下側にいた虫へ指示し、身体から泥を噴き出させる。
そして俺の落下位置へと移動させ、すんでのところで虫の背中の泥の中へと退避することに成功した。
俺の視界が見慣れた星空へと切り替わり、今度こそ狙った場所の光源へと近付く。
そしてそこへ入って魔理沙を迎撃しようとして、手を止めた。
気になったのは、何故魔理沙が俺に攻撃出来ているのかという点だ。
そりゃあ彼女は今催眠状態にない為、俺の事は不倶戴天の敵と認識している事だろう。だがそれはそれとして、体内を蹂躙するワームの快感で身体の自由が奪われている筈だ。
その仕組みを知らない事には、今外へ出ても魔理沙を鎮圧出来ない。
だが、そこについては何となく予想はつく。
一瞬姿が見えた魔理沙の姿は血に塗れていた。それも腹部を中心に赤く染まっていた為、大方洗脳用のピアスでも無理矢理引き千切ったのだろう。
それによる痛みと、俺への憎しみだろうか。
押し寄せる快楽の波を上回る感覚と感情で誤魔化しているのだ。
そうなると厄介だ。
現状持つ手札は泥による時空間追跡と体内への虫の送り込みのみ。
魔理沙の背中へ移動しても、恐らく先程のように探知されてバックハンドで反撃されてしまうだろう。そして快楽による隙があまり見込めないなら、彼女の鎮圧に使える殆ど手札が封じられてしまった事になる。
だが、ここで悩んでいる時間が惜しい。
泥から抜け出した。
「もう、不意打ちは、いいのか?」
その辺の木の枝に現れた俺を見て、魔理沙が声を掛けてくる。
息が切れており、話す言葉も途絶え途絶えだ。見たところ腹部以外からも血を流しているし、快楽を強引に抑え込んでいるという予想は合っていそうだ。
「いや、不意打ちはするよ」
俺は適当に答えつつ、後ろ手で保有モンスターへ指示を与える。そして頭の中で現状の魔理沙への新たな疑問について考えた。
何故彼女はそれなりに離れた場所にいる俺を視認できているのだろうか。
ここは光の通らない暗闇で、かつ存在感を消すこいしの肌製の服を着ているというのに。
いや、そんな詮の無い事を考えても仕方がない。兎に角魔理沙は暗視が出来る。
そう考えて対処しよう。
可及的速やかに、周囲にバレないよう一撃でだ。
「なあ、お前、なんなんだ?」
ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、魔理沙は俺へと弾幕を放ってくる。
予め近くに移動させたヤマメにそれらを防がせつつ、俺は魔理沙へ返答する。
「俺はダンジョンマスターだよ。他に何か質問は?」
「ねぇよ。お前には、地獄が何かってやつを、閻魔より分かりやすく、教えてもらったからな」
ヤマメに魔理沙への鎮圧を行わせてもいいが、それだと直ぐには決め切れないだろう。
魔理沙は幻想郷でも屈指の移動速度と逃げ足を誇るキャラであり、いくら地の利があってもそれなりの時間は逃げられてしまう。
そこで諏訪子達に助けでも求められてしまえば、こうしてコソコソと鎮圧活動をしていた意味が無くなる。咲夜の時点で異変が起こっている事自体には気付かれているのだから、それ以上の情報は与えたくはない。
つまり今必要なのは、魔理沙を速やかに意識外から鎮圧する事。
その為の最適な駒が、魔理沙の背後へと忍び寄っていた。
「無駄だぞ、私にはお前らが見えてる」
「おお」
魔理沙がノールックで背後へと弾幕を放った。
反撃される事を想定していなかったそいつーー古明地こいしが、弾幕を撃ちつけられて吹き飛ばされる。
ここで俺は、魔理沙が俺の事を視認できている理由に気が付いた。
恐らく彼女は、半ば「眷属化」しているのだ。
眷属化の条件は泥による侵食を一定時間受ける事。当然侵食されなくてはならない為、ある程度低ランクのモンスターにしか行うことは出来ない。
しかしその点、魔理沙は基本的にただの人間だ。妖怪達なら兎も角、体内へ泥を長期間浸らされていれば侵食も起こっていてもおかしくない。俺が気が付けていなかった為完了はしていないようだが、その中間地点でも泥を目印に俺達の位置を把握ーー追跡出来ているのだ。
「今までの、怨み、返させてもらうぞッ!」
成る程、分かってしまえばしょうもないギミックだ。
俺は自分の姿を彼女の前へと晒す事にした。
大量に放たれる弾幕を凌ぐヤマメの後ろから、ある程度被弾する事覚悟で身体を出す。
「後ろに気をつけた方がいいよ」
「ハッ、騙されるかよ!」
弾幕に被弾して左肩あたりを焼かれた俺へ、魔理沙は凄惨な笑顔で答えてくる。
そして俺の言葉を否定しつつーー後ろへ勢いよく振り向いた。
「ーーは?」
魔理沙が自身の行動を理解出来ず動きを止めた。
その隙に、俺は魔理沙の正面側の泥へと移動する。彼女の腹部から上半身を生やし、例の如く催眠スプレーを取り出した。
既に催眠用のピアスは引きちぎられているし、それに触れただけでの催眠の掛け直しは出来ない。そして咲夜同様に顔の周囲へ風の結界が張られており、直接スプレーを吹きかけるのは厳しそうだ。
「なっ……何が…!?」
魔理沙は困惑した声を上げながら、自身の腹部に出現した俺へと弾幕を放とうとしたーーのだろう。だが彼女は見当違いの方向へと弾幕を放ち、あまつさえ俺の方へと向き直れてすらいない。
後ろへと振り向いたまま、わたわたと手足を動かしているだけだ。
そしてそれを引き起こしている元凶が、魔理沙の両手を拘束した。
「そういえば、最初はお前だったな、魔理沙」
マニュアルを操作し、魔理沙の胃の中にいた蟲達を上行させる。
そして目の前で魔理沙の両腕を拘束する存在へと指示し、彼女の手から八卦炉を奪った。
それに従うのは、黒髪に白と赤のメッシュが入った少女ーーモンスター化した鬼人正邪だ。
彼女はずっと隠れ潜んでいた為泥を被っておらず、魔理沙の泥への探知の対象外だ。そして彼女の能力により、魔理沙の五感は逆転させられている。
今俺が居るのは前なのか後ろなのか、そして視界の上下左右が逆転しているのか身体の位置覚が反転しているのか、全てが分からず混乱の極地に至っている筈だ。
慣れればどうにでもなるが、仕組みを理解する迄は魔理沙は自身の身体を満足に動かすことすらできない。
「お前には助けられたよ」
「ぅぶッ!?む"ん"ンン!??」
喉から口内へと蟲と泥がせり上がり、魔理沙の余裕を更に奪う。
だが彼女も俺のやり口をよく理解しているようで、直ぐに堪えるのをやめて吐き出し始めた。ドロドロとワームと泥が彼女の口から溢れ、魔理沙は何処へ向けているか分からない憤怒の表情で叫ぶ。
「ゴボッ、ぶ、テメェ、ふざゲェっあ"ヂュう"ぇ!!?」
「ただ、俺の安心までまだ時間がかかりそうだからさ」
喋りながら、咲夜と同じ方式で魔理沙の口の中へ指先だけ泥越しに入れる。
そして彼女の喉の奥を開き、強引に気道を確保する。当然意識下にある魔理沙にとっては相当の苦痛であり、涙を目から浮かべーーそれでも何度か俺の指に噛みつこうと歯をガチガチ鳴らしている。
凄まじい執念だ。流石は主人公といったところか、蟲による快楽とそれを抑え込む為の痛み、そして溺れているのと同様の苦痛を同時に味わって尚、俺への反抗の意思が目から消えない。
俺は感動の念を覚えつつ、魔理沙へと最後の声を掛けた。
「また地獄に落ちてくれ」
「ん"、む…」
ストロー越しに催眠スプレーを魔理沙の肺へと吸入させた。
それと同時に、あれだけ敵意を浮かべていた魔理沙の目から意思が抜け落ちる。
ダラリと身体から力が抜け、静かに呻き声を放つのみとなった。
ーー魔理沙、撃破。
「後は、当初の侵入者だけだな」
ここまでくれば、もう詰めの段階だ。
さっさと終わらせよう。