オリエントタウン 埠頭倉庫
PM11:15
縛られたまま転がされたドロシーにシキが駆け寄る。
背中側から回された右腕と、頭の後ろから回された左腕の手首が密着する程、無理な姿勢で締め上げられ、青痣だらけの太ももにもイバラが食い込みアイリーンの拷問の凄まじさを物語る。
「とりあえず、解かないとな
ドロシー我慢できる?」
目の前で美女が縛られているドキドキしたシチュエーションだが、怪我の具合からして今は「ワクワクが止まらねぇ!」している場合じゃない。
縛られている美女が続ける。
「一生このままにしておくわけ?
早くやって!」
赤黒い血色の刀でイバラを切り拘束を解くシキ
しかし、食い込んだ部分は素手で取るしかなく
「ちょっと、シキ...くすぐったいッ!」
「我慢できるって言ったじゃん!」
何とか身体に食い込んだイバラを引き剝がすも
「やんッ!」
シキの手が柔らかい胸に当たってしまい高い声を漏らすドロシー
「ご、ごめんドロシー!」
「次やったら引っ叩くよ?」
問題は太ももの部分だ。
動脈までは達していないが、他と比べて食い込みが激しい。
「いぃ...ああッ!」
声をあげるドロシー
深く食い込んでる為、ゆっくり引き剥がすだけでも激痛が走る。
「んんんんッ!あッ!あッ!んぐぅッ!」
「エロい声出さないでくれ、手元が狂う!」
ナイトと言えどシキの歳は17
間近で縛られていた大人のお姉さんが喘げば手も震える。
「一気に...やって..シキ」
「メチャクチャ痛いけど良いのか?
じゃあ3、2、1で行くぞ?」
「お願い」とドロシーも覚悟を決める。
「3、2...」
言い終わる前に一気に引き剥がす
「いあああああッ!」
痛みでドロシーが仰け反る。
恐怖感を長く与えない為のシキの気遣いだったのだが...
「ぐべッ!」
自由になったドロシーの手刀がシキの顔面に直撃!
「次やったら、引っ叩くッて言ったでしょッ!」
そのまま取っ組み合いになりドロシーがシキに覆い被さる。
「ちょッ...やめッ!悪かったってッ!」
シキを強く抱きしめるドロシー
「ドロシー...?」
彼女は泣いていた...
「凄い痛かったんだから...
もっと、優しくしなさいよ...馬鹿..」
彼女も解放されて安堵したのか感情を表に出す。
お互い腰を下ろしたまま、ひくひくと嗚咽を漏らしながら上下するドロシーの背中をシキが摩る。
彼女なんて作ったこともないし、女性ともあまり話すのは得意ではない。
そもそも、ドロシーが何処から来たのか、何故あんなところに裸で居たのか、何故傷だらけだったのか、それすらも分からない。
正直、口下手だったから聞けなかった。
話のペースも殆どドロシーだったので終始利き手だったが二人でふざけていた時間は、闘いを忘れて自分も安堵していた。
楽しかった。
気が強い、怒らせたら恐いタイプのお姉さん。
それは初めて会った時から理解していたが、密着すると改めて女の子だと認識させられる。
優しい髪の香り...
強く抱きしめたら壊れてしまいそうな肩...
温もりのある身体...
柔らかい胸の感触...
特にスケベ心はなかった。
女の人って、こんなにいい匂いがするのか...
こんなに柔らかくて、温かいのか...
意識するだけで心臓の鼓動が高鳴る。
腕の中で振るえる彼女の肩は、あの気の強いお姉さんの覇気は感じられず...
ただ、か弱くて儚い少女にさえ思えた。
「ごめんな...ドロシー..」
守れなかったことの罪悪感から出た気持ち。
「馬鹿...ほんとに死ぬかと思ったんだから..」
シキが闘っている時、彼女は『私に構うな』と叫んでいた。
どんなにボロボロになっても『助けて!』なんて言わなかった。
どれほど、恐かったのだろう...
どれほど、痛かったのだろう...
そんな状況でも、彼女は自分より誰かの為を思える。
誰かが傷付くなら、自分がその痛みを引き受けてしまう。
その彼女が、気持ちを曝け出して抱きしめてくれた。
それが、嬉しかった。
その刹那
「ずいぶんと見せつけてくれますわねッ!
シキエル・ヴァレンタイン!」
彼女を傷付けた元凶(アイリーン)が余計に許せなかった。
もう絶対、ドロシーは傷付けさせない。
願わくば、この先も...
そして、彼女を泣かしたアイリーン。
こいつだけは...
ここで殺す...
倉庫中二階に逃れ、右腕を切り落とされたアイリーン
ドロシーから離れ、庇うように前に立つシキ
「ここで待ってて、決着を付けてくる。」
シキが言うと、小さく頷くドロシー
アイリーンの手には、シキがマフィアから奪ったアタッシュケース
「闘いはお預けで良いでしょう。
しかし、このケースは我が社、エンペラーハーブ製薬が頂きますわ!
最後に油断しましたわね!」
「開けてみろよ、お前にお似合いだぜバーカ。」
不敵に笑いシキが返す。
そして、アイリーンの持つケースに入っていたものは...
「何ですの...これ..」
シキとドロシーがふざけて被っていた、仮装道具の馬のマスク
一方、シキの手には赤い宝石(マジックストーン)を囲うリングに天使の翼を模した、神聖さを感じさせるペンダントが握られていた。
見るからにホーリーARMだろう。
これはドロシーの世界でも見覚えがある。
ホーリーARM 慈愛の天使
自分の魔力を消費して傷を癒す"癒しの天使"は使用者の魔力に応じて回復速度が異なるが、慈愛の天使は使い切りのARM
ARM自体に魔力が込められていて使用者の体力、傷、魔力を大幅に回復させてくれる。
恐らく、何処かでケースから抜き取っていたのだろう。
不測の事態において抜かりないのは流石ナイトランク7位
唖然とするアイリーンを尻目に、ドロシーに任務の回収目標である慈愛の天使を手渡すシキ。
「魔力がなくても傷が癒せる、脚の治療を...」
「それじゃシキの任務が!?」
使い切りのARMは役目を終えたら砕けてしまう。
魔力を使い切ったドロシーにとって、喉から手が出るほど欲しいアイテムなのは間違いないが、慈愛の天使はドロシーの世界でも中々手に入らない高価なアイテムだ。
そう、替えは利かないし何よりシキの任務は失敗に終わってしまう。
しかし、シキは続ける
「任務だ何だって気にしてる場合かよ。
ドロシーの脚、早く治さねーと!
せっかく綺麗だったのに、傷が残ったりする方が俺は嫌だッ!」
初めて意識して見る彼の顔、彼の眼は真剣だった。
今まで魔女の掟に従い生きてきたドロシー
使命よりも自分の気持ちを優先できるシキ
-自分の怪我も、任務の失敗も意に介さず私を見てくれた。
カルデアの掟に縛られてきた私の人生
それに反発したオズ達との衝突
掟とはなんだったのか
魔女に生まれた自分の運命は、何の為に存在するのか
私の闘いの決着は...何処に向かうのか..
この世界に来て、そんなことばかり考えていた。
アイリーンを倒したら...シキに話したい、私の世界のこと...
信じて、くれるかな...-
「ありがとう...シキ」
慈愛の天使を受け取るドロシー
この、慈愛の天使が、シキの気持ちその物だと感じられる。
掟に縛られてきたドロシーにとって、欲しかった心なのかも知れない。
アイリーンが中二階から割って入る。
「何をしてますの、シキエル・ヴァレンタイン!
貴方の任務もこれで...」
言い終わる前にシキの言葉が遮る。
「俺にとっては任務より大事なものがある。
ドロシーの太ももは、俺にとっての文化遺産なんでね。」
「スケベッ!」
かっこよくキメたつもりのシキに、ジト目のドロシーの言葉がぶっ刺さった。
(´・ω・`)ショボーン顔のシキに、慈愛の天使が放つ光に包まれながらドロシーが続ける。
「でも、シキの気持ち、確かに受け取ったよ。
あのババアに勝って、足も治ったら、ご褒美に膝枕してあげるからね♪」
もう、聖母の様な優しい笑顔に涙はない。
神聖な光に照らされた眩しい笑顔
強くて、優しくて、美しい。
それが、シキにとってのドロシーなのだと再認識できた。
これで、心置きなく闘える。
シキが愛刀を手に、アイリーンに向き直る。
「馬のマスクでも被って逃げるか?
ナイトランカーの闘いにお預けなんかあるかよ!
地獄の果てまで追い掛け回してやるからな!」
(ドロシーの膝枕、超楽しみ!)
「何処までも私を馬鹿にしてくれますわねッ!
シキエル・ヴァレンタイン!」
アイリーンが切り札のARMを発動させる。
自らの肉体を変化させる、カルデアでは禁忌とされたARM
ゴーストARM ローゼンリッター
アイリーンの両腕が、イバラに巻かれた巨大な悪魔の腕へと変化し...
更に下半身は巨大な根となり、蛇のようにうねらせる。
足元に召喚された薔薇の装飾をした巨大な剣を握る。
黒の貴婦人から、薔薇の怪物へと変貌したアイリーン。
一方、シキは散弾を受け、矢に貫かれ、血まみれの重症だが...
「俺は大丈夫だドロシー、1分でぶっ殺してくるから。」
今まで居合いの戦闘スタイルに徹してきたシキが愛刀の月読を抜刀する。
妖艶な血色の光を放つ赤黒い刀身、まさに妖刀の名に相応しいが...
ドロシーは看破していた。
(馬鹿ね、魔女の私が見抜けないと思った?
1分でぶっ殺すんじゃなくて...
その刀、1分しか握れないんでしょう?)
シキの持つ妖刀月読
あれはマジックストーンが埋め込まれたダークネスARMだ。
抜刀した瞬間、シキから魔力を吸収している。
その、闇の引力を抑える為の鞘もホーリーARM
鞘尻に埋め込まれたマジックストーンがその証拠だろう。
柄巻きの下は鮫皮の赤、これも柄に仕込んだマジックストーンを隠すカモフラージュ。
柄巻きの光からして恐らく6つ、鞘と合わせて計7つ。
ダークネス、ホーリー、ウェポン、ディメンション、ネイチャー、ガーディアン、ゴースト
(呪い、神聖、武器、空間、自然、召喚獣、融合...)
「へぇ、マジックストーンの数がARMの種類と合うじゃん。」
中二階から怪物と化したアイリーンが襲い掛かる!
「死ねえええええぇぇぇッ!」
シキも月読の能力の一つを発動
「虚空の術式 刻死界牢」
マジックストーンは、時のディメンションARM
周囲の色が反転し、ネガの世界が展開する。
銃弾さえも失速させる時が止まった空間
その中をシキは自由に動き...
シキの斬撃が放たれる刹那、時の牢獄から抜け出したアイリーンの大剣と激突
激しい金属音と衝撃で、倉庫内のガラスが全て砕け散る。
ドロシーの目にはシキが瞬間移動したようにしか映らないが...
「引力による空間の圧縮、事象の地平面...やるわね。」
膨大な重力で光さえも脱出不可能とされる天体ブラックホール
その周囲で発生する空間の歪みを、事象の地平面といい時空さえも歪ませる作用を持つ。
これがドロシーの推察した、時を止める空間のカラクリ
魔力の低い雑魚相手なら完全に封殺することも可能だが、流石にゴーストARMと融合したアイリーンに通用するのは1~2秒。
ゲームで言う雑魚には強いが、ボスには補正が掛かる便利な技...となるが
必殺技とならなくても時間が限られている中、距離を詰めるには充分。
アイリーンの第二撃を鞘で迎え撃つシキ。
「絶界の術式 鏡水!」
斥力のホーリーARM
巨大な剣が片手の鞘一振りに弾かれる。
引力と対をなす斥力を纏った鞘は重量を問わず、魔法属性さえも弾き返す盾となる。
体勢が崩れた隙に、シキの月読がアイリーンの右肩を貫く!
妖刀月読
妖刀のダークネスARM
血を吸う妖刀月読、シキ以前の所有者49人は失血死、全身骨折による圧死、行方不明と悲惨な最期を遂げている。
この刀は所有者を呪い殺す。
基本戦闘スタイルは居合い、繊細な魔力のコントロールでシキは50人目の犠牲者になる事なく月読を制御しているが、この刀は手にした者の魔力だけでなく、斬り付けた相手の血液と魔力をも吸収する。
抜刀した月読は斬り付けるだけで貧血、貫けば失血死を伴う致命傷になりかねない。
数多くの血を啜ってきた刀身が血の色をしている由縁でもある...
そして、この月の引力は異質!
「シキの傷が、回復してる!?」
ドロシーも息を呑む。
月読本体で斬り付ければ、使用者も回復する。
抜けば自身の、斬れば相手の生命力を吸収する諸刃の剣
アイリーンがシキの身体を巨大な左手で払いのける。
「離れろ...小僧おおぉぉぉぉ!」
ゴーストARMでなければ、間違いなく失血死だったであろう。
大きく払われた左手を躱し、後方へ飛ぶシキ。
今の一撃で体力と魔力も大幅に回復され...
「操刃の術式 屍山血河」
ウェポンARM
血色の刀身が鞭となりアイリーンの身体を斬り付ける。
「ぐああぁぁぁあぁぁ!」
「イバラで打たれて、締め付けられたドロシーの痛みが少しは伝わったか!?」
2発、3発と刃の鞭が炸裂し、アイリーンの肉を抉る。
月読を含むムラマサ社の最上大業物は、全て魔力で形状を変化させる形状記憶合金!
鞭の形状から7枚の刃と姿を変え空中で分離...これが居合いで見せた飛ぶ斬撃"月閃"の正体。
マフィア20数名を惨殺した凶刃。
「ぐぉぉおぉッ!」
怪物と化したアイリーンの断末魔
分離した7枚の刃が彼女をズタズタに切り刻み...
そして、記憶された元の刀身の形へと戻る。
既に虫の息のアイリーンだが...
「私が...負けて、たまるかぁぁああッ!」
ゴーストARMに浸食され、白目は黒く染まり、黄金の瞳、ワニのような鋭い牙...
憤怒の鬼女となったアイリーンが叫び
「死ねぇぇ!シキエル・ヴァレンタイン!」
口からトリカブトの毒素を含む毒霧を放つ!
倉庫内に充満すればシキもドロシーも助からない
アイリーンの必殺技『アコナイトブレス』
だが、二人は動じない。
-シキは絶対勝つ-
そう、ドロシーは確信していた。
そして、シキも月読を持つ手を伸ばし突きの構え
「いちいちフルネームで呼ぶんじゃねーよ。
これで醜い死体も残らねーように消してやる。」
葬星の術式 月影黒天球
ネイチャーARM
シキの必殺技
月読の先端から、黒い球体が放たれる。
形容するならば黒い月
その性質は、術式の名の通り光さえも葬る暗黒の天体
ブラックホール