食事を済ませた後、ルフィとウタは早速フーシャ村から少し離れた花畑へと向かった。
その道中で二人は昔の思い出話に花を咲かせ、お互いに笑みを溢し合う。
チキンレースや腕相撲などで勝負をしたことや、ある日突然別れてしまったこと……楽しい話も悲しい話も全て良い思い出のようにして笑い合った。
そうして二人で言葉を交わし合っていると、すぐに目的地である花畑へと着いた。
「わぁ!綺麗!」
目をキラキラさせたウタが見つめる先にあったのは、燦然と咲き誇る四季折々の花達。
あまり花に興味がないルフィですら、思わずじっと眺めてしまう程の美しい景色がそこにあった。
「(すげぇな……ここ。でも、村の近くにこんな所あったか?)」
すっかり景色に見惚れるウタの横で、ルフィは一生懸命に幼い頃の記憶を遡っていくが、やはりここへ来たという記憶はない。
湧き上がってくる違和感に誘発されるようにして、何となく見つめていたフーシャ村の様子を思い出してみると、更に違和感は深まった。
「(そういえば、誰も居なかった……こんな昼間だっていうのに)」
ルフィとウタの住む木造の家の近くには、何軒か同じような構造の家が建っていたが、まったく人が住んでいる気配が感じられず、それどころか村中に人の気配を感じることができなかった。
普通であれば、それに違和感を感じなければおかしいところだが、ここに来るまで疑問すら持たなかった自分自身が、ルフィは恐ろしい。
「じゃあ、ルフィ……早速行こ――って、どうしたの?」
どこか腑に落ちない表情をするルフィの顔を不思議そうに覗き込むウタ。
そんなウタに対し、ルフィは素直に元から抱いていた疑問を口にした。
「なぁ、さっき村に人が居なかったけど、みんなどこへ行ったんだ?」
「もう……そんなのどうでもいいでしょ?それより、もっと奥の方に行ってみようよ!」
「――ウタ、何か俺に隠してないか?」
妙に話を逸らそうとするウタの瞳を見つめ、真摯な目でルフィは彼女へと問いかける。
だが。
「隠す?ふふっ、冗談は止めてよ。私がルフィに隠し事なんてするわけないでしょ?だって、ルフィと私は夫婦なんだから」
自身を見つめるルフィから視線を外し、足元に咲いていた朱色の花を唐突に摘むウタだったが、依然としてルフィは複雑な表情でウタを見つめ続け、湧き上がり始めていた疑問を一気に吐き出した。
「なんか、おかしいと思ってたんだ。いきなり俺とウタが結婚してることになってて、フーシャ村で一緒に暮らしてるなんて有り得ないだろ……最初は受け入れちまったけど、やっぱり違和感しかねぇ」
「……」
「ウタ、言ってくれよ。本当の事を……」
ルフィの言葉を聞きつつも、しゃがんだ体勢を保ったまま、摘み取った花を無言で見つめるウタ。
その間に強い風が何度か吹くものの、二人は口を閉ざしたまま何も反応を示すことなく、ただ時が過ぎ去るのを待つだけであった。
「……」
「……」
お互いに先程まで仲良く言葉を交わし合っていたとは思えない程に気まずい時が流れ、二人を照らしていた太陽が雲に隠れた時。
不意にウタが口を開いた――
「はぁ、ルフィって無駄な時に勘が良いよね?」
「……?」
「せっかく、私がルフィの記憶をバレないように弄っておいたのに、こんなにすぐに気づいちゃうんだもん……おかげで私の思惑が台無しになっちゃった」
ルフィへは背中を向けたまま立ち上がり、おどけたようにしてウタは言葉を重ねていく。
「でも、もうすぐルフィも私の世界に染まってくれそうだし問題はなさそう……良かった、この時の為にみんな消しておいて正解だった」
「ウタ、お前……何言ってんだ……?消したってどういうことだよ……っ!?」
「ん?消したって、そのままの意味だよ……そのままのね」
怒鳴ったように質問をするルフィを相手に、感情の伺えない無機質な声で応答するウタ。
そんなウタの返答に納得できるわけもなく、ルフィは語気を強めてウタを問い詰めようとした……が、不意にゆらりと振り返ったウタの表情を見た途端、ルフィは思わず唾を飲み込んだ。
「ねぇ、ルフィ……私と一緒に居ようよ?ずっと、この世界で暮らそ?二人だけの世界でさ……」
さっきまでの明るい表情は消え失せ、瞳から光を失ったウタは、壊れた笑みを見せながらルフィへと語り掛ける。
「みんな理想の世界に招待してあげたのに文句ばっかり言うんだから、姿を変えられて意識も奪われても仕方ないよね?例えば、この花みたいに……ねッ!」
「お、おいっ!止めろ!!」
嫌な予感のしたルフィが止める間もなく、ウタは持っていた朱色の花を地面へと叩きつけ、その花を思い切り踏みつける。
すると次の瞬間、花から身の毛もよだつ男性の声が周囲へと響き渡った。
『ぁあああああああ……ッ!!止めてくれぇええええええ――ッ!!』
男か?女か?それすら分からなくなってしまう程の断末魔が、ウタの踏みつけている花から獣の咆哮のように発せられる。
だが、常人……というよりルフィですら顔を呆然とさせてしまう程の断末魔を聞いたにも関わらず、ウタは狂気に染まった笑みのまま、いたぶるようにして念入りに花を踏みつけてズタズタにしていく。
「ほらっ!ほらっ!ふくく……!素直にこの世界を受け入れていれば、こうならずに済んだんだよ!?ほんと、馬鹿だよね……ッ!!あははは……っ!」
『う……ッ!!止め……ッ!!ウタ……っ!こんなこと――……が……ッ!!』
悲痛な叫びを漏らしつつも、必死にウタへと訴えかける朱色の花……もとい男性であったであろう花。
ここまでウタにひどい事をされているというのに、恨み言ではなくウタの改心を願うあたり、この男性はきっとウタが新時代を作ってくれると心の底から信じ、今でも信じているのだろう。
だが、そんな訴えは今のウタに届くことはなく、無情にも踏みつけられる足の力は強まっていった。
『うっ……ぁ……ぁ』
「そろそろ、終わりかな?それじゃあ、バイバイ……」
『ウタ……ウ……タ……ぁ……』
あっという間に死に絶える寸前にまで追い込まれてしまった男性は、最後にうめき声を漏らしてウタの名を呼ぶが、あえなくその声は途絶えてしまう。
無惨にも花弁が全て散り、茎だけとなった花は、ウタが足を退けると共に風へと吹かれ、花畑に咲く花達の中へと消えていった。
その様子を興味も無いのか、一瞬だけ軽蔑したような目で見つめた後、再度ルフィへ楽しそうな笑みを見せる。
「ごめんね、ルフィ?ちょっと取り乱しちゃったけど、ルフィにはみんながどうなったかを知ってほしかったんだ!」
「……みんな?」
「そうだよ、ルフィの友達も含めた世界中の人達は全員無機物に変えちゃった!もちろん、さっきのゴミみたいな例外は除いて意識も奪ったから、実質この世界に居るのは私とルフィの二人だけ……!どう?素敵でしょ!?」
人一人殺した直後とは思えない程に、明るいテンションで信じられない事を並べ立てるウタ。
ルフィはそんな様子のウタを、怒気の籠った目で見つめる。
「ウタ……お前、自分が何をしたか分かってんのか?」
「え?私が何かした……?私は、ルフィとの時間を邪魔しようとした奴を消しただけだよ?」
「だからって……ッ!殺すことはねぇだろ……っ!?」
「別にいいでしょ?どうせ、あのまま生きてても二度と元には戻れないんだからさ。それに――私はルフィ以外はどうでもいいの」
ルフィの怒気をふわりと受け流し、ウタはうっとりとした表情で悦に浸りつつ、今までの事を語り始めた。
ルフィやルフィの仲間をウタワールドに全員捕らえ、世界中の人々をウタワールドへと閉じ込めたことで、とりあえずは理想の世界を作り上げれたものの、ウタへ浴びせられたのは称賛ではなく罵倒。
みんなの求めていた新時代を築いたというのにそれを拒絶されたウタは、最終的に精神へ異常をきたし、人々をぬいぐるみやお菓子、果てには植物や動物へと変えた。
そこでウタは、ある一つの結論へと至ってしまう。
「気付いたんだ。私自身、本当に新時代を創りたかったわけじゃかったんだって……私は、ただルフィが一緒に居てくれれば、新時代なんてどうでもいいって気付いちゃったぁ……!」
「……」
「ねぇ、ルフィは私を捨てたりなんかしないよね?私の事、拒絶しないでいてくれるよね……っ!?」
張り付いたような笑顔を浮かべ、ルフィの顔をまじまじと見つめるウタ。
その目には一切の正気は感じられず、狂ったように笑っている。
「もういいでしょ?ルフィ以外は全員消えちゃったんだから……と言っても、ルフィは仲間の事ちゃんと覚えてるー?」
「当たり前だろ!仲間の事を忘れるわけねぇ!」
「ほんとかなー?」
妙な言い回しをするウタへと反論するルフィだったが、構わずウタは楽しそうにルフィをからかう。
「じゃあ、ルフィにクイズ……ルフィの友達全員の名前を言ってみて?もし言えたら、この世界からみんなを出してあげる!」
「ほんとか……ッ!?」
「うん、もちろん!……言えたらだけど、ね?」
仲間の名前を言うだけで、この世界から脱出できる絶好の機会。
妖しげなウタの顔が気になりはしたが、それを逃すまいと、ルフィは咄嗟に一番の信頼を置く剣士の姿を頭に思い浮かべ、自信を持ってウタへと剣士の名を発した――
「俺の仲間は……!……っ!仲間は、仲間……は……なかま……?」
「うん!聞かせて?ルフィの友達の事、いっぱい知りたいな」
興味深々なウタに、すぐにでも仲間を紹介してやろうとしていたはずのルフィだったが、おかしな事に仲間の名前がまったく出てこない。
それどころか、自分が何故航海をしていたかどうかすら思い出せなくなっている。
「(あ……れ?そういえば、俺って何で航海なんかしてたんだっけ……?)」
今まで何となく記憶にあった航海の記憶。自分ではずっと、何の為に航海をしているかを分かっていて、航海を続ける為に、この世界から脱出するんだと息巻いていた。
だが、こうやってじっくり考えていると、自分はそもそも何をしに海へ出たのか明確に頭へ浮かんでこない。
ただ一つ浮かんでくるのは、ウタと今に至るまでフーシャ村で暮らしていたという偽りの記憶……いや――確かに記憶へ残っている正しい記憶だった。
「っ……何も思い出せねぇ……何も……っ!」
あったはずの記憶が失われ、そして仲間の名すら思い出せない絶望に苦しむルフィ。
そんなルフィへ、ウタは残酷に笑う。
「最初に言ったでしょ?ルフィの頭を少し弄ったって……そこで私は、ルフィの記憶を消しちゃったんだ♪」
「消した……っ!?」
「まぁ、正確に言うと、私の事以外と航海の記憶を消したんだけどね。だって要らないでしょ?そんな記憶。この世界には、私とルフィだけしか居ないんだからさ!」
「ウタ……ッ!!」
「もう諦めなよ、ルフィ。諦めて、私と本当に結婚しよ……?本当の夫婦になって、二人だけの新時代を創ろう……」
そう言って熱に浮かされたような顔をし、ルフィの身体へと抱き付くウタ。
表面上は怒りの表情を向けるルフィだったが、既にルフィの記憶は全てウタとの思い出で染まり切っており、目の前のウタを”ずっと好きだった幼馴染”としか認識できていない。
元々、恋愛……というより女性に興味が全くと言っていい程に興味が向いていなかったルフィだが、今のウタを見ると、家に居た時のように唇を思わず奪ってしまいそうになる。
「(なんだ……?胸が苦しい……ウタを見ると、頭がぼんやり……して……)」
心臓の鼓動が早まり、息も荒くなっていき、まともな思考ができない。
辛うじて思い出せたはずの”仲間”の顔は、ほとんど思い浮かばなくなっている。
やはり、唯一ルフィが思い出せるのはウタとフーシャ村で十何年過ごした事実だけ……それのみ……それのみなのだ――
「(おれ、は……ウタと一緒に村で過ごしたの……か?いや、違う。俺は……)」
あるはずの記憶が失われ、無いはずの記憶が脳へと刻まれていく恐怖。
その恐怖からか、気付けばルフィはウタを抱き返していた。
「ルフィ……大丈夫……大丈夫だよ?起きたら、もう全部忘れてるから。ぜんぶ、ぜんぶ……くくっ!あははははははは……ッ!!」
花畑全体に響くウタの狂った笑い声を虚ろな瞳で見つめるルフィ。
気付けば身体はピクリとも動かせず、目の前の視界も狭くなってきている。
頭の中に渦巻いていたはずの葛藤や想いは全て漂白され、不思議と心が安らぐ。
この安らぎが破滅をもたらすものと分かっていても、ウタの能力によって思考を奪われてしまった今のルフィは、その安らぎを受け入れることしかできない。
「(あ……ああ……何も分かんねぇ……)」
守りたかったものや大切なものすら忘れ、瞳から流れ落ちる涙の理由すらも分からない自分。
暗闇に呑まれていく意識の中、最後に見たのはウタの顔。
ルフィの中では最も愛おしく、守るべき存在と昇華されている彼女の狂った表情をした瞳からは、何故か涙が零れ落ちていた。
「あはは……はは……ッ!ひひ……っ!ずっと、いっしょ……これで寂しくないね……?」
そう言って壊れ切った笑みを向けるウタは、ルフィの閉じていく瞳を見つめる。
同時にルフィはウタに看取られるようにして、一気に瞳を閉じた。
そして、自分の頬から涙が地面に落ちた時、意識をも手放したのだった――