夢魔。
今回は、その中でも特に下級の存在を使った。
見た目はただの蟷螂だ。
だがそいつを枕元に置いて寝れば、対応する個体が寄生する者の夢に入る事が出来る。
それを用い、人里にいる幾人かの男を早苗の夢に繋げた。
俺も確認の為同じ夢へと潜入したが、男達の身体に催淫性の毒を入れたお陰か、問題なく早苗を集団で襲い始めるのを確認した。
ここまでいけば、俺が試したかった事を始める事ができる。
そう、守矢神社への信仰の強化だ。
神様というのは不思議なもので、信仰が集まれば集まる程強力になっていく。
逆に集まらなければ存在すら危ぶまれるほど弱体化するが、幻想郷で人妖からの信仰を確立した神奈子達は、現にこれだけ強力な力を取り戻していた。
加えて特筆すべきは、信仰した側も恩恵を受けられるという点だ。
その為に、守矢神社の力が強まれば妖怪の山全体の力も増してしまい、幻想郷のパワーバランスが崩れてしまうのではという懸念も原作でされていた筈だ。
この特殊性を、何とか活かして俺の利益にしたい。
折角そうした土壌があるのだから、試してみたい事が三つある。
まず一つ目は、単純な信仰の強化だ。
これは諏訪子と神奈子の力を増す事に繋がり、ひいては彼女らを信仰させる事で俺が保有する他のキャラも強化される。
二つ目は、その彼女らの神格の変質。
これは、諏訪子が神奈子に負けて信仰の形態を変化させた際、敗北の証として蛙の帽子を得たことから着想を得たものだ。
他にも「自分はーーの神様だ」と公言し、そう祀られる事で権能を獲得していた前例も存在する。こうした点を踏まえ、彼女らには「蟲の神」としての信仰を集めさせ、俺のダンジョン全体の底上げに繋げようと考えている。
上手くいくかは分からないが、試すだけなら問題ないだろう。
三つ目は、東風谷早苗の神格化だ。
既に彼女は現人神であり、分類上は神様に片足を突っ込んでいる。原作上でも彼女の能力は割とあやふやな設定であり、上記の変質を彼女に起こすことも不可能ではないだろう。
これも上と同じく、試すだけならタダだ。
これら全てを一つの方法で試みる。
それは、夢魔を通してを人里の男達に彼女を犯させる事で、信仰の質と量を高めることだ。
今回の異変でも宗教闘争が起こっていたが、信仰を集めるというのは即ち求心力だ。
如何に人の心を惹きつけられるか。そこに於いて、数々の人間の人生を狂わせてきた肉欲というギミックは極めて強力な一手だろう。
彼女らを信仰すれば、夢の中で彼女らを犯す事ができる。
そう頭に刷り込ませれば、より強くより篤く守矢神社への信仰心を沸き立てられる筈だ。
この事が他の者にバレると困る為、夢の中で「他言無用」を徹底するよう縛りを課す必要はあるが、それでも短期間で信仰の増加が見込める筈だ。
当然そんな事をすれば、信仰の形自体も変わるかもしれない。だから、夢の中の早苗の状態ーーそして夢魔の形態も、全て何かしら蟲を絡めて印象付ける事にした。
その場に蟲が居る、または早苗や諏訪子達を蟲が拘束している、或いは彼女らが蟲を使役している様子を見せる等、絡めようと思えばどうとだって出来る。こうする事で信仰の変質を蟲に向け、彼女らの外見や性質自体に不自然な程の変化を生じさせないようコントロールを図るのだ。
既に蟲は寝ている早苗の身体に仕込んでいる為、無力化自体は完了している。
あまり強いものは出来ないが、「他の者に相談しない」という程度の意識であれば、夢の内容を操作して刷り込ませる事が出来るだろう。
ある程度弱って判断能力も落ちれば、ドッペルゲンガーの神奈子や諏訪子でも誤魔化せるようになる筈だ。そこで怪しまれたとしても、仕込んだ蟲で対処は出来る。
最悪即座に眠らせてしまえば、いつもの悪い夢の一種だったと錯覚させてしまえるのも強みだ。
紅魔館同様、実を結ぶまで数日は確実にかかる方針であるが、拙速な事が必ずしも良い訳ではない。
周囲に何の違和感も持たれず行動する事が難しくなっている現状、必要なのは成果を結ぶための着実な歩みだ。
その為にも、使える手段は出来るだけ増やしていきたい。
「で、これはなに?」
「いや、なんか蟲に襲われてたので…」
「蟲って……守矢神社に閉じ込めてたよな」
「ええと、酔った早苗さんを介抱してて、代わりに布団を敷いてたみたいで…。た、多分、枕か何かを探しに寝室の別の部屋にやってきた時に、蟲に捕まってしまったのかと…」
「ええ…」
俺が早苗の夢から戻ってきたところで、ダンジョンに射命丸が荷物を持ってやって来た。
その荷物とは、守矢神社で拾ったらしい人型の妖怪。女子高生のような服装に、長く白いウサギの耳を生やした、色素の薄い長髪の少女だ。
というか、どう見ても鈴仙である。
夢魔の準備をする為に人里の男達の夢を駆けずり回っていた間に、何故か彼女が蟲に襲われていたらしい。
そして声を上げて早苗にバレないようにする為、慌てて昏倒させて此処へ連れて来たという訳だ。
「……どうすんだ、さっさと帰さないと流石にバレるぞ」
「うっ…そうですよね…」
意識を失った状態で寝転がっている鈴仙を前に、少しだけ頭を悩ませる。
当然ながら、彼女は当初捕えることを予定していた訳ではない。幻想郷でも一際強力な派閥を形成する永遠亭の一員であり、むしろあまり手を出したくはなかったキャラですらある。
彼女は早苗を介抱していただけのようだし、帰りが遅くなれば怪しまれるだろう。そうなると、最悪の場合は八意永琳が守矢神社に様子を伺いに来るかもしれない。そこで何かしら違和感を抱かれれば、ドミノ倒しで早苗に施している夢魔の侵食も解決されてしまう可能性すらある。
原作でも言われている通り、永遠亭は屈指の頭脳を持ったキャラが居る場所だ。可能な限り、何の情報も渡したくはないのだが。
「取り敢えず、情報だけ取るか」
何もせずに催眠だけして帰すというのも、俺にとって利益の無さすぎる話だ。
ドッペルゲンガーによる模倣という手段も増えた以上、何はともあれ情報を取る事はしておきたい。
彼女の能力は、聞く限りでも非常に応用の利いた実用的なものだ。劣化版の能力しか使えないが、それでも何かしら研究に使える可能性はあるだろう。
それが終えた上で、訝しまれないよう可及的速やかに催眠下に置き永遠亭へ戻そう。
「…いや、待て」
彼女の能力で思い出したが、彼女に催眠を掛けるのは悪手となるかもしれない。
鈴仙の能力は、波長を把握し狂気を操るというものだ。これは光といった物理現象に限らず、精神に至るまで波長に纏わるもの全般に効果が及ぶ。これを用いれば、催眠にかかっているかどうかを判別出来るかもしれない。
催眠というのは、決して万能の人格矯正手段ではない。狙ったように思考を抑制或いは増強させているだけで、実際に動いているのは本人の心だ。
だからこそ、見かけ上ごく自然に振る舞っていたとしても、心の動きをとりわけ正確に把握出来る者は違和感に気付けてしまう。それは、嫉妬を司るパルスィという前例から分かったことだ。
なら、心の波長を感じられる鈴仙にも分かる可能性は高い。
それを踏まえた上で、彼女に対して無警戒に催眠を用いていいのだろうか。
波長を操る能力を持つのは彼女だけだろうが、永遠亭には原作でも一線を画した頭脳と技術力を持つ永琳が居る。二次創作でも鈴仙を始めとしたウサギ達を実験台にしている描写があるし、彼女の能力ーーないしバイタル等を十二分に把握していてもおかしくないだろう。そうすると、催眠による僅かな変化を技術面から攻略されかねない。
過ぎた杞憂かもしれないが、まだいたずらに敵を増やす訳にはいかない。リスクはあるが、記憶を消すだけに留めた方が無難だろうか。
「……それなら、どうしようか」
「何がですか?」
「鈴仙の処遇」
「ああ…」
俺の独り言に射命丸が反応する。
彼女は浴槽に浸けられた鈴仙を見て、何か言いたそうな微妙な顔をした。
「私みたいに催眠にかけて帰せばいいんじゃないですか?」
「それだとバレたりしないか。記憶を消して誤魔化すくらいにしておきたい」
「うーん、バレますかね……?まあ、私はどちらでもいいんですが」
実際、俺がこうして悩んでいるのは情報不足のせいだ。
射命丸も催眠して帰す案が良いと思っており、確率的にはその方がリターンとしても良いのだと思う。だが催眠という手段が存在する事を知られること自体が、俺にとってはかなり致命的な状態となる。
虫を用いた策などと違って、魔理沙を始めとしたキャラの動向を怪しまれると、その瞬間俺が発見されてしまうリスクが跳ね上がるからだ。
「…なんか、そろそろ手が回らなくなってきたって感じだな」
改めて感じるが、幻想郷には触れた瞬間即死の強キャラが多い。
諏訪子達も高い戦力を有しているが、俺にとって問題となるのは「殺しきれない」キャラ達の存在だ。
例えば、八雲紫は境界によって危機的状況から逃げる事が出来る。霊夢は万物の干渉から浮く事が出来るし、月関連の存在は単純にいつまで経っても倒せるようになる気がしない。
こうした存在がいるせいで、他の者らと戦う際にもバレないようコソコソする必要があるのだ。その為の専用の場がダンジョンなのだが、ここで戦う為には攻め込んでもらう必要がある。そしてその場合でも、今回のように波紋は多少なり起こってしまうのだ。
やはり、受け身の姿勢でい続ける訳にはいかないか。
本格的に、幻想郷を攻略していく方法を考えよう。