夏のよく晴れた日の事だった。
研修を終えたばかりの僕、葛葉真琴(くずのは まこと)は、新人整備兵として呉鎮守府に送られた。
整備兵になった理由は、機械弄りが好きだった事と非力な僕でも国の為に少しでも役に立てればいいと思ったから。
それと、美人揃いの艦娘の誰かと仲良くなれるかもしれないと考えなかったか? という質問にいいえと答えると嘘になる。艦娘の皆さんは美人だし憧れの存在だ。運が良ければ関係を持てるかもしれないという下心は否定出来なかった。
だけど国の為に役に立ちたいというのは事実だったし誰かの役に立ちたいというのは僕の願望だった。
鎮守府の提督に目的地の工廠に向かっていると物陰から飛び出してきた誰かとぶつかった。
「キャッ!」
「すみません! 大丈夫でしたか! ?」
ぶつかった人に目を向けるとまるで絵にかいたかのような美少女がそこにいた。
彼女は、小さなサイドアップ付きの肩まで伸びた流れるような銀髪とクールさを感じる切れ長の目つきをしていて、白と黒を基調としたスカーフを着ていた。
心臓がドクンとした。僕の視線は彼女に釘付けになっている。自分が、一目惚れしたのだとすぐに気づいた。
「はい。大丈夫です……すみません。忙しいのでこれで……」
それだけ言うと彼女は立ち上がり、駆け足で走っていった。
これが涼月さんとの最初の出会いだった。
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「君が葛葉真琴 君ですね ?」
工廠に向かうとピンク色の髪をしたセーラー服の女性が出迎えてくれた。顔がホコリで少し汚れていたけど美人だと思った。
艦装のような物が左肩や足に着いているのを見ると多分、彼女は艦娘なのだろう。
「葛葉真琴です! 色々と足りない所があるかもしれませんが頑張ります!」
緊張し過ぎて声が裏返ったのが自分でもわかった。
「私は工作艦の明石です。これからよろしくお願いします」
工作艦の明石さんはそんな僕の小さな失敗を気にもとめずにニッコリと笑顔で挨拶してくれた。
「よろしくお願いします……」
「早速ですけど装備の点検を手伝って貰えませんか?」
「はい!」
すぐに装備の点検に取り掛かった。装備の点検は激務だった。
夏真っ只中、エアコン無しの風通しが悪い工廠内の作業という灼熱地獄だった。少しでもましにしようと窓を全開にしてやっていたけど焼け石に水だ。
それに加え、鎮守府の規模はそれなりの物だから主砲から艦載機までとにかく数が多い。中には使い物にならないような物も混じっていてそういうのは片っ端から廃棄用の箱の中に放り込んだ。
明石さんは途中で新しい装備品のアイデアが思いついたらしく、しばらくお願いしますとだけ言って工廠の奥(明石さんの居住スペースもそこにあるらしい)に行ってしまい途中からは僕が1人でやっていた。
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3時間ほど経った。
そろそろお昼時だ。うだるような暑さの中、ペットボトルに口をつけようとしたら最後の二本目が空になっていた。これから毎日こんな日が続くのかと思うとため息が出る。
明石さんは未だに工廠の奥から出てこない。
少し早いけどそろそろお昼休みにしてもいいのではないだろうか?
そう思って明石さんのいる所へ向かおうとしたら工廠の入り口のドアが開いた。
目を向けると鎮守府に来た時にぶつかった少女が入り口に立っていた。
「すみません。明石さんはいらっしゃいますか? あれ? 君は確か今朝ぶつかった……」
彼女はこちらに向かって歩いてきて僕に声をかけた。
「あっ……えっと……その……」
明石さんは工廠の奥だと答えればいいだけの話だったけど人見知りの僕は口がうまく回らなかった。
「軽いお詫びのつもりですが差し入れです。良かったら飲んで下さい」
そんな僕を気にも留めずに彼女はニッコリとしてスポーツドリンクを渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「あれ? 涼月さんじゃないですか。どうしたんですか?」
震えそうな手で受け取ろうとすると明石さんが工廠の奥から出てきた。その途端、ニコニコしていた涼月と呼ばれた彼女の顔つきが変わった。
「明石さん! また無断で資材を使いましたね! 提督が勝手に使うなとお怒りでしたよ」
「あー、すみません。もうちょっとでなにか出来そうなんですけどね……」
「そう言ってゴミばかり作るじゃないですか! 倉庫が常に1杯になっている原因の半分ぐらいは明石さんなんですよ!」
役に立たないような物もやけに色々あると思っていたら原因は明石さんのようだ。
「それと、他にやりたいことがあるからって仕事を押し付けるのは良くないと思います」
「えっ? ちょっと留守にしただけで押し付けてなんて……」
明石さんが時計をチラリと見てから僕の方を見た。
「あー、えっと……どれぐらい留守にしてましたか?」
「3時間ぐらいです」
「本当にごめんなさい!」
「君も明石さんが本業をサボっていたら指摘しなきゃダメですよ」
「は……はい!」
軽い注意だったけど自分に向けられるとは思ってなかったからドキリとした。
僕にそれだけ言うと涼月と呼ばれた少女は工廠を後にした。
「アハハ怒られちゃいました」
明石さんが笑いながら呟いた。
「明石さん、今のは……?」
「秘書艦の涼月さんですよ。私達のリーダー各みたいな人です。今回は私を怒りに来たみたいですけど悪い人じゃないので仲良くなっておけば良い事があるかもしれませんよ」
「そうなんですか……」
「あっ、そろそろ時間ですね。昼休みにしましょうか」
明石さんに従って二人で食堂へと向かった。
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1週間が経った。
毎日のように激務が続いているけど順調だと思う。
涼月さんは毎日工廠に来る。やる事は明石さんと話をしたり(内容の大半は好き勝手やってる明石さんへの文句だった)何々を開発して欲しいとかそういうものばかりだ。
彼女が来るとついつい魅入ってしまう。だけど、彼女からすると僕の事は眼中に無いみたいだ。偶に形式的な労いの言葉を貰うだけでそれ以外にこれといって話す機会は無い。
立場が違いすぎるし僕自身がコミュ障だという事もある。
「いつも涼月さんばかり見てますね。もしかして惚れしちゃいましたか?」
ある日、涼月さんが帰ったのを見計らってから明石さんが突然、僕に聞いた。
「そんな事あるはずはいじゃないですか!」
「図星……みたいですね」
明石さんが意地悪そうにニヤリとした。
「違うって言ってるじゃないですか!」
「素直じゃないですねぇ。涼月さんが来るといつも手を止めてガン見してるじゃないですか?」
「違うって言ってるのに……」
「涼月さんは毎日、見に来るので勇気を出し話かけてみたらどうですか?」
「……」
返答に迷っていると業務終了のチャイムが鳴った。
「あっ、時間ですね。お疲れ様です」
「お疲れ様でした……」
僕は小さくそう呟いて工廠を後にした。
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アパートへの帰り道、明石さんの言葉が頭の中を離れなかった。
話しかけてみたらどうか。
明石さんは簡単に言ってくれたけど出来たら苦労しない。
僕に女性との交際経験は皆無だし、ほかの人と気楽に話せるほどのコミュニケーション能力はない。明石さんのように普段からある程度、接していると普通の会話ぐらいはできるようになるけど……
「はぁ……」
ため息をついた。
涼月さんは僕にとって憧れの人だった。だけど、仕事がある日に毎日顔を合わせれる。ただそれだけの付き合い。彼女も僕を一人の整備兵としてしか見ていないだろう。
いつも涼月さんと一緒に仕事をやれるこの鎮守府の提督が羨ましくなった。もしかすると恋愛関係なのかもしれない。下手をしたら肉体関係も……
辞めよう。これ以上、考えていたら嫉妬で気が狂いそうになる。提督の人は一度会ったことがあるけど僕より少し年上でぶっきらぼうな印象を受けた人だった。あまりいい印象は受けなかったけど涼月さんしか気づかないような魅力があるのかもしれないし、二人の関係を邪魔する権利は僕にはない。
僕は考えるのを辞めた。
「ん?」
小さな猫の鳴き声がした。声のした方に向かってみるとダンボールと中に1匹のキジトラ柄の子猫が。
「無責任な……」
ダンボールには「拾って下さい」と書かれている。
恐らく猫を飼ったはいいが不妊手術を怠り産まれた子猫を飼いきれなくなったのだろう。
「放っておけない……か」
このまま放っておけば間違いなくこの子は死ぬ。
確か近くの雑貨屋にペットコーナーがあったはずだ。猫缶でも買ってこよう。
猫缶の封を切って子猫の前に置くと、初めは目の前の物が何なのか確かめるような仕草をみせたが直ぐにゴロゴロと喉を鳴らしながらガツガツと食べ始めた。
子猫が猫缶を食べる様子を見ながらこれからどうしようかと考えを思考を巡らせた。僕の住んでるアパートは動物は禁止だし、鎮守府に連れていくわけにもいかないだろう。軒下かどこかでこっそり世話をするしかないだろうか ?
「お困りですか?」
突然、後ろから声がした。
「涼月さん! ?」
ハッとして振り向くと涼月さんがいた。買い物をしていたのか手提げの袋を持っている。
「お勤めご苦労様です」
涼月さんの笑顔と彼女から漂ういい匂いにドキッとした。
「涼月さんも……お疲れ様です……」
ドキマギとしながら何とか返事を返した。
「たしか……葛葉真琴君……でしたよね?」
涼月さんが僕の名前を知っていたことに軽い喜びを覚える。
「はい……」
「お困りのご様子でしたが何かあったのですか?」
「えっと…実は…子猫を拾ったのですが……」
口で状況を説明しながら小学生みたいな悩み事だと思った。
「なるほど、この子の居場所が見つからなくて困っているわけですね」
「はい……放っておくわけにもいきませんし……」
「鎮守府の工廠の裏とかはいかがでしょうか?」
思いもよらぬ提案が飛んできた。
「えっ? いいんですか?
「はい。提督には私が話をつけておきますね。明石さんも話せば協力してくれると思いますよ。私もお手伝いしますね」
「ありがとうございます!」
天にも昇る気持ちだった。
その後は、子猫の入ったダンボール箱を工廠の裏に運んだ後は涼月さんと一緒に雑貨屋まで買い物に行った。
デートをやっているみたいで浮かれ気味の買い物だったけど必要そうな物を揃える事が出来た。その上、夕飯をファミレスで一緒にする事が出来たし、何かあった時のためという理由(しかも涼月さんから言い出した)で連絡先も交換できた。
偶然とはいえ涼月さんと関わりを持つ要因を作ってくれたあの子猫には感謝したいと思った。
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次の日、早めの時間にアパートを出て工廠裏に行くと涼月さんが子猫に餌をあげていた。
「葛葉真琴君、おはようございます」
「涼月さん……おはよう……ございます」
朝日に照らされた涼月さんの姿が綺麗でたどたどしい返し方をしてまった。我ながらカッコ悪いと思う。
「お早いのですね」
「世話をしなくきゃいけませんから…餌はあげてしまいましたか?」
「はい。見ての通り元気そうです」
ご飯を食べ終わったダンボールの中の子猫が涼月さんの方を見て小さな声で鳴いた。
「あれ? 涼月さんじゃないですか。真琴君もですね。お二人共、早いですね」
目を擦りながら明石さんが工廠から出てきた。作業着やピンク色の髪が薄汚れている。徹夜でもしていたのだろうか?
「明石さん、おはようございます。丁度良かったです。お話したい事があります」
「話したい事ですか? 明石の直感ですが多分、そこの子猫に関係することですよね?」
大当たりだ。相変わらず明石さんは勘が鋭い。
涼月さんが子猫についての説明をした。
「いいですよ。明石も猫は嫌いじゃありません。ただ世話だけはしっかりとお願いしますよ。ここら一帯から悪臭がするなんてのは御免ですからね」
「ありがとうございます!」
僕は明石さんに頭を下げた。
「提督には話をつけましたか?」
「つけました。普通にOKしてくれましたよ」
涼月さんが答える。
「それなら大丈夫ですね。ちなみにこの子、名前とかあるんです?」
「えっ? 名前ですか?」
「そういえばつけていませんね……真琴君、どうしますか?」
名前……どうすればいいだろうか? タマとかミケとかあり溢れた簡単なものでもいいかもしれないけどそれだと面白みがない気がする。
子猫がキジトラ柄なのが目についた。そのままキジトラでもよいかもしれないけどここは少しだけ捻って……
「変な名前かもしれませんけど……この子の柄のキジトラと僕の名前と苗字から1字ずつとってキジクマというのはどうでしょうか?」
「本当に変な名前ですね」
明石さんがため息をついた。
「そうですか? 私はいい名前だと思いますよ」
「涼月さんがそういうなら良しとしておきましょうか」
明石さんが大きな欠伸をした。
「明石は今から仮眠を取るので2時間ほどしたら起こして下さい」
それだけ言うと明石さんは工廠の中に消えた。
その後は涼月さんに誘われて朝ごはんを一緒にしてからいつもの勤務に戻った。
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一日はあっという間に過ぎていき勤務が終わる時間になった。
「時間ですね。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
この後の予定は特には無い。どこかで夕飯を食べてアパートに帰るだけだ。
ふと、涼月さんを夕食に誘ってみようかと思った。誘うなら仕事終わりがいいだろうか?
「すみません。涼月さんの勤務が終わる時間って分かりますか?」
「涼月さんのですか? 涼月さんは忙しいですから…徹夜の残業は無しとすると多分、18時半頃ですかねぇ……でも、何でそんなこと聞くんですか?」
ぎくりとした。
「ちょっと気になったので……」
「何かするつもりですか?」
「いえ……そんな事は……」
目を逸らす僕に明石さんがため息をついた。
「1つ言っておきますがこれ以上、涼月さんの事にはあまり深入りしない方が良いですよ」
明石さんから意外な言葉が飛んできた。
「何故ですか? ちょっと前は声をかけてみたらどうかとか言ってたじゃないですか」
「あの時は、からかっていただけですよ。警告しておきますが涼月さんと親密になり過ぎるととろくな事にならりません。これ以上言うと涼月さんの名誉の為に明石は何も言えませんが……」
「ろくな事にならないってどういう事ですか?」
「自分で考えて下さい。明石からはこれ以上、話す事はありません」
不機嫌そうにそれだけ言うと明石さんは手元の器具弄りを再開して黙ってしまった。